30%
2030年までに守る海と陸の面積目標(30by30)
13.3%
日本の管轄海域に占める海洋保護区の割合
2.8%
世界で「実効的に」保護されている海の割合

「海を守る」と聞くと、多くの人はゴミ拾いや水質改善を思い浮かべるかもしれません。しかし今、世界の海洋保全でもっとも熱く議論されているのは、海の一部を区切って守る「海洋保護区(MPA:Marine Protected Area)」という仕組みです。2030年までに地球の海と陸の30%以上を守る——この「30by30(サーティ・バイ・サーティ)目標」が、いま各国の環境政策を大きく動かしています。

では、日本の海はどこまで守られているのでしょうか。答えは管轄海域の13.3%。数字だけ見れば国際的な最低ラインはクリアしていますが、世界全体で見ると「実効的に」守られた海はわずか2.8%にとどまり、多くの保護区が名ばかりの「ペーパーパーク」になっているという厳しい現実があります。

この記事では、海洋保護区とは何かという基本から、30by30目標の背景、日本の現状と割合、実効性をめぐる課題、そして海を守ることと漁業で暮らすことをどう両立させるのかまでを、環境省や水産庁、国際機関の一次データをもとに、中高生から大人まで読めるようにやさしく整理していきます。

この記事で学べること

  • 海洋保護区(MPA)とは何か、なぜ今その拡大が急がれているのか
  • 「30by30目標」が生まれた国際的な経緯と、日本が掲げる数値目標
  • 日本の海洋保護区13.3%の中身と、沖合海底自然環境保全地域の役割
  • 「面積は達成、でも中身が伴わない」ペーパーパーク問題の本質
  • OECM・自然共生サイトという新しい保全の仕組み
  • 禁漁区が逆に漁獲を増やす「スピルオーバー効果」と、地域漁業との両立の道

海洋保護区(MPA)とは何か

海洋保護区(MPA)とは、海洋の生物多様性や生態系を守るために、法律や制度で特別に管理される海域のことです。英語のMarine Protected Areaの頭文字をとって「MPA」と呼ばれます。国立公園の海版をイメージすると分かりやすいでしょう。ただし「保護区」といっても、人の立ち入りをすべて禁じる無人地帯という意味ではありません。漁業や観光を一定のルールのもとで認める区域から、一切の採取を禁じる厳格な区域まで、その中身は幅広く分かれています。

なぜ海の一部を区切って守るのか

陸上の自然を国立公園として守るのと同じ発想が、海にも必要だと考えられるようになったのは比較的最近のことです。海は目に見えにくく、国境をまたいで水がつながっているため「誰のものでもない共有地」として扱われ、乱獲や汚染、開発が進みやすい場所でした。特定の海域を区切って保護することで、産卵場や稚魚の育つ場所を守り、傷んだ生態系が自ら回復する時間と空間を確保する——これが海洋保護区の基本的な考え方です。海の温暖化や酸性化といった地球規模のストレスが強まるなか、海水温上昇と海流の変化に対して生態系が踏みとどまる「体力」を保つうえでも、保護区の役割は年々大きくなっています。

海洋保護区の内側と外側で生き物の量が変わる様子を対比したイラスト
保護区の内側では魚の量や種類が回復しやすく、その効果は外側の漁場にも波及する。

保護の「強さ」にはレベルがある

海洋保護区とひとくくりに言っても、実際には守り方の強さに大きな差があります。国際的な評価基準「The MPA Guide」では、保護区を大きく次の4段階に分類しています。この「レベルの違い」を理解しておくことが、後で出てくる実効性の議論を読み解く鍵になります。

保護レベル許される活動生態系への効果
完全保護(Fully Protected)採取・投棄を一切禁止非常に高い
高度保護(Highly Protected)ごく軽微な利用のみ許可高い
軽度保護(Lightly Protected)一部の漁業などを許可中程度
最小限保護(Minimally Protected)多くの活動を許可限定的
国際基準「The MPA Guide」による海洋保護区の保護レベル分類(概要)。

ここがポイント

  • MPA=海の生物多様性を守るために制度で管理される海域
  • 「立入禁止」ではなく、利用のルールを段階的に決める仕組み
  • 同じ『保護区』でも守りの強さは大きく異なる

