42%
グレートバリアリーフの27年間のサンゴ減少のうちオニヒトデ食害によるものの割合(De'ath et al. 2012)
数千万個
メス1匹が繁殖期に持つ卵の数(沖縄県資料)。これが大量発生の爆発力の源
約10m²
成体1匹が1年間に食べるサンゴの面積の目安。数十万匹の大発生では礁全体が食い尽くされる

透きとおる海に広がるサンゴ礁が、わずか数か月で白い骨格だけの「死の礁」に変わる——。その主役は、水温上昇でも汚染でもなく、直径30cmほどの一匹のヒトデだ。サンゴを専門に食べるオニヒトデ(学名:Acanthaster planciは、ひとたび大量発生すると1匹あたり年間約10m²のペースでサンゴを食べ進み、数十万匹規模の群れが礁全体を食い尽くす。

被害は日本だけの話ではない。世界最大のサンゴ礁である豪州グレートバリアリーフでは、1985年から2012年の27年間にサンゴ被度が28.0%から13.8%へと半減し、その減少要因の42%がオニヒトデの食害だったと推定されている(De'ath et al. 2012, PNAS)。沖縄でも1970年代の全県的な大発生で各地のサンゴが壊滅し、その後も発生の波はくり返し押し寄せている。

やっかいなのは、オニヒトデが本来はサンゴ礁生態系の正当な一員だということだ。なぜ普段はおとなしい「住人」が、突如として礁を滅ぼす大群に変わるのか。この記事では、オニヒトデの生態から大量発生の原因をめぐる科学論争、酢酸一本注射やロボットまで進化した駆除の最前線、そして私たちにできることまでを、環境省・沖縄県・AIMS(オーストラリア海洋科学研究所)などの一次情報に基づいて解説する。

この記事で学べること

  • オニヒトデの生態と、胃を裏返してサンゴを「消化」する食害の仕組み
  • 沖縄で1970年代からくり返された大量発生と、石西礁湖・グレートバリアリーフの被害の実像
  • 大量発生の原因をめぐる3つの仮説(栄養塩流入・天敵減少・自然変動)と最新の複合要因説
  • 硫酸水素ナトリウム注射から酢酸一本注射・駆除ロボットまで、駆除技術の進化
  • 環境省・沖縄県・地域ダイバーによる日本の対策の現在地
  • 白化と食害の複合ストレス時代に、私たちがサンゴ礁のためにできること

オニヒトデとはどんな生き物か——毒棘に覆われたサンゴの捕食者

オニヒトデ(学名:Acanthaster planci)は、ヒトデの仲間としては世界最大級の種で、インド洋から太平洋の熱帯・亜熱帯のサンゴ礁に広く分布する。日本では奄美群島から沖縄・八重山諸島にかけてのサンゴ礁域が主な生息地で、黒潮に乗って本州南岸(和歌山・高知など)で見つかることもある。英語では全身のトゲの姿から「crown-of-thorns starfish(いばらの冠のヒトデ)」、略してCOTS(コッツ)と呼ばれ、この略称は国際的な研究論文や豪州の管理プログラムでもそのまま使われている。

普段のオニヒトデは、サンゴ礁のすき間や岩陰にひそんで夜に活動する、めだたない生き物だ。健全なサンゴ礁での生息密度はごく低く、ダイバーが潜ってもめったに出会わない。ところがひとたび大量発生が起きると、昼間から堂々とサンゴの上に群がり、海底が見渡す限りトゲの塊で埋まる異様な光景に変わる。「いるのが普通、増えたら災害」——この二面性こそ、オニヒトデ問題を理解する出発点になる。

「鬼」の名を持つ姿——体のつくり

成体の直径は30cm前後、大きな個体では60cm近くに達する。普通のヒトデが腕5本なのに対し、オニヒトデは10〜20本もの腕を持ち、体表全体が長さ2〜3cmの鋭いトゲでびっしり覆われる。この禍々しい姿が「鬼」の名の由来だ。体色は個体差が大きく、灰褐色から赤紫、青みがかったものまでさまざまである。

トゲにはタンパク質性の毒があり、人が刺されると激しい痛みと腫れが数日続く。くり返し刺された人ではアナフィラキシーショック(急性アレルギー反応)を起こす危険もあり、駆除作業では厚手のグローブと細心の注意が欠かせない。沖縄県の資料でも、素手で触ることは絶対に避けるよう強く警告されている。トゲは折れやすく、皮膚の中に残ると炎症が長引くため、刺されたら無理に自分で処置せず医療機関を受診するのが原則だ。

