⚡ この記事の要点
1グラムの土に数十億の微生物、地球の陸上生物種の99.9%以上が暮らす「土の中」。ミミズやトビムシが土をつくり、農業と気候変動対策を支える仕組みを一次資料で解説する。
私たちが毎日歩いている足元の土。その中には、目に見えない細菌や菌類から、跳びはねるトビムシ、土を耕すミミズまで、想像を超える数の生きものが暮らしている。国連食糧農業機関(FAO)は、地球上の陸上生物種の99.9%以上が生涯のどこかで土壌に関わっていると推計する。海の中の生態系がクジラからプランクトンまでの食物網で成り立っているように、地面の下にも、目には見えないけれど精巧な生態系が広がっている。
土壌生物は単に「たくさんいる」だけではない。落ち葉や有機物を分解して養分を循環させ、土に隙間と団粒構造をつくって水はけと保水力を両立させ、大気中の二酸化炭素を土の中に長期間閉じ込める役割まで担っている。農業生産力も、気候変動対策の一部も、この見えない生態系の働きに支えられている。逆に、化学農薬の多用や過度な耕起、都市化による土壌の消失は、この地下の生態系を静かに損なっている。
この記事では、土の中の生きものの構成、ミミズやトビムシの具体的な働き、日本の土壌動物の多様性と海外で問題になっている外来ミミズ、土壌動物の調べ方、そして農薬・耕起・有機農業が土壌生物に与える影響を、FAOや環境省・農林水産省・国内の大学研究など一次資料をもとに整理する。専門的な研究の話だけでなく、家庭のコンポストや庭仕事といった身近な実践にどうつながるかも合わせて紹介したい。
この記事で学べること
- 土の中にどんな生きものがいて、それぞれ何をしているか(微生物・トビムシ・ミミズの役割分担)
- なぜ土壌生物多様性が「地球上で最も生物が集中する場所」なのか
- ミミズやトビムシの活動が農業の土づくり・炭素貯留にどうつながるか
- 日本の土壌動物の多様性の特徴と、外来ミミズが海外で引き起こす問題
- 化学農薬・耕起・耕作放棄が土壌生物に与える影響
- 私たちが土壌生物多様性を守るために家庭・地域でできること
「土の中」は地球でいちばん生きものが密集する世界
土は単なる鉱物の集まりではない。FAOの報告書『The State of Knowledge of Soil Biodiversity』は、土壌生物圏(ソイル・バイオーム)を細菌・菌類・原生生物・線虫などの微生物相、ダニやトビムシなどの中型土壌動物相、ミミズやシロアリなどの大型土壌動物相に分類している。ある推計では地球全体の陸上生物種の99.9%以上が生涯のいずれかの段階で土壌と関わり、陸上の生きもののうち4割以上が生活史のどこかで土に依存しているとされる。海の生物多様性が黒潮や親潮のような海流によって育まれるように、陸の生物多様性の土台は、目に見えない土の中の生態系によって支えられている。
見えない多数派:細菌・菌類・原生生物
1グラムの健全な土壌には、数十億個体の細菌と数キロメートル分の菌糸が含まれると言われる。これらは有機物を分解して養分を無機化し、植物の根が吸収できる形に変える「地下の消化器官」のような存在だ。菌根菌のように植物の根と共生し、水やリン・窒素などの養分の吸収を助ける種類もいる。菌根菌のネットワークは複数の植物の根をつなぐこともあり、養分や情報のやり取りの通り道になっているとする研究もある。
原生生物や線虫(せんちゅう)も見過ごされがちだが重要な存在だ。原生生物は細菌を捕食することで細菌の個体数を調整し、捕食によって放出された窒素が植物の養分として再利用される「マイクロバイアル・ループ」と呼ばれる循環をつくる。線虫には植物の根を食べる種類もいれば、細菌や菌類、他の線虫を食べる種類もあり、土壌の中に短い食物連鎖を形成している。
