29%
過去10年間に海が吸収した人為起源CO2の割合(Global Carbon Budget 2025)
21億トン
海によるCO2年平均吸収量・炭素換算(1990〜2024年/気象庁)
-10%
記録的高水温の2023年に想定より減った海のCO2吸収(Müller et al. 2025)

もし海がなかったら、地球の温暖化は今よりはるかに激しく進んでいました。人間が石炭や石油を燃やして大気へ放り込んできた二酸化炭素(CO2)のうち、およそ4分の1を、海が静かに吸い込み続けてきたからです。海は文句も言わず、請求書も送ってこない。だからこの巨大な「無償のサービス」は、長いあいだ当たり前のものとして扱われてきました。

けれども、その前提が揺らぎ始めています。国際的な炭素収支の評価「Global Carbon Budget 2025」は、気候変動の影響によって海の吸収がすでに本来より約7%小さくなっていると見積もりました。さらに、観測史上もっとも海が熱かった2023年には、想定されていた吸収量より約10%も少ないCO2しか海に入らなかったことが、査読論文で報告されています。海の吸収は「増え続ける」ものではなく、条件次第で鈍り、場所によっては逆流さえする——そういう性質のものだと、データが語り始めたのです。

この記事では、海がどうやってCO2を吸い込み、どこへしまい込んでいるのかという基本のしくみから出発して、その働きにブレーキをかける4つの要因、すでに観測されている弱まりの兆候、そして海洋酸性化という「もう一つの請求書」までを順に見ていきます。難しい化学用語も出てきますが、ひとつずつ日常の言葉に置き換えながら進めます。読み終えたころには、ニュースで「海の炭素吸収が弱まる」という見出しを見たときに、それが何を意味し、何を意味しないのかを自分で判断できるようになっているはずです。

この記事で学べること

  • 海が「地球最大の炭素吸収源」と呼ばれる理由と、実際に吸収してきた量の数字
  • CO2を深海へ運ぶ3つのポンプ(溶解ポンプ・生物ポンプ・炭酸塩ポンプ)の仕組み
  • 吸収能力を鈍らせる4つのブレーキ(バッファ能力・水温・成層化・生物活動)
  • すでに観測されている「弱まり」の証拠と、2023年の海で起きた異変
  • 海洋酸性化が吸収能力そのものを削っていく自己増幅の構造
  • 日本近海で得られている長期観測データと、私たちが選べる現実的な選択肢

海は地球最大の炭素吸収源——どれだけ吸ってきたのか

「海がCO2を吸収している」という話は、なんとなく聞いたことがある人が多いと思います。ただ、その規模を具体的な数字で思い浮かべられる人は多くありません。まずはそこから始めましょう。

産業革命以降、人類の排出の約4分の1を海が引き受けた

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書は、2010年代に人間活動が排出したCO2のうち約23%を海洋が吸収したと評価しています。産業革命以降の累積で見ても、およそ4分の1が海に取り込まれてきました。さらに、気候システムに蓄積した余分な熱の約91%も海が引き受けています。つまり海は、炭素と熱の両方について、地球の「緩衝材」として働いてきたということです。

ここで大事なのは、海が吸収したCO2は「消えた」わけではないという点です。大気から海へ移動しただけで、地球全体の炭素の総量は変わりません。海の中に入ったCO2は、後述するように海水の化学を変え、酸性化という別のかたちの負荷になります。海は問題を解決したのではなく、支払いを先延ばしにしてくれているにすぎません。

排出されたCO2が大気・陸・海に分配される様子を示す模式図
排出されたCO2は大気・陸・海に分かれ、もっとも大きな受け皿が海である

数字で見る海の吸収量

気象庁の「海洋の健康診断表」によれば、全球の海洋によるCO2吸収量は1990〜2024年の平均で1年あたり21±9億トン炭素です。これに加えて、河川から海へ正味で6億トン炭素が流れ込んでいるため、海が大気から取り込んでいる量に換算すると年間およそ27億トン炭素になります。一方、2010年代の人為起源CO2排出量は年平均で約109億トン炭素。単純に割れば、およそ4分の1を海が受け止めていることになります。

一次データを見る気象庁「海洋の健康診断表」二酸化炭素と海洋酸性化のデータ全球・日本近海のCO2吸収量、表面海水pHの長期変化、二酸化炭素蓄積量などの観測データを誰でも無料で閲覧できる。🔗 data.jma.go.jp

