+1.33℃
日本近海の海面水温上昇(100年あたり/世界平均の2倍超)
94%減
スルメイカ漁獲量の減少(2000年→2024年)
11%
2024年サンマ水揚量(ピークの2008年比)

秋になっても、サンマが食卓に並ばない——。かつて1匹100円台で買えた「大衆魚」は、いまや高級魚と呼ばれるほど値上がりし、店頭から姿を消す年さえある。原因のひとつが、静かに、しかし確実に進む海水温の上昇だ。気象庁によれば、日本近海の海面水温はこの100年で1.33℃上昇し、世界平均の2倍を超えるスピードで温まり続けている。

海は地球温暖化で生じた余分な熱の9割以上を吸収してきた「巨大な緩衝装置」だ。そのおかげで陸上の気温上昇は抑えられてきたが、ツケは海の中に蓄積している。水温がわずか数℃変わるだけで、魚たちの回遊ルート、産卵、成長は大きく狂う。サンマの不漁も、スルメイカの激減も、ブリが北海道で獲れ始めたことも、すべて同じ根から伸びた枝葉だ。

この記事では、日本近海の急速な昇温という「原因」から、魚種ごとの不漁・北上という「結果」、そして資源管理と養殖の見直しという「適応」までを、環境省・気象庁・水産庁・JAMSTEC・IPCCといった信頼できる情報源のデータでたどっていく。海の変化は、私たちの食卓の変化そのものだ。

この記事で学べること

  • 日本近海がなぜ世界平均の2倍以上のスピードで温まっているのか、その仕組みと最新の観測データ
  • サンマ・スルメイカ・サケという「食卓の定番」が不漁になった科学的な理由
  • ブリやサワラの北上に代表される、魚種の分布が北へずれていく現象
  • 高水温がホタテ養殖などにもたらす被害と、赤潮・貧酸素という二次被害
  • 改正漁業法・MSY(最大持続生産量)ベースの資源管理という「適応」の考え方
  • 私たち消費者が持続可能な魚食のためにできる選択

日本近海は「世界の2倍速」で温まっている

まず押さえておきたいのは、海の温暖化は陸の温暖化より「見えにくい」が、決して小さくないという事実だ。気象庁の『日本の気候変動2025』によれば、日本近海の年平均海面水温は、2024年までのおよそ100年間で100年あたり+1.33℃の割合で上昇している。これは世界全体の海面水温の上昇率(+0.62℃/100年)の2倍を超える値で、日本の陸上気温の上昇率(+1.40℃/100年)に匹敵する。

しかも上昇は近年になるほど加速している。2024年には日本近海の年平均海面水温が統計開始以来もっとも高い値を記録し、過去最高を更新した。2025年も速報値で平年を約1.0℃上回り、1908年の統計開始以来3番目の高さとなる見込みだ。上位の年が直近に集中していること自体が、温暖化のトレンドを物語っている。

「海面水温(SST)」とは、海の表面付近の水温のことで、船舶や漂流ブイ、そして人工衛星の赤外線センサーによって全球的に観測されている。気象庁はこれらのデータを100年以上にわたって蓄積し、年ごと・海域ごとの平年差(平年値からのずれ)として公表している。長期にわたる均質な観測があるからこそ、「たまたま暑い年だった」のか「一貫して上がっている」のかを区別できる。そして日本近海のデータが示すのは、明確な右肩上がりの上昇トレンドだ。

日本近海の海面水温が100年で上昇していくことを示すフラットな折れ線グラフ
日本近海の海面水温は長期的に上昇し、直近の数年に過去最高が集中している(イメージ図)。

海が「熱の逃げ場」になってきた

なぜ海の温暖化がこれほど重要なのか。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の評価では、1971〜2010年に地球の気候システムに蓄積された余分なエネルギーのうち90%以上を海洋が吸収してきたとされる。大気の温度上昇が「氷山の一角」にすぎず、その下では膨大な熱が海に溜め込まれてきたということだ。

この蓄熱は、海水の膨張による海面上昇、溶存酸素の低下、そして生態系の分布変化として現れる。水温の変化は海流のパターンとも密接に結びついており、暖流と寒流のせめぎ合いが魚の回遊を左右する。海流そのものの変化については海水温上昇と海流変化の記事で詳しく扱っているので、あわせて読んでほしい。また、温暖化はプラスチックごみなど別の海洋問題とも重なり合い、海の生態系に複合的な負荷をかけている。海に沈むごみの実態は深海ゴミ問題の記事も参考になる。

