⚡ この記事の要点
2024年元日の能登半島地震は海岸を最大4m以上持ち上げ、石川県69漁港のうち60漁港が被災しました。海底が露出した港はどう復旧され、輪島の海女や定置網はどう再開したのか。前例のない「隆起被害」からの復興と、海の環境変化を一次資料で読み解きます。
2024年1月1日午後4時10分、石川県能登地方を震源とするマグニチュード7.6の地震が能登半島を襲いました。強い揺れと津波に加えて、この地震には過去の震災にはほとんど例のない特徴がありました。半島北岸の海岸線が、場所によって4mを超えて持ち上がったのです。
海岸が隆起すると、港の中の海水は引き、船を泊めていた場所は干上がります。岸壁は海面よりはるかに高くなり、船を横付けして魚を降ろすことができません。石川県内の69漁港のうち60漁港が被災し、漁業者は「港が港でなくなった」現実に直面しました。
この記事では、水産庁・国土地理院・産業技術総合研究所・石川県の一次資料と、金沢大学などの研究成果をもとに、隆起被害の実態、前例のない復旧の考え方、輪島港や鹿磯漁港の復旧の現在地、そして露出した海底生態系や藻場に何が起きたのかを整理します。
この記事で学べること
- 能登半島地震の海岸隆起がどれほどの規模だったか(延長約100km・陸化約4.4km²)
- なぜ「隆起」は津波以上に漁港を長期間使えなくするのか
- 水産庁が示した「仮復旧・本復旧」の二段構えと3つの復旧工法の選択肢
- 輪島港・鹿磯漁港・狼煙漁港で実際に進んだ応急復旧と漁業再開の時系列
- 干上がった海底生態系と藻場、豪雨の土砂が海に与えた変化
- 海女漁の再開や「海の地図PROJECT」など、なりわい再建を支える取り組み
能登半島地震で何が起きたのか——観測史上最大級の海岸隆起
令和6年能登半島地震は、2024年1月1日16時10分に発生しました。気象庁の暫定値でマグニチュード7.6、震源の深さは約16km、志賀町と輪島市で最大震度7を観測しています。震源メカニズムは北西-南東方向に圧力軸をもつ逆断層型で、能登半島北岸の沖合に伸びる活断層が動いたと考えられています。
海岸線が4m以上持ち上がった
国土地理院は陸域観測技術衛星「だいち2号」の観測データを解析し、輪島市西部で最大約4mの隆起を確認しました。産業技術総合研究所(産総研)地質調査総合センターの緊急調査では、輪島市の鹿磯(かいそ)漁港周辺で、防潮堤の壁面に張り付いていたカキなど付着生物の位置から3.8〜3.9mの隆起が確認され、波の浸食でできた平らな地形「波食棚」が約3.6m持ち上がって干上がっていました。
その後の研究で全体像が明らかになりました。広島大学・金沢大学・千葉県立中央博物館などの研究チームが海岸線に沿って510地点で隆起量を計測した結果、隆起量は0.1〜5.2mで、隆起域の延長は約100km、隆起によって新たに陸になった面積は約4.4km²に達しました。陸化面積は1804年の象潟地震と同程度ですが、延長は世界最長級です。この成果は国際誌『Geomorphology』(2026年1月)に掲載されています。
地震そのものの被害も甚大でした。水産白書によれば、2024年3月末時点で災害関連死を含む死者は244人を超え、住家被害は全壊約9千戸・半壊約1万9千戸・一部損壊約8万4千戸に上りました。最大約4万戸が停電し、約5万6千戸が断水しています。漁業者の多くも被災者であり、自宅や避難所の生活を立て直しながら港の復旧に向き合うことになりました。
能登半島では2007年3月にもマグニチュード6.9の能登半島地震が起きており、2020年12月からは珠洲市周辺で群発地震が続いていました。2023年5月には震度6強の地震も発生しています。長く続いた地震活動の末に、2024年元日の本震が発生したのです。

6000年で4回目の大隆起
産総研の調査によれば、能登半島北部の沿岸にはおよそ6000年前以降に形成された3段の海成段丘(L1面〜L3面)が分布しています。今回の地震で「L4面」と呼ぶべき4段目の段丘が新たにできたことになり、この地域では海成段丘を形成するほどの大きな隆起が過去に少なくとも3回起きていたことが示唆されます。つまり能登の海岸は、長い時間軸で見れば地震のたびに階段状に持ち上がってきた土地なのです。