つまり、地図上で「保護区」と塗られていても、その一枚の色の中には、ほぼ手つかずの海から、これまでとほとんど変わらず漁業や開発ができる海まで、性質のまったく違う海域が混在しているのです。この点を押さえておくと、「面積は増えたのに海は回復していない」という一見矛盾した状況の理由が見えてきます。

海が『共有地の悲劇』に陥りやすい理由

経済学に「共有地の悲劇」という有名な言葉があります。誰でも自由に使える牧草地では、一人ひとりが自分の家畜を増やそうとした結果、牧草が食い尽くされて全員が損をしてしまう——という寓話です。海はまさにこの状態に陥りやすい典型でした。ある漁場の魚を誰かが我慢して残しても、別の誰かが獲ってしまえば意味がありません。だから「今のうちに獲ってしまえ」という力学が働き、資源はどんどん先細りしていきます。海洋保護区は、この悲劇の連鎖を断ち切り、『みんなで一定の海を残しておく』というルールを社会全体で共有するための装置でもあるのです。

保護区がもたらす4つの恵み

適切に管理された海洋保護区は、生物多様性の保全という直接の目的だけでなく、私たちの暮らしにも複数の恵みをもたらします。第一に、魚や貝を増やして周辺の漁業を支える『水産資源の回復』。第二に、海藻の森やマングローブ、干潟が二酸化炭素を吸収・貯留する『ブルーカーボン』としての気候変動対策。第三に、美しい海を訪れるダイビングやエコツーリズムがもたらす『観光と地域経済』への貢献。そして第四に、健全な生態系が高波や高潮をやわらげる『防災機能』です。海を守ることは、遠い自然のためだけでなく、沿岸に暮らす人々の生活基盤を守ることにも直結しています。

  • 水産資源:産卵場や稚魚の育つ場を守り、漁業を下支えする
  • 気候変動対策:海藻・干潟が炭素を吸収するブルーカーボン
  • 観光・経済:豊かな海がダイビングやエコツーリズムを生む
  • 防災:健全な生態系が高波・高潮の勢いをやわらげる

30by30目標とは——世界が合意した「海の30%を守る」約束

海洋保護区の議論を一気に加速させたのが、2022年12月にカナダ・モントリオールで開かれた生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」です。この国際枠組みの目玉として掲げられたのが、「2030年までに、陸と海のそれぞれ30%以上を健全な生態系として効果的に保全する」という目標——通称「30by30(サーティ・バイ・サーティ)目標」でした。

『愛知目標』からの積み残し

実は、海を区切って守る国際目標はこれが初めてではありません。2010年に名古屋で採択された「愛知目標」では、2020年までに海域の10%を保護区等で守ることが掲げられていました。しかし世界全体でこの10%は達成できず、多くの国が目標を積み残したまま2020年を迎えました。この反省を踏まえ、新しい30by30目標では数値を30%へと大きく引き上げると同時に、単に面積を確保するだけでなく「効果的に(effectively)」「よく管理された(well-managed)」保護であることが強く求められるようになりました。

2020年の愛知目標10%から2030年の30by30目標30%への目標引き上げを示すグラフ
国際目標は10%から30%へ。数字の引き上げと同時に『質』が問われるようになった。

『30by30アライアンス』という枠組み

日本も30by30目標に積極的に取り組む姿勢を示し、環境省は達成に向けた道筋をまとめた「30by30ロードマップ」を策定しました。また、企業・自治体・NPOなどが自主的に参加して生物多様性の保全に取り組む「生物多様性のための30by30アライアンス」も立ち上がり、行政だけでなく民間も巻き込んだ広がりが生まれています。海の30%を守るという目標は、もはや環境省だけの課題ではなく、漁業者・企業・地域社会・そして私たち一人ひとりに関わるテーマになっているのです。

とはいえ、達成への道のりは平坦ではありません。世界全体の保護区は毎年少しずつ広がってはいるものの、2030年まで残された時間を考えると、目標の30%には遠く及ばないというのが現実です。特に、国のEEZの外側に広がる『公海』は、これまでどの国の管理も及ばず保護区を設けにくい空白地帯でした。この課題に対しては、2023年に国連で『公海の生物多様性を守るための新たな条約(BBNJ協定、通称・公海条約)』が採択され、公海にも海洋保護区を設けられる法的な仕組みがようやく整いつつあります。30by30の達成には、各国の努力に加えて、こうした国際協調の前進も欠かせません。