海が熱をため込むもうひとつの厄介な点は、その「記憶の長さ」だ。大気は数日で入れ替わるが、海は熱容量が桁違いに大きいため、いったん温まると簡単には冷めない。つまり、いま大気中の温室効果ガスを減らしても、すでに海に蓄えられた熱はしばらく居座り続ける。海の温暖化は慣性の大きい現象であり、私たちは向こう数十年、この温まった海を前提に漁業や食生活を組み立て直す必要がある。

この節のポイント

  • 日本近海の海面水温は100年で+1.33℃、世界平均の2倍以上のスピードで上昇
  • 2024年は統計開始以来の過去最高を更新、2025年も歴代3位の高さ
  • 海は温暖化による余分な熱の90%以上を吸収してきた巨大な緩衝装置
指標上昇率(100年あたり)備考
日本近海の海面水温+1.33℃世界平均の2倍超
世界平均の海面水温+0.62℃全球平均
日本の陸上気温+1.40℃参考値
気象庁『日本の気候変動2025』などによる海面水温・気温の長期上昇率。

重要なのは、「1℃くらい」と侮れないことだ。魚は変温動物で、体温や代謝、産卵のタイミングを水温に強く依存している。人間が体温を1℃上げると発熱でつらいのと同じで、海の生きものにとって年平均で1℃を超える変化は、生息できる海域そのものを塗り替えるほどの大事件なのである。

しかも「年平均で+1.33℃」という数字は、あくまで平均の話にすぎない。実際の海では、夏場に平年より+3〜4℃も高くなる極端な高水温(海洋熱波)が発生し、その一撃で魚介類が大量に死んだり、逃げ出したりする。平均値がじわじわ上がる「慢性のストレス」と、極端な高水温という「急性のショック」の両方が、いま日本の海に同時にのしかかっている。この二段構えこそが、海水温上昇を単なる数字以上に厄介な問題にしている。

なぜ日本近海はこれほど速く温まるのか

世界の海が一様に温まっているわけではない。日本近海が突出して速く昇温している背景には、いくつかの地理的・海洋学的な理由が重なっている。まず、日本列島は温まりやすい陸地に囲まれた縁辺海(えんぺんかい)に面しており、大きな外洋よりも熱がこもりやすい。日本海のように半ば閉じた海は、外洋と水が入れ替わりにくく、いったん温まると熱が抜けにくい構造になっている。

黒潮という「暖房装置」

最大の要因は、世界有数の暖流である黒潮の存在だ。黒潮は熱帯の暖かい海水を日本の南岸沿いに運び込み、その延長である黒潮続流が東北沖まで達する。近年はこの黒潮続流が例年より北へ張り出す年が増え、本来なら冷たい親潮(寒流)が南下してくるはずの海域まで暖水が居座るようになった。日本近海の昇温には、この暖流の勢力変化が強く効いている。

日本の東方沖は、暖流の黒潮と寒流の親潮がぶつかり合う世界的にも珍しい「潮境(しおざかい/混合域)」だ。冷たい水と暖かい水が混ざり合うこの海域は栄養塩が豊富で、プランクトンが繁茂し、それを食べる魚が集まる好漁場になってきた。日本がサンマ・サケ・サバといった豊かな水産資源に恵まれてきたのは、この潮境のおかげでもある。だからこそ、黒潮と親潮の勢力バランスが崩れると、日本の漁業は根こそぎ影響を受けてしまう。

黒潮と親潮のせめぎ合いを示す日本周辺のフラットな海流図
暖流の黒潮と寒流の親潮がせめぎ合う東北沖。暖水の北上が魚の回遊を大きく変える(イメージ図)。

海洋熱波——海の「猛暑日」

近年注目されているのが海洋熱波(マリンヒートウェーブ)だ。これは海面水温が平年より極端に高い状態が数日から数か月続く現象で、いわば海の「猛暑」にあたる。JAMSTEC(海洋研究開発機構)の観測では、2023年に日本近海の広い範囲で平年より+3〜4℃も高い海洋熱波が発生した。

この海洋熱波は海の中だけの問題では終わらない。気象庁・東京大学・北海道大学・JAMSTECが2024年に発表した調査によれば、2023年に北日本近海で続いた記録的な海洋熱波は、同年に北日本を襲った歴代1位の暑夏(夏の平均気温平年差+3.0℃)に大きな影響を与えた可能性が高いとされる。海面水温の高温が下層雲の形成を妨げて日射を増やし、海が大気を直接暖め、水蒸気の増加で温室効果を強めたという。温まった海が陸の猛暑を後押しする、海と陸のフィードバックが働いているのだ。私たちが感じる夏の異常な暑さと、海の中で進む異変は、実はコインの裏表の関係にある。

