夜の砂浜に、月明かりを頼りに一頭のウミガメが上陸します。後ろ足で50〜70cmの穴を掘り、30分ほどかけて約100個の卵を産み落とすと、静かに海へ帰っていく――。この光景は数千万年ものあいだ、地球の海辺でくり返されてきました。しかし今、ウミガメの一生はかつてない脅威にさらされています。
この記事では、日本の海に暮らすアオウミガメとアカウミガメを主役に、産卵と孵化、砂の温度で性別が決まる不思議な仕組み、混獲やプラスチック誤飲といった人間活動による危機、そして屋久島や小笠原で続く保全活動までを、環境省・水産庁・IUCNなどの一次情報にもとづいてたどります。
「1000〜5000個の卵から、大人になれるのはわずか1匹」。この過酷な数字の意味を知るとき、砂浜に残る小さな足あとの一つひとつが、いかにかけがえのないものかが見えてきます。
この記事で学べること
- 日本の砂浜で産卵するウミガメ3種(アカ・アオ・タイマイ)の違いと見分け方
- 産卵から母浜回帰までの一生と、なぜ生存率がわずか0.02%なのか
- 砂の温度で性別が決まる「温度依存性性決定(TSD)」と温暖化のリスク
- 混獲・プラスチック誤飲・光害・砂浜消失という4つの脅威の実態
- 屋久島・永田浜や小笠原など日本の主要産卵地で続く保全活動
- アオウミガメの個体数回復という希望と、私たちが今日からできること
ウミガメとは何者か――海に帰った古代の爬虫類
ウミガメは、恐竜が栄えた時代から姿をほとんど変えずに生きてきた海生爬虫類です。かつて陸上で暮らしていたカメの祖先の一部が、およそ1億年以上前に海へと生活の場を移し、前あしをオール(フリッパー)のような形に進化させました。肺で呼吸するため、定期的に海面に浮上して空気を吸わなければなりませんが、体のつくりは完全に海の生活に適応しています。涙のように塩分を排出する「塩類腺」を目のそばにもち、海水を飲んでも体内の塩分濃度を保てるのも、海に生きるための巧みな適応の一つです。
陸を離れたとはいえ、ウミガメは完全に海だけで一生を終えるわけではありません。メスは産卵のために必ず陸へ上がり、生まれた子ガメもまた砂の中で命を育みます。つまりウミガメは、海と陸のあいだを行き来しながら生きる存在です。この「海と陸をまたぐ」性質こそが、彼らの一生を理解するうえで欠かせない鍵であり、同時に、海と陸の両方の環境変化に影響を受けやすいという弱さにもつながっています。
世界にはウミガメの仲間が7種いるとされ、長らくそのうち6種が絶滅危惧種とされてきましたが、2025年に個体数が回復したアオウミガメが「低懸念(LC)」へ引き下げられ、現在は5種が国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで絶滅危惧(危急〈VU〉以上)に分類されています。もっとも小さいヒメウミガメから、甲羅の長さが2mに達することもあるオサガメまで、大きさも生態もさまざまです。深い海に潜って暮らす種もいれば、サンゴ礁や藻場で暮らす種もいます。海の生きものがどのように環境へ適応してきたかは、深海生物の適応の記事もあわせて読むと理解が深まります。
日本の砂浜で産卵する3種
日本は北太平洋におけるウミガメの重要な繁殖地です。国土交通省や環境省の資料によれば、日本の砂浜で産卵するのはアカウミガメ・アオウミガメ・タイマイの3種。このほか、外洋を回遊する途中で日本近海に現れるヒメウミガメやオサガメも記録されていますが、日本で継続的に産卵するのは主にこの3種です。
とりわけアカウミガメにとって、日本の砂浜は北太平洋で唯一まとまった産卵地であり、世界的にも代替のきかない特別な場所です。ここで生まれた個体が太平洋全体に散らばっていくことを考えると、日本の海岸を守ることは、太平洋規模のウミガメ資源を守ることに直結します。小さな島国の砂浜が、地球規模の生命の循環を支えている――ウミガメはそのことを、身をもって教えてくれる存在なのです。
| 種名 | 主な食べもの | 日本での主な産卵地 | 絶滅危惧ランク(環境省/IUCN) |
