⚡ この記事の要点

奄美大島と徳之島だけに生きる1属1種のアマミノクロウサギ。約500万年前の系統を残す「生きた化石」が、外来種マングースの世界初の根絶宣言でどう回復し、今どんな新しい課題に直面しているのかを一次資料で解説する。

1属1種
近縁種はすべて絶滅し、世界でこの1種だけが生き残った
32,647頭
1979年の侵入から45年でマングースバスターズらが捕獲した総数
約5〜8倍
2003年から2021年にかけて推定個体数が増えた倍率(環境省推定)

夜の照葉樹林をゆっくり歩く、耳の短い黒いウサギ。アマミノクロウサギは、鹿児島県の奄美大島と徳之島にしか生息しない、世界に1属1種しかいない希少なウサギである。跳ねずに歩く姿、短い耳と後肢、土を掘るための長い爪——その「原始的な形質」は、約500万年前の系統を今に伝える「生きた化石」と呼ばれる理由になっている。

この固有種は長年、人間が持ち込んだ外来種フイリマングースの捕食によって数を減らしてきた。しかし2024年9月3日、環境省は奄美大島でのマングース根絶を宣言した。人が暮らす7万haを超える島での中型哺乳類の根絶は世界初の快挙とされ、アマミノクロウサギをはじめとする在来種の回復に大きく貢献したと評価されている。

一方で、個体数の回復は新たな課題も生んでいる。生息数が増えたことで、道路への飛び出しによる交通事故(ロードキル)が奄美大島・徳之島の両島で過去最多を更新し続けているのだ。本記事では、環境省・国立科学博物館・自然環境研究センターなど一次資料をもとに、アマミノクロウサギの生態、マングース根絶までの30年以上にわたる闘い、そして回復の先にある課題を整理する。

この記事で学べること

  • アマミノクロウサギが「生きた化石」と呼ばれる進化上の理由
  • 奄美大島・徳之島だけに固有種が生き残った地理的背景
  • 外来種マングースが在来生態系を壊した経緯と、世界初となった根絶宣言の科学的根拠
  • 個体数が大幅に回復した一方で深刻化する交通事故(ロードキル)問題
  • 世界自然遺産登録における位置づけと、訪問者・支援者としてできること

アマミノクロウサギとは何者か──1属1種、近縁種を持たない孤高の存在

アマミノクロウサギ(学名 Pentalagus furnessi)は、ウサギ目ウサギ科アマミノクロウサギ属に分類される。この属には現在、この1種しか存在しない。世界中のウサギ科の中でも極めて特異な位置づけにあり、環境省は「特異で原始的な形質を有する等、学術的に重要な種」と説明している。

「原始的」という言葉は、決して劣っているという意味ではない。むしろ、進化の過程で多くのウサギ科動物が長い後肢と発達した跳躍力を獲得していった中で、その変化が起きる前の祖先に近い姿かたちを、今日までほぼそのまま保ち続けているという意味である。次章で見る化石の記録と合わせて考えると、アマミノクロウサギは進化のスナップショットを現代に伝える、生きた自然史資料そのものだと言える。

頭胴長41〜51cm、体重1.3〜2.7kgの中型のウサギ

環境省の資料によると、体重は1,300〜2,700g、頭胴長は41〜51cmほど。指趾には土を掘るのに適した発達した爪を持ち、樹洞や岩穴、大木の根元などに休息・出産用の穴を掘って暮らす。寿命は飼育下で15年ほどとされ、繁殖活動は1年を通して行われていると考えられている。

跳ねずに歩く、耳の短い夜行性のウサギ

草原を跳ね回る一般的なノウサギのイメージとは異なり、アマミノクロウサギは耳が短く、後肢もそれほど長くない。森林の中を、跳ねるというよりはゆっくりと歩いて移動する。夜行性で、日中はほとんど巣穴の中で過ごし、シイ・カシ類の常緑広葉樹林(照葉樹林)や二次林、海岸林で単独生活を送る。行動範囲は数百メートル四方程度と考えられている。