残り時間は多くない

2030年という期限まで残りわずか。世界の海洋保護区は広がってはいるものの、現状のペースでは30%目標の達成は難しいと指摘されています。だからこそ、面積を急いで増やすだけでなく、いかに『実効性のある保護』を効率よく積み上げるかが問われています。

なぜ『30%』なのか

「30%」という数字は、政治的な妥協で決まったわけではなく、多くの科学研究の積み重ねから導かれたものです。生態系がその機能を維持し、種の絶滅を防ぎ、資源として持続的に使えるようにするには、少なくとも海域の3割程度を効果的に保護する必要がある——という研究知見が国際的に共有されてきました。研究者の中には、生物多様性を本当に安定させるにはさらに高い割合が望ましいと指摘する声もあります。つまり30%は『上限』ではなく、生態系を守るために越えなければならない『最低ライン』として設定された目標なのです。

重要なのは、この目標が単なる面積のノルマではないという点です。昆明・モントリオール生物多様性枠組では、保護される区域が『生物多様性にとって特に重要な場所』を含んでいること、そして『よく管理され、公平に運営されている』ことが条件として明記されました。守るべき急所を外して面積だけ稼いでも意味がない——という前回の反省が、目標の文言そのものに刻み込まれているのです。

用語メモ:30by30(サーティ・バイ・サーティ)

「2030年までに(by 2030)、30%を守る(30 percent)」という語呂から名づけられた国際目標。海と陸それぞれで30%以上を効果的に保全することを目指す。2022年のCOP15で採択された昆明・モントリオール生物多様性枠組の中核目標の一つ。

日本の海洋保護区の現状と割合

では、日本の海はどこまで守られているのでしょうか。環境省などの集計によると、日本の海洋保護区は管轄海域の約13.3%を占めています。日本は世界第6位の広さの管轄海域(領海+排他的経済水域)を持ち、その面積は約447万平方キロメートル、国土面積のおよそ12倍にもなります。その13.3%ですから、守られている海の面積は約60万平方キロメートルにのぼります。

2020年に一気に達成した『10%』

日本の海洋保護区の割合は、2020年に大きく前進しました。それまで8%台にとどまっていた割合が、2020年12月に初めて「沖合海底自然環境保全地域」という新しいタイプの保護区が指定されたことで、一気に13.3%まで上昇したのです。これによって、愛知目標の「2020年までに海域の10%」という数値を日本はぎりぎり達成しました。制度が一つ加わるだけで割合が大きく動く——これは、日本の広大な排他的経済水域(EEZ)ならではの特徴でもあります。

日本の管轄海域に占める海洋保護区13.3%の割合を示す円グラフ風のイメージ
日本の管轄海域は国土の約12倍。そのうち約13.3%が海洋保護区に指定されている。

沖合の深海を守る新しい保護区

2020年に指定された沖合海底自然環境保全地域は、日本海溝の最南部や伊豆・小笠原海溝周辺、マリアナ海嶺周辺、西七島海嶺周辺、マリアナ海溝北部といった、陸から遠く離れた深海域を対象にしています。こうした深海は、これまで手つかずに近い状態で残されてきた一方、将来の海底資源開発などの影響が懸念される場所でもあります。極限環境に適応した深海生物のユニークな進化を守るうえでも、また深海にまで沈み込むゴミ問題から生態系を守るうえでも、沖合の保護区は重要な意味を持ちます。

日本の海洋保護区は、この沖合の保護区のほかにも、自然公園(国立公園・国定公園の海域部分)、自然環境保全地域、鳥獣保護区、天然記念物の指定地、そして水産資源を守るための保護水面など、目的も根拠法もさまざまな制度の集合体として成り立っています。ひとつの巨大な保護区があるのではなく、性格の異なる多数の区域を足し合わせて13.3%を構成しているのが日本の特徴です。

区分内容の例主な目的
自然公園国立・国定公園の海域自然景観と生態系の保護
沖合海底自然環境保全地域深海の海溝・海嶺周辺手つかずの深海生態系の保全
自然環境保全地域優れた自然が残る海域生態系の保全
鳥獣保護区・天然記念物海鳥や希少生物の生息地特定の種の保護
保護水面水産動物の産卵・生育場水産資源の維持
日本の海洋保護区を構成する主な制度(環境省などの整理をもとに簡略化)。

