⚡ 30秒でわかる答え

  • ハダカイワシは約250種・33属が知られる小型の光る深海魚で、中深層(水深200〜1,000m)に広く分布し、地球で最も数の多い魚の有力候補とされる。
  • 1942年にソナーが捉えた「偽の海底」=深海散乱層の主要な構成者で、昼は深く、夜は表層へ上がる日周鉛直移動を毎日行う。
  • 世界の中深層魚バイオマスは1.8〜16Gtと推定の幅が大きい。食物網のつなぎ役・炭素の運び屋として重要で、漁業利用には慎重な科学が求められる。
約250種
ハダカイワシ科の既知の種数(33属)
1.8〜16Gt
世界の中深層魚バイオマスの推定幅(2019年)
約10倍
音響調査が示した従来トロール推定との差(2014年)

ハダカイワシは、昼は暗い深海に潜み、夜になると何百mも上がってくる、体に光る点が並んだ小さな魚です。世界の海に非常に多く、「地球で最も数の多い魚の有力候補」ともいわれます。

その存在が知られるきっかけは1942年、潜水艦探知用ソナーに現れた「偽の海底」でした。その正体が、ハダカイワシなどが集まった深海散乱層です。

この記事では、発見の物語、日周鉛直移動、発光器のしくみ、生物量の推定、食物網と炭素輸送での役割、そして中深層漁業をめぐる課題を、研究論文や公的機関の資料をもとに整理します。

この記事で学べること

  • ハダカイワシの正体と、「最も数が多い魚の有力候補」と言われる理由
  • 1942年にソナーが捉えた深海散乱層(偽の海底)の発見の物語
  • 毎晩数百mを上り下りする日周鉛直移動の目的と仕組み
  • 発光器によるカウンターイルミネーション(影を消す光)
  • 食物網のつなぎ役・炭素の運び屋としての重要性と、中深層漁業をめぐる課題

ハダカイワシとは何者か:小さな体に宿る、海で最大級の生物量

ハダカイワシ科(Myctophidae)の基本プロフィール

ハダカイワシは、ハダカイワシ目ハダカイワシ科(Myctophidae)に属する小型の深海魚の総称です。英語では「lanternfish(ランタンフィッシュ=提灯魚)」と呼ばれ、その名のとおり体の側面や腹側に並んだ小さな発光器が、暗い海の中で提灯のように光ります。名前に「イワシ」とつきますが、食卓のマイワシ(ニシン目)とは別のグループで、分類上は遠い仲間です。

ハダカイワシ科はおよそ250種・33属が知られ、北極海を除くほぼすべての海に分布するとされています(Catul et al., 2011の総説による)。体長は多くの種で数cmから十数cm程度。日常で目にすることはほとんどありませんが、海の中ではきわめて数が多く、「中深層(水深200〜1,000m)」と呼ばれる薄暗い世界の主役の一つです。

「地球で最も個体数が多い魚」と言われる理由

ハダカイワシはしばしば「地球上で最も個体数の多い魚(脊椎動物)の一つ」と紹介されます。根拠になっているのは、中深層に暮らす魚類の総量が、これまで考えられていたよりずっと大きいという研究です。後で詳しく見るように、音波(音響)を使った調査では、中深層魚の総バイオマス(生物量)が桁違いに大きい可能性が示されました。

ただし、「最多」と言い切るには注意が必要です。深海の生き物は網にかかりにくく、数え方によって推定値が大きく変わります。ヨコエソ類など、ほかの中深層魚も非常に数が多いと考えられており、どの種・どの科が1位かは厳密には確定していません。この記事では「ハダカイワシは、地球で最も数の多い魚の有力候補の一つ」という慎重な言い方で紹介します。

海中を群れで泳ぐハダカイワシと体側に並ぶ小さな発光器
体側と腹側に発光器が並ぶハダカイワシの群れ(イメージ)