オニヒトデの体の特徴を示した図解。多数の腕と毒棘、体のサイズ感
腕10〜20本・全身の毒棘がオニヒトデの特徴。刺されると激痛が数日続く

驚異の繁殖力——メス1匹が数千万個の卵

オニヒトデの最大の特徴は繁殖力にある。沖縄では毎年6〜7月頃、オスは精子を、メスは卵を海中に放出して体外受精する。1匹のメスが持つ卵は数百万〜数千万個にのぼる(沖縄県自然保護課)。受精卵は20〜24時間で孵化し、2〜6週間のプランクトン幼生期を海流に乗って漂ったのち、サンゴ礁にたどり着いた個体だけが着底して底生生活を始める。

着底した稚ヒトデは最初サンゴモ(石灰藻)を食べて育ち、やがてサンゴ食に切り替わる。約2年で直径20cm前後に成長して繁殖に参加する。幼生の生き残り率は通常きわめて低いが、なんらかの理由でこの生存率がわずかに上がるだけで、翌世代の個体数は桁違いに跳ね上がる——これが大量発生の「爆発力」の正体だ。

しかも産卵期のオニヒトデは集まって同調的に放卵・放精する性質があり、密度が高いほど受精率も上がる。つまり「増え始めると、さらに増えやすくなる」正のフィードバックが働く。大量発生が始まってからの対応では手遅れになりやすく、後述する早期発見・早期駆除が何よりも重視されるのはこのためだ。

オニヒトデの基本データ

  • 学名:Acanthaster planci(オニヒトデ属)。インド太平洋のサンゴ礁に分布
  • 成体は直径30cm前後(最大60cm級)、腕10〜20本、全身に毒棘
  • メス1匹の卵は数百万〜数千万個。沖縄では6〜7月に産卵
  • 幼生は2〜6週間浮遊し、約2年・20cm前後で成熟する

サンゴをどう食べるのか——胃を裏返す食害のメカニズム

オニヒトデの食事の方法は独特だ。サンゴの上に覆いかぶさると、口から自分の胃を体の外に裏返して押し出し、サンゴの表面に密着させる。そして消化液でサンゴの軟組織(ポリプ)だけを溶かして吸収し、数時間後に立ち去る。あとに残るのは、生きた組織を失った真っ白な炭酸カルシウムの骨格だけ。この白い「食痕」が、オニヒトデ発生の重要なサインになる。

ヒトデの仲間には二枚貝をこじ開けて食べる種も多いが、オニヒトデは動かないサンゴを相手にするため、待ち伏せも追跡も要らない。硬い骨格を砕く必要すらなく、覆いかぶさって「外部消化」するだけでよい。サンゴ礁という膨大なエサの上に住み、天敵はわずか、そして数千万個の卵——大量発生する条件が、この生き物にはそろい過ぎているのである。

1匹で年間約10m²——数十万匹なら礁が消える

成体1匹が食べるサンゴは、豪州のリーフ当局などの推定で年間およそ5〜13m²。1匹なら大した量ではないが、大量発生時には1つの礁に数万〜数十万匹が集中する。1969年に始まった沖縄島の大発生では、約1年半で島のほぼ全域のサンゴ礁が食害を受けた。3か月から半年で一帯のサンゴを食べ尽くした例も記録されている。

好きなサンゴ、後回しのサンゴ

オニヒトデには食の好みがあり、ミドリイシ類やコモンサンゴ類など成長の速い枝状・テーブル状サンゴを優先的に食べる。逆にハマサンゴ類などの塊状サンゴは後回しにされやすい。このため食害を受けた礁では、まず景観をつくる枝サンゴが消え、魚たちの隠れ家が失われ、生態系全体が急速に単純化していく。

大発生時には「食べ尽くしたら次の礁へ」という移動もみられる。エサのサンゴがなくなった群れは礁の縁に沿って移動しながら食害を広げるため、被害はひとつの礁にとどまらず、海流と地形に沿って海域全体へ波及していく。1969年に恩納村で始まった大発生が翌年末までに沖縄島のほぼ全域へ広がったのは、この移動と各地での新規発生が重なった結果と考えられている。

白化と食痕はどう見分ける?