海洋熱波が魚に与える影響は、水温そのものだけではない。急な高水温はプランクトンの種類や量を変え、魚の餌となる生物の分布を丸ごとずらしてしまう。餌が減れば魚は成長も産卵もままならず、あるいは餌を追って別の海域へ去ってしまう。海洋熱波は、水温という「環境」と餌という「食物連鎖」の両面から、漁場を突き崩していくのだ。

さらに見逃せないのが、水温上昇と同時に進む海洋酸性化や貧酸素化だ。大気中の二酸化炭素を吸収した海は酸性化が進み、貝や甲殻類、サンゴなど殻や骨格をつくる生物に悪影響を及ぼす。水温が上がると水に溶ける酸素の量も減る。海の生きものは、温度・酸性度・酸素という複数のストレスに同時にさらされているのだ。海水温上昇を単独の現象として見るのではなく、こうした環境変化のセットとして捉えることが、問題の全体像をつかむうえで欠かせない。

  • 縁辺海の地形:温まりやすい陸に囲まれ熱がこもる
  • 黒潮続流の北上:暖水が本来寒流の海域まで居座る
  • 海洋熱波の頻発:平年+3〜4℃の極端な高水温イベント
  • 海と陸の相互作用:温まった海が陸の猛暑を増幅する

海洋熱波とは

特定の海域で海面水温が平年を大きく上回る状態が長く続く現象。サンゴの白化、魚の大量移動・へい死、赤潮の発生などを引き起こし、漁業や養殖に直接ダメージを与える。近年は発生の頻度・強度ともに増加傾向にある。

こうした高水温は、サンゴのように動けない生きものにとって致命的だ。実際、2024年には沖縄などで大規模なサンゴの白化が確認されている。海洋生態系全体への影響はサンゴ白化の記事海洋酸性化とサンゴの記事もあわせて参照してほしい。

サンマ不漁——「大衆魚」が消えた10年

海水温上昇の影響をもっとも象徴的に体現しているのがサンマだ。かつて秋の食卓を彩った「大衆魚」の水揚げは、この10数年で崩壊的に減少した。全国さんま棒受網漁業協同組合や水産庁の統計をたどると、その激変ぶりがよくわかる。

全国水揚量(概数)備考
2008年約34.3万トン近年のピーク
2019年約4.6万トン記録的不漁の始まり
2022年約1.7万トン1960年代以降で最低
2023年約2.4万トンやや回復
2024年約3.6万トンピークの約11%
サンマ全国水揚量の推移。2008年のピークから大きく落ち込んだ(水産庁・全さんま等より)。

2022年の約1.7万トンは、棒受網漁業が普及した1960年代以降でもっとも少ない水準だった。2023年、2024年とやや持ち直したものの、2024年の約3.6万トンでもピーク年(2008年)のわずか11%程度にすぎない。かつて1匹100円台だったサンマが1匹数百円する「高級魚」になったのも当然といえる。秋の食卓の主役が、いつのまにか特別な日のごちそうへと変わってしまったのだ。

不漁は水揚げの量だけでなく、獲れる魚の「質」も変えた。近年のサンマは、かつてに比べて痩せて小ぶりな個体が目立つと指摘されている。回遊ルートが変わり、餌の豊富な海域を十分に通らないまま漁場にやってくるため、脂の乗りが悪くなりやすい。数が減り、しかも一尾一尾が小さくなる——ダブルパンチが産地の経営を圧迫している。

サンマ漁を支える産地の打撃も深刻だ。北海道の根室・釧路や岩手の大船渡など、サンマを主力としてきた漁港では、水揚げの激減が加工場や運送、飲食まで含めた地域経済を直撃している。魚が来なければ船は出ず、船が出なければ港のにぎわいも失われる。サンマの不漁は、一つの魚種の問題にとどまらず、それを軸に成り立ってきた地域社会そのものの持続可能性を問う問題になっている。

サンマが日本に来なくなった理由

不漁の主因は乱獲だけではない。海水温の変化による回遊ルートのずれが大きい。サンマは冷たい親潮系の水を好む魚だが、前述のように暖かい黒潮続流が東北南部まで北上し、冷たい親潮が日本沿岸まで十分に張り出さなくなった。その結果、サンマの群れは日本の沿岸に近づかず、はるか沖合を南下してしまうようになったのだ。漁船は魚を追ってより遠くの海域まで出漁せざるを得ず、燃料費がかさみ、鮮度の維持も難しくなる。海の変化は、漁のコスト構造まで押し上げている。

