約12.5万ha
全国の藻場面積の推計値。かつての約20.8万haから大きく縮小したとされる(環境省・自然環境保全基礎調査などによる推移)
329.9km²
衛星画像解析による全国のアマモ場面積(環境省 2018〜2020年度藻場調査)。海藻藻場は1,225.7km²
225g-C/m²/年
造成アマモ場が単位面積あたり1年で固定する炭素量の推算値(伊勢湾の研究)。天然アマモ場では180g-C/m²/年

波の穏やかな浅い海に、緑色の細長い葉が森のように揺れている。そこをのぞき込むと、生まれたばかりの小さな魚や、イカの卵、エビやカニの子どもたちが、身を寄せ合うように暮らしている。この草の森こそ「藻場(もば)」であり、なかでもアマモが茂る「アマモ場」は、古くから漁師たちに『海のゆりかご』と呼ばれてきた。海の生命は、この浅い緑のなかで育まれ、やがて広い海へと巣立っていく。

ところが、その海のゆりかごが日本の沿岸から静かに消えつつある。かつて全国に約20.8万ヘクタール——東京都の面積に匹敵する広さ——あったとされる藻場は、埋め立てや水質汚濁、そして近年は「磯焼け」と呼ばれる現象によって、約12.5万ヘクタールにまで縮んだと推計されている。魚のゆりかごが失われることは、そのまま水産資源の土台が細ることを意味する。

しかし藻場は、ただ守られるだけの弱い存在ではない。近年は、藻場が大気中の二酸化炭素を吸収して海底にため込む『ブルーカーボン』の担い手として、気候変動対策の切り札にもなりうることが分かってきた。そして全国では、漁業者・市民・企業・行政が手を取り合い、アマモの種をまき、磯焼けの海にウニ対策を施し、失われた海の森をよみがえらせる取り組みが広がっている。この記事では、環境省・水産庁・国土交通省・港湾空港技術研究所などの一次情報をもとに、藻場の価値と危機、そして再生の最前線をやさしくたどっていく。

この記事で学べること

  • 藻場とは何か——アマモ場・ガラモ場・カジメ場など「海の森」の種類と、魚のゆりかごとしての役割
  • 日本の藻場がどれだけ、なぜ減っているのか——数値でたどる衰退の実像
  • 磯焼けとは何か——ウニの食害や海水温上昇で「海の森」が消え、元に戻りにくくなる仕組み
  • ブルーカーボンとしての藻場の価値と、それを経済に変えるJブルークレジットの仕組み
  • アマモ場を人の手で「つくる」造成技術——種まき・移植・基盤づくりの実際
  • 磯焼け対策のウニ活用や、全国に広がる市民・企業・漁業者による再生活動と、私たちにできること

海のゆりかご——「藻場」とは何か

藻場とは、沿岸の浅い海に海藻や海草が群がって生え、まるで陸の森のように広がった場所のことをいう。太陽の光が海底まで届くおおよそ水深数メートルから十数メートルの範囲に成立し、そこには驚くほど多様な生き物が集まる。魚たちが卵を産みつけ、生まれた稚魚が身を隠しながら育ち、貝やエビ・カニがすみかにする——藻場は、海の生態系の土台を支える『生命のゆりかご』なのである。

藻場と一口にいっても、そこに生える植物の種類によっていくつかのタイプに分かれる。とりわけ重要なのが、種子で増える『海草(うみくさ)』が作るアマモ場と、胞子で増える『海藻(うみも)』が作る森だ。両者は見た目こそ似ているが、まったく別の植物のグループであり、育つ場所も役割も少しずつ異なる。

アマモ場と海藻藻場——「海の森」の種類

アマモは、陸上の植物と同じように花を咲かせ種子で増える『海草』の代表で、砂や泥の海底に根を張って群落を作る。この群落がアマモ場だ。一方、ワカメやコンブの仲間である『海藻』が作る森には、ホンダワラ類が茂るガラモ場、カジメが林立するカジメ場、アラメのアラメ場などがあり、岩の多い海底に発達する。環境省の2018〜2020年度の全国調査では、衛星画像の解析によって、海藻藻場が1,225.7km²、アマモ場が329.9km²、北方に多いスガモ場が87.8km²と推計されている。

アマモ場は砂泥の穏やかな内湾に、海藻藻場は岩礁のある外海寄りに広がりやすい。生えている植物が違えば、そこに集まる生き物の顔ぶれも変わる。日本の沿岸がこれほど豊かな漁場を持つのは、こうした多様な『海の森』が海岸線に沿ってモザイク状に連なっているからにほかならない。日本近海の生物多様性の豊かさについては日本の海の生物多様性の記事もあわせて読みたい。

