2.2m
アホウドリの翼開長(213〜229cm)
1万羽
鳥島個体群が回復した推定総個体数
最大10万羽
延縄漁で年間に失われるアホウドリ類の推定

海の上を、白い巨鳥がほとんど翼を動かさずに滑っていきます。アホウドリの翼開長は213〜229cm。近縁のワタリアホウドリでは3.5mに達する個体もいて、現生の鳥類で最大級です。それだけの翼を持ちながら、彼らは羽ばたきません。数時間、ときには数日にわたって、風だけを頼りに大海原を横断していきます。

これは「がんばって飛んでいる」のではなく、海面に生じる風の勾配からエネルギーを取り出す物理を使いこなしている結果です。ダイナミックソアリング(動的帆走)と呼ばれるこの飛び方は、グライダーの設計者や無人航空機の研究者が今も手本にするほど洗練されています。

同時にアホウドリは、日本の保全史を象徴する鳥でもあります。羽毛目当ての乱獲で一度は「絶滅」と報じられ、伊豆諸島・鳥島でわずかな生き残りが再発見されてから70年余り。2025〜26年の繁殖期には、鳥島の個体群がついに1万羽を超えました。一方で外洋では今も延縄漁の釣針が待ち受けています。この記事では、飛行の物理から繁殖生態、そして人と海鳥の関係の最前線までを一気に見ていきます。

この記事で学べること

  • アホウドリが羽ばたかずに飛べる「ダイナミックソアリング」の仕組みと必要な風の条件
  • 細長い翼・肩のロック機構・管鼻など、滑空と外洋生活に特化した体の設計
  • 7歳で初繁殖・1年に1卵という「遅い生活史」が、なぜ絶滅リスクを高めるのか
  • 羽毛乱獲による絶滅宣言から1万羽まで回復した、鳥島の保全史とデコイ作戦
  • 延縄漁の混獲を減らす日本発の発明「トリライン」と、3つの回避措置の中身
  • 2020年に提唱された「センカクアホウドリ」の発見が、保全に何をもたらすか

アホウドリとはどんな鳥か——「海の滑空王」の基本データ

まず、アホウドリという鳥の輪郭をつかんでおきましょう。日本で「アホウドリ」と呼ぶとき、それはミズナギドリ目アホウドリ科の一種(学名 Phoebastria albatrus)を指します。国の特別天然記念物であり、種の保存法にもとづく国内希少野生動植物種、そして環境省レッドリストでは絶滅危惧II類(VU)に位置づけられています。

翼開長2.2m、体重4〜5kgという体格

山階鳥類研究所の解説によれば、アホウドリの翼開長は213〜229cm、体重は4〜5kgです。翼の面積に対して体重が軽いわけではなく、むしろ翼面荷重(翼1平方メートルあたりが支える重さ)は鳥類の中で高い部類に入ります。これは滑空速度を高く保つうえで有利に働きます。ゆっくり浮かぶのではなく、速く滑るための体なのです。

その代わり、離陸は得意ではありません。無風の陸上では助走が必要で、崖や斜面を使って風に乗ります。繁殖地が海に面した急斜面や吹きさらしの尾根に多いのは、この離陸事情と無関係ではありません。

項目アホウドリの数値補足
翼開長213〜229cm現生鳥類で最大級
体重4〜5kg大型のガン類に匹敵
初繁殖年齢早くて5歳・平均7歳程度成鳥の羽色になるまで8〜10年
産卵数1年に1回・1卵のみ失敗すると翌年まで機会がない
抱卵日数64〜65日雌雄が10〜20日交代で抱卵
巣立ちまで約4.5か月巣立ち前に数週間の絶食期間
長寿記録31歳で育雛の例近縁のコアホウドリでは66歳の記録
アホウドリの基本データ(出典:山階鳥類研究所)

世界のアホウドリ科22種と、その偏った分布

アホウドリ科は世界に22種が知られ、そのうち18種が南半球、1種が赤道付近、北半球はわずか3種という偏った分布をしています。南半球に集中するのは偶然ではありません。南極大陸を取り巻く「吠える40度、狂う50度」と呼ばれる恒常的な偏西風帯が、彼らの飛び方にとって理想的な環境だからです。

北半球で繁殖する3種——アホウドリ、コアホウドリ、クロアシアホウドリ——は、いずれも北太平洋を主な生活圏にしています。日本の島々は、この北太平洋グループにとって世界的に重要な繁殖地です。

