⚡ 30秒でわかる答え
- 都市の水辺再生とは、汚れて蓋をされた川や運河の水質を改善し、人と生きものが戻れる空間に作り直す取り組みのこと。
- ソウルの清渓川では高架道路を撤去して川を復元し、風速1m/sごとに0.3〜0.4℃の気温低下効果が実証された。
- 福岡・柳川では下水路化計画を覆し、930kmの掘割を浚渫と市民参加の清掃で再生させた歴史がある。
- 大阪・道頓堀川や東京・日本橋川では、水門による水位管理や下水処理の高度化、高速道路の地下化により水辺が再生されつつある。
コンクリートの護岸に囲まれ、悪臭を放つ「ドブ川」だった都市の水辺が、いま世界中で生まれ変わっている。水質を改善し、生きものを呼び戻し、周囲の気温まで下げる——都市の水辺再生は、単なる景観整備ではなく、環境問題とまちづくりを同時に解決する数少ない都市インフラ施策として注目されている。
高度経済成長期の日本では、多くの都市河川が下水や工場排水の受け皿となり、悪臭やヘドロに悩まされた。福岡の柳川では水路そのものを埋めて下水路に変える計画が持ち上がり、大阪の道頓堀川や東京の日本橋川も、川の上を高速道路が覆う姿は「水の都」の面影を失わせてきた。
しかし柳川では1970年代の市職員の奮闘によって埋め立てが回避され、大阪・東京では2000年代以降、下水道の高度処理化や合流式下水道の改善、高速道路の地下化計画が進み、水辺は再び人が集う場所へと変わりつつある。この記事では、国内外の実例をもとに、都市の水辺再生がどのような仕組みで水質・生態系・気温・地域経済を変えていくのかを見ていく。
この記事で学べること
- 都市の運河・河川が汚れてきた歴史的な理由と下水道の仕組み
- 水質を改善するための水門・高度処理・浚渫といった技術
- 水辺再生が気温や生きものに与える具体的な効果
- 柳川や道頓堀川など、埋め立てを回避し再生に成功した実例
- 水辺のにぎわいがまちづくりにもたらす経済効果と、私たちにできること
都市の水辺はなぜ汚れたのか
かつて水運や生活用水として使われた都市の河川・運河は、高度経済成長期に生活排水や工場排水を受け止める役割を担わされ、急速に汚れていった。人口が急増した都市部では下水道の整備が追いつかず、洗剤や油、ゴミが直接水路に流れ込むことも珍しくなかった。特に日本の都市部では、雨水と汚水を同じ下水管で流す「合流式下水道」が多く採用されており、大雨のときには処理しきれない汚水が未処理のまま河川へ流れ出す構造的な問題を抱えている。
合流式下水道が抱える課題
東京都下水道局によると、合流式下水道では強い雨が降ると市街地を浸水から守るため、汚水まじりの雨水を河川沿いの吐け口やポンプ所から河川や海に放流する仕組みになっている。これが降雨時に川が急に汚れる主な原因の一つだ。晴天が続いた後の最初のまとまった雨では、路面や下水管に溜まった汚れが一気に押し流されるため、特に水質が悪化しやすい。
合流式下水道とは
- 生活排水(汚水)と雨水を同じ下水管で集めて処理場へ送る方式
- 大雨時は処理能力を超えるため、一部が未処理のまま河川・海へ放流される
- 東京23区など古くから下水道を整備した都市部で多く採用されている
東京都は雨水吐け口やポンプ所からのごみの流出を抑える施設整備、雨天時により多くの下水を水再生センターへ送るための下水道管の増強、降雨初期の特に汚れた下水を一時的にためる貯留施設の整備を進めている。貯留施設にためられた下水は、雨が止んだ後に水再生センターへ送られ、通常どおり生物処理される。こうした対策の結果、令和5年度末には下水道法施行令で定められた分流式下水道並みの放流水質が確保されるまでに改善した。