隆起量が場所で大きく違った理由
- 隆起をもたらした活断層は海岸線にほぼ平行して連続的に伸びていた
- 南に傾斜した逆断層の活動により、断層に近い陸域ほど大きく隆起した
- 七尾湾や富山湾側では隆起は確認されず、被害は外浦(日本海側)に集中した
漁港が「港でなくなる」——69漁港中60漁港が被災
水産庁の「令和6年能登半島地震漁業地域復旧・復興技術検討資料」によれば、石川県内69漁港のうち60漁港(86.9%)で、地盤隆起、防波堤や岸壁の損傷、港内道路の被害などが確認されました。隆起の被害は輪島市と珠洲市の外浦側に集中し、泊地(船を泊める水域)や航路の利用が困難になりました。
津波よりも厄介な「隆起」の被害
東日本大震災では津波で岸壁や施設が壊れましたが、海そのものは元の位置に残っていました。壊れたものを直せば港として使えます。ところが隆起は、港の「土台」である水深そのものを奪います。港内の海底が露出し、残った泊地も浅くなって漁船が出入りできず、岸壁は高くなりすぎて船に横付けできません。加えて津波が運んだがれきや土砂が航路にたまり、船を出せない状態が続きました。
壊れた施設の修理では解決せず、「海底を掘り下げるか」「港をもっと沖へ出すか」「別の港に集約するか」という、港の設計そのものをやり直す判断が求められたのです。水産庁は、これほど広範囲の隆起被害は日本の漁業で前例がなく、新しい復旧の考え方と技術が必要だと位置づけました。
漁港には水域施設(航路・泊地)、外郭施設(防波堤・護岸)、係留施設(岸壁・物揚場・船揚場)といった基本施設があります。隆起はこのすべてに同時に影響します。航路と泊地は浅くなり、防波堤は高くなって役割が変わり、岸壁や物揚場は海面から遠ざかり、船揚場(船を陸に引き上げる斜路)は海に届かなくなります。水産庁の技術検討資料は、こうした基本施設ごとに代表的な復旧工法と施工方法の選択肢を整理し、検討にあたっての留意点を提示しました。
また、漁船の被害も深刻でした。水産白書によれば、転覆・沈没・座礁などの被害を受けた漁船は230隻を超え、農林水産省の最終集計では366隻に達しています。港が使えないだけでなく船も失った漁業者にとって、再開への道のりは二重に険しいものになりました。水産庁は被災直後から職員を派遣し、22都道県から延べ781人日の応援職員が漁港の被害調査や復旧計画の策定を支えました。
漁港ごとの地盤変動量
| 市町 | 漁港・港湾 | 地盤変動(暫定値) |
|---|---|---|
| 輪島市 | 鹿磯漁港 | 4.1m 隆起 |
| 輪島市 | 深見漁港 | 3.7m 隆起 |
| 輪島市 | 黒島漁港 | 3.7m 隆起 |
| 輪島市 | 皆月漁港 | 3.6m 隆起 |
| 珠洲市 | 長橋漁港 | 2.8m 隆起 |
| 輪島市 | 大沢漁港 | 2.5m 隆起 |
| 輪島市 | 名舟漁港 | 2.2m 隆起 |
| 珠洲市 | 狼煙漁港(高屋地区) | 1.8m 隆起 |
| 輪島市 | 輪島港 | 1.5m 隆起 |
| 珠洲市 | 蛸島漁港 | 0.2m 隆起 |
| 珠洲市 | 鵜飼漁港 | 0.4m 沈下 |
| 輪島市 | 舳倉島漁港 | 0.1m 以下 |
表を見ると、同じ輪島市でも半島の北西端に近い鹿磯・深見・黒島・皆月では3.6〜4.1mと極端に大きく、輪島港は1.5m、沖合約50kmの舳倉島(へぐらじま)はほとんど変動していません。一方、内浦側の珠洲市鵜飼漁港は逆に0.4m沈下しました。隆起量の違いは、そのまま復旧の難しさの違いになります。

被害額は水産関係だけで1,077億円
農林水産省が2025年1月に公表した集計では、能登半島地震による農林水産関係の被害額は3,658億円で、このうち水産関係が1,077億円を占めます。内訳を見ると漁港施設(73漁港)の被害が1,002億円と大半で、漁船の被害は366隻に上りました。港の復旧に多額の費用がかかるのは、隆起した港を「直す」のではなく「作り直す」必要があるためです。