13.3%の『内訳』が問われる時代へ

13.3%という数字は、愛知目標の10%を上回った点では評価できます。しかし、その内訳を見ると課題も浮かびます。日本の海洋保護区の多くは、漁業や利用を幅広く認める『軽度保護』に近い区域が中心で、一切の採取を禁じる完全保護の海域は、面積で見ればごくわずかです。30by30目標が求める『効果的な保護』という物差しを当てると、13.3%のうちどれだけが本当に生態系を回復させる力を持っているのか——ここが日本の宿題になります。目標達成のためには、単に新しい海域を加えて割合を30%まで押し上げるだけでなく、既存の保護区の管理の質を高め、必要な場所では規制を強めていく取り組みが欠かせません。

また、日本の広大な排他的経済水域は、遠い沖合の深海であれば新たな保護区を設けやすい一方、人々の暮らしや漁業が集中する沿岸域では、利害の調整が難しくなります。生物多様性がとりわけ豊かで、同時に人の営みとも深く結びついているのは、むしろ沿岸の浅い海です。割合の数字を稼ぎやすい沖合だけでなく、守るのが難しい沿岸をどう保全していくかが、これからの日本の海洋保護の真価を問う場面になるでしょう。

日本の海洋保護区・数字まとめ

  • 管轄海域は約447万km²(国土の約12倍)
  • 海洋保護区の割合は約13.3%(面積で約60万km²)
  • 2020年の沖合保護区指定で8%台から13.3%へ上昇
  • 自然公園から保護水面まで、複数の制度の集合体
  • 完全保護の海域はごくわずか。『内訳』と『質』が今後の宿題

『量』は足りても『質』が足りない——実効性という壁

ここまで読むと「日本は13.3%、世界も着実に保護区を広げている。あとは面積を30%まで増やせばいい」と思えるかもしれません。しかし、海洋保護区をめぐる最大の論点は「面積(量)」ではなく「効果(質)」にあります。世界全体を見渡すと、この量と質の深刻なギャップが浮かび上がってきます。

世界の海、守られているのは8.3%——でも実効は2.8%

国際的な集計によれば、世界で海洋保護区に指定されている海は約8.3%。ところが、そのうち採取禁止などの強い規制が実際に機能し「完全保護」または「高度保護」と評価できる海は、わずか2.8%程度にとどまるとされています。近年の別の評価でも、高度・完全保護の海は3%前後という数字が繰り返し示されています。つまり、地図上で保護区と塗られた海の多くは、規制が緩かったり、管理や取り締まりが伴っていなかったりして、名目だけの保護にとどまっているのです。

世界の海の保護区指定8.3%と実効的な保護2.8%の差を示す対比グラフ
指定は8%を超えても、本当に守られている海は3%に満たない。これが『量と質のギャップ』。

『ペーパーパーク』という落とし穴

こうした名目だけの保護区は「ペーパーパーク(紙の上の公園)」と呼ばれます。区域は法律で指定されているのに、実際には監視船も予算も人手も足りず、違法操業や乱獲が事実上放置されている——そんな保護区が世界には数多く存在します。国際評価では、指定された保護区の面積のうち相当部分が「まだ実際には運用されていない」または「自然の保全と両立していない」と分類されており、面積の数字と現場の実態が大きく乖離していることが指摘されています。

海の10%が保護区に指定されても、効果的に守られているのは3%にすぎない。私たちが埋めるべきは、この広がり続けるギャップだ。

― Marine Conservation Institute(海洋保全研究所)の報告より要約

だからこそ30by30目標では、「30%を塗る」ことよりも「30%を本当に機能させる」ことに重心が置かれています。日本の13.3%も例外ではなく、どこまでが実効性のある保護になっているのか、管理計画や取り締まりが伴っているのかが、今後厳しく問われていきます。数字の達成はゴールではなく、むしろスタートラインなのです。