食害直後の骨格は輝くような純白で、表面のポリプの穴まではっきり見える。数週間たつと骨格には藻類が生えて薄汚れた褐色になり、やがて崩れていく。一方、高水温による白化は共生藻が抜けただけでサンゴの組織はまだ生きているため、近くで見ると薄い膜のような組織やわずかな色味が残る。現場のモニタリングでは、白い部分の「新しさ」とオニヒトデ本体や食痕の縁のかじり跡を手がかりに、白化と食害を区別している。

項目内容
食べ方胃を体外に反転させ、消化液でサンゴの軟組織だけを溶かして吸収
食痕生組織を失った純白の骨格が残る(発生監視の手がかり)
摂食量成体1匹あたり年間およそ5〜13m²(豪州当局などの推定)
好みミドリイシ類・コモンサンゴ類など成長の速いサンゴを優先
食害の速さ大発生時は3か月〜半年で一帯のサンゴを食べ尽くした記録がある
オニヒトデの食害の特徴(沖縄県資料・豪州当局資料より作成)
サンゴに覆いかぶさるオニヒトデと、白い食痕の対比
食害の境界。オニヒトデが通った部分(白)と健康な部分(茶)が一目で分かる

白い食痕は遠目には高水温による白化と似ているが、メカニズムはまったく違う。白化はサンゴが共生藻を失っても組織は生きている状態なのに対し、食害はポリプそのものが消化されるため回復の余地なくサンゴが死ぬ。白化のしくみは別記事「サンゴの白化はなぜ起きる?」で詳しく解説している。

大量発生の歴史——沖縄とグレートバリアリーフの被害記録

オニヒトデの大量発生は古くから知られるが、被害が世界的な問題になったのは20世紀後半からだ。日本では1957年頃から琉球列島でたびたび発生が記録され、1970〜80年代には全県規模の大発生が起きた(沖縄県自然保護課)。「大量発生(アウトブレイク)」に世界共通の厳密な定義はないが、実務的にはサンゴの成長量を食害が上回る密度——礁のサンゴが目に見えて減り始める水準——を超えた状態を指し、豪州の管理プログラムもこの考え方で駆除の目標密度を設定している。

沖縄——1969年恩納村から始まった悪夢

1969年、沖縄島中部西岸の恩納村沿岸で大発生が始まり、1970年末には沖縄島のほぼ全域のサンゴが食害を受けて死滅した。発生の波は琉球列島を南北に広がり、鹿児島県の与論島では1973年度だけで約30万9千匹が駆除されている。1980年前後には八重山諸島に波及し、日本最大のサンゴ礁海域である石西礁湖(石垣島と西表島の間)では、駆除でサンゴを守り抜いた小浜島北部などを除き、礁湖のサンゴがほぼ死滅する壊滅的な被害となった(環境省 石西礁湖自然再生マスタープラン)。

その後もサンゴの回復と発生の波は交互に訪れる。1996年には恩納村沿岸に高密度の群れが出現して漁協が約18万匹を駆除。八重山では2008〜2014年に再び大量発生が起き、直後の2016年には高水温による大規模白化が追い打ちをかけ、八重山全体でサンゴが大きく減少した(環境省九州地方環境事務所)。

年代海域出来事
1957年頃〜琉球列島各地で大量発生の記録が残り始める
1969〜1970年沖縄島恩納村沿岸から大発生。1970年末までにほぼ全域のサンゴが食害で死滅
1973〜1975年度与論島3年間で約61万匹を駆除(1973年度だけで約30.9万匹)
1980年前後石西礁湖・西表島大発生により礁湖のサンゴがほぼ死滅(小浜島北部などを除く)
1996年恩納村高密度発生。漁協が約18万匹を駆除
2008〜2014年八重山諸島再度の大量発生。2016年の大規模白化と重なりサンゴが激減
日本におけるオニヒトデ大量発生の主な記録(沖縄県・環境省資料より作成)
食害で白い骨格だけになった広大なサンゴ礁の海底
大発生後の海底のイメージ。石西礁湖では1980年前後の大発生で礁湖のサンゴがほぼ死滅した

世界に広がる被害——インド太平洋共通の課題

大量発生は日本と豪州だけの現象ではない。1960年代末にはグアムで大発生が海岸線に沿って進行し、サンゴ礁研究者に衝撃を与えた。以降、フィジーやモルディブなどインド太平洋の広い範囲で発生が記録され、各国がそれぞれ駆除と監視に追われてきた。オニヒトデの幼生は数週間海流に乗って移動できるため、ひとつの海域の発生が海流でつながる別の海域の発生源になる可能性も指摘されており、国や地域を越えたモニタリング情報の共有が課題になっている。