高速道路が水辺を覆った時代
1964年の東京オリンピックに合わせて建設された首都高速道路の多くは、用地取得が容易だった河川や運河の上空に建てられた。日本橋川もその一つで、川の真上を高架が覆う姿は長らく「水の都・東京」の象徴的な課題とされてきた。同様に、渋谷川など都心の中小河川は、都市化に伴う水量減少や衛生上の問題から次々と蓋掛けされ、暗渠(あんきょ)となって地上から姿を消していった。
埋め立て計画に揺れた柳川の掘割
福岡県柳川市には、930kmにも及ぶ「掘割」と呼ばれる水路網が張り巡らされている。江戸時代から城下町の生活用水・灌漑・水運を支えてきたこの掘割も、高度経済成長期には合成洗剤や油、ゴミによって深刻に汚染された。当時、行政内部では水路を埋め立てて下水路に変える計画が有力視されていたが、これは全国の都市が同時期にたどった典型的な選択肢でもあった。
全国各地でこの時期に姿を消した水路は少なくない。道路拡幅や下水道整備の用地確保のため、暗渠化や埋め立てが「合理的な選択」として進められた結果、都市の記憶の中からも水辺の存在そのものが薄れていった。柳川のケースが特別なのは、埋め立て寸前まで進んでいた計画を、一人の職員の粘り強い説得によって覆したという経緯にある。
「見えない資産」だった掘割の価値
当時の柳川では、掘割は単なる古い水路としか見られておらず、下水道という「近代的なインフラ」に置き換えることが発展の証だと考えられていた。だが実際には、掘割は灌漑用水の供給・生活排水の希釈・地下水位の維持・観光資源という複数の機能を同時に担っていた。この「見えない資産」としての価値が再評価されたことが、埋め立てから浚渫へと方針転換する決め手になった。
この構図は柳川に限った話ではない。多くの都市で、川や水路は「治水」「排水」という単一機能でしか評価されず、生態系サービスや文化的価値、地下水涵養といった複合的な機能が見落とされがちだった。近年の都市計画では、こうした水辺の多面的な価値をあらかじめ評価し、開発の是非を判断する枠組みが少しずつ広がりつつある。
水質を取り戻す技術と仕組み
水辺再生の第一歩は水質改善である。取り組み方は都市によって異なるが、大きく分けると「下水処理の高度化」「水位・流量の管理」「水路そのものの浚渫・維持管理」の3つのアプローチがある。
下水処理の高度化(大阪・道頓堀川の例)
大阪市では道頓堀川・東横堀川の水質改善のため、中浜下水処理場に膜分離活性汚泥法(MBR)による超高度処理を導入した。この方式では、活性汚泥処理と膜ろ過を組み合わせることで、透視度が高く大腸菌がほぼ検出されない非常にきれいな処理水を河川に還元できる。従来の処理方式に比べて設備はコンパクトになる一方、処理水質は大幅に向上する。
水門による水位・水質管理
道頓堀川と東横堀川は両端を水位調整可能な水門で区切ることで、上流部からの汚染水の流入を防ぐとともに水位を安定させている。水面に近い高さに遊歩道を整備できたのも、この水位管理があってこそだ。水位が安定していることは、藻類の異常発生を抑えたり、護岸の緑化を長期的に維持したりするうえでも重要な条件になる。

| 取り組み | 内容 | 効果 |
|---|---|---|
| 水門による水位管理 | 河川の両端を水門で区切り水位を安定 | 上流からの汚染水流入を防止・親水施設の設置が可能に |
| 下水の高度処理(MBR) | 膜分離活性汚泥法で処理水を超高度浄化 | 大腸菌ほぼゼロ・高い透視度の処理水を還元 |
| 合流式下水道の改善 | 貯留施設・下水道管の増強 | 降雨初期の汚れた下水を貯留し河川への流出を削減 |