前例のない復旧——水産庁の技術検討会と「仮復旧・本復旧」の二段構え
隆起した漁港をどう復旧するか。過去の震災の経験がほとんど通用しないため、水産庁は有識者による「令和6年能登半島地震漁業地域復旧・復興技術検討会」を設置し、2024年5月から3回の検討会を経て、同年7月に復旧・復興の技術的な方法と手順を取りまとめました。
短期の「仮復旧」と中長期の「本復旧」
検討資料の基本的な考え方は、地盤隆起など甚大な被害を受けた漁港を「①短期的な生業(なりわい)再開のための仮復旧」と「②中長期的な機能向上のための本復旧」の2つのフェーズに分けて復旧することです。まず漁業者が漁に出られる最低限の機能を確保し、その間に将来を見据えた本格的な港の姿を検討します。さらに復旧方針の検討と並行して、「海業(うみぎょう)振興など新しい漁業地域の姿につなげる復興」を考えることも盛り込まれました。
この二段構えの背景には、時間との闘いがあります。本復旧には設計・合意形成・工事を含めて数年を要します。その間、漁業者が一切漁に出られなければ、収入が絶え、後継者は他の仕事に移り、漁村そのものが立ち行かなくなります。だからこそ「とにかく船を出せる状態」を早くつくる仮復旧を優先し、並行して本復旧の議論を進めるという順序が採られました。応急工事の対象は石川県・富山県・新潟県で合計20漁港に及びました。
隆起量に応じた3つの選択肢
検討会は隆起量の程度を「大・中・小」の3つの被災パターンに分類し、それぞれについて典型的な選択肢を示しています。
| フェーズ | 選択肢 | 考え方 |
|---|---|---|
| 仮復旧 | ①港内の掘り込み | 既存施設を活かし、港内の一部を掘り下げて泊地を確保する |
| 仮復旧 | ②沖への桟橋設置 | 水深のある沖側に桟橋を伸ばして係留・水揚げを可能にする |
| 仮復旧 | ③海面への斜路設置 | 隆起した地盤から海面へ斜路を設け、小型船の上げ下ろしを可能にする |
| 本復旧 | ①港内の掘り込み | 港内を本格的に浚渫して元の水深を回復する |
| 本復旧 | ②沖出し | 防波堤や岸壁を水深が確保できる沖側へ新設する |
| 本復旧 | ③隣接する港外水域の利用 | 隣接する水域に新しい泊地や係留施設を整備する |

たとえば隆起量が「小」の港では、港内を少し掘り下げるだけで元の機能が戻ります。「中」の港では、掘り込みに加えて岸壁の高さの調整や桟橋の増設が必要になります。そして鹿磯漁港のように隆起量が「大」の港では、港内の海底が完全に露出しているため、港内を4m掘り下げるより、沖側に新しい泊地と岸壁をつくる方が合理的な場合もあります。どこまで掘れば安全に船が出入りできるのか、掘った土砂をどこへ運ぶのか、工事中に漁を続けられるのか。一つひとつの港で条件が異なるため、画一的な正解はありません。
どの案を選ぶかは、隆起量だけでなく地域の状況や利用者のニーズによって変わります。検討資料では、仮復旧と本復旧で評価の視点が異なることに留意し、評価項目に重みづけを設定して選ぶことを求めています。また各段階で漁業者など利用者の意思確認が重要だとして、留意点が整理されました。
復旧・復興で重視された7つの視点
- 漁港の役割分担(すべての港を元通りにするのではなく機能を分担する)
- 将来の姿を見据えた施設の整備
- 漁港と漁村・漁場との一体性確保
- 被災を踏まえた水産地域の強靱化
- 流通・生産機能の強化
- 漁港を活用した海業振興
- デジタル技術の活用
「役割分担」という言葉が最初に来ているのは重要です。漁業者の高齢化と減少が進む能登で、隆起した小さな港をすべて数年がかりで作り直すことが現実的かどうか。復旧は、地域の漁業の将来像そのものを問う作業になりました。漁業の担い手の課題については漁業の担い手不足はなぜ深刻かも参考にしてください。
輪島港・鹿磯漁港・狼煙漁港——現場で進んだ復旧の実際
