340μm
マンタのろ過フィルターの穴の大きさ。餌はもっと小さいのに逃げない
53.7mg/m³
マンタが「食べる」に切り替わる動物プランクトンの濃度(モルディブでの計測)
1.4億ドル
マンタウォッチング観光が世界23カ国で生む年間の直接経済効果

体盤幅6メートル、体重2トン近い巨体が、体長わずか1〜3ミリのプランクトンだけで生きている。マンタ(オニイトマキエイ類)は、海でもっとも極端な「大きいものが小さいものを食べる」生き物のひとつです。それを可能にしているのが、口から鰓へと海水を流し込み、餌だけをより分ける「ろ過摂食(filter feeding)」という食べ方です。

ところが、この仕組みは長いあいだ謎を含んでいました。マンタのフィルターに空いた穴は、種類によって数百マイクロメートル。ところが実際に食べている動物プランクトンには、その穴より小さいものがたくさん含まれています。ふつうのザル(ふるい)なら素通りしてしまうはずのサイズです。しかも、目の細かいフィルターに毎日何百立方メートルもの海水を通していれば、本来ならすぐに目詰まりして機能しなくなるはずです。

この矛盾に答えを出したのが、2018年に米国の研究チームが発表した「跳ね返り分離(ricochet separation)」という新しいろ過機構でした。本記事では、この発見を軸に、マンタの体の構造から、モルディブや日本の海で観察されている食べ方の多様性、そしてフィルターに入り込んでしまうプラスチックの問題までを、一次情報をたどりながら整理します。

この記事で学べること

  • 「マンタ」と呼ばれる魚は2種いて、2017年に学名がManta属からMobula属へ変わったこと
  • 頭鰭・口・鰓耙板・鰓裂とつながる、マンタのろ過装置の構造と水の通り道
  • 2018年に発見された「跳ね返り分離(ricochet separation)」が、目詰まりを避けながら小さな餌を捕らえる仕組み
  • 単独5種・集団3種、合わせて8つの摂食戦略と、それが切り替わる餌の濃度の境界
  • 深海への潜水や日本近海での姿など、餌を追うマンタの行動範囲
  • マンタのフィルターに入り込むマイクロプラスチックの問題と、保全・観光をめぐる経済の現実

「マンタ」は1種ではない——2種のマンタと、変わった学名

日本語で「マンタ」と呼ばれる魚は、実際には近縁な2種を指しています。外洋を広く回遊するオニイトマキエイ(Mobula birostris/英名 Giant manta ray, Oceanic manta ray)と、サンゴ礁など沿岸域を主な生活の場とするナンヨウマンタ(Mobula alfredi/英名 Reef manta ray)です。長らく1種と考えられていましたが、形態と分布の詳しい比較によって別種として整理されました。

どちらもエイの仲間としては最大級で、菱形の胸びれを羽ばたかせるように動かして遊泳します。沖縄美ら海水族館の生き物図鑑も、ナンヨウマンタを「エイの仲間では最大級となる種類。オニイトマキエイと同種とされていたが、近年になって別種と分類された」と説明しています。

大きさも、暮らす場所も違う

2種は体の大きさと生活圏がはっきり違います。数字で並べると、同じ「マンタ」でもかなり別の生き物であることが分かります。

項目オニイトマキエイ(M. birostris)ナンヨウマンタ(M. alfredi)
体盤幅(平均)約4.0〜5.0m約3.0〜3.5m
体盤幅(最大記録)約6.8m約4.3m
体重(最大)約2,000kg(米国NOAAは最大約2,400kgと記載)約844kg
寿命(推定)約40年(NOAAは最大45年)約40年
主な生活圏外洋を広く回遊。沿岸にも現れるサンゴ礁・沿岸域に定住的
確認されている潜水深度1,200mを超える潜水も記録最大672m(ニューカレドニア)
IUCNレッドリスト絶滅危惧(Endangered)危急(Vulnerable)
2種のマンタの比較(Manta Trust、米国海洋大気庁NOAA Fisheries、IUCNレッドリスト、査読論文をもとに作成)

2017年、「Manta属」がなくなった

かつて2種は Manta birostrisManta alfredi という学名で呼ばれていました。しかし分子系統の解析が進むと、Manta属とされていた2種が、近縁のイトマキエイ属(Mobula)の種のあいだに入り込む形で位置づけられることが分かってきます。分類学のルールでは、こうした場合に属をまとめる必要があるため、2017年にManta属はMobula属へ統合されました。現在の正式な学名は Mobula birostrisMobula alfredi です。

古い図鑑やウェブサイトには今も Manta birostris の表記が残っています。誤りというより「以前の名前」であり、論文を検索するときは両方の名前で当たると取りこぼしが減ります。