| 浚渫と市民清掃(柳川方式) | 水路の底に堆積したヘドロを除去し流水を確保 | 低コストで水質と流量を回復、地域の当事者意識を醸成 |
浚渫と市民参加で再生した柳川の掘割
柳川では1977年、都市下水路係長として着任した職員が「掘割を埋めてはならない」と当時の市長に進言し、下水路化計画の中止を働きかけた。柳川の地盤は軟弱な「ガタ(干潟性の泥)」であり、掘割による水の浸透がなくなれば深刻な地盤沈下を引き起こす危険があることを示し、計画転換の根拠とした。
代わりに策定された「河川浄化計画」は、①浚渫によって水路を復元し流水を確保する、②排水規制を強め汚水の流入を抑える、③維持管理体制をつくり市民参加の清掃を復活させる、という3本柱で構成された。結果として水路上の不法構築物が自主的に撤去されるなど地域の協力が広がり、当初の下水路化計画の5分の1程度の費用で目標を達成したと伝えられている。
柳川方式のポイント
- 埋め立てず「浚渫」で水路そのものを再生する発想の転換
- 規制強化だけでなく市民参加の維持管理を仕組み化
- 地盤沈下という別の環境リスクも同時に回避
コストで見る「埋める」と「再生する」の違い
柳川の事例が示すもう一つの教訓は、水辺再生が必ずしも高コストな選択ではないという点だ。下水路化計画には新たな管路の敷設や大規模な埋め立て工事が必要になる一方、浚渫による再生は既存の水路をそのまま活かすため、初期投資を大幅に抑えられる。加えて、維持管理を市民参加型にすることで、行政が単独で負担する管理コストも軽減される。環境面のメリットだけでなく、財政面でも「壊して作り直す」より「あるものを直して活かす」ほうが合理的だったことが、柳川のその後の観光資源化にもつながっている。
水辺再生がもたらす気温低下効果
都市の水辺再生は、水質だけでなく都市の気温にも測定可能な効果をもたらす。その世界的な実証例が、韓国・ソウルの清渓川(チョンゲチョン)復元事業だ。

清渓川復元と「風の道」効果
ソウル都心を東西に貫いていた清渓高架道路は2003年7月から2005年9月にかけて撤去され、暗渠化されていた清渓川が全長約5.8kmにわたって地上に復元された。国立環境研究所は韓国気象庁気象研究所と共同で、復元後にできた「風の道」による都市街区の冷却効果を検証する気象観測を行っている。
その結果、河道に沿う西よりの風が河川に直交する南北の街路に分散して進入し、風速1m/sにつき0.3〜0.4℃の気温低下をもたらすことが確認された。また地表面から大気に伝わる熱(顕熱)の量も500W/m²から200W/m²へと大きく減少していることが確認されている。この事例は、都市形態の改善がヒートアイランド緩和に効果があることを確かめた世界初の実証例とされる。
なぜ水辺は涼しいのか
- 水面からの蒸発が周囲の熱を奪う(気化熱)
- 開けた河川空間が風の通り道(風の道)をつくる
- 水辺の植栽が日射を遮り地表面の温度上昇を抑える
日本の都市緑地・水辺との共通点
街路樹や公園の気温低下効果は都市の緑とヒートアイランドで解説した通りだが、水辺は「水面」という緑地にはない冷却源を持つ点が特徴だ。風の通り道を確保できる線状の水辺は、面的な公園緑地とは異なる形でヒートアイランド対策に貢献できる可能性がある。東京の渋谷川では、下水処理水を高度処理した水を導水する「清流復活事業」が実施されており、水量そのものを確保することが冷却効果や水辺景観の前提条件になっている。
導水による水量確保という手法
