潮が引いた海辺に、どこまでも広がる泥と砂の平原。一見すると何もない「泥の海」に見える干潟は、実は地球上でもっとも生産性の高い生態系のひとつです。無数の生きものがそこで育ち、渡り鳥がはるばる大陸を越えて羽を休め、濁った海水がゆっくりと澄んでいく。干潟は「海のゆりかご」であり「天然の浄水場」でもあるのです。
ところが日本では、高度経済成長期以降の埋め立てによって、干潟の約4割がすでに姿を消しました。世界に目を向けても、1984年から2016年までのわずか33年間で16%の干潟が失われています。その一方で、名古屋の藤前干潟のように市民の力で埋め立てを止めた場所や、有明海・東京湾で再生に挑む取り組みも生まれています。
この記事では、環境省や水産庁の調査、査読付き論文などの一次情報をもとに、干潟が果たしている役割、失われてきた歴史、そして各地で進む保全・再生活動を丁寧に読み解きます。読み終える頃には、あの「泥の海」がまったく違って見えるはずです。
この記事で学べること
- 干潟がどのように生まれ、前浜・河口・潟湖の3タイプに分かれるのか
- アサリやバクテリアが海水をきれいにする「天然の浄化装置」の仕組み
- 干潟が渡り鳥(シギ・チドリ)の生死を分ける中継地である理由
- 日本と世界で干潟がどれだけ、なぜ失われてきたのか
- 諫早湾干拓が有明海にもたらした環境変化とその教訓
- 藤前干潟・三番瀬・有明海で進む保全と再生の最前線
干潟とは何か──潮の満ち引きが作る特別な場所
干潟とは、潮の満ち引きによって海面下に沈んだり大気中に現れたりを毎日くり返す、平らな泥や砂の地形のことです。満潮時には海の底となり、干潮時には歩いて渡れるほどの広大な平原が姿を現します。この「1日に2回、海になったり陸になったりする」という劇的な環境変化こそが、干潟をほかにない特別な場所にしています。
干潟が発達するには、いくつかの条件が重なる必要があります。まず、潮の満ち引き(潮汐)の差が大きいこと。次に、川が運んでくる細かい土砂が静かに堆積できる、波の穏やかな内湾であること。そして遠浅の海底がゆるやかに広がっていること。日本では有明海や東京湾、瀬戸内海のように、大きな川が注ぎ込む閉鎖的な内湾でこれらの条件がそろい、豊かな干潟が育まれてきました。
潮の満ち引きは、月と太陽の引力によって生まれます。月に近い側と反対側で海面がふくらみ、地球の自転にともなって、多くの海域では1日に約2回の満潮と干潮がめぐってきます。満潮と干潮の水位の差を「潮位差(干満差)」と呼び、この差が大きいほど、潮が引いたときに現れる干潟は広くなります。有明海は日本でもっとも干満差が大きい海として知られ、大潮の日には最大で6メートル前後にも達します。だからこそ有明海には、見わたす限りの広大な干潟が発達したのです。
干潟の泥や砂は、けっして均一ではありません。川に近く粒の細かい泥が積もる場所、外海に近く砂がちな場所、水路のように潮が流れる「澪筋(みおすじ)」など、わずかな地形や粒の違いによって、すむ生きものの顔ぶれが変わります。この細かなモザイク状の環境の多様さが、干潟の生物多様性の高さを支える隠れた理由になっています。
干潟は3つのタイプに分けられる
環境省の自然環境保全基礎調査では、干潟は成り立ちによって大きく3つに分類されています。私たちが海辺で目にする干潟の多くは、外海に面した「前浜干潟」です。
- 前浜干潟:外海や内湾の海岸線に沿って発達する、もっとも一般的なタイプ。日本の干潟面積の大半を占める。
- 河口干潟:川が海に注ぐ河口部にできる干潟。淡水と海水が混ざり、栄養が豊富で生物多様性が高い。
- 潟湖(せきこ)干潟:砂州などで外海から隔てられた入り江(ラグーン)の内側にできる、波の非常に穏やかな干潟。
| 干潟のタイプ | 全国面積(1994年調査) | 特徴 |
|---|---|---|
| 前浜干潟 | 約33,048ha | 海岸線に沿う最大タイプ |
| 河口干潟 | 約15,777ha | 川と海が交わる栄養豊富な場 |
| 潟湖干潟 | 約2,853ha | ラグーン内側の穏やかな環境 |
| 人工干潟など | 約271ha | 造成された干潟 |

