299件
瀬戸内海の赤潮発生件数のピーク(1976年)。近年は年70〜85件前後まで減少
約71億円
1972年・播磨灘の赤潮で養殖ハマチ約1,400万尾が斃死した被害額
約91億円
2021年秋、北海道太平洋岸のカレニア赤潮によるサケ・ウニなどの推定漁業被害

夏の海が突然、赤茶色やオレンジ色に染まる「赤潮」。逆に乳青色に濁り、大量の魚が浮かぶ「青潮」。どちらもニュースで見たことがあるかもしれません。これらは別々の現象に見えて、実は同じ根っこ――海の「富栄養化」――からつながった、ひとつの物語です。

富栄養化とは、生活排水や農地から流れ込む窒素やリンが増えすぎて、海がいわば栄養過多になった状態のこと。栄養をたっぷり吸ったプランクトンが爆発的に増え(赤潮)、やがて死んで沈み、それを分解する過程で海底の酸素が奪われ(貧酸素水塊)、その水が湧き上がると青潮になります。この連鎖は、養殖魚の大量死や貝毒といった深刻な漁業被害を引き起こしてきました。

この記事では、赤潮・青潮・富栄養化の発生メカニズムを図解でやさしくたどりながら、瀬戸内海・有明海・北海道といった日本の現場で何が起き、どんな対策が進んでいるのかを、環境省や水産庁の一次データにもとづいて整理します。実は今、日本の海は「きれいすぎて栄養が足りない」という新しい悩みも抱え始めています。その逆転劇まで含めて見ていきましょう。

この記事で学べること

  • 赤潮・青潮・アオコはいずれも「富栄養化」でプランクトンが増えすぎて起こる現象だと理解できる
  • 窒素・リンの流入から異常増殖、貧酸素水塊、青潮までの一連のメカニズムを図でつかめる
  • 赤潮による窒息・毒・貧酸素という3つの漁業被害の仕組みと、貝毒のリスクがわかる
  • 瀬戸内海・有明海・北海道の実例から、日本の海で起きている変化を具体的に知る
  • 「規制」から「栄養塩類管理」へ転換した、きれいで豊かな海を目指す最新の対策を学べる
  • 気候変動が赤潮・貧酸素をどう悪化させるか、世界のデッドゾーンとあわせて理解できる

赤潮・青潮・アオコとは何か――色でわかる海の異変

海の色が変わる現象には、いくつかの種類があります。まず整理しておきたいのが、赤潮・青潮・アオコという3つの言葉です。名前も見た目もバラバラですが、根っこにあるのはどれも「プランクトンが増えすぎる」という同じ原因。まずはそれぞれの正体を、色と場所から押さえていきましょう。

赤潮――植物プランクトンが海を染める

赤潮とは、おもに植物プランクトンが海の中で異常に増殖し、海水の色が赤茶色・オレンジ・褐色などに変わって見える現象です。農林水産省の解説によれば、赤潮は海水が富栄養化した海域で発生します。原因となる生物の種類によって、海の色は赤だけでなく、茶色や緑がかった色になることもあります。プランクトンそのものは肉眼では見えないほど小さいのですが、1ミリリットルの海水に数千〜数万個体という濃度まで増えると、水全体が色づいて見えるのです。海面がまるで絵の具を溶かしたように染まり、時には帯状や斑(まだら)状に広がって、遠目にもはっきりとわかります。国土交通省の資料でも、赤潮は「プランクトンの異常増殖により海水が変色する現象」と定義されており、色の見え方は原因プランクトンの色素や増え方によって変わります。

赤潮・青潮・アオコの発生場所と見た目の違いを示した比較図解
赤潮・青潮・アオコの発生場所と見た目の違い。共通する原因は富栄養化

青潮――海が乳青色に濁るとき

青潮は、海面が乳白色がかった青色(コバルトブルーや乳青色)に濁る現象です。東京湾など閉鎖的な内湾で、おもに夏から秋にかけて発生します。青潮の水は酸素をほとんど含まない「貧酸素水」で、そこに含まれる硫化物が空気にふれて酸化し、硫黄の微粒子(硫黄コロイド)を生じることで、海が独特の青白い色に見えます。赤潮が「増えすぎたプランクトン」なら、青潮は「その後始末で酸素が枯れた水」。両者は時間差でつながっています。青潮が発生すると、酸素を求めて岸に逃げてきた魚や貝が力尽き、海岸に大量の死骸が打ち上げられることもあります。硫化水素の卵が腐ったような臭いをともなうため、沿岸に住む人にとっては嗅覚でもわかる異変です。