サンゴ礁の上をゆったり泳ぐナンヨウマンタと、背景の外洋を泳ぐ大型のオニイトマキエイ
沿岸に定住するナンヨウマンタ(手前)と、外洋を回遊するオニイトマキエイ(奥)はすみ分けている

見分ける手がかりは「腹の模様」

水中で2種を見分けるのは慣れが必要ですが、体の各部の色の出方に違いがあります。そして重要なのは、腹側の黒い斑点の並びが個体ごとに違い、人間の指紋のように個体識別に使えることです。沖縄美ら海水族館も「腹の黒い斑紋で個体識別できる」と説明しており、世界のマンタ研究はこの性質を土台に成り立っています。

  • 腹側の黒斑の配置は生涯ほとんど変わらず、写真1枚で個体を特定できる
  • ダイバーが撮った写真を研究データベースに登録する市民科学が世界各地で機能している
  • 同じ個体が何年も同じ海域に戻ることが分かり、回遊ルートや滞在期間の解明につながった
  • 体色が全身ほぼ黒い「ブラックマンタ」と呼ばれる黒化個体も存在するが、別種ではなく体色の変異

ここまでの要点

  • 「マンタ」はオニイトマキエイとナンヨウマンタの2種を指す
  • 2017年にManta属はMobula属へ統合され、現在の学名は Mobula birostris / Mobula alfredi
  • 外洋種のほうが大きく、深く潜り、絶滅の危険度も高い
  • 腹側の黒斑は個体ごとに固有で、写真による個体識別に使える

頭鰭から鰓へ——マンタのろ過装置と水の通り道

マンタの食事は「泳ぐこと」とほぼ同義です。口を開けて前進すれば、その速度そのものが水をとりこむ動力になります。ポンプで海水を吸い込むのではなく、進むことで水を押し込むこの方式はラム式ろ過摂食(ram filter feeding)と呼ばれ、ジンベエザメやウバザメなど大型のろ過摂食者に共通します。

頭鰭は角ではなく「漏斗」

マンタの頭の左右から前へ突き出た一対のひれは頭鰭(とうき、cephalic fin)と呼ばれます。ふだんは巻いて筒状にしていますが、餌を食べるときには前方へ大きく広げ、口へ向かう水の流れを絞り込む漏斗として働きます。沖縄美ら海水族館も、マンタの摂食を「頭にあるヒレ(頭鰭)をのばして口の中に餌を流し込むようにして餌を食べる」と説明しています。

この頭鰭の巻き伸ばしは、餌の濃さや泳ぐ状況に応じて細かく調整されます。餌が薄いところでは巻いて水の抵抗を減らし、濃い場所に入ると広げて取り込み口を最大化する、というように使い分けているのです。飼育下のマンタに鏡を見せた実験では、頭鰭の巻き伸ばしが鏡のないときの10倍以上の頻度で観察されており、この器官が単なる摂食装置以上の役割を担っている可能性も指摘されています。

頭鰭を左右に大きく広げ、口を四角く開いて水を取り込むマンタの頭部のクローズアップ
頭鰭を広げると、口へ向かう水流が絞り込まれて取り込み効率が上がる

口から鰓裂へ——水が抜けていく順路

取り込まれた海水は、口から入り、体の下面にある5対の鰓裂(さいれつ)から外へ抜けていきます。この通り道の途中に、ろ過装置である鰓耙板(さいはばん、gill plate)が並んでいます。順番に追うと次のようになります。

  1. 頭鰭を広げて泳ぎ、餌を含んだ海水を口の前へ集める
  2. 大きく開いた口から海水が口腔へ流れ込む
  3. 口腔の奥で、水は鰓裂へ向かう通路へ分かれて流れる
  4. その通路の入口に並ぶ鰓耙板の上を、水が高速で通り過ぎる
  5. 餌の粒子は鰓耙板に沿って後方へ運ばれ、食道へ集められる
  6. 餌を取り除かれた水だけが5対の鰓裂から体外へ出ていく

フィルターの正体は「並んだひだ」

鰓耙板は、細長い板状の構造が何枚も平行に並び、それぞれの板からさらに細かい突起(ローブ)が張り出した、羽根状の構造をしています。板と板のあいだの隙間がフィルターの「穴」にあたり、その大きさは種によって異なります。2018年の研究では、オニイトマキエイで約340マイクロメートル、近縁のタイワンイトマキエイ(Mobula tarapacana)で約1,100マイクロメートルと計測されました。