人の目に触れにくい「海の主役」

ハダカイワシは大型の捕食者に食べられる側の魚で、漁業の主対象にはなってきませんでした。そのため一般の知名度は低いものの、海洋生物学では「中深層の生態系を理解する鍵の生き物」として長く研究されています。海の食物網をつなぎ、炭素を深海へ運び、さらに音波探査の「謎の反射」の正体にもなってきた——この三つの顔が、この記事の主題です。

この節のポイント

  • ハダカイワシ科は約250種・33属で、北極海を除く世界の海に分布する
  • 名前に「イワシ」とつくが、マイワシとは別の目に属する
  • 「最も個体数が多い魚の有力候補」だが、数え方の不確実性は大きい

深海散乱層の発見:ソナーに映った「偽の海底」

1942年、サンディエゴ沖で起きた不思議な出来事

深海散乱層(Deep Scattering Layer、DSL)は、音波を当てると強く反射する、海中の「層」のことです。発見のきっかけは第二次世界大戦中の1942年でした。カリフォルニア大学の戦時研究部門に所属していたEyring、Christensen、Raittの3人が、サンディエゴ沖で潜水艦探知用の長距離ソナーを試験していたところ、海底ではないはずの深さに、強い反射が現れたのです(NOAA Ocean Exploration、WHOIの資料による)。

この反射は昼間に水深およそ300〜500mに現れ、夜になるとより浅いところへ上がってきました。海底の深さと見間違えるため、「偽の海底(false bottom)」や「幻の海底」と呼ばれ、当時の海軍の技術者や海洋学者を戸惑わせました。発見者3人の頭文字をとって「ECR層」と呼ばれた時期もあります。

正体は「生き物の層」だった

その後の調査で、この反射層は岩や水温の境目ではなく、無数の海洋生物が集まった層であることがわかりました。魚、イカ、エビ、オキアミ、クラゲの仲間など多様な生き物が含まれていますが、その中でも反射が強く、層の主要な構成者になっているのがハダカイワシをはじめとする小型の中深層魚です。

ハダカイワシのような魚の体には、ガスの入った鰾(うきぶくろ)をもつ種が多く、気体は水と音の伝わり方が大きく異なるため、音波をよく反射します。そのため体はわずか数cmでも、群れ全体としてソナーに強く映るのです。逆にいえば、ソナーの映像から中深層魚の量を推定できる一方で、クラゲの仲間(サイフォノフォア)など鰾以外の生き物の反射を魚と取り違える危険もあり、推定には不確実性が残ります。

年出来事意味
1942年USS Jasperによる試験でソナーに「偽の海底」が出現(Eyring・Christensen・Raitt)深海散乱層の発見
1940年代後半反射層は生物の集まりと解釈され、研究が進む「層」が生物群集だと理解される
2014年音響調査により中深層魚の総量が従来推定の約10倍と報告(Irigoien et al.)中深層魚の巨大さが再認識される
2019年世界の中深層魚バイオマス推定の幅を1.8〜16Gtと整理(Proud et al.)推定の不確実性が明確化
深海散乱層をめぐる主な出来事(出典:下記の参考文献)

深海散乱層は世界中にある

深海散乱層は特定の海域だけの現象ではなく、極域から熱帯まで世界の海で観測されています。層の深さや厚さ、数は、海の明るさ、プランクトンの多さ、水温や酸素の分布によって変わります。近年は船の音響機器だけでなく、自律型の観測機器や漁船のデータなどを活用して、全球の分布を地図化する研究も進んでいます。

豆知識:ソナーが「海底より浅いのに海底のような反射」を示すとき

  • 昼間の300〜500mに強い反射が現れ、夜は浅くなる——それが深海散乱層の目印
  • 魚の鰾などが音を強く反射する
  • クラゲ類など魚以外の生物も反射するため、推定には補正が必要