グレートバリアリーフ——27年でサンゴ半減、その42%がオニヒトデ

豪州グレートバリアリーフ(GBR)では、1960年代以降おおむね15年前後の間隔で大量発生の波が繰り返し記録されている(AIMS)。豪州海洋科学研究所(AIMS)が214礁・2,258回の調査データを解析した研究では、1985〜2012年の27年間にGBR全体のサンゴ被度は28.0%から13.8%へと50.7%減少し、その要因はサイクロン48%・オニヒトデ食害42%・白化10%と推定された(De'ath et al. 2012, PNAS)。台風や白化と並ぶ、いやそれに匹敵する最大級の脅威が一種のヒトデなのである。

この数字には重要な含意がある。サイクロン(台風)や海水温の上昇を人間が直接止めることはできないが、オニヒトデの食害は駆除によって現実に減らせる。AIMSの研究チームも、オニヒトデによる損失を抑えられればサンゴ被度は回復に転じうると指摘しており、この分析結果が豪州政府による大規模駆除プログラム拡充の科学的根拠のひとつになった。

沖縄の被害と対策の全体像は「沖縄・南西諸島のサンゴ礁を守る」でも詳しく紹介している。

なぜ大量発生するのか——原因をめぐる3つの仮説

普段は礁に数匹しかいないオニヒトデが、なぜ突然数十万匹の大群になるのか。半世紀にわたる研究でも決定打はなく、現在は複数の仮説が検証され続けている。代表的なのは次の3つだ。

仮説①:栄養塩流入説(幼生のエサ増加)

最も有力視されるのが、陸から海に流れ込む栄養塩(窒素・リン)が引き金になるという説だ。農地の肥料や生活排水が大雨で海に流れ込むと植物プランクトンが増える。植物プランクトンはオニヒトデ幼生の主食であり、エサが増えれば通常ほとんど死ぬはずの幼生の生存率が跳ね上がる。メス1匹が数千万個の卵を産む以上、幼生の生き残りがわずかに改善するだけで個体数は爆発する。GBRでは大雨・洪水の後に発生が続いた事例が報告され、この説を支持する証拠とされてきた(AIMS)。

さらに2026年に報告されたAIMSの新しい研究では、陸からの流入だけでなく、大陸棚の縁で起きる湧昇(深海から栄養豊富な水が上がってくる現象)も幼生のエサを増やしている可能性が示された。「陸と深海の両方」が発生の引き金になりうるという、より複雑な実像が見え始めている。

仮説②:天敵減少説

オニヒトデを食べる捕食者——大型巻貝のホラガイや大型魚類——が乱獲などで減り、抑えが効かなくなったという説。GBRでは、漁業が制限された保護区の礁で発生頻度が低い傾向が報告されており、捕食圧の効果を示唆する証拠のひとつとされる。詳しくは次章で見る。

海水温の上昇も追い風になる?

近年はここに気候変動の影響も加わる可能性が議論されている。オニヒトデの幼生の発育は水温の影響を受けるため、海水温の変化が幼生期の長さや生存率、分布の北限を変えるかもしれない。実際、日本では従来サンゴ礁が発達しない本州沿岸でもサンゴの分布北上とともにオニヒトデの目撃が報告される例があり、温暖化時代の発生パターンの変化は今後の重要な研究テーマになっている。

仮説③:自然変動説

そもそも大量発生はオニヒトデという種が本来持つ性質で、人間活動と関係なく昔から周期的に起きてきたという説。実際、数千年前の堆積物からオニヒトデの骨片が多数見つかった例もあり、大発生自体は自然現象である可能性が高い。ただしそれでも「近年の発生頻度の高まり」までは説明しきれないと考えられている。

現在の科学的コンセンサス

GBRの研究者らが各仮説を網羅的に評価した研究(Babcock et al. 2016, PLOS ONE)は、大量発生は単一の原因ではなく自然要因・天敵減少・栄養塩増加が同時に作用した複合要因で起きる可能性が高いと結論づけた。「犯人はひとりではない」——これが現時点の科学の到達点だ。

発生を「予測」する研究——幼生モニタリングと環境DNA

原因の解明と並行して、発生を事前に察知する技術の研究も進んでいる。沖縄県は「オニヒトデ総合対策事業」の中で、海中の幼生の量や稚ヒトデの出現状況から数年後の大発生を予測する仕組みを検討してきた。豪州では、海水中に漂うわずかなDNAの痕跡からオニヒトデ幼生の存在を検出する環境DNA(eDNA)技術の開発が進む。成体が目に見えて増える前——駆除がもっとも効果的な段階——で手を打つための「早期警報システム」づくりである。

予測が重要なのは、大発生の「時間差」のためだ。産卵から成体としてサンゴを食べ始めるまでには約2年かかる。つまり今年の海の栄養状態が、2〜3年後の食害の規模を決める。逆に言えば、幼生や稚ヒトデの段階で兆候をつかめれば、被害が出る前に駆除体制を整える猶予が生まれる。

