「藻(も)」が飛行機を飛ばす時代が、すでに始まっています。水面に浮かぶ小さな緑の粒——微細藻類や、海の中でゆらめく海藻。これらの「藻類」は光合成でCO2を吸収しながら体内に油や糖を蓄えるため、絞ったり発酵させたりすることで燃料に変えられます。しかも畑がいらず、食料と奪い合いにならない。トウモロコシやサトウキビからつくる従来のバイオ燃料が抱えてきたジレンマを、藻類は原理的に回避できるのです。
実際、日本では微細藻類由来のバイオジェット燃料が国際規格に適合し、旅客定期便で使われた実績がすでにあります。マレーシアには世界最大級となる5ヘクタールの藻類培養施設が稼働し、国の研究開発機関NEDOも大規模な技術開発を後押ししています。航空業界が2050年カーボンニュートラルへ向かう中で、藻類は「空の脱炭素」の切り札候補の一つです。
一方で、藻類バイオ燃料はまだ私たちの生活に普及していません。最大の理由は「値段」です。培養・収穫・搾油の各工程にコストがかかり、1リットルあたりの製造費は化石燃料に遠く及ばないのが現実です。この記事では、藻類バイオ燃料の仕組みと利点、SAF(持続可能な航空燃料)への応用の最前線、そして量産とコストの壁をどう越えようとしているのかを、政府資料や研究機関の一次情報をもとに整理します。
この記事で学べること
- 海藻(マクロアルジー)と微細藻類(マイクロアルジー)の違いと、それぞれの燃料化の方法
- 藻類バイオ燃料が「農地不要・食料と競合しない」と言われる理由
- SAF(持続可能な航空燃料)の基礎と、日本の2030年目標・国内企業の挑戦
- マレーシアの大規模培養施設など、藻類量産技術の最前線
- 1リットルあたりのコストが化石燃料に勝てない構造的な理由と、突破に向けた戦略
- 海の脱炭素の中で藻類燃料が果たす役割と、私たちにできる関わり方
藻類バイオ燃料とは?海藻と微細藻類の違い
藻類バイオ燃料とは、藻類(そうるい)が光合成でつくり出した油分や糖分を原料にする再生可能燃料のことです。ひとくちに「藻」と言っても、燃料の世界では大きく2つのグループに分かれます。ワカメやコンブのように目に見える大きさの海藻(マクロアルジー)と、顕微鏡でなければ見えない単細胞の微細藻類(マイクロアルジー)です。
藻類は地球の歴史の中でも特別な存在です。約30億年前に光合成を始めたシアノバクテリア(藍藻)は、原始の地球に酸素を満たした立役者であり、現在も地球上の光合成の約半分は海の植物プランクトンが担っていると言われます。つまり藻類は、太陽エネルギーを化学エネルギーに変える能力にかけては、地球でもっとも実績のある生き物なのです。その力を人間のエネルギー問題に活かそうというのが、藻類バイオ燃料の発想です。
微細藻類は「油」をつくる小さな工場
微細藻類は水中を漂う植物プランクトンの仲間で、種類によっては体内に大量の油(脂質や炭化水素)を蓄えます。ボトリオコッカスやナンノクロロプシス、ミドリムシ(ユーグレナ)などが代表格です。細胞そのものが油のカプセルのようなもので、収穫して搾れば原油に似た液体が得られ、精製すればディーゼル燃料やジェット燃料になります。根も茎も葉もつくらないため、光合成でつくった栄養の多くを油の生産に回せるのが強みです。
海藻は「糖」を発酵させてエタノールに
一方の海藻は、油はほとんど含みませんが、アルギン酸やマンニトールといった糖類を豊富に含みます。これを酵素で分解し、酵母や微生物で発酵させるとバイオエタノールができます。ガソリンに混ぜて使える燃料です。日本は世界有数の海藻利用国であり、養殖技術の蓄積があるため、海藻由来エタノールは「海の国・日本らしい」燃料候補として研究が続いています。

| 項目 | 海藻(マクロアルジー) | 微細藻類(マイクロアルジー) |
|---|---|---|