アマモ場・ガラモ場・カジメ場など藻場の種類を海底の地形とともに描いた図解
藻場には砂泥に育つアマモ場と、岩礁に育つ海藻藻場(ガラモ場・カジメ場など)がある。生える植物で集まる生き物も変わる

なぜ「ゆりかご」と呼ばれるのか

アマモ場が『海のゆりかご』と呼ばれるのには、はっきりした理由がある。第一に、密生した葉が水の流れをやわらげ、稚魚が疲れずに過ごせる穏やかな空間をつくる。第二に、無数の葉のかげが、大きな魚に食べられそうな小さな生き物の隠れ場になる。第三に、葉の表面には小さな藻や微生物が付着し、それをついばむ稚魚やエビの豊かな餌場になる。産卵・保育・採餌という、命が育つために必要な条件が、藻場には三つそろっているのだ。

実際、アオリイカはアマモの葉に房状の卵を産みつけ、メバルやクロダイ、アイナメといった沿岸の魚たちが、幼い時期をこの草の森で過ごす。アワビやサザエ、ウニといった磯の水産物にとっては、海藻そのものが主食であり、すみかでもある。藻場が失われれば、これらの生き物は生まれ育つ場所と食べ物を同時に失うことになる。藻場の衰退が『漁業資源の減少』へ直結すると言われるゆえんである。

魚を育てるだけではない——藻場の多面的な機能

藻場の働きは、生き物を育てることにとどまらない。植物である以上、光合成によって水中の栄養塩を吸収し、水を浄化する。密生した葉と根が波や流れをやわらげ、海底の砂が巻き上がるのを防いで海岸を守る。さらに、後の節で詳しく見るように、光合成で取り込んだ炭素を海底の泥に長くため込む『ブルーカーボン』としての役割も担う。藻場は、水産・水質・防災・気候という複数の恵みを、私たちに無償で提供してきた。

この節のポイント

  • 藻場は浅い海に海藻・海草が茂る『海の森』で、アマモ場(海草)と海藻藻場(ガラモ場・カジメ場など)に大別される
  • 全国の藻場面積は衛星解析で約1,643km²、うちアマモ場は329.9km²(環境省2018〜2020年度調査)
  • 産卵・保育・採餌の場がそろうため『海のゆりかご』と呼ばれ、水質浄化・海岸保全・炭素吸収など多面的な恵みももたらす

数字で見る藻場の危機——全国で進む衰退

海のゆりかごは、いま日本の沿岸から確実に姿を消しつつある。その衰退は感覚的な印象ではなく、複数の公的調査が示す明確な数字として現れている。

20万ヘクタールから12万ヘクタールへ

環境省の自然環境保全基礎調査などをもとにした推移によれば、日本全国の藻場面積は、かつて約20.8万ヘクタールあったとされるものが、約14.5万ヘクタール、さらに約12.5万ヘクタールへと段階的に縮小してきたと見積もられている。失われた面積は数万ヘクタール規模——単純に比べれば、東京23区がすっぽり入るほどの海の森が消えた計算になる。調査手法や範囲の違いから数値には幅があるが、長期的に大きく減ってきたという傾向は揺るがない。

近年は衛星画像を使った精密な把握も進んでいる。環境省の2018〜2020年度調査では、高解像度衛星画像の解析により、一部の閉鎖性海域を除く全国の藻場面積が1,643.4km²(約16.4万ヘクタール)と算出された。調査の方法が変わると単純比較は難しくなるが、こうした継続的なモニタリングによって、どこで藻場が減り、どこで残っているのかが、少しずつ地図の上に描けるようになってきている。

全国の藻場面積が20.8万haから12.5万haへと段階的に減少していく棒グラフのイメージ
全国の藻場面積は約20.8万haから約12.5万haへと縮小したと推計される。海のゆりかごは長期的に痩せ続けてきた

瀬戸内海——回復の兆しと、続く偏り

地域によっては、明るい兆しも見え始めている。環境省が瀬戸内海で行った藻場・干潟の分布調査(2022〜2023年度)では、藻場面積が約16,963ヘクタールとなり、前回調査(2015〜2017年度)に比べて約9%増加した。長年の里海づくりの努力が実り始めた結果とみられる。ただし内訳を見ると、東部の湾では増えた一方、西部の湾では減少が続くなど、回復には地域的な偏りがある。『日本全体で一律に減っている/増えている』とは言えず、場所ごとにきめ細かく見る必要があるのだ。

衛星から見た瀬戸内海の沿岸に、点在する藻場が緑色に描かれた分布マップのイメージ
衛星解析で藻場の分布を把握する取り組みが進む。瀬戸内海では里海づくりで藻場が約9%増と回復の兆しも見える