日周鉛直移動:地球最大級の「毎日の大移動」

昼は深く、夜は浅く

ハダカイワシの多くの種は、昼間は水深300〜1,500mほどの薄暗い中深層にとどまり、日没が近づくと海面近くの表層(おおよそ水深10〜100m)まで上がってきます。この毎日の上下運動を日周鉛直移動(diel vertical migration)といいます。種や海域によって移動距離は異なり、数百mから、種によっては1,000mを超えることもあるとされます。

体長わずか数cm〜十数cmの魚にとって、数百mの上下移動は体長の数十倍〜数百倍の距離に相当します。これが何兆もの生き物で同時に起きるため、日周鉛直移動は「地球上で最大規模の動物の日々の移動」と表現されます(NOAAなどの解説による)。

なぜ毎日、上り下りするのか

理由は、「食べる」と「食べられない」の両立だと考えられています。表層はプランクトンが多く餌が豊富ですが、明るい昼間は視覚で獲物を探す大型の魚や海鳥、海獣に見つかりやすい危険な場所です。そこで、暗い夜にだけ表層へ上がって食べ、夜明けとともに暗い深みへ戻って身を隠す——という戦略をとります。

ハダカイワシは主にカイアシ類(コペポーダ)やオキアミ、端脚類などの動物プランクトンを食べます。彼らが餌とする動物プランクトンも同じように夜に上がってくるため、ハダカイワシは「餌の動きを追いかけている」面もあります。

昼は深く、夜は浅くへ移動するハダカイワシの日周鉛直移動を示す断面図
昼は中深層、夜は表層へ——日周鉛直移動のイメージ

光の強さが「時計」になる

移動の引き金になっているのは主に光の強さの変化です。多くの種は、夕方に周囲の明るさが一定以下になると上昇を始め、朝の明るさの上昇とともに降下するとされます。月明かりの強い夜や曇りの日には、移動の深さが変わることも報告されています。

さらに、同じ種でも季節で行動が変わる例があります。たとえばタイセイヨウ北部に生息するBenthosema glaciale(グレイシャル・ランタンフィッシュ)では、季節による鉛直移動の違いが報告されています。北の海は夏と冬で昼夜の長さが大きく変わるため、光環境に合わせて行動を調整しているのです。

時間帯ハダカイワシの位置主な行動
昼中深層(およそ300〜1,500m)暗がりで休息・捕食者から身を隠す
夕方上昇を開始光が弱まるにつれて浅い層へ
夜表層近く(およそ10〜100m)動物プランクトンを食べる
明け方下降を開始再び深みへ戻る
ハダカイワシの日周鉛直移動の一例(種・海域によって異なる)

この節のポイント

  • 昼は深く、夜は浅く——毎日の上下移動が日周鉛直移動
  • 目的は「夜に食べ、昼は暗がりに隠れる」の両立
  • 光の変化が引き金で、季節や月明かりで行動も変わる

日周鉛直移動はプランクトン全般にも広く見られる現象です。くわしくは姉妹記事のプランクトンの日周鉛直移動:地球最大の移動も参考にしてください。

体側に並ぶ発光器:「光って身を隠す」カウンターイルミネーション

発光器(フォトフォア)とは

ハダカイワシ最大の特徴は、体の側面や腹側に点々と並ぶ発光器(photophore)です。発光器はほぼすべての種がもつ器官で、研究によれば、持たないのはTaaningichthys paurolychnusという1種だけとされています。発光器は体の側面(腹側寄り)に列をなして並び、頭部にもあります。

日本語の解説では、発光器の内部は鏡のような反射組織を備え、タンパク質の酵素反応で光る発光細胞から出た光が内部で反射して外へ出る構造になっている、と紹介されています。つまり体の中に小さな懐中電灯のようなしくみがあるイメージです。

光って「影を消す」

深海の魚がなぜ光るのでしょうか。主な説明の一つがカウンターイルミネーション(反照明)です。中深層でも、上からはかすかな太陽光が降りてきます。下から見上げる捕食者には、魚の腹は暗い影として浮かび上がってしまいます。そこで腹側から、周囲の光と同じ明るさ・色の光を出すと、影が消えて背景に溶け込めます。ハダカイワシの腹側の発光器は、この目的で使われていると考えられています。