| 大きさ | 数cm〜数十m(コンブ等) | 数マイクロメートルの単細胞 |
| 主な中身 | 糖類(アルギン酸・マンニトール等) | 油分(脂質・炭化水素) |
| 燃料化の方法 | 酵素分解+発酵でエタノール | 収穫・搾油・精製で軽油やSAFに |
| 育てる場所 | 海(沿岸の養殖場) | 陸上の培養池・培養槽が中心 |
| 日本の強み | 世界有数の養殖技術の蓄積 | ユーグレナ・ボトリオコッカス等の研究実績 |
ここがポイント
- 藻類バイオ燃料には「海藻→エタノール」と「微細藻類→油」の2つのルートがある
- 微細藻類は細胞内に油を蓄える種類があり、ジェット燃料の原料にもなる
- どちらも光合成でCO2を吸収しながら育つ再生可能なエネルギー源
なぜ藻が燃料になるのか|油をつくる藻類の代表選手
「藻から油が取れる」と聞くと不思議に感じますが、実は地球の原油の一部は、太古の海で繁栄したプランクトンの遺骸が地中で変化してできたと考えられています。つまり藻類は、何億年もかけて自然が行ってきた「石油づくり」を、生きたままリアルタイムでやってくれる生き物だと言えます。ここでは燃料研究の主役となっている藻類を紹介します。
ボトリオコッカス|石油そっくりの炭化水素をつくる
淡水産の緑藻ボトリオコッカス(ボツリオコッカス)は、細胞の外側に「ボツリオコッセン」と呼ばれる炭化水素を分泌する珍しい藻類です。この物質はサメの肝油に含まれる希少成分スクワレンに構造が似ており、既存の石油精製プロセスとの相性が良いとされます。日本ではIHIが高速で増殖する系統(高速増殖型ボトリオコッカス)を用いた大量培養と燃料製造の技術開発を進めてきました。
ミドリムシ(ユーグレナ)|動く藻がつくる油脂
理科の教科書でおなじみのミドリムシは、光合成をしながら自分で動く単細胞生物で、学名を取って「ユーグレナ」と呼ばれます。細胞内に蓄えるロウ状の油脂はジェット燃料への変換に適した性質を持ち、日本のバイオベンチャー・株式会社ユーグレナが食品事業と並行して燃料化を進めてきました。同社は横浜市に燃料製造の実証プラントを建設し、バイオ燃料「サステオ」ブランドで車や船、航空機への供給実績を積み重ねています。
ナンノクロロプシスなど海水系の実力派
海水で育つナンノクロロプシスは油分(脂質)の含有率が高く、魚の養殖用飼料としても使われてきた実績ある藻類です。海水で培養できるということは、貴重な淡水を使わずに済むということ。乾燥地帯の沿岸でも培養プラントを建てられる可能性があり、世界中で燃料・飼料・食品への活用研究が進んでいます。
- ボトリオコッカス:石油に近い炭化水素を分泌。IHIが大量培養を研究
- ユーグレナ(ミドリムシ):ジェット燃料に適した油脂。国産SAFの先駆け
- ナンノクロロプシス:海水で育ち脂質が豊富。飼料・食品でも活躍
- クロレラ・スピルリナ:食品で有名だが、培養技術は燃料研究の土台に
研究の歴史|オイルショックから半世紀の挑戦
藻類燃料の研究には長い歴史があります。1970年代のオイルショックを機に米国エネルギー省が大規模な藻類研究プログラム(Aquatic Species Program)を実施し、日本でも1990年代からCO2固定化技術として藻類研究が国家プロジェクト化されました。2000年代後半の原油高騰期には世界中でベンチャーが乱立し、日本ではNEDOの実証事業として鹿児島県の七ツ島に大規模なボトリオコッカス培養システムが建設されるなど、実用化への挑戦が本格化しました。ブームと停滞を繰り返しながらも、培養技術と育種の進歩は着実に積み上がってきています。
重要なのは、こうした藻類が光合成の過程でCO2を吸収する点です。燃やせばCO2は出ますが、それは育つ過程で大気から取り込んだ分。理論上は大気中のCO2を増やさない「カーボンニュートラル」なエネルギー循環をつくれます。海の生態系が炭素を蓄えるブルーカーボンと並んで、藻類は「海と炭素」の物語の主役なのです。