衰退の原因は一つではない

藻場が減る原因は、時代や場所によって移り変わってきた。高度経済成長期には、沿岸の埋め立てや護岸工事によって、藻場そのものが物理的に消された。工場排水や生活排水による水質汚濁、赤潮の多発、海の透明度の低下も、光合成に必要な光を奪って藻場を弱らせた。赤潮と富栄養化の関係は赤潮と富栄養化の記事で詳しく解説している。

そして近年、最も深刻な原因として立ちはだかっているのが、次の節で詳しく見る『磯焼け』だ。海水温の上昇や、海藻を食べる生き物の増加によって、いったん芽生えた海藻が育つ前に消えてしまう。埋め立てのように目に見える破壊ではなく、海のなかで静かに進行するため気づかれにくいが、その被害は全国の沿岸に広がっている。

時期・要因藻場が減る仕組み特徴
埋め立て・護岸工事藻場が育つ浅い海そのものを消失させる高度経済成長期に集中・不可逆的
水質汚濁・赤潮透明度低下で光合成に必要な光が届かない内湾で顕著・富栄養化と連動
磯焼け(海水温上昇・食害)芽生えた海藻が食べられ・高温で育たない近年拡大中・気候変動と連動
埋没・砂の移動アマモの根や種子が砂に埋まる/流される台風・出水など自然要因も絡む
藻場の衰退をもたらす主な要因。近年は磯焼けなど気候変動と結びついた原因が拡大している

覚えておきたい数字

  • 全国の藻場面積:約20.8万ha → 約12.5万haへ縮小したと推計(自然環境保全基礎調査の推移)
  • 衛星解析による全国藻場面積:1,643.4km²(環境省2018〜2020年度/閉鎖性海域の一部を除く)
  • 瀬戸内海の藻場:約16,963ha・前回比約9%増(2022〜2023年度調査/前回は2015〜2017年度)だが地域差が大きい

磯焼け——海の森が消える現象

かつて海藻が生い茂っていた岩場から、緑がすっかり消え、岩肌がむき出しになる——この現象を『磯焼け(いそやけ)』という。水産庁は磯焼けを、沿岸の藻場において海藻がさまざまな要因で衰退・消失し、容易には回復しない状態と定義している。海の森が枯れ、まるで焼けた野原のように不毛な岩場だけが残ることから、この名がついた。磯焼けはいま、日本全国の沿岸で深刻化している。

主犯はウニ——増えすぎた「食べる力」

磯焼けの大きな原因のひとつが、海藻を食べる生き物、とりわけウニの食害だ。ウニやアイゴなどの植食性動物がある程度いること自体は自然なことだが、その数が増えすぎたり、活動が活発になりすぎたりすると、芽生えたばかりの海藻を食べ尽くしてしまう。海藻が育つより速く食べられてしまえば、森は再生できない。水産庁も、ウニの大量発生とその過剰な『植食圧』を、藻場減少の重大な要因として挙げている。

厄介なのは、磯焼けの海に残るウニは、餌である海藻が乏しいために身がやせ細り、中身がほとんど入っていないことだ。商品価値がないため漁獲されず、放置されたまま生き延びて海藻の芽を食べ続ける——という悪循環が生まれる。『やせたウニが海の森を食い尽くし、森がないからウニもやせる』という、出口の見えないループに陥ってしまうのである。この負の循環をどう断ち切るかが、後の節で見る磯焼け対策の核心になる。

海藻が茂る豊かな岩場と、ウニだけが残り岩肌がむき出しになった磯焼けの海底を左右で対比した図
海藻が茂る豊かな岩場(左)が、ウニの食害などで岩肌だけの『磯焼け』(右)へと変わる。いちど変わると戻りにくい

海水温の上昇が拍車をかける

ウニの増加や食害の活発化の背景には、海水温の上昇がある。水温が上がると、冬でもウニの活動が鈍らず、海藻を食べ続けるようになる。同時に、コンブやワカメといった冷たい海を好む海藻自体が、高水温に耐えられず育ちにくくなる。さらに、アイゴなど南方系の植食魚が水温上昇とともに分布を北へ広げ、新たな『食べ手』として加わる。海水温上昇は、海藻の生育をじかに妨げるだけでなく、それを食べる生き物を増やすことでも、二重に磯焼けを後押ししているのだ。海水温上昇が漁業や生態系に与える影響全般は海水温上昇と漁業の記事で総合的に扱っている。

日本近海の海面水温は、100年あたり世界平均を大きく上回る速さで上昇しており、極端な高水温『海洋熱波』も頻発している。海洋熱波が海藻の森を一気に消し去り、元に戻らない『レジームシフト』を引き起こす仕組みは海洋熱波の生態系影響の記事で詳しく解説している。磯焼けは、こうした気候変動の影響が沿岸の身近な海で目に見える形になった現象でもある。