ここで冒頭の謎が立ち上がります。340マイクロメートル=0.34ミリの隙間しかないのに、マンタが食べている動物プランクトンには、それより小さいカイアシ類の幼生なども多く含まれます。単純なふるいと考えれば、餌の多くはそのまま鰓裂から流れ出てしまうはずなのです。

鰓耙板は、取引の対象でもある

  • このろ過器官(鰓耙板)は乾燥させて中国語圏で「鰓片(ガンチー)」として取引され、マンタ類が狙われる最大の理由になっている
  • つまりマンタは、生きるための器官そのものを理由に捕られている
  • 取引の規模と国際的な規制については、本記事後半の「守るための経済学」で扱う

目詰まりしないフィルター——2018年に見つかった「跳ね返り分離」

2018年9月26日、米国カリフォルニア州立大学フラートン校のRaj V. Divi氏、オレゴン州立大学のJames A. Strother氏、フラートン校のE. W. Misty Paig-Tran氏らが、科学誌Science Advances(第4巻9号、論文番号 eaat9533)に、マンタが目詰まりしない新しいろ過機構「跳ね返り分離(ricochet separation)」で餌をとっていることを報告しました。長年の謎に、流体力学から答えを出した研究です。

これまでの説明では辻褄が合わなかった

水中の生物が使うろ過方式は、大きく2つに整理されてきました。ひとつは目の細かい網で漉し取るふるい式(sieve filtration)。もうひとつは、フィルター面に沿って水を流し、粒子を面上で滑らせながら濃縮していくクロスフロー式(cross-flow filtration)です。後者は一部の魚で知られ、目詰まりしにくい方式として注目されてきました。

しかしマンタの鰓耙板の形——板が入ってくる流れに対して斜めに並び、先端が上流側にせり出している構造——は、そのどちらの説明ともうまく噛み合いませんでした。研究チームは実物の鰓耙板をもとに拡大模型をつくり、水槽内で流れと粒子の動きを可視化しつつ、計算流体力学(CFD)でも同じ条件を再現して比較しました。

ろ過方式仕組み弱点
ふるい式穴より大きい粒子だけを網の上に残す穴より小さい餌は逃げる/すぐ目詰まりする
クロスフロー式フィルター面に平行な流れで、粒子を面上を滑らせて濃縮する粒子が面に接触し続けるため、条件によっては詰まる
跳ね返り分離(マンタ)粒子がフィルターのローブ先端に当たって弾き返され、本流へ戻されて食道へ運ばれる高速の水流が前提(=泳ぎを止めると働きにくい)
3つのろ過方式の違い。マンタの方式は粒子がフィルターに「貼りつかない」点が決定的に異なる
マンタの鰓耙板の拡大イメージ。平行に並ぶ板と、そこから張り出す細かなひだ
斜めに並ぶ板と、そこから張り出すローブ。この形が粒子を弾き返す

実験でわかった数字

模型実験と数値計算から、次のような条件が明らかになりました。マンタが泳ぎながら口の中でつくり出している流れは、意外なほど速く、そして精密です。

  • フィルターの隙間(ポア)の大きさ:オニイトマキエイで約340μm、タイワンイトマキエイで約1,100μm
  • 口腔内の自由流速:おおよそ570mm/秒(毎秒約57cm)
  • フィルター面を横切る流れ(横断流):約57mm/秒。自由流速のおよそ10分の1
  • レイノルズ数:オニイトマキエイで約1,075。粘性より慣性が効き、渦が生じやすい流れ
  • 捕集効率は粒子径がおよそ200μmを超えたあたりから顕著に高くなる

粒子は口に入ったあと、フィルターの表面で跳ね返って食道のほうへ戻される。一方、水はそれとは別の経路をたどって鰓裂から出ていく。

― 研究チームによる説明(カリフォルニア州立大学フラートン校 ニュースリリース、2018年9月)

なぜ「穴より小さい餌」が捕れるのか

跳ね返り分離では、粒子は隙間を「通れるかどうか」で選別されていません。ローブの先端に当たって跳ね返り、隙間へ入る前に本流へ押し戻されるのです。慣性の大きい(=重くて速い)粒子ほど流線から外れて先端に当たりやすいため、隙間の大きさとは別の原理で、200μm前後より大きな餌が効率よく残ります。

そしてこの方式には決定的な利点があります。粒子がフィルター面に貼りつかないため、原理的に目詰まりしないのです。ふるい式ならすぐ塞がってしまうような濃いプランクトンの雲の中でも、マンタは口を開けたまま泳ぎ続けられます。数時間にわたって濃い餌場に居座り、大量の海水を処理できるのは、この性質のおかげです。