この仕組みには、光の強さを環境に合わせて調節する必要があります。2020年の研究(Davis et al.)では、ハダカイワシの目のそばにある「目に向いた発光器」が、自分の光の強さを調整するための基準(参照光)として働く可能性が示されています。ただし、すべての種に当てはまるかどうかはまだ研究途上です。

暗い海中で腹側の発光器を光らせて下からの影を消すハダカイワシ
カウンターイルミネーション——光で影を消すしくみのイメージ

光は「名札」にもなる

発光器の並び方は種によって異なり、種の識別にも使われます。この特徴から、発光器は仲間どうしが互いを見分けたり、群れをつくったり、繁殖相手を見つけたりするための「合図」としても役立っているのではないか、と考えられています。頭部や尾の付け根の発光器の大きさ・形が雄と雌で異なる種もあり、求愛との関わりが議論されています。

PLOS ONEに掲載された比較研究(2024年)は、ハダカイワシ科の発光器の構造が種ごとにどれほど多様かを整理しています。同じ「光る」でも、構造・位置・数が種ごとに作り分けられており、深海の暗さの中で進化した視覚コミュニケーションの豊かさがうかがえます。

豆知識:光るのは魚だけではない

  • 中深層ではイカ、エビ、クラゲ、プランクトンなど多くの生き物が発光する
  • 多くは自分の影を消す、獲物をおびき寄せる、敵を驚かせるなど目的が違う
  • ハダカイワシは主に「影を消す・合図を送る」ために光ると考えられている

この節のポイント

  • ほぼすべての種が、体側・腹側に発光器をもつ(例外は1種)
  • 腹側の光で下からの影を消す「カウンターイルミネーション」が有力な説明
  • 発光器の並びは種ごとに違い、仲間への合図にも使われると考えられる

どれだけいるのか:10倍に跳ね上がった推定と、残る不確実性

トロール調査から音響調査へ

中深層魚の量を知る従来の方法は、中層トロール網で実際に魚を捕まえて数える方法でした。この方法による推定では、世界の中深層魚のバイオマスは約10億トン(1,000 million tonnes)程度とされてきました。しかし、中深層魚は網を避けるのが得意で、速く泳ぐ個体は逃げてしまいます。網の調査は「実際より少なく見積もっている」可能性が以前から指摘されていました。

2014年、IrigoienらはNature Communicationsに発表した論文で、スペインの世界一周航海「マラスピナ2010」で得た音響観測のデータから、中深層魚のバイオマスを約100億トン規模と推定しました。従来の約10倍です。この論文は、外洋の中深層魚の量が一次生産(植物プランクトンの光合成)と密接に関係しており、植物プランクトンから中深層魚へのエネルギー伝達効率が従来想定より高いことも示しました。

2019年の見直し:1.8〜16ギガトンという幅

その後、より慎重な見直しが行われました。Proudらは2019年にICES Journal of Marine Scienceで、昼間の38kHz音響反射データから世界の中深層魚バイオマスを推定し、結果に大きな幅があることを示しました。推定値は1.8〜16ギガトン(Gt)という幅で、方法ごとの中央値は3.8、4.6、8.3Gtでした(Proud et al., 2019)。

この幅は、「音波の反射のうちどれだけが魚由来か」「ハダカイワシ1尾あたりどれだけ音を反射するか」といった前提で変わります。また別の研究では、南大洋の中深層魚の量が音響特性から大きいと推定されています(Proc. R. Soc. B, 2022)。結論として、正確な総量はまだわかっていませんが、中深層魚が海の魚の生物量の大部分を占める可能性が高いという方向性は共通しています。ハダカイワシはその中心を担うグループとして、全体の大きな割合(総説では最大で65%)を占めるとする推定もあります。