栄養の不足という、もう一つの顔

磯焼けの原因は食害と高温だけではない。皮肉なことに、海がきれいになりすぎたことが一因になる場合もある。かつて栄養過多だった内湾では、排水規制が進んで水がきれいになった結果、今度は海藻が育つのに必要な栄養塩(窒素やリン)まで不足し、生育が細るという事態が起きている。汚れすぎても、きれいすぎても藻場は育たない——藻場の再生には、ちょうどよい栄養バランスを保つ『里海』の発想が欠かせないことを、この事実は教えてくれる。

磯焼けは、我が国沿岸の藻場において様々な要因によって海藻が衰退し、消失する現象である。

― 水産庁「藻場の保全・創造、磯焼け対策」

磯焼けが厄介な理由

磯焼けは『いちど起きると元に戻りにくい』のが最大の問題だ。ウニが海藻の芽を食べ尽くす状態になると、水温が下がっても森は自然には再生しない。ウニを取り除くなど人の手を加えなければ回復しないことも多く、これはサンゴ礁や海藻の森で起こる『レジームシフト(不可逆的な生態系の切り替わり)』と同じ構図である。

ブルーカーボン——藻場が持つもう一つの価値

藻場が『海のゆりかご』であることは古くから知られてきたが、近年になって、まったく別の角度からその価値が注目されている。それがブルーカーボン——藻場が大気中の二酸化炭素(CO2)を吸収し、海底にため込む働きだ。気候変動対策の文脈で、藻場は『守るべき自然』から『増やすべき炭素の吸収源』へと、位置づけが大きく変わりつつある。

ブルーカーボンとは何か

陸上の森林が光合成でCO2を吸収し、木や土に炭素をため込むことを『グリーンカーボン』と呼ぶ。これに対し、アマモ場や海藻の森、干潟、マングローブといった沿岸の生態系が吸収・貯留する炭素を『ブルーカーボン』という。2009年に国連環境計画(UNEP)の報告書で提唱された比較的新しい概念で、いまや世界の気候変動対策で重要な位置を占めるようになった。ブルーカーボンの全体像はブルーカーボン生態系の記事で詳しく解説している。

藻場のすごさは、吸収した炭素を『長く』ため込める点にある。陸の森林がため込む炭素は、木が枯れたり火災で燃えたりすれば比較的早く大気へ戻ってしまう。ところが海草場では、葉や根が取り込んだ炭素の一部が海底の泥に埋もれ、酸素の乏しい環境で分解されずに、数百年から数千年という長い時間スケールで隔離される。海の底は、炭素を封じ込める巨大な金庫のような役割を果たしているのだ。

アマモが光合成でCO2を吸収し、葉や根の炭素が海底の泥に埋没して長期間貯留される流れを示した図解
アマモ場は光合成でCO2を吸収し、その炭素の一部を海底の泥に長期間ため込む。これがブルーカーボンの仕組み

どれくらいのCO2を吸収するのか

藻場の炭素吸収力は、実際の観測によって少しずつ明らかになってきた。伊勢湾で行われた研究では、アマモ場が固定する炭素量が、人の手で造成したアマモ場で年間225g-C/m²、天然のアマモ場で180g-C/m²と推算されている。港湾空港技術研究所の観測でも、アマモ場が年間を通じて『正味でCO2の吸収源』として機能していることが確認された。小さな面積の積み重ねに見えても、沿岸全体では相当量の炭素を吸収・貯留していることになる。

重要なのは、藻場を『守る』だけでなく『再生し、増やす』ことが、そのまま気候変動対策になるという点だ。減った藻場を取り戻せば、海のゆりかごがよみがえると同時に、CO2の吸収源も増える。生き物のためにも、気候のためにもなる——藻場の再生は、一石二鳥どころか、いくつもの恵みを同時に生む取り組みなのである。同じ沿岸の炭素吸収源である干潟の保全については干潟保全の記事もあわせて読みたい。

炭素を『お金』に変える——Jブルークレジット

藻場の炭素吸収を、再生活動の資金に変える仕組みも動き出している。国土交通大臣の認可を受けて2020年7月に設立された『ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)』は、同年度から『Jブルークレジット』制度を始めた。藻場の保全・再生活動によって生み出されたCO2吸収量を第三者が認証し、それを『クレジット』として、脱炭素を目指す企業などに販売できる仕組みだ。

たとえば2022年度には21件のプロジェクトで合計3,733.1トン(CO2換算)の吸収量が認証され、その一部が実際に取引された。北海道えりも町のコンブ漁場や、各地の人工干潟・アマモ場再生など、認証事例は年々増えている。クレジットの売却益は、次の再生活動や漁業者の手当てに充てられる。『海を再生すると、その働きが正当に評価され、お金になって戻ってくる』——この循環をつくることが、活動を長続きさせる鍵になる。脱炭素社会に向けた各分野の取り組みは海運の脱炭素の記事もあわせて読むと、海の側からの気候対策の広がりが見えてくる。