ここからは、石川県が2025年11月の知事会見で公表した「港湾・漁港の復旧・復興の状況」と水産庁の発表をもとに、代表的な港の歩みを追います。
輪島港:約200隻が出港不能から、応急復旧・漁業再開へ
輪島港は奥能登の物流と水産の拠点です。地震で地盤が約1.5m隆起して停泊場所の水深が不足し、約200隻の漁船が出港できなくなりました。国土交通省が県に代わって工事を行う「権限代行」により海底の浚渫(しゅんせつ)などが進められ、2024年6月に応急復旧が完了、同年10月に漁業が再開されました。
2025年6月には「輪島港復旧・復興プラン」が策定され、国と県が連携して主要な岸壁や物揚場を2026年度末までに本復旧することを目指しています。プランには単なる原状回復にとどまらない内容が含まれます。浚渫で出た土砂で埋立地を造成し、そこに複数の漁業共同利用施設を集約して機能を強化すること、第4防波堤に浚渫土で浅場をつくって堤防を強靱化するとともに稚魚などの生息環境を整備すること、クルーズ船の受け入れ体制強化などです。海士(あま)地区では2025年8月に約150mの係留施設が完成し、既存施設より6m海側に増設されて漁船の水揚げ作業が可能になりました。
報道によれば、輪島港では2025年9月の底引き網漁解禁初日に25隻が出漁してカレイやノドグロを水揚げしました。一方で漁獲量は地震前の4割ほどとされ、港の復旧が完全には進んでいない中での操業が続いています。
輪島港の復旧で大きな論点になったのが「港を移転するか、現在地で復旧するか」でした。1.5mの隆起で港全体が浅くなった以上、別の場所に新しい港をつくる選択肢もありえます。しかし国・県・輪島市と地元漁業者らは2024年5月、現在地で復旧する方針で合意しました。長年使ってきた港と市場・加工場・住まいの一体性を守る判断です。石川県は同年7月、海底の浚渫を軸に2〜3年で本復旧を目指す方針を策定しました。
鹿磯漁港:4mの隆起、大型土のうの仮設物揚場で定置網再開
隆起量が4.1mと最も大きかった輪島市の鹿磯漁港では、港内の海底地盤がそのまま露出しました。石川県は2024年8月に鹿磯漁港の「復興方針」を策定し、露出した海底地盤の上に大型土のうを積んで仮設の物揚場を建設しました。2025年3月に仮設物揚場が完成し、同年4月25日から定置網漁業が再開。7月には小型漁船向けの仮設船揚場も完成し、復旧方針がまだ定まっていない近隣漁港の漁船も利用しています。漁船の操業を続けながら、将来を見据えた本復旧・復興について国・市・漁業関係者で検討が続いています。
鹿磯漁港の仮設物揚場は、水産庁が示した仮復旧の選択肢のうち「既存施設を利用した港内の掘り込み」と「海面への斜路の設置」を現場の条件に合わせて組み合わせたものといえます。露出した海底地盤そのものを土台として使うことで、本格的な浚渫を待たずに定置網漁船の水揚げを可能にしました。周辺の深見・黒島・皆月といった隆起量の大きい港は復旧方針の検討が続いており、鹿磯漁港の仮設施設がそれらの港の漁船を受け入れる「拠点」として機能しています。これは検討会が重視した「漁港の役割分担」を、現場が先取りした形でもあります。
狼煙漁港:避難港の機能を国の権限代行で回復
珠洲市の狼煙(のろし)漁港は、県内外の漁船が荒天時に避難する第4種漁港です。隆起で泊地や航路の水深が浅くなり、岸壁は高くなりました。水産庁は2024年5月に権限代行で災害復旧工事に着手し、同年9月に一部泊地が利用可能に、2025年3月には一部泊地の浚渫と水深3.0m岸壁の仮復旧が完了して陸揚げに使えるようになりました。防波堤などの本復旧はなお続いています。
「権限代行」は、被災した自治体に代わって国が直接工事を行う制度です。石川県が管理する港湾は10港すべてが被災し、うち輪島港・飯田港・小木港・宇出津港・穴水港・七尾港の6港で国土交通省が権限代行を実施しました。漁港では県管理8港のうち7港が被災し、狼煙漁港で水産庁が権限代行を行っています。県の建設業協会などの尽力もあり、2025年3月までに県管理の全港湾・漁港で応急復旧が完了しました。ただし応急復旧はあくまで「使える状態」にする工事であり、本復旧はこれからが本番です。