国際的な研究チームが毎年公表する Global Carbon Budget の2025年版では、新しい観測とプロセス理解にもとづいて海洋吸収の推定値が上方修正され、過去10年間で全排出量の29%を海が吸収したと評価されました。同じ期間の陸域吸収は21%ですから、海の吸収は陸より約15%大きいことになります。数字が報告ごとに動くのは、推定手法が改良され続けているためで、「どちらかが間違い」というより、科学の解像度が上がっている過程だと理解するのが適切です。

項目数値出典・期間
海洋によるCO2吸収量(全球)21±9億トン炭素/年気象庁・1990〜2024年平均
河川からの正味流入を含めた大気からの取り込み約27億トン炭素/年気象庁
人為起源CO2排出量約109億トン炭素/年2010年代平均
海洋が吸収した割合(過去10年)29%Global Carbon Budget 2025
陸域が吸収した割合(過去10年)21%Global Carbon Budget 2025
産業革命以降に海が吸収した割合約26%IPCC 第6次評価報告書
海の炭素吸収をめぐる主要な数値。単位の「トン炭素」はCO2分子ではなく炭素原子の重さで数えたもの

単位のつまずきポイント:トン炭素とトンCO2

  • トン炭素(tC)は炭素原子だけの重さ。トンCO2は酸素2個を含む分子全体の重さ。
  • 換算はCO2 = 炭素 × 3.67(分子量44÷12)。21億トン炭素は約77億トンCO2に相当する。
  • 国際的な気候ニュースでは「トンCO2」、海洋・炭素循環の論文では「トン炭素(PgC)」が使われがち。桁が3.67倍ずれるので読み違えに注意。
  • PgC(ペタグラム炭素)= GtC(ギガトン炭素)= 10億トン炭素。同じ量の別表記。

吸収は場所によって向きが逆になる

「海が吸収している」というのは、あくまで地球全体を足し合わせた収支の話です。実際には、海のある場所ではCO2が海に入り、別の場所では海から大気へ出ています。冷たい高緯度の海は水温が低くCO2が溶けやすいため強い吸収域になり、赤道付近の湧昇域では深層から炭素を多く含む水が湧き上がってくるため、逆に放出域になります。北大西洋の亜寒帯や南大洋は、地球規模で見ればもっとも重要な吸収の現場です。

この「場所ごとの向き」は固定されたものではなく、水温や風、海流の変化で年ごとに揺らぎます。ある年に全球の吸収量が減ったとき、その原因を突き止めるには「どの海域で何が起きたか」を分解して見る必要があります。後半で紹介する2023年の異変も、まさにこの分解によって正体が見えてきた事例です。

海がCO2を吸い込む3つのポンプ

海がCO2を取り込み、大気から遠ざけておく仕組みは、大きく3つの「ポンプ」に整理できます。物理のポンプ、生き物のポンプ、そして石灰質のポンプです。それぞれ働く場所も時間スケールも違い、弱まり方も違います。

溶解ポンプ・生物ポンプ・炭酸塩ポンプの3つを並べた模式図
海の炭素ポンプは大きく3種類。働く仕組みも時間スケールも異なる

溶解ポンプ:冷たい海水がCO2を深海へ持ち去る

炭酸飲料を冷やしておくと炭酸が抜けにくく、ぬるくなると勢いよく泡が出る——この経験そのものが、溶解ポンプの原理です。CO2は水温が低いほど水に溶けやすい。だから北大西洋や南大洋のような冷たい高緯度の海は、大気からCO2をよく吸い込みます。

そして高緯度の海水は、冷たく、海氷ができるときに塩分を吐き出されて重くなります。重くなった海水は深層へ沈み込み、溶かし込んだCO2ごと深海へ運ばれていきます。この深層水は、数百年から千年以上かけて世界の海をゆっくり巡り、いずれどこかで再び表層に戻ってきます。つまり溶解ポンプで深海へ送り込まれた炭素は、人間の一生よりはるかに長い時間、大気から隔離されるということです。

生物ポンプ:マリンスノーが炭素を沈める

海の表層では、植物プランクトンが光合成をしてCO2を有機物に変えています。その一部は食べられ、一部は死骸やフンとなって、白い粒子となってゆっくり深海へ沈んでいきます。これが「マリンスノー」と呼ばれる現象で、炭素を表層から深層へ運ぶベルトコンベアの役割を果たしています。