雨上がりの土の匂いにも、土壌微生物が関わっている。放線菌という細菌のなかまが「ジオスミン」という揮発性の物質をつくり、これが雨粒によって空気中に舞い上がることで、私たちが感じる独特の土の香りになる。人間の鼻はこのジオスミンをごくわずかな濃度でも感知できるほど敏感だとされ、目に見えない微生物の存在を、私たちは無意識に匂いとして感じ取っている。
中型の担い手:トビムシ・ダニ
体長数ミリのトビムシ(コムシ目に近い昆虫の仲間)やササラダニは、落ち葉や菌類を食べて細断し、微生物が分解しやすい状態にする。総合地球環境学研究所などの研究では、トビムシの多くが枯れた落ち葉そのものよりも、光合成されて間もない「新しい炭素」を含む菌類や根の分泌物を主に食べていることが明らかになっている。これは、トビムシが単なる「落ち葉の分解者」ではなく、生きた植物と土壌微生物をつなぐ役割を担っていることを示す発見だ。
大型の技師:ミミズ・シロアリ・ヤスデ
ミミズやシロアリは体が大きく、土の中にトンネルを掘って通気性・排水性を変えるため「生態系エンジニア」と呼ばれる。掘った跡は水や空気の通り道になり、他の生物のすみかにもなる。ヤスデや甲虫の幼虫は落ち葉や倒木を物理的に砕き、微生物や菌類が取りつきやすい状態をつくる。クワガタの幼虫が朽ち木を分解する仕組みも、この大型土壌動物の働きの一例といえる。
根の周りだけ特別な世界——根圏(こんけん)
植物の根の表面から数ミリの範囲は「根圏(リゾスフィア)」と呼ばれ、根から分泌される糖やアミノ酸を目当てに、周囲の土壌よりも桁違いに多くの細菌や菌類が集まる特別な区画になっている。植物は根圏に集まる微生物の一部と共生関係を結び、養分の吸収を助けてもらう代わりに光合成でつくった糖を分け与えている。土壌生物多様性の議論では、土全体の平均だけでなく、この根圏という「ミクロな高密度地帯」の存在も重要な視点になる。

| 区分 | 体長の目安 | 代表的な生きもの | 主な役割 |
|---|---|---|---|
| 微生物相 | 1mm未満(顕微鏡サイズ) | 細菌・糸状菌・原生生物・線虫 | 有機物の分解、養分の無機化、菌根共生 |
| 中型土壌動物相 | 0.2〜2mm前後 | トビムシ・ササラダニ類 | 落ち葉の細断、微生物の分散、養分循環の加速 |
| 大型土壌動物相 | 数mm〜数十cm | ミミズ・シロアリ・ヤスデ・甲虫幼虫 | 土壌の撹拌、団粒構造の形成、通気・排水性の改善 |
ミミズは「生態系エンジニア」——土を耕し、微生物を増やす
ミミズは落ち葉や土を飲み込み、消化管の中で微生物とともに有機物を分解し、糞(フン)として排出する。この過程で土の粒がだんご状の「団粒」にまとまり、水はけと保水力を両立した土になる。進化論で知られるダーウィンも晩年、ミミズが地表の土をどれほど動かしているかを長年観察し、専門書としてまとめたことで知られている。それほど昔から、ミミズは「土を耕す最初の生物」として注目されてきた。
暮らし方で分かれる3タイプ
ミミズは暮らす層によっておおまかに3タイプに分けられる。地表近くの落ち葉の中で暮らし体色が濃い「表層性」、土の浅い層を水平方向に動き回る「表層内生性」、垂直に深いトンネルを掘って地表と地中を行き来する「深層性」だ。深層性のミミズが掘る垂直トンネルは、大雨のときに雨水を地中に素早く浸透させ、地表の水はけを助ける役割も果たしている。
消化管を通ると微生物が変わる仕組み