|---|---|---|---|
| アカウミガメ | 貝・カニ・エビなど(肉食寄り) | 本州〜九州・屋久島 | 絶滅危惧IB類(EN)/絶滅危惧(VU) |
| アオウミガメ | 海草・海藻など(草食寄り) | 小笠原諸島・南西諸島 | 絶滅危惧II類(VU)/低危険種(LC)に改善 |
| タイマイ | 海綿など(サンゴ礁性) | 南西諸島(少数) | 近絶滅種(CR) |
ここがポイント
- ウミガメは肺呼吸する海生爬虫類で、世界に7種。うち5種が絶滅危惧種(アオウミガメは2025年に改善)。
- 日本で産卵するのは主にアカウミガメ・アオウミガメ・タイマイの3種。
- アカは肉食寄り、アオは草食寄りと、食性で大きく分かれる。

同じ「ウミガメ」でも、アカウミガメは大きな頭とがっしりしたあごをもち、貝やカニなどの硬い獲物を噛みくだいて食べます。一方アオウミガメは、成長すると海草や海藻を主食とする草食寄りの食性へと変わり、体脂肪が緑色を帯びることが名前の由来になったと言われます。タイマイはサンゴ礁で海綿を食べる特殊な食性をもち、美しい甲羅(べっ甲)が乱獲の対象となってきました。
「生きた化石」が海に与える役割
ウミガメはしばしば「生きた化石」と呼ばれますが、それは単に古い形を残しているという意味だけではありません。海の生態系のなかで、彼らはいくつもの重要な役割を担っています。アオウミガメが海草をはむことで藻場は健全に更新され、タイマイが海綿を食べることでサンゴの生育スペースが保たれます。アカウミガメが硬い殻の貝を割って食べることは、底生生物のバランスにも影響します。ウミガメが減るということは、こうした海の営みの一部が静かに失われていくことを意味します。
また、ウミガメは砂浜と海をつなぐ「運び手」でもあります。孵化にいたらなかった卵や卵の殻は、砂浜に栄養をもたらし、海岸植物の生育を支えます。海で得た栄養が産卵を通じて陸へ運ばれるこの循環は、ウミガメが海と陸の両方にまたがって生きる存在だからこそ成り立つものです。彼らを守ることは、砂浜という生態系そのものを守ることにもつながっているのです。
アオウミガメとアカウミガメ――日本で会える2大主役
日本のウミガメ保全を語るうえで欠かせないのが、アカウミガメとアオウミガメです。この2種は生息域も生活史も異なり、それぞれに固有の課題を抱えています。まずは主役2種の素顔を、もう少し詳しく見ていきましょう。
アカウミガメ――北太平洋を横断する大回遊者
アカウミガメは、赤褐色の甲羅と大きな頭が特徴です。日本の砂浜は北太平洋で最大のアカウミガメ産卵地であり、日本で生まれた子ガメの一部は黒潮に乗って太平洋を横断し、はるかメキシコ沖やアメリカ西海岸まで回遊してから、成熟して再び日本近海へ戻ってくることが標識調査や遺伝子解析で分かっています。この壮大な旅路は、太平洋をまたぐ一つの生命のネットワークを形づくっています。
産卵地は北太平洋側で宮城県付近から、日本海側では能登半島以南に広がり、遠州灘、和歌山県南部、日南海岸、そして屋久島などが代表的です。とりわけ屋久島・永田浜は日本全体の上陸数の3〜4割を占める、日本最大の産卵地となっています。環境省レッドリストでは絶滅危惧IB類(EN)という深刻なランクに位置づけられています。
アオウミガメ――藻場を耕す海の草食動物
アオウミガメは、なめらかな甲羅と比較的小さな頭をもち、成長すると海草や海藻を食べる草食性へと移行します。海草藻場をはむことで藻場の新陳代謝を助ける「海の草食動物」として、生態系の中で重要な役割を果たしています。日本では小笠原諸島と、屋久島・種子島以南の南西諸島が主要な産卵地です。
小笠原のアオウミガメは、成熟するまでに30〜40年もかかると考えられています。これほど成熟に時間がかかる生きものは、一度個体数が激減すると回復に長い年月を要します。だからこそ、後述する保全活動による近年の回復傾向は、大きな希望として注目されています。

「アオ」なのに甲羅は緑じゃない?