この生物ポンプの総量については研究が進行中で、従来は年間130億トン炭素程度と見積もられてきましたが、JAMSTEC(海洋研究開発機構)らのグループは海中の酸素の動きから炭素の動きを推定する手法で全海洋を評価し、年間約74億トン炭素という、これまでより小さい値を示しました。数字が下がったからといって生物ポンプの重要性が減るわけではなく、高緯度域や熱帯域で特に効いていることも同時に示されています。植物プランクトンは地球の酸素のおよそ半分を生み出しているとも言われ、炭素循環の入口としても決定的な役割を担っています。

植物プランクトンから沈降するマリンスノーの様子
海の雪と呼ばれるマリンスノー。生物ポンプが炭素を深海へ運ぶ姿

炭酸塩ポンプ:貝殻がつくる、少しややこしい経路

3つ目は、円石藻や有孔虫、貝類などが炭酸カルシウム(CaCO3)の殻をつくり、それが沈んで海底に堆積する経路です。長い時間スケールで見れば炭素を岩石として固定する重要な働きですが、殻をつくる化学反応そのものは、その瞬間には表層海水のCO2を増やす方向に働きます。つまり炭酸塩ポンプは、短期的には吸収を助けるより、むしろ差し引きするややこしい存在です。

そして後述する海洋酸性化が進むと、この殻をつくること自体が難しくなります。生き物にとっては打撃ですが、炭素循環という観点だけを見れば表層のCO2放出が減る方向にも働く——このように、海の炭素循環は「悪いことが起きれば吸収も一律に減る」という単純な図式にはなっていません。だからこそ、丁寧に数字を見る必要があるのです。

3つのポンプの整理

  • 溶解ポンプ:水温が低いほどCO2が溶ける物理法則+深層循環。数百〜千年スケールで隔離。温暖化に弱い。
  • 生物ポンプ:光合成でつくられた有機物が粒子として沈降。数十〜数百年スケール。栄養塩の供給に左右される。
  • 炭酸塩ポンプ:炭酸カルシウムの殻が沈み海底に堆積。数千年以上の超長期。短期的には表層CO2を増やす向きに働く。

吸収は無限ではない——飽和をもたらす4つのブレーキ

ここからが本題です。海の吸収能力には、はっきりとした物理的・化学的な上限があります。しかも厄介なことに、そのブレーキの多くは温暖化が進むほど強くかかるようにできています。

ブレーキ①:化学的なバッファ能力の低下(レベル係数)

海水は、単にCO2を水に溶かしているのではありません。溶けたCO2は水と反応して炭酸になり、さらに重炭酸イオンや炭酸イオンへと形を変えます。この一連の化学平衡が「緩衝(バッファ)」として働くおかげで、海は真水よりはるかに多くのCO2を溶かし込めるのです。海が真水だったなら、これほどの量を吸収することは到底できませんでした。

この緩衝の効きぐあいを表す指標がレベル係数(Revelle factor)です。名前は、CO2の海洋吸収を早くから指摘した海洋学者ロジャー・レベルに由来します。この値が小さいほどCO2を効率よく吸い込め、大きいほど吸いにくい。現在の値は低緯度の温かい海でおよそ9、南極周辺の南大洋では15程度まで上がります。そして重要なのは、産業革命前と比べてすでに1ほど上昇しているという点です。海がCO2を吸えば吸うほど炭酸系のバランスが押しやられ、レベル係数が上がり、次の1トンを吸う力が落ちていく。これは典型的な正のフィードバックです。

たとえるなら、海はスポンジです。乾いたスポンジは水をぐんぐん吸いますが、含んだ水が増えるほど吸い込みは鈍くなる。海はまだ絞れば水が出るほど飽和してはいませんが、吸い込みの勢いは確実に落ちてきています。

海水のバッファ能力が低下し吸収効率が落ちる様子を表した概念図
吸えば吸うほど吸いにくくなる。海のバッファ能力は着実に低下している

ブレーキ②:水温上昇による溶解度の低下

冒頭の炭酸飲料の話に戻ります。温まった水はCO2を溶かしにくくなる。海面水温が上がれば、同じ大気CO2濃度でも海が吸い込める量は減り、場所によってはむしろ放出側に転じます。温暖化は大気を温めるだけでなく、海の吸収能力そのものを直接削るのです。この効果が現実の観測にどう現れたかは、次の章で2023年の事例として詳しく見ます。