土壌中微生物群集の分解活性の多様性・高さを示す指標(BIOTREX)を使った調査では、ミミズの消化管を通過した土は、通過前に比べて土壌微生物多様性・活性値が6倍以上に上昇することが確認されている。ミミズは単に土を動かすだけでなく、微生物のはたらきそのものを底上げする触媒的な存在といえる。これは、ミミズが土や有機物を飲み込む際に特定の微生物を選択的に増やし、消化管内という特殊な環境(酸素・pH・粘液)が微生物の活動を活性化させるためと考えられている。
1平方メートルに何匹いるのか
ミミズの生息密度は土壌条件や農法によって大きく異なる。良好な管理をされている畑では1平方メートルあたり100〜300匹程度と報告される一方、条件が整えば10センチメートル厚の土壌1平方メートルあたり数千匹に達したとの調査事例もある。逆に化学農薬の多用や過度な耕起が続く畑では、ミミズがほとんど見られなくなることも珍しくない。ミミズの個体数は、その畑の土壌生物多様性全体を映す簡易な指標としてもしばしば注目される。
不耕起栽培とミミズの関係
耕運機で土を頻繁に耕す「耕起」は雑草を抑える一方、ミミズのトンネルや団粒構造を物理的に壊してしまう。不耕起・草生栽培(畑を耕さず、あえて草を生やしたまま管理する農法)ではミミズの個体数が増え、土壌の団粒が増加し、結果として土壌炭素量が増大するメカニズムが報告されている。ミミズの多い畑ほど作物の根が深く張りやすく、干ばつ時の生育が安定するとの報告もあり、農業生産性の観点からもミミズの存在は無視できない。
家庭のコンポストで活躍するシマミミズ
家庭用のミミズコンポスト(バーミコンポスト)でよく使われるのは、畑や庭の土に一般的にいるフトミミズ類ではなく、生ごみのような分解しやすい有機物を好む「シマミミズ」であることが多い。シマミミズは地表近くの落ち葉や堆肥の中で暮らす表層性のミミズで、繁殖力が高く、生ごみを効率よく分解して良質な「ミミズ堆肥(ワームキャスト)」に変える。ベランダなど限られたスペースでも、専用の容器とシマミミズがあれば土壌生物のはたらきを体感しながら生ごみを減らすことができる。

ミミズは何種類いる?
- 世界には約6,000種のミミズが知られている
- 日本ではフトミミズ科だけで500種以上と推定されるが、名前がついているのは1割程度
- 遺伝子解析により、これまで見過ごされてきた「隠れた種」が次々に見つかっている
トビムシと土壌動物が支える「分解」と「炭素循環」
土壌動物の役割は「掃除」だけではない。トビムシやダニは落ち葉を細かく砕いて表面積を増やし、微生物が分解しやすい状態を作る。これにより有機物の分解速度が上がり、植物が利用できる窒素などの養分の循環が早まる。落ち葉1枚が完全に土に還るまでには、菌類による軟化、土壌動物による細断、微生物による最終的な分解という複数の段階を経る必要があり、どの段階が欠けても分解のスピードは大きく落ちる。
落ち葉分解のスピードを左右する
総合地球環境学研究所の調査では、土壌動物の多くが「落ち葉の分解者」として単純に機能しているわけではなく、菌類や新鮮な有機物を選択的に食べることで、分解のプロセスそのものを組み替えていることが示されている。土壌動物を除去した実験区では、有機物の分解速度が大きく低下するケースが報告されており、目に見えない小さな生きものの有無が、森林や畑の物質循環全体のスピードを左右していることが分かる。
窒素循環を早める
FAOの資料でも、トビムシなどの中型土壌動物(メソファウナ)は落ち葉分解を加速し、特に窒素の循環と可給態化(植物が吸収できる形にすること)を促進する存在として位置づけられている。窒素は植物の生育に欠かせない養分の一つで、化学肥料に頼らずにこの循環を活発にできれば、施肥量を抑えながら健全な生育を保つことにもつながる。
菌根ネットワーク——木々をつなぐ地下の通信網