研究チームは、この仕組みが工学的にも価値を持つと述べています。目詰まりしないフィルターは、交換や洗浄の手間が要らないということです。設備の維持が難しい地域での浄水、産業用の液体ろ過、そして海からマイクロプラスチックを取り除く装置——マンタが数千万年かけて磨いた形が、そのまま設計のヒントになりうると期待されています。

跳ね返り分離のポイント

  • 粒子は「隙間を通れないから残る」のではなく、「弾き返されるから残る」
  • だからフィルターの穴より小さい餌も捕まえられる
  • 粒子が面に留まらないので目詰まりしない=長時間の連続摂食が可能
  • ただし高速の水流が前提。泳ぎを止めるとこの分離は働きにくい
  • 目詰まりしないろ過は、浄水やマイクロプラスチック回収への応用が期待されている

8つの食べ方——ソマーソルトからサイクロンまで

ろ過装置がどれほど優秀でも、餌が薄い海で口を開けて泳ぎ続ければ、得られるエネルギーより消費するエネルギーのほうが大きくなります。だからマンタは「どこで、どんな姿勢で食べるか」を状況に応じて変えます。マンタ研究の国際NGOであるManta Trustの創設者Guy Stevens氏らは、観察されたマンタの摂食行動を8つの戦略に整理しています。単独で行う5種類と、複数個体が協調する3種類です。

単独で行う5つの戦略

  • ストレートフィーディング:口を開けたまま直線的に泳ぎ抜ける、もっとも基本的な食べ方
  • サーフェスフィーディング:水面直下で、背中を海面から出しながら表層に集まった餌をすくう
  • ボトムフィーディング:海底近くで、堆積物の上に漂う餌を取り込む
  • サイドウェイフィーディング:体を横倒しにして、餌の層の厚みに合わせて口の向きを変える
  • ソマーソルトフィーディング:後方に宙返りを繰り返し、濃い餌のかたまりから離れずに同じ場所を何度も通過する

とくにソマーソルト(宙返り)は、マンタの摂食行動でもっともよく知られた姿です。餌のかたまりは海中に数メートル規模の「雲」として漂っており、直線的に泳ぎ抜けると数秒で通り過ぎてしまいます。その場でくるくると回り続けることで、同じ濃い場所を何度も通過できるわけです。宙返りは連続して何回転も続くことがあり、すべての個体が同じようにできるわけではないとも報告されています。

複数で行う3つの戦略

  • チェーンフィーディング:数頭が縦一列に連なり、前の個体を追いながら同じ餌の帯を通過する
  • ピギーバックフィーディング:1頭が別の個体の背に重なるように上下に並んで泳ぎ、同じ場所の餌を上下で分け合う
  • サイクロンフィーディング:多数の個体が円を描いて回り続け、渦を巻くような大集団になる
多数のマンタが円を描いて渦を巻くように群れるサイクロンフィーディングの光景
多数の個体が渦を巻くサイクロンフィーディング。餌が非常に濃いときにだけ現れる

サイクロンフィーディングは「濃さ」の証拠

サイクロンフィーディングはモルディブのハニファル湾で観察される光景がとりわけ有名で、条件がそろうと多数の個体が同じ湾に集まります。これは単に見応えのある行動というだけでなく、その場の餌が異常に濃いことの生物学的な指標でもあります。次の章で見るように、集団での摂食は餌の濃度がある水準を超えたときに優勢になります。

渦を巻いて泳ぐことには、単に長く居座れるという以上の効果が期待されます。多数の個体が回ることで水が撹拌され、餌のかたまりが散らばりにくくなる、あるいは群れの中心部に餌が保たれる、という仮説が議論されてきました。ただしこの点は観察の難しさもあり、定量的な検証はまだ十分ではありません。

8つの戦略の整理

  • 単独:ストレート/サーフェス/ボトム/サイドウェイ/ソマーソルト
  • 集団:チェーン/ピギーバック/サイクロン
  • 戦略の選択は「餌がどれだけ濃いか」「どの深さに層があるか」で変わる
  • 宙返りやサイクロンは、濃い餌のかたまりから離れないための工夫

食べ始めるスイッチ——餌の濃さと、潮汐、そして深海

マンタはいつでも口を開けているわけではありません。ろ過摂食にもエネルギーがかかるため、餌が薄い場所では「食べない」ほうが得になります。では、どのくらい濃ければ食べ始めるのか。この境界を実測したのが、モルディブ・ハニファル湾で行われた研究です(PeerJ 第9巻、論文番号 e11992、2021年)。