アオウミガメの名は、体の脂肪が青緑色(グリーン)を帯びていることに由来すると言われます。甲羅そのものが青いわけではなく、英語でもGreen Sea Turtleと呼ばれます。かつて食用にされた歴史のなかで、この特徴的な脂肪の色が名前の由来になったと考えられています。
2種はしばしば同じ砂浜を利用しますが、産卵の最盛期や好む場所が微妙に異なります。屋久島では、アカウミガメが主役の永田浜の少し先に、アオウミガメの上陸も見られます。海水温の上昇によって回遊ルートや産卵時期がずれる可能性も指摘されており、海水温上昇と海流変化はウミガメの分布にも静かに影響を及ぼしています。
見分け方のコツ
海やビーチでウミガメに出会ったとき、種を見分けるいくつかの手がかりがあります。もっとも分かりやすいのは頭部の大きさで、アカウミガメは頭が大きくあごが発達しているのに対し、アオウミガメは頭が比較的小さくすっきりしています。甲羅の色味も、アカウミガメは赤褐色、アオウミガメは黄褐色〜オリーブ色を帯びる傾向があります。タイマイは口先がくちばしのように鋭くとがり、甲羅のふちがギザギザしているのが特徴です。ただし個体差や成長段階による違いもあるため、野生では無理に近づかず、そっと観察するのが基本です。
オスとメスの見分け方
成体のウミガメは、しっぽの長さでオスとメスをある程度見分けられます。オスは繁殖のためにしっぽが長く発達し、甲羅からはみ出すほどになります。一方メスのしっぽは短めです。ただし成熟前の若い個体では見分けが難しく、砂の温度で性別が決まるTSDの研究では、体を傷つけずに性別を推定する技術の開発も課題となっています。
ウミガメの一生――産卵から母浜回帰までの長い旅
一頭のウミガメの一生は、砂の中の卵から始まります。ここでは、産卵・孵化・分散・成熟・そして母浜への回帰という、数十年におよぶライフサイクルをたどってみましょう。それは、想像を絶するほど過酷で、同時に驚くほど精巧な旅です。
産卵――一晩に約100個、シーズンに複数回
産卵期になると、メスは夜の砂浜に上陸します。波打ち際から乾いた砂地まで進み、後ろ足を使って深さ50〜70cmほどの縦穴を掘ると、約30分かけてピンポン球ほどの白い卵を約100個産み落とします。産み終えると砂をかけて巣を隠し、疲れた体で海へ戻っていきます。一頭のメスは1シーズンに数回にわたって産卵をくり返すため、一夏に数百個の卵を残すこともあります。
孵化――約2か月後、夜の一斉脱出
卵は太陽で温められた砂の熱によって育ち、おおよそ55〜75日(約2か月)で孵化します。子ガメは巣の中で仲間と力を合わせて砂を掘り上がり、涼しくなった夜間に地表へと一斉に飛び出します。そして本能的に、より明るく開けた海の方向を目指して砂浜を駆けおりていきます。この「夜の一斉脱出」は、天敵に襲われる確率を下げるための巧みな戦略です。

生存率0.02%――大人になれるのは5000匹に1匹
しかし、海までの数十メートルは危険に満ちています。砂浜ではカニやキツネ、海鳥が待ちかまえ、海に入ればハタやマダイといった大型魚に次々と捕食されます。研究によって幅はあるものの、卵から成体まで生き残れるのはおよそ0.02〜0.3%、つまり数千匹に1匹程度とされます。1000〜5000個の卵から、大人になれるのはわずか1匹という計算です。ウミガメが一度に多くの卵を産むのは、この圧倒的な淘汰を生き抜くための戦略なのです。
この数字を人間の手が悪い方向に動かしてしまうと、影響は甚大です。たとえば街灯の光で子ガメが海と逆方向へ向かえば、ただでさえ低い生存率がさらに下がります。逆に、保護によって孵化率を数パーセント引き上げるだけでも、生き残る成体の数は大きく変わってきます。もともと綱渡りのような生存率だからこそ、私たちのわずかな配慮や努力が、種の未来を左右する重みを持つのです。
| ステージ | おおよその期間 | 主なできごと・脅威 |
|---|---|---|
| 卵(砂中) | 約55〜75日 | 温度で性別が決定/高温・浸水で孵化率低下 |
| 子ガメ(脱出〜海へ) | 数分〜数時間 | カニ・海鳥・光害による迷子 |
| 幼体(外洋分散) | 数年 | 大型魚の捕食/漂流物やプラごみ |