農地がいらない・食料と競合しない|藻類燃料3つの利点
バイオ燃料そのものは新しい技術ではありません。ブラジルではサトウキビ由来エタノールが、米国ではトウモロコシ由来エタノールが大量に使われています。しかし「食べ物を燃料にする」ことには、食料価格の高騰や森林伐採といった副作用がつきまとってきました。藻類が「次世代」と呼ばれるのは、この問題を根本から回避できるからです。
利点1|農地を奪わない
微細藻類は培養池や培養槽で育てるため、農作物のように肥沃な農地を必要としません。荒れ地や工場跡地、乾燥地帯でも培養プラントは建設できます。海藻にいたっては海で育つため、陸上の土地をほぼ使いません。世界の人口が増え続け、農地の争奪が激しくなる中で「土地を取り合わない燃料」であることは決定的な強みです。
利点2|食料・淡水と競合しにくい
藻類の多くは食用ではないため、燃料に回しても食料供給を圧迫しません。さらに海水や汽水で育つ種類を選べば、農業用水として貴重な淡水を大量消費することもありません。トウモロコシエタノールが常に問われてきた「その畑と水で食べ物をつくるべきでは?」という倫理的ジレンマから、藻類は大きく自由なのです。
利点3|面積あたりの生産性が桁違い
微細藻類は増殖スピードが速く、条件が良ければ1日で倍以上に増える種類もあります。試算では、米国の輸送用燃料需要の半分をまかなうのに、パーム油なら4,500万ヘクタールの農園が必要なのに対し、炭化水素含有率30%の微細藻類なら450万ヘクタールで足りるとされます。単位面積あたりでおよそ10倍という生産性の高さは、陸上作物では到達できない水準です。

数字で見る「土地効率」の圧倒的な差
この生産性の差を別の角度から見てみましょう。大豆から燃料用の油を取る場合、大豆は種子の油分が2割ほどで、育つのに一作あたり数か月かかります。パームヤシは多年生で効率が良いものの、農園開発が熱帯雨林の伐採を招いてきたことが国際的な批判を浴びています。一方の微細藻類は、種類によっては乾燥重量の30〜70%が油分で、数日単位で収穫サイクルを回せます。「森を切らずに、畑を使わずに、桁違いの油をつくれる可能性」——これが世界の研究者を惹きつけてやまない理由です。
さらに藻類培養には「CO2を直接エサにできる」というボーナスもあります。工場や発電所の排ガスに含まれるCO2を培養槽に吹き込めば、藻の成長が速まると同時に、排出されるはずだったCO2の再利用(カーボンリサイクル)になります。廃棄物処理と燃料生産を同時にこなす——藻類プラントは、うまく設計すれば地域の資源循環のハブになり得るのです。
バイオ燃料の「世代」と藻類の位置づけ
- 第1世代:トウモロコシ・サトウキビ等の食用作物由来(食料と競合)
- 第2世代:稲わら・廃食油・木くず等の非食用資源由来
- 第3世代:藻類由来(農地不要・高生産性・CO2直接利用が可能)
空を飛ぶ藻|SAF(持続可能な航空燃料)への応用
藻類バイオ燃料が今もっとも熱い視線を集めているのが、航空分野です。SAF(Sustainable Aviation Fuel/持続可能な航空燃料)とは、廃食油や植物、藻類などの持続可能な原料からつくるジェット燃料の総称で、従来の化石ジェット燃料と比べてライフサイクルでのCO2排出を約60〜80%削減できるとされます。
なぜ航空機はSAFに頼るしかないのか
自動車は電気自動車(EV)へ、船はアンモニアやメタノール燃料へと脱炭素の道筋が見えつつあります。しかし航空機は事情が違います。長距離を飛ぶ大型旅客機を動かすには膨大なエネルギーが必要で、現在の電池では重すぎて飛べません。既存のジェットエンジンと空港インフラをそのまま使える「ドロップイン燃料」であるSAFが、当面ほぼ唯一の現実解なのです。国際民間航空機関(ICAO)は2050年カーボンニュートラル目標を掲げ、世界のエアラインがSAF確保に走っています。