藻場の再生でCO2が吸収され、それがクレジットとして企業に販売され、収益が次の再生活動に回る循環を描いた図解
Jブルークレジットの循環イメージ。藻場のCO2吸収を認証・販売し、その収益を次の再生活動へ回して活動を持続させる
項目内容
制度名Jブルークレジット(運営:ジャパンブルーエコノミー技術研究組合=JBE)
開始2020年度(JBEは2020年7月に国土交通大臣認可で設立)
対象藻場・干潟などブルーカーボン生態系の保全・再生プロジェクト
仕組み創出されたCO2吸収量を認証し、クレジットとして企業等へ販売できる
2022年度実績21件・約3,733t-CO2を認証(うち一部を取引)
Jブルークレジット制度の概要。藻場の再生をCO2吸収源として経済的に評価する仕組み

この節のポイント

  • ブルーカーボンとは、藻場・干潟など沿岸生態系が吸収・貯留する炭素。海底に数百〜数千年ため込める
  • 造成アマモ場は年225g-C/m²、天然アマモ場は年180g-C/m²の炭素を固定すると推算される(伊勢湾の研究)
  • Jブルークレジット(2020年度〜)は藻場再生のCO2吸収量を認証・取引でき、活動資金の循環を生む

アマモ場を「つくる」——造成の技術

失われた藻場は、ただ待っていても戻ってこないことが多い。そこで各地で行われているのが、人の手で藻場をよみがえらせる『造成(ぞうせい)』だ。とりわけアマモ場は、種子や苗を使って再生する技術が確立されつつあり、全国のハンドブックやガイドラインにその方法がまとめられている。ここでは、アマモ場をつくる代表的な方法を見ていこう。

種をまく——播種という方法

アマモは花を咲かせ種子で増える海草だ。この性質を生かした再生法が『播種(はしゅ)』——つまり種まきである。初夏に、種をつけたアマモ(花枝)を採集し、しばらく水槽などで熟成させて種子を取り出す。そして秋から冬にかけて、種子を海底にまく。もっとも素朴なのは種子を直接海底にばらまく『直播き』だが、潮に流されたり、砂に深く埋もれすぎたりして、うまく芽が出ないことも多い。

そこで工夫されたのが、種子を布や麻袋、粘土の団子などに閉じ込めてから沈める方法だ。三河湾では、種子を挟み込んだマット(ゾステラマットなどと呼ばれる)を海底に敷く手法が使われ、成果を上げている。種子を守りながら適切な深さに定着させることで、芽生えの成功率を高める——長年の試行錯誤のなかで、こうした地域ごとの工夫が積み重ねられてきた。

アマモの花枝から種子を採り、袋やマットに入れて海底にまく播種作業の流れを描いた図解
アマモ再生の基本は種まき。花枝から採った種子を袋やマットに入れて沈め、芽生えを助ける工夫が各地で重ねられてきた

苗を植える——移植という方法

もう一つの方法が、育ったアマモの株を別の場所へ植え替える『移植』だ。健全なアマモ場から株を掘り取り、根を傷めないよう慎重に、再生したい海域の海底へ植え込む。種まきに比べて手間はかかるが、すでに育った株を使うため定着が早く、確実性が高い。ダイバーが一株ずつ手で植える地道な作業になることも多く、市民が参加しやすい再生活動の柱にもなっている。

種まきと移植には一長一短がある。種まきは一度に広い範囲へまけて低コストだが、成功率が不安定。移植は確実だが手間がかかり、株を採る元の藻場を傷めないよう配慮が要る。実際の現場では、両者を組み合わせたり、その海域の底質や波の強さに合わせて使い分けたりしながら、少しずつ緑を広げていく。アマモ場の造成は、一年で完成するものではなく、数年がかりで海の様子を見ながら育てていく息の長い営みなのだ。

海底そのものを整える——基盤の造成

そもそもアマモが根を張れる砂地がなければ、種をまいても苗を植えても定着しない。そこで、藻場を再生する土台づくりから始める場合もある。航路をさらった時に出る浚渫砂(しゅんせつさ)を使って浅い砂地を造ったり、海藻藻場の再生では、海藻が根を張れるコンクリートブロックや石を沈めて『藻礁(もしょう)』を設けたりする。水産庁の水産基盤整備事業も、こうした藻場造成を支援している。生き物がすめる海の土台そのものを、人の手で用意するのである。