この記事の要点となる3つの数字をまとめた図版
数字で見る:本文で扱う3つの指標
推定手法世界の中深層魚バイオマス
従来推定中層トロール調査約10億トン(1 Gt)
Irigoien et al., 2014マラスピナ航海の音響観測約100億トン(約10 Gt)
Proud et al., 2019音響反射データのモデル化1.8〜16 Gt(中央値3.8〜8.3 Gt)
中深層魚バイオマスの推定の比較

なぜ「正確に数えにくい」のか

  • 深海は広く、直接観察や採集が難しい
  • 網を避けたり、海の下層で網から逃れる個体が多い
  • 音波の反射は魚以外(クラゲの仲間など)の生物にも由来する
  • 昼夜や季節で深さが変わり、1回の調査で全体像をつかみにくい

数値が大きく変わるのは科学の失敗ではなく、新しい観測技術によって見え方が更新されている証拠です。今後、環境DNAや自律型の観測機器、深海カメラなどと音響調査を組み合わせることで、推定の精度が上がっていくと期待されています。

この節のポイント

  • 従来のトロール推定は約10億トン。2014年の音響調査は約100億トンと報告
  • 2019年の再評価は1.8〜16Gtと幅が大きく、確定していない
  • 「最大級の魚類バイオマス」である可能性は高いが、数値は暫定

海の食物網を支える「中間の層」:誰に食べられ、何を食べるか

プランクトンと大型捕食者をつなぐ橋

海の食物網は、植物プランクトン→動物プランクトン→小型魚→大型魚・海鳥・海獣、というように連なります。ハダカイワシは、この中で動物プランクトンと大型捕食者をつなぐ「橋渡し役」です。Southern Ocean(南大洋)などでは、ハダカイワシ科の魚が、動物プランクトンと上位の捕食者を結ぶ重要な栄養段階とされています。

ハダカイワシを食べる動物は多彩です。マグロ類やカツオ、イカ、大型の深海魚、サメ、そしてアザラシ・クジラ類、ペンギンや海鳥まで含まれます。

南大洋の例:オキアミだけでは語れない食物網

南極の食物網というとオキアミ(Antarctic krill)が有名ですが、実はハダカイワシ類も欠かせません。南大洋の代表種Electrona antarcticaは、オキアミなどを食べる一方で、多くの海鳥の餌にもなります。オーストラリア南極局などの解説によれば、キングペンギンの食べ物の約80%はハダカイワシ類とされ、ナンキョクオットセイなどの海獣や、マジェランアイナメ(パタゴニアン・トゥースフィッシュ)のような大型魚も餌にしています。

つまり、ハダカイワシの量が大きく減れば、これらの捕食者の食べ物が不足する可能性があります。反対に、ハダカイワシが豊富な海は、上位の捕食者にとっても豊かな海になります。

こうした「つなぎ役」の魚が多い海ほど、食物網は太く安定します。群れで生きる魚の暮らしについては魚はなぜ群れるのかもあわせてどうぞ。

深海の捕食者にとっての主食

深海にすむ大型の捕食者にとっても、ハダカイワシは重要な餌です。日中、中深層にとどまる彼らは、中深層の捕食者の格好の獲物となります。深海生物の多様性と保全の最新状況は、姉妹記事の深海生物多様性の全貌で扱っています。

この節のポイント

  • ハダカイワシは動物プランクトンと上位捕食者をつなぐ重要な栄養段階
  • 南大洋ではキングペンギンの食べ物の約80%がハダカイワシ類とされる
  • 減少の影響は、マグロ、海鳥、海獣など多くの動物に波及しうる

炭素を深海へ運ぶ「生物ポンプ」の運び屋としてのハダカイワシ

海が二酸化炭素を蓄えるしくみ

海は大気中の二酸化炭素(CO2)を吸収し、その一部を深い層へ運び込んでいます。このしくみの一つが生物ポンプです。表層で植物プランクトンが光合成でCO2を取り込み、それが食べられ、排泄物や死骸として深海へ沈んでいきます。海全体の炭素吸収の役割は、姉妹記事の海は人類のCO2の何%を吸収しているのかで解説しています。