潮の流れで運ばれてきた動物プランクトンが濃く漂う、緑がかった湾の水中
潮汐によって湾内にたまった動物プランクトン。この「濃さ」がマンタの行動を決める

潮が餌をため込む湾

この調査は2017年8月13日から21日までの9日間、潮汐のサイクルに沿って湾内の動物プランクトンを繰り返し採取し、同時にマンタの頭数と行動を記録するという方法で行われました。優占していたのはUndinula vulgarisという大型のカラヌス目カイアシ類で、外洋で大発生する種です。つまり湾の中で湧いた餌ではなく、外から潮に運ばれてきた餌が、湾の地形にせき止められて濃縮されていたことになります。

動物プランクトンの量は潮汐に強く連動し、満潮の直後に最大になることが確認されました。乾燥重量に換算した密度は、平均で1立方メートルあたり90.7ミリグラム。ただし変動の幅は非常に大きく、0.7ミリグラムから643.1ミリグラムまで、900倍近い開きがありました。餌場は「ある」か「ない」かではなく、時間とともに現れては消えるものだということです。

53.7mg/m³という境界

この研究のもっとも重要な発見は、マンタが摂食行動へ切り替わる濃度の閾値が特定できたことです。統計モデルによる解析の結果、その値は乾燥重量で1立方メートルあたり53.7ミリグラムでした。興味深いことに、これは代謝コストから理論的に見積もられた必要量(同25.2ミリグラム)の2倍以上にあたります。

指標意味
動物プランクトン密度(平均)90.7 mg 乾燥重量/m³調査期間中の湾内の平均的な餌の濃さ
同(変動幅)0.7〜643.1 mg/m³潮汐によって900倍近く変動する
摂食開始の閾値53.7 mg/m³これを超えるとマンタは摂食行動に切り替わる
理論上の必要量25.2 mg/m³代謝コストを賄うのに最低限必要とされる濃度
集団摂食が優勢になる濃度200 mg/m³超チェーンやサイクロンなどの集団戦略が増える
ハニファル湾で計測された動物プランクトンとマンタの摂食(PeerJ, 2021)

「損益分岐点」の2倍以上でようやく食べ始めるという事実は、マンタが単に空腹を満たしているのではなく、確実に採算が合う餌場を選んでいることを示します。薄い餌場で細々と食べるより、濃い場所を探して移動するほうが、生涯を通じた収支では有利なのでしょう。餌となる動物プランクトンが1日のなかで深さを変える現象については、プランクトンの日周鉛直移動の記事でも詳しく扱っています。

餌を追って、深海まで潜る

濃い餌場を探すという行動は、水平方向だけでなく垂直方向にも及びます。ニューカレドニアでナンヨウマンタに衛星タグを装着した研究(PLOS ONE、2020年)では、夜間により頻繁に、より深く潜る傾向が確認され、最大672メートルまでの潜水が記録されました。表層の餌が乏しい時間帯に、中深層に広がる生物の層へアクセスしていると考えられます。

外洋種であるオニイトマキエイはさらに深くまで潜ります。インドネシア・ペルー・ニュージーランドで装着された衛星タグのデータを解析した研究(Frontiers in Marine Science、2025年)では、1,200メートルを超える潜水が確認されました。水温が10度を大きく下回り、光の届かない世界へ、体温の低下に耐えながら降りていくことになります。

薄暗い深い海を、体を斜めにしてさらに深部へ潜っていく大型のマンタ
オニイトマキエイは1,200mを超える深さまで潜ることが衛星タグで確認されている

深潜りの理由は餌だけではない?

  • 中深層の餌(深海に広がる甲殻類の層など)へのアクセスが主要な仮説
  • 海洋構造の把握や、水温・地形などを手がかりにした航法との関連も議論されている
  • 深く潜るほど、深海の漁具や環境変化の影響も受けやすくなる
  • 同じ「マンタ」でも沿岸種と外洋種で潜水の深さは大きく違う

日本の海のマンタ——沖縄と、水族館が解いた繁殖の謎

マンタは遠い南の海だけの生き物ではなく、日本もまた世界有数のマンタ観察国です。2013年にPLOS ONE誌に発表されたマンタウォッチング観光の世界調査では、23カ国でマンタ観光が確認され、収益の約93%を占める上位10カ国の筆頭に日本が挙げられています(ほかにインドネシア、モルディブ、モザンビーク、タイ、オーストラリア、メキシコ、米国、ミクロネシア連邦、パラオ)。

沖縄・八重山のナンヨウマンタ

日本で観察されるマンタの多くはナンヨウマンタです。沖縄美ら海水族館の生き物図鑑は、この種の分布を「主に沖縄以南、インド太平洋の温・熱帯海域」と記しており、沖縄には「ガマーカマンタ」という地方名も伝わっています。八重山諸島の一部には、季節によって多くの個体が集まる海域が知られ、ダイビング観光の中心的な資源になっています。