干潟の泥や砂の一粒一粒の表面には、目に見えない微細な藻類(珪藻など)や無数のバクテリアがびっしりと付着しています。潮が引いて太陽の光が届くと、これらの微細藻類が一斉に光合成を始め、干潟全体が巨大な「食料生産工場」として動き出します。この地道な一次生産こそが、干潟のにぎわいすべての土台になっているのです。
陸と海の境目に生まれる豊かさ
陸でも海でもない、その中間にある干潟は『エコトーン(移行帯)』と呼ばれます。ふたつの世界が接する境目には、両方の要素が混ざり合い、思いがけず豊かな生命が集まることが知られています。海水と淡水、水と空気、光と泥が出会う干潟は、まさにそうした境界のにぎわいを体現した場所です。1日2回の水没と干出、季節ごとの水温や塩分の変化という『ゆらぎ』に耐えられる生きものだけが生き残り、それがかえって独自の生態系を形づくっています。
干潟が生まれる3つの条件
- 潮の満ち引き(潮汐)の差が大きいこと
- 川が細かい土砂を運び、静かに堆積できる穏やかな内湾であること
- 遠浅の海底がゆるやかに広がっていること
干潟が育む命──底生生物から渡り鳥まで
干潟の泥の中や表面には、驚くほど多くの生きものが暮らしています。主役となるのは「底生生物(ベントス)」と呼ばれる、泥に潜ったり這ったりして生きる小型の無脊椎動物たちです。ゴカイの仲間(多毛類)、アサリやハマグリなどの貝類(軟体動物)、カニやエビなどの甲殻類(節足動物)が主要な構成メンバーで、1平方メートルの泥の中に何百、何千もの個体がひしめいていることも珍しくありません。
泥の中でつながる食物連鎖
干潟の食物連鎖は、微細藻類やデトリタス(生きものの死骸や排せつ物などの有機物のかけら)から始まります。それをゴカイやカニ、貝類が食べ、さらにその底生生物を狙って魚やカニ、そして鳥がやってきます。有明海のムツゴロウのように、干潟の泥面をなめて微細藻類を食べる魚もいて、干潟ならではのユニークな生態系が成り立っています。海の生きもの同士のつながりは、深海の生態系とはまったく異なる、光あふれる浅瀬ならではのものです。
陸から流れてくる有機物や、海で生まれたプランクトンの死骸は、放っておけば腐って水を汚す原因になります。ところが干潟では、それらが底生生物の絶好の「ごちそう」になります。つまり干潟は、陸と海から集まる有機物を、貝や鳥という目に見える命へと作り変える『変換装置』でもあるのです。この効率のよい物質循環こそが、干潟が『海のゆりかご』と呼ばれるゆえんです。多くの魚介類が、幼い時期を安全な干潟の浅瀬で過ごし、成長してから沖へと出ていきます。
干潟には、その場所ならではの名物生物も数多くいます。有明海のムツゴロウやワラスボ、シオマネキ(片方のはさみが大きいカニ)などは、有明海の干潟でしか見られない、あるいは特に多く見られる生きものです。こうした固有性の高さは、干潟が長い時間をかけて育んできた進化の産物であり、一度失われれば簡単には取り戻せません。
- 多毛類(ゴカイの仲間):泥の中で有機物を食べ、鳥や魚の重要な餌になる
- 二枚貝(アサリ・ハマグリなど):海水をろ過して水を浄化する主役
- 甲殻類(カニ・エビ・シオマネキ):巣穴を掘って泥に酸素を送り込む
- ハゼ類(ムツゴロウなど):泥面の微細藻類を食べる干潟特有の魚
- シギ・チドリ類:底生生物を餌に長距離の渡りを支える渡り鳥

渡り鳥にとって命をつなぐ「給油所」
干潟のもうひとつの主役が、シギ・チドリと呼ばれる渡り鳥です。彼らは初夏にシベリアやアラスカで繁殖し、冬をオーストラリアやニュージーランドで過ごすため、1年に地球を縦断する長距離の渡りを行います。もっとも長い旅では片道約12,000kmにおよびます。その途中、日本の干潟は羽を休め、泥の中のゴカイや貝を食べてエネルギーを補給する、かけがえのない「給油所(中継地)」になっているのです。
こうした渡りのルートは「東アジア・オーストラリア地域フライウェイ」と呼ばれ、日本・ロシア・中国・韓国・オーストラリアなど22の国と地域にまたがります。干潟という中継地が1つ失われるだけで、鳥たちは次の給油所まで飛べずに力尽きてしまう。干潟の保全は、国境を越えた渡り鳥全体の運命に直結しているのです。長距離を旅する生きものという点では、海を回遊するクジラの回遊とも通じる壮大さがあります。
