森が二酸化炭素を吸うことはよく知られていますが、実は「海」もまた、地球規模で大気中のCO2を吸収し、長い時間をかけて貯めこむ巨大な装置です。その主役が、マングローブ林・海草藻場(アマモ場)・塩性湿地といった沿岸の生態系。これらが取り込み、海底の泥に閉じ込める炭素を、私たちはブルーカーボンと呼びます。
ブルーカーボン生態系が占めるのは海洋全体のわずか約0.2%。それでも、世界全体で年におよそ0.84ギガトン(=8億4千万トン)ものCO2を吸収していると見積もられています。面積あたりの炭素貯留能力では、陸上の熱帯林をしのぐケースもあり、いま「気候変動対策の切り札の一つ」として世界的に注目が高まっています。
この記事では、ブルーカーボンとは何かという基本から、海の植物がなぜ大量の炭素を長期間貯めこめるのかという仕組み、世界と日本の最新の数字、そして日本が世界に先駆けて実現した国連報告やJブルークレジット制度、さらに藻場の減少という深刻な課題まで、信頼できる一次情報にもとづいて丁寧に整理します。専門用語もかみ砕いて説明していくので、はじめてこの言葉を耳にした方も、順番に読み進めれば全体像がつかめるはずです。
この記事で学べること
- ブルーカーボンとグリーンカーボンの違いと、それぞれの気候変動対策上の役割
- マングローブ・海草藻場・塩性湿地が炭素を「長期間」貯めこめる科学的な仕組み
- 世界と日本のブルーカーボンの規模を、吸収量・貯留量・面積の数字で把握する
- 日本が世界に先駆けて実現した国連報告と、Jブルークレジット制度の全体像
- 藻場の減少・磯焼け・計測精度など、実装をはばむ現実的な課題とその背景
- 企業・自治体・市民として、私たちがブルーカーボンにどう関われるか
ブルーカーボンとは何か?グリーンカーボンとの違い
ブルーカーボンとは、マングローブ林や海草藻場、塩性湿地・干潟といった沿岸・海洋の生態系が光合成によって大気中のCO2を取り込み、その炭素を植物体や海底の泥(堆積物)に貯めこんだものを指します。2009年に国連環境計画(UNEP)などの報告書で提唱された比較的新しい概念で、日本語では「青い炭素」と訳されます。
この言葉は、陸上の森林や草原が吸収・貯留する炭素=グリーンカーボンとの対比で生まれました。どちらも植物の光合成が起点である点は同じですが、貯めこまれる「場所」と「持続時間」が大きく異なります。ここを理解することが、ブルーカーボンの価値を正しくつかむ第一歩です。
ブルーカーボンとグリーンカーボンの決定的な違い
陸の森林では、落ち葉や枯れ枝は土の上で微生物によって比較的速く分解され、貯めこんだ炭素の一部はふたたびCO2として大気に戻っていきます。一方、海の沿岸生態系では、枯れた植物や泥が海水に浸かった酸素の乏しい環境(嫌気状態)に堆積するため、分解が非常にゆっくりとしか進みません。その結果、炭素は数百年から数千年という長い時間、海底に閉じ込められ続けます。

| 観点 | グリーンカーボン(陸) | ブルーカーボン(海) |
|---|---|---|
| 主な担い手 | 森林・草原・土壌 | マングローブ・海草藻場・塩性湿地 |
| 貯留場所 | 植物体・地上の土壌 | 植物体・海底の堆積物(泥) |
| 分解の速さ | 比較的速い(好気的) | 非常に遅い(嫌気的) |
| 炭素が留まる期間 | 数十年規模が中心 | 数百〜数千年規模も |
| 占める面積 | 陸地の広い範囲 | 海洋の約0.2%と限定的 |
つまりブルーカーボンは、「狭い面積で」「長期間」「効率よく」炭素を隔離できるという特徴を持ちます。地球規模で見ると、生物が光合成で固定する炭素のうち、その半分以上を海の生物が担っているとの試算もあり(2009年のUNEPなどの報告「Blue Carbon」)、面積の小ささからすると驚くほど大きな貢献です。陸の森林が地上のバイオマス(幹や枝)に多くの炭素をため込むのに対し、海の生態系は炭素の大半を目に見えない海底の土壌にため込みます。地上の森は火災や伐採で一気に炭素を失うリスクがありますが、泥に埋もれた海の炭素はそうした撹乱を受けにくいという安定性も見逃せません。