アホウドリ科22種の分布を示す世界地図の模式図
アホウドリ科22種の分布。南半球の偏西風帯に大きく偏っている

「アホウドリ」という不名誉な名前の由来

この鳥の和名は、繁殖地で人が近づいても逃げなかったことに由来すると言われます。捕食者のいない絶海の孤島で進化した鳥にとって、二足歩行の生き物を警戒する理由がなかったのです。その性質が、後に述べる大量捕獲の悲劇を招きました。名前は鳥の欠点ではなく、人がその無警戒さをどう扱ったかの記録だと考えたほうが正確でしょう。

近年は「オキノタユウ(沖の太夫)」という別称を使う提案もあります。海の上を悠然と舞う姿にふさわしい呼び名として、保全の現場で使われることがあります。

ここまでのポイント

  • アホウドリは翼開長2.2m級の大型海鳥で、日本の特別天然記念物・絶滅危惧II類
  • アホウドリ科22種のうち18種は南半球。強い偏西風帯が彼らの飛び方に適している
  • 1年に1卵しか産まず、初繁殖は平均7歳という、鳥類の中でも極端に「遅い」生き方をする

羽ばたかずに数千km——ダイナミックソアリングの物理

アホウドリの飛行でもっとも驚かされるのは、ほとんど羽ばたかないのに飛び続けられることです。普通の鳥にとって飛行は最も高くつく運動ですが、アホウドリの飛行中のエネルギー消費は、巣で休んでいるときと比べてもさほど大きくないことが、心拍数の測定などから報告されています。その秘密が、海面の風構造を利用するダイナミックソアリング(動的帆走)です。

鍵は海面に生まれる「風のシア層」

海面のすぐ上では、水との摩擦によって風が弱まります。海面付近はほぼ無風に近く、高度が上がるにつれて風速が増していく——この高さ方向の風速の勾配(ウインドシア)が、アホウドリの燃料タンクです。厚さにして海面から十数メートル程度の層に、利用可能なエネルギーが蓄えられていることになります。

重要なのは、鳥が風から得ているのが「上昇気流」ではないという点です。トビやワシが使うサーマル(熱上昇気流)とは原理が違います。アホウドリは、風速が異なる層のあいだを横切ることで、対気速度を稼いでいるのです。

S字を描く4つのフェーズ

研究者がGPSロガーで記録したアホウドリの軌跡は、海面から見ると横風方向へ進むS字の連続になります。一周期はおよそ数秒から十数秒。その中身は次の4段階に分けられます。

  1. 上昇:海面近くから、風上側へ斜めに切り上がる。風速の速い層へ入るため、対気速度が増える
  2. 風上での旋回:高度10m前後で約90度、風下へ向きを変える
  3. 降下:風下へ向かって斜めに降りる。風速の遅い層へ移るため、ここでも相対的な速度を得る
  4. 波の谷での旋回:波のうねりの谷で再び約90度旋回し、風上へ向き直る。これで1サイクルが完成する

上昇のときに失った高度エネルギーを、降下のときに風のシアから取り戻す。この収支がわずかにプラスになるため、羽ばたきという「自前の燃料」を使わずに飛び続けられるわけです。実際の飛行では得たエネルギーの多くが空気抵抗で消えるため、全体としてはエネルギー中立に近い状態で滑り続けることになります。

ダイナミックソアリングの4フェーズを示す図解。風のシア層とS字軌道
ダイナミックソアリングの1サイクル。風速の異なる層を斜めに横切ることでエネルギーを得る

必要な風は毎秒3m以上

理論モデルによれば、ダイナミックソアリングを維持するにはおおむね毎秒3mを超える風が必要とされます。それ以下の弱風では、シア層から取り出せるエネルギーが抵抗による損失を下回ってしまいます。ただし観測では、ごく弱い風のときにもワタリアホウドリは飛び続けており、そのときは波のうねりが生む上昇風(オログラフィックリフト)を併用していると考えられています。

逆に風が強いほど飛行は楽になり、横風方向へ毎秒20m(時速72km)程度の速度を維持できることが報告されています。1日に500〜1000km移動できるのは、この持続的な高速滑空があるからです。

風の条件アホウドリの飛び方備考
毎秒3m未満波の上昇風を使う・羽ばたきが増える採餌効率が落ちやすい
毎秒3〜10m典型的なダイナミックソアリングS字を連続させて横風方向へ進む
毎秒10m以上高速滑空。横風で毎秒20m前後を維持南大洋の偏西風帯が好条件
風速とアホウドリの飛行様式の関係(各種観測・モデル研究より整理)