科学者たちが繰り返し強調するのは、『質の高い小さな保護区は、質の低い大きな保護区に勝る』という点です。ある研究では、世界の大規模な海洋保護区を国際基準で評価したところ、面積では大きく貢献しているように見えても、実際に強い規制が機能しているものはごく一部にすぎないことが明らかになりました。広い面積を確保することと、その中身を本物にすること——この二つは別の課題であり、どちらか一方だけでは海は守れません。30by30の『30』という数字の裏に、こうした『質』をめぐる長い格闘があることを知っておくと、ニュースの見え方が変わってくるはずです。

なぜペーパーパークが生まれてしまうのか

では、なぜ名ばかりの保護区が生まれてしまうのでしょうか。理由はいくつも重なっています。ひとつは、国際目標の期限が迫るなかで『まず面積を確保したい』という政治的なプレッシャーです。規制の弱い区域でも面積としてはカウントされるため、手っ取り早く数字を積み上げたい誘惑が働きます。もうひとつは、指定後の管理にお金と人手がかかりすぎることです。広い海域を継続的に監視し、違法操業を取り締まるには膨大なコストがかかり、予算が続かずに監視が形骸化してしまうケースが後を絶ちません。さらに、漁業者や地元との合意形成が難航し、規制を強められないまま『とりあえず指定だけ』という状態で止まってしまう例もあります。

こうした背景を知ると、海洋保護区づくりが単なる線引きの作業ではなく、予算・人材・地元との対話・政治的な意思を総動員する長い営みだということが見えてきます。指定はゴールテープではなく、そこからが本番なのです。実効性のある保護区を一つ育てるほうが、規制の弱い保護区を十作るよりも、海の回復にはずっと大きな意味を持ちます。

注意:面積の数字だけで判断しない

「保護区○%達成」というニュースを見たときは、それが『指定面積』なのか『実効的に守られている面積』なのかを区別することが大切です。強い規制と継続的な管理が伴って初めて、保護区は生態系を回復させる力を発揮します。

OECMと自然共生サイト——30%達成のもう一つの道

海の30%を守ると言っても、すべてを国が指定する厳格な保護区でまかなうのは現実的ではありません。そこで30by30目標では、国立公園のような正式な保護地域に加えて、「OECM」という新しい考え方が重要な柱になっています。

OECMとは何か

OECM(Other Effective area-based Conservation Measures)は、日本語では「保護地域以外で生物多様性の保全に資する地域」と訳されます。法律上の保護区ではないけれど、結果として自然がよく守られている場所——たとえば、漁業者が自主的にルールを決めて資源を管理している漁場、企業が保全している社有林や社有海域、伝統的に手入れされてきた里海などを、保全に貢献する区域として位置づける仕組みです。すでに現場で行われている保全の努力を、国際的な保護目標の中にカウントできるようにするのがねらいです。

国立公園などの保護地域とOECMを組み合わせて30%を目指す概念図
厳格な保護区とOECMを組み合わせて30%を目指すのが、日本の基本戦略。

日本の『自然共生サイト』制度

日本はこのOECMを国内で具体化するため、「自然共生サイト」という認定制度を立ち上げました。企業の緑地や社寺林、里山里海、市民が守る干潟など、民間や地域が主体的に守っている場所を国が認定し、そのうち既存の保護地域と重ならない部分を国際データベースにOECMとして登録していく仕組みです。2024年(令和6年)度までに全国で300か所を超えるサイトが認定され、登録は着実に積み上がっています。海域を対象にした取り組みも今後の拡大が期待されており、里海の保全活動を30by30の達成につなげる道が開かれつつあります。

  • OECM=正式な保護区ではないが結果的に自然が守られている区域
  • 自然共生サイト=日本がOECMを認定する国内制度(2024年度までに300か所超)
  • 企業・自治体・地域・市民が主役になれる点が従来の保護区と大きく違う
  • 既存の里海の保全努力を国際目標にカウントできる

OECMが持つ二つの意味

OECMという仕組みには、大きく二つの意味があります。ひとつは、30%という高い目標に手が届くようにする『量』の面での貢献です。すべてを国の厳格な保護区でまかなうのは無理でも、各地で行われている保全努力を積み上げれば、目標に近づくことができます。もうひとつは、保全の担い手を大きく広げるという『裾野』の面での意味です。これまで海の保全は国や自治体が主導するものでしたが、OECMや自然共生サイトの登場で、企業や漁協、市民団体、学校までもが『自分たちの守る海・緑』を通じて国際目標に貢献できるようになりました。保全が一部の専門家のものから、社会みんなの営みへと開かれていくのです。