ブレーキ③:成層化——表層と深層が混ざらなくなる

3つ目は、意外と見落とされがちですが、おそらくもっとも構造的なブレーキです。表層の海水が温まる、あるいは氷が融けて淡水が入って塩分が下がると、表層の水は軽くなります。軽い水が上に、重い水が下に、というかたちで層がはっきり分かれていくのが成層化です。

成層化が進むと、CO2を吸い込んだ表層水が深層へ沈み込みにくくなります。表層は炭素で満たされたまま入れ替わらず、やがて新しいCO2を受け取る余地を失ってしまう。溶解ポンプは、深層への「排水口」があってはじめて働き続けられるのですが、その排水口が細くなるわけです。加えて、深層から表層へ運ばれてくる栄養塩も減るため、生物ポンプの燃料も細ります。1つの現象が2つのポンプを同時に弱める、厄介なブレーキです。

ブレーキ④:生物ポンプ側の変化

栄養塩の供給が減れば植物プランクトンの生産が落ち、沈んでいく有機物も減ります。さらに水温が上がると、沈降する途中で微生物による分解が速く進み、深くまで届かないうちに再びCO2に戻ってしまう割合が増えると考えられています。「どれだけつくられたか」だけでなく「どれだけ深くまで届いたか」が効くのが生物ポンプの難しさで、ここは現在も活発に研究が進んでいる領域です。

ブレーキ起きること効いてくる時間温暖化との関係
バッファ能力の低下(レベル係数上昇)同じCO2濃度でも吸える量が減る数十年〜吸収そのものが原因(自己増幅)
水温上昇による溶解度低下溶けにくくなり、放出に転じる海域も出る即時〜数年直接的に強く効く
成層化表層水が沈まず、炭素と栄養塩の循環が滞る数十年〜強く効く
生物ポンプの変化沈降する有機物が減る/浅い深度で分解される数十年〜間接的・不確実性が大きい
海の炭素吸収にかかる4つのブレーキ。多くは温暖化が進むほど強くなる

「飽和」という言葉の正しい使い方

  • 海はスポンジのように「もう1滴も入らない」状態になったわけではない。現在も海は正味でCO2を吸収し続けている。
  • 問題は吸収の効率が落ちていくこと。同じだけ排出しても、大気に残る割合が増えていく。
  • つまり「飽和」は突然訪れる限界点というより、じわじわ進む効率の低下として現れる。
  • 効率が落ちれば、同じ気温目標を守るために許される排出量(カーボンバジェット)はその分だけ小さくなる。

すでに現れている「弱まり」の兆候

ここまでは理屈の話でした。では、実際の観測データはどうなっているのでしょうか。ここ数年で、理屈が現実になりつつあることを示す報告が相次いでいます。

気候変動によって、海の吸収はすでに約7%小さくなっている

Global Carbon Budget 2025 は、気候変動と気候の自然変動の影響によって、2015〜2024年の平均で海洋のCO2吸収が約7%減っていると評価しました。これは「もし気候変動がなかったら吸収できていたはずの量」と比べた目減り分です。同じ比較で陸域の吸収は約25%も減っています。陸のほうが打撃が大きいのは、干ばつや森林火災といった極端現象に直撃されやすいためです。

さらに同報告は、1960年以降の大気CO2濃度上昇のうち8%は、気候変動が陸と海の吸収を弱めたことによると見積もっています。これは重い意味を持つ数字です。私たちが排出を止めなくても、吸収側が弱るだけで大気の濃度は上がる。つまり温暖化には、自分で自分を加速する回路が組み込まれているということです。

2023年の異変:想定より約10%少なかった吸収

もっとも具体的で、もっとも不穏な事例が2023年です。この年は強いエルニーニョの影響もあって海面水温が観測史上の記録を更新しました。ETHチューリッヒの Jens Daniel Müller、Nicolas Gruber らの国際研究チームは、この年の海洋CO2吸収を詳細に解析し、その結果を2025年に Nature Climate Change 誌へ発表しました。

過去の応答パターンから予想される吸収量に対して、実際に極域を除く全球の海が吸収した量はおよそ10%少なかった——これが論文の中心的な発見です。量にしておよそ10億トン。研究機関の発表では、これはEU全体の年間排出量のおよそ半分に相当すると説明されています。1年の出来事とはいえ、決して小さな数字ではありません。