こうした集まりは、これまで見てきた摂食生態から考えれば偶然ではありません。潮の流れが餌を運び、地形がそれをせき止める場所に、マンタは繰り返し訪れます。裏を返せば、そうした海域の水質や流れが変われば、マンタが来なくなる可能性もあるということです。観光地としての価値は、餌となるプランクトンを支える海の生産力の上に成り立っています。

沖縄の青いサンゴ礁の海を泳ぐナンヨウマンタと、それを見つめるダイバー
沖縄の海はマンタ観察の世界的な拠点のひとつ。観光の価値は海の生産力に支えられている

世界初の飼育下繁殖が明かしたこと

マンタの繁殖は、野外での観察が極めて難しい領域でした。その空白を埋めたのが沖縄美ら海水族館です。同館は2007年6月に世界で初めてナンヨウマンタの飼育下繁殖に成功し、2013年6月までに計10回の出産を記録しました。この過程で、それまで推測でしかなかった繁殖の基礎データが直接確認されています。

  • 妊娠期間はおよそ1年
  • 卵ではなく仔を産む(胎生)。1回の出産で1尾
  • 生まれてくる仔はすでに体盤幅およそ1.8メートル、推定体重60キログラム
  • 超音波画像診断による胎仔の成長モニタリングや、子宮内での呼吸・栄養摂取の研究も進められた
  • 2024年8月5日には、黒化個体(通称ブラックマンタ)の出産にも世界で初めて成功し、同年12月から親仔の展示が行われた

野外のオニイトマキエイでも、米国海洋大気庁(NOAA)は「2〜3年に1尾しか産まない」としています。この繁殖の遅さは、保全を考えるうえで決定的に重要です。多産な魚のように漁獲圧から素早く回復することができないため、いったん個体群が減れば、回復には何十年もかかります。IUCNがオニイトマキエイを絶滅危惧(Endangered)と評価している背景には、こうした生活史の特性があります。

写真1枚が研究データになる

腹側の黒斑による個体識別は、研究機関だけの手法ではありません。ダイバーやシュノーケラーが撮った腹側の写真を各地のデータベースへ提供することで、その個体がいつどこにいたかという記録が積み上がっていきます。同じ個体が何年も同じ海域に戻ることが分かれば、その海域を守る根拠になります。撮影が生き物の負担にならないよう、追いかけない・触らない・進路をふさがないという基本を守ることが前提です。

マンタに会うときに守りたいこと

  • 追いかけない。進行方向をふさがない(マンタは食べながら泳いでいる)
  • 触らない。体表の粘液は感染を防ぐバリアになっている
  • ストロボの連続発光を避け、距離を保って観察する
  • 腹側の写真が撮れたら、地域の調査団体や研究データベースへの提供を検討する
  • 現地のルールやガイドの指示を最優先にする

魚類最大級の脳——ろ過摂食者はなぜ賢いのか

餌をこして食べる生き物は、獲物を追う捕食者ほど頭を使わなくてよさそうに思えます。ところが実際は逆で、マンタは魚類のなかでも際立って大きな脳を持つことが知られています。体の大きさに対する脳の重さの比(脳化指数、EQ)で見ても、魚類のなかで最上位に位置づけられます。

大きな脳は何に使われているのか

有力な説明のひとつが、これまで見てきた餌の性質です。動物プランクトンは時間とともに現れては消え、場所も潮汐や季節で移動します。マンタはその「いつ・どこに餌が湧くか」を予測し、広い海を移動して先回りしなければなりません。加えて、複数個体が同じ場所で摂食するときには、ぶつからずに順序立てて泳ぐ協調も必要になります。学習・記憶・空間認知・社会的な行動——大きな脳が要求される場面は、思いのほか多いのです。

鏡の前のマンタ

2016年には、飼育下のオニイトマキエイに鏡を見せる実験が学術誌Journal of Ethologyに報告されました。マンタは鏡の前を異常に長く往復し、自分の体の部位を確かめるような動きを見せ、頭鰭を巻いたり伸ばしたりする動作を鏡がないときの10倍以上の頻度で繰り返し、鏡に向かって泡を吐く行動も観察されました。

ただし、この結果を「マンタは自己を認識している」と読むのは行き過ぎです。研究者自身も、板鰓類(サメ・エイの仲間)で鏡像自己認知が証明された例はまだないと慎重に述べています。分かっているのは、鏡という新奇な刺激に対して探索的で持続的な反応を示したこと。そこから先は今後の検証の領域です。

水槽の中で、大きな体をゆっくりと反転させながら泳ぐマンタの姿
マンタは魚類のなかで際立って大きな脳を持つ。何にそれを使っているのかは研究途上にある

マンタの周囲には、体に付き添うコバンザメの姿もよく見られます。大型の遊泳動物と、それに便乗する小型魚の関係についてはコバンザメがサメに乗る理由の記事でも取り上げています。