繁殖活動は特定の季節に偏らず、1年を通して行われていると考えられている点も特徴の一つだ。休息用とは別に、樹洞や岩穴、大木の根元などに専用の産仔用の穴を掘って子を育てるという、地面に潜って身を隠す生態を持つ。こうした「穴に潜る」生態は本来、外敵の少ない島の環境に適応したものだったが、後述する外来種マングースのように穴に入り込んで捕食する相手に対しては、必ずしも十分な防御にならなかった。

季節で変わる食事、雑食寄りの植物食

環境省沖縄奄美自然環境事務所のブログによると、アマミノクロウサギは完全な植物食で、ススキやボタンボウフウなどの草本、アマクサギやエゴノキなどの木本の葉、スギやミカンなどの樹皮、スダジイの果実、タケノコまで幅広い植物を食べる。餌の乏しい秋から冬にかけては、若い木の芽や木の皮、ドングリといった、より硬く食べにくいものにも頼るようになる。季節ごとに手に入る食物を柔軟に利用する食性は、亜熱帯の照葉樹林という限られた環境の中で命をつないできた証でもある。

  • 学名:Pentalagus furnessi(ウサギ目ウサギ科アマミノクロウサギ属)
  • 分布:鹿児島県奄美大島・徳之島の2島のみ(世界でここだけ)
  • 体格:頭胴長41〜51cm、体重1,300〜2,700g
  • 特徴:短い耳・短い後肢・長い爪、跳ねずに歩く夜行性の単独生活者
  • 保護区分:絶滅危惧ⅠB類(環境省第4次レッドリスト)、国の特別天然記念物(1963年指定)
夜の照葉樹林の地面で穴を掘るアマミノクロウサギの様子
長い爪で土を掘り、樹洞や岩穴に休息・産仔用の穴をつくる(環境省資料に基づくイメージ)

祖先はプリオペンタラグス──約500万年前から続く「生きた化石」の系統

アマミノクロウサギが「生きた化石」と呼ばれるのは、その系統の古さゆえだ。国立科学博物館の研究解説によると、アマミノクロウサギ属の祖先にあたるプリオペンタラグスは、約500万年前の新第三紀鮮新世に大陸で生きていたウサギ類である。かつては断片的な化石しか見つかっておらず、その進化史はほとんど謎に包まれていた。

中国安徽省の化石が明かした進化の道筋

転機となったのは、中国安徽省の大居山で見つかった、時代の異なる複数の産地にまたがる大量の化石だった。これらの発見により、プリオペンタラグスの進化の様子が具体的に解明され、さらに北アメリカに分布していた近縁のウサギ類も、アジアから移動していったプリオペンタラグスの子孫であることがわかってきた。

大陸の近縁種はすべて絶滅、生き残ったのは島の2種だけ

しかし、大陸に広く分布していたアマミノクロウサギ属(プリオペンタラグス)は、その後の環境変化の中ですべて姿を消した。唯一生き残ったのが、大陸から切り離された奄美大島・徳之島の個体群である。結果として、現在アマミノクロウサギ属は1属1種となり、大陸の系統が途絶えた後も孤立した島で命脈を保ち続けてきた「生きた化石」という評価につながっている。

この進化史は、奄美大島・徳之島という島がいかに特殊な「時間が止まった場所」であるかを物語っている。本来であれば大陸の環境変化や、より適応力の高い競合種の出現によって淘汰されていたはずの系統が、隔離された島という環境のおかげで生き延びることができた。裏を返せば、こうした孤立した島の生態系は、外部から新しい競合者や捕食者が持ち込まれることに対して極めて脆弱だということでもある。その脆弱性が現実の脅威として顕在化したのが、次章で見る外来種マングースの侵入だった。

大陸のアマミノクロウサギ属は絶滅したため、現在アマミノクロウサギ属は1属1種となっている。

― 国立科学博物館「アマミノクロウサギの祖先とその進化をさぐる」

このように、化石記録によって系統関係が具体的に裏付けられている希少種は、世界的に見ても多くない。断片的な歯の化石しか手がかりがなかった時代には推測の域を出なかった進化史が、中国での大量化石の発見という偶然も重なって、近年になってようやく実証的に語れるようになった。アマミノクロウサギの研究は、目の前の1種の保全にとどまらず、絶滅した近縁種を含む大きな進化のストーリーを解き明かす手がかりとしても、学術的な価値を持ち続けている。