アオコ――淡水版の富栄養化

アオコは、湖やダム・池などの淡水で藍藻類(シアノバクテリア)が大量発生し、水面が緑色の粉をまいたようになる現象です。海の赤潮に対応する淡水版と考えるとわかりやすいでしょう。種類によっては毒をつくるものもあり、飲み水の水源やレジャーで問題になります。海・湖の違いはあれ、「窒素やリンが増える→プランクトンが増えすぎる」という筋書きは完全に共通しています。

現象主な場所主役の生物見た目の色
赤潮内湾・沿岸の海(塩水)植物プランクトン(渦鞭毛藻・珪藻など)赤茶・オレンジ・褐色
青潮閉鎖的な内湾(塩水)―(貧酸素水と硫黄粒子)乳白がかった青色
アオコ湖・ダム・池(淡水)藍藻類(シアノバクテリア)緑色
3つの現象の比較。原因はいずれも富栄養化だが、場所と主役が異なる

この3つに共通する一言

赤潮・青潮・アオコは、どれも「栄養が増えすぎた水でプランクトンが増えすぎる」ことから始まる、富栄養化という同じ問題の別々の顔です。

ここで大切なのは、赤潮を起こすプランクトンは決して「悪い生き物」ではないということ。彼らは光合成をして酸素をつくり、食物連鎖の土台を支える、海になくてはならない存在です。問題なのはあくまで「増えすぎる」こと。では、なぜ増えすぎてしまうのか。その引き金である富栄養化のメカニズムを、次の章で分解していきます。

富栄養化のメカニズム――窒素とリンはどこから来るのか

赤潮や青潮の出発点にある富栄養化とは、海や湖の水に含まれる栄養塩――とくに窒素(N)とリン(P)――が過剰に増えた状態を指します。畑に肥料をまくと作物が育つように、海に窒素・リンが増えるとプランクトンという「海の草」が育ちすぎる。まずは、この栄養がどこから来るのかを見てみましょう。

栄養塩の3つの供給源

海に流れ込む窒素・リンの出どころは、大きく分けて3つあります。第一に生活排水。私たちが使う洗剤・し尿・調理くずなどに含まれる窒素・リンが、下水処理を経ても一部が海へ届きます。第二に農地・畜産。畑にまかれた化学肥料や家畜のふん尿が雨で流され、川を通って海に入ります。第三に工場排水など産業由来のもの。高度経済成長期には、これらがほとんど無処理で海に流れ込み、深刻な富栄養化を招きました。加えて、自動車や工場が排出する窒素酸化物が大気を経て雨とともに海に降り注ぐ「大気からの負荷」も、無視できない供給源として知られています。つまり富栄養化は、台所・畑・工場・空――生活のあらゆる場面とつながっているのです。

  • 生活排水(洗剤・し尿・食品くずなどに含まれる窒素・リン)
  • 農地・畜産(化学肥料、家畜のふん尿の流出)
  • 工場・事業所からの産業排水
  • 大気からの降下(自動車や工場が出す窒素酸化物が雨で海へ)
生活排水・農地・工場から窒素とリンが川を通って内湾に集まる流れを示した図解
陸から流れ込む窒素・リンは、閉鎖的な内湾に集まりやすい

なぜ「閉じた海」で起きやすいのか

富栄養化が深刻になりやすいのは、瀬戸内海や東京湾、有明海のような閉鎖性水域です。外洋との海水の入れ替わりが少ないため、流れ込んだ窒素・リンが逃げ場を失って内側にたまり続けます。周りを陸に囲まれ、たくさんの人口と産業を抱える内湾は、栄養塩が集まる「たまり水」になりやすいのです。日本の内海がたびたび赤潮に見舞われてきたのは、地形と人間活動が重なった結果でした。同じ量の窒素・リンが流れ込んでも、外洋に面した開けた海ならすぐに拡散して薄まりますが、閉鎖性水域では濃縮されて蓄積してしまう。つまり富栄養化のなりやすさは、その海がどれだけ「閉じているか」に強く左右されるのです。

リンと窒素、どちらが効くのか

プランクトンの増殖にとって、窒素とリンはどちらも欠かせない栄養です。一般に、湖などの淡水ではリンが、海ではおもに窒素が「増殖を左右する鍵(制限栄養塩)」になりやすいとされます。どちらか一方でも過剰になれば増殖を後押しするため、対策では両方を管理することが基本です。かつては合成洗剤に含まれるリンが問題視され、無リン洗剤への切り替えが進んだ歴史もあります。1970年代には琵琶湖でアオコや赤潮が深刻化し、住民運動をきっかけに滋賀県が全国に先がけて有リン合成洗剤の使用・販売を規制する「琵琶湖条例(富栄養化防止条例)」を制定しました。市民の暮らしの選択が水を守る――という発想は、このころから根づいていったのです。