サンマの回遊ルートが沖合へずれる様子を示すフラットな図解
暖水の北上で、サンマの群れは日本沿岸を避け沖合を南下するようになった(イメージ図)。

さらに問題を複雑にしているのが国際的な漁獲競争だ。サンマは日本のEEZ外の公海も回遊するため、中国・台湾などの漁船との競合が激しい。かつて年60万トンあった国際的な漁獲量は、2021年に歴史的最小の約9.3万トンまで落ち込み、資源評価は「枯渇状態」とされた。日本が沿岸で漁を控えても、公海で他国が獲りすぎれば資源は守れない。国境をまたいで回遊する魚の管理には、一国だけの努力では届かない難しさがある。

遅ればせの国際管理

北太平洋漁業委員会(NPFC)は資源回復のため漁獲枠を設定しており、2025年の総漁獲可能量(TAC)は前年比10%減の約20.25万トン(うち公海12.15万トン)に決められた。日本も2025年の国内漁獲枠を前年比約1割減の約9.56万トンとし、漁獲枠制度が始まった1997年以来はじめて10万トンを下回った。ただしWWFジャパンなどは「枠の削減はまだ不十分」と指摘しており、資源が回復軌道に乗るかは予断を許さない。

サンマ不漁の3つの要因

  • 海水温上昇:暖水の北上で回遊ルートが沖合へずれた
  • 国際的な漁獲競争:公海での多国籍漁船との競合
  • 資源の枯渇:長年の高い漁獲圧で親魚が減少

サンマの物語が私たちに教えてくれるのは、「海水温上昇」「国際的な資源の奪い合い」「乱獲」という複数の要因が絡み合うと、資源はあっという間に崩れるということだ。逆にいえば、回復にはこの3つすべてに同時に手を打つ必要がある。水温は下げられなくても、国際協調による漁獲枠の設定と、各国の遵守によって、少なくとも「人間による獲りすぎ」という要因は制御できる。サンマは、気候変動時代の資源管理の難しさと可能性を映す鏡なのだ。

スルメイカとサケ——静かに消えていく食卓の魚

不漁はサンマだけではない。「イカの王様」スルメイカ、そして秋鮭でおなじみのサケも、海水温上昇の直撃を受けている。どちらも産卵・生育の初期段階が水温に極めて敏感で、環境の変化が資源量にダイレクトに響く。

20年で94%減——スルメイカ

スルメイカの漁獲量の落ち込みは、サンマ以上に急激だ。2000年に約30万トンあった漁獲量は、2024年漁期には約1.8万トンまで減少した。実に20年あまりで約94%の減少である。刺身、焼きイカ、塩辛、するめと日本の食文化に深く根ざした魚が、いまや高値の希少品になりつつある。

スルメイカとサンマの漁獲量が急減していくフラットな棒グラフ
スルメイカもサンマも、この20年余りで漁獲量が9割前後まで激減した(イメージ図)。

スルメイカは東シナ海から日本海の海底で産卵し、ふ化した幼生が生き残りやすい水温はおよそ19.5〜23℃とされる。ところが温暖化で産卵場の水温がこの適水温から外れると、卵や幼生が大量に死んでしまう。産卵の「入口」で失敗すれば、その年の資源全体が細るのだ。加えて日本海での漁獲圧も高く、資源管理の甘さを指摘する声も根強い。

スルメイカはわずか約1年で一生を終える「短命」な生きものでもある。寿命が短いということは、環境が良ければ一気に増えるが、悪ければ一気に減るということだ。長寿の魚のように「悪い年を親魚がやり過ごして翌年に持ち越す」余裕がないため、産卵場の高水温が数年続くと資源が急落しやすい。気候変動に対して構造的に脆弱な生活史を持っているといえる。

スルメイカの産卵場の水温上昇が幼生の生存を脅かす様子を示すフラットな図解
産卵場の水温が適水温帯から外れると、スルメイカの卵や幼生が生き残りにくくなる(イメージ図)。

帰ってこないサケ

サケ(シロザケ)は、川で生まれて海へ下り、数年後にふるさとの川へ産卵に戻る「母川回帰」の魚だ。北海道・東北の重要資源だが、近年は回帰する親魚が減り続けている。2021年の漁獲量は約5.4万トンと過去最低レベルまで落ち込んだ。

不漁の主因とされるのが、放流された稚魚が海へ下る時期の沿岸水温の上昇だ。サケの稚魚は5〜13℃前後の冷たい海を好むが、温暖化で春の沿岸が早く温まると、稚魚が十分に成長・適応できないまま高水温にさらされ、生き残る割合が下がってしまう。海の入口の数週間が、数年後の水揚げを左右する。