なぜ「生きた化石」なのか

  • 祖先プリオペンタラグスは約500万年前(鮮新世)の大陸に生息
  • 中国安徽省の化石群が進化の道筋を解明
  • 大陸の近縁種は絶滅し、島に隔離された系統だけが現存

なぜ奄美大島と徳之島だけに生き残ったのか

奄美大島・徳之島は、大陸から早い時期に切り離された海洋島的な性格を持つ島で、独自の生態系が長く保たれてきた。高齢級林(伐採を免れた古い森)やそれに隣接する餌の多い場所に生息するアマミノクロウサギにとって、開発や大型の捕食者の侵入が少なかったこの2島が、大陸の近縁種が絶滅した後も生き延びられる最後の砦になったと考えられている。

同じ奄美群島や琉球列島に属する島々の中でも、アマミノクロウサギが自然分布するのは奄美大島と徳之島の2島だけであり、沖縄島や与論島などには生息していない。世界自然遺産として一括りに評価される奄美大島・徳之島・沖縄島北部・西表島も、実際にはそれぞれ異なる固有種の組み合わせによって独自の生物多様性を形成しており、島ごとの成り立ちの違いが生きものの分布を細かく分けてきたことがうかがえる。

こうした島ごとの違いは、小笠原諸島の固有種にも通じるテーマだ。海によって隔てられた島では、大陸のような広い範囲での交雑や淘汰の圧力が働きにくく、限られた個体群の中で独自の進化が進みやすい。裏を返せば、個体群の規模自体が小さいため、ちょっとした環境の変化や外部からの影響(たとえば外来種の侵入)によって、一気に絶滅の危機に陥りやすいという脆さも併せ持っている。

絶滅危惧ⅠB類、そして国の特別天然記念物

アマミノクロウサギは環境省第4次レッドリストで絶滅危惧ⅠB類に指定されているほか、1963年(昭和38年)には文化財保護法に基づき国の特別天然記念物に指定された。生息地の一部は国指定湯湾岳鳥獣保護区や神屋・湯湾岳天然記念物林として保護され、鹿児島県大和村では2001年施行の村条例により、村内での捕獲等が禁止されている。

生息地全体の保護という観点では、2017年3月7日に国内34番目の国立公園として「奄美群島国立公園」が指定されたことも大きな節目だった。アマミノクロウサギが暮らす照葉樹林の多くがこの国立公園の区域に含まれており、単一の種の保護だけでなく、森林生態系全体を面として守る枠組みが整えられた。この国立公園指定が、後に述べる2021年の世界自然遺産登録の土台の一つにもなっている。

2004年の保護増殖事業計画、そして脅威となった4要因

2004年(平成16年)には国内希少野生動植物種に指定され、環境省・農林水産省・文部科学省による保護増殖事業計画が策定された(2014年に10ヶ年実施計画を策定)。環境省は生息を脅かす要因として、①高齢級林の減少と分断化、②マングースによる捕食、③ネコ・イヌによる捕食、④交通事故の4つを挙げている。次章以降で見るように、このうち②の外来種問題こそが、最も深刻な脅威だった。

区分・制度内容
環境省レッドリスト絶滅危惧ⅠB類(第4次)
文化財保護法国の特別天然記念物(1963年指定)
種の保存法国内希少野生動植物種(2004年指定)、保護増殖事業計画を策定
鳥獣保護法生息地の一部を国指定湯湾岳鳥獣保護区に指定
自治体条例鹿児島県大和村野生生物保護条例で村内の捕獲等を禁止(2001年)
アマミノクロウサギに関する主な法的保護制度(環境省資料に基づく)
この記事の要点となる3つの数字をまとめた図版
数字で見る:本文で扱う3つの指標

忍び寄った外来種マングースの脅威

アマミノクロウサギの生存を最も脅かしたのが、人間が持ち込んだ外来種フイリマングース(Urva auropunctata)だった。自然環境研究センターと環境省の記録によれば、マングースはハブやネズミ類による被害への対策として、1910年に沖縄島へ、1979年前後に奄美大島へ導入された。奄美大島には沖縄島から30頭ほどが持ち込まれ、名瀬市朝仁赤崎周辺に放獣されたことが関係者への聞き取りで確認されている。