実際、航空分野は世界のCO2排出量の2〜3%を占めるとされ、コロナ禍からの旅客需要回復と新興国の航空市場拡大で、対策をしなければ排出はさらに増える見通しです。機体の軽量化やエンジン効率の改善は続いていますが、それだけでは増加分を打ち消せません。「飛ぶこと」をあきらめずに排出を減らすための現実的な柱が、燃料そのものの転換なのです。
日本の目標は「2030年に10%」
日本政府も、2030年時点で本邦エアラインの燃料使用量の10%をSAFに置き換える目標を掲げ、経済産業省と国土交通省による官民協議会で国産SAFの供給体制づくりを進めています。エネルギー供給構造高度化法に基づき、燃料供給事業者へのSAF供給義務化も始まる予定です。この巨大な需要を見据えて、廃食油ルートと並び、藻類ルートの技術開発が国のプロジェクトとして支援されています。

日本企業の実績|規格適合から定期便フライトへ
藻類SAFは、すでに「実験室の夢」の段階を越えています。IHIは高速増殖型ボトリオコッカス由来のバイオジェット燃料で国際規格ASTM D7566(Annex7)への適合を実現し、2021年には微細藻類由来SAFが国内の定期旅客便に供給されました。ユーグレナ社もミドリムシ由来油脂などを原料とするSAF「サステオ」でフライト実績を持ち、大規模商業プラントの建設を計画しています。日本は藻類SAFの分野で世界の先頭集団にいるのです。
2030年時点のSAF使用量を、本邦エアラインによる燃料使用量の10%と見込み、その実現に向けて取り組む。
― 経済産業省・国土交通省「SAFの導入促進に向けた官民協議会」資料より要旨
世界の潮流|CORSIAとEUの義務化が需要を生む
SAFへの追い風は世界規模で吹いています。国際線のCO2排出を抑える国際枠組みCORSIA(国際民間航空のためのカーボン・オフセット及び削減スキーム)が段階的に本格化し、EUでは域内の空港で給油する燃料へのSAF混合義務(ReFuelEU Aviation規則)が2025年の2%から始まり、2050年には70%まで引き上げられる計画です。つまりSAFは「使いたい人が使う」燃料から「使わなければ飛べない」燃料へと変わりつつあります。この確実に拡大する需要こそが、廃食油だけでは足りない原料の多様化——すなわち藻類ルートへの投資を正当化しているのです。
ただし冷静に見れば、現在のSAF生産の主流は廃食油や動植物油脂を水素化処理するHEFAという製法で、藻類由来SAFの供給量は世界的にもまだごくわずかです。廃食油の争奪戦がすでに始まっている以上、2030年代以降の供給拡大には新しい原料が不可欠であり、藻類はその最有力候補の一つとして育成されている——というのが現在地の正確な描写です。
培養技術の最前線|世界最大級プラントと国家プロジェクト
藻類燃料の成否を握るのは、生物学よりもむしろ「工場としてどう大量に育てるか」という培養工学です。ここ数年で、その最前線は実験プールから本物の巨大プラントへとスケールアップしています。
マレーシアに出現した5ヘクタールの藻類工場
日本のバイオベンチャー・ちとせグループは2023年、マレーシア・サラワク州で世界最大級となる5ヘクタールの藻類生産設備「CHITOSE Carbon Capture Central(C4)」を稼働させました。厚さ10cmほどの透明なビニールバッグを板状に立てて並べ、隣接する発電所から供給されるCO2を吹き込みながら藻類を培養する「フラットパネル型」の方式です。赤道近くの強い日差しを活かし、年間を通じて安定した生産を目指しています。