ハダカイワシなどの中深層魚は、この生物ポンプで「能動的な運び屋」として働く可能性が指摘されています。夜に表層で餌を食べ、昼に深いところへ移動して、そこで呼吸したり、糞をしたり、死んだりするためです。

「能動輸送」とは何か

通常の生物ポンプは、粒子が重力で沈む「受動的」なものです。これに対し、ハダカイワシは自分で泳いで表層の炭素を深みへ運びます。夜に表層でプランクトンを食べて体内に取り込んだ炭素を、昼に深海でCO2として呼吸で放出し、また糞として落とします。深いところで放出された炭素は、表層ほど簡単に大気へ戻らないため、長期間海にとどまりやすくなります。

Davisonらによる2013年の北東太平洋の研究(Carbon export mediated by mesopelagic fishes in the northeast Pacific Ocean)は、この中深層魚による炭素輸送を定量化した代表的な研究として、多くの論文で引用されています。糞は速く沈む粒子になりやすく、深海への炭素輸送に効くとされます。

近年のモデル研究では、中深層魚による炭素の隔離は、深い昼間の滞在深度でのCO2放出(呼吸)の経路が大きな割合(70%超とする推定もあり、30〜80%の幅)を占めると見積もられています(Biogeosciences, 2023)。ただし、魚の代謝や摂餌量の不確実性が大きく、輸送量の推定には高い不確実性が残ることも、別の研究で指摘されています。

経路しくみ特徴
受動的沈降死骸・糞・プランクトンの粒が重力で沈む粒子の大きさや速度に依存
能動輸送(呼吸)夜に表層で食べ、昼に深層で呼吸してCO2を出す深い層で放出されるため隔離されやすい
能動輸送(排泄)深層で糞や粘液を出す速く沈む糞粒子が炭素を深く運ぶ
能動輸送(死亡)深層で死んで沈む捕食による死亡が多く、寄与は限定的との見方
中深層魚が関わる炭素輸送の経路(概念整理)

もし大規模に漁獲されたら

中深層魚の炭素輸送への寄与は、漁業の問題とも結びつきます。もし中深層魚を大量に獲れば、食物網の影響に加えて、炭素の運び屋としての働きも損なわれるかもしれません。「炭素隔離」という海の生態系サービスと、漁業という利用のどちらを優先するのかは、科学的な不確実性が大きいなかで考える必要があります(Ambio, 2024のモデル研究など)。

この節のポイント

  • ハダカイワシは夜に表層で食べ、昼に深層で呼吸・排泄する「炭素の運び屋」
  • 能動輸送は、深いところで炭素を放出するため長く海にとどまりやすい
  • 輸送量の推定は不確実性が大きく、研究が進行中

未来の課題:中深層漁業、気候変動、そして私たちにできること

「巨大な未利用資源」という期待と懸念

世界の人口増加に伴い、水産資源への需要は高まっています。ハダカイワシなど中深層魚はバイオマスが大きく、タンパク質やオメガ3脂肪酸(EPA・DHA)を含むため、魚粉・魚油などの原料として注目されてきました。「巨大な未利用資源」という見方です。

一方で、研究者からは強い慎重論が出ています。中深層生物の食物網、生活史、行動、バイオマス、集団の遺伝的構造について、わかっていないことがまだ多いからです。過去の中深層漁業の試みでは、経済的に成功した例はこれまで確認されていません。また、前節で見たように食物網と炭素輸送の両面で重要な役割をもつため、安易な拡大はリスクがあります。

さらに、中深層魚はマグロ類などの餌でもあるため、漁獲が大型の漁業資源にも影響する可能性があります。実際、中深層魚を対象にした漁業がメバチマグロの資源管理に与える影響を検討した論文(Fisheries Management and Ecology)も出ています。