天敵のいない島で起きた個体数爆発

奄美大島には元来、マングースに対抗できる大型の在来捕食者がいなかった。放獣されたマングースは分布域を広げながら増え続け、環境省の推定では2000年時点で約1万頭(1999年度末推定6,000頭に自然増加分を加えた数)にまで達したとされる。マングースはバッタやコオロギといった小型無脊椎動物から、カエル・ネズミ・ウサギまで幅広い動物を捕食し、アマミノクロウサギやケナガネズミなど奄美固有の希少種に大きな影響を与えた。

分布域が縮小する在来種、後手に回った初期対策

地元市町村は1993年から有害鳥獣としての捕獲を始め、環境省(当時の環境庁)と鹿児島県も1996年から4年間、分布や個体数の調査・捕獲手法の検討を行うモデル事業に着手した。しかしマングースの行動圏は小さく、車道沿いでの捕獲だけでは分布拡大を止められないことがわかり、林内を含むより綿密な対策が必要と判断されるまでに、すでに多くの在来種の分布域が縮小していた。

環境省によれば、モデル事業の結果、マングースの分布拡大と歩調を合わせるようにアマミノクロウサギをはじめとする多くの在来種の分布域が縮小していることが具体的なデータとして明らかになった。この事実が、車道周辺だけの部分的な捕獲から、林内を含めた島全域での本格的な防除事業へと方針を転換させる決め手になった。裏を返せば、対策の効果が数字として現れるまでには、それだけ長い期間の観察と忍耐が必要だったということでもある。

マングースは元来、中東から中国南部・南アジアにかけて広く分布する食肉目マングース科の動物で、全長はオスで60cm、メスで50cmほどと、ニホンイタチより一回り大きい程度の体格である。年に1回程度、平均2.26頭を出産するとされ、奄美大島では主に3月から9月にかけてが繁殖期にあたる。天敵がいない島でこの繁殖力が働いた結果、1979年に持ち込まれた30頭ほどが、20年後の2000年には推定約1万頭にまで爆発的に増加したことになる。

マングースは細長い体を活かして狭い隙間や地面の穴にも入り込める身体能力を持ち、バッタやコオロギといった小型の無脊椎動物からカエル、ネズミ、ウサギまで幅広い獲物を捕食する。前章で見た通り、アマミノクロウサギは休息や子育てのために樹洞や岩穴、大木の根元に穴を掘って身を隠す生態を持つが、この「地面に潜って隠れる」戦略は、島に大型の天敵がいなかった時代には有効でも、穴の中まで追ってくる小型で俊敏なマングースに対しては、むしろ逃げ場を失いやすい弱点になったと考えられる。

外来種被害予防三原則

環境省はマングースの教訓を踏まえ、外来種問題を防ぐ原則として「入れない・捨てない・拡げない」を掲げている。一度定着した外来種の根絶には、奄美大島のケースのように数十年単位の歳月と労力がかかる。

世界初、有人島でのマングース根絶という挑戦

2000年、環境省(当時の環境庁)と鹿児島県は捕獲数に応じた報奨金制度による本格的な防除事業を開始し(2001年以降は環境省単独で実施)、2005年には外来生物法の施行に伴いフイリマングースが特定外来生物に指定された。同年、マングース対策の専門集団「奄美マングースバスターズ」が結成される。

3万個以上のわな、探索犬、そして124名の専門家たち

自然環境研究センターの記録によれば、奄美マングースバスターズは当初12名で結成され、これまでに延べ124名がマングースの防除を担ってきた。島のほぼ全域、林内を含めて3万個以上のわなと300台以上の自動撮影カメラを設置・管理し、2007年度からはニュージーランドから導入したマングース探索犬(これまでに17頭を育成・運用)も動員した。わなと探索犬による捕獲数は20,961頭、有害鳥獣捕獲などを合わせた総捕獲数は32,647頭にのぼる。