東アジア・オーストラリア地域フライウェイの現状
- 63のシギ・チドリ個体群のうち約38%が減少傾向にある
- 20の渡り性シギ・チドリ個体群がIUCNレッドリストに掲載されている
- 港湾開発と沿岸埋め立てが、中継地の消失を加速させている
日本の干潟が国際的に重要な理由もここにあります。たとえば東京湾の谷津干潟には年間約110種もの野鳥が飛来し、日本に渡ってくるシギ・チドリ類のおよそ10%が観察されると言われます。小さな干潟が、地球規模の生きものの循環を支えているのです。
しかし世界的に見ると、渡り鳥をめぐる状況は厳しさを増しています。東アジア・オーストラリア地域フライウェイを利用するシギ・チドリのうち、63の個体群の約38%が減少傾向にあり、20の個体群が国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストに掲載されています。減少のいちばんの原因は、中継地となる干潟が埋め立てで失われていること。とくにアジアの黄海周辺では、大規模な干拓によって渡り鳥の楽園が急速に狭まっており、日本の干潟の価値はますます高まっています。
渡り鳥は、いわば干潟の健康を映す『指標』でもあります。餌となる底生生物が豊かで、静かに休める環境があれば、鳥は自然と集まってきます。逆に鳥の数が減っていく干潟は、その足元で生態系が弱っているサインです。バードウォッチングは、単なる趣味を超えて、干潟の状態を市民が見守る大切なモニタリングにもなっているのです。
天然の浄化装置──干潟が水をきれいにする仕組み
干潟は「海のゆりかご」であると同時に、優秀な「天然の浄水場」でもあります。都市や農地から川を通じて海に流れ込む窒素やリンといった栄養塩、そして有機物。これらが過剰になると赤潮や青潮の原因になりますが、干潟はそれらを効率よく取り除き、海水を澄ませていきます。その浄化のメカニズムは、大きく3つの担い手によって支えられています。
海の水が濁ったり、栄養が多すぎたりすると、どんな問題が起きるのでしょうか。栄養塩が過剰になるとプランクトンが異常に増え、海が赤く染まる『赤潮』が発生します。増えたプランクトンが死んで分解されるとき、海中の酸素が大量に使われ、酸素の乏しい水のかたまり(貧酸素水塊)ができます。それが海面に上がってくると硫黄化合物で青白く見える『青潮』となり、魚や貝が大量死することもあります。干潟は、こうした悪循環の入り口である『栄養の取りすぎ』を防ぐ、天然の防波堤として働いているのです。赤潮のしくみは赤潮の解説記事でも詳しく取り上げています。
① アサリなどの二枚貝がろ過する
アサリやハマグリなどの二枚貝は、えらで海水をこしとってプランクトンを食べる「ろ過摂食者」です。その能力は驚くほど高く、成長したアサリ1個が1時間に約1リットルもの海水をろ過するとされます。福島県松川浦の干潟での調査では、夏場にアサリやカキが1日で吸収する窒素の量が、その水域に存在する窒素の総量に匹敵するという結果も報告されています。干潟にびっしりと暮らす二枚貝は、まさに生きた浄水フィルターなのです。

② 微細藻類が余分な栄養を吸収する
干潟の表面を覆う微細な藻類は、光合成をしながら海水中の窒素やリンを栄養として取り込みます。これは赤潮の原因となる過剰な栄養塩を減らす働きそのものです。さらに藻類は光合成で酸素をつくり出し、干潟の生きものたちや水中に酸素を供給しています。栄養塩をめぐる循環という点では、外洋を支える植物プランクトンと同じ役割を、干潟では底生の藻類が担っているといえます。
③ バクテリアが窒素を大気へ逃がす
そして目に見えないながら決定的に重要なのが、泥の中に無数に暮らすバクテリア(微生物)です。干潟の泥は、酸素が豊富な表層と酸素の乏しい深層が接する特殊な環境で、ここでは「脱窒(だっちつ)」という化学反応が進みます。脱窒とは、海水に溶けた窒素を窒素ガスに変えて大気中へ放出する作用で、これによって海の中から窒素そのものが取り除かれます。ろ過や吸収が「栄養を移動させる」のに対し、脱窒は「系の外へ完全に追い出す」点で、干潟の浄化力の切り札といえます。