「ブルーカーボン」という言葉が生まれた背景
ブルーカーボンという概念が国際社会に広まったのは、2009年に国連環境計画(UNEP)などが公表した報告書「Blue Carbon」がきっかけでした。それまで気候変動対策といえば「森を守る・植える(グリーンカーボン)」が中心でしたが、この報告書は、沿岸の海の生態系が持つ隠れた炭素吸収・貯留能力に光を当て、同時にそれらが急速に失われている危機を警告しました。以降、海洋を気候政策に組み込む動きが世界各地で加速し、日本のJブルークレジットのような制度づくりにもつながっていきます。
ここがポイント
- ブルーカーボン=沿岸・海洋生態系が吸収・貯留する炭素(青い炭素)
- 対になる概念がグリーンカーボン(陸の森林など)
- 海は分解が遅いため、炭素をより長期間・安定的に貯めこめる
- 海洋面積の約0.2%という狭い範囲で効率よくCO2を吸収している
気候変動は、海水温の上昇や海流の変化、海洋酸性化など、海のあらゆる場所に影響を及ぼしています。関連する仕組みは海水温上昇と海流変化の記事でも詳しく解説していますが、ブルーカーボンはその原因であるCO2そのものを海の力で減らそうという、いわば「守り」と「攻め」の両面を持つアプローチなのです。
ブルーカーボンを支える3つの生態系
ブルーカーボンの担い手として国際的に認められているのは、主にマングローブ林・海草藻場・塩性湿地(干潟)の3つです。世界全体でこれらの生態系は約5,000万ヘクタール(およそ日本の国土の1.3倍以上)に広がり、内訳は海草藻場が約63%、マングローブが約27%、塩性湿地が約10%と見積もられています。それぞれの特徴を見ていきましょう。
マングローブ林 ― 泥に炭素をため込む熱帯の森
マングローブは、熱帯・亜熱帯の河口や海岸の、海水と淡水が混じり合う場所に育つ樹木の総称です。複雑に絡み合った根が波をやわらげ、多くの生き物のゆりかごになると同時に、根元の泥に大量の有機物を堆積させます。この泥は水につかって酸素が乏しいため分解が進みにくく、世界のブルーカーボン生態系の中でもマングローブは最大級の炭素貯蔵庫となっています。ある推計では、世界のブルーカーボン生態系が貯める約115億トンの炭素のうち、マングローブだけで約65億トンを占めるとされます。
日本では沖縄県や鹿児島県など南西諸島がマングローブの北限にあたり、メヒルギ・オヒルギ・ヤエヤマヒルギなどが自生しています。世界に目を向けると、マングローブ林は東南アジアやアフリカ、中南米の沿岸に広く分布していますが、エビの養殖池の造成や沿岸開発、都市化によって過去数十年で大きく面積を減らしてきました。マングローブが伐採され泥がかき乱されると、それまで蓄えていた膨大な炭素が一気にCO2として放出されるため、その保全は気候対策上きわめて重要です。

海草藻場(アマモ場)― 海の中の草原
海草藻場は、アマモに代表される「海草(うみくさ)」が海底に根を張って広がる、いわば海の中の草原です。ワカメやコンブのような「海藻」が岩などに付着する藻類であるのに対し、海草は花を咲かせ種子で増える種子植物で、砂泥の海底に根を下ろします。浅い沿岸に広がる藻場は、光合成でCO2を吸収しながら、枯れた葉や根を海底に堆積させて炭素を貯留します。稚魚や小さな生き物の隠れ家・産卵場としても機能し、豊かな漁場を支える存在でもあります。