なぜ「横風」に進むのが得意なのか

直感に反しますが、アホウドリが最も速く進めるのは追い風方向ではなく風を横切る方向です。ヨットが真追い風より横風のほうが速く走れるのと同じ理屈で、S字の上昇と降下の両方でエネルギーを得られる幾何学になっているためです。海鳥の追跡データで、目的地へ直線的に向かわずジグザグに大回りする軌跡が見られるのは、この「速い方角」を選んでいるからです。

工学への応用

ダイナミックソアリングの原理は、無人航空機(UAV)の長時間飛行やグライダーの設計に応用が試みられています。ラジコングライダーの世界では、尾根の風のシアを使って時速800kmを超える速度記録が生まれており、アホウドリの飛び方が理論上いかに効率的かを示しています。

滑空のための体——細長い翼と肩のロック機構

優れた飛び方は、それを支える体の設計とセットです。アホウドリの体は、外洋を滑るという一点に向けて極端に特化しています。

アスペクト比が大きい「超細長翼」

アホウドリの翼は、幅が狭く前後に薄い、いわゆる高アスペクト比の翼です。グライダーの主翼と同じ形で、翼端で生じる渦(誘導抗力)を小さく抑えられます。その結果、滑空比——1m高度を失う間に水平にどれだけ進めるか——はおよそ20前後に達すると見積もられています。100m の高度から、理論上は2km先まで滑れる計算です。

この形の弱点は小回りが利かないことです。空中で急停止したり、その場で方向転換したりする芸当は苦手です。後で述べる混獲対策のトリラインは、まさにこの弱点を逆手に取った発明です。

翼を「広げたまま固定する」腱の仕組み

翼を広げ続けるには、本来なら筋肉を使い続けなければなりません。しかしアホウドリ類の肩には、翼を伸ばした位置で機械的に固定する腱のロック機構が備わっています。伸ばしきると自動的にストッパーがかかる折りたたみ傘のようなもので、筋肉をほとんど使わずに翼を水平に保てます。ダイナミックソアリングの低コストは、この構造なしには成立しません。

アホウドリの細長い翼と肩のロック機構を示す解剖図解
細長い翼が抗力を減らし、肩の腱ロックが筋力なしで翼を保持する

管鼻・塩類腺——外洋で生きるための装備

アホウドリの仲間は「管鼻類(チューブノーズ)」と総称されます。くちばしの上に管状に突き出た鼻孔があり、そこから濃い塩水を排出します。海水を飲んでも大丈夫なのは、目の上にある塩類腺が余分な塩分を濃縮して鼻管から流し出すためです。淡水のない外洋で数週間を過ごせる理由の一つです。

さらに管鼻類は嗅覚が発達していることでも知られます。植物プランクトンが動物プランクトンに食べられるときに放出されるジメチルスルフィド(DMS)の匂いに反応し、餌の多い海域を数十km先から嗅ぎ分けているという研究があります。広大な海の中から食卓を探し当てる、いわば「匂いの地図」です。

体の設計まとめ

  • 高アスペクト比の細長い翼=抗力が小さく滑空比はおよそ20前後
  • 肩の腱ロック機構=筋肉をほとんど使わずに翼を広げたまま保持できる
  • 管鼻と塩類腺=海水を飲んでも塩分を排出でき、外洋で長期間過ごせる
  • 鋭い嗅覚=DMSなどの匂いを手がかりに、餌の多い海域を遠くから探す
  • 弱点は小回り。空中でのホバリングや急旋回は不得手

海鳥の体が環境にどこまで特化するかという点では、水中を「飛ぶ」方向に進化したペンギンとの対比が分かりやすいでしょう。同じ海鳥でも、空を選んだ体と水中を選んだ体は正反対の設計になります(→ペンギンはなぜ深く長く潜れるのか)。

大海原を渡る暮らし——採餌旅行と世界一周

ダイナミックソアリングが可能にするのは、単なる「長く飛べること」ではありません。餌が薄く散らばった外洋を、採算の合うコストで探し回れることです。陸の鳥なら破産してしまう距離を、アホウドリは日常の通勤圏にしています。