| 亜成体〜成体 | 数十年 | 混獲・誤飲・生息地の劣化 |
| 繁殖成体 | 成熟後(アオは30〜40年後) | 母浜へ回帰し産卵をくり返す |
母浜回帰――生まれた砂浜へ戻る不思議
海にたどり着いた子ガメは、そのまま沖へと泳ぎ出し、外洋の漂流物や海藻だまりに身を寄せて成長します。この時期の子ガメがどこでどう暮らしているのかは長らく謎に包まれ、研究者のあいだで「ロスト・イヤーズ(失われた年月)」と呼ばれてきました。近年は小型の発信機による追跡が進み、子ガメが海流をただ漂うだけでなく、自ら泳いで生育に適した海域へ向かっていることも分かってきました。それでもなお、幼少期のウミガメの生態には多くの未解明の部分が残されています。
アカウミガメの寿命は60歳代に達するとも言われ、ウミガメは非常に長生きな生きものです。しかし、その長い一生のなかで繁殖に参加できるようになるまでには、種によって10〜50年もの歳月がかかります。長寿でゆっくり成熟するという生き方は、安定した環境では有利に働きますが、急激な環境変化や乱獲には弱いという弱点にもなります。失った数を取り戻すのに、何十年もかかってしまうからです。
外洋で数十年を生き抜いたウミガメは、成熟すると産卵のために再び陸を目指します。驚くべきことに、多くの個体が自分が生まれた地域の砂浜へ戻って産卵する「母浜回帰」を行うことが、遺伝子解析などから示されています。地球磁場を手がかりに、広大な海を越えて生まれ故郷を探しあてると考えられています。この性質があるからこそ、一つの産卵地を失うことは、その系統そのものを失うことにつながりかねません。

一生のまとめ
- 一度の産卵で約100個、シーズンに複数回。約2か月で孵化する。
- 卵から成体まで生き残るのは0.02〜0.3%、数千匹に1匹。
- 多くの個体が生まれた砂浜へ戻る「母浜回帰」を行う。
性別は砂の温度で決まる――温度依存性性決定(TSD)
ウミガメの生態のなかでも、とりわけ不思議で、そして今もっとも心配されているのが「性別の決まり方」です。私たちヒトは性染色体で性別が決まりますが、ウミガメの性別は生まれる前の環境――つまり卵が育つ砂の温度によって決まります。この仕組みを温度依存性性決定(Temperature-dependent Sex Determination、TSD)と呼びます。
29℃を境にオスとメスが分かれる
研究によれば、砂中の温度がおおむね29℃を境に、低いとオス、高いとメスになります。ちょうど29℃前後だとオスとメスがほぼ半々になり、これを「ピボット温度」と呼びます。具体的には、発生の中期(卵の中でカメの体がつくられる重要な時期)に経験する温度が高いほどメスに、低いほどオスになりやすいことが分かっています。同じ巣でも、太陽に近い上のほうの卵と、深い下のほうの卵で性別が分かれることさえあります。

温暖化で「メスばかり」になる危機
この繊細な仕組みは、気候変動の時代に重大なリスクとなります。砂浜の温度が上がれば上がるほど、生まれてくる子ガメはメスに偏っていくからです。オーストラリア北部のグレートバリアリーフでは、若い(未成熟の)アオウミガメの約99%がメスになっているという衝撃的な研究結果も報告されています。メスばかりが増え、オスが極端に少なくなれば、いずれ繁殖そのものが成り立たなくなり、個体数の減少につながりかねません。
なぜウミガメはこのような一見不利にも思える仕組みを進化させたのでしょうか。一つの説明として、温度で性別を決めることは、環境の変化に対して集団全体の性比を柔軟に調整できる利点があったと考えられています。安定した気候のもとでは、これは巧妙な適応でした。しかし人間活動による急激な温暖化は、この仕組みが想定してきた変化のスピードをはるかに超えています。数百万年かけて磨かれた戦略が、わずか数十年の気温上昇の前で裏目に出ようとしている――ここに、現代のウミガメが直面する問題の本質があります。
さらに、温度が上がりすぎること自体も脅威です。アカウミガメの卵が正常に孵化できる温度はおおむね24〜32℃とされ、この範囲を大きく超えると卵は死んでしまいます。徳島県の大浜海岸では、近年、卵の孵化率が低い年が目立つようになったと報告されています。海の温暖化がもたらす影響については、海水温上昇と海流変化の記事もあわせてご覧ください。