環境省の報道発表によれば、対策の過程ではわなに他の生きものが誤ってかかってしまう「混獲」を避けるための改良が度重ねて行われたほか、探索犬とハンドラーの連携による個体捕獲手法の開発など、あらゆる手法を駆使して防除が進められた。特に、捕獲が難しい終盤の対策困難地では、殺鼠剤を利用した対策も取り入れられている。捕獲数がゼロに近づくほど1頭を見つけ出す難易度は跳ね上がるため、こうした手法の組み合わせと改良の積み重ねが、最終的な根絶につながったと言える。

2024年9月3日、科学的根拠に基づく根絶宣言

2018年4月の捕獲を最後に、わな・探索犬・自動撮影カメラのいずれによっても生息情報が確認されない状態が続いた。環境省は、ある生物が地域から完全にいなくなったことを直接証明するのは困難であることから、エリアベースの根絶確率算出モデル「HBM」と個体ベースの算出モデル「REA」という2つの手法で評価を実施。2023年度末までのデータに基づき、HBMで99.7%、REAで98.9%という高い根絶確率が示された。この結果を受け、環境省は2024年9月3日、奄美大島におけるマングースの根絶を宣言した。

一般に外来種の防除は、個体数が多いうちは捕獲によって数を大きく減らせるが、生息密度が低くなればなるほど1頭を見つけ出す難易度が跳ね上がるという壁にぶつかる。捕獲数がゼロになってからも2023年度まで、それ以前と変わらない捕獲・探索の努力量を維持し続けたことが、この根絶確率算出モデルによる高い評価につながった。奄美マングースバスターズの活動は、まさに「いなくなったこと」を科学的に証明するための、地道なモニタリングの積み重ねだったと言える。

環境省の発表を見る奄美大島における特定外来生物フイリマングースの根絶の宣言について環境省 報道発表資料(2024年9月3日)🔗 env.go.jp

面積71,200ha(712km²)の奄美大島での根絶は、世界的にも異例の規模だ。環境省によれば、これまで世界でマングースの根絶に成功した島は9島あったが、計画的な防除によって根絶した島として最大だった事例は115ha(フランス領Fajou島)にとどまっていた。奄美大島の事例は、それらを遥かに上回る面積での根絶であり、生物多様性保全における世界初の成果と位置づけられている。

マングースだけでなく、ノネコ対策も同時に進めた

アマミノクロウサギを脅かしていたのはマングースだけではない。環境省の個体数推定に関する資料によれば、奄美大島では2018年度から、マングースがもともと生息していなかった徳之島でも2014年度から、野生化したノネコ(ノラ猫由来の野生化した猫)の対策が開始されている。奄美大島における近年の個体数増加にはこのノネコ対策の効果もあり、そもそもマングースが分布していなかった徳之島での増加は主にノネコ対策の効果によるものと分析されている。マングース対策と並行したこうした複合的な取り組みの積み重ねが、後述する個体数回復につながった。

年できごと
1979年頃沖縄島から約30頭のマングースが奄美大島(名瀬市朝仁赤崎周辺)に放獣される
1993年地元市町村が有害鳥獣としてのマングース捕獲を開始
1996〜1999年度環境庁・鹿児島県によるモデル事業(分布・個体数調査、捕獲手法の検討)
2000年マングース推定個体数が約1万頭に達する。環境省・鹿児島県による本格的な防除事業(報奨金制度)を開始
2004年アマミノクロウサギが国内希少野生動植物種に指定。保護増殖事業計画を策定
2005年外来生物法施行によりマングースが特定外来生物に指定。「奄美マングースバスターズ」結成
2014年度徳之島でノネコ対策を開始
2018年4月奄美大島でマングースの最後の1頭を捕獲(以降、生息情報の確認なし)
2018年度奄美大島でノネコ対策を開始
2021年7月「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」が世界自然遺産に登録
2023年度末根絶確率の評価によりマングースの根絶が確定(HBM99.7%・REA98.9%)
2024年9月3日環境省がマングース根絶を宣言
アマミノクロウサギとマングース対策をめぐる主な年表(環境省・自然環境研究センター資料をもとに作成)
森の中でわなを確認する奄美マングースバスターズの防除活動の様子
3万個以上のわなと探索犬を動員した奄美マングースバスターズの防除活動(イメージ)