1回の採餌旅行で数千km

GPSやジオロケーターによる追跡が進み、アホウドリ類の行動圏の広さが具体的に分かってきました。繁殖期であっても、1回の採餌旅行で数百から数千kmを移動し、数日から2週間ほどかけて巣に戻ります。卵やヒナを片方の親に預けているあいだに、もう片方が遠洋へ出かける分業です。

非繁殖期にはさらに広がります。日本の鳥島で生まれたアホウドリは、ベーリング海やアリューシャン列島周辺、北米大陸の西岸沖まで足を延ばすことが追跡調査で確認されています。「日本の鳥」と呼びながら、実際には北太平洋全域を使って暮らす国際的な鳥なのです。

46日で世界を一周した記録

南半球の種では、さらに劇的な記録があります。追跡装置を付けたハイイロアホウドリが、最短46日で地球を一周したことが2005年に科学誌で報告されました。南極を取り巻く偏西風に乗り、非繁殖期のあいだに何周もする個体もいます。羽ばたかない鳥が、地球という球体をぐるぐると回っているのです。

南極を取り巻く偏西風に乗って世界一周するアホウドリの経路の模式図
南大洋の偏西風帯は、アホウドリにとって地球一周の高速道路になっている

何を食べているのか

主な餌はイカ類、魚類、甲殻類です。潜水は得意ではなく、多くは海面付近のものを拾い上げる表層採餌で獲ります。とくに夜間に浮上してくるイカ、死んで浮いた魚、そして他の捕食者の食べ残しが重要な食料源です。

この「海面に浮いているものを拾う」という習性が、二つの深刻な問題に直結します。一つは漁船から投下された餌付きの釣針を拾ってしまうこと、もう一つは海面を漂うプラスチックを餌と誤認して飲み込むことです。北太平洋のアホウドリ類のヒナの胃から、ライターやペットボトルのキャップが出てくる例は繰り返し報告されています。海面のものを拾う効率的な戦略が、人の出したごみによって裏目に出ているのです。

海面採餌という戦略の落とし穴

  • 漂うプラスチックを餌と誤認し、ヒナに与えてしまう(胃の内容物調査で確認)
  • 延縄漁の投縄直後、沈む前の餌付き釣針を拾ってしまう
  • 漁船の廃棄物に集まる習性が、船との遭遇機会をさらに増やす

海面を漂う人工物を「餌」と取り違える問題は、ウミガメでも同じ構図で起きています(→ウミガメの一生と保全)。

「遅い生活史」の繁殖——1卵に賭ける鳥

アホウドリの生き方を理解する上で、飛行と並んで重要なのが繁殖のリズムです。生物学ではこうした生き方を「遅い生活史(slow life history)」と呼びます。少なく産み、長く育て、長く生きる戦略です。

初繁殖は平均7歳、産むのは1年に1卵だけ

アホウドリが繁殖を始めるのは早くて5歳、平均すると7歳ごろです。成鳥の白い羽色になるまでには8〜10年かかります。そして繁殖に参加しても、産む卵は1年に1回、たった1個。もし卵が割れたりヒナが死んだりすれば、その年はやり直しがききません。

スズメが年に何度も繁殖し、一度に数個の卵を産むのとは正反対です。天敵のいない孤島で、成鳥がまず死なないという前提のもとに最適化された戦略だからです。成鳥の生存率が高いことが大前提——この一点が、後述する混獲問題の深刻さを決定づけます。

抱卵65日、巣立ちまで4.5か月

産卵後の抱卵期間は64〜65日。雌雄が交代で卵を温め、交代の間隔は10〜20日、長いときは25日にもなります。つまり片方の親は、3週間以上飲まず食わずに近い状態で卵の上に座り続けるということです。その間、相方は数百km先の海で餌を集めています。

孵化してからヒナが巣立つまでは約4.5か月。巣立ち直前には親からの給餌が止まり、ヒナは数週間の絶食を経験しながら翼を鍛えます。産卵から巣立ちまで、およそ半年以上を1羽のヒナに費やす計算です。

アホウドリの1年の繁殖サイクルを示す円環図
産卵から巣立ちまで半年以上。1年に1羽しか育てられない

求愛ダンスと、生涯続くパートナーシップ

アホウドリ類は基本的に一生同じ相手と繁殖します。若い個体は繁殖に参加する前の数年間、繁殖地に通ってダンスの練習を重ねます。翼を広げ、くちばしを打ち鳴らし、首を伸ばして空を仰ぐ——一連の動作を息を合わせて行い、相性の合う相手を選びます。求愛のレパートリーは種ごとに異なり、これが種の識別にも使われます。