森の木々の根は、菌根菌の菌糸によって地中でゆるやかにつながっていることが分かってきている。この菌糸のネットワークは「ウッド・ワイド・ウェブ」とも呼ばれ、植物同士が炭素や養分をやり取りしたり、害虫に食害を受けた際の化学的な信号を近隣の木に伝えたりする経路になっている可能性が研究されている。海の中でサンゴ礁が魚たちの棲み処となり複雑な生態系を支えるように、土の中では菌根菌のネットワークが森全体を緩やかにつなぐ基盤になっている。
土壌動物を含めた「食う・食われる」の網
地上の生態系に食物連鎖・食物網があるように、土の中にも食物網が存在する。菌類や有機物を食べるトビムシやダニを、より大型のクモガタ類やムカデ、モグラなどが捕食し、さらにその一部は鳥や小型哺乳類のエサになる。土壌動物の多様性が失われると、この網の下層から順に影響が広がり、地上の生きものの餌資源にも波及し得る。

土壌は「地球最大の陸上炭素プール」
土は生きものの住みかであると同時に、巨大な炭素の貯蔵庫でもある。世界の土壌に蓄えられている有機炭素の量は、大気中の二酸化炭素に含まれる炭素量の2〜3倍に相当すると見積もられており、陸域の生態系の中で最大の炭素プールとされている。森林や草原の植物体に含まれる炭素量と比べても、土壌に蓄えられた炭素量ははるかに大きい。
炭素はどのように土に蓄えられるのか
植物が光合成で吸収した二酸化炭素の一部は、根や落ち葉、根から分泌される有機物として土に入る。これをミミズや微生物が分解する過程で、一部の炭素は二酸化炭素として大気に戻る一方、残りは土壌団粒の内部や粘土鉱物と結びついた形で長期間閉じ込められる。この「閉じ込められた炭素」の割合をどれだけ高められるかが、土壌を使った気候変動対策の鍵になる。
泥炭地——土壌炭素の極端な例
湿地の枯れた植物が分解されずに厚く堆積してできる泥炭地(ピートランド)は、通常の土壌よりもはるかに濃密に炭素を蓄える特殊な土壌環境として知られる。世界の泥炭地には550ギガトンの炭素が蓄積されており、これは世界の森林が貯蔵する炭素量の約2倍に相当すると見積もられている。泥炭地が開発や排水で乾燥すると、閉じ込められていた炭素が一気に酸化・分解されて大量の二酸化炭素として放出されるため、湿った状態を保つこと自体が気候変動対策になる。土壌炭素の議論において、泥炭地は「守るべき炭素貯蔵庫」の代表例といえる。
4パーミル・イニシアチブとは
2015年のCOP21で提唱された「4パーミル・イニシアチブ」は、世界の土壌表層の炭素量を年間0.4%(4パーミル)増やすことができれば、人間活動による大気中の二酸化炭素の増加分を相殺できるという考え方に基づく国際的な取り組みである。堆肥・緑肥の投入、不耕起栽培、被覆作物の活用などが、土壌炭素を増やす具体策として位置づけられている。
日本の「みどりの食料システム戦略」との接点
農林水産省が2021年に策定した「みどりの食料システム戦略」も、堆肥・緑肥・バイオ炭の施用による農地・草地の炭素貯留を推進策の一つに位置づけている。土壌生物を活性化させる農法は、生物多様性の保全と気候変動対策を同時に進める数少ない打ち手のひとつだ。逆に、乾燥と湿潤が繰り返されることで土壌からの二酸化炭素放出が増大するとの研究も報告されており、気候変動そのものが土壌の炭素循環に影響を与える双方向の関係にも注意が必要とされている。
炭素を土にとどめる仕組み
- 植物が光合成で吸収したCO2の一部は根や有機物として土に入る
- ミミズや微生物が有機物を分解しつつ、一部は土壌団粒の内部に閉じ込められて分解を免れる
- 耕起で団粒構造が壊れると、閉じ込められていた炭素が再びCO2として放出されやすくなる
日本の土の中には何がいる?——フトミミズ科の知られざる多様性