個体数はどれだけ回復したのか

マングースの防除が進むにつれ、アマミノクロウサギの個体数は着実に回復した。従来、個体数の目安とされてきたのは2003年に発表された研究者の論文で、奄美大島で2,000〜4,800頭、徳之島で約200頭と推定されていた。

自動撮影カメラと統計モデルで見直された2021年推定

2003年の推定は、島内各地の沢沿いで糞の量を数える「糞粒数調査」をもとに、個体が1日に排泄する糞の量や、糞が環境中から消失するまでの時間などの情報から算出されたものだった。しかし、この手法はばらつきが大きく過大評価の可能性があるとの指摘が有識者からあり、環境省は2020〜2021年度の冬季に自動撮影カメラを使った新たな調査(REST法)を追加で実施し、推定手法そのものを見直すことにした。

2022年度、環境省は従来の糞粒数調査に加え、自動撮影カメラによる生息密度調査(REST法)や現地調査、ルートセンサスの目撃数などを組み合わせ、「状態空間モデル」という時系列分析手法で2003年から2021年までの19年間の個体数を推定し直した。その結果、2021年度時点の推定個体数は、奄美大島・徳之島を合わせて1万1,549頭から3万9,162頭という結果になった。2003年の推定(両島合計で2,200〜5,000頭程度)と単純比較すると、上限値で見ておよそ5〜8倍の増加である。

環境省はこの結果について、両島とも長期的には回復傾向にあるとしたうえで、奄美大島での増加は主に2000年度から始まったマングース捕獲事業の成果、そして両島に共通する近年の増加要因としてノネコ対策の効果が考えられるとしている。なお、同じ調査でアマミヤマシギについても個体数推定が行われ、奄美大島では同様の増加傾向が見られた一方、加計呂麻島と徳之島では長期的に横ばいで、種によって回復の度合いに差があることも明らかになっている。

時点推定個体数(奄美大島・徳之島合計)推定手法
2003年約2,200〜5,000頭糞粒数調査に基づく研究者の推定
2021年度1万1,549〜3万9,162頭自動撮影カメラ(REST法)+状態空間モデル
アマミノクロウサギの推定個体数の変化(環境省資料をもとに作成)

この大幅な回復を受けて、地元紙では、環境省が絶滅危険度の引き下げも視野に入れて検討を進めているとする報道もある。ただし、これはあくまで検討段階の動きであり、本記事執筆時点でアマミノクロウサギの環境省レッドリストにおける区分(絶滅危惧ⅠB類)そのものが変更されたわけではない。個体数が増えたからといって脅威がすべて解消したわけではなく、次章で見る交通事故のように、回復そのものが新しい課題を生んでいる面もある。

回復はアマミノクロウサギだけにとどまらない

環境省の報道発表によれば、マングースの防除が進むにつれて、アマミハナサキガエル、オットンガエル、アマミイシカワガエルといった両生類や、アマミトゲネズミ、ケナガネズミといった希少なネズミ類の回復傾向も明らかになった。さらにオオトラツグミやアマミヤマシギなど鳥類でも分布域の改善が報告されており、マングースの防除・根絶が奄美大島の生態系全体の再生に貢献したと考えられている。

  • アマミノクロウサギ(哺乳類):推定個体数が大幅に増加
  • アマミハナサキガエル・オットンガエル・アマミイシカワガエル(両生類):回復傾向
  • アマミトゲネズミ・ケナガネズミ(哺乳類):回復傾向
  • オオトラツグミ・アマミヤマシギ(鳥類):分布域の改善

環境省は、自動撮影カメラで得られた撮影頻度(1,000カメラ日あたりの撮影枚数)の推移も、こうした回復傾向を裏付ける材料の一つとして示している。ただし、ケナガネズミやオーストンオオアカゲラのように、そもそも地上に設置したカメラに写り込む機会が少ない種もおり、種によって変化の把握しやすさには差がある点には注意が必要だとしている。1種類の指標だけで生態系全体を判断せず、複数の調査を組み合わせて評価する姿勢が、この30年の防除事業を通じて培われてきたと言えるだろう。

