水族館の水槽の前に立つと、さっきまで陸をよちよち歩いていたペンギンが、水に入った瞬間に別の生き物のように変わります。翼を上下に打ち振って、まるで空を飛ぶように水中を進んでいく——あの動きこそ、ペンギンが数千万年かけて手に入れた進化の答えです。
なかでもコウテイペンギン(Aptenodytes forsteri)は桁外れです。記録されている最深記録は564m、最長の潜水は32.2分。人間が素潜りで到達できる深さの何倍もの水圧の中を、暗闇の中を、たった一息で往復します。しかもそこは水温が氷点下に近い南極の海です。
この記事では、翼・骨格・血液・羽毛・血管という5つの視点から「なぜペンギンはそんなことができるのか」を順に解きほぐし、最後に、その驚異の体をもってしても抗いきれない南極の変化——2026年4月にコウテイペンギンが絶滅危惧種(EN)へ引き上げられた背景——までを見ていきます。
この記事で学べること
- ペンギンの翼がなぜ「空を飛ぶ翼」ではなく「水を掻くオール」になったのか、骨と関節の構造から理解できる
- コウテイペンギンが564m・32.2分という極限の潜水をこなす、酸素の貯め方と使い方のしくみがわかる
- 氷点下の海で体温を守る羽毛の三層構造と、翼の付け根にある「対向流熱交換器」の役割を知ることができる
- 泡をまとって加速する空気潤滑や海水を飲める塩類腺など、教科書にあまり載らない適応を学べる
- 南極でペンギンに小型カメラを付けて調べる「バイオロギング」が、いま何を明らかにしているかがわかる
- 海氷の減少がペンギンの繁殖と換羽に何をもたらし、私たちに何ができるのかを考えられる
ペンギンは「水中を飛ぶ鳥」——翼が推進器になった進化
ペンギンは鳥です。羽毛があり、卵を産み、骨格も鳥のものです。それでも空は飛べません。理由は単純で、空気を掻くための翼と、水を掻くための翼は、求められる形がまったく違うからです。ペンギンの祖先は、その二択のうち「水」を選びました。
空を捨てた翼、水を掴む翼
空気は軽く、水は約800倍も密度が高い流体です。空を飛ぶ鳥の翼は、軽い空気をできるだけ広い面積で受け止めるために大きく、しなやかで、羽根の隙間から空気を逃がす構造をしています。一方、水中では逆に、硬くて小さく、たわまない翼のほうが有利になります。密度の高い水は少しの面積でも大きな推進力を生み、逆にしなる翼では力が逃げてしまうからです。
ペンギンの翼(フリッパー)は、この要請にそのまま従った形をしています。上腕骨も前腕の骨も平たく板状につぶれ、羽根は短く硬く体表に密着し、翼全体が一枚のオールのようになっています。ヒトでいう肘や手首にあたる関節はほとんど曲がらず、動きは肩関節に集約されます。結果として、翼は「はばたく」というより肩から下ろして押し込む一本の櫂(かい)として働きます。
打ち下ろしでも打ち上げでも前に進む
空を飛ぶ鳥は基本的に打ち下ろしで揚力を得て、打ち上げは「戻す」動作にすぎません。ペンギンは違います。水中では上下どちらの動きでも翼の角度を変えることで推進力を生み出せるため、打ち下ろしと打ち上げの両方で前に進むことができます。水面近くを泳ぐペンギンの軌跡が滑らかで、失速のない一定の速度に見えるのはそのためです。
体形も徹底しています。頭から胴、尾へと連続する紡錘形(魚雷型)は流れの剥離を抑え、足は方向舵として体の後方に配置されます。陸上で不器用に見えるあのよちよち歩きは、足を後ろに寄せたぶんのツケであって、欠陥ではありません。水中での性能を優先した結果です。

種によって違う「潜る深さ」
ペンギンといっても18種前後があり、潜水能力は大きく違います。体が大きい種ほど酸素を蓄えられる量が多く、深く長く潜れる傾向があります。
| 種 | 最大潜水深度の目安 | 主な生息域 |
|---|---|---|
| コウテイペンギン | 564m(鳥類世界最深) | 南極大陸沿岸 |
| キングペンギン | 343m | 亜南極の島々 |
| ジェンツーペンギン | 約200m | 南極半島・亜南極 |
| アデリーペンギン | 約170m | 南極大陸沿岸 |
| ヒゲペンギン | 約121m | 南極半島周辺 |
ここがポイント
- ペンギンの翼は骨が平たくつぶれ、肘・手首がほぼ固定された「オール」になっている