日本のサケ資源は、稚魚を育てて放流する「ふ化放流事業」に大きく支えられてきた。人の手で毎年何十億尾もの稚魚を放流してきたにもかかわらず戻ってくる親魚が減っているという事実は、問題が川ではなく海側にあることを強く示唆している。いくら川で手厚く育てても、海が変わってしまえば魚は帰ってこない。温暖化は、これまで有効だった増殖の仕組みそのものを揺さぶっている。

サンマ・スルメイカ・サケという不漁の三役に共通するのは、いずれも「安くて身近な魚」だったという点だ。塩焼きのサンマ、イカの塩辛、鮭の切り身——どれも特別な日のごちそうではなく、日常の食卓を支えてきた庶民の魚である。その3つがそろって手の届きにくい存在になりつつあることは、海水温上昇が私たちの食文化の土台をじわじわ削っていることを意味する。魚が減るとは、単に売り場から品物が消えることではなく、暮らしの記憶や季節感までもが薄れていくことなのだ。

  • スルメイカ:産卵場(東シナ海〜日本海)の高水温で幼生が減少(適水温19.5〜23℃)
  • サケ:稚魚が海へ下る時期の沿岸昇温で初期生残率が低下
  • 共通点:産卵・降海という「生活史の入口」が水温に敏感

生活史の「ボトルネック」

多くの魚は、卵・仔稚魚の時期にもっとも環境変化に弱い。この時期の水温がわずかにずれるだけで生き残る数が激減するため、産卵・降海のタイミングは資源量を決める「ボトルネック(隘路)」になる。海水温上昇はまさにこの弱点を突いている。

魚は北へ動く——分布北上と「勝ち組・負け組」

海水温上昇は、魚を「減らす」だけではない。生息に適した水温帯を追って、魚の分布そのものが北へ移動している。冷たい海を好む魚は生息域を狭められる一方で、暖かい海を好む魚は北の海に進出する。日本の漁業には、この変化の「勝ち組」と「負け組」が生まれている。

北海道でブリが獲れる時代

その象徴がブリだ。もともと西日本〜本州で獲れる暖水性の魚だったが、近年は資源が過去最高水準にあり、北海道で大量に水揚げされるようになった。サワラ(鰆)も同様に分布を北へ広げており、東北や北海道でも見られるようになっている。地元にとってなじみの薄い魚が増える一方、これまでの主力魚が獲れなくなる——漁業の風景が塗り替わりつつある。

この北上は、じつは魚だけの話ではない。魚の餌となるプランクトンや小型生物の分布、さらには海藻が茂る「藻場(もば)」の位置まで、水温に応じて北へずれていく。暖かい海では海藻を食べる魚やウニが活発になり、藻場が消える「磯焼け」が広がる例も報告されている。海の生態系はひとつのピラミッドとしてまとまって動くため、水温上昇は食物連鎖のあらゆる階層を同時に押し上げていく。藻場は多くの魚の産卵・生育の場でもあり、その消失は資源全体をさらに細らせる悪循環を招く。

生きものが水温変化に「進化」で対応するには何世代もかかるが、温暖化のスピードはそれをはるかに上回る。だから多くの魚は、体を変えるのではなく、居場所を変える——つまり北へ移動することで生き延びようとする。極限環境に何百万年もかけて適応してきた深海生物のような適応と違い、急速な温暖化に対して魚たちが取れる手段は「逃げる」ことにほぼ限られている。分布の北上は、生きものたちの必死の避難行動でもあるのだ。

暖水性魚種が日本列島を北上していく様子を示すフラットな地図
暖水性のブリやサワラが分布を北へ広げ、北海道でも主要な漁獲対象になりつつある(イメージ図)。

ただし「北で獲れるようになったから差し引きゼロ」とは言えない。新しく来た魚を獲るには、対応した漁具・加工・流通・販路が必要で、地域が新魚種にすぐ適応できるわけではない。長年サケやコンブに頼ってきた産地が、いきなりブリの産地に転身するのは容易ではないのだ。魚が北上しても、それを支える人と設備が追いつかなければ、地域の漁業は痩せていく。加えて、消費者にとってもなじみの薄い魚は売れにくく、せっかく獲れても値がつかないという「宝の持ち腐れ」が起きやすい。魚種の交代は、獲る側と食べる側の両方が同時に変わって初めて乗り越えられる。

「負け組」に逃げ場は少ない

冷水性の魚にとって、北上には限界がある。日本列島の北端より先は他国のEEZや外洋であり、日本の漁業が追いかけられる範囲には限りがある。サンマ・サケ・スルメイカのように冷たい海を好む魚は、まさに「逃げ場を失う」側にいる。分布の北上は一部の魚の福音であると同時に、多くの伝統的な資源にとっては退場のサインでもある。