研究の解説を読むThe ocean carbon sink is ailing(ETH Zurich)2023年の記録的高水温下で海洋のCO2吸収が想定より約10%低下したことを報告した研究の解説記事。🔗 ethz.ch

原因の中心は、亜熱帯・亜寒帯、とくに北半球で起きた異常なCO2放出でした。北大西洋の海面水温が異常に高くなり、溶解度が下がったことで、本来なら吸収域であるはずの海域からCO2が大気へ出てしまったのです。ブレーキ②が現実に作動した、教科書のような事例といえます。

海面水温の上昇によりCO2が海から大気へ放出される様子
海面水温が上がるとCO2の溶解度が下がり、吸収域が放出域に転じることがある

ただし、海には「踏みとどまる力」もあった

同じ論文は、慎重に読むべき発見も報告しています。多くの海域では、水温上昇による放出が、表層混合層の溶存無機炭素(DIC)が減ることによって部分的に打ち消されていました。放出でCO2が抜けた分だけ海水中の炭素が減り、それがさらなる放出を抑える——負のフィードバックが働いたのです。だからこそ、記録的な高水温にもかかわらず、吸収の落ち込みは「10%」で踏みとどまったともいえます。

問題は、この踏みとどまる力が長期の温暖化のもとで持続するかどうかです。Gruber は、補償メカニズムが長期的に有効であり続けるかは不明であり、海洋の炭素吸収は今後減少する可能性があると指摘しています。2023年は、海の底力と限界の両方が同時に見えた年だったと言えるでしょう。

南大洋の謎——強い吸収域で何が起きているのか

地球最大級の吸収域である南大洋(南極海)では、さらに込み入った物語が進行しています。気候モデルの多くは、温暖化とともに南大洋の吸収が弱まると予測してきました。ところが2000年代以降の観測は、予測より多く吸収していることを示していたのです。この食い違いは「南大洋の炭素アノマリー」と呼ばれ、長く議論の的でした。

2025年に Nature Climate Change 誌に発表された研究は、1990年代以降に南大洋の表層が低塩化(淡水化)したことで密度成層が強まり、炭素を多く含む深層水が表層に上がってこられなくなっていた、と説明しました。つまり南大洋の「予想外の頑張り」は、実力ではなく、放出が一時的にせき止められていた結果だったということになります。

そして懸念されるのは、2016年ごろを境に表層塩分の傾向が反転し、南大洋を取り巻く広い範囲で成層が弱まりつつあるという指摘です。せき止めが外れれば、深層の炭素が表層へ戻り、放出が増える可能性がある。別の研究グループは、海氷の下の海水のCO2分圧がこれまで過小評価されてきた可能性も指摘しており、南大洋の吸収はこれまで考えられていたより弱く、今後さらに弱まりうるという方向に評価が動いています。

この章のポイント

  • 気候変動の影響で、海のCO2吸収はすでに本来より約7%小さくなっている(2015〜2024年平均)。
  • 1960年以降の大気CO2濃度上昇の8%は、陸と海の吸収が弱まったことに由来する。
  • 記録的高水温の2023年、極域を除く全球の海の吸収は想定より約10%少なかった。
  • 南大洋の「予想外に強い吸収」は成層化による一時的な効果の可能性が高く、2016年以降その条件が崩れつつある。

海洋酸性化——吸収がもたらす「もう一つの請求書」

海がCO2を吸収してくれたおかげで、大気の温暖化はかなり抑えられました。しかしその代金は、海水の化学が変わるというかたちで請求されています。それが海洋酸性化です。

全球のpHは10年あたり0.018低下している

海水は本来わずかにアルカリ性で、海面のpHはおよそ8.1です。CO2が溶けて炭酸になると水素イオンが増え、pHが下がります。気象庁の解析によれば、全球平均の表面海水pHは10年あたり0.018のペースで低下しており、1990年からの34年間で約0.06下がりました。

0.06という数字は小さく見えますが、pHは対数の目盛りです。0.1下がることは水素イオン濃度が約26%増えることを意味します。人間の血液のpHがわずか0.1動くだけで体調に深刻な影響が出ることを思えば、海に暮らす生き物にとってこれが何を意味するかは想像がつくはずです。酸性化が生態系に与える影響、とくにサンゴ礁への打撃については、海洋酸性化のメカニズムと生態系への影響で詳しく解説しています。