日本の沿岸には、アマモ場のほかに、ワカメ・コンブ・ホンダワラなどがつくる海藻藻場も広く分布しています。海藻は岩に付着するため炭素を海底に直接ため込みにくいと考えられてきましたが、ちぎれて沖へ流れ出た海藻が深海に沈んで隔離される経路も無視できないことがわかってきました。こうした知見の積み重ねが、後述する「海藻の吸収量まで国の報告に含める」という日本の判断を後押ししています。海草藻場は世界のブルーカーボン生態系のうち面積で約63%を占め、もっとも広く分布するタイプでもあります。

塩性湿地・干潟 ― 陸と海のあいだの緩衝地帯
塩性湿地は、河口や内湾の潮の満ち引きの影響を受ける場所に、塩分に強い植物(塩生植物)が茂る湿地です。日本ではヨシ原などがこれにあたります。干潟とあわせて、陸から流れ込む有機物を受け止め、泥の中に炭素をため込みます。世界的には面積こそ小さいものの、単位面積あたりの炭素貯留速度は高く、水質浄化や高潮・津波の緩衝、渡り鳥の飛来地としての価値もあわせ持ちます。
日本ではかつて全国の河口や内湾に広大な干潟や湿地が広がっていましたが、戦後の埋め立てや護岸整備によって多くが失われました。残された干潟や湿地は、炭素貯留だけでなく、多様な生き物を育み、水をきれいにする「天然の浄化装置」としても貴重です。ブルーカーボンという視点は、こうしてこれまで見過ごされがちだった沿岸の泥地の価値を、あらためて数字で示すきっかけにもなっています。
「海草」と「海藻」はどう違う?
アマモなど海草は、花を咲かせ種子で増える種子植物で海底に根を張ります。一方ワカメ・コンブなどの海藻は根・茎・葉の区別がない藻類で、岩などに付着します。どちらも藻場をつくりCO2を吸収しますが、生物としてはまったく別のグループです。日本はこの両方の吸収量を評価対象に含めた点で世界をリードしました(後述)。
これら3つの生態系はいずれも、海洋プラスチックの流入や沿岸開発など人間活動の影響を強く受ける場所に位置しています。海に流れ込んだごみがどうなるかは海洋プラスチックの分解の記事でも扱っていますが、ブルーカーボンを守ることは、こうした沿岸環境全体を守ることと切り離せません。
なぜ海の植物は大量のCO2を貯めこめるのか
ブルーカーボンの核心は、「吸収する力」よりもむしろ「貯めこんで手放さない力」にあります。ここでは、海の沿岸生態系が炭素を長期間隔離できる科学的な仕組みを、3つのステップに分けて見ていきます。
ステップ1:光合成でCO2を取り込む
出発点は、陸の植物と同じ光合成です。マングローブや海草は、太陽の光と水、そして海水や大気に溶けたCO2を使って有機物(炭素の固まり)をつくり、体を成長させます。沿岸の浅い海は光がよく届き、陸からの栄養も豊富なため、光合成がさかんで、単位面積あたりの一次生産(有機物をつくる量)は非常に高くなります。
ステップ2:枯れた植物が海底に沈み、泥に埋もれる
植物が枯れると、葉や根、茎の一部は海底に沈み、細かい泥とともに堆積していきます。潮の流れが運んでくる陸由来の有機物も、藻場やマングローブの根が波をやわらげることでその場にたまりやすくなります。こうして炭素を含む有機物が、少しずつ厚い層になって海底に積み重なっていくのです。マングローブや塩性湿地では、この堆積が長い年月をかけて何メートルもの厚い泥の層をつくり、そこに膨大な炭素が蓄えられます。地上の森林が主に木の幹に炭素をため込むのに対し、海の生態系は足元の泥という「見えない金庫」に炭素をしまい込んでいるイメージです。
ステップ3:酸素の乏しい泥が分解をブロックする
最大のカギがここです。海底の泥は水に飽和しているため、内部は酸素がほとんど届かない嫌気状態になっています。有機物を分解する多くの微生物は酸素を必要とするため、酸素のない泥の中では分解が極端に遅くなります。陸の土壌なら数十年で分解される炭素が、海底では数百年から数千年ものあいだ安定して閉じ込められる――これがブルーカーボンが「長期貯留」に優れる理由です。