- 水は空気の約800倍の密度。小さく硬い翼のほうが効率よく推進できる
- 打ち下ろしと打ち上げの両方で推進力を得られるのが、鳥の飛翔との大きな違い
- 深く潜れる種ほど体が大きい。最深記録はコウテイペンギンの564m
564m・32.2分——コウテイペンギンの潜水記録はどこまで本当か
「鳥類で最も深く潜る動物」という肩書きは、コウテイペンギンのものです。ただし、しばしば混同されるので最初に整理しておきます。最深記録と最長記録は、別々の個体が別々の潜水で出したものです。一頭が564m潜って32分粘ったわけではありません。
564mという深さ、32.2分という時間
最深記録の564mは、記録計を装着した野生個体のデータに基づくもので、2006年にPolar Biology誌で報告されました。この研究では93個体に深度記録計を付け、3シーズンで13万7364回の潜水が記録されています。同じデータセットの中で記録された最長の潜水は21.8分でした。
その後、2018年にMarine Ecology Progress Series誌で32.2分という潜水が報告され、これが現在知られている最長記録です。水深564mは水圧にして約57気圧。人間ならとうに肺が潰れ、意識を失う世界です。
ただし「普段」はもっと浅く、短い
記録はあくまで極値です。オーストラリア南極局によれば、コウテイペンギンの潜水の大半は水深100〜200m、時間にして3〜6分。これが日常の採餌スタイルです。極端な深さへ潜るのは、餌の分布や海況が特殊なときに限られます。
行動範囲も季節で大きく変わります。冬は繁殖地から130km以内にとどまりますが、夏には西へ180km〜550km以上も移動し、より深い海域へ出ていきます。76日間の冬の行動追跡では、移動距離の合計が2600kmに達した例も記録されています。

記録はどう測るのか——バイオロギングという方法
こうした数字は、すべてバイオロギングという手法で得られています。動物に小型の記録装置(深度計、GPS、加速度計、地磁気センサー、近年は小型ビデオカメラ)を装着して放し、戻ってきたところで回収してデータを読み出すやり方です。日本では国立極地研究所がこの分野を長年けん引してきました。
船の上や氷の上から観察するだけでは、水中で何が起きているかは推測するしかありません。バイオロギングは動物自身に記録者になってもらう方法であり、深海生物の生態研究と並んで、いま最も発見が続いている領域のひとつです。深海の極限環境で生きる生き物たちの適応については 深海生物の驚異的な適応戦略 でも詳しく紹介しています。
息を止めて潜る体——酸素をどこに、どれだけ貯めるか
潜水能力を決めるのは、翼の形よりもむしろ体内にどれだけ酸素を持ち込め、それをどれだけ長く持たせられるかです。ここにペンギンの本当の凄みがあります。
酸素の貯蔵庫は3つある
潜水中のコウテイペンギンは、3つの場所に酸素を蓄えています。肺(と気嚢)・血液・筋肉です。
- 肺と気嚢:鳥類特有の気嚢システムが、限られた空間に効率よく空気を保持する
- 血液:ヘモグロビンが酸素と結びついて運ぶ。血液量そのものが体重比で多い
- 筋肉のミオグロビン:筋肉の中で酸素を保持するタンパク質。潜水鳥類・海獣では濃度が際立って高く、潜水後半の主力エネルギー源になる
面白いのは配分です。ヒトの場合、酸素の大半は肺にあります。ところが深く潜る動物では、水圧で潰れる肺よりも、血液と筋肉に酸素を持たせるほうが合理的です。だからこそ深海性の潜水動物ほど血液量とミオグロビン濃度が高くなります。

有酸素潜水限界は5.6分——その先は「借金」になる
スクリップス海洋研究所のポール・ポンガニス(Paul Ponganis)らの一連の研究によれば、コウテイペンギンの有酸素潜水限界(ADL)は約5.6分です。これは「乳酸が安静時レベルを超えて蓄積し始める潜水時間」と定義されます。
つまり5.6分を超える潜水では、体は無酸素的な代謝に頼り始め、浮上後に「返済」が必要になります。それでもコウテイペンギンは、日常的にADLを超える潜水を行います。20分、30分という潜水は、限界を承知のうえで踏み込んでいる行動なのです。
18分の潜水で心拍は毎分6拍まで落ちる