川から海への栄養塩の流れとプランクトン増加、オニヒトデ幼生の生存率上昇を示す概念図
栄養塩流入説の概念図。陸からの栄養で幼生のエサ(植物プランクトン)が増え、生存率が跳ね上がる

栄養塩と海の関係は「窒素・リンはどこから海へ来るのか」で詳しく解説している。赤土や肥料の流出対策は、赤潮だけでなくオニヒトデ対策としても意味を持つのだ。

天敵はいないのか——ホラガイ乱獲説の真相

毒棘に守られたオニヒトデにも、天敵はいる。最も有名なのが大型巻貝のホラガイだ。殻長40cmにもなるこの貝は、ヒトデ類を専門に襲う数少ない捕食者で、毒棘をものともせずオニヒトデを食べる。ほかにもフリソデエビ(ヒトデ食のエビ)、モンガラカワハギ、フグの仲間、ハタの仲間、オウギガニ類などがオニヒトデや稚ヒトデを食べることが知られている(沖縄県資料)。

  • ホラガイ——ヒトデ類を専門に襲う大型巻貝。オニヒトデ最大の天敵だが、貝殻採取の乱獲で減少
  • フリソデエビ——ヒトデを食べる美しい小型エビ。稚ヒトデの捕食者
  • モンガラカワハギ・フグ類・ハタ類——硬い獲物を砕ける魚たち。トゲごとかじることがある
  • オウギガニ類・ウミケムシ類——着底直後の小さな稚ヒトデを食べ、幼期の生存率を左右する

ホラガイ乱獲が引き金になった?

天敵減少説の中心にあるのがホラガイだ。美しい大型の貝殻は装飾品や法螺貝として珍重され、世界中で採取されてきた。ホラガイが乱獲で減った結果、オニヒトデの生存率が上がり大発生につながった——という筋書きである。また、稚ヒトデを食べる大型魚類の漁獲圧も、幼い個体の生き残りを助けている可能性が指摘される。

「天敵だけでは止められない」という現実

ただし沖縄県の資料は、ホラガイやフリソデエビはもともと生息数が少なく、オニヒトデだけを食べるわけでもないため、天敵の力だけで大量発生を防ぐのは難しいと指摘する。ホラガイ1匹が食べるオニヒトデは週に1匹程度とされ、数十万匹の大群を前にはあまりに非力だ。天敵の保護は長期的な生態系バランスの回復には重要だが、目の前の大発生への対抗策としては、やはり人の手による駆除が必要になる。

興味深いのは「食べる」以外の天敵効果だ。豪州の研究では、ホラガイが近くにいるだけでオニヒトデが匂いを感知して逃げ出す行動が確認されており、捕食そのものより「恐怖」によって群れを散らし、産卵の集合を妨げる効果が注目されている。AIMSなどではホラガイの飼育下繁殖研究も行われており、将来的に天敵の力を発生抑制に活かせないか模索が続く。ただしいずれもまだ研究段階で、実用化には至っていない。

オニヒトデを捕食する大型巻貝ホラガイ
オニヒトデの数少ない天敵ホラガイ。ただし個体数が少なく、大発生を止める力はない

旅先で気をつけたいこと

  • ホラガイなど大型貝の貝殻製品の購入は、天敵減少に加担する可能性がある
  • オニヒトデを見つけても素手で触らない。毒棘は厚手の手袋も貫くことがある
  • 刺された場合は40〜45°Cの温水で温めつつ、早めに医療機関へ。アナフィラキシーの危険もある

駆除の最前線——10〜25回の注射から「酢酸一本」へ

大発生が始まってしまったら、サンゴを守る手段は駆除しかない。しかしトゲだらけの毒生物を水中で安全に、しかも数十万匹単位で処理するのは容易ではない。1970年代の沖縄では大規模な駆除事業に多くの人手と費用が投じられながら発生の波を止めきれなかった歴史があり、「いかに少ない労力で確実に仕留めるか」は半世紀にわたる技術課題だった。駆除技術はその中で大きく進化してきた。

切って増える?——初期の試行錯誤

かつては水中で切断したり、鉤で船に引き上げて陸上処理したりする方法が取られた。ヒトデ類は再生力が強く、切り方によっては断片から再生するおそれがあるため水中での切断は推奨されず、引き上げ式は労力がかかりすぎた。その後主流になった硫酸水素ナトリウム注射は、1匹あたり10〜25回も注射する必要があり、ダイバーの負担が大きかった。