さらに、藻場やマングローブから流れ出た炭素の一部は、より深い海へと運ばれて隔離されると考えられています。海はもともと大気中のCO2の巨大な吸収源であり、深海の環境や物質循環については深海生物の適応の記事でも触れていますが、沿岸のブルーカーボン生態系は、その入り口で炭素を効率よく捕まえる「関所」のような役割を果たしているといえます。
貯めこむ力の正体
- 浅い沿岸は光と栄養が豊富で、光合成による炭素固定量が大きい
- 根が波をやわらげ、陸由来の有機物もその場にため込む
- 海底の泥は嫌気状態で、微生物による分解が極端に遅い
- 結果として炭素が数百〜数千年の単位で隔離される
数字で見るブルーカーボンの実力と限界
ブルーカーボンの規模を、できるだけ具体的な数字で押さえておきましょう。ただし、これらの数値は調査手法や対象範囲によって幅が大きく、あくまで「桁感をつかむための推計」として捉えることが大切です。海底の炭素量を正確に測るのは容易ではなく、研究によって前提や対象が異なるため、同じ項目でも数字にかなりの開きが出ます。ここで紹介する値も「およその目安」と理解してください。
世界全体の吸収量と貯留量
世界の研究をまとめた推計では、ブルーカーボン生態系全体で年間およそ0.84ギガトン(8億4千万トン)のCO2を吸収しているとされます。生態系別の年間の炭素固定速度は、マングローブが約31〜34メガトン炭素、塩性湿地が約5〜87メガトン炭素、海草藻場が約48〜112メガトン炭素と見積もられています(幅が大きいのは推計の難しさの表れです)。また、これまでに貯めこまれた炭素の総量は約115億トンにのぼり、そのうちマングローブが約65億トンと最大の割合を占めます。
| 生態系 | 世界の面積の割合 | 年間の炭素固定速度(推計) |
|---|---|---|
| 海草藻場 | 約63% | 約48〜112 Mt-C/年 |
| マングローブ | 約27% | 約31〜34 Mt-C/年 |
| 塩性湿地 | 約10% | 約5〜87 Mt-C/年 |

狭い面積で効率よく、が最大の武器
見逃せないのが「面積効率」です。ブルーカーボン生態系が占めるのは海洋面積のわずか約0.2%にすぎません。それでいて世界のCO2吸収の相当部分を担っているのですから、単位面積あたりの働きは陸上生態系を大きく上回ります。地球規模で見ると、生物が光合成で固定する炭素のうち、その半分以上を海の生物が担っているとの試算もあり(2009年のUNEPなどの報告)、限られた沿岸が担う役割の大きさがうかがえます。なお、海洋は人間活動が排出するCO2の約3割を吸収しているとされますが、これは海水そのものへの溶け込みを含めた数字で、沿岸のブルーカーボン生態系が固定する分とは区別して考える必要があります。マングローブや塩性湿地の泥1ヘクタールが蓄える炭素量は、同じ面積の熱帯林を上回る場合があるとも報告されており、「少ない面積に濃く貯める」というブルーカーボンの性質がよく表れています。
失われると「排出源」に変わる危うさ
ブルーカーボンには、裏返しのリスクがあります。生態系が破壊されると、それまで泥の中に閉じ込めていた炭素が分解・酸化され、CO2として大気に放出されてしまうのです。ある研究では、沿岸生態系の消失・劣化によって世界で年間0.15〜1.02ペタグラム(中央値で約0.45ペタグラム=4億5千万トン)ものCO2が放出されうると試算されています。守れば吸収源、壊せば排出源――この非対称性が、保全を急ぐ理由になっています。
数字を読むときの注意
- ブルーカーボンの推計値は手法や範囲で大きく幅がある
- 「メガトン」「ギガトン」「ペタグラム」など単位に注意(1Gt=1000Mt=1Pg)
- 吸収量だけでなく、失われたときの排出リスクもセットで考える必要がある
- 最新の数字は環境省や研究機関の一次情報で確認するのが確実
日本のブルーカーボン戦略 ― 世界初の国連報告