ただし、造成した藻場を長続きさせるのは簡単ではない。せっかく芽生えても、波にさらわれたり、ウニに食べられたり、水が濁って光が届かなくなったりすれば、あっけなく消えてしまう。だからこそ、造成後も継続して見守り、手入れを続ける『順応的な管理』が欠かせない。海の森づくりは、植えて終わりではなく、育て続けてこそ実を結ぶ。

アマモ場を再生する主な方法

  • 播種(種まき):花枝から採った種子を直播き、または袋・マットに入れて海底にまく。広範囲・低コスト
  • 移植:育ったアマモの株を掘り取り、再生海域へ植え替える。確実だが手間がかかり市民参加に向く
  • 基盤造成:浚渫砂で砂地を造る、藻礁ブロックを沈めるなど、海藻が根を張れる土台を用意する
  • 順応的管理:造成後も継続してモニタリングし、状況に応じて手入れを続ける

磯焼けに立ち向かう——ウニ対策と再生の工夫

アマモ場を種や苗でつくる技術がある一方、岩礁の海藻藻場を襲う『磯焼け』には、また別のアプローチが必要になる。ここでの敵は、増えすぎて海藻を食べ尽くすウニだ。だが近年、その厄介者を『資源』に変えることで、磯焼けと漁業の衰退を同時に解決しようという、発想の転換が生まれている。

まずはウニを減らす——除去という基本

磯焼け対策の基本は、海藻を食べ尽くすウニの密度を下げることだ。漁業者や活動組織が潜って、増えすぎたウニを手作業で取り除いたり、割ったりする。水産庁も『水産多面的機能発揮対策』などを通じて、こうしたウニの除去や食害生物の駆除といった藻場保全活動を支援している。ウニの食圧が下がれば、芽生えた海藻が食べられずに育つ余地が生まれ、海の森が自然に回復し始めることがある。

ただ、やせたウニをただ割って捨てるだけでは、労力がかかるわりに漁業者の収入にはならず、活動が長続きしにくい。捨てられるだけのウニに、どうやって価値を持たせるか——ここに、次の工夫のヒントがあった。

厄介者を特産品に——ウニの蓄養

磯焼けの海のウニは身がやせて売り物にならない。ならば、そのウニを陸上の水槽などに移し、餌を与えて短期間育て直せば、身の詰まったおいしいウニになるのではないか——この発想から生まれたのが『ウニの蓄養(ちくよう)』だ。海から取り除くことで磯焼けを抑え、育て直して売ることで漁業者に収入をもたらす。厄介者を特産品に変える、一石二鳥の仕組みである。

ユニークなのが、神奈川県水産技術センターが開発した『キャベツウニ』だ。出荷しきれずに廃棄される三浦地区のキャベツを餌に、やせたウニを短期間育てると、ウニは一個あたりキャベツ一玉ほどを食べ、身入り(可食部の割合)が約10%まで回復して、甘みのあるウニに育つ。捨てられる野菜で、海を荒らすウニを育て、地域の名物にする——食品ロスと磯焼けという二つの問題を同時に解く、鮮やかなアイデアだ。食品ロスの問題は水産物の食品ロスの記事もあわせて読みたい。

磯焼けの海で採ったやせたウニを陸上の水槽でキャベツなどの餌で育て直し、身入りの良いウニにする蓄養の流れの図解
磯焼けの海のやせたウニを陸上で育て直す『蓄養』。キャベツなどを餌に短期間で身入りを回復させ、特産品に変える

ビジネスとして磯焼けに挑む

この『ウニ活用型』の磯焼け対策を、事業として広げているのがウニノミクスという企業だ。同社は、磯焼けの海で藻場を食い荒らすやせたウニを、素早くおいしく育てる技術を開発し、山口県や大分県に蓄養施設を構えている。磯焼けに悩む地域に新たな産業と特産品をもたらしながら、海の環境保全と漁業の活性化を同時に実現するビジネスモデルとして注目され、2022年には国連(「国連海洋科学の10年」)からも公式に評価された。

こうした取り組みが示すのは、環境保全を『コスト』や『我慢』だけで考える時代は終わりつつある、ということだ。海を守る行為が、そのまま雇用や収入、地域の名物を生む——磯焼け対策のウニ活用は、環境と経済が対立せず、手を取り合える可能性を、具体的な形で見せてくれている。前節で見たJブルークレジットも含め、『海を再生することが得になる』仕組みづくりこそが、再生を全国に広げる原動力になる。

母藻を投入し、天敵を活かす

ウニ対策以外にも、海藻の森を取り戻す工夫は多彩だ。健全な海藻から胞子を供給する『母藻(ぼそう)』を磯焼けの海に投入して芽生えを促したり、水産庁のガイドラインが示すように、ウニを食べる魚など天敵の力を利用して食圧を抑えたりする方法も研究されている。栄養が不足した海では、施肥によって海藻の生育を助ける試みもある。決め手は一つではなく、その海の原因を見極め、いくつもの手を組み合わせることが、磯焼け克服への現実的な道筋になる。