見過ごせないリスク
性別の偏りは、卵が死ぬわけではないため見た目には気づきにくい「静かな危機」です。今日生まれる子ガメがすべてメスだったとしても、その影響が繁殖の失敗として表れるのは数十年後。だからこそ、長期的な性比のモニタリングと、砂浜温度を下げる対策が世界各地で進められています。
砂浜を冷やす保全の工夫
この問題に対し、各地で「砂浜を冷やす」試みが行われています。国立環境研究所の適応策事例では、産卵巣に日よけを設けて日射を遮ったり、巣に水を打って温度を下げたり、比較的涼しい場所へ卵を移植したりする方法が紹介されています。オスが生まれやすい環境を人の手で確保することは、性比のバランスを保つための現実的な適応策として期待されています。
とはいえ、こうした対策には慎重さも求められます。卵を移動させる時期を誤ると発生に悪影響を与えることがあり、日よけの設置も生態系への配慮が欠かせません。何より、性比は自然界でもともとメスにやや偏る傾向があるとも言われ、どの程度の偏りが「危険」なのかを見極めるには、長期的なデータの蓄積が不可欠です。だからこそ、産卵地ごとの地道な温度・性比モニタリングが、これからの保全のカギを握ります。
- 日よけ(シェード)で産卵巣への直射日光を遮る
- 巣の周囲に散水して砂の温度を下げる
- 比較的涼しい浜や時期へ卵を移植・保護する
- 砂浜の温度と孵化後の性比を継続的に記録・監視する
迫りくる4つの脅威――混獲・プラごみ・光害・砂浜消失
自然界の淘汰を生き抜いても、ウミガメの前には人間活動による新たな脅威が立ちはだかります。ここでは、保全の現場でとくに深刻とされる4つの脅威を整理します。
① 混獲――漁網にかかって溺れる
肺呼吸をするウミガメにとって、漁網は命取りになります。とくにエビ漁のトロール網やはえ縄に偶発的にかかると、海面に浮上できず溺死してしまいます。これを混獲(こんかく)と呼びます。日本の海岸には毎年200個体ほどのアカウミガメの死体が打ち上がり、その多くが漁業による溺死と考えられています。混獲は、ウミガメの存続を脅かすもっとも重要な要因の一つです。
混獲がやっかいなのは、意図せず起きてしまう点です。漁師にとってウミガメは狙った獲物ではなく、網にかかってしまう「偶発的な事故」です。だからこそ、漁業をやめることなくウミガメだけを逃がす技術が重要になります。混獲は世界中の漁業に共通する課題であり、日本を含む各国が国際的な枠組みのなかで、その削減に取り組んでいます。
対策も進んでいます。アメリカで普及したTED(ウミガメ除去装置/Turtle Excluder Device)は、トロール網の途中に格子を取りつけ、大きなウミガメを網の外の出口へ逃がす仕組みです。また日本と米国が中心となり、飲み込みにくく外しやすいサークルフックをはえ縄漁で使う操業試験も行われ、混獲死亡率の削減に効果が確認されています。
② プラスチック誤飲――クラゲに見えるレジ袋
海を漂う透明なレジ袋は、ウミガメにはクラゲなどの好物に見えてしまいます。世界各地の調査をまとめた研究では、体内からプラスチックが見つかる割合はアオウミガメで約6割、アカウミガメで約5割、タイマイで約35%にのぼるなど、いずれの種でも高い水準が報告されています(調査地や年代で幅があります)。飲み込んだプラスチックは腸をふさいで死に至らしめたり、胃にたまって満腹感を生み、餌を食べずに餓死させたりします。太平洋・大西洋・地中海で死んで見つかったウミガメの体内から、すべてプラスチックが検出されたという研究もあります。

プラスチックは、目に見える袋だけが問題ではありません。紫外線や波で細かく砕けたマイクロプラスチックは、餌や海水とともにウミガメの体内に取り込まれます。海洋プラスチックがどのように砕け、生態系をめぐるのかは、海洋プラスチックの分解の記事で詳しく解説しています。さらに小さく砕けた粒子が生きものや人にどう影響するかは、マイクロプラスチックと健康の観点からも研究が進んでいます。