その「踏み込み」を可能にしているのが、極端な徐脈(ブラディカルディア)です。ジェシカ・メア(Jessica Meir)とポンガニスらが心電図記録計を用いて行った2008年の研究は、その凄まじさを数字で示しました。
| 状態 | 心拍数(拍/分) |
|---|---|
| 安静時 | 73 ± 2 |
| 潜水全体の平均 | 57 ± 2 |
| ADL(5.6分)以内の潜水 | 85 ± 3 |
| ADLを超える潜水 | 41 ± 1 |
| 18分潜水の最後の5分間 | 6 |
| 浮上直後の最大値 | 256 |
18分の潜水の終盤、心臓は10秒に1回しか打っていないことになります。同時に末梢の血管が収縮し、血流は脳と心臓という「絶対に止められない臓器」に集中します。筋肉は自前のミオグロビンの酸素だけで動き続けます。
そして浮上した瞬間、心拍は最大256拍/分へ跳ね上がります。これは最大酸素摂取時の心拍数に相当する値で、酸素の借金を数十秒で返しにかかっている状態です。潜って止め、浮いて一気に回す——この落差そのものが、コウテイペンギンの潜水戦略です。
ADL(有酸素潜水限界)とは
aerobic dive limit の略で、体内の酸素だけで賄える潜水時間の上限を指します。これを超えると乳酸が蓄積し、浮上後に長い回復時間が必要になります。コウテイペンギンのADLは約5.6分ですが、実際の潜水の多くはこれを超えており、「限界を超えて潜ることを前提に設計された体」だと言えます。
氷点下の海で体温を守る——羽毛と血管がつくる二重の断熱
南極海の水温は場所と季節によりますが、氷が張っている海域ではおおむね−1.8℃前後、つまり海水が凍る温度そのものです。ペンギンの体温は約38.5℃。この40度近い温度差を、羽毛と血管という二重の仕組みで守っています。
1cm²あたり約9枚——「羽毛がぎっしり」は半分神話だった
長く「ペンギンは1平方インチあたり100枚もの羽毛を持つ」といった説明が流布してきました。しかし2015年に英国王立協会紀要(Proceedings of the Royal Society B)で発表された研究は、実際の測定結果として1cm²あたり約9枚という値を示しました。従来の推定値(11〜46枚/cm²)よりも、はるかに少ない数字です。
部位によって差があり、背中側で約5.8枚/cm²、腹側で約13.5枚/cm²。冷たい水に接する面積が大きい前面のほうが密度が高くなっています。
では枚数が少ないのになぜ暖かいのか。答えは羽の「質」と層構造にありました。同じ研究は、これまで軽視されてきた綿羽(プルムル)とフィロプルームが体羽の中に多数存在し、綿羽が副羽(アフターフェザー)の約4倍の密度で分布していることを明らかにしています。表面の硬く平たい正羽が水と風を弾き、その内側の綿羽の層が空気を抱え込む——この層構造が断熱の主役です。

尾腺の油と、羽づくろいという必須作業
ペンギンが陸上でしきりに体をつついている姿を見たことがあるでしょう。あれは尾の付け根にある尾腺(尾脂腺)から分泌される油を、くちばしで全身の羽に塗り広げている作業です。この油が羽の表面を疎水性に保ち、羽どうしの噛み合わせを維持します。
防水が破れると、断熱の主役である空気の層が水に置き換わります。空気と水では熱伝導率が20倍以上違うので、これは致命的です。羽づくろいはペンギンにとって身だしなみではなく、生存に直結するメンテナンスなのです。
翼の付け根にある「熱交換器」
羽毛だけでは守れない場所があります。翼と足です。ここは血液が通う一方で表面積が大きく、熱が逃げやすい構造をしています。ペンギンはここに対向流熱交換器(counter-current heat exchanger)を備えています。
翼の付け根では、上腕動脈が3〜5本の血管に分かれて上腕骨に沿って走り、それぞれの動脈が2本以上の静脈と束になっています。この構造は上腕動脈叢(humeral arterial plexus)と呼ばれます。体の中心から出ていく温かい動脈血が、翼先から戻ってくる冷たい静脈血をその場で温め、熱を体の中心へ引き戻す——それが対向流熱交換の原理です。
その効果は劇的で、肩と翼の先端で最大30℃もの温度差が測定されています。翼の先はほとんど冷たいまま、体幹は38.5℃を保つ。熱を「使わずに済ませる」ことで、餌を探すために費やせるエネルギーを確保しているわけです。