気候変動と海洋酸性化の影響

中深層は、水温上昇、酸素の減少(貧酸素化)、酸性化の影響を受けつつあります。表層の植物プランクトンの量が変われば、動物プランクトンとハダカイワシの餌も変わります。海の層構造が変われば、日周鉛直移動の深さや、深海散乱層の位置も動くかもしれません。ただし、ハダカイワシ類がどの程度の影響を受けるかについては、研究がまだ十分ではありません。

遺伝的な研究も始まっています。ノルウェー海洋研究所などは、グレイシャルランタンフィッシュの集団構造を分布域全体で調べ、海の薄明層(トワイライトゾーン)の生き物の理解を進めています(2025年の報告)。広い範囲に分布する種が、どれほど一つの集団として混ざっているかがわかれば、資源管理や気候変動への強さの評価に役立ちます。

こうした未解明の課題に対して、日本を含む各国の研究機関が国際共同で調査を進めています。米国では、WHOIを中心とする「海洋トワイライトゾーン」計画のように、音響・カメラ・採集を組み合わせて中深層の生態系を調べる大型プロジェクトも進められてきました。

私たちにできること

  • 海の「見えない層」に生き物と炭素循環があることを知る(学校・家庭での学び)
  • 魚粉・魚油の使われ方や、持続可能な水産物の選び方(認証ラベルなど)に関心を持つ
  • 温室効果ガスの排出削減と海洋保全を支持し、海の変化を伝える
  • 科学的な不確実性を、「まだわからない=慎重に」というメッセージとして共有する
この記事のポイントを箇条書きでまとめた図版
この記事のポイント。詳しくは各章で解説している

今日からできる小さな一歩

  • 水族館や博物館で、ハダカイワシや深海散乱層の展示・解説を探してみる
  • 「夜に上がってくる魚」を想像しながら、夜の海の写真や動画を見てみる
  • 海の生物と炭素循環のつながりを、家族や友人に1つ話してみる

まとめ

  • ハダカイワシは約250種・33属で世界中の中深層に生息し、体側・腹側の発光器で影を消す
  • 1942年に「偽の海底」として発見された深海散乱層の主要な構成者の一つ
  • 毎日の日周鉛直移動を通じて、食物網をつなぎ、炭素を深海へ運ぶ
  • 総バイオマスは推定1.8〜16Gtと幅が大きく、未解明の部分が多い——利用にはより慎重な科学が必要

参考文献・出典

  1. Irigoien et al. (2014) Large mesopelagic fishes biomass and trophic efficiency in the open ocean. Nature Communications 5:3271 – 音響観測による中深層魚バイオマスの推定
  2. Proud et al. (2019) From siphonophores to deep scattering layers: uncertainty ranges for the estimation of global mesopelagic fish biomass. ICES J. Mar. Sci. – 世界の中深層魚バイオマスの推定幅(1.8〜16 Gt)
  3. Catul et al. (2011) A review on mesopelagic fishes belonging to family Myctophidae. Reviews in Fish Biology and Fisheries – ハダカイワシ科の総説
  4. NOAA Ocean Exploration: What is the deep scattering layer? – 深海散乱層の解説
  5. Eyring, Christensen & Raitt (1948) Reverberation in the Sea(WHOI Twilight Zone) – 深海散乱層の発見に関する原典
  6. Variation in lanternfish (Myctophidae) photophore structure: A comprehensive comparative analysis. PLOS ONE (2024) – 発光器構造の比較研究
  7. Davis et al. (2020) Evidence that eye-facing photophores serve as a reference for counterillumination – 目に向いた発光器の役割
  8. Model estimates of metazoans' contributions to the biological carbon pump. Biogeosciences (2023) – 動物による生物ポンプへの寄与のモデル推定
  9. Large mesopelagic fish biomass in the Southern Ocean resolved by acoustic properties. Proc. R. Soc. B (2022) – 南大洋の中深層魚バイオマス
  10. Australian Antarctic Program: Antarctic food web – 南極の食物網

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