都市化が進んだ地域の中小河川は、湧水やわき水が減少し、そもそも流れる水の量が乏しくなっているケースが多い。渋谷川や呑川では、東京都の「城南三河川清流復活事業」として、下水処理場で高度処理した水を人工的に導水し、水量と水質の両方を確保する取り組みが行われている。水がなければ蒸発による冷却効果も生態系の回復も見込めないため、導水は水辺再生の基盤となる施策のひとつだ。
暑熱対策としての水辺整備を都市計画に組み込む
清渓川の実証結果が示したのは、水辺そのものだけでなく、その周囲の街路配置や建物の向きまで含めた「都市の形」全体が暑熱環境を左右するという点だ。河川に直交する街路を意図的に配置し、風が奥まで届く構造にすることで、冷却効果は水辺から離れた場所にも波及する。日本の都市開発でも、再開発計画の初期段階で風の流れをシミュレーションし、水辺と街路網を一体で設計する事例が増えつつある。単に「川をきれいにする」だけでなく、「川の効果を都市全体に広げる」という視点が、今後の水辺再生ではより重視されていくと考えられる。
生きものが戻る水辺づくり
水質が改善すると、次に変化が現れるのは生きものの姿だ。都市河川における生態系回復は、水質浄化・水位安定・護岸の緑化・水生植物の再生といった複数の取り組みが組み合わさって進む。
護岸の緑化と水生植物
コンクリートで固められた垂直護岸は、生きものが水辺に上がったり隠れたりする場所を奪ってしまう。近年の水辺再生事業では、護岸の一部を緩やかな傾斜にして水生植物を植える「多自然型護岸」の考え方が取り入れられ、魚や水生昆虫、鳥類が利用できる環境づくりが進められている。
- 傾斜護岸・自然石護岸による生きものの隠れ場所の確保
- 水生植物の植栽による水質浄化と産卵場所の提供
- 定期的な水質モニタリングによる回復状況の確認
- 緑道化された旧河道・暗渠上部の植栽によるビオトープ的な機能

水辺の生態系は水質のバロメーター
魚類や水生昆虫の種類・個体数は、その河川の水質を映す指標にもなる。汚濁に強いユスリカやセスジユスリカが優占する状態から、酸素を多く必要とするカワゲラやトビケラの仲間が見られるようになれば、水質改善が着実に進んでいるサインといえる。里山や里海と同じく、都市の水辺も人の手が入ることで豊かになる場所になり得る。
暗渠上部を活かした緑道というもう一つの選択肢
すべての都市河川を地上に復元できるわけではない。東京・世田谷区では、昭和40年代以降に暗渠化された中小河川の上部を有効利用する形で「緑道」の整備を進めてきた。烏山川緑道や北沢川緑道など、区内には複数の緑道が存在し、暗渠となった旧河道を歩行者空間・避難路・線状の緑地として再生させている。水面そのものは戻らなくても、かつての川筋を「水と緑のネットワーク」として都市の中に残す発想は、地下化や埋め立てとは異なる第三の選択肢として参考になる。
生態系ネットワークとしての線状空間
緑道や水辺は、点在する公園や緑地をつなぐ「生態系ネットワーク(エコロジカル・コリドー)」としての役割も担う。鳥や昆虫は道路や建物に遮られた市街地の中では移動が難しいが、川筋に沿った連続する緑地・水辺があれば、そこを伝って生息域を広げることができる。世田谷区の緑道網のように、暗渠化された旧河道であっても線状の植栽帯として整備されていれば、生きものの移動経路としての機能をある程度維持できる。水面の有無にかかわらず、「途切れない線」として都市の中に残すことが生態系保全の観点からは重要になる。
水辺のにぎわいが生む地域経済効果
水辺再生は環境面だけでなく、地域経済にも波及する。国土交通省がまとめた道頓堀川の事例では、水辺整備が「インフラのストック効果」として都市魅力の向上に寄与したことが紹介されている。
道頓堀川「とんぼりリバーウォーク」の効果