しかも「勝ち組」の暖水魚とて、安泰とは限らない。分布が広がって一時的に豊漁になっても、水温上昇がさらに進めば、今度はその魚自身が北へ押し出される番が来る。海水温上昇のもとでは、どの魚も「勝者」であり続けられる保証はない。魚種構成が数年単位で入れ替わり続ける不確実な海に、漁業も食文化も向き合わざるを得なくなっている。

区分主な魚種傾向
暖水性(進出)ブリ、サワラ分布が北上、北日本で増加
冷水性(後退)サンマ、サケ、スルメイカ生息域が縮小、不漁が深刻
高水温に弱い定着種ホタテ、コンブ夏の高水温でへい死・生育不良
海水温上昇による魚種ごとの明暗。暖水性は北へ、冷水性は縮小へ。

回遊性魚介類では日本周辺での分布域や産卵域の変化、水温上昇による海面養殖が不適になる海域の増加などの影響が評価されている。

― 水産庁 気候変動適応関連資料

分布北上が突きつける問い

  • 獲れる魚が変われば、加工・流通・食文化も作り直す必要がある
  • 冷水性の魚は北の海に逃げ場が少なく、資源縮小が深刻化しやすい
  • 暖水性の魚も、さらなる昇温で将来は北へ押し出される可能性がある

養殖への打撃——ホタテ・赤潮・貧酸素

海水温上昇の被害は、回遊魚だけでなく、動けない養殖生物にも及ぶ。生けすや養殖棚に固定された生きものは、高水温から逃げられないぶん、かえって深刻なダメージを受けやすい。日本の養殖業は、いま気候変動の最前線に立たされている。

ホタテの稚貝が死ぬ

北海道の主力であるホタテ養殖では、高水温による稚貝の大量へい死が報告されている。2023年春には約1.8億粒の稚貝が死んだとされ、産地に大きな衝撃を与えた。ホタテは冷たい海を好む貝で、夏の高水温が続くと成長不良やへい死が起きやすい。安定生産を前提にしてきた養殖経営にとって、水温の乱高下は死活問題だ。

ホタテの被害が示すのは、養殖業が「時間差の産業」だということだ。稚貝が死ねば、その世代が出荷サイズに育つはずだった2〜3年後の水揚げがまるごと消える。高水温の影響は、その年の売上だけでなく、数年先の生産計画にまで穴を開ける。しかも一度死んだ稚貝は取り戻せないため、被害は「あとから効いてくる」。天候不順のように翌年に取り返せる性質のものではないのだ。

高水温で打撃を受ける養殖のホタテ棚を表す写真的なイメージ
冷たい海を好むホタテは、夏の高水温が続くと稚貝のへい死が起きやすい。

赤潮と貧酸素という二次被害

高水温は、赤潮(プランクトンの異常増殖)や貧酸素水塊の発生も後押しする。水温が上がると植物プランクトンが増えやすく、それが分解される過程で海中の酸素が消費され、魚介類が窒息する。北海道では温暖化や赤潮による大きな被害が相次ぎ、ホタテのへい死やコンブ・サケの不漁が同時多発的に起きた例もある。ひとつの高水温イベントが、複数の被害を連鎖的に引き起こすのだ。

高水温が赤潮と貧酸素を連鎖的に引き起こす仕組みを示すフラットな図解
高水温は赤潮や貧酸素を誘発し、被害が連鎖的に広がる(イメージ図)。

養殖の魚は、天然の魚のように餌を求めて自由に動くことができないぶん、餌代というコストも重くのしかかる。水温が上がると魚の代謝が上がって餌をよく食べる一方、酸素不足やストレスで病気にもかかりやすくなる。餌代が増え、へい死のリスクも高まるという二重苦のなかで、養殖経営は難しい舵取りを迫られている。安定した水温という「当たり前」が崩れることの影響は、想像以上に広く深い。

  • 直接被害:高水温による稚貝・養殖魚のへい死や成長不良
  • 赤潮:水温上昇でプランクトンが異常増殖し漁場を汚染
  • 貧酸素:有機物の分解で酸素が奪われ魚介類が窒息
  • 複合災害:ひとつの高水温が複数の被害を連鎖させる

養殖は「制御できる漁業」として食料供給の柱と期待されてきたが、その前提は安定した水温だった。海が想定を超えて温まるいま、養殖適地そのものが北へずれ、これまでの産地が使えなくなる可能性がある。水産庁も、水温上昇で海面養殖が不適になる海域が広がると評価しており、産地の再編は避けられないテーマになりつつある。