「富栄養」はもともと湖沼の言葉

富栄養化(eutrophication)はもともと、湖が長い年月をかけて栄養豊かになっていく自然のプロセスを指す言葉でした。問題は、人間活動によってそれが数十年という猛スピードで進む「人為的富栄養化」。自然なら数千年かかる変化が、一世代で起きてしまうのです。

こうして海に栄養がたまると、あとは「きっかけ」を待つばかりの状態になります。次の章では、たまった栄養がどうやって赤潮という爆発的な増殖に火をつけるのか、その引き金の条件を見ていきましょう。

赤潮の発生メカニズム――プランクトンはなぜ爆発的に増えるのか

海に窒素・リンがたまっていても、それだけでは赤潮は起きません。プランクトンが一気に増える「異常増殖(ブルーム)」には、栄養に加えていくつかの条件がそろう必要があります。ここでは、赤潮という現象が発生する引き金を、順を追って分解します。

そろうと危ない4つの条件

赤潮が発生しやすいのは、①栄養塩が豊富で、②水温が高く③日射(光)が強く④海が穏やかで水が混ざりにくいときです。とくに梅雨明けから夏にかけては、この4条件がそろいやすくなります。梅雨の雨で陸から栄養塩が大量に流れ込み、その後に晴れて水温が上がり、風が弱まって海が静かになると、まさにプランクトンにとって「食べ放題・日光浴し放題」の環境が整うのです。

  1. 栄養塩(窒素・リン)が豊富にある
  2. 水温が高い(一般に夏場に活発化)
  3. 日射が強く、光合成が盛んになる
  4. 風が弱く海が穏やかで、表層の水がとどまりやすい
水温躍層による成層と、表層でプランクトンが増殖する仕組みを示した海の断面図
水温躍層ができると表層に栄養と光がとどまり、プランクトンが増えやすくなる

成層――海に「フタ」ができる

夏場に重要なのが成層(せいそう)という現象です。表層の海水が日射で温められて軽くなると、冷たく重い下層の水と混ざりにくくなり、海が上下2層に分かれます。この境目を水温躍層(すいおんやくそう)と呼びます。いったん成層ができると、表層は下からの水と混ざらず、栄養と光がその薄い層にとどまり続けます。ここに川から新たな栄養が加わると、表層はプランクトンにとって理想的な培養槽になり、一気に増殖が進むのです。逆にいえば、台風や強い風で海がかき混ぜられて成層が壊れると、赤潮がすっと消えることもあります。赤潮の発生と消滅は、栄養と気象という2つの条件のせめぎ合いの結果なのです。

主役は渦鞭毛藻と珪藻

赤潮を起こすプランクトンには多くの種類がありますが、代表的なのは渦鞭毛藻(うずべんもうそう)珪藻(けいそう)です。渦鞭毛藻の仲間には自ら泳いで有利な水深に移動できるものがあり、夜に深いところで栄養をとり、昼に浮上して光合成をするといった巧みな戦略で他を圧倒します。カレニアやコクロディニウムなど、養殖魚に大きな被害を与える「有害赤潮」の原因種の多くはこの渦鞭毛藻の仲間ですが、同じく養殖魚に深刻な被害をもたらすシャットネラは渦鞭毛藻ではなくラフィド藻(針胞藻)に分類される別のグループです。一方の珪藻は、ガラス質の殻をもつプランクトンで、こちらは魚に直接の害を与えにくいものの、大増殖すると水中の栄養を独占し、後で見る有明海のノリの色落ちを引き起こす原因になります。同じ「赤潮」でも、原因となるプランクトンの種類によって、被害の出方はまったく違うのです。深海の極限環境で進化した深海生物のしたたかな適応と同じく、プランクトンもまた、環境を巧みに利用する戦略家なのです。

増殖のスピードは想像以上

植物プランクトンは条件がそろうと1日に1〜数回分裂し、数を倍々に増やします。数日で海の色が変わるほどに達することもあり、いったんブルームが始まると人の手で止めるのは極めて困難です。だからこそ、栄養塩を「そもそも増やしすぎない」予防が対策の柱になります。

そして、増えすぎたプランクトンの運命は「死んで沈む」こと。この後始末こそが、次の主役――貧酸素水塊と青潮――を生み出します。

青潮と貧酸素水塊――酸素が消えた海で起きること

赤潮でプランクトンが大増殖したあと、海の中では何が起きるのでしょうか。増えた生き物はやがて寿命を迎えて死に、海底へと沈んでいきます。この「死んだプランクトンの後始末」が、青潮や大規模な魚介類の斃死を引き起こす鍵になります。