ペアが確立すると、その後は長い年月をかけて協調を高めていきます。長寿の鳥ならではの投資です。アホウドリでは31歳でヒナを育てていた例が確認されており、近縁のコアホウドリでは66歳という驚異的な長寿記録があります。

「遅い生活史」が意味すること

1年に1卵しか産まない鳥は、成鳥が死ぬ影響が桁違いに大きくなります。仮に繁殖経験のある成鳥が1羽死ぬと、その個体が将来育てたはずの十数羽のヒナが失われることになります。だからこそ、卵やヒナを守る対策以上に「成鳥を死なせない」対策が保全の要になります。

絶滅の淵から——鳥島の乱獲と復活の物語

日本のアホウドリ保全史は、世界的に見ても劇的な物語です。それは「一度絶滅したと報じられた鳥が、1万羽まで戻ってきた」という記録でもあります。

羽毛のための乱獲と「絶滅」

明治時代以降、伊豆諸島の鳥島をはじめとする繁殖地で、羽毛布団や装飾用の羽根を目的とした大量捕獲が行われました。人を恐れない性質が、そのまま捕獲のしやすさになりました。数百万羽ともいわれる規模で捕られ、第二次世界大戦後には繁殖が確認できなくなり、絶滅したと報じられます。

鳥島はさらに活火山の島でもあり、噴火のたびに繁殖地が壊滅的な打撃を受けてきました。乱獲と火山という二重のリスクが、この鳥を追い詰めたのです。

1951年の再発見と、地道な保護のはじまり

ところが1951年、鳥島でわずかな個体が再発見されます。海上で数年を過ごしてから繁殖地に戻る習性のおかげで、捕獲を免れた若鳥が生き延びていたのです。ここから、繁殖地の立ち入り制限、天然記念物指定(後に特別天然記念物)、繁殖地の環境改善という長い作業が始まりました。

鳥島の繁殖地は急斜面で、火山性の土壌が崩れやすく、植生が乏しいために卵やヒナが巣から転げ落ちたり土砂に埋まったりするという問題を抱えていました。そこで植生を回復させ、より安全な場所へ繁殖地を誘導する必要が出てきます。

デコイ作戦——模型と音声で新しいコロニーをつくる

1990年代初頭、山階鳥類研究所はデコイ(模型)と音声を使って、より安全な「初寝崎」へ新しい繁殖地を誘導するという前例の少ない試みに着手しました。繁殖に適した斜面にアホウドリの模型を最大90体並べ、鳴き声を流します。集団で繁殖する海鳥は「仲間がいる場所」を繁殖地として選ぶため、その習性を利用したのです。

作戦は成功し、初寝崎に新しいコロニーが定着しました。さらに2008年から2012年にかけては、鳥島で生まれたヒナを小笠原諸島の聟島(むこじま)へ運び、人の手で育てて巣立たせるというプロジェクトが実施されます。ヒナは巣立った場所を「生まれ故郷」と認識して戻ってくるため、火山島である鳥島とは別の、リスク分散のための第二の繁殖地をつくる狙いでした。

鳥島から聟島へのヒナ移送と、デコイによる誘致を示す模式図
デコイによる誘致と、聟島へのヒナ移送。火山島に依存しない繁殖地づくり

そして1万羽へ

地道な取り組みは数字に表れました。山階鳥類研究所の繁殖期調査では、2024年11月から2025年3月の調査で鳥島のヒナは1,337羽、推定総個体数は約9,500羽に達しました。そして2025〜26年の繁殖期には、ついに1万羽を超えたと報告されています。数十羽から始まった回復が、70年余りをかけてここまで来たのです。

聟島でも成果が出ています。移送で育った個体が成長して戻り、繁殖を開始しました。近年は3組のペアが繁殖し、2シーズン連続で3羽のヒナが誕生しています。新しい繁殖地が自立へ向かいつつあることを示す重要なサインです。

時期鳥島個体群の状況主な出来事
明治〜戦前数百万羽規模から激減羽毛目的の大量捕獲
1949年ごろ繁殖確認できず「絶滅」と報じられる
1951年わずかな個体を再発見保護のはじまり
1992年〜回復軌道へデコイ作戦で初寝崎に新コロニー
2008〜2012年聟島へのヒナ移送・人工育雛
2024〜25年ヒナ1,337羽・推定約9,500羽山階鳥類研究所の繁殖期調査
2025〜26年推定1万羽超個体数1万羽を突破
アホウドリ(鳥島個体群)の危機と回復(出典:山階鳥類研究所、環境省ほか)