興味深いのは、カニやゴカイといった底生生物が泥に掘る無数の巣穴が、この浄化を後押ししていることです。巣穴を通して泥の奥深くまで酸素を含んだ海水が行きわたり、バクテリアが活動しやすい環境が広がります。生きものが泥を耕すことで、微生物による分解や脱窒がいっそう進む。干潟では、貝も、カニも、微生物も、それぞれの役割を果たしながら、全体としてひとつの巨大な浄化システムを回しているのです。どれか一つが欠けても、この精妙なバランスは崩れてしまいます。
干潟の3つの浄化メカニズム
- 二枚貝によるろ過:えらでプランクトンや有機物をこしとる
- 微細藻類による吸収:光合成で窒素・リンを取り込み酸素を出す
- バクテリアによる脱窒:溶けた窒素を窒素ガスに変えて大気へ放出する
これら3つの働きが組み合わさることで、干潟は下水処理場に匹敵するほどの浄化能力を発揮するといわれます。しかも干潟は電気も薬品も使わず、太陽の光と生きものの営みだけで、24時間365日休むことなく水を浄化し続けます。維持費もかからず、二酸化炭素も出さない。これほど理想的な浄水インフラは、人工的にはなかなか作れません。埋め立てで干潟を失うことは、無料で働き続けてくれる巨大な浄水施設を、みずから壊してしまうことに等しいのです。
干潟の浄化力を、経済的な価値に換算しようとする試みもあります。干潟が担う水質浄化や漁業資源の供給、防災、レクリエーションといった働きは「生態系サービス」と呼ばれ、金額に置きかえると膨大な価値になると試算されています。目に見えないこれらのサービスを『ただ』だと思って失ってきたことこそ、干潟が軽んじられてきた最大の理由だったのかもしれません。
失われた干潟──埋め立ての歴史をデータで見る
これほど価値のある干潟が、日本では急速に姿を消してきました。環境省の調査によると、全国の干潟面積は1945年に約82,621ヘクタールありましたが、1978年には約53,856ヘクタール、1996年には約49,380ヘクタールまで減少しています。戦後およそ50年で、干潟の約4割が失われた計算になります。
高度経済成長が奪った海辺
干潟が急激に減ったのは、とくに1960年代後半からの高度経済成長期です。遠浅で埋め立てやすい干潟は、港湾・工業用地・住宅地・商業地へと次々に姿を変えていきました。生きものと水質浄化の宝庫が、経済成長のための「未利用の土地」とみなされてしまったのです。当時は、干潟がもつ浄化機能や生物多様性の価値がまだ十分に知られておらず、『何もない浅瀬を土地に変える』ことが、むしろ進歩や豊かさの象徴とすら考えられていました。
| 年 | 全国の干潟面積 | 備考 |
|---|---|---|
| 1945年 | 約82,621ha | 戦後まもない時期 |
| 1978年 | 約53,856ha | 高度成長期を経て大幅減 |
| 1996年 | 約49,380ha | 戦後から約4割減少 |

東京湾では約13分の1に
とりわけ埋め立てが激しかったのが東京湾です。明治後期には約136平方キロメートルもあった東京湾の干潟は、1983年(昭和58年)にはわずか約10平方キロメートルにまで減少しました。都市の膨張とともに、東京湾の自然の海辺はほとんど消えてしまったのです。現在の東京湾で干潟が残るのは、三番瀬・谷津干潟・小櫃川河口などごくわずかな場所に限られています。かつて江戸前の海として豊かな漁業を支えた東京湾から、天然の海辺がほぼ消えたという事実は、経済成長の裏で私たちが何を差し出してきたのかを、静かに物語っています。
干潟の消失は世界的な現象
干潟が失われているのは日本だけではありません。2019年に科学誌『Nature』に発表された研究では、70万枚以上の衛星画像を解析した結果、1984年から2016年までの33年間で世界の干潟の約16%が消失したと推定されました。とくにアジアでは、経済発展にともなう港湾開発と埋め立てが集中し、渡り鳥のフライウェイの中継地が次々に失われています。海に流れ込むプラスチックごみ問題と並び、干潟の消失は世界が向き合うべき沿岸環境の課題なのです。