石川県の復旧タイムライン(2025年11月時点)
- 2024年1〜3月:志賀町富来漁港と珠洲市蛸島漁港で定置網が再開、3月下旬には珠洲市で底びき網が再開
- 2024年6〜7月:輪島港・飯田港・七尾港・宇出津港の応急復旧完了
- 2024年10月:輪島港で漁業再開
- 2025年3月:県管理の全港湾・漁港で応急復旧が完了。鹿磯漁港と狼煙漁港の仮設施設完成
- 2025年6月:「輪島港復旧・復興プラン」策定
- 2026年度末:輪島港の主要岸壁・物揚場の本復旧目標
東日本大震災では漁港の復旧に10年以上を要した地域もあります。そのときの教訓については東日本大震災からの漁業復興13年で詳しく解説しています。
海の環境はどう変わったか——露出した海底生態系・藻場・土砂
隆起は港だけでなく、海の生き物にも直接の影響を与えました。海面下にあった岩礁が突然空気中に出れば、そこに暮らしていた生物は生きられません。能登では、この「海底の露出」が科学的に貴重な記録にもなりました。
海底の生き物が「生きていた姿のまま」陸上に現れた
金沢大学の佐藤圭講師とジェンキンズ・ロバート准教授、千葉県立中央博物館分館海の博物館の照屋清之介研究員、九州大学総合研究博物館の加藤萌研究員らの共同研究グループは、鹿磯漁港周辺の岩礁海岸で、地震発生から66日後という早い段階から現地調査を始めました。この場所では約3.6〜3.9mの隆起によって、本来は潜水調査でしか到達できない潮下帯の生物群集が、生きていた当時の配置のまま陸上にさらされていました。
研究グループは底生生物や海藻(ピリヒバなど)の遺骸群集を詳しく分析し、地震前の豊かな生態系の構造をかつてない精度で復元することに成功しました。成果は2026年2月に学術誌『Plankton and Benthos Research』にオンライン掲載されています。これは今後、震災後の生態系がどう回復していくかをモニタリングするための「地震前の姿」を示す基礎データになります。

「死の世界」からの回復には3〜5年
報道によれば、ジェンキンズ准教授は鹿磯漁港や猿山岬周辺の調査で、藻類やフジツボ類の死骸が岩肌に張り付き、ウニやサザエもいない状態が続いていることを確認し、隆起と津波が生んだ「死の世界」が元に戻るには少なくとも3〜5年はかかる可能性を指摘しています。5mm以下の小さな生物は半年ほどで戻り始める一方、より大きな生き物の回復には年単位の時間が必要だといいます。
回復のスピードは生物によって異なります。胞子や幼生で広がる海藻や小型の付着生物は比較的早く戻りますが、サザエやアワビ、ウニのように成長に数年かかる生物は、餌となる海藻が戻ってから個体群が回復するまでにさらに時間を要します。海女が採るサザエやアワビの資源状況が「去年より少なく小ぶり」と感じられる背景にも、こうした食物連鎖の時間差があると考えられます。
藻場の干上がりと、豪雨の泥
漁業にとって重要な藻場も大きな打撃を受けました。輪島の海藻を長年調べてきた石川竜子氏(わじま海藻ラボ)が『水産工学』(62巻1号、2025年)に報告した論文によれば、輪島海岸では隆起によって藻場が干上がり、そこに生息していた大量の生物が死亡しました。さらに2024年7月以降、主に河口周辺に細粒の泥が堆積して底質環境と残った藻場の環境が著しく悪化し、同年9月21日からの奥能登豪雨によって藻場に広範な被害が生じたと判断されています。
地震で山が崩れ、その土砂が復旧されないまま豪雨で川から海へ流れ込む。隆起で浅くなった海はその泥をかぶりやすい。地震と豪雨という2つの災害が重なり、能登の沿岸環境は二重の負荷を受けたことになります。藻場が魚の産卵や稚魚の成育に果たす役割については魚のゆりかご・藻場の再生をご覧ください。
奥能登豪雨は2024年9月21日から23日にかけて能登半島を襲い、河川の氾濫と土砂災害が多発しました。輪島市では、1月の地震で山が崩れて川をせき止めた「土砂ダム」の仮排水路が豪雨で損壊し、大量の土砂が集落に流れ込んでいます。山から海への土砂の流れは、集落を通り抜けた先で河口の海底に細かい泥として積もりました。泥は海藻の胞子が岩に付くのを妨げ、貝類の呼吸や摂餌を邪魔します。地震で干上がらなかった藻場までもが、この泥によって傷んだのです。