大阪市は道頓堀川の水辺に遊歩道「とんぼりリバーウォーク」を整備し、水面近くを歩ける親水空間を実現した。湊町エリアの両岸ではストリートダンスや散策を楽しむ若者の姿が定着し、ハイセンスな店舗や住宅が集積する堀江エリアとの南北動線が強くなったことで、周辺エリアとの回遊性が高まり、地域の拠点性そのものが向上したと報告されている。

水辺開発と複合再開発の一体化
日本橋川では、首都高速道路の地下化と合わせて敷地面積約6.7haに及ぶ5つの再開発が計画されている。地下ルートは2035年度、現在の高架部撤去を含む全体完成は2040年度が見込まれており、実現すれば川幅を含め幅約100m・長さ約1.2kmに及ぶ広大な親水空間「日本橋リバーウォーク」が誕生する。商業・オフィス・宿泊施設などの複合開発と親水空間の整備を一体で進めることで、水辺そのものが新しい都市機能の中心に据えられている点が特徴だ。
一方で日本橋川は窒素やリンの濃度が高く、植物プランクトンやアオコが発生しやすいという水質面の課題も抱えており、大雨時には合流式下水道から未処理水が流入する問題も残る。景観の再生と水質改善は、切り離せない両輪として同時に進める必要がある。
水辺再生がまちにもたらす主な効果
- 回遊性の向上による周辺エリアの活性化
- ヒートアイランド緩和による快適な歩行環境
- 生きものと出会える環境教育の場の創出
- 水辺不動産としての資産価値の向上
観光資源としての水辺
柳川の掘割は現在、川下り舟が行き交う観光名所として知られている。水質が回復したことで初めて観光資源としての価値が生まれたのであり、汚れたままの水路では舟下りという体験そのものが成立しなかった。水質改善は環境対策であると同時に、地域のブランドを支える経済基盤でもある。同様に、道頓堀川の遊歩道整備も、観光客にとって「歩いて楽しい水辺」という新しい大阪の魅力を作り出した。
不動産価値と水辺プレミアム
海外の水辺再生事例では、整備後に周辺の地価やオフィス賃料が上昇する「水辺プレミアム」が観測されることがある。水辺に面した住宅・オフィスは眺望や快適性の面で評価されやすく、日本橋川の再開発計画でも、親水空間の整備が周辺不動産の価値向上策として明確に位置づけられている。ただし、水辺プレミアムはあくまで水質・治安・アクセスといった基本条件が整って初めて発揮されるものであり、整備するだけで自動的に地価が上がるわけではない点には注意が必要だ。
海とつながる都市の水辺
都市の運河・河川は、多くの場合海へと直結している。都市部で改善された水質は、そのまま沿岸の海域環境にも影響する。大阪湾や東京湾の水質改善においても、上流の都市河川対策は欠かせないピースの一つだ。
干潟・藻場の再生との連携
都市河川の水質改善は、河口部の干潟の保全や藻場の再生とも密接に関わる。窒素・リンなどの栄養塩の流入量が適正化されることで、干潟や藻場に生息する生物多様性の回復にもつながる可能性がある。逆に、都市河川からの過剰な栄養塩流入や未処理下水の流出は、河口域の赤潮や貧酸素水塊の一因にもなり得るため、上流対策の効果は数十キロ先の海域にまで及ぶ。
都市の水辺再生は、単独の河川整備事業ではなく、上流の下水道インフラから河口の海域環境までを見通した「流域単位」の取り組みとして進められることが望ましい。柳川の事例でも、掘割の水質改善は最終的に有明海の漁業環境とも関わりの深いテーマとして扱われてきた。
流域単位で考えるということ
一本の川の水質は、上流の農地・住宅地・工業地帯からの排水、途中の合流式下水道の放流、河口付近の潮の満ち引きまで、流域全体の条件が積み重なって決まる。都市の中心部だけを整備しても、上流でまとまった量の未処理排水が流れ込んでいれば効果は限定的になる。逆に、上流での節水や生活排水対策が進めば、下流の都市河川、さらにその先の海域環境まで良い影響が連鎖する。水辺再生を「点」ではなく「線」、さらには「面(流域)」で捉える視点が、長期的な効果を左右する。