打開策として注目されているのが、水温をコントロールしやすい「陸上養殖」や、高水温に強い品種・魚種への転換だ。海に生けすを浮かべる従来の方式に対し、陸上のタンクで水温や水質を管理する陸上養殖なら、海洋熱波の影響を受けにくい。ただし設備投資やエネルギーコストが大きく、誰もがすぐ移行できるわけではない。気候変動に強い養殖への転換は、技術とコストの両面で乗り越えるべき課題が多い、長い道のりでもある。

養殖が抱える弱点

生けすや養殖棚の生きものは高水温から逃げられない。しかも一か所に密集しているため、赤潮や貧酸素が起きると被害が一気に拡大する。「安定生産」を前提にしてきた養殖ほど、水温の乱高下に弱いという逆説がある。

どう向き合うか——資源管理と適応の最前線

海水温上昇は世界規模の問題であり、日本一国で海の温度を下げることはできない。だからこそ重要なのが、変化を前提にして被害を最小化する「適応」だ。その柱が、科学に基づく資源管理と、養殖・産地の見直しである。

70年ぶりの漁業法改正とMSY

日本は2020年に施行された改正漁業法で、資源管理の考え方を大きく転換した。従来は漁具や操業日数を制限する「入口規制」が中心だったが、新制度は漁獲量そのものを管理する漁獲可能量(TAC)を基本に据えた。目標は、資源を減らさずに長期的に最大の漁獲を得られるMSY(最大持続生産量)を実現できる水準に、資源量を維持・回復させることだ。

具体的には、資源評価に基づいて「目標管理基準値」と、乱獲を防ぐための「限界管理基準値」を設定し、それに沿ってTACを決める。現行のTAC対象魚種は令和3年(2021年)漁期からMSYベースの管理へ移行し、サバ類は先行して令和2年(2020年)漁期から実施されている。魚が減ってから慌てるのではなく、科学的な基準線を決めて先手を打つ——それが新しい資源管理の発想だ。

気候変動の時代には、この資源管理の考え方をアップデートする必要も出てくる。MSYは「環境が安定している」という前提で計算されるが、水温が動き続ける海では、その前提そのものが揺らぐ。ある年に適正だった漁獲枠が、翌年には獲りすぎになっているかもしれない。だからこそ、最新の観測データをこまめに資源評価へ反映し、環境変化を織り込んで枠を機動的に見直す「順応的(じゅんのうてき)管理」が、これからますます重要になる。

MSYとTACとは

MSY(最大持続生産量)は、資源を枯渇させずに毎年獲り続けられる漁獲量の理論的な上限。TAC(漁獲可能量)は、その考えに基づいて魚種ごとに年単位で定める漁獲の上限枠。TACをMSYと整合させることで、獲りすぎを防ぎ資源を長持ちさせるのが狙い。

温暖化を前提にした漁場・養殖の設計

資源管理と並ぶもうひとつの適応が、温暖化を織り込んだ漁場・養殖の再設計だ。水産庁は気候変動に対応した漁場整備のガイドラインを整備し、高水温に強い養殖品種の開発、養殖適地の見直し、赤潮・貧酸素のモニタリング強化などを進めている。北上してきた新しい魚種を活かす加工・販路づくりも、産地が生き残るための現実的な適応策だ。

科学技術の役割も大きい。人工衛星による海面水温の観測、海中を漂って水温・塩分を測る自動観測ブイ(アルゴフロート)、そして海況予測モデルの高度化によって、「いつ・どこに・どの魚が来るか」を事前に見通す精度が上がってきた。漁業者がこうした情報を使えば、無駄な出漁を減らし、燃料と労力を効率的に配分できる。海の変化を「予測して先回りする」ことも、立派な適応のひとつだ。

とはいえ、適応には限界もある。資源管理は魚が減りすぎてからでは効きにくく、養殖適地の移動には多額の投資と時間がかかる。根本的な対策は、やはり温室効果ガスの排出を減らして海の温暖化そのものを抑えることだ。適応(変化への備え)と緩和(温暖化を止める努力)は車の両輪であり、どちらか一方だけでは海の恵みを守り切れない。

科学的な資源管理と適応策を象徴するフラットな図解
科学的な資源評価、漁獲枠、養殖の見直し、新魚種の活用を組み合わせた「適応」の全体像(イメージ図)。

消費者にできること

適応の担い手は、漁業者や行政だけではない。私たち消費者の選択も、資源を守る力になる。旬の魚や、そのとき豊富に獲れる魚を選ぶ「フードマイレージ」的な発想は、特定の魚に集中する漁獲圧を分散させる。持続可能な漁業を認証するMSCやMEL、ASC(養殖)といったラベルを目印にするのも有効だ。海の変化を「自分ごと」として食卓から考えることが、資源回復の遠回りに見えて確実な一歩になる。