「賢い」という言葉の使い方に注意

  • 脳が大きいこと自体は、人間的な意味での知性の証明ではない
  • 鏡実験の結果は「自己認知の可能性を否定しない」という段階にとどまる
  • 一方で、学習・空間記憶・社会的行動の存在を示す観察は積み重なっている
  • 保全の議論では、賢いかどうかより「回復が遅い生活史」のほうが決定的な論点になる

フィルターに入り込むプラスチック

跳ね返り分離は、慣性の大きい粒子を効率よく食道へ送り込む仕組みです。餌かどうかを見分けているわけではありません。ここに、現代の海が突きつける問題があります。プランクトンと同じ大きさに砕けたプラスチック片は、マンタのフィルターにとって「餌と同じ挙動をする粒子」なのです。

プランクトンに混じって漂う細かなプラスチック片と、その中を口を開けて泳ぐマンタ
砕けたプラスチックはプランクトンと同じ大きさ・同じ挙動で漂う

摂食1時間あたり最大63個

インドネシアの海で行われた調査(Frontiers in Marine Science、2019年)は、この問題を具体的な数字にしました。ヌサペニダとコモド国立公園という、いずれもマンタの主要な摂食場でプラスチック片の密度を計測し、マンタが処理する海水量から摂取量を推定したものです。

  • ナンヨウマンタは、摂食1時間あたり最大63個のプラスチック片を飲み込みうる
  • 同じ海域のジンベエザメでは、摂食1時間あたり最大137個と推定された
  • 記録されたプラスチックの約80%は5ミリメートル未満のマイクロプラスチック
  • 使い捨てのレジ袋や包装に由来する薄いフィルム状の破片と、硬質の破片が合わせて半数以上を占めた
  • ろ過摂食動物は1日に数百から数千立方メートルの海水を処理するため、微小な濃度でも累積量が大きくなる

「薄いから大丈夫」が通用しない理由

海水1立方メートルあたりのプラスチック片がわずかであっても、毎日何百立方メートルもの水を処理する動物にとっては話が変わります。しかもマンタが好んで訪れるのは、潮や地形が浮遊物を集める場所——つまりプランクトンが濃縮される場所は、同時に漂流プラスチックも濃縮される場所です。餌場の質が高いほどプラスチックの摂取リスクも高いという、皮肉な重なりが生じます。

摂取されたプラスチックそのものによる物理的な影響に加え、プラスチックに吸着した化学物質が体内へ移行する経路も懸念されています。マンタのように寿命が40年前後と長く、成長も繁殖も遅い動物では、長期的な蓄積の影響が問題になります。人の健康影響も含めた議論はマイクロプラスチックと人の健康の記事で整理しています。

ろ過摂食動物が受ける二重の負担

  • ① 処理する水量が桁違いに多い → 薄い汚染でも累積量が大きい
  • ② 餌が濃い場所ほど漂流物も濃い → 良い餌場ほどリスクが高い
  • ③ 成長・繁殖が遅い → 個体群レベルでの回復に時間がかかる
  • ④ 発生源は主に陸上の使い捨てプラスチック → 沖合の保護区だけでは防げない

守るための経済学——鰓板取引と、生きたマンタの価値

マンタが直面する最大の脅威は、意図的な漁獲と混獲です。そして狙われる理由が、本記事の主題そのもの——ろ過器官である鰓耙板にあります。乾燥させた鰓耙板は中国語圏で「鰓片(ガンチー)」と呼ばれ、健康食材として取引されてきました。マンタは、生きるための道具を理由に殺されているのです。

取引の規模

業者への聞き取りをもとに取引を定量化した研究(Aquatic Conservation誌、2017年)によれば、中国・広州がこの取引の中心地で、推定される市場流通量全体の約99%を占めていました。乾燥鰓板の推定市場規模は2011年に約60.5トン、2013年には約120.5トンと、短期間で倍増しています。

1尾のマンタから得られる鰓板はわずかです。トン単位の流通量は、それに見合う数の個体が失われていることを意味します。国際的な調査報告は、オニイトマキエイの世界の年間漁獲を数千尾規模と見積もり、その多くが特定の国の漁業に集中していると指摘してきました。すでに見たとおり、2〜3年に1尾しか産まない動物にとって、この規模の漁獲圧は個体群の維持と両立しません。