干潟の消失には、埋め立てのような『目に見える破壊』だけでなく、じわじわと進む変化もあります。ダムや護岸の整備によって川から海へ運ばれる土砂が減ると、干潟に新しい砂や泥が供給されなくなり、少しずつやせ細っていきます。また海面上昇が進むと、干潟が陸側に後退しようとしても、背後を護岸やビルにふさがれて逃げ場を失う『沿岸圧迫(コースタル・スクイーズ)』も懸念されています。埋め立てを止めるだけでは、干潟は守りきれないのです。
干潟を失うと何が起きるか
- 水質浄化能力が失われ、赤潮や青潮が発生しやすくなる
- 渡り鳥の中継地が消え、国際的な個体群が減少する
- アサリやノリなどの漁業資源が減り、沿岸漁業が衰退する
- 高潮や津波をやわらげる緩衝地帯が失われる
諫早湾の教訓──干拓がもたらしたもの
日本の干潟問題を語るうえで避けて通れないのが、有明海の奥に位置する諫早湾(長崎県)の干拓事業です。有明海は日本最大の干潟をもつ内湾で、ムツゴロウをはじめとする独特の干潟生物が数多く暮らし、国内最大級のシギ・チドリ類の渡来地としても知られてきました。まさに干潟の豊かさの象徴のような海です。
潮受け堤防による締め切り
諫早湾干拓事業は1986年に着手され、1997年4月14日、全長約7キロメートルの潮受け堤防が閉じられて約3,550ヘクタールの浅海域が海から切り離されました。293枚の鋼板が次々に海面に落とされていく光景は「ギロチン」とも呼ばれ、日本最大級だった諫早干潟と、そこに暮らしていた底生生物や渡り鳥の多くが姿を消しました。

有明海全体に広がった影響
影響は締め切られた湾内にとどまりませんでした。専門家は、干潟の消失と潮受け堤防によって有明海全体の潮の流れ(潮流)や潮の満ち引き(潮汐)が弱まったと指摘しています。海水の動きがにぶることで海底に酸素が届きにくくなり、赤潮や、酸素の乏しい「貧酸素水塊」が発生しやすくなりました。これらは、干潟がもっていた浄化機能が失われたこととも深く結びついています。
その結果、かつて「宝の海」と呼ばれた有明海では、名産のノリの色落ちやタイラギ(大型の二枚貝)の激減など、漁業に深刻な打撃が広がりました。栄養や酸素の循環が崩れると生態系全体が連鎖的に傾く点は、外洋で進む海洋酸性化とサンゴの問題とも共通しています。諫早湾は、干潟という一点を失うことが、海全体のバランスをいかに大きく揺るがすかを示す教訓となりました。
干潟が失われたことで、有明海が本来もっていた自浄作用そのものが弱まった可能性も指摘されています。広大な干潟が担っていた水質浄化のはたらきが消えれば、川から流れ込む栄養や有機物を受けとめる力が落ち、赤潮や貧酸素はさらに起きやすくなります。干潟の喪失と水質の悪化、漁業の不振は、それぞれ別々の問題ではなく、ひとつの鎖のようにつながっているのです。だからこそ再生には、堤防や漁場だけでなく、干潟そのものを取り戻す視点が欠かせません。
潮受け堤防の水門を開放し、有明海から海水を再び導入することで、潮の干満と潮流を回復させることが求められている。
― 公益財団法人 日本野鳥の会(諫早干潟再生に向けて)
諫早湾では今なお、水門開放をめぐって賛否が分かれ、司法の判断も揺れ動いてきました。干拓地で農業を営む人々の暮らしと、有明海の漁業や環境の回復を望む人々の願いが正面からぶつかり、問題は長期化しています。一度大きく改変した自然をどう扱うかは、関わる人が多いほど簡単には答えの出ない問いになります。だからこそ「失う前に守る」ことの重さを、この事例は私たちに突きつけています。
諫早湾の教訓は、自然を改変するときに『取り返しのつかなさ』をどこまで見通せるか、という点にもあります。事業が計画された当時、干潟の消失がここまで広く有明海全体に影響するとは、十分に予測されていませんでした。生態系はさまざまな要素が複雑に絡み合っており、一部をいじると思わぬところに波及します。だからこそ、大きな開発の前には、生態系への影響を慎重に評価する『環境アセスメント』の役割が重要になるのです。
守られた干潟──藤前干潟と市民の力
干潟の歴史は、失われた物語ばかりではありません。市民の力で埋め立てを止め、干潟を守り抜いた象徴的な成功例があります。名古屋港にある藤前干潟です。伊勢湾の最奥部に位置する藤前干潟は、渡り鳥の重要な飛来地でありながら、名古屋市のごみ処分場として埋め立てる計画が進められていました。