分解が酸素を食い尽くす

死んだプランクトンや有機物が海底にたまると、それをエサにする微生物(バクテリア)が分解を始めます。ところがこの分解には大量の酸素が必要です。夏場は成層によって表層と底層が分断されているため、底層に酸素が補給されません。結果として海底付近の酸素が急激に消費され、生き物がすめないほど酸素の乏しい水――貧酸素水塊(ひんさんそすいかい)――ができあがります。東京都環境局によれば、東京湾は閉鎖的な地形で外海との海水の入れ替わりが少なく、陸域からの栄養塩・有機物の負荷が大きいことが、この貧酸素水塊の主要因とされています。貧酸素水塊は毎年、春から秋にかけて東京湾の底層に広がり、そこは魚や貝がほとんどすめない「海の砂漠」のような状態になります。しかも、いったん深いところにたまった貧酸素水は、成層というフタがある限り解消されず、夏の間ずっと居座り続けるのが厄介な点です。

赤潮から貧酸素水塊、青潮の湧昇までの一連の流れを4段階で示した連鎖図
赤潮→死骸の分解→貧酸素水塊→湧昇→青潮という一連の連鎖

硫化水素と青潮の正体

酸素が完全に尽きた底層では、硫酸還元菌という微生物が働き、硫化水素などの硫化物をつくり出します。硫化水素は卵の腐ったような悪臭をもつ、生き物にとって猛毒の物質です。この硫化物をたっぷり含んだ底層の水が、ある条件で海面に湧き上がると青潮になります。硫化物が空気中の酸素にふれて酸化され、硫黄の微粒子(硫黄コロイド)が生じることで、海は乳青色に濁って見えるのです。

青潮を起こす「風」の役割

青潮の引き金を引くのは、しばしばです。東京湾では、夏から秋にかけて北寄りの強い風が吹くと、岸沿いの表層水が沖へ押しやられます。すると、その水を補うように底層の貧酸素・硫化物を含んだ水が斜面をはい上がって沿岸に湧き上がります(湧昇)。こうして青潮が発生すると、酸素のない水と硫化水素にさらされた魚・貝・カニなどが逃げ場を失い、大量に死んでしまうのです。とくに深刻なのは、自分で泳いで逃げられないアサリなどの底生生物です。東京湾の干潟ではかつてアサリが豊富に採れましたが、青潮のたびに大打撃を受け、資源が回復しにくい状態が続いています。青潮は一晩のうちに、その海域の生き物をまとめて奪ってしまう破壊力をもっているのです。

溶存酸素の目安海の状態生き物への影響
飽和〜4mg/L程度以上健全な海多くの魚介類が正常に生息できる
おおむね3mg/L以下貧酸素状態底生生物が弱り、移動できない貝などが死に始める
ほぼ0mg/L+硫化水素無酸素・青潮ほとんどの生き物が生息できず大量斃死が起きる
溶存酸素量と海の状態の関係(目安)

「デッドゾーン」は世界共通の課題

貧酸素水塊は英語で「デッドゾーン(死の海域)」と呼ばれ、世界中の富栄養化した内湾・河口で報告されています。次章以降で見るメキシコ湾やバルト海の巨大デッドゾーンも、原理は東京湾の貧酸素水塊とまったく同じです。

こうした貧酸素・青潮に加え、赤潮そのものも直接的に魚介類を殺します。次の章では、赤潮がもたらす3種類の漁業被害と、食の安全にかかわる「貝毒」の問題を見ていきましょう。

漁業被害と有毒プランクトン――赤潮が奪うもの

赤潮や貧酸素水塊は、漁業や養殖業に甚大な被害をもたらしてきました。海の色が変わるだけの現象ではなく、生き物の命と人々の生活に直結する問題です。ここでは、被害がどう起きるのか、そして食の安全に関わる貝毒のリスクを整理します。

魚を殺す3つのルート

赤潮が養殖魚などを死なせるルートは、大きく3つあります。第一に物理的な窒息。大量のプランクトンが魚のえらに詰まったり、えらを傷つけたりして、呼吸ができなくなります。第二に。一部の赤潮プランクトンは魚を殺す毒(魚毒性物質)をつくり、養殖場のように逃げられない魚を全滅させます。第三に貧酸素。前章で見たとおり、プランクトンの死骸が分解されて酸素が枯れ、魚が窒息します。

  • 窒息――増えすぎたプランクトンが魚のえらを塞ぐ・傷つける
  • 毒――シャットネラやカレニアなどが出す物質で養殖魚が斃死する
  • 貧酸素――死骸の分解で酸素が枯渇し、逃げ場のない生き物が死ぬ
赤潮のプランクトンが魚のえらを詰まらせて窒息させる仕組みの拡大図解
逃げられない養殖魚は、えらの窒息や毒で大きな被害を受けやすい