興味深いのは、この構造の起源です。化石記録の解析から、上腕動脈叢は少なくとも4900万年前、地球が温暖な「グリーンハウス期」だった時代に既に成立していたことが示されています。つまり南極の寒さに対応して生まれたのではなく、温帯の海で水中採餌をするための適応が、後の極地進出を可能にしたと考えられています。
体表は「気温より冷たい」
断熱がどこまで徹底しているかを示す、驚くべき観測があります。2013年にBiology Letters誌で報告された赤外線サーモグラフィ研究は、南極テール・アデリーの繁殖地で撮影したコウテイペンギンの体表温度を測定し、晴天下では体表のほとんどが周囲の気温よりも冷たいことを示しました。
理由は放射冷却です。晴れた空へ大量の熱を放射することで、羽毛の表面は空気より低い温度になります。逆説的ですが、これは断熱があまりに優秀で、体内の熱が羽毛表面までほとんど届いていないことの証拠です。目の周りだけが例外的に温かく写るのも、そこだけ羽毛がないためです。
断熱のしくみまとめ
- 羽毛は1cm²あたり約9枚。枚数より、綿羽が抱え込む「空気の層」が効いている
- 尾腺の油を塗り広げる羽づくろいが防水を維持する。防水が破れると断熱も失われる
- 翼と足には対向流熱交換器(上腕動脈叢)があり、肩と翼先で最大30℃の温度差を生む
- この熱交換器は約4900万年前の温暖な時代に成立しており、寒冷化への適応ではない
泡をまとって加速する——空気潤滑と海水を飲む力
ペンギンが氷の縁から水面へロケットのように飛び出す映像を見たことがあるでしょうか。あの跳躍には、長らく説明のつかない「速すぎる」という問題がありました。
羽毛から空気を放出して抵抗を減らす
2011年にMarine Ecology Progress Series誌で発表されたダヴェンポート(John Davenport)らの研究は、この謎に対して空気潤滑(air lubrication)という仮説を提示しました。
観察によれば、コウテイペンギンは羽毛の中に空気を抱えたまま水深15〜20mまで潜り、浮上に転じるときに羽を寝かせたまま圧縮されていた空気を全身から放出します。すると微細な泡が体表全体から連続的に湧き出し、体を包む滑らかな層をつくり、後方に泡の航跡を残します。
この泡の膜が体表と水の間の摩擦抵抗と形状抵抗を減らし、跳躍前の平均速度5.3±1.01m/sという高速を実現している——というのが仮説の骨子です。研究チームは、浮力だけではこの速度を説明できないこと、また泡はキャビテーション(水中で圧力低下により気泡が生じる現象)によるものではないことも論じています。
同じ原理は船舶の省エネ技術としても研究されており、船底から空気を吹き出して摩擦抵抗を減らす「空気潤滑システム」が実際に商用船へ導入されています。ペンギンは、人間が工学的に到達した解を先に持っていたことになります。

海水を飲んでも平気な理由——塩類腺
海で餌を獲る動物には、必ず塩の問題がつきまといます。ペンギンは餌と一緒に大量の海水を飲み込みますが、腎臓だけでは海水の塩分を処理しきれません。
そこで働くのが、目の上(眼窩上部)にある塩類腺(鼻腺)です。血液から余分な塩化ナトリウムを高濃度で抜き取り、鼻孔から濃い塩水として排出します。ペンギンがときどき頭を振ったり、くちばしの先から滴を落としたりするのは、この排出動作です。
この器官のおかげで、ペンギンは真水がほとんど存在しない南極で、海水を水分補給に使えるのです。海鳥・ウミガメ・ウミイグアナなど、海で暮らす脊椎動物に広く見られる適応でもあります。
ペンギンの「地味だがすごい」適応
- 泡をまとって抵抗を減らす空気潤滑(跳躍前の平均速度5.3m/s)
- 眼窩上部の塩類腺で余分な塩分を排出し、海水を水分補給に使える
- 足は方向舵、尾は微調整の舵。推進はほぼ翼だけが担う
- 水中では視覚を主に使い、暗い深海では獲物の発光も手がかりになると考えられている
何を、どう食べているか——バイオロギングが映した南極の食卓
潜水能力は、それ自体が目的ではありません。食べるための手段です。そして「水中で実際に何を食べているのか」は、長らく胃の内容物からの推定に頼るしかありませんでした。小型カメラの登場が、この状況を一変させました。