国際的な規制と評価

できごと
2013年3月ワシントン条約(CITES)第16回締約国会議で、マンタ類を附属書IIに掲載することを決定
2014年9月その掲載が発効し、国際取引が規制の対象に
2017年分子系統の知見に基づき、Manta属がMobula属へ統合される
2018年1月22日米国海洋大気庁(NOAA)が、オニイトマキエイを絶滅危惧種法(ESA)の「Threatened」に指定
2019年11月IUCNがオニイトマキエイを絶滅危惧(Endangered)と評価
現在ナンヨウマンタはIUCNで危急(Vulnerable)。両種ともCITES附属書IIに掲載されている
マンタ類をめぐる国際的な保護措置の流れ

生きているほうが、はるかに価値が高い

保全の議論を動かしたのは、生態学だけでなく経済の数字でした。2013年にPLOS ONE誌で発表された世界調査は、マンタウォッチング観光の規模を初めて世界規模で推定しています。ダイビング・シュノーケリング事業者が直接得ている収入は年間7,300万米ドル超、周辺の宿泊や移動などを含めた直接経済効果は年間約1億4,000万米ドルにのぼりました。

対して、鰓板を目的とした漁業がもたらす収入は、その数十分の一の規模と見積もられています。1尾のマンタは、殺せば一度きりの収入にしかなりませんが、生きていれば同じ個体が何十年も観光客を引き寄せ続けます。個体識別によって「この個体が何年も同じ海域に戻っている」と具体的に示せることが、この主張に説得力を与えました。

透明度の高い海でマンタを見守る観光客のシルエットと、悠然と泳ぐマンタ
生きたマンタは、同じ個体が何十年も地域に価値をもたらし続ける

私たちの側でできること

  • 使い捨てプラスチック、とくに薄いフィルム状の袋や包装を減らす(摂取されるプラスチックの主要な由来)
  • 旅先でマンタに出会うときは、追わない・触らない・進路をふさがない
  • 腹側の写真を撮れたら、地域の調査団体や個体識別データベースへの提供を検討する
  • 由来のはっきりしない「鰓片(ガンチー)」など、マンタ・イトマキエイ由来の製品を買わない
  • 沿岸の栄養や流れを支える環境(サンゴ礁・藻場・干潟)の保全に関心を持つ

この記事のまとめ

  • マンタは2種(オニイトマキエイ/ナンヨウマンタ)。2017年にMobula属へ統合された
  • 頭鰭で水を集め、口から鰓裂へ抜ける流れの途中で、鰓耙板が餌をより分ける
  • 2018年発見の「跳ね返り分離」は粒子を弾き返すため目詰まりせず、穴より小さい餌も捕らえる
  • 摂食は餌の濃さで切り替わる。ハニファル湾では53.7mg/m³が境界、200mg/m³超で集団摂食が優勢に
  • 同じ仕組みがプラスチックも取り込む。摂食1時間あたり最大63個という推定がある
  • 鰓板取引が最大の脅威。一方で生きたマンタの観光価値は年間約1.4億ドルにのぼる

参考文献・出典

  1. Science Advances – Divi RV, Strother JA, Paig-Tran EWM (2018) Manta rays feed using ricochet separation, a novel nonclogging filtration mechanism. Science Advances 4(9): eaat9533
  2. PeerJ – Armstrong AO ほか (2021) Reef manta rays forage on tidally driven, high density zooplankton patches in Hanifaru Bay, Maldives. PeerJ 9: e11992
  3. NOAA Fisheries(米国海洋大気庁) – Giant Manta Ray 種別解説。体サイズ・寿命・繁殖・ESA指定(2018年)などの基礎情報
  4. Frontiers in Marine Science – Germanov ES ほか (2019) Microplastics on the Menu: Plastics Pollute Indonesian Manta Ray and Whale Shark Feeding Grounds
  5. PLOS ONE – O'Malley MP, Lee-Brooks K, Medd HB (2013) The Global Economic Impact of Manta Ray Watching Tourism. PLoS ONE 8(5): e65051
  6. PLOS ONE – Diving behavior of the reef manta ray (Mobula alfredi) in New Caledonia: More frequent and deeper night-time diving to 672 meters(2020年)
  7. Frontiers in Marine Science – Deep diving behaviour in oceanic manta rays and its potential function(2025年)。オニイトマキエイの1,200m超の潜水記録
  8. Aquatic Conservation – O'Malley MP ほか (2017) Characterization of the trade in manta and devil ray gill plates in China and South-east Asia through trader surveys
  9. Manta Trust – ナンヨウマンタ(Mobula alfredi)種別ガイド。体サイズ・寿命・IUCN評価・摂食戦略
  10. 沖縄美ら海水族館 – 美ら海生き物図鑑「ナンヨウマンタ」。分布・摂食方法・個体識別・飼育下繁殖

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