歴史に残る大被害

日本の赤潮被害でよく知られるのが、1972年(昭和47年)に瀬戸内海の播磨灘で起きた大規模赤潮です。このとき養殖ハマチ約1,400万尾が斃死し、被害額は約71億円にのぼりました。より最近では、2021年秋に北海道東部の太平洋沿岸で、これまで国内では赤潮を形成していなかったカレニア・セリフォルミス(Karenia selliformis)による大規模な赤潮が発生。サケやウニなどに推定約91億円(北海道の最終まとめ)という甚大な被害を与え、大きな衝撃を与えました。海水温の上昇と関わる、新しいタイプの赤潮として注目されています。東京大学などの研究では、北海道で観測されたカレニアの遺伝子配列が、前年に太平洋をはさんだカムチャツカ半島沖で採れたものと一致したと報告されており、海流や水温の変化にともなって、これまで日本にいなかったプランクトンが南下・定着しつつある可能性が指摘されています。赤潮の顔ぶれそのものが、気候変動とともに変わり始めているのです。

食の安全を脅かす「貝毒」

赤潮に関連するもうひとつの深刻な問題が貝毒(かいどく)です。アサリやカキ、ホタテなどの二枚貝は、海水中のプランクトンをこしとって食べます。このとき毒をつくるプランクトンを取り込むと、貝の体内に毒が蓄積します。日本で問題になるのは主に、しびれや麻痺を起こす麻痺性貝毒(原因種:アレキサンドリウム属など)と、下痢や嘔吐を起こす下痢性貝毒(原因種:ディノフィシス属)です。これらの毒は加熱しても分解されないため、調理では防げません。麻痺性貝毒はフグ毒に似た神経毒で、食べると唇や舌、手足のしびれから始まり、重い場合は呼吸に関わる筋肉が麻痺して命に関わることもあります。下痢性貝毒は激しい下痢や吐き気、腹痛を起こします。毒をつくるのは貝ではなくプランクトンで、それを食べた貝が一時的に毒をため込むだけなので、有毒プランクトンがいなくなれば貝の毒も時間とともに抜けていきます。

貝毒は監視されている

水産庁の仕組みのもと、各地で有毒プランクトンの監視と出荷前の貝毒検査が行われています。毒の量が規制値(麻痺性貝毒は可食部1gあたり4MU、下痢性貝毒は1kgあたり0.16mgオカダ酸相当)を超えると、その海域の貝は出荷が自主規制され、市場には流通しません。潮干狩りで自分で採った貝には検査がないため、地元の貝毒情報の確認が大切です。

こうした被害の歴史を最も色濃く経験してきたのが、瀬戸内海です。次の章では、「瀕死の海」と呼ばれた瀬戸内海がたどった回復の物語と、いま直面する新たな逆説を見ていきます。

瀬戸内海の事例――「瀕死の海」から「豊かな海」への転換

赤潮と富栄養化の歴史を語るうえで欠かせないのが、日本最大の閉鎖性海域・瀬戸内海です。高度経済成長期に深刻な汚染を経験し、その後の対策で水はきれいになった――しかし今、思わぬ「逆転の悩み」に直面しています。この半世紀の物語には、環境対策の難しさが凝縮されています。

赤潮多発の時代

1960〜70年代、瀬戸内海沿岸は工業地帯として急速に発展し、生活排水・工場排水が大量に流れ込みました。その結果、赤潮が多発。環境省せとうちネットのデータによれば、瀬戸内海の赤潮発生件数は1976年(昭和51年)の299件をピークに達しました。当時は「瀕死の海」とも呼ばれ、播磨灘の大被害をはじめ、漁業は大きな打撃を受け続けました。海底には有機物がたまってヘドロ化し、夏には各地で貧酸素水塊が広がるなど、瀬戸内海は生態系全体が悲鳴をあげている状態でした。美しい多島美で知られるこの海が、産業の発展と引き換えに深く傷ついていたのです。

瀬戸内海の赤潮発生件数が1976年のピークから近年まで減少していく推移グラフ
瀬戸内海の赤潮発生件数は1976年をピークに大きく減少した(環境省データより)

規制で水はきれいになった

この事態を受け、1973年に瀬戸内海環境保全臨時措置法(のちの特別措置法、通称・瀬戸内法)が制定されました。工場排水中の窒素・リンを減らす総量規制や、下水道の整備が進み、海に流れ込む栄養塩は大きく減少。その効果で赤潮の発生件数は減り、水の透明度も改善しました。長年の努力によって、瀬戸内海の水質は確かにきれいになったのです。