この回復から学べること

  • 成鳥を死なせない環境をつくれば、遅い生活史の鳥でも数十年で回復しうる
  • 繁殖地を1か所に依存させないリスク分散が、火山・災害への備えになる
  • デコイと音声による誘致は、他の海鳥の保全にも応用されている手法である

最大の脅威・延縄漁の混獲と、日本発の解決策

繁殖地の保護が進む一方で、アホウドリ類が今もっとも多く命を落としているのは、外洋です。原因は延縄(はえなわ)漁業による混獲——漁の目的ではない生き物が、意図せず釣針にかかってしまう問題です。

なぜ延縄に掛かってしまうのか

延縄漁は、長い幹縄に多数の枝縄と釣針を付けて流す漁法です。マグロ延縄なら1回の操業で数千本の釣針が海に入ります。問題は投縄の直後、餌付きの釣針が海面近くを漂う数十秒から数分の時間です。海面のものを拾って食べるアホウドリ類にとって、これは絶好の餌に見えます。飲み込めば針が掛かり、沈む縄に引きずり込まれて溺れてしまいます。

国際的な推定では、延縄漁で年間最大10万羽のアホウドリ類が失われ、海鳥全体では少なくとも年間16万羽が犠牲になっているとされます。前章で見たとおり、1年に1卵しか産まない鳥にとって成鳥の死は決定的です。IUCNのレッドリストでは、アホウドリ科22種のうち15種が絶滅の危機(危急種以上)に分類されており、その最大の要因が混獲だと考えられています。

延縄漁の投縄時に海鳥が餌付き釣針に近づく様子を示す断面図解
投縄直後、餌付き釣針が沈むまでの数十秒〜数分が混獲のリスク帯になる

トリライン——日本の漁業者が生んだ発明

この問題に対して、いま世界で最も普及している対策のひとつは日本の漁業者が考案した「トリライン(トリポール)」です。仕組みは驚くほど単純で、船尾から100〜150mの長いロープを曳航し、そこにすだれ状の吹き流しを垂らすだけ。ロープが海面の上でひらひらと揺れることで、餌付き釣針のある空域に鳥が入りにくくなります。

これが効くのは、まさにアホウドリ類が「小回りの利かない翼」を持っているからです。細長い翼は滑空には最適ですが、空中で急停止したり障害物を避けながら細かく機動したりするのは苦手です。第3章で見た体の設計上の弱点が、そのまま安全装置として機能しているわけです。生き物の形をよく知ることが、そのまま実効的な保全技術になった好例といえます。

3つの回避措置と、それを支える国際ルール

現在の国際的な枠組みでは、まぐろ延縄漁業に対してトリライン・加重枝縄・夜間投縄という3つの回避措置のうち、2つ以上を併用することが求められています。それぞれ狙いが異なります。

回避措置仕組み狙い
トリライン(トリポール)吹き流しを付けた100〜150mのロープを曳航餌付き釣針のある空域に鳥を近づけない
加重枝縄枝縄に錘を付け、餌を素早く沈める鳥が届く深さにある時間を短くする
夜間投縄鳥の活動が少ない夜間に縄を入れる遭遇そのものを減らす
鈎覆い装置釣針の先端をカバーで覆い、一定深度で外れる2018年にWCPFCで単独措置として選択肢に追加
延縄漁における主な海鳥混獲回避措置(出典:水産庁・水産研究教育機構ほか)

制度面では、FAOが1999年に「海鳥の偶発的捕獲を削減するための国際行動計画(IPOA-Seabirds)」を採択し、各国に国内行動計画の策定を求めました。日本もこれを受けて国内行動計画を作成し、改訂を重ねています。さらにACAP(アホウドリ類及びミズナギドリ類の保全に関する協定)という国際協定が、回避措置の科学的評価と各国への普及を担っています。

それでも残る課題

対策の効果は確かに出ています。措置を適切に実施した船団では、混獲が大幅に減ったという報告が積み重なっています。しかし課題も明確です。公海での監視が届きにくいこと、違法・無報告・無規制(IUU)漁業では対策が実施されないこと、そして措置の実施状況を裏付けるオブザーバーの乗船率が海域によっては低いことです。