沿岸漁業への波及効果
都市河川から流れ込む栄養塩や汚濁物質は、河口域の漁業にも直接影響する。過剰な栄養塩は赤潮の発生要因になり、貝類やノリ養殖などの沿岸漁業に被害を及ぼすことがある一方、適度な栄養塩の供給は沿岸生態系の生産性を支える側面もある。都市の水辺再生を進める際には、単に「きれいにする」だけでなく、河口の漁業関係者や海洋環境の専門家と連携しながら、流域全体でのバランスを見極めることが求められる。
世界と日本の都市水辺再生プロジェクト
都市の水辺再生は日本だけの動きではない。世界の主要都市でも、モータリゼーション時代に失われた水辺を取り戻す動きが進んでいる。
| 都市・河川 | 主な取り組み | 特徴 |
|---|---|---|
| ソウル・清渓川 | 高架道路撤去と河川復元(2003〜2005年) | 風の道による実測ベースの気温低下を実証 |
| 福岡・柳川の掘割 | 浚渫と市民参加の維持管理(1977年〜) | 埋め立て回避・地盤沈下リスクも同時に解消 |
| 大阪・道頓堀川/東横堀川 | 水門による水位管理・下水高度処理 | 親水遊歩道の整備でにぎわい創出 |
| 東京・日本橋川 | 首都高地下化(2035〜2040年度予定)と再開発 | 景観再生と複合再開発を一体で計画 |
| 東京・渋谷川/呑川 | 高度処理水の導水(清流復活事業) | 水量そのものを人工的に確保 |
共通する成功のパターン
これらの事例に共通するのは、①水質・水量を確保するインフラ投資、②水位や流量を管理する仕組み、③人が水辺に近づける空間設計、という3つの要素を同時に満たしている点だ。どれか一つだけでは水辺再生は成立しにくい。加えて柳川の例が示すように、行政の計画だけでなく市民が維持管理の当事者になれる仕組みを持つプロジェクトほど、長期的に持続しやすい傾向がある。
事業の規模とスピードの違い
清渓川や日本橋川のように高架道路の撤去・地下化を伴う事業は、数千億円規模の投資と10〜40年単位の時間を要する大規模プロジェクトである。一方で柳川の浚渫事業は、既存の水路を活かすことで比較的短期間・低コストで成果を出した。都市の規模や河川の状態によって、どちらのアプローチが適しているかは変わってくる。老朽化したインフラの更新時期に合わせて大規模再生を検討する都市もあれば、日常的な維持管理の延長として着実に水質を守り続ける都市もあり、水辺再生には唯一の正解があるわけではない。
水辺再生が直面する課題
水辺再生には多くの成功事例がある一方、乗り越えるべき課題も残されている。理想だけを語らず、実際の制約条件を理解しておくことが、次の再生プロジェクトを成功させる鍵になる。
合流式下水道の抜本的な解消は簡単ではない
合流式下水道を分流式(汚水と雨水の管を完全に分ける方式)に作り替えるには、道路の下に新たな下水道管を敷設する大規模な工事が必要になる。すでに建物が密集した都心部でこれを行うのは費用・工期の両面で現実的でないことが多く、多くの都市では貯留施設の増設や高度処理といった「合流式のまま改善する」アプローチが採られている。この方式には限界もあり、記録的な豪雨が増える中で、未処理下水の流出リスクを完全にゼロにすることは難しい。
事業期間の長さと合意形成