ただし、OECMにも注意点があります。ペーパーパークと同じで、名前だけ登録して実態が伴わなければ意味がありません。だからこそ自然共生サイトの認定では、その場所で本当に生物多様性が守られているか、今後も継続して守られる見込みがあるかが審査されます。数を増やすことと、一つひとつの中身を確かめることの両立が、この制度でも問われています。

コラム:『里海』という日本の知恵

人が適度に手を入れることで、かえって生き物が豊かになる沿岸の海を、日本では古くから『里海(さとうみ)』と呼んできました。人と自然を切り離すのではなく、共に利用しながら守るという里海の発想は、OECMや自然共生サイトの考え方ととても相性が良く、日本が世界に発信できる保全モデルとして注目されています。

地域漁業との両立——禁漁が漁獲を増やす『スピルオーバー効果』

海洋保護区の話をすると、必ず出てくるのが「漁業者の生活はどうなるのか」という問いです。海を守るために漁を制限すれば、漁師の収入が減ってしまうのではないか——これはもっともな心配です。しかし、世界と日本の事例を見ていくと、適切に設計された保護区は、むしろ長い目で見て漁業を潤すことが分かってきています。

保護区が漁業を潤す『スピルオーバー効果』

そのカギが「スピルオーバー(あふれ出し)効果」です。保護区の中で漁を禁じると、魚は安心して成長し、大きな親魚が増え、たくさんの卵を産むようになります。増えた魚や卵、幼魚は、やがて保護区の境界からあふれ出し、外側の漁場へと広がっていきます。結果として、保護区の周りで漁をする漁業者の漁獲がむしろ増える——これがスピルオーバー効果です。海の一部を『貯金箱』として守ることで、その利息が周囲の漁場に還元されるイメージです。

保護区の内側で増えた魚が境界の外へあふれ出すスピルオーバー効果のイラスト
保護区で増えた魚が外へあふれ出し、周囲の漁場の漁獲を支える『スピルオーバー効果』。

海外では、この効果を裏づける事例が積み重なっています。ベリーズでは2011年に一部海域を採取禁止区域(ノーテイクゾーン)に指定したところ、対象魚の漁獲が大きく増え、違法漁業も減少しました。メキシコの海洋保護区でも、完全保護によって区域内の魚が回復し、その恵みが周辺の漁業に波及したことが報告されています。守ることと獲ることは、必ずしも対立しないのです。

ただし、スピルオーバー効果は魔法ではありません。効果がはっきり表れるまでには、しばしば数年から十数年という時間がかかります。魚が育ち、親魚が増え、その子どもたちが海に広がっていくには、それだけの歳月が必要だからです。この『我慢の期間』をどう乗り越えるかが、両立の最大の難所になります。だからこそ、保護区の設計では、効果が出るまでの間の漁業者の生活をどう支えるか、そしてどこを守れば最も効率よく資源が回復するかを、科学的な見通しをもって丁寧に組み立てることが求められます。

日本のスタンス:MPAは『資源管理の道具』

ここで注目したいのが、日本ならではの考え方です。日本は海洋保護区を「人間活動をすべて締め出す聖域」としてではなく、水産資源を持続的に使うための『資源管理の手法の一つ』として位置づけてきました。水産庁も、海洋生態系・生物多様性の保全と漁業の持続的発展を両立させる方針を明確にしています。漁業者を保護区の『敵』にするのではなく、海を管理する主役として巻き込む——この発想が、前章で見たOECMや自然共生サイトともつながっています。

岡山・日生(ひなせ)のアマモ場再生

その象徴的な成功例が、岡山県備前市の日生(ひなせ)地区です。ここでは漁業者自身が中心となって、魚のゆりかごであるアマモ場の再生に長年取り組み、種まきや保全活動、そして周辺での禁漁の設定などを続けてきました。その結果、一時は十数ヘクタールまで激減していたアマモ場が約250ヘクタールまで回復し、それにともなって一部の魚種で漁獲の回復も見られ始めています。漁師が守り手となって海を再生し、その海が再び漁師を支える——両立の理想がここに形になっています。