回復した奄美の照葉樹林で複数の在来種が共存する様子
マングース根絶は複数の在来種の回復にもつながったと報告されている(イメージ)

回復の代償──深刻化する交通事故(ロードキル)

生息数の回復は喜ばしい一方、新たな課題も生んでいる。個体数が増え、生息域が道路周辺にも広がったことで、交通事故によるアマミノクロウサギの死亡が増加しているのだ。環境省沖縄奄美自然環境事務所は、希少な野生動物の死体情報を継続的に収集し、死因の内訳を整理している。

2022年、両島で過去最多を更新

環境省の報道発表(2022年11月)によれば、2022年9月末時点の交通事故確認件数は、奄美大島で68件、徳之島で21件となり、いずれも過去最多を記録した。事故が多発しているのは国道58号線や県道85号線、林道などで、奄美大島では従来の事故多発地点での事故が、徳之島では分布の辺縁部での事故がそれぞれ増加していると分析されている。

地元紙の南海日日新聞などの報道では、その後も奄美大島の交通事故件数は年を追うごとに増加傾向にあり、複数年にわたって過去最多の更新が続いていると伝えられている。個体数の回復ペースを考えれば、事故件数が一定の期間増え続けること自体は、いわば「生息数が戻ってきたことの裏返し」でもある。しかし1頭1頭の命が失われている以上、対策の強化は待ったなしの課題であり続けている。

環境省・JAFが進める交通事故防止対策

対策として、事故多発地点への警戒標識の設置、リーフレット配布などの普及啓発、進入抑制フェンスの効果検証が進められている。奄美野生生物保護センターは夜間の運転で野生動物が急に飛び出しても止まれる速度への減速を呼びかけているほか、日本自動車連盟(JAF)鹿児島支部とも連携した啓発動画の公開など、官民をあげた取り組みが続いている。被害はアマミノクロウサギだけでなく、ケナガネズミやトゲネズミなど他の希少種にも及んでいる。

奄美大島の山道の一つ「三太郎峠」周辺では、夜間の車両利用に一定のルールを設ける取り組みも運用されている。環境省はこうしたルールについて、今後の利用状況やロードキルの発生状況を踏まえて必要な改善を行っていくとしており、進入抑制フェンスの効果検証とあわせて、道路と野生動物の共存に向けた新たな対策の検討が続けられている。死体の死因は発見現場の状況や解剖結果から推測されており、道路上で見つかりやすい交通事故は特に把握されやすい一方、実際の死因の全体像はこれらの調査だけでは捉えきれない部分もあると環境省自身が注意を促している。

対策の詳細を見るロードキル対策|奄美野生生物保護センター環境省 奄美野生生物保護センターによる交通事故防止の取り組み🔗 kyushu.env.go.jp

奄美・徳之島を車で走るときに気をつけたいこと

  • 夜間、特に警戒標識のある区間では速度を落として走行する
  • 秋から冬にかけての繁殖期は特に活動が活発になりやすい
  • 傷ついたり死んでいる個体を見つけたら奄美野生生物保護センターや徳之島管理官事務所へ連絡する

世界自然遺産としての価値と、私たちにできること

奄美大島・徳之島は、沖縄島北部・西表島とともに「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」として2021年7月26日、ユネスコ世界自然遺産に登録された。アマミノクロウサギやアマミヤマシギなど、この地域にしか生息しない希少な固有種に代表される生物多様性の豊かさが評価されての登録である。環境省は、マングース根絶による在来種の回復が、この世界遺産登録や奄美群島国立公園の保全に大きく寄与したとしている。

観光資源としての価値と、共存の難しさ

マングースの根絶に伴い、農畜産被害が消失した一方、奄美大島では生きものを観察するナイトツアーなどが観光の大きな柱の一つになっている。在来種の回復は地域経済にも好影響を与えていると考えられているが、同時に見てきた通り、観光や生活に欠かせない道路網が、回復した野生動物との軋轢(交通事故)を生んでもいる。世界自然遺産という枠組みの中で、保全と地域の暮らしをどう両立させるかは、今も続く課題だ。