四方を海に囲まれ、長い海岸線を持つ日本にとって、ブルーカーボンは特に相性のよい対策です。そして日本は、この分野でいくつかの「世界初」を実現してきました。ここでは国の取り組みを整理します。
海草・海藻の吸収量を、世界で初めて国連に報告
2024年4月、日本は温室効果ガスの排出・吸収量をまとめた「インベントリ」に、海草藻場・海藻藻場によるCO2吸収量を初めて計上し、国連に報告しました。海草だけでなく海藻の吸収量まで合わせて国のインベントリに算入したのは世界で初めてのことです。報告された2022年度の藻場による吸収量は約35万トン(CO2換算)で、これは日本のカーボンニュートラル達成に向けた新たな吸収源として正式に位置づけられました。

こうした報告を支えるのが、水産研究・教育機構などが整備した算定ガイドブックや、生態系の分布・面積を把握するためのデータ基盤(BDAS=Blue carbon Data Archive System)といった科学的インフラです。「どこに」「どれだけ」藻場があり、「どれだけ」炭素を貯めているかを客観的に測る土台があってはじめて、国際的に通用する報告が可能になります。
国土交通省・環境省・水産庁の連携体制
日本のブルーカーボン政策は、港湾を所管する国土交通省、温暖化対策を担う環境省、藻場・漁業を担う水産庁などが「ブルーカーボン関係省庁連絡会議」を通じて連携する形で進められています。港湾整備で生まれた静穏な水域を藻場づくりに活かすなど、インフラと生態系再生を組み合わせる試みも各地で広がっています。防波堤の内側の穏やかな水域や、埋め立て地の護岸を海草・海藻が育ちやすい構造にする工夫など、土木の技術と生態系の再生を一体で考える発想は、海に面した都市が多い日本ならではの強みといえます。
なぜ日本はブルーカーボンに力を入れるのか
日本は世界有数の長い海岸線を持ち、古くから藻場や干潟の恵みとともに暮らしてきた海洋国家です。国土が狭く、大規模な森林増加による吸収源拡大には限界がある一方、豊かな沿岸環境という資産があります。ブルーカーボンは、その資産を気候変動対策とカーボンニュートラル達成に活かせる有力な手段であり、同時に衰退が心配される沿岸漁業の再生とも結びつくため、国として積極的に取り組む意義が大きいのです。
日本の「世界初」ポイント
日本は、海草と海藻の両方の吸収量を国の温室効果ガスインベントリに算入し国連に報告した最初の国です。背景には、算定ガイドブックやデータアーカイブといった計測の仕組みを国として整備してきた蓄積があります。海洋国家ならではの強みを、国際的なルールづくりに活かした好例といえます。
Jブルークレジット ― 海の吸収を経済につなげる仕組み
ブルーカーボンを「守る活動」を続けるには、お金と担い手が要ります。その両方を呼び込む仕組みとして日本で生まれたのが、Jブルークレジットです。
Jブルークレジットとは
Jブルークレジットは、藻場やマングローブなどの保全・再生活動によって生み出されたCO2吸収量を、第三者機関であるジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)が認証し、クレジット(排出削減・吸収の価値を示す証書)として発行する日本独自の制度です。2020年度(令和2年度)に取引が始まった、比較的新しいカーボンクレジットで、国の制度とは別に民間主導で運営されているのが特徴です。
お金の流れ ― 誰が買い、何に使われるのか
仕組みはシンプルです。漁業者や自治体、NPOなどが藻場を再生・保全してCO2吸収量を生み出し、それをJBEが認証してクレジット化します。脱炭素に取り組む企業などがそのクレジットを購入し、得られた資金は次の保全活動の原資になります。企業にとっては、単なる埋め合わせ(オフセット)にとどまらず、地域の海を守る活動を応援できる点が魅力です。制度開始以来、認証されたプロジェクトの数は右肩上がりで増え続けており、2026年初めの時点で累計のプロジェクト数は数十件規模にのぼっています。港湾会社や建設会社、地域の漁協、自治体などが担い手となり、全国各地に取り組みが広がっています。