駆除作業の実際の流れ

  1. 事前調査:マンタ法(船で曳航しながら目視)や潜水調査で個体密度と食痕の分布を把握し、駆除の優先海域を決める
  2. 駆除潜水:2人1組などの班単位で担当エリアを決め、見つけた個体に薬剤を注射していく(トゲに触れないよう注射ポールを使用)
  3. 記録:駆除数・サイズ・位置を記録し、密度の変化を追跡する
  4. 反復:一度では取り切れないため、密度が下がるまで同じ海域を繰り返し駆除する

地道な反復作業だが、この積み重ねだけが「守ると決めた礁」のサンゴを現実に残してきた。1980年前後の石西礁湖の大発生で小浜島北部のサンゴが守り抜かれたのも、集中的な駆除の継続があったからだ。

革命だった「一本注射」——胆汁塩と食酢

転機は2010年代。牛の胆汁塩(bile salts)をたった1回注射するだけで駆除できる手法が確立し、従来法の約10倍の効率を実現した。さらにジェームズクック大学などの研究で、家庭用の食酢(酢酸)の一本注射でも高い駆除効果があり、周囲のサンゴや他の海洋生物に悪影響がないことが確認された。6週間の追跡調査でもサンゴの被度や病気に変化はなく、注射されたオニヒトデを食べた魚にも異常は見られなかった。安価で入手しやすい「酢」が武器になったことで、途上国を含む世界中の現場で駆除が現実的になった。

駆除方法1匹あたりの手間特徴・課題
水中切断・陸揚げ再生のおそれ・重労働。初期の方法
硫酸水素ナトリウム注射10〜25回注射確実だが時間がかかりダイバーの負担大
胆汁塩の一本注射1回効率約10倍。薬剤が高価で入手しにくい
食酢(酢酸)の一本注射1回安価・入手容易。サンゴや他生物への悪影響なしと確認
オニヒトデ駆除技術の進化(AIMS・ジェームズクック大学等の研究より作成)
注射器具でオニヒトデを駆除するダイバー
一本注射による駆除作業。酢酸や胆汁塩の登場で効率は約10倍になった

組織化された戦い——GBRの管理プログラムとロボット

豪州ではグレートバリアリーフ海洋公園局(Reef Authority)が専属船団による世界最大規模の駆除プログラムを運営し、優先度の高い礁を選んでダイバーが系統的に個体数を「サンゴが維持できる水準」まで抑え込んでいる。クイーンズランド工科大学が開発した駆除ロボット「COTSbot」や後継機「RangerBot」のように、AIがオニヒトデを画像認識して自動で注射する技術の実証も進む。2025年にはジェームズクック大学が、注射の打ち方そのものが駆除の成否を左右するという研究を発表するなど、現場の技術改良は今も続いている。

それでも駆除は「時間との勝負」

技術が進んでも、駆除には根本的な制約がある。オニヒトデは昼間サンゴの下や岩陰に隠れることが多く、ダイバーが一度の潜水で見つけられるのは一部にすぎない。深場に潜む個体は駆除の手が届かず、再侵入の供給源になる。そして海はあまりに広い。だからこそ実務では、①発生初期に叩く(個体数が少ないうちが最も効率的)、②守る礁を絞る、③同じ場所を繰り返し駆除して密度を低く保つ——という3原則が徹底される。「全部は守れない」という冷徹な前提から出発することが、結果的に多くのサンゴを救ってきた。

公式サイトを見るCrown-of-thorns starfish Control Program(グレートバリアリーフ海洋公園局)世界最大規模のオニヒトデ管理プログラム。専属ダイバー船団が酢酸・胆汁塩の一本注射でサンゴ礁を守っている。🔗 gbrmpa.gov.au 研究情報を見るCauses of crown-of-thorns starfish outbreaks(オーストラリア海洋科学研究所 AIMS)大量発生の原因仮説(栄養塩・天敵減少・自然変動)を最新研究とともに解説する一次情報ページ。🔗 aims.gov.au

日本の対策——環境省・沖縄県・地域ダイバーの連携

日本でも、国・県・市町村・漁協・ダイビング事業者が連携した監視と駆除の体制がつくられている。

環境省——国立公園での監視・駆除とモニタリング

環境省は西表石垣国立公園の海域公園地区内15海域でオニヒトデの監視・駆除を実施し、石垣自然保護官事務所は2001年から毎年、石西礁湖と石垣島周辺で発生調査と駆除を続けている。稚ヒトデの生息状況を調べて発生の兆候を早期につかみ、本格的な大発生になる前に抑え込むのが狙いだ。石垣島にある国際サンゴ礁研究・モニタリングセンターは、こうした調査研究と情報発信の拠点になっている。