装着カメラが捉えた、翼足類を食べる瞬間
2026年3月、国立極地研究所の渡邊日向特任研究員と高橋晃周教授らの日仏共同研究グループが、驚きの成果を発表しました。南極のフランス・デュモンデュルヴィル基地周辺でアデリーペンギン8個体に小型ビデオカメラ・GPS・加速度計を装着し、水中での採餌行動を直接記録したのです。
87時間の映像を解析した結果、アデリーペンギンが有殻翼足類(貝殻を持つ浮遊性の巻貝の仲間)であるClio pyramidataとLimacina rangiiを頻繁に捕食していることが、初めて記録されました。捕食シーンは1449回にのぼり、1回の潜水のわずか2分間に80匹以上を食べた例も確認されています。
この発見が重要なのは、翼足類が海洋酸性化の影響を受けやすいグループのひとつだからです。炭酸カルシウムの薄い殻を持つ翼足類は、海水のpH低下によって殻の形成が阻害されることが知られています。ペンギンの食卓が、酸性化の影響を直接受け取る位置にあることになります。この研究は2026年3月にMarine Biology誌で公開されました。

オキアミは「逃げる」——餌が獲りにくくなる輪ができる
さらに新しい成果が2026年7月15日に発表されました。同じく渡邊特任研究員・高橋教授と京都大学の高木淳一特任助教らのチームが、海氷下でのアデリーペンギンとナンキョクオキアミの関係を追跡した研究です。
GPS・地磁気・加速度センサーで遊泳軌跡と捕食行動を記録したところ、ペンギンが潜水を繰り返すにつれて捕食する深度が深くなり、海氷の割れ目からの距離も遠くなっていくことが分かりました。ところが、オキアミの群れそのものの密度は変わっていません。つまり、食べ尽くされたのではなく、オキアミが深く遠くへ逃げていると考えられます。
結果として、繁殖地の周囲には「オキアミはいるのに、ペンギンにとっては獲りにくい」という帯——研究チームが機能的な餌枯渇の輪(functional prey depletion halo)と呼ぶ状態——が生まれます。捕食者が獲物を食べ減らすのではなく、獲物の行動を変えることで生態系に影響を及ぼす「非消費的効果」が、海氷下で実証された形です。この成果はProceedings of the Royal Society B誌に掲載されています。
失敗したペンギンは、仲間の情報を使う
もうひとつ、社会性に踏み込んだ研究があります。2026年6月、国立極地研究所の國分亙彦准教授、高橋晃周教授、総合研究大学院大学の今木俊貴氏らが、昭和基地近くの小規模コロニーで繁殖成鳥270羽のうち116羽(約43%)にGPSを装着し、653回の採餌トリップを解析しました。
その結果見えてきたのは、「うまくいったら同じ場所へ戻り、失敗したら場所を変える(win-stay, lose-shift)」という基本戦略と、採餌に失敗した個体が、コロニーの仲間に付いていくことで新しい餌場を探しているという行動でした。複数個体が同時に出発して集団をつくる場面も頻繁に観察されています。ペンギンのコロニーは、単なる巣の集まりではなく情報が流通する場でもあったのです。
ちなみに、南極の食物連鎖はナンキョクオキアミがハブとなり、その土台を植物プランクトンが支えています。海の生産の基盤については 植物プランクトンが地球の酸素の半分をつくる で詳しく解説しています。
羽が抜ける34日間——カタストロフィック・モルトという弱点
ここまで見てきた驚異的な適応には、年に一度、必ず訪れる「無防備な期間」があります。換羽です。
全身の羽を一度に換える
多くの鳥は羽を少しずつ入れ替え、飛翔能力を保ったまま換羽を済ませます。ペンギンは違います。全身の羽をごく短期間でまとめて生え換わらせる——この様式は「カタストロフィック・モルト(catastrophic moult/破局的換羽)」と呼ばれます。
コウテイペンギンの場合、換羽には30〜40日、絶食期間はおよそ34日間に及びます。羽が抜けている間は防水性が失われるため、水に入れば断熱の空気層は一瞬で失われます。だから海へ行けず、餌も獲れず、ひたすら陸か氷の上で耐えるしかありません。この間の体重減少は、種によっては換羽前体重の最大58%に達すると報告されています。