つまりこれは技術の問題ではなく、ルールを守っているかを確認できるかどうかの問題に移りつつあります。カメラによる電子モニタリングの導入や、トレーサビリティを重視した水産物調達が、次の一手として注目されています。

混獲対策の現在地

  • 技術は確立している。トリライン・加重枝縄・夜間投縄の併用で混獲は大きく減らせる
  • 課題は実施の徹底と監視。公海やIUU漁業では対策が働かない
  • 電子モニタリング(船上カメラ)と水産物のトレーサビリティが次の焦点

「センカクアホウドリ」——1種が2種に分かれた発見

2020年、アホウドリをめぐる理解を根本から更新する研究が発表されました。これまで1種とされてきたアホウドリに、実は2種が含まれているという報告です。北海道大学総合博物館の江田真毅氏らによるものです。

約60万年前に分かれた2つの系統

アホウドリの繁殖地は、伊豆諸島の鳥島と、尖閣諸島の2か所に大きく分かれます。以前から両者はミトコンドリアDNAの遺伝子型が基本的に異なることが知られており、その差は他のアホウドリ科の近縁種どうしの差よりも大きいことが分かっていました。分岐した時期はおよそ60万年前と推定されています。

生態面の違いも報告されています。尖閣諸島の個体群では、鳥島より約2週間ヒナの巣立ちが早いと推定されるほか、同じ場所で繁殖した場合でも、それぞれ自分と同じタイプの相手をつがい相手に選ぶ傾向が確認されています。遺伝的な交流が実質的に妨げられているということです。

決め手となった形態の比較

研究チームは、両タイプのくちばしの長さや体重などを計測して比較しました。その結果、鳥島タイプはほとんどの計測値で大きい一方、尖閣タイプはくちばしが相対的に長いことが明らかになりました。形態・遺伝・生態の3方向から違いが裏付けられたことで、両者は別種とすべきだと結論されます。

研究チームは、今後「アホウドリ」の名は鳥島タイプにのみ用い、尖閣タイプは「センカクアホウドリ」と呼ぶことを提案しました。

鳥島タイプとセンカクアホウドリの分布と形態の違いを示す比較図
鳥島タイプと尖閣タイプ。遺伝・生態・形態の3方向から別種と判断された

保全にとって、これが何を意味するか

分類の変更は、机上の話ではありません。保全の単位が変わるという実務的な意味を持ちます。これまで「アホウドリは約1万羽まで回復した」と語られてきましたが、2種に分けて考えるなら、その1万羽はほぼ鳥島タイプの数字です。

一方の尖閣諸島の個体群は、2020〜21年の衛星画像を用いた調査で109〜162つがい程度が繁殖していると推定されています。過去の調査と比べて増加している可能性はあるものの、上陸調査ができていないため現況は正確には分かりません。数百羽規模の集団が1か所の繁殖地に集中しているとしたら、それは依然として非常に脆弱な状態です。

アホウドリ(鳥島タイプ)センカクアホウドリ(尖閣タイプ)
主な繁殖地伊豆諸島・鳥島、小笠原・聟島尖閣諸島
推定規模2025〜26年繁殖期に1万羽超109〜162つがい(2020〜21年・衛星画像)
形態の特徴多くの計測値で大きいくちばしが相対的に長い
巣立ち時期鳥島より約2週間早いと推定
調査状況毎シーズン現地調査あり上陸調査は行われておらず現況不明
2つのタイプの比較(出典:北海道大学・山階鳥類研究所の公表資料より整理)

分類が変わると保全も変わる

1つの種として1万羽なら「回復した」と言えますが、2つの種として見れば、片方は1万羽、もう片方は数百羽規模かもしれません。生物多様性を守るとは、こうした「見えていなかった違い」を見つけて、それぞれに責任を持つことでもあります。

アホウドリと出会う、応援する

ここまで飛行の物理から保全の最前線までを見てきました。最後に、この鳥をもっと身近に感じるための視点をいくつか挙げておきます。危機を知ることと同じくらい、その姿を面白がり、好きになることが保全の入口になるからです。

日本でアホウドリ類に出会うには

アホウドリの繁殖地である鳥島は無人の火山島で、一般の立ち入りはできません。しかし近縁のクロアシアホウドリやコアホウドリは、日本近海の外洋で見られることがあります。伊豆諸島や小笠原へ向かう長距離フェリー、あるいは専門のバードウォッチング船(ペラジックツアー)に乗ると、船の周囲を悠然と滑空する姿に出会える可能性があります。