北海道で獲れ始めたブリを積極的に食べる、いつものサンマの代わりに旬の別の魚を味わってみる——そんな小さな選択の積み重ねが、変わりゆく海に合わせて食文化を柔らかく更新していく。「昔ながらの魚」に固執するのではなく、いまの海が育んでくれる恵みを楽しむしなやかさこそ、気候変動時代の賢い魚食といえるかもしれない。消費者が新しい魚を受け入れることは、北上してきた魚種を活かそうとする産地の努力を後押しすることにもつながる。

  1. 旬の魚・そのとき豊富な魚(北上してきた新魚種を含む)を積極的に選ぶ
  2. MSC・MEL・ASCなど持続可能性の認証ラベルを目印にする
  3. 不漁の魚を無理に求めず、価格が資源状況のサインだと理解する
  4. 海洋環境や資源管理のニュースに関心を持ち続ける
認証ラベルの付いた魚を選ぶ消費者を表す写真的なイメージ
旬の魚や持続可能性の認証ラベルを選ぶ——消費者の選択も資源を守る力になる。

今日からできる3つのアクション

  • 買い物のとき、旬の魚と持続可能性の認証ラベルを意識してみる
  • 「なぜこの魚は高いのか」を資源状況の視点で調べてみる
  • 海水温や漁業のニュースを家族や友人と話題にしてみる

まとめ——海の変化は、食卓の変化

日本近海は世界平均の2倍を超えるスピードで温まり、その影響はサンマの不漁、スルメイカの激減、サケの回帰減少、魚の北上、養殖の被害という形で、すでに私たちの食卓に届いている。海水温上昇は遠い未来の話ではなく、いま進行中の現実だ。

この記事でたどってきたように、海水温上昇は「原因」と「結果」と「適応」が一本の線でつながっている。日本近海の急速な昇温と海洋熱波が原因となり、冷水性の魚の不漁と暖水性の魚の北上という結果を生み、それに対して資源管理と養殖の見直しという適応が模索されている。ばらばらに見えるニュース——サンマが高い、ブリが北海道で獲れる、ホタテが死んだ——は、すべて同じ大きな流れの中にある出来事なのだ。

一方で、私たちは無力ではない。科学に基づく資源管理、温暖化を前提にした漁場・養殖の設計、そして消費者一人ひとりの選択——これらを積み重ねる「適応」によって、被害を和らげ、海の恵みを次の世代へつなぐことはできる。海の変化を正しく知ることが、その第一歩だ。深海の生きものが極限環境にどう適応してきたかを描いた深海生物の適応の記事も、海の生命のたくましさを知るヒントになるだろう。

この記事のまとめ

  • 日本近海の海面水温は100年で+1.33℃上昇し、世界平均の2倍超。2024年は過去最高を更新した
  • サンマはピーク比11%、スルメイカは20年で94%減。冷水性の魚が「逃げ場」を失っている
  • ブリやサワラは北上し、漁業に「勝ち組・負け組」が生まれている
  • ホタテ養殖のへい死、赤潮・貧酸素など、養殖も高水温の直撃を受けている
  • 改正漁業法によるMSY・TACベースの資源管理と、温暖化を前提にした適応が対策の柱
  • 旬の魚や認証ラベルを選ぶなど、消費者の選択も資源を守る力になる

参考文献・出典

  1. 気象庁 – 海洋の健康診断表 海面水温の長期変化傾向(日本近海)/日本の気候変動2025
  2. 気象庁 – 臨時診断表 2024年の日本近海の年平均海面水温が過去最高を更新
  3. 水産庁 – 水産白書 我が国近海等での海洋環境の変化
  4. 水産庁 – 新たな資源管理について(改正漁業法・MSY・TAC)
  5. 水産庁 – 気候変動に対応した漁場整備方策に関するガイドライン
  6. JAMSTEC(海洋研究開発機構) – 黒潮親潮ウォッチ 最近の海洋熱波・寒波
  7. 東京大学 先端科学技術研究センター – 2023年北日本の歴代1位の暑夏への海洋熱波の影響がより明らかに
  8. 全国さんま棒受網漁業協同組合 – さんまの水揚量(年)統計
  9. WWFジャパン – 北太平洋漁業委員会2025結果報告 サバやサンマの漁獲枠削減
  10. 気象庁 – 気候と海洋の知識 海洋への熱の蓄積について(IPCC評価)

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