沿岸環境への複合的な影響
- 隆起:潮下帯の岩礁と藻場が干上がり、付着生物・海藻・貝類が大量死
- 津波:港内や沿岸にがれきと土砂が流入
- 豪雨(2024年9月):河口周辺に細粒泥が堆積し、残った藻場の環境も悪化
- 回復の見通し:小型生物は半年程度、大型生物は数年単位という研究者の見解
海女と定置網——なりわい再建の歩み
港とは、漁業者の暮らしそのものです。ここでは、能登を代表するなりわいである海女漁と定置網漁の再開を追います。
輪島の海女漁:1年9カ月ぶりの舳倉島
輪島市の海女は、輪島港から約50km沖の舳倉島(へぐらじま)周辺で、素潜りでサザエ・アワビ・モズクなどを採る伝統的な漁を続けてきました。「輪島の海女漁の技術」は国の重要無形民俗文化財に指定されています。地震では輪島港の隆起で漁船がまったく出せなくなり、舳倉島の港も津波で被害を受けたため、海女漁は長期の休止を余儀なくされました。
舳倉島漁港は石川県が「復旧完了」と発表した数少ない漁港の一つです。北國新聞によれば、2025年7月に約120人の海女が1年9カ月ぶりに舳倉島での素潜り漁を再開し、漁場の海底には地震による大きな変化は確認されませんでした。翌2026年7月3日の漁初日には約130人が参加し、初日にイシモズク約3.5トンを水揚げしています。
ただし課題も残ります。資源量は地震前から減少傾向にあり、震災と豪雨で海に土砂が流入したことで生育環境はさらに厳しくなっています。海女たちは1日の水揚げをサザエ30kg、モズク20kgまでとする自主規制を設けて資源を守りながら漁を続けています。保存振興会の会長は2026年の初日について「去年よりも少なく小ぶりに感じた」と語っており、資源の回復は道半ばです。
輪島の海女漁は、江戸時代以前から続くとされる歴史を持ち、舳倉島と七ツ島の周辺を主な漁場としてきました。夏の漁期には海女たちが島に渡って滞在し、素潜りで岩場のサザエやアワビ、海藻を採ります。石川県の文化財資料によれば、道具を最小限にとどめ、潜水の技術と海の知識で漁を成り立たせる点に特徴があります。港の隆起は、こうした数百年単位で受け継がれてきた文化を一時的に断ち切るものでもありました。だからこそ、舳倉島での漁の再開は、単なる水揚げの回復以上の意味を持って地域に受け止められています。
定置網と底びき網:段階的に戻る漁
定置網漁は港の岸壁が少しでも使えれば再開しやすく、復旧の初期を支えました。志賀町の富来漁港では2024年1月中に、珠洲市の蛸島漁港でも同月下旬に定置網が再開し、3月には珠洲市と七尾市周辺で底びき網漁が戻りました。七尾市の公設地方卸売市場は2月1日に再開しています。隆起の大きかった鹿磯漁港でも、仮設物揚場の完成を受けて2025年4月に定置網が再開しました。
魚を獲っても、売る場所がなければなりわいは成り立ちません。七尾市の公設地方卸売市場が2月1日に再開したことは、能登の魚の流通が止まらなかったという意味で大きな出来事でした。一方、輪島や珠洲では市場・製氷施設・加工場の被災が重なり、水揚げした魚を金沢方面へ運んで売る動きも生まれました。水産庁の技術検討資料が「流通・生産機能の強化」を復興の視点に掲げたのは、港の工事と同じくらい、魚を売り届ける仕組みの再建が重要だからです。
復旧においては、①漁港の役割分担、②将来の姿を見据えた施設の整備等が重要となり、復興にあたっては、③漁港と漁村・漁場との一体性確保、④被災を踏まえた水産地域の強靭化、⑤流通・生産機能の強化、⑥漁港を活用した海業振興、⑦デジタル技術の活用等を考慮。
― 水産庁「令和6年能登半島地震 漁業地域復旧・復興技術検討資料〈詳細版〉」(2024年7月)
漁港の復旧が終わっても、漁業者が戻らなければ港は生きません。仮設住宅からの通勤、加工場や市場の再建、後継者の確保といった課題は、港の工事とは別の時間軸で進みます。漁村コミュニティの再生の考え方は沿岸コミュニティの再生とはで詳しく取り上げています。