海水に溶けたCO2が炭酸となりpHを下げる化学変化のイメージ
溶け込んだCO2は炭酸となり、海水のpHを着実に下げていく

酸性化は吸収能力そのものを削っていく

ここが、この記事でもっとも重要な論点かもしれません。海洋酸性化は「生き物がかわいそう」という話にとどまりません。酸性化が進むほど、海がCO2を吸う力そのものが落ちていくのです。

仕組みはこうです。CO2が海水に溶けて生じた水素イオンは、緩衝材として働いていた炭酸イオンと結びついて消費します。炭酸イオンが減ると、次に入ってくるCO2を受け止める余力が減る。これがレベル係数の上昇として現れます。気象庁も、海洋酸性化の進行によって海洋のCO2吸収能力が低下することを明確に指摘しています。

つまり、吸収 → 酸性化 → 吸収能力の低下 → 大気に残るCO2の増加 → さらなる温暖化という回路が回っている。海は自分の力を使って自分の力を削りながら、私たちの排出を引き受け続けているのです。

生き物側からの反作用

酸性化は炭酸カルシウムの殻や骨格をつくる生き物——サンゴ、貝類、有孔虫、円石藻、翼足類など——を直撃します。殻がつくりにくくなれば、炭酸塩ポンプの働きも変わり、生態系の構造も変わります。前述したとおり、炭酸塩ポンプが弱まること自体は表層CO2を減らす方向に働く面もあり、正味の影響を評価するのは簡単ではありません。ただ確かなのは、私たちが数百年かけて築かれてきた海の化学バランスを、わずか200年ほどで大きく動かしているということです。

海洋酸性化の進行により、海洋の二酸化炭素を吸収する能力の低下や、海洋生態系への負の影響を通じた海洋の社会・経済的価値の低下が指摘されています。

― 気象庁「海洋酸性化の知識」

日本の海で何が起きているか

ここまで地球規模の話を続けてきましたが、日本の周辺海域でも長期の観測が積み重ねられており、世界の傾向と整合する変化が捉えられています。

日本近海のpHも10年あたり約0.02低下

気象庁は北西太平洋の東経137度線と東経165度線に沿って、数十年にわたる海洋観測を続けています。その解析によれば、日本近海の表面海水pHは10年あたり約0.02低下しており、世界平均とほぼ同じ速度で酸性化が進んでいます。日本の海だけが例外的に守られている、ということはありません。

深さ1200mまで蓄積し続ける人為起源炭素

さらに踏み込んだ観測もあります。気象庁は、北太平洋亜熱帯循環域における人為起源CO2の蓄積量を、海面からポテンシャル密度27.5σθ(深さおよそ1200〜1400m)までの層について評価しました。その結果、この海域全体で年間1.47±0.34億トン炭素が蓄積しており、単位面積あたりでは1平方キロメートルあたり年間およそ3〜10トン炭素の速度で増え続けていることがわかっています。この海域だけで、太平洋全体の蓄積量のおよそ20%を占めます。

表層で吸収された炭素が、実際に深さ1000mを超える層まで届いて溜まり続けている——これは溶解ポンプが今も働いている証拠であると同時に、深層のバッファも少しずつ消費されているという事実の記録でもあります。

観測項目数値観測期間・範囲
日本近海の表面海水pHの低下10年あたり約0.02北西太平洋・東経137度/165度線
全球の表面海水pHの低下10年あたり0.0181990〜2024年
北太平洋亜熱帯循環域の人為起源炭素蓄積量1.47±0.34億トン炭素/年海面〜深さ約1200〜1400m
同海域の単位面積あたり蓄積速度約3〜10トン炭素/km²/年東経137度・165度周辺
太平洋全体に占める同海域の割合約20%
気象庁による日本周辺海域の長期観測から見えてくる変化

海洋熱波と、暖まる日本の海

日本近海は世界平均を上回るペースで水温が上昇している海域を含みます。水温が上がればCO2の溶解度が下がるだけでなく、成層化も強まります。近年たびたび報じられる異常高水温——海洋熱波については、海洋熱波(マリンヒートウェーブ)とは何かで詳しく扱っていますが、こうした現象は生態系への打撃であると同時に、その期間中の炭素吸収を弱める要因でもあります。