環境省は今回の根絶事業について、奄美大島のような起伏が大きく複雑な地形を持つ大面積の島でマングースを根絶できたことは、今後の日本国内や海外における外来種対策の参考となる優良事例になり得るとしている。四半世紀以上にわたって防除に携わってきた奄美マングースバスターズをはじめとする関係機関・地域住民の地道な取り組みが、世界の生物多様性保全にとっての教訓を残したとも言えるだろう。

私たちが奄美・徳之島に関わるときにできること

この島を訪れる際は、夜間運転での減速や、指定された遊歩道・林道のルールを守ることが、直接的な保全行動になる。また、イリオモテヤマネコのように交通事故ゼロを目指す取り組みが行われている地域や、佐渡のトキのように一度絶滅の淵に立った種が地域ぐるみの努力で回復した事例など、日本各地の希少種保全の物語からも学べることは多い。小笠原諸島の固有種と同様、島という閉じた生態系がいかに外来種の影響を受けやすいかを知ることも、次の「マングース」を生まないための第一歩になる。

アマミノクロウサギの物語は、約500万年前から続く進化の歴史、人間が持ち込んだ外来種による危機、そして30年以上にわたる地道な防除事業による回復という、3つの時間軸が重なり合ったものだ。世界初のマングース根絶という成果は決して自然に生まれたものではなく、奄美マングースバスターズをはじめとする関係者の粘り強い努力の積み重ねの結果である。そして今、交通事故という新しい課題に向き合いながら、この「生きた化石」と人間がどう共存していくのかが試されている。

  • 旅行の際は夜間運転を控えめに、指定ルート・ルールを守る
  • 傷病個体や死体を見つけたら速やかに保護センターへ連絡する
  • 外来種被害予防三原則「入れない・捨てない・拡げない」を日常生活でも意識する
  • ふるさと納税や保全団体への寄付を通じて、地域の保護活動を後押しする
この記事のポイントを箇条書きでまとめた図版
この記事のポイント。詳しくは各章で解説している

まとめ

アマミノクロウサギは約500万年前の系統を残す「生きた化石」であり、奄美大島・徳之島だけに生き残った世界的に貴重な固有種である。人間が持ち込んだマングースによって激減した個体数は、30年以上にわたる根絶事業によって世界初の成果として大きく回復した。しかしその回復は交通事故という新たな課題も生んでおり、世界自然遺産の島でどう共存していくかが、これからも問われ続ける。

参考文献・出典

  1. アマミノクロウサギ|環境省 – 分類・分布・個体数・保護増殖事業の概要
  2. 奄美大島における特定外来生物フイリマングースの根絶の宣言について|環境省報道発表資料 – 2024年9月3日、根絶確率(HBM99.7%・REA98.9%)の算出根拠を含む詳報
  3. アマミノクロウサギの祖先とその進化をさぐる|国立科学博物館 – プリオペンタラグスの系統と中国安徽省の化石発見について
  4. アマミノクロウサギ及びアマミヤマシギの個体数が推定されました!|環境省沖縄奄美自然環境事務所 – 2021年度時点の推定個体数(状態空間モデル)
  5. アマミノクロウサギ交通事故死過去最多更新のお知らせ|環境省沖縄奄美自然環境事務所 – 2022年の交通事故件数と多発地点の分析
  6. ロードキル対策|奄美野生生物保護センター – 交通事故防止に向けた環境省の取り組み
  7. 世界自然遺産|奄美野生生物保護センター – 2021年7月の世界自然遺産登録の経緯
  8. 奄美大島におけるフイリマングースの根絶について|自然環境研究センター – 奄美マングースバスターズの活動と累計捕獲数32,647頭の詳細
  9. 「奄美大島マングース根絶の舞台裏」-外来種駆除現場で生物多様性研究者は何ができるか-|国立環境研究所 View DEEP – 根絶事業の背景に関する研究者コラム
  10. アマミノクロウサギは何を食べてるの?|環境省沖縄奄美自然環境事務所 – 食性に関する季節ごとの詳細

※ 信頼性の高い順に配列:政府機関・学術機関 > 査読済み論文 > 専門機関 > 信頼できるメディア