また環境省の全国的な生態系調査「モニタリングサイト1000」のサンゴ礁調査でも、各地のサンゴ被度とあわせてオニヒトデの個体数が毎年記録されており、発生の兆しを全国スケールで捉える基礎データになっている。1980年前後の壊滅を経験した石西礁湖では、自然再生推進法に基づく石西礁湖自然再生協議会が2006年に設立され、オニヒトデ対策とサンゴ移植・赤土対策を組み合わせた総合的な再生の取り組みが続く。

公式サイトを見る国際サンゴ礁研究・モニタリングセンター(環境省)石垣島にある環境省のサンゴ礁保全拠点。オニヒトデの発生調査や駆除、サンゴ礁モニタリングの情報を発信している。🔗 kyushu.env.go.jp

沖縄県——対策ガイドラインと「守る礁を選ぶ」戦略

沖縄県は2007年に「オニヒトデ対策ガイドライン」を策定し、科学的な駆除の進め方を体系化した。重要なのは「すべての礁を守ることはできない」という現実を直視した優先順位の考え方だ。限られた人手と予算で効果を出すには、産卵源として重要な礁や観光・漁業上価値の高い礁を選び、そこに駆除努力を集中して個体密度を低く保ち続ける必要がある。広く薄い駆除は労力のわりに効果が出にくいことが、半世紀の経験から学ばれてきた。

現場を支えるダイバーたち

実際に水中で注射器を握るのは、地元の漁協やダイビング事業者、ボランティアダイバーだ。恩納村では1996年の高密度発生時に漁協が約18万匹を駆除した実績があり、現在も海域の見回りと早期駆除が続く。サンゴの村を宣言した恩納村では、駆除とあわせてサンゴの養殖・植え付けも進められており、「減らさない」と「増やす」の両輪で海を守る地域モデルになっている。観光で訪れるダイバーからの目撃情報も、発生の早期発見に役立っている。

駆除したオニヒトデはどうなる?

注射駆除された個体はそのまま海中で分解され、魚やカニなどに食べられて生態系に還る。陸揚げ処理の時代には、回収した大量のオニヒトデを堆肥や土壌改良材として利用する試みも行われてきた。近年は駆除個体の有効利用の研究も続くが、毒棘の処理コストなどの課題があり、現在の主流はコストの低い水中注射処理だ。

サンゴ礁を調査する研究者・ダイバーのチーム
定期モニタリングが早期発見の要。環境省は2001年から石西礁湖で毎年発生調査を続けている

駆除で守り抜いた礁は、その後のサンゴ回復の「種」になる。1980年前後の石西礁湖大発生で守られた小浜島北部のサンゴが、その後の再生の足がかりになったように、駆除は単なる退治ではなく未来の回復力への投資でもある。サンゴを増やす技術は「サンゴ礁の再生技術とは?」で詳しく紹介している。

オニヒトデと共にあるサンゴ礁の未来——私たちにできること

最後に視点を変えよう。オニヒトデは「悪者」なのだろうか。低密度で暮らすかぎり、オニヒトデは成長の速いサンゴを適度に間引き、成長の遅いサンゴにも生きる場所を残す——つまりサンゴ礁の多様性を保つ生態系の一員だという見方がある(AIMS)。成長の速いミドリイシ類だけが礁を覆い尽くせば、他のサンゴは光と場所を奪われてしまう。適度な捕食者は、森の間伐のように群集の多様性を維持する役割を果たしているのかもしれない。問題はオニヒトデの存在そのものではなく、人間活動が関わった可能性のある「発生の異常な頻度と規模」なのだ。

だからこそ、対策の目標は「根絶」ではない。豪州の管理プログラムも日本の駆除も、目指しているのはサンゴの成長が食害を上回る密度まで抑えることであって、オニヒトデを海からなくすことではない。外来種ではなく在来の生き物と、その暴走を招いたかもしれない人間活動——この構図を理解することが、感情的な「駆除すべき/かわいそう」論を越えて、科学に基づく保全を支える。

白化との複合ストレス時代

現代のサンゴ礁は、高水温による白化・海洋酸性化・赤土や栄養塩の流入、そしてオニヒトデという複数のストレスに同時にさらされている。八重山で2008〜2014年の大発生の直後、2016年の大規模白化が追い打ちをかけたように、ストレスが重なるとサンゴは回復の時間を奪われる。逆に言えば、オニヒトデの駆除は「人の手で確実に減らせる数少ないストレス」であり、温暖化対策が効いてくるまでの時間をサンゴに稼ぐ意味を持つ。