「海水温が上がって魚が獲れなくなった」という漁業のニュースと、「海の炭素吸収が弱まっている」という気候のニュースは、まったく別の話に見えて、実は同じ現象の別の側面を見ているのです。

日本周辺の海で長期観測を行う調査船のイメージ
数十年にわたる船舶観測の積み重ねが、海の変化を捉えている

弱まりを食い止めるために——できることと、できないこと

「海の吸収が弱まっている」と聞くと、では海を強化すればいいのでは、と考えたくなります。しかしこの問題の構造上、効く手と効かない手ははっきり分かれています。順番を間違えないことが大切です。

根本策は、排出そのものを減らすこと

身も蓋もない結論ですが、これが最優先です。海の吸収を弱めている原因の大半は、CO2の蓄積そのものと、それがもたらす水温上昇・成層化だからです。原因を減らさずに受け皿を広げようとするのは、蛇口を開けたままバケツを増やすのに似ています。しかも Global Carbon Budget 2025 によれば、2025年の化石燃料由来のCO2排出は381億トンと過去最高を更新する見通しで、蛇口はまだ開き続けています。

そしてもう一点、重要な含意があります。吸収の効率が落ちるということは、同じ気温目標を守るために許される残り排出量(カーボンバジェット)が、想定より小さくなるということです。私たちが持っていると思っていた猶予は、実際には短くなっている可能性があります。

ブルーカーボン:沿岸で守り、増やせるもの

外洋の炭素吸収を人の手で増やすのは容易ではありませんが、沿岸には手の届く場所があります。マングローブ林、海草藻場、塩性湿地、そして海藻藻場——これらが取り込み、堆積物として蓄える炭素はブルーカーボンと呼ばれます。面積あたりの炭素貯留速度は陸上の森林を上回るとされ、しかも防災、水質浄化、稚魚の育成といった副次的な便益も大きい。詳しくはブルーカーボンとは?マングローブと海草藻場が海に炭素を貯めこむ仕組みをご覧ください。

ただし規模感は正直に見ておくべきです。世界の沿岸生態系をすべて完璧に守り、大規模に再生できたとしても、それだけで年間100億トン炭素級の排出を相殺することはできません。ブルーカーボンは「排出削減の代わり」ではなく、「排出削減と並行して、地域の海を豊かにしながら進める取り組み」として位置づけるのが正確です。

浅瀬に広がる海草藻場と差し込む光
海草藻場は沿岸で炭素を蓄え、同時に多くの生き物を育てる

海洋CDR(海洋二酸化炭素除去)の現在地

近年、海の化学や生物を操作してCO2を除去しようという技術群——海洋CDR——が注目されています。代表的なものに、アルカリ性の鉱物を海に加えてバッファ能力を回復させるアルカリ度強化、鉄などの栄養塩をまいて植物プランクトンの生産を増やす海洋施肥、海藻を大量に育てて深海へ沈める手法などがあります。

理屈のうえでは、レベル係数の上昇を打ち消しうる興味深い発想です。しかし現時点では、効果の検証方法、生態系への副作用、費用、国際的なルールのすべてが未確立です。とりわけ海洋施肥は、過去の実験で期待した炭素隔離が確認されず、生態系リスクへの懸念から国際的に厳しく管理されています。研究として真剣に進める価値はありますが、「これがあるから排出削減は後回しでよい」という使い方をしてはいけない段階にあります。

優先順位を間違えないための整理

  • 最優先:CO2排出そのものの削減。海の吸収低下の根本原因を断つ唯一の手段。
  • 並行して:沿岸のブルーカーボン生態系を守り、再生する。副次的便益が大きく、確実性も比較的高い。
  • 研究段階:海洋CDR。効果検証・副作用・ルールが未確立。排出削減の代替にはならない。
  • 継続すべき:長期の海洋観測。変化を捉える目がなければ、そもそも異変に気づけない。

数字を読み違えないために——そして私たちにできること

最後に、この話題のニュースに出会ったとき、落ち着いて受け止めるための視点を整理しておきます。

読み違えやすい3つのポイント

  1. 「弱まった」=「もう吸わない」ではない。海は現在も年間20億トン炭素規模で正味の吸収を続けている。落ちているのは効率であって、機能が停止したわけではない。
  2. 1年の変動と長期トレンドを混同しない。海の吸収はエルニーニョなどの自然変動で年ごとに大きく揺れる。2023年の落ち込みは重要な警告だが、それ単独で「不可逆な転換点を越えた」とは言えない。
  3. 推定値は改訂される。海洋吸収の推定はGlobal Carbon Budgetでも上方修正されている。数字が動くのは科学が誤っている証拠ではなく、観測とモデルが精緻化されている証拠である。