「海の地図」と創造的復興——データが支える次の漁業
隆起した海の中がどうなっているのかは、船を出せなければ分かりません。ここで力を発揮したのが、地震前に偶然取得されていた海底地形のデータでした。
地震前後の海底地形を比較できた世界初の事例
日本財団と日本水路協会が2022年に始めた「海の地図PROJECT」は、航空機からのレーザー測量で水深20mまでの浅海域の海底地形図を作る10年計画で、日本の総海岸線約3万5000kmの約9割を対象としています。能登北部では2022年9〜10月に測量が行われており、その直後に地震が起きました。プロジェクトは2024年4〜5月に再測量を実施し、大きな隆起を伴う地震の前後で沿岸浅海域の詳細な海底地形データを取得することに世界で初めて成功しました。豪雨後の2024年10月にも再び測量しています。
比較の結果、海底の隆起は猿山岬付近で最大約5.2m、陸域の最大隆起は4.1mでした。さらに珠洲市清水町〜長橋町付近では西北西〜北西方向へ平均2.5m・最大4.3m、猿山岬〜鹿磯漁港周辺では西〜西南西方向に平均2.2m・最大3.0mの水平移動も確認されています。地震前に砂地だった場所に新たな岩場が出現するなど、堆積物の大規模な移動も分かりました。
海底地形の変化は、海上保安庁の測量船による調査でも確認されています。地震調査研究推進本部の資料によれば、海上保安庁は震源域周辺の海底地形調査を行い、海岸付近の隆起や海底の変位の把握に協力しました。空からのレーザー測量が担う浅海域と、測量船が担う沖合の調査を組み合わせることで、隆起した海の全体像が見えてきました。
海女の漁場探しから工事まで
この海底地形図は、輪島崎地区と南志見地区で先行して漁業者に提供が始まり、珠洲市や能登町へ拡大される予定です。砂地と岩場の区別や等深線が分かるため、海女や漁業者が漁場を調べ直したり新しい漁場を探したりするのに使えます。新しく現れた岩場は、将来の藻場になる可能性もあります。また安全な航行ルートの確保、護岸工事や土砂浚渫の計画にも活用されています。
「元に戻す」のではなく「次の姿をつくる」
輪島港の復旧・復興プランに盛り込まれた「浚渫土で浅場を造成し稚魚の生息環境を整備する」という発想は象徴的です。復旧で出る土砂を海の再生に使い、防波堤の強靱化と生物の生息場づくりを同時に行う。和倉温泉の護岸復旧でも、工事ヤードを撤去した後の護岸を藻場造成の場として活用する計画が示されています。震災を、海と人の関わり方を見直す機会にしようという姿勢が、能登の復興には込められています。
水産庁の技術検討資料が掲げた「海業(うみぎょう)」とは、漁港や漁村の資源を活かして、漁業以外にも観光・体験・飲食・直売などで海の恵みを収入につなげる取り組みです。漁業者が減る中で港を維持するには、魚を獲る機能だけでなく、人が訪れて滞在し、消費する場としての価値が求められます。輪島港のプランにクルーズ船の受け入れ体制強化やマリンタウン広場のリニューアルが含まれているのは、港を漁業と観光の両方で支える発想の表れです。
創造的復興の具体例(石川県資料より)
- 輪島港:浚渫土の埋立地に漁業共同利用施設を集約、第4防波堤に浅場を造成
- 飯田港:公費解体のコンクリート殻や復旧工事の土砂を活用して整備
- 和倉温泉:復旧した護岸を藻場造成の場として活用
- 海の地図:漁場情報を漁業者に提供し、新しい漁場や航路の把握に活用
能登の経験から学ぶこと——沿岸に暮らす私たちへ
能登半島地震の隆起被害は、海に面した日本のどの地域にも起こりうる出来事です。研究チームは、海岸線に極めて近い海底活断層はこれまで調査が難しく十分に注目されてこなかったと指摘し、他の沿岸域でも活断層の調査と地図化を進めて防災計画に活かすべきだとしています。
隆起は「起こりうる災害」として想定する
津波や液状化に比べ、地盤の隆起は防災の想定に組み込まれにくい現象でした。しかし能登のように海底活断層が海岸に沿って走る地域では、地震で港や海岸が持ち上がる可能性があります。漁港の設計や防災計画で「水深が失われる」事態を想定しておくことが、復旧の速さを左右します。