見分けの手がかりは、まず翼を動かさずに滑空し続けるかどうかです。カモメ類が羽ばたきを混ぜながら飛ぶのに対し、アホウドリ類は翼を水平に固定したまま海面すれすれを弧を描いて進みます。船から眺めていると、本記事で説明したS字の軌跡がそのまま目の前で再現されるのが分かります。

私たちにできる3つのこと

  1. 水産物の選び方を意識する:混獲対策やトレーサビリティに取り組む漁業の水産物を選ぶことは、外洋での対策実施を後押しします。認証ラベルや産地・漁法の表示を見る習慣が第一歩です。
  2. プラスチックを海に出さない:アホウドリ類のヒナの胃からは、繰り返しプラスチック片が見つかっています。海面のごみは、海面採餌の鳥にとって最も届きやすい場所にあります。
  3. 調査・保全の活動を知り、支える:山階鳥類研究所をはじめとする調査は、毎シーズンの地道な現地作業に支えられています。活動報告を読むこと自体が、関心という形の支援になります。
船上から双眼鏡でアホウドリを観察する人と、海面を滑空する海鳥
外洋を渡るフェリーやペラジックツアーは、アホウドリ類に出会える貴重な機会

海鳥は「海の状態」を映す指標でもある

アホウドリは北太平洋の広い範囲を使って暮らしています。その健康状態や採餌の成否は、餌となるイカや魚の分布、つまり海全体の状態を反映するものです。海鳥の追跡データは、どの海域に餌が集まっているか、海洋環境がどう変化しているかを知る手がかりにもなっています。海鳥を守ることは、海の生産力そのものを見張ることでもあるのです。

渡りをする鳥が、国境をまたいだ保全を必要とする点も共通しています。干潟を中継地とするシギ・チドリの例も、同じ構造の課題を抱えています(→シギ・チドリと干潟の危機)。

この記事のまとめ

  • アホウドリは翼開長2.2m級の大型海鳥。海面の風のシア層を利用するダイナミックソアリングで、羽ばたかずに滑空を続けられる
  • 細長い高アスペクト比の翼、肩の腱ロック機構、管鼻と塩類腺、鋭い嗅覚が外洋生活を支える
  • 初繁殖は平均7歳、1年に1卵という「遅い生活史」のため、成鳥の死が個体群に与える打撃が大きい
  • 羽毛乱獲で絶滅と報じられたが、デコイ作戦と聟島へのヒナ移送を経て、2025〜26年繁殖期に鳥島個体群は1万羽を超えた
  • 最大の脅威は延縄漁の混獲。日本発のトリラインを含む3つの回避措置が国際的に普及しつつあるが、監視の徹底が課題
  • 2020年に尖閣諸島の個体群が別種「センカクアホウドリ」として提唱され、保全の単位が問い直されている

参考文献・出典

  1. 環境省|アホウドリ(自然環境・生物多様性) – 保護増殖事業と国内希少野生動植物種としての位置づけ
  2. 環境省レッドリスト|アホウドリ – 絶滅危惧II類(VU)としての評価
  3. 山階鳥類研究所|アホウドリ 復活への展望 – 生態データ、鳥島の歴史、デコイ作戦、繁殖期調査の一次資料
  4. 山階鳥類研究所|今シーズンのアホウドリ繁殖期調査の報告 – 鳥島ヒナ1,337羽・推定約9,500羽、聟島の繁殖状況
  5. 北海道大学|特別天然記念物・アホウドリに2種が含まれることを解明 – センカクアホウドリの提唱(総合博物館 江田真毅 准教授)
  6. 水産庁・水産研究教育機構|国際漁業資源の現況「海鳥類の混獲とその管理」 – 混獲回避措置の内容と国際的な管理枠組み
  7. 水産研究・教育機構|トリポール ―日本の漁業者が生み出した海鳥混獲回避手法― – トリラインの構造と効果に関する技術資料
  8. Royal Society Open Science|Observations and models of across-wind flight speed of the wandering albatross – ダイナミックソアリングの飛行モデルと横風飛行速度の観測
  9. Journal of Experimental Biology|Experimental verification of dynamic soaring in albatrosses – GPS計測によるダイナミックソアリングの実証
  10. BirdLife International|Albatross – アホウドリ科22種の保全状況と混獲による被害の推定

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