日本に生息するミミズは、フトミミズ科・ツリミミズ科・ジュズイミミズ科などに分類され、その95%以上をフトミミズ科が占めるとされる。フトミミズ科だけで500種以上と推定される一方、正式に名前(学名)がついている種はまだ1割程度にすぎない。身近な庭や畑、雑木林の土の中に、まだ学名のついていない「未記載種」のミミズが多数暮らしている可能性が高い。
南で多様性が高い理由
京都大学などの研究チームは、遺伝子解析によって日本のフトミミズ類を系統的に整理し、形態の違いから100種以上に分けられること、そしてヨーロッパなど他地域と比べても種多様性が際立って高いことを明らかにした。東京大学・弘前大学などの共同研究では、日本のミミズは南方ほど種多様性が高く、南に分布が偏る系統が多いことも示されている。氷期・間氷期を繰り返した日本列島の地史や、南北に長い地形が、土の中の生きものにも独自の多様性を生んだと考えられている。
ミミズは土壌の健康診断書にもなる
ミミズは移動範囲が限られ、環境の変化に敏感に反応するため、その土地の土壌がどれだけ健全かを示す「指標生物(バイオインジケーター)」としても注目されている。同じ田畑でも、ミミズの種類や個体数を継続的に記録すれば、農法の変更や化学農薬の使用量が土壌環境にどう影響しているかを、化学分析だけでは見えない形で把握する手がかりになる。海洋環境におけるアマモ場が水質の健全さを映す指標になるのと同じように、陸上でもミミズは身近な「環境の健康診断書」の役割を果たしうる存在だ。
海を渡ったミミズが引き起こす問題
日本を含む東アジア原産のフトミミズ属(アズマフトミミズ属など)の一部は、北米大陸に持ち込まれて定着し、跳ねるように激しく動くことから「ジャンピングワーム」と呼ばれ問題になっている。北米北部の森林はもともと氷河期にミミズが一掃され、長らくミミズが存在しない生態系として進化してきた。そこに外来ミミズが侵入すると、分厚く積もっていた落ち葉層が急速に分解されてしまい、その層に依存していた植物や菌類、地表性の昆虫が減少するとの研究が報告されている。日本では身近で当たり前の存在であるミミズも、生態系の歴史が異なる土地に持ち込まれれば、深刻な外来種問題になり得るという事例だ。

土壌動物をどう調べるのか——手作りの装置から遺伝子解析まで
土の中の生きものは、掘り返しただけでは全体像がつかみにくい。研究や環境教育の現場では、いくつかの決まった方法で土壌動物を取り出し、観察・分類している。
ツルグレン装置——身近な道具でできる観察
「ツルグレン装置」は、採取した落ち葉や土を漏斗の上に置き、白熱電球の熱でゆっくり乾燥させることで、乾燥を嫌う土壌動物が下方向に逃げて容器の中に落ちる仕組みを利用した器具だ。体長0.2〜2mm程度のトビムシやダニなど、肉眼では見えにくい中型土壌動物を効率よく集められるため、森林総合研究所の環境教育プログラムや学校の理科教材としても使われている。特別な設備がなくても、漏斗と光源、容器があれば簡易版を自作できる。
ハンドソーティングとリターバッグ法
ミミズのような大型の土壌動物は、一定面積・深さの土を掘り取り、手で選り分ける「ハンドソーティング」で調べることが多い。また、落ち葉を網目の袋(リターバッグ)に詰めて地表に置き、一定期間ごとに回収して重さの減り方を測る方法は、その場所の分解速度そのものを定量的に評価できる手法として広く使われている。
遺伝子解析が明らかにした「隠れた多様性」
近年は、形が似ていて見分けにくい種を遺伝子解析(DNAバーコーディング)によって区別する研究が進み、これまで1種とされていたミミズが実は複数の系統に分かれることが次々と判明している。前述の京都大学や東京大学の研究成果も、こうした遺伝子解析によって初めて明らかになった多様性だ。土の中の生物多様性は、見た目だけでは分からない「隠れた多様性」を多く含んでいる。