そのうえで、変わらない事実がひとつあります。海の吸収が続くかどうかにかかわらず、大気に出したCO2の量が多いほど、海に入る量も、酸性化の進み方も大きくなるということです。海の未来を左右する最大の変数は、海の側ではなく、私たちの排出の側にあります。

今日からできる、現実的な一歩

  • エネルギーの使い方を見直す:家庭の電力契約を再生可能エネルギー由来に切り替える、断熱を改善する、移動手段を選び直す。個人の削減量は小さくても、需要の変化は供給側を動かす。
  • 海のデータに触れてみる:気象庁の「海洋の健康診断表」は誰でも無料で閲覧できる。日本近海の水温やpHの長期変化を自分の目で確かめると、ニュースの数字が急に立体的になる。
  • 地域の沿岸を守る活動に参加する:藻場再生、干潟の保全、ビーチクリーン。ブルーカーボンの現場は、多くの人にとって手の届く距離にある。
  • 知ったことを人に話す:海の炭素吸収は、目に見えず、誰も請求書を送ってこないため、社会の議題になりにくい。話題にすること自体が、この問題への対抗手段になる。
夕暮れの海岸線と穏やかな波
海は今日も、私たちが出した炭素を静かに引き受けている

まとめ

この記事のまとめ

  • 海は産業革命以降に排出された人為起源CO2のおよそ4分の1、直近10年では排出量の29%を吸収してきた地球最大の炭素吸収源である。
  • 吸収は溶解ポンプ・生物ポンプ・炭酸塩ポンプの3つの仕組みによって支えられ、深海へ運ばれた炭素は数百年以上大気から隔離される。
  • しかしバッファ能力の低下、水温上昇による溶解度低下、成層化、生物ポンプの変化という4つのブレーキが、温暖化とともに強まっている。
  • 気候変動の影響で海の吸収はすでに本来より約7%小さく、記録的高水温の2023年には想定より約10%少ない吸収にとどまった。
  • 海洋酸性化は生態系を脅かすだけでなく、海の吸収能力そのものを削る自己増幅の回路をつくっている。
  • 根本的な解決策は排出削減であり、ブルーカーボンの保全・再生を並行して進め、海洋CDRは研究段階として慎重に扱うべきである。

参考文献・出典

  1. 気象庁「海洋の健康診断表 海洋による二酸化炭素吸収量(全球)」 – 全球の海洋CO2吸収量の長期評価(1990〜2024年平均で年21±9億トン炭素)
  2. 気象庁「海洋の健康診断表 表面海水中のpHの長期変化傾向(全球)」 – 全球平均pHは10年あたり0.018低下、1990年以降で約0.06低下
  3. 気象庁「海洋の健康診断表 表面海水中のpHの長期変化傾向(日本近海)」 – 日本近海のpHは10年あたり約0.02低下
  4. 気象庁「北太平洋亜熱帯循環域の二酸化炭素蓄積量」 – 同海域で年1.47±0.34億トン炭素が深さ約1200〜1400mまでに蓄積
  5. 気象庁「海洋酸性化の知識」 – 酸性化によるCO2吸収能力の低下への言及
  6. IPCC 第6次評価報告書 第1作業部会 政策決定者向け要約 – 2010年代の海洋による人為起源CO2吸収(約23%)と、気候システムの余剰熱の約91%を海洋が蓄積したとの評価
  7. Global Carbon Budget 2025 FAQ – 過去10年の海洋吸収29%、気候変動による吸収の目減り(海7%・陸25%)、2025年の化石燃料排出381億トン
  8. Müller et al. (2025) Nature Climate Change – Unexpected decline in the ocean carbon sink under record-high sea surface temperatures in 2023
  9. ETH Zurich「The ocean carbon sink is ailing」 – 2023年の吸収低下に関する研究チームの解説(Jens Daniel Müller、Nicolas Gruber)
  10. 国立環境研究所 環境展望台「生物ポンプは年間74億トン炭素」 – JAMSTEC等による生物ポンプの全海洋評価

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