換羽できる場所は「安定した海氷の上」だけ
コウテイペンギンにとって、この34日間を過ごせる場所は限られています。大陸に固着した安定な海氷(定着氷)の上です。ここが崩れると、換羽の途中で水に落ちるという最悪の事態が起こります。
2022年・2024年、換羽中に氷が割れた
2026年にCommunications Earth & Environment誌で発表された英国南極調査所(BAS)の研究は、衛星画像から換羽中のコウテイペンギンの集団を初めて系統的に特定するという手法を確立しました。氷の上に残るグアノ(糞)の染みを手がかりに、西南極マリーバードランド沿岸の約200kmにわたって、2019年から2025年の7年間の換羽群を追跡したものです。
そこで見えたのは深刻な事態でした。2022年と2024年、換羽が終わる前に海氷が割れてしまったのです。防水性のない状態で海へ放り出された成鳥は、体温を保つために膨大なエネルギーを消耗し、低体温症と捕食のリスクにさらされます。
その結果、2022年以前には100を超えていた換羽群が、2025年には25群にまで減少していました。繁殖の失敗だけでなく、成鳥の生存そのものが海氷に握られていることを示す発見です。

換羽が意味するリスク
- 換羽期間中は防水性がなく、海へ入れないため約34日間の絶食を強いられる
- 体重は最大で換羽前の58%も失われる(種による)
- 換羽には安定した定着氷が不可欠。氷が早く割れると成鳥が直接死に至る
- 西南極では換羽群が100超(2022年以前)から25群(2025年)へ減少した
南極の変化とペンギンの未来——絶滅危惧種(EN)への引き上げ
潜水生理も、断熱も、社会性も、数千万年かけて磨き上げられてきた完成度の高い適応です。それでも、いま南極で起きている変化の速度には追いつけていません。
2026年4月、IUCNがコウテイペンギンを「絶滅危惧(EN)」に
2026年4月9日、国際自然保護連合(IUCN)はレッドリストを更新し、コウテイペンギンを「準絶滅危惧(NT)」から「絶滅危惧(EN, Endangered)」へ引き上げました。主要因は人為的な気候変動です。
評価の根拠として挙げられたのは、2080年代までに個体群が半減するという予測と、衛星画像から推定された2009〜2018年の約10%(成鳥2万羽以上に相当)の減少です。同じ更新では、ナンキョクオットセイも「低懸念(LC)」から一気に「絶滅危惧(EN)」へ引き上げられました。2000年以降、餌の減少によって既に個体数が50%減少しているためです。
なお、米国では先行して2022年10月26日に、米国魚類野生生物局がコウテイペンギンを絶滅危惧種法(ESA)の「threatened(危急)」種として指定する最終規則を官報に公示しています。
実測はモデル予測より速く進んでいる
さらに厳しい数字が2025年に出ました。英国南極調査所が最新の衛星画像を解析したところ、南極半島・ウェッデル海・ベリングスハウゼン海を含む区域で、2009年から2024年の15年間に個体数が22%減少していたのです。年率にしておよそ1.6%の減少です。
この区域は面積280万km²(英国の11倍以上)に及び、16のコロニーが含まれ、世界のコウテイペンギン個体群の約3割を占めます。南極全体を対象とした従来推定(2009〜2018年で9.5%減)を大きく上回るペースです。研究者は、この減少幅が高排出シナリオに基づく最悪ケースの予測すら超えている可能性を指摘しています。
| 時期・地域 | 観測された変化 | 情報源 |
|---|---|---|
| 南極全体(2009→2018年) | 約9.5%減 | 衛星画像解析 |
| 南極半島〜ウェッデル海(2009→2024年) | 22%減(年率1.6%) | 英国南極調査所(2025年) |
| 西南極の換羽群(2022年以前→2025年) | 100群超 → 25群 | Communications Earth & Environment(2026年) |
| ナンキョクオットセイ(2000年以降) | 50%減 | IUCNレッドリスト(2026年) |

2022年、繁殖が「全滅」したコロニー