きれいすぎて魚が減る――貧栄養化の逆説

ところが近年、新たな問題が浮上します。水がきれいになりすぎた結果、今度は栄養塩が不足(貧栄養化)し、海の生産力そのものが落ちてしまったのです。プランクトンが減れば、それを食べる小魚も、さらにそれを食べる魚も減ります。イカナゴなどの不漁や、養殖ノリの色落ちが各地で報告されるようになりました。「きれいな海」と「豊かな海」は、必ずしも同じではなかったのです。この気づきが、対策の考え方を大きく転換させました。

水質をきれいにするだけでなく、生物の多様性・生産性が確保された「きれいで豊かな海」を目指す。

― 改正瀬戸内海環境保全特別措置法(2021年)の理念より

2021年、規制から「管理」へ

2021年(令和3年)、瀬戸内法が改正され、栄養塩類管理制度が新たに設けられました。これは、これまでのように栄養塩を「減らす」一辺倒ではなく、海域や季節ごとにきめ細かく「管理」する仕組みです。栄養が足りない海域・時期には、下水処理場の運転を調整して適度に栄養塩を供給できるようにするなど、都道府県知事が計画を立てられるようになりました。汚染との闘いから半世紀、日本の海洋政策は「規制」から「ちょうどよく保つ管理」へと舵を切ったのです。実際に兵庫県などでは、下水処理場から放流する水の窒素濃度を冬場に少しだけ高める運用が試みられ、ノリの色つやや漁獲の改善が報告されています。ただし、栄養を戻しすぎれば再び赤潮を招きかねないため、季節・海域ごとにデータを見ながら細かく調整する、繊細なかじ取りが求められています。

瀬戸内海が教えてくれること

富栄養化は「多すぎても少なすぎてもダメ」。汚染を減らす努力は不可欠ですが、行き過ぎると今度は海がやせてしまう。目指すのは、生き物がにぎわう「ちょうどよい豊かさ」の海です。

有明海の事例――ノリの色落ちと栄養塩をめぐる攻防

瀬戸内海と並んで、富栄養化と貧栄養化の両面を象徴するのが有明海です。日本一のノリ産地として知られるこの海では、赤潮による貧酸素と、栄養塩不足によるノリの色落ちという、一見正反対の問題が同時に起きています。「宝の海」で何が起きているのかを見てみましょう。

日本一のノリ産地の異変

有明海は広大な干潟と豊かな栄養を背景に、養殖ノリの一大産地として発展してきました。しかし2000年代以降、ノリの色落ちが深刻な問題になっています。色落ちとは、栄養不足でノリの色が黒から薄い赤茶色へと抜けてしまう現象。色が落ちたノリは味も香りも落ち、商品価値が大きく下がってしまいます。ノリの黒い色は、光合成に使う色素がたっぷり含まれている証。栄養が足りるとノリはつやのある黒色に育ち、旨味成分も豊かになりますが、栄養が枯れると色素をつくれず、赤みがかって薄くなってしまうのです。つまりノリの色は、その海が今どれだけ栄養を蓄えているかを映す「バロメーター」でもあります。

健全な黒いノリと栄養不足で色落ちした赤茶色のノリを並べて比較した図
栄養塩が不足すると、ノリは黒色を失って色落ちし、品質が下がる

ノリと珪藻の栄養の奪い合い

色落ちの主な原因は、ノリと栄養塩を奪い合う珪藻など植物プランクトンの大増殖です。冬のノリ養殖シーズンに珪藻の赤潮が発生すると、海水中の窒素が一気に消費され、ノリに回るはずの栄養が足りなくなります。水産庁の資料によれば、有明海・八代海では海水中の溶存無機窒素の濃度が7μM(マイクロモル毎リットル)程度以下に下がると、ノリの色落ちリスクが高まるとされています。同じ海で、片や富栄養化による貧酸素、片や栄養塩不足による色落ちという、複雑な状況が生じているのです。

二枚貝を使ったユニークな対策

この課題に対し、ユニークな対策が研究されています。それが二枚貝の増養殖の活用です。アサリなどの二枚貝は、ノリと競合する珪藻をエサとして食べてくれます。さらに二枚貝は排泄を通じて窒素などの栄養塩を海に戻すため、珪藻を減らしつつ栄養を循環させる「一石二鳥」の効果が期待されています。海の生き物の力を借りて栄養のバランスを整える、自然に寄り添った手法として注目されています。かつて有明海には広大な干潟があり、そこに暮らす無数の二枚貝やゴカイなどが、栄養や有機物を食べては分解する「天然の浄化装置」として働いていました。干拓や環境変化でその力が弱まったことも、海のバランスが崩れた一因と考えられています。生き物のにぎわいを取り戻すことが、めぐりめぐって水質と漁業の両方を支える――有明海の対策は、そんな「海の循環」を再生する試みでもあるのです。