ごみ処分場計画からの逆転
この計画に対し、市民団体や自然保護団体が粘り強く反対運動を続けました。干潟の生態的価値を訴える声と、行政の最終判断が重なり、1999年1月、ついに埋め立て計画の中止が決まります。そして2002年11月18日、藤前干潟はラムサール条約の登録湿地となり、国指定鳥獣保護区の特別保護地区に指定されて、埋め立てや干拓が制限される「守られる干潟」へと生まれ変わったのです。
この結末は、当時としては決して当たり前のものではありませんでした。高度成長期以来、干潟の埋め立ては『進歩』の名のもとに次々と進められ、止まることはまれでした。藤前干潟の中止決定は、日本社会の価値観が『自然を潰して土地にする』時代から『自然の価値を認めて残す』時代へと切り替わる、大きな転換点のひとつとして語り継がれています。渡り鳥の飛来地としての国際的な重要性が、行政の判断を後押ししたことも見逃せません。

干潟が変えた街のごみ意識
藤前干潟の物語がとりわけ興味深いのは、干潟を守ったことが街そのものを変えた点です。ごみ処分場計画を失った名古屋市は、翌1999年2月に「ごみ非常事態」を宣言。徹底した分別とリサイクルに取り組んだ結果、2000年にはごみの量を前年比で約23%も減らすことに成功しました。干潟を守るという選択が、都市の暮らし方そのものを見直すきっかけになったのです。
藤前干潟が示したこと
- 市民運動と行政判断が重なれば、埋め立ては止められる
- 干潟の保全は、街のごみ削減やリサイクル意識まで変えうる
- ラムサール条約登録は、干潟を制度的に守る有効な手段になる
日本には現在、谷津干潟(千葉県)、藤前干潟(愛知県)、東よか干潟(佐賀県)など、複数の干潟がラムサール条約湿地として国際的に守られています。とくに東よか干潟は国内最大級のシギ・チドリ類の渡来地として、有明海に残された貴重な干潟を象徴する存在です。ラムサール条約は、国境を越えて移動する水鳥とその生息地である湿地を守るための国際条約で、登録されると開発が制限され、保全と『賢明な利用(ワイズユース)』が求められるようになります。
藤前干潟が教えてくれるのは、干潟を守る力が、専門家や政治家だけでなく、ふつうの市民の手のなかにもあるということです。声をあげ、価値を伝え、行動する人々がいたからこそ、あの干潟は残りました。そしてその選択は、干潟を守っただけでなく、名古屋という大都市の暮らし方そのものを、持続可能な方向へと押し進めたのです。ひとつの干潟を守ることは、その地域全体の未来を守ることにつながっていきます。
有明海・東京湾で進む再生の最前線
残された干潟を守るだけでなく、傷んだ干潟を積極的に「再生」しようとする取り組みも各地で進んでいます。ここでは有明海と東京湾を中心に、現在動いている再生活動を見ていきましょう。国内だけでなく、渡り鳥の中継地として日本とつながる海外の干潟にも、保全の動きが広がっています。中国の黄海沿岸の干潟が2019年に世界自然遺産に登録されたことは、東アジアの干潟を国境を越えて守っていこうという機運の高まりを象徴しています。
谷津干潟の「かさ上げ」再生
東京湾の最奥部に残る約40ヘクタールの谷津干潟は、1993年6月10日、日本国内の干潟としては初めてラムサール条約に登録された、記念すべき干潟です。しかし周囲を市街地に囲まれた「陸の孤島」のような環境で、アオサ(緑藻)の大量発生やヘドロの堆積といった課題を抱えてきました。そこで環境省の関東地方環境事務所は2010年度から、干潟の泥を盛り上げる「砂付け(かさ上げ)」やアオサの除去などの保全事業を進め、鳥がすみやすい環境の回復とモニタリングを続けています。

三番瀬と有明海の再生への模索
同じ東京湾の三番瀬(千葉県)は、船橋・習志野・市川・浦安の沖に広がる干潟・浅海域で、かつて埋め立て計画がありましたが、市民や専門家の議論を経て計画は見直され、再生をめざす取り組みが進められています。有明海でも、諫早湾の水門開放を求める運動や、覆砂(海底に砂をまいて底質を改善する手法)などによる漁場・干潟環境の回復が模索されています。一度失われた海を取り戻す道のりは、決して平坦ではありません。