統計の背後には、具体的な出来事があります。2023年にCommunications Earth & Environment誌で発表されたBASのピーター・フレットウェル(Peter Fretwell)らの研究は、2022年の春、ベリングスハウゼン海の5つのコロニーのうち4つで、1羽の雛も巣立たなかったことを報告しました。
原因は明白です。コウテイペンギンは4月から翌年1月まで安定した定着氷を必要としますが、2022年11月、この海域の一部では海氷の密接度が100%失われました。雛は巣立ちまで防水性の羽を持たないため、氷が割れれば海に落ちて生きられません。海氷の大規模な後退と繁殖の全面的な失敗が明確に結びついた、初めての記録でした。
2100年の分岐点はまだ動かせる
将来予測も出ています。ジェヌヴリエ(Stéphanie Jenouvrier)らの研究によれば、高排出シナリオ(RCP8.5)が続いた場合、2100年までに98%のコロニーが実質的に消滅し、個体数は歴史的水準比で99%減少すると推定されています。
ただし同じ研究は、別の数字も示しています。パリ協定の目標が達成された場合、2100年時点で絶滅リスクにさらされるコロニーは61%にとどまる——決して楽観できる数字ではありませんが、98%と61%の差は、私たちの選択が生む差です。海の温暖化がどのように生態系を変えるかは 海水温上昇が引き起こす海流変化 でも扱っています。
いま起きていることの整理
- 2026年4月9日、IUCNがコウテイペンギンをNTからENへ引き上げ(主要因は気候変動)
- 南極半島〜ウェッデル海では2009→2024年に22%減。モデル予測より速い
- 2022年、ベリングスハウゼン海の5コロニー中4つで雛が1羽も巣立たなかった
- 換羽期の海氷崩壊という、繁殖以外の経路でも成鳥が失われている
- 高排出シナリオでは2100年に98%のコロニーが消滅。パリ協定達成なら61%に抑えられる
日本でコウテイペンギンに会う——知ることから始める
遠い南極の話に聞こえるかもしれません。けれど日本には、実際にコウテイペンギンに会える場所があります。そして「知っている生き物」になった瞬間から、南極のニュースの見え方は変わります。
国内で飼育しているのは2施設だけ
日本国内でコウテイペンギンを飼育しているのは、和歌山県のアドベンチャーワールドと、愛知県の名古屋港水族館の2施設のみです。2009年からは両施設の間でブリーディングローン(繁殖を目的とした個体の貸し借り)が行われています。
アドベンチャーワールドでは2025年9月30日、4年ぶり・通算16羽目となるコウテイペンギンの雛が誕生しました。抱卵期間は66日、出生時の体重は295.9gのメスです。両親は1997年に来園した27歳のペアで、園によれば、国内で繁殖に成功して子どもの姿を公開できるのはアドベンチャーワールドだけとされています。

水族館での「見どころ」チェックリスト
せっかく会いに行くなら、この記事で読んだ構造を実際に確かめてみてください。コウテイペンギンでなくても、ジェンツーやフンボルトなど身近な種でほとんど観察できます。
- 翼の動き:肘や手首が曲がらず、肩から下ろす一本の櫂として動いているか
- 打ち上げでも進むか:翼を上げる動作でも体が前に出ていることを確かめる
- 羽づくろい:尾の付け根に何度もくちばしを当ててから全身へ塗り広げる一連の動作
- 足の位置:泳いでいるとき足を後方に伸ばし、舵として使っているか
- くちばしの先の水滴:塩類腺から排出された濃い塩水かもしれない
- 浮上時の泡:体表から細かい泡が湧き出す瞬間が見られることがある
南極とつながっている、私たちの選択
コウテイペンギンを直接守る方法は、私たちの日常にはほとんどありません。密猟対策でも、生息地に柵を立てることでもなく、海氷を残せるかどうかがほぼすべてだからです。だからこそ、この種の未来は温室効果ガスの排出という、遠回りに見える経路に懸かっています。
同時に、南極の食物連鎖の要であるナンキョクオキアミは漁業の対象でもあります。オキアミの持続可能な管理、南極海の海洋保護区(MPA)の設定、そして水産物を選ぶときの認証ラベルへの意識——こうした選択もまた、南極の生態系につながっています。海を渡る動物たちが環境変化をどう受け止めているかは クジラの回遊はなぜ数千kmも続くのか も併せてお読みください。