研究チームは、海底活断層の活動周期や変位速度など長期的な活動履歴の解明を進め、他の沿岸域でも活断層の調査と地図化を行って防災計画に応用することを目指しています。日本列島は長い海岸線を持ち、沿岸に人口と社会基盤が集中しています。能登と似た環境の地域は全国に多数あるため、今回の地形学・測地学的な知見は、各地の災害想定や減災政策に直接役立つと期待されています。
海の環境変化を長期で見守る
露出した海底生態系の記録や、地震前後の海底地形データは、これから何年もかけて海が回復していく過程を追うための出発点です。藻場や磯の生き物がどう戻るのか、新しい岩場に海藻が付くのか、土砂の影響はいつまで続くのか。こうした変化を継続的に観察し、記録することが、次の災害への備えにもなります。
こうした長期モニタリングには、研究者だけでなく漁業者や海女、市民の観察も大きな力になります。毎日海に出る人が「今年はサザエが小さい」「あの岩場に海藻が付き始めた」と気づく情報は、数年に一度の学術調査では拾えない変化の兆しです。海の地図PROJECTが漁業者に海底地形図を提供しているように、データを研究者と現場で共有し、互いの観察を持ち寄る仕組みが、能登の海の回復を支えていくでしょう。

消費者としてできること
- 能登・輪島・珠洲の水産物を選ぶ。漁が再開しても売れなければなりわいは続かない
- 海女漁など地域の文化と資源管理の取り組みを知り、無理のない範囲で応援する
- 被災地の海を訪れる機会があれば、復旧中の港や海岸のルールを守り、漁業者の作業を妨げない
- 「元通り」ではなく「次の姿」を目指す復興の議論に関心を持ち続ける
この記事のまとめ
- 2024年元日の能登半島地震で海岸は最大4m超(海岸線510地点の計測で0.1〜5.2m)隆起し、隆起域は約100kmと世界最長級だった
- 石川県69漁港のうち60漁港が被災。水産関係の被害額は1,077億円、うち漁港が1,002億円
- 隆起は水深そのものを奪うため、施設修理では解決せず「掘り込み・沖出し・隣接水域利用」など港の再設計が必要になった
- 輪島港は2024年10月に漁業再開、2026年度末の本復旧を目標。鹿磯漁港は大型土のうの仮設物揚場で2025年4月に定置網再開
- 隆起で露出した海底生態系や干上がった藻場、豪雨の泥が沿岸環境に複合的な影響を与え、回復には数年単位の時間が見込まれる
- 海女漁は2025年7月に再開。海の地図PROJECTなどデータを活かした創造的復興が進んでいる
参考文献・出典
- 水産庁 – 令和6年能登半島地震 漁業地域復旧・復興技術検討資料〈詳細版〉(2024年7月)
- 水産庁 – 令和5年度 水産白書「令和6年能登半島地震からの復旧・復興」
- 水産庁 – 狼煙漁港(狼煙地区)の岸壁の一部が利用可能になりました(2025年3月28日)
- 石川県 – 令和6年能登半島地震からの復旧・復興について(水産課)
- 石川県 – 知事会見資料「港湾・漁港の復旧・復興の状況」(2025年11月7日)
- 国土地理院 – 「だいち2号」観測データの解析による令和6年能登半島地震に伴う地殻変動
- 産業技術総合研究所 地質調査総合センター – 2024年能登半島地震の緊急調査報告(海岸の隆起)第四報
- 金沢大学 – 能登半島地震の発生源となった沿岸海底活断層 世界最長級の地震隆起を引き起こしたことを解明(2026年1月20日)
- 九州大学 – 2024年能登半島地震の海岸隆起によって"露出"した沿岸生態系の調査
- J-STAGE 水産工学 62巻1号 – 石川竜子「能登半島地震の輪島海岸の隆起に伴う藻場資源の変化について」(2025年)
- 笹川平和財団 海洋政策研究所 – 海の地図PROJECT─能登の復興に向けて
- 北國新聞 – サザエ・アワビの素潜り漁開始 舳倉島、海女130人(2026年7月)
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