再生の現場でよく語られるのは、『人工の干潟は、天然の干潟の完全な代わりにはならない』という難しさです。造成した干潟に砂を入れても、天然の干潟が長い年月をかけて育んだ複雑な生態系や、多様な生きもののつながりを、そっくり再現することはできません。だからこそ、いま残っている天然の干潟をこれ以上失わないことが、何よりも優先されるべきなのです。再生は最後の手段であり、保全に勝る再生はない、という考え方が広がっています。
ブルーカーボンとしての新たな価値
近年、干潟には「ブルーカーボン」という新しい価値の光も当たっています。ブルーカーボンとは、海の生態系が光合成によって取り込み、海底などに蓄える炭素のこと。藻場やマングローブ、塩性湿地とならんで、干潟はその重要な吸収源とされています。環境省もブルーカーボン生態系の保全・創出をCO₂吸収源対策として位置づけており、干潟の再生は気候変動対策とも結びつき始めています。海が炭素を蓄える力についてはブルーカーボンの解説記事もあわせて読むと、干潟の価値がより立体的に見えてきます。
この視点は、干潟の保全に新しい追い風をもたらします。これまで干潟の価値は『渡り鳥が来る』『水がきれいになる』といった、数値化しにくいものが中心でした。しかしブルーカーボンとして炭素の吸収量を評価できれば、企業や自治体が脱炭素の取り組みの一環として干潟の保全に投資する道が開けます。生きものを守ることと気候変動を防ぐことが、干潟という一つの場所で結びつく。それは、干潟を守る理由がまた一つ増えたということでもあります。
干潟再生の主なアプローチ
- かさ上げ・砂付け:泥を盛って鳥や生きものがすみやすい高さに整える
- 覆砂:底質に砂をまき、貧酸素やヘドロを改善する
- アオサ・堆積物の除去:過剰な有機物を取り除き環境を整える
- ブルーカーボンとしての保全:CO₂吸収源として干潟・藻場を守り増やす
私たちにできること──干潟を未来へつなぐ
干潟の保全というと、行政や研究者だけの仕事に思えるかもしれません。けれど干潟は、私たちの暮らしにもっとも身近な「海の入り口」でもあります。一人ひとりの小さな行動が、干潟の未来を確実に変えていきます。
まず干潟を「知る」「訪れる」
保全の第一歩は、干潟の価値を知ることです。谷津干潟自然観察センターや藤前干潟の活動拠点など、干潟には学びながら楽しめる施設が各地にあります。潮干狩りや野鳥観察を通じて、泥の中の生きものや渡り鳥の姿に触れれば、「ただの泥の海」ではないことが実感できるはずです。関心を持つ人が増えることそのものが、干潟を守る大きな力になります。とりわけ子どもたちが幼いうちに干潟の生きものに触れる経験は、将来の海の守り手を育てる何よりの投資になります。
暮らしの中で海の負荷を減らす
干潟の敵のひとつは、過剰な栄養や汚れが流れ込むことです。台所から油を流さない、洗剤を使いすぎない、といった日々の心がけは、めぐりめぐって海に注ぐ水の質を守ります。海に流れ着くごみを減らすうえでは、漁具由来のごみ(ゴーストギア)の問題を知ることも役立ちます。藤前干潟の物語が示したように、ごみを減らす暮らしは干潟を守る暮らしと地続きなのです。
干潟に暮らす人にとって身近なのが、旬のアサリやノリ、ハマグリといった干潟の恵みを味わうことです。健全な干潟で育てられた海産物を選んで食べることは、干潟を守りながら使う漁業を応援することにつながります。潮干狩りに出かけるときは、小さすぎる貝は採らずに残す、決められた区域やルールを守るといった配慮が、翌年以降の資源を守ります。『食べて応援する』ことも、立派な保全のかたちです。

保全の取り組みを応援する
全国各地で、干潟の清掃活動、モニタリング調査、アマモ場やアサリ場の再生といった市民参加型の活動が行われています。こうした活動にボランティアとして参加したり、干潟を守る団体を寄付で支えたりすることも、有効な後押しになります。海の生きものを守る取り組みは、海洋保護区のように制度で守る方法から、干潟の手入れのように現場で汗を流す方法まで、幅広く存在します。
今日からできる干潟保全アクション