両立を成功させる三つの条件

もちろん、保護区をつくれば自動的に漁業と両立できるわけではありません。世界と日本の成功例を見比べると、うまくいったケースにはいくつか共通点があります。第一に、漁業者自身が計画づくりの初めから関わっていること。上から一方的に線を引くのではなく、どこをどう守るかを当事者と一緒に決めることで、ルールが守られやすくなります。第二に、効果が数字で見える化されていること。魚が増えた、漁獲が戻ったという手ごたえがあれば、我慢のしがいも生まれます。第三に、短期の我慢を支える仕組みがあること。回復には時間がかかるため、その間の収入を補う支援や、観光など別の収入源との組み合わせが両立を後押しします。

逆に言えば、これらの条件が欠けたまま規制だけを押しつければ、漁業者の反発を招き、密漁や制度の形骸化につながりかねません。海を守ることと漁業を続けることは、対立させれば両方が傷つき、協力させれば両方が潤う——保護区の設計は、この繊細なバランスをどう組み立てるかにかかっているのです。

海を守ることと、海で暮らすこと。この二つは対立ではなく、同じ一つの営みの表と裏である。

― 海LAB編集部

両立のカギ

  • 保護区は漁業の『敵』ではなく、資源を増やす『貯金箱』になりうる
  • スピルオーバー効果で周辺漁場の漁獲が増えた事例が世界にある
  • 日本はMPAを『資源管理の手法』と位置づけ、漁業者を主役にする
  • 岡山・日生のアマモ場再生は、漁業者主導の両立モデル

実効性を高めるために——これからの課題

海洋保護区を「本当に機能する保護」へと育てていくには、面積を増やすこと以上に、地道で継続的な取り組みが欠かせません。日本を含む各国がこれから乗り越えるべき課題を整理してみましょう。

課題1:管理と取り締まりの体制

保護区を指定しても、監視の目が届かなければルールは守られません。広大な海域を継続的にモニタリングし、違法操業を取り締まるには、人員・予算・技術が必要です。近年は衛星や船舶自動識別システム(AIS)、ドローンなどを使った監視技術が発展しつつあり、限られた予算でも広い海を見守る手段が広がってきました。指定と同時に、こうした管理体制をセットで用意できるかが、ペーパーパークにしないための分かれ道になります。

衛星やドローンで広い海洋保護区を監視する未来の管理イメージ
衛星・ドローン・調査船を組み合わせた監視で、広い海の実効的な保護が現実味を帯びてきた。

課題2:科学データにもとづく設計

どこを、どのくらいの強さで守るかは、勘ではなく科学で決める必要があります。産卵場や回遊ルート、希少種の生息地といった『守るべき急所』を、調査データにもとづいて特定し、そこを重点的に保護することが効果を最大化します。海洋学習プラットフォームやオープンデータの整備が進むことで、こうした科学的な意思決定を支える土台が広がっていくことも期待されます。

課題3:気候変動という前提の変化

保護区を線引きしても、海そのものが変化し続けているという難題もあります。海水温の上昇と海流の変化によって魚や生き物の分布が移動すれば、今日『最適』な保護区の位置が、10年後にはずれてしまうかもしれません。さらに海洋酸性化によるサンゴへの打撃や、大規模なサンゴ白化のように、保護区の中でさえ生態系が傷んでいく現象も起きています。保護区の位置やルールを、変わりゆく海に合わせて柔軟に見直していく『順応的管理』の発想が、これからますます重要になります。

課題4:陸からの汚染を止める

そして忘れてはならないのが、保護区の境界は汚染を止めてくれないという事実です。海に流れ込んだプラスチックや化学物質は、保護区の中にも容赦なく入り込み、マイクロプラスチックとして生態系や私たちの体にまで影響を及ぼします。海の一部を区切って守る取り組みは、陸での汚染対策や私たち一人ひとりの暮らしの見直しと組み合わさって初めて、本当の効果を発揮します。保護区づくりと日々の環境行動は、地続きの営みなのです。

つまり海洋保護区は、それ単体で万能の解決策になるわけではありません。乱獲を防ぐ資源管理、陸からの汚染を減らす取り組み、温室効果ガスを削減する気候変動対策——こうした複数の対策と組み合わさってこそ、その効果を最大限に発揮します。保護区は海を守るための『特効薬』ではなく、さまざまな取り組みを束ねる『土台』のような存在だと考えると、その役割がより正確に見えてきます。