こうした対策には、粘り強い継続が欠かせない。一度ウニを除去しても、周囲から新たなウニが移り込めば、藻場はまた食べ尽くされてしまう。だからこそ、地域の漁業者が主体となり、毎年の除去と蓄養、母藻の投入、そしてモニタリングを組み合わせて回し続けることが重要になる。磯焼け対策は『一度きりの工事』ではなく、海と付き合い続ける『営み』として設計されて初めて、失われた海の森を取り戻すことができるのだ。

ウニ対策と母藻の投入によって、岩肌だけだった磯焼けの海に若い海藻が芽生え、少しずつ森が戻り始めた海底のイメージ
ウニの除去や母藻の投入を粘り強く続けると、岩肌だけの磯焼けの海にも若い海藻が芽生え、森が戻り始める

磯焼け対策のいろいろ

  • ウニの除去:増えすぎたウニを潜って取り除き、食圧を下げて海藻の芽生えを助ける
  • ウニの蓄養:やせたウニを陸上でキャベツなどの餌で育て直し、特産品として販売(例:キャベツウニ、ウニノミクス)
  • 母藻の投入・施肥:健全な海藻から胞子を供給し、栄養を補って海藻の生育を促す
  • 天敵の活用:ウニを食べる生物の力を借りて食圧を抑える(水産庁ガイドライン)

市民が海を取り戻す——参加型の再生活動

藻場の再生は、専門家や行政だけの仕事ではない。むしろ日本の藻場再生を支えてきたのは、地域の漁業者と、海を愛する市民たちの手だった。1990年代後半から2000年代にかけて、全国各地で市民団体によるアマモ場再生の取り組みが芽生え、いまでは法人格を持つ団体も各地で活発に活動している。海のゆりかごを取り戻す動きは、いま『みんなの活動』へと広がっている。

東京湾によみがえる緑——金沢八景の挑戦

その象徴のひとつが、横浜市の金沢湾で2000年ごろから始まった市民主体のアマモ場再生だ。『金沢八景―東京湾アマモ場再生会議』などの取り組みでは、市民や子どもたちがアマモの種を採り、苗を育て、海に植える活動を続けてきた。かつて埋め立てと汚染で失われた東京湾の一角に、再び緑のゆりかごが戻りつつある。近年は東京ガスや栗田工業といった企業も加わり、社員や家族がアマモの観察・再生に参加するなど、活動の輪は企業や地域全体へと広がっている。

こうした活動の価値は、藻場が増えることだけにあるのではない。子どもたちが自分の手でまいた種から海の森が育ち、そこに魚が戻ってくるのを目の当たりにする——その体験そのものが、次の世代に海を大切に思う心を育てる。藻場の再生活動は、海の環境教育の最良の教室でもあるのだ。

浅瀬で市民や子どもたちがアマモの苗を手に持ち、協力して海底に植えている参加型再生活動のイメージ
市民や子どもたちが手でアマモを植える参加型の再生活動。海の森づくりは、次世代への環境教育の場にもなる

各地に広がる『里海づくり』

愛知県の三河湾では、蒲郡市漁協青年部を中心に、漁業者みずからがアマモの種子を採集し、直播きやマットによる播種を続けてきた。航路をさらった砂で造った干潟に、安定したアマモ場が育ちつつある。兵庫県の赤穂海岸や相生湾では、地元の活動団体が塩生植物の保護とあわせてアマモの増殖に取り組み、人と自然が共に育つ『里海(さとうみ)』づくりを進めている。三重県では県の水産研究所が再生ハンドブックを整え、地域の活動を後押ししている。

『里海』とは、人が適切に手を入れることで、生き物の豊かさと生産性が保たれる沿岸の海のことだ。汚れすぎず、きれいになりすぎず、栄養と生き物のバランスがとれた海——それは、放っておいてできるものではなく、人が関わり続けることで初めて保たれる。藻場の再生は、この里海づくりの中心にある取り組みであり、海と人との新しい関係の形を示している。海を守る仕組みという点では海洋保護区の記事もあわせて読みたい。

私たちにできること

「海の近くに住んでいないと関われない」と思うかもしれない。だが、藻場の再生に貢献する方法は、海辺の作業だけではない。各地のアマモ場再生イベントに家族で参加する、活動団体を寄付で支える、Jブルークレジットを購入する企業の製品を選ぶ——どれも立派な参加だ。そして日々の暮らしのなかで、海を汚さない選択(洗剤や油を流しすぎない、ごみを海へ出さない)を心がけることも、めぐりめぐって藻場を守ることにつながる。