沖縄近海の調査では、打ち上げられたり保護されたりしたウミガメの約2割の体内から、ビニールや釣り糸などのごみが見つかったと報告されています。なかには2リットルもの量のプラスチックが詰まっていた例もありました。世界規模の推計では、全ウミガメの半数以上がすでにプラスチックを口にした経験があるとされ、海のプラスチック汚染は、もはや一部の海域だけの問題ではなくなっています。加えて、放置された漁網(ゴーストギア)にからまって溺れる「ゴーストフィッシング」の被害も後を絶ちません。
③ 光害――街灯に惑わされる子ガメ
孵化した子ガメは「より明るく開けた方向=海」を目指す本能をもっています。ところが海岸近くに街灯や建物、花火などの人工光があると、子ガメはそちらを海と勘違いして陸へ歩き出してしまいます。光害(ひかりがい)と呼ばれるこの現象により、多くの子ガメが道路で車にひかれたり、天敵に襲われたり、脱水で力尽きたりして、海にたどり着けずに死んでしまいます。産卵期の海辺の照明を落とすことは、命を救うシンプルで効果的な対策です。
光害はまた、産卵に来るメスにも影響します。明るすぎる砂浜を嫌って上陸をあきらめてしまうことがあるのです。せっかく母浜に戻ってきても、人工光のせいで産卵できずに海へ引き返してしまえば、その夜の卵は失われます。近年は、産卵期だけ海側の照明を落としたり、光が海面に届きにくい向きに調整したりする「ウミガメにやさしい照明」の取り組みも各地で広がりつつあります。人の暮らしと少しの工夫を両立させるだけで、救える命があるのです。
④ 砂浜の消失――産卵する場所がなくなる
護岸工事や海岸浸食、海砂の採取などによって、ウミガメが産卵できる自然な砂浜そのものが減っています。産卵に適した砂浜が失われれば、いくら母浜回帰の本能があっても卵を残せません。母浜回帰の性質ゆえに、一つの産卵地の喪失は取り返しのつかない損失になります。海底や深海に堆積するごみの問題は深海ゴミ問題でも取り上げています。
砂浜の消失は、じわじわと進む「見えにくい脅威」です。コンクリートの護岸で砂の供給が断たれると、砂浜は少しずつやせ細ります。さらに海面上昇が進めば、産卵に使える乾いた砂地はいっそう狭まります。産卵中のメスが障害物にぶつかって引き返したり、卵が波に浸かって死んだりするケースも増えています。ウミガメが安心して産卵できる砂浜を残すことは、海岸環境そのものを健全に保つことと切り離せません。
4つの脅威は連鎖する
- 混獲:トロール網やはえ縄で溺死。TEDやサークルフックが対策。
- プラごみ誤飲:多くの種で体内から高い割合でプラごみを検出。
- 光害:街灯や花火で子ガメが海と逆方向へ迷う。
- 砂浜消失:護岸・浸食で産卵地そのものが減少。
日本の産卵地と保全活動――屋久島・小笠原・南西諸島
こうした脅威に対し、日本各地の砂浜では地域の人々やNPO、行政が力を合わせて保全に取り組んでいます。ここでは、日本を代表する産卵地とそこでの活動を紹介します。
屋久島・永田浜――北太平洋最大のアカウミガメ産卵地
鹿児島県・屋久島の北西部に位置する永田浜(いなか浜・前浜)は、日本に上陸するアカウミガメの実に3〜4割が集中する、北太平洋最大の産卵地です。毎年4月下旬から8月上旬にかけて、最盛期には全長1mを超える大きなメスが一晩に20頭以上も上陸します。その重要性から、永田浜は2005年にラムサール条約湿地に登録されました。
この浜を長年見守ってきたのが、NPO法人「屋久島うみがめ館」です。産卵巣のパトロール、上陸・産卵数の調査、浜の清掃、そしてボランティアの育成など、地道な活動を続けています。永田ウミガメ連絡協議会による夜間の観察会は、ルールを守りながら産卵を見学できる貴重な機会として、保全と観光の両立をめざす取り組みでもあります。

小笠原諸島――アオウミガメ保全発祥の地
東京都の小笠原諸島は、日本のアオウミガメ保全の中心地です。かつて食用として捕獲されてきた歴史をもつ一方で、早くから孵化放流や個体数調査などの保全活動が積み重ねられてきました。産卵巣の数は徐々に増加し、個体群のサイズは回復しつつあります。成熟に30〜40年を要するアオウミガメにとって、数十年にわたる継続的な取り組みがようやく実を結び始めているのです。