Jブルークレジットの意義は、これまで「善意のボランティア」に頼りがちだった藻場保全に、継続的な資金の流れを生み出した点にあります。海の環境を守る活動は、成果が見えにくく資金も続きにくいという弱点を抱えていました。吸収したCO2を数値化し、それに値段をつけて取引可能にすることで、保全活動が経済的にも回っていく道筋をつくった――ここに、この制度の本質的な価値があります。

| 登場人物 | 役割 |
|---|---|
| 活動者(漁業者・自治体・NPO等) | 藻場やマングローブを保全・再生し、CO2吸収量を生み出す |
| JBE(認証機関) | 吸収量を科学的に審査・認証し、クレジットを発行する |
| 購入者(企業・団体等) | クレジットを購入し、資金面で保全活動を支える |
地域と海をつなぐ「共通利益(コベネフィット)」
Jブルークレジットの価値は、CO2吸収だけにとどまりません。藻場が回復すれば、魚介類が育つ漁場が豊かになり、水質が浄化され、海の景観や生物多様性も改善します。こうしたCO2削減以外の恩恵をコベネフィット(共通利益)と呼び、地域経済や漁業の再生と気候対策を同時に進められる点が、この制度の大きな意義になっています。過疎化や高齢化が進む漁村にとって、藻場再生は新たな担い手や関係人口を呼び込むきっかけにもなります。都市の企業と地方の海が、クレジットを通じてつながる――ブルーカーボンは、気候だけでなく地域の未来をも結び直す可能性を秘めているのです。
Jブルークレジットの要点
- ブルーカーボン由来のCO2吸収量を認証・取引する日本独自の制度
- 2020年度に開始し、民間主導(JBE)で運営されている
- 企業の購入資金が、地域の藻場再生活動を支える循環をつくる
- 漁場の再生・水質浄化など、CO2削減以外の恩恵(コベネフィット)も大きい
気候変動対策としての可能性 ― 期待される役割
パリ協定は、世界の平均気温上昇を産業革命前と比べて1.5〜2度未満に抑えることを目標に掲げています。その達成には、排出を減らすだけでなく、大気からCO2を「取り除く」手段も欠かせません。ブルーカーボンは、自然の力を活かしてそれを実現する有力な選択肢として位置づけられています。
自然を活かした解決策(NbS)としての強み
藻場やマングローブの再生は、大がかりな機械や膨大なエネルギーを使うことなく、生態系そのものにCO2を吸収してもらう自然を活かした解決策(Nature-based Solutions/NbS)の代表例です。しかも、防災・水質浄化・生物多様性・漁業など多くの効果を同時に生むため、費用対効果の高い気候対策として国際的に評価が高まっています。大気からCO2を回収して地中に貯める人工的な技術(CCSなど)が多額のコストとエネルギーを必要とするのに比べ、ブルーカーボンは自然のプロセスに任せられる分、持続的でコストを抑えやすいのも利点です。
海の生き物との深いつながり
藻場やマングローブは、稚魚や貝、甲殻類など多くの海の生き物のゆりかごです。ブルーカーボン生態系を守ることは、そのまま水産資源や生物多様性を守ることにつながります。逆に、海水温の上昇や酸性化が進めば、これらの生態系自体が弱り、炭素を貯める力も落ちてしまいます。気候変動対策としてのブルーカーボンと、海の生態系の健全さは、切り離せない関係にあるのです。

沿岸を守る「グリーンインフラ」としての顔
マングローブ林や塩性湿地は、波の力をやわらげ、高潮や津波の被害を軽くする天然の防波堤にもなります。コンクリートの防潮堤とは違い、生き物の生息地を維持しながら沿岸を守れるため、「グリーンインフラ」としての価値も注目されています。気候変動で強まる高潮や海面上昇に備えるうえで、こうした自然の防御力はますます重要になっていくでしょう。