  • 二枚貝が、ノリと競合する珪藻プランクトンを食べて減らす
  • 二枚貝の排泄により、栄養塩が海中に戻り循環する
  • 珪藻の大増殖(赤潮)を抑えつつ、ノリに栄養を残せる可能性

なぜ栄養塩が減ったのか

有明海の栄養塩減少には、排水規制の進展に加え、河川の護岸整備やダムなどで陸から海へ流れ込む土砂・栄養が減ったこと、諫早湾の干拓による潮流の変化など、複数の要因が指摘されています。原因が絡み合っているため、対策も一筋縄ではいきません。

瀬戸内海と有明海が示すのは、富栄養化が「増やす・減らす」の単純な話ではないということ。そしてこの複雑さに、いま気候変動という新たな変数が加わりつつあります。次の章では、世界の事例と温暖化の影響を見ていきましょう。

世界のデッドゾーンと気候変動――拡大する富栄養化のリスク

富栄養化と貧酸素は日本だけの問題ではありません。世界の内湾や河口では、日本の東京湾よりはるかに巨大な「デッドゾーン(死の海域)」が広がっています。そして地球温暖化は、赤潮と貧酸素のリスクをさらに押し上げようとしています。視野を世界に広げて考えてみましょう。

メキシコ湾の巨大デッドゾーン

世界で最もよく知られるデッドゾーンのひとつが、アメリカ・メキシコ湾北部、ミシシッピ川の河口沖に毎年夏にできる貧酸素海域です。米海洋大気庁(NOAA)によると、その規模は年によって変動しますが、過去5年平均でおよそ1万1千平方キロメートル(約4,300平方マイル)にもおよびます。原因は、ミシシッピ川流域に広がる農地からの肥料の流出。1960年以降、この川の溶存窒素は約3倍、リンは約2倍に増えたと報告されており、農業由来の栄養塩がデッドゾーンを毎年生み出しているのです。

ミシシッピ川流域の農地から流れ出た栄養塩がメキシコ湾にデッドゾーンをつくる仕組みの地図
農地からの栄養塩がミシシッピ川を下り、メキシコ湾に巨大なデッドゾーンをつくる

バルト海――回復に数十年かかる海

ヨーロッパのバルト海も、世界最大級のデッドゾーンを抱える海として知られます。周囲を多くの国に囲まれ、外海との水の入れ替わりが極端に少ないため、いったんたまった栄養塩と貧酸素はなかなか解消しません。周辺国が協力して排出削減に取り組んでいますが、海が回復するには数十年単位の時間がかかると見られています。閉鎖性水域の富栄養化が、いかに「元に戻しにくい」問題かを物語る事例です。栄養塩は一度海底にたまると、酸素が少ない環境では底からリンが再び水中に溶け出す「内部負荷」という現象も起こします。陸からの流入を止めても、海の中に蓄えられた栄養が悪循環を続けてしまう。だからこそ、富栄養化は「起きてから直す」よりも「起こさない」ことが決定的に重要なのです。

温暖化が赤潮・貧酸素を後押しする

地球温暖化は、富栄養化の問題を複数の経路で悪化させると考えられています。第一に、水温上昇はプランクトンの増殖を活発にし、赤潮の発生を促します。第二に、表層水が暖まると成層が強く・長くなり、底層への酸素供給がさらに滞って貧酸素が深刻化します。第三に、そもそも暖かい水は酸素を溶かしにくいため、海全体の酸素が減少します。2021年に北海道でこれまで見られなかったカレニアの赤潮が起きた背景にも、海水温の変化が関わっていると考えられています。海の温暖化そのものについては海水温上昇と海流変化で、酸性化という別の危機については海洋酸性化とサンゴ礁でくわしく解説しています。

温暖化の影響赤潮・貧酸素への効果
水温の上昇プランクトンの増殖が活発になり赤潮が起きやすい
成層の強化・長期化底層に酸素が届かず貧酸素水塊が悪化する
溶存酸素の低下暖かい水は酸素を溶かしにくく海全体が酸欠に向かう
豪雨の増加陸からの栄養塩流出が一時に集中しやすくなる
地球温暖化が赤潮・貧酸素を悪化させる主なメカニズム

複合するストレス

富栄養化・温暖化・酸性化・プラスチック汚染は、それぞれ別の問題に見えて、同じ海に同時にのしかかっています。海はいくつものストレスを同時に受けており、対策も分野を横断して考える必要があります。富栄養化への対策が、結果として海の生き物のすみかや炭素の吸収力を守ることにもつながる――そんな一石二鳥の視点で、海の課題を横につなげて考えていくことが求められています。