自然観察会という入り口
専門的な遺伝子解析は難しくても、ツルグレン装置やハンドソーティングを使った土壌動物の観察は、自然観察団体や学校の授業でも取り入れられている身近な活動だ。同じ場所でも季節や管理方法によって出てくる生きものの顔ぶれが変わるため、定点観察を続けると、その土地の環境の変化に気づくきっかけにもなる。海の生きものの観察が磯観察や干潟観察として親しまれているように、土壌動物の観察も「地面のいきもの探し」として子どもの自然体験に取り入れやすいテーマだ。
農薬・耕起・耕作放棄が土壌生物に与える影響
土壌生物多様性は、人間の土地利用の影響を強く受ける。化学農薬の多用、過度な耕起、単一作物の連作、そして逆に管理が途絶える耕作放棄地の増加は、いずれも土壌生物の構成やバランスを変化させる要因になり得る。FAOは、土壌侵食・塩類集積・締固め・酸性化・汚染などが原因で、世界の土壌資源の約33%がすでに中程度から深刻な劣化状態にあると推定している。土壌1センチメートルが自然に形成されるまでには数百年から1,000年ほどかかるとされ、劣化のスピードに再生が追いついていないのが実情だ。
化学農薬と土壌微生物
農林水産省は「みどりの食料システム戦略」の中で、化学農薬の使用量を2050年までに50%低減する目標を掲げている。農薬は対象の病害虫だけでなく、土壌中の非標的生物にも影響し得るため、生物多様性に配慮した使用量の削減が政策課題になっている。同戦略では化学肥料の使用量についても2050年までに30%低減する目標が併せて掲げられ、土壌への負荷全体を減らす方向性が示されている。
過耕起による団粒構造の破壊
前述の通り、頻繁な耕起はミミズのトンネルや団粒構造を壊し、土壌炭素の放出を招きやすい。適度な耕起と不耕起・草生栽培を使い分けることが、土壌生物多様性の維持につながる。
気候変動という新たな圧力
土壌生物への圧力は人間による直接的な土地利用だけではない。近年の研究では、乾燥と湿潤が繰り返されるような降水パターンの変化が、土壌からの二酸化炭素放出量を増大させることが報告されている。極端な乾燥は土壌動物や微生物の活動そのものを一時的に停止させ、その後の急激な湿潤は蓄積されていた有機物を一気に分解させる引き金になり得る。気候変動は、土壌生物が長い年月をかけて安定させてきた炭素循環のリズムそのものを揺さぶる要因になりつつある。
都市化と耕作放棄——両極端のリスク
都市化・舗装によって土そのものが失われれば、土壌生物の生息場所は物理的に消滅する。一方で、管理が放棄された耕作放棄地では、草木が急速に茂って遷移が進む過程で、それまで農地に適応していた土壌生物の構成が大きく変わることもある。管理し過ぎることと、管理を完全に放棄することの両方が、それぞれ異なる形で土壌生物多様性に影響を与え得る点に注意が必要だ。都市公園や街路樹の植栽帯であっても、土をアスファルトで覆い尽くさず、一部だけでも土が呼吸できる状態を残すことが、地域の土壌生物多様性を保つうえで意味を持つ。
土壌生物多様性を脅かす主な要因
- 化学農薬・化学肥料の多用
- 頻繁・過度な耕起による物理的攪乱
- 単一作物の連作による生息環境の単純化
- 管理放棄・耕作放棄地の増加による遷移の停滞
- 都市化・舗装による土壌そのものの喪失
- 本来生息しない地域への外来ミミズなどの持ち込み
土壌生物多様性を取り戻す取り組み——有機農業・堆肥・不耕起
日本の有機農業取組面積は2022年度時点で約3万300haと、耕地面積全体の約0.7%にとどまる。「みどりの食料システム戦略」は、この面積を2030年に6万3千ha、2050年には耕地面積の25%(100万ha)まで拡大する目標を掲げている。