ブルーカーボン生態系は、限られた面積で効率よくCO2を吸収するだけでなく、防災・漁業・生物多様性といった多面的な恩恵をもたらす。守ることが、気候対策と地域の暮らしの両方に効いてくる。
― 各種行政・研究資料の趣旨をもとにした整理
海の温暖化は、サンゴの白化などを通じて沿岸の生態系そのものを揺るがしています。近年の深刻な白化については海洋酸性化とサンゴの記事でも扱っていますが、ブルーカーボンによるCO2の吸収は、こうした被害の根本原因を少しでも和らげる方向に働きます。
立ちはだかる課題 ― 藻場の減少と計測のむずかしさ
期待が大きい一方で、ブルーカーボンには乗り越えるべき課題も少なくありません。過度な期待も過度な悲観もせず、現実を正しく見ておくことが大切です。
藻場の減少と「磯焼け」
日本の沿岸では、高度経済成長期の埋め立てや沿岸開発、水質の悪化などによって藻場が大きく減少しました。さらに近年は、磯焼けと呼ばれる現象が全国で広がっています。磯焼けとは、藻場からアマモやワカメなどの海藻・海草が消え、岩肌がむき出しになってしまった状態のこと。水産庁のガイドラインでは、ウニや魚による「食害」、海藻が「枯れる・芽生えない」、「流失する」といった要因、あるいはそれらの組み合わせで起きるとされています。その背景には海水温の上昇など温暖化の影響が大きいと指摘されています。

やっかいなのは、いったん藻場を回復させても、環境の変化や食害で再び磯焼けに戻ってしまうケースが多いことです。近年は回復を阻む要因が複雑に絡み合っており、「再生した藻場をどう維持・拡大していくか」が現場の大きな課題になっています。海水温の上昇そのものについては海水温上昇と海流変化の記事もあわせて読むと、背景がより立体的に見えてきます。
「どれだけ吸収したか」を測る難しさ
ブルーカーボンをクレジットや国の報告に使うには、「実際にどれだけCO2を吸収・貯留したのか」を科学的に、そして継続的に測る必要があります。ところが海底の炭素量は場所や年によってばらつきが大きく、正確な計測にはコストも手間もかかります。日本ではデータアーカイブや計測マニュアルの整備が進められていますが、精度と効率の両立は世界共通の課題です。
「本当に長く貯め続けられるのか」という永続性の問題
せっかく貯めた炭素も、台風や高波、環境の悪化で藻場が失われれば大気に戻ってしまいます。クレジットとして炭素隔離の価値を認めるには、その効果がどれくらい長く続くのか(永続性)の担保が欠かせません。自然が相手であるがゆえの不確実性とどう向き合うかは、制度設計上の重要な論点です。加えて、気候変動そのものが進めば、海水温の上昇や海面上昇がブルーカーボン生態系を弱らせるという皮肉な関係もあります。CO2を吸収してくれる生態系が、そのCO2による温暖化で危機にさらされる――だからこそ、排出削減と生態系保全を同時に進める必要があるのです。
過大評価も過小評価も避けて
ブルーカーボンは有望ですが、世界の吸収ポテンシャルは人類全体の排出量に比べればまだ限られており、これだけで温暖化を止められるわけではありません。一方で、限られた面積で効率よく炭素を貯め、防災や漁業など多面的な恩恵をもたらす価値は確かなものです。数字の幅や不確実性を正直に受け止めつつ、着実に保全と再生を積み重ねていく――そんな冷静で前向きな姿勢が、いま求められています。
見落としてはいけない課題
- 埋め立て・開発・磯焼けにより、日本の藻場は減少・劣化してきた
- 回復させても再び磯焼けに戻りやすく、維持・拡大が難しい
- 吸収量の計測は場所・年による変動が大きく、精度確保にコストがかかる
- 災害や環境悪化で貯めた炭素が失われる「永続性」のリスクがある
まとめ ― 青い炭素と私たちの関わり方