資源管理・汚染対策・気候変動対策・保護区が組み合わさって海を守る様子を示す図
保護区は単体の特効薬ではなく、複数の対策を束ねる土台として機能する。
課題内容解決の方向性
管理・取り締まり監視の人員・予算不足衛星・AIS・ドローン活用
科学的設計守る場所の見極め調査データにもとづく重点保護
気候変動生き物の分布が移動順応的管理と定期的な見直し
陸からの汚染境界を越えて流入陸域の汚染対策と生活の見直し
海洋保護区の実効性を高めるための主な課題と方向性。

私たちにできること

  • 『保護区○%』のニュースは、指定面積か実効面積かを意識して読む
  • 地元の里海保全や自然共生サイトの活動を知り、応援する
  • プラスチックごみを減らし、陸から海への汚染を断つ
  • 持続可能な漁業で獲られた水産物(認証マークなど)を選ぶ

まとめ——『線を引く』から『機能させる』へ

海洋保護区(MPA)は、傷ついた海の生態系に回復のための時間と空間を与える、いま世界がもっとも力を入れている保全の仕組みです。2030年までに海の30%を守る「30by30目標」のもと、日本はすでに管轄海域の13.3%を保護区として確保しています。しかし世界を見渡せば、指定された海の多くは名目だけの『ペーパーパーク』にとどまり、本当に守られている海は3%に届きません。

これからの海洋保全は、地図に線を引く段階から、その線の内側を本当に機能させる段階へと移っていきます。OECMや自然共生サイトを通じて漁業者・企業・地域を巻き込み、スピルオーバー効果を活かして守ることと獲ることを両立させ、科学と技術で管理を支え、陸からの汚染と気候変動という前提の変化にも順応していく——海を守る営みは、けっして遠い海の上だけの話ではなく、私たちの暮らしと地続きにつながっています。

私たちにできることは、決して大きなことばかりではありません。「保護区が何%に増えた」というニュースを、指定面積なのか実効面積なのかを意識しながら読むこと。地元の里海保全や自然共生サイトの活動を知り、応援すること。プラスチックごみを減らし、持続可能な漁業で獲られた水産物を選ぶこと。こうした一つひとつの小さな選択が、遠く沖合の保護区とたしかにつながっています。海洋保護区という言葉を知った今日が、あなたにとって海との関わり方を見つめ直すきっかけになれば幸いです。

人と海が共存する豊かな未来の沿岸風景のイメージ
守ることと暮らすことが調和する海へ。海洋保護区は、その未来への航路図である。

この記事のまとめ

  • 海洋保護区(MPA)は海の生物多様性を守るために制度で管理される海域で、守りの強さには段階がある
  • 30by30目標=2030年までに海と陸の30%以上を効果的に守る国際目標(2022年COP15で採択)
  • 日本の海洋保護区は管轄海域の13.3%。2020年の沖合海底自然環境保全地域の指定で大きく前進した
  • 世界では指定8.3%に対し実効的な保護は2.8%。『ペーパーパーク』という量と質のギャップが最大の課題
  • OECM・自然共生サイトで漁業者や企業・地域を巻き込み、スピルオーバー効果で漁業との両立を図る
  • これからは『線を引く』から『機能させる』へ。管理・科学・気候変動対応・陸の汚染対策が鍵になる

参考文献・出典

  1. 環境省 – 30by30(サーティ・バイ・サーティ)ポータル・30by30ロードマップ
  2. 環境省 – 沖合海底自然環境保全地域の指定について(報道発表資料)
  3. 環境省 – 昆明・モントリオール生物多様性枠組
  4. 環境省 – 自然共生サイト(OECM)認定制度
  5. 水産庁 – 水産白書 海洋環境の保全と漁業(生態系アプローチによる資源管理)
  6. JAMSTEC(海洋研究開発機構) – 国際海洋環境情報センター GODAC『日本の海洋保護区』
  7. Marine Conservation Institute – MPAtlas『10% Protected. 3% Effective.』(海洋保護の量と質の分析)
  8. Protected Planet(UNEP-WCMC / IUCN) – Protected Planet Report 2024(世界の保護区の状況)
  9. ナショナル ジオグラフィック日本版 – 海洋保護区を設けたら漁業が潤う いったいなぜ?(スピルオーバー効果の解説)

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