では、この複雑で根深い問題に対して、私たちは何ができるのでしょうか。最後に、社会と個人それぞれのレベルでの対策を整理し、この記事のまとめとします。

まとめ――赤潮・青潮とどう向き合うか

赤潮・青潮・富栄養化は、海の中で起きる一連の連鎖でした。陸から流れ込む窒素・リンが海を富栄養化させ、条件がそろうとプランクトンが爆発的に増えて赤潮になり、その死骸の分解が貧酸素水塊を生み、湧き上がって青潮となる。この流れは、養殖魚の大量死や貝毒といった深刻な被害につながります。

社会レベルでできること

根本的な対策は、海に流れ込む栄養塩を「多すぎず少なすぎず」に保つことです。下水処理の高度化や農地からの流出抑制で過剰な栄養を減らす一方、瀬戸内海の栄養塩類管理制度のように、足りない海域には適度に栄養を戻す。干潟や藻場を守り、二枚貝の力を借りて栄養を循環させることも、豊かな海を取り戻す鍵になります。「きれいな海」ではなく「きれいで豊かな海」を目指す発想の転換が進んでいます。もちろん、これは「汚してよい」という話では決してありません。過剰な栄養が招く赤潮・貧酸素の被害は今も現実の脅威であり、下水処理や排出管理の努力は引き続き欠かせません。大切なのは、海ごとの状態をていねいに見きわめ、多すぎる海では減らし、足りない海では戻すという、きめ細かなバランス感覚です。

私たちにできること

  • 洗剤や油を流しすぎない――使う量を控え、油は拭き取ってから洗う
  • 食べ残しや生ごみを排水口に流さない工夫をする
  • 潮干狩りの前に、その地域の貝毒情報を必ず確認する
  • 赤潮・青潮のニュースに関心を持ち、海の変化を自分ごととして知る
  • 地球温暖化を抑える行動が、めぐりめぐって海の酸欠対策にもなると理解する
きれいで豊かな海を目指す、栄養塩のちょうどよいバランスを表したイメージ図
目指すのは、多すぎず少なすぎない「ちょうどよく豊かな海」

赤潮や青潮は、海が私たちの暮らしとつながっていることを教えてくれるサインです。台所で流した一滴の油、畑にまかれた肥料、そして地球全体の気温上昇――そのすべてが、めぐりめぐって海の色を変えています。だからこそ、一人ひとりの小さな選択が、海を守る力になります。赤潮や青潮が起きたというニュースを見たとき、「なぜ起きたのか」「その海で何が失われたのか」を想像できること自体が、海と共に生きるための大切な一歩です。海の色の変化は、遠い場所の出来事ではなく、私たちの暮らし方への問いかけなのです。

この記事のまとめ

  • 赤潮・青潮・アオコは、いずれも窒素・リンによる富栄養化が原因の同じ問題の別の顔である
  • 赤潮は栄養・高水温・強い日射・穏やかな海の条件でプランクトンが爆発的に増えて起きる
  • 増えたプランクトンの死骸が分解されると酸素が枯れ、貧酸素水塊や青潮、大量斃死につながる
  • 瀬戸内海は赤潮多発から回復した一方、今度は栄養塩不足(貧栄養化)に直面し、2021年に規制から管理へ転換した
  • 有明海ではノリの色落ちが問題化し、二枚貝を使った栄養バランスの調整が試みられている
  • 温暖化は水温上昇・成層強化・酸素低下を通じて赤潮・貧酸素を悪化させる世界共通の課題である
  • 目指すのは「きれいで豊かな海」。栄養塩をちょうどよく保つ管理と、私たちの日々の選択が鍵となる

参考文献・出典

  1. 環境省 せとうちネット – 瀬戸内海の赤潮発生状況・漁業被害件数の統計データ
  2. 農林水産省 – なぜ赤潮は発生するのですか(こどもそうだん)
  3. 水産庁 – 生産段階における貝毒のリスク管理(有毒プランクトンの監視と出荷規制)
  4. 東京都環境局 – 貧酸素水塊・青潮の発生メカニズム(東京湾)
  5. 環境省 – 瀬戸内海環境保全特別措置法の一部改正(2021年・栄養塩類管理制度)
  6. 環境省 有明海・八代海等総合調査評価委員会 – ノリが必要とする栄養塩と色落ち軽減技術に関する資料
  7. 東京大学大学院農学生命科学研究科 – 2021年秋・北海道東部太平洋岸の有害赤潮 Karenia selliformis の解析
  8. 地方独立行政法人 北海道立総合研究機構(水産研究本部) – 2021年 北海道太平洋沿岸のカレニア赤潮に関する報告
  9. NOAA(米海洋大気庁)/米国議会調査局 – メキシコ湾のデッドゾーンと富栄養化・貧酸素に関する報告

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