ブルーカーボンは、海の限られた沿岸生態系が、驚くほど効率よくCO2を吸収し、海底の泥に長期間閉じ込める自然の仕組みです。マングローブ・海草藻場・塩性湿地という3つの生態系が、光合成と嫌気的な堆積という巧妙なプロセスで「青い炭素」を貯めこみ、気候変動対策の有力な一手として世界の注目を集めています。
日本は、海草・海藻の吸収量を世界で初めて国連に報告し、Jブルークレジットという独自の仕組みで海の保全を経済につなげてきました。一方で、藻場の減少や磯焼け、計測精度、永続性といった現実的な課題も残っています。ブルーカーボンは「万能の解決策」ではなく、排出削減という本丸の努力を補完する、大切な選択肢の一つとして位置づけるのが適切です。
私たちにできること
- 地元の海岸清掃やアマモ場再生などの活動に参加・応援する
- Jブルークレジットに取り組む企業・自治体の動きに関心を持つ
- 海の環境や気候変動について学び、正確な情報を身近な人に共有する
- 沿岸の生き物や藻場の変化を、旅行や日常のなかで意識して観察する
大切なのは、ブルーカーボンを「これさえあれば温暖化は解決する」という魔法の杖として過信しないことです。世界の吸収ポテンシャルは、人類が排出する膨大なCO2の全体からすればまだ一部であり、化石燃料の使用を減らすという本丸の努力があってこそ、ブルーカーボンの貢献が意味を持ちます。吸収源を増やす取り組みと、排出そのものを減らす取り組みは、車の両輪として同時に進めていく必要があります。
海は、遠い存在ではありません。私たちが暮らす陸とつながり、気候をやわらげ、食を支えてくれる身近なパートナーです。ブルーカーボンを知ることは、その海の力にもう一度目を向け、守り育てるための第一歩になります。関連するテーマとして海洋プラスチックの分解や海洋酸性化とサンゴの記事もぜひあわせてご覧ください。

この記事のまとめ
- ブルーカーボンは沿岸・海洋生態系が吸収・貯留する「青い炭素」で、海底の泥に長期間貯めこめるのが強み
- 担い手はマングローブ・海草藻場・塩性湿地の3つ。世界で年約0.84GtのCO2を吸収し、面積効率は陸をしのぐ
- 日本は海草・海藻の吸収量を世界で初めて国連に報告し、Jブルークレジットで海の保全を経済につなげている
- 藻場の減少・磯焼け・計測精度・永続性など課題も多く、排出削減を補う選択肢として現実的に位置づけることが大切
- 海岸清掃やアマモ場再生への参加など、私たち一人ひとりにできる関わり方がある
参考文献・出典
- 環境省 – ブルーカーボンとは/国の取り組み(脱炭素社会移行推進室)
- 環境省 – 我が国におけるブルーカーボン取組事例集 〜藻場干潟の保全・創出によるCO2吸収源対策〜(2023年12月)
- 国土交通省 港湾局 – 藻場(海草・海藻)のインベントリ報告について(令和6年2月)
- 水産研究・教育機構 – 海草・海藻藻場のCO2貯留量 算定ガイドブック(令和5年11月)
- ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE) – Jブルークレジット 認証・発行/認証申請の手引き
- 水産庁 – 磯焼け対策ガイドライン(第3版)
- The Blue Carbon Initiative – What is Blue Carbon?(沿岸ブルーカーボンの国際概説)
- PLOS ONE – Estimating Global Blue Carbon Emissions from Conversion and Degradation of Vegetated Coastal Ecosystems(2012)
- 日本経済新聞 – 海藻・海草もCO2吸収量に 環境省が算入、世界初(2024年1月)
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