堆肥・緑肥・バイオ炭という選択肢
堆肥や緑肥(緑肥作物をすき込んで肥料にする方法)、バイオ炭(有機物を炭化させた土壌改良資材)の活用は、土壌生物のエサとなる有機物を補いながら、炭素を土壌中に長くとどめる効果が期待されている。剪定枝を炭化して施用する取り組みは山梨県など各地の自治体でも実践されている。バイオ炭は微生物にほとんど分解されにくい性質を持つため、施用した炭素を半永久的に近い形で土壌中にとどめられる点が、他の有機物とは異なる特徴だ。堆肥や緑肥は分解されながら微生物のエサとなり土壌生物を直接的に養う一方、バイオ炭は炭素の固定に重きを置くという、それぞれ異なる役割を持つ資材として使い分けられている。
地域で広がる落ち葉堆肥・食品残さ堆肥化
自治体レベルでも、公園や街路樹の落ち葉、家庭から出る生ごみを回収して堆肥化し、地域の農地や花壇に還す取り組みが各地で広がっている。ごみとして焼却されていた有機物を土に戻すことは、廃棄物の削減と同時に、土壌生物のエサとなる有機物を補うことにもつながる。小規模でも、こうした「循環の輪」を地域につくることが、土壌生物多様性の底上げに寄与する。
田んぼも土壌生物多様性の重要な舞台
田んぼの生きものを育む水田も、土壌生物多様性の観点から見れば重要な湿地生態系だ。冬期に水を張ったままにする「冬期湛水」など、水管理の工夫によって土壌動物や底生生物の多様性を高める試みも各地で行われている。
家庭でできること
家庭菜園やプランターでも、生ごみや落ち葉を使ったコンポストを取り入れる、庭の落ち葉を無理に取り除かず一部残す、といった工夫が土壌生物の生息環境を支える。朽ち木や落ち葉の下で暮らす生きものたちと同じように、目に見えにくい分解者たちの働きに目を向けることが、身近な自然を守る第一歩になる。学校や自然観察会でツルグレン装置を使って土壌動物を観察する体験も、子どもたちが足元の生態系に関心を持つきっかけになる。

この記事のポイント
- 土壌生物圏には陸上生物種の99.9%以上が関わり、地球上でもっとも生物が密集する場所とされる
- ミミズは消化管を通じて土壌微生物の多様性・活性を6倍以上に高める「生態系エンジニア」
- トビムシなどの中型土壌動物は落ち葉分解と窒素循環を加速させる
- 世界の土壌は大気の2〜3倍の炭素を蓄える最大級の陸上炭素プール
- 日本のミミズは500種以上と推定されるが、名前がついているのは1割程度で、海外では外来種問題も起きている
- 有機農業・堆肥・不耕起栽培が土壌生物多様性と炭素貯留を同時に支える
参考文献・出典
- FAO – The State of Knowledge of Soil Biodiversity
- 農林水産省 – みどりの食料システム戦略
- 環境省 – F-073 土壌生物の多様性と生態系機能に関する研究
- 総合地球環境学研究所 – 土壌動物の多くは落葉分解者として機能していない
- 京都大学 – 日本のフトミミズ類の多様性と系統関係を解明
- 東京大学 – 日本のミミズは南で種多様性が高く、南に分布する系統が多い
- 農林水産省 – 有機農業をめぐる事情(有機農業取組面積の推移)
- 農林水産省 山梨県 – 4パーミル・イニシアチブ普及推進協議会の取り組み
- 国立環境研究所 – 乾燥と湿潤の繰り返しが土壌のCO2放出を増大させる
- TOPCON – 畑でも水田でも大活躍 ミミズの生態に注目
- FAO – 土地と水の不足と劣化:増大する食料安全保障への脅威
※ 信頼性の高い順に配列:政府機関・学術機関 > 査読済み論文 > 専門機関 > 信頼できるメディア