小笠原の取り組みが示すのは、「利用」と「保全」は必ずしも対立しないということです。かつて資源として利用してきた歴史を踏まえたうえで、科学的な調査に裏打ちされた管理を続けることで、個体数を守りながら文化や地域とのつながりも保つ道が模索されてきました。長い時間をかけて信頼できるデータを積み上げ、状況に応じて方針を見直してきた小笠原の経験は、日本各地の保全活動にとって貴重な手本となっています。
全国に広がる保全のネットワーク
産卵地は屋久島や小笠原だけではありません。静岡県の遠州灘、和歌山県南部、宮崎県の日南海岸、徳島県の大浜海岸など、本州から九州にかけての各地で、地域の団体や学校、ボランティアが上陸調査や卵の保護、清掃活動に取り組んでいます。認定NPO法人エバーラステイング・ネイチャーをはじめとする団体が、標識調査や科学的なモニタリングを通じて、日本のウミガメの実態解明を支えています。
こうした活動の土台にあるのが、地道な「標識調査」です。産卵に来たメスの前あしに小さな標識(タグ)を付けて放すことで、次にどこへ上陸したか、何年後に戻ってきたかが分かります。何十年にもわたって積み重ねられたこうした記録が、母浜回帰の実態や個体数の増減を明らかにし、保全の判断材料となってきました。派手さはありませんが、夜通し浜を歩き続けるボランティアの一歩一歩が、日本のウミガメ研究を支えているのです。
近年は、保全と地域振興を両立させる「エコツーリズム」の視点も広がっています。ルールを守った観察会は、参加者にウミガメの大切さを直接伝える教育の場であると同時に、保全活動を支える資金や担い手を生み出します。屋久島町でもエコツーリズム推進協議会がウミガメの保護利用に取り組み、観光と保全が対立するのではなく、支え合う関係をめざしています。
ウミガメを守ることは、砂浜と海、そしてそこに暮らす人々の営みをまるごと守ることでもある。
― 海辺の保全に取り組む現場の視点より
観察会に参加するときのマナー
- フラッシュや強い光は使わない(光害でカメが混乱する)。
- 産卵中のカメに近づきすぎない・触らない。
- 巣や卵を踏まないよう、係員の指示に従って歩く。
- ごみは必ず持ち帰り、砂浜に穴や障害物を残さない。
回復の兆しと、私たちにできること
ここまで数々の脅威を見てきましたが、ウミガメをめぐる物語は決して絶望だけではありません。人の努力が実を結び始めた、確かな希望のしるしもあります。
アオウミガメが「絶滅危惧」から外れた
近年、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリスト評価で、小笠原諸島および南西諸島で産卵するアオウミガメの個体数が保護活動によって回復傾向にあり、絶滅危惧種の分類から外れるという前向きな評価が示されました。長年の孵化保護やモニタリング、混獲対策の積み重ねが、成熟に数十年かかる生きものの回復として、ようやく数字に表れてきたのです。これは、粘り強い保全活動が確かに効果を持つことを示す、力強い実例です。
ただし、これは「もう安心」という意味ではありません。アカウミガメは依然として絶滅危惧IB類のまま、タイマイは近絶滅種(CR)のままです。気候変動による性比の偏りや砂浜の高温化、プラスチック汚染といった新しい脅威は、むしろこれから深刻化する可能性があります。回復した一種の陰で、危機が続く種があることを忘れてはいけません。
それでも、アオウミガメの回復が私たちに教えてくれることは大きいものがあります。成熟に30〜40年かかる生きものでさえ、人が正しく手をかければ、数十年という時間軸で確かに応えてくれる――。この事実は、いま危機にある他の種や海の生態系に対しても、「あきらめずに続ければ変えられる」という具体的な希望を与えてくれます。保全は一朝一夕には結果が出ませんが、続けることに意味があるのです。
回復には数十年かかる。だが、始めなければ回復は決して訪れない。
― ウミガメ保全の長期モニタリングが示す教訓

今日から私たちにできること
ウミガメの保全は、研究者や現地の団体だけのものではありません。海から遠く離れた場所で暮らす私たちの日々の選択も、めぐりめぐって砂浜のカメにつながっています。特別なことでなくてよいのです。まずは、次のような小さな行動から始めてみましょう。