サンゴ礁の回復には時間がかかる。成長の速いミドリイシ類でも礁の景観が戻るには10年単位、礁全体の生態系が成熟するにはさらに長い年月が必要だ。ところが近年は白化の間隔が短くなり、オニヒトデの発生とあわせると「回復期間」がほとんど確保できない海域も出てきた。だからこそ、産卵源となる健全な礁を食害から守り抜くことが、海域全体の回復力を左右する生命線になる。

回復しつつあるサンゴ礁と若いサンゴの群体
駆除で守られた礁は回復の「種」になる。オニヒトデ対策はサンゴに時間を稼ぐ戦い

知ること・見に行くことも力になる

沖縄では、ダイビングショップやNPOが主催する駆除体験・サンゴ礁観察会に一般の人が参加できる機会もある。水中でオニヒトデの実物と食痕を見ると、ニュースの数字が一気に現実味を帯びる。また、観光客の目撃情報が発生の早期発見につながった例もあり、「海で見たものを地元に伝える」だけでも立派な貢献だ。サンゴ礁観光そのものも、地域が海を守り続けるための経済的な支えになっている——マナーを守って楽しむことが前提だが、サンゴの海を「見に行くこと」は保全の敵ではなく味方である。

遠く離れた私たちにもできること

オニヒトデ対策のために私たちができること

  • 肥料や生活排水の適正管理を心がける——栄養塩の削減は幼生の大発生を抑える根本策
  • ホラガイなど大型貝の貝殻製品を買わない——天敵を減らさない
  • 沖縄の海で大きなトゲだらけのヒトデを見たら、触らずにダイビングショップや自治体へ通報する
  • サンゴ礁保全団体の駆除活動・モニタリングへの寄付やボランティア参加
  • 温暖化対策(省エネ・再エネ選択)——白化との複合ストレスを減らす

数千万個の卵という爆発力を持つ生き物を、人間が完全にコントロールすることはできない。できるのは、発生の引き金を増やさないことと、守るべき礁を見定めて駆除を続けること。半世紀の試行錯誤が生んだ「酢酸一本注射」のような技術と、毎年海に潜り続ける調査員・ダイバーたちの地道な営みが、いまもサンゴ礁の時間を稼いでいる。

この記事のまとめ

  • オニヒトデはサンゴを専食する大型ヒトデ。メス1匹が数百万〜数千万個の卵を産み、幼生の生存率がわずかに上がるだけで個体数が爆発する
  • 沖縄では1969年からの大発生で沖縄島のサンゴがほぼ死滅、1980年前後には石西礁湖も壊滅。GBRでは27年間のサンゴ減少要因の42%がオニヒトデ
  • 原因は栄養塩流入・天敵減少・自然変動の複合とみられ、陸からの栄養塩に加え深海からの湧昇の関与も報告されている
  • 駆除は硫酸水素ナトリウム10〜25回注射から胆汁塩・食酢の一本注射へ進化し、効率が約10倍に。ロボット駆除の実証も進む
  • 環境省・沖縄県・地域ダイバーが監視と駆除を継続。栄養塩削減や温暖化対策など、遠くからできる貢献もある

参考文献・出典

  1. 沖縄県文化環境部自然保護課 – オニヒトデのはなし(第2版)平成16年3月
  2. 沖縄県文化環境部自然保護課 – オニヒトデ対策ガイドライン 平成19年3月
  3. 環境省 九州地方環境事務所 – オニヒトデ調査【石垣地域】(2021年・石西礁湖の発生調査と駆除)
  4. 環境省 自然環境局 – 石西礁湖自然再生協議会 事業地紹介(1980年前後の大発生被害の記録)
  5. De'ath, G. et al.(2012)PNAS – The 27-year decline of coral cover on the Great Barrier Reef and its causes(サンゴ減少要因の42%がオニヒトデ)
  6. オーストラリア海洋科学研究所(AIMS) – Causes of crown-of-thorns starfish outbreaks(大量発生の原因仮説)
  7. Babcock, R. C. et al.(2016)PLOS ONE – Assessing Different Causes of Crown-of-Thorns Starfish Outbreaks(複合要因説)
  8. グレートバリアリーフ海洋公園局(Reef Authority) – Crown-of-thorns starfish Control Program(駆除プログラム)
  9. ジェームズクック大学(JCU) – Injection method critical to controlling Crown-of-thorns starfish(2025年・注射法研究)

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