海に流れ込むプラスチックごみや、放置された漁網(ゴーストギア)も、藻場や海の生き物を傷つける。海洋ごみを減らす日々の選択についてはゴーストギア(漁具ごみ)の記事もあわせて読みたい。海のゆりかごを守る行動は、私たちの食卓や生活のすぐそばに、いくつも転がっているのだ。

藻場の再生に参加する方法

  • 地域のアマモ場再生イベント・観察会に家族で参加する(種まき・苗植え・生き物観察)
  • 再生活動を行うNPOや団体を寄付・会員として支える
  • Jブルークレジットを購入・活用する企業や、その製品を応援する
  • 海を汚さない暮らし(洗剤・油を流しすぎない、ごみを海へ出さない)を心がける

まとめ:海のゆりかごを、未来へつなぐ

浅い海に広がる藻場は、魚の赤ちゃんを育てる『海のゆりかご』であり、水を浄化し、海岸を守り、そしてCO2を海底にため込むブルーカーボンの担い手でもある。いくつもの恵みを無償で与えてくれるこの海の森が、日本の沿岸から約20.8万haから12.5万haへと大きく縮み、いまも磯焼けによって失われ続けている。海のゆりかごの衰退は、水産資源の細りと、気候変動の加速に、静かに直結している。

だが、この物語は絶望では終わらない。アマモの種をまき、苗を植える造成技術が磨かれ、磯焼けの海ではウニを特産品に変える発想が生まれ、藻場のCO2吸収はJブルークレジットとして経済的な価値を持ち始めた。そして何より、漁業者・市民・企業・行政が手を取り合い、失われた緑を一株ずつ取り戻す活動が、全国に広がっている。海の再生は、もはや夢物語ではなく、各地で実際に進行している現実なのだ。

藻場の再生が教えてくれるのは、環境を守ることと、暮らしや経済を豊かにすることは、対立しないという希望である。海の森を取り戻せば、魚が戻り、漁業がうるおい、CO2が吸収され、子どもたちが海を学ぶ場が生まれる。私たち一人ひとりにできることは小さく見えるかもしれない。しかし、再生イベントへの参加、活動への寄付、海を汚さない日々の選択——その積み重ねが、海のゆりかごを次の世代へとつなぐ確かな力になる。ブルーカーボンの全体像はブルーカーボンの記事へ、沿岸生態系の保全は干潟保全の記事へ、海水温上昇の影響は海水温上昇と漁業の記事へ進んで、海と私たちのつながりをさらに深めてほしい。

この記事のまとめ

  • 藻場(アマモ場・海藻藻場)は魚の産卵・保育・採餌の場がそろう『海のゆりかご』であり、水質浄化・海岸保全・炭素吸収も担う
  • 全国の藻場面積は約20.8万haから約12.5万haへ縮小したと推計され、近年は磯焼けが最大の脅威になっている
  • 磯焼けはウニの食害や海水温上昇で海藻が消える現象で、いちど起きると元に戻りにくい(レジームシフト)
  • 藻場はブルーカーボンの担い手で、造成アマモ場は年225g-C/m²の炭素を固定。Jブルークレジットで再生活動を経済化できる
  • 再生の技術は多彩——アマモの播種・移植・基盤造成、磯焼け対策のウニ除去・蓄養(キャベツウニ等)、母藻投入など
  • 全国で漁業者・市民・企業が協力する参加型の再生活動が広がり、私たちも参加・寄付・海を汚さない選択で貢献できる

参考文献・出典

  1. 水産庁 – 藻場の保全・創造、磯焼け対策(藻場の現状・支援制度・ガイドライン)
  2. 環境省 – 藻場調査(2018〜2020年度)結果について(全国藻場面積1,643.4km²・衛星解析)
  3. 環境省 – 瀬戸内海における藻場・干潟分布状況調査の結果について(約16,963ha・前回比約9%増)
  4. 国土交通省 港湾局 – ブルーカーボン/Jブルークレジット制度の状況(JBEによるCO2吸収源対策)
  5. ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE) – Jブルークレジット®認証・発行(制度概要・認証実績)
  6. 環境省 ほか – 我が国におけるブルーカーボン取組事例集 〜藻場干潟の保全・創出によるCO2吸収源対策〜(2023年12月)
  7. 港湾空港技術研究所 – ブルーカーボン:海草場は大気中CO2を正味で吸収している(観測研究)
  8. 気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT/国立環境研究所) – 磯焼けの原因であるウニを育て直し、藻場の回復を目指す(適応策インタビュー)
  9. 三重県水産研究所 – アマモ場再生ハンドブック(播種・移植・造成の実際)
  10. 神奈川県 – キャベツウニについて(廃棄キャベツによるウニ蓄養・身入り約10%)

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