日本橋川の高速道路地下化のように、大規模な水辺再生事業は着工から完成まで20年近い期間を要することも珍しくない。長期にわたる事業では、当初の計画と社会情勢が変化することもあり、周辺住民・事業者との合意形成を継続的に行う必要がある。柳川のように比較的小規模な浚渫事業であっても、排水規制の強化には住民の協力が不可欠であり、行政の一方的な号令だけでは水辺は再生しない。
気候変動による豪雨リスクの増大
近年の気候変動により、短時間強雨の頻度が増加傾向にあるとされる。合流式下水道の改善や貯留施設の整備は進んでいるものの、想定を超える豪雨が発生すれば、未処理下水の流出リスクは再び高まる。水辺再生は一度整備すれば終わりではなく、気候変動の影響を踏まえて継続的に更新していく必要がある社会インフラだといえる。
私たちにできる水辺との関わり方
都市の水辺再生は行政の大規模事業が中心になりがちだが、住民や企業が関われる場面も少なくない。柳川の再生が市民参加の清掃活動によって支えられたように、日々の小さな行動が長期的な水質維持につながる。
- 河川清掃・水辺の生きもの観察会への参加
- 節水や生活排水への配慮による下水処理負担の軽減
- 水辺のイベント・カフェなど、にぎわいづくりへの参加
- 自治体の河川モニタリング・パブリックコメントへの参加
今日からできること
- 油や食べ残しを排水口に流さず、生活排水の負荷を減らす
- 近所の川や運河の清掃活動・観察会をチェックしてみる
- 水辺の再開発計画があれば、自治体の説明会や意見募集に目を通す
環境教育としての水辺観察
水辺再生が進んだ地域では、学校や地域団体による環境教育の場としても水辺が活用され始めている。水生生物の観察や水質調査を通じて、子どもたちが身近な川や運河がどのように汚れ、どのように回復してきたかを学ぶことは、次世代の当事者意識を育てるうえで欠かせない。柳川の掘割が観光資源であると同時に地域の教育資源にもなっているように、水辺再生の効果は経済・環境だけでなく人材育成という側面にも及ぶ。
都市の水辺は、行政・企業・住民それぞれの小さな行動の積み重ねによって、時間をかけて再生されていく。清渓川や道頓堀川、そして埋め立てを回避した柳川のように、一度失われかけた水辺でも取り戻せることを、既に多くの都市が証明し始めている。次にあなたの街の川や運河を歩くときは、その水がどこから来て、どこへ流れていくのか、少し想像してみてほしい。
参考文献・出典
- 大阪市 - 道頓堀川・東横堀川のさらなる水質改善に取り組みます – MBR高度処理による水質改善の取り組み
- 国土交通省 - 水辺が生み出す大阪のエネルギー【大阪府 道頓堀川】 – インフラのストック効果事例
- 東京都都市整備局 - 日本橋周辺のまちづくりと連携した首都高速道路の地下化 – 日本橋川地下化事業の概要とスケジュール
- 東京都下水道局 - 合流式下水道の改善とは? – 合流式下水道の仕組みと改善の取り組み
- 国立環境研究所 - 都市内大規模河川(ソウル市清渓川)の復元による暑熱現象改善効果の実証 – 清渓川復元による気温低下効果の実証研究
- J-STAGE - ソウル・清渓川復元事業による都市の暑熱緩和の観測(第2報) – 風速あたりの気温低下・顕熱量の実測データ
- 自治体国際化協会 CLAIR REPORT No.306 - 清渓川復元事業 – 清渓川復元事業の経緯と概要
- 柳川市 - 柳川の河川浄化事業についての展示のお知らせ – 広松伝氏による河川浄化計画の経緯
- 世田谷区 - 緑道とは – 暗渠化された河川上部を活用した緑道整備の経緯
- 水都大阪 - 道頓堀川エリア プロジェクトの成果 – 道頓堀川水辺整備の経緯
※ 信頼性の高い順に配列:政府機関・学術機関 > 査読済み論文 > 専門機関 > 信頼できるメディア