- 使い捨てプラスチック(レジ袋・ペットボトル・ストロー)を減らす
- 海や川に出かけたら、自分が出したごみは必ず持ち帰る
- 海辺のビーチクリーンや清掃イベントに参加してみる
- 海岸沿いでは夜の強い光や花火を控え、産卵期の照明に配慮する
- ウミガメ観察会ではルールを守り、産卵の邪魔をしない
- 保全団体への寄付やボランティアで現地の活動を支える
まず一歩、これをやってみよう
- 買い物にマイバッグを持参し、今週はレジ袋ゼロを目指す。
- 次に海へ行くとき、小さなごみ袋を1枚ポケットに入れておく。
- 地元や旅行先のウミガメ保全団体の活動を1つ調べてみる。
海の環境問題は、ウミガメだけの話ではありません。サンゴの白化や海洋酸性化など、海の生態系はさまざまな危機が連鎖しています。海洋酸性化とサンゴやサンゴ白化の現状もあわせて読むと、ウミガメが暮らす海全体の姿が見えてきます。
まとめ――砂浜の足あとが教えてくれること
ウミガメは、恐竜の時代から海を旅してきた、地球の記憶そのもののような生きものです。一度に約100個の卵を産みながら、大人になれるのはわずか数千匹に1匹。その過酷な一生を、いま私たちは混獲・プラスチック・光害・砂浜消失・温暖化という、人間由来の新しい脅威でさらに険しくしてしまっています。
けれども、砂の温度で性別が決まるという繊細さも、生まれた浜へ戻ってくる母浜回帰の健気さも、そしてアオウミガメの回復という希望も、すべては「知ること」から始まります。海から遠い街の暮らしのなかの小さな選択が、めぐりめぐって夜の砂浜に続く足あとを、一つでも多く海へと導くのです。
混獲を減らす漁具の工夫、砂浜を冷やす適応策、プラスチックを減らす暮らし、そして夜の光を落とす配慮。ウミガメを守る手立ては、一つひとつは小さくても、確かに存在します。そのどれもが、専門家だけでなく、私たち一人ひとりの選択とつながっています。ウミガメの一生を知ることは、海という大きな循環のなかに自分もまた生きているのだと気づくことでもあります。
この記事のまとめ
- 日本ではアカ・アオ・タイマイの3種が産卵。アカは絶滅危惧IB類、タイマイは近絶滅種。
- 一度に約100個産むが、成体まで生き残るのは0.02〜0.3%とごくわずか。
- 性別は砂の温度で決まり(29℃が境目)、温暖化でメスに偏る危機がある。
- 混獲・プラごみ誤飲・光害・砂浜消失が主な脅威。TEDやサークルフックが対策。
- 屋久島・永田浜や小笠原で保全が進み、アオウミガメは回復傾向に。
- レジ袋削減・ごみ持ち帰り・光への配慮など、私たちにできることは多い。
次に海辺を歩くとき、砂に残る小さな足あとに気づいたら、そのカメがこれから始める何十年もの旅を、そっと想像してみてください。その一頭一頭が、数千の兄弟の中から選ばれて海にたどり着いた、かけがえのない命なのですから。
参考文献・出典
- 環境省 – 屋久島世界遺産センター『ウミガメについて』『ウミガメの里 永田浜について』
- 環境省 生物多様性センター – レッドリスト・レッドデータブック(アカウミガメ/アオウミガメ)
- 水産庁 水産研究・教育機構 – 『令和5年度 国際漁業資源の現況 45 海亀類(総説)』
- 国立環境研究所 気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT) – 『高温対策でウミガメ孵化の保護』適応策事例
- 国土交通省 – 『ウミガメの回遊』海洋環境に関する資料
- WWFジャパン – 『絶滅の危機が迫る、ウミガメについて』『混獲―解決すべき漁業の環境課題―』
- 認定NPO法人エバーラステイング・ネイチャー – 『ウミガメとは』『ウミガメを絶滅から救う方法』
- NPO法人 屋久島うみがめ館 – 永田浜のウミガメ調査・保護活動
- 日本経済新聞 – 『アオウミガメ、「絶滅危惧種」の対象外に 保護活動で個体数回復』
- ナショナル ジオグラフィック日本版 – 『ウミガメの危機:混獲防止装置』『温暖化でウミガメの性比に異変?』
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