- 近くの干潟や観察センターを訪れ、生きものと渡り鳥を観察する
- 台所から油を流さない・洗剤を使いすぎないなど、海への負荷を減らす
- ごみの分別とリサイクルを徹底し、海洋ごみの発生源を断つ
- 干潟の清掃や生きもの調査などの市民活動に参加・寄付する
- 干潟の価値をSNSや会話で身近な人に伝える
まとめ──泥の海は、命と水を守る宝物
干潟は、一見すると何もない泥と砂の平原です。しかしその実態は、無数の底生生物が暮らし、渡り鳥が地球規模の旅の途中で羽を休め、濁った海水を澄ませていく、地球でもっとも豊かで働き者の生態系のひとつでした。アサリのろ過、微細藻類の吸収、バクテリアの脱窒という3つの浄化の仕組みは、下水処理場にも匹敵します。
失ってきたもの、取り戻そうとしているもの
その宝物を、日本は戦後の約50年で4割も失い、世界でも33年間で16%を失いました。諫早湾の干拓は、干潟という一点を失うことが海全体を揺るがすことを教えてくれました。一方で藤前干潟のように、市民の力で守り抜き、街のごみ意識まで変えた成功例もあります。有明海や東京湾では、かさ上げや覆砂、ブルーカーボンとしての保全など、再生への挑戦が続いています。
この記事を通して見えてきたのは、干潟の価値が『生きもの』『水質浄化』『渡り鳥』『炭素の吸収』『防災』と、いくつもの層に重なっているということです。どれか一つの理由だけでも守る価値があるのに、干潟はそのすべてを同時に担っています。それほど多機能で、しかも無料で働き続けてくれる自然は、そう多くありません。
そして忘れてはならないのは、諫早湾が示したように、一度大きく失われた干潟を元どおりに取り戻すのは、途方もなく難しいという事実です。人工的に砂を入れても、天然の干潟が長い時間をかけて育んだ複雑な生態系はそっくりには戻りません。だからこそ、いま残っている干潟をこれ以上失わないこと——保全こそが、最大かつ最良の再生策なのです。

選ぶのは、私たち一人ひとり
干潟を守るか失うかは、遠い誰かではなく、海に注ぐ水を使う私たち一人ひとりの選択の積み重ねにかかっています。次に潮の引いた海辺に立ったときは、その足元に広がる「泥の海」が、どれほど多くの命と、どれほどきれいな水を支えているかを思い出してください。その視点をもつ人が増えることこそが、干潟をこれ以上失わないための、もっとも確かな第一歩になります。
まず今日、この記事を読んだあなたへ
- 身近な干潟や自然観察センターの場所を調べてみる
- 台所から油を流さないなど、海への負荷を減らす習慣を一つ始める
- 干潟の価値を、家族や友人に一言でいいから伝えてみる
この記事のまとめ
- 干潟は前浜・河口・潟湖の3タイプに分かれ、生きものと水質浄化の宝庫である
- アサリのろ過・微細藻類の吸収・バクテリアの脱窒で海水を強力に浄化する
- 干潟は渡り鳥(シギ・チドリ)が長距離の旅で命をつなぐ中継地である
- 日本の干潟は戦後約50年で4割、世界は33年で16%が消失した
- 諫早湾は干潟消失が海全体を傷つける教訓を、藤前干潟は市民の力で守れる希望を示した
- 有明海・東京湾で再生が進む今、暮らしの選択が干潟の未来を左右する
参考文献・出典
- 環境省 生物多様性センター – 自然環境保全基礎調査(干潟・藻場・サンゴ礁調査)
- 環境省 – 干潟・藻場・サンゴの減少 干潟面積の推移(PDF)
- 水産庁 – 藻場・干潟・サンゴ礁の保全/干潟の働きと現状
- 国立環境研究所 – 浅海域での生物による水質浄化-福島県松川浦の干潟の調査から-
- 環境省 – せとうちネット 干潟とは(浄化・生態系の解説)
- 公益財団法人 日本野鳥の会 – 諫早干潟再生に向けて/東京湾に残された干潟
- ラムサール条約登録湿地関係市町村会議 – 谷津干潟の解説
- 名古屋市 – 藤前干潟の保全・活用
- 環境省 – ブルーカーボンとは/ブルーカーボン取組事例集
- Nature(Murray et al. 2019) – The global distribution and trajectory of tidal flats
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