今日からできること
- 水族館でペンギンの泳ぎ方を「観察」してみる。翼の動きと羽づくろいに注目すると見え方が変わる
- 南極やオキアミ、海氷に関するニュースを見かけたら、この記事の数字と照らし合わせてみる
- 水産物を選ぶときにMSCなどの認証ラベルを確認する。南極オキアミ製品にも認証がある
- 家庭の電気・移動・食の選択で温室効果ガスを減らす。遠回りに見えて、これが最も効く手立て
- IUCNレッドリストや国立極地研究所の発表を年に数回チェックし、変化を追いかける
ペンギンの体は、私たちがまだ工学的に真似しきれていない解答の集積です。泡で抵抗を減らし、血管で熱を回収し、心臓を毎分6拍まで落として深海へ降りていく。その完成度の高さと、いま失われつつある速さのギャップこそが、この問題の本質だと言えます。まずは知ること、そして次に会いに行くこと。そこから始めてみてください。
参考文献・出典
- 国立極地研究所 – ペンギン装着ビデオで発見:ペンギンが翼足類を捕食する行動を初記録(2026年3月27日)
- 国立極地研究所 – 逃げるオキアミ、追うペンギン 〜南極の海氷下での捕食行動のダイナミクス〜(2026年7月15日)
- 国立極地研究所 – 採餌に失敗したペンギンは仲間の持つ情報を利用して餌場を探す(2026年6月10日)
- IUCN(国際自然保護連合) – Emperor penguin and Antarctic fur seal now Endangered due to climate change – IUCN Red List(2026年4月9日)
- British Antarctic Survey(英国南極調査所) – Emperor penguin populations in Antarctica declining faster than thought(2009〜2024年に22%減)
- Communications Earth & Environment – Fretwell et al. (2023) Record low 2022 Antarctic sea ice led to catastrophic breeding failure of emperor penguins
- Communications Earth & Environment – Discovery of Antarctic moulting sites in satellite imagery reveals new threat to emperor penguins(2026年)
- Journal of Experimental Biology – Meir et al. (2008) Heart rate regulation and extreme bradycardia in diving emperor penguins
- Proceedings of the Royal Society B – Williams et al. (2015) Hidden keys to survival: the type, density, pattern and functional role of emperor penguin body feathers
- Marine Ecology Progress Series – Davenport et al. (2011) Drag reduction by air release promotes fast ascent in jumping emperor penguins
- Biology Letters – McCafferty et al. (2013) Emperor penguin body surfaces cool below air temperature
- Australian Antarctic Program(オーストラリア南極局) – Emperor penguins diving and travelling(潜水深度・行動範囲の基礎データ)
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