NEDOが後押しする「100ヘクタール」への道
この取り組みは、日本の国立研究開発法人NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)による総額500億円規模の基金事業(グリーンイノベーション基金)に採択されており、次の目標は100ヘクタール規模での経済合理性の実証です。ちとせグループが主導する産業横断プロジェクト「MATSURI」には、燃料だけでなく化粧品・食品・飼料など幅広い分野の企業が参画し、藻類を「石油に代わる産業の原料」に育てようとしています。
培養方式それぞれの長所と短所
| 培養方式 | 特徴 | 課題 |
|---|---|---|
| 開放池(レースウェイ) | 建設費が安く大面積化しやすい | 雑菌・他の藻の混入、水の蒸発 |
| フラットパネル型 | 受光効率が高く高密度培養が可能 | 設備費がかさむ、温度管理が必要 |
| チューブ型フォトバイオリアクター | 汚染に強く条件制御しやすい | 建設・運転コストが最も高い |
| 海面養殖(海藻) | 土地・淡水・肥料がほぼ不要 | 収穫の手間、天候・海況の影響 |
「藻を育てる」を支える見えない技術
大規模培養の現場で戦いの相手になるのは、意外にも「他の生き物」です。屋外の培養池は栄養豊富なスープのようなもので、狙った藻類以外の雑藻や、藻を食べるワムシなどの微小動物が入り込むと、数日で生産が崩壊することがあります。増殖の速い系統を選んで先手を取る、pHや塩分を調整して競合が住みにくい環境にする、培養槽を閉鎖型にする——こうした「藻の農業」とも言える栽培管理技術の成熟が、この10年の大きな進歩です。
培養と同じくらい重要なのが「収穫と乾燥」です。培養液の中の藻の濃度は1%にも満たないことが多く、水分だらけの液から藻を集め、水を除き、油を搾る工程には大きなエネルギーがかかります。膜ろ過や遠心分離の効率化、濡れたまま油を抽出する技術など、地味ながら決定的なコスト削減研究が世界中で続けられています。
海藻からエタノール|日本近海の「海の畑」を燃料に
微細藻類が「油」の主役なら、海藻は「糖」の主役です。FAO(国連食糧農業機関)の統計によれば、世界の藻類養殖の生産量は2022年に約3,640万トンに達し、その97%以上が養殖によるもの、そして生産のほとんどをアジアが担っています。この巨大な「海の畑」の技術を、燃料生産に応用しようという研究が進んでいます。
とりわけ日本近海は、コンブ・ワカメ・ノリなど有用海藻の宝庫です。三陸や北海道には長い養殖の歴史と技術があり、種苗生産から収穫・加工までの産業基盤がすでに存在します。食用市場が頭打ちになる中で、「燃料・素材」という新しい出口ができれば、浜の経済にとっても意味のある選択肢になり得ます。
コンブ1kgからエタノールをつくる
海藻の主成分であるアルギン酸は、陸上植物のデンプンと違って発酵させにくく、長年「海藻エタノールは無理」とされてきました。しかし東北大学などの研究チームは、海藻を切断して複数の酵素で分解し、独自に見いだした酵母・微生物を段階的に働かせることで、生の海藻からエタノールを取り出すことに成功。生のマコンブ1kgから22gのエタノールを製造できることを確認しています。まだ効率は低いものの、「乾燥させずに生のまま処理できる」ことは、エネルギー収支の面で重要な前進です。

世界も注目する「海のバイオマス」
海藻燃料への関心は日本だけのものではありません。米国ではエネルギー高等研究計画局(ARPA-E)が外洋での大規模海藻養殖技術の開発プログラムを実施し、欧州でも北海沿岸での海藻養殖とバイオリファイナリーの研究が進んでいます。背景にあるのは「陸のバイオマスには限界がある」という共通認識です。地球表面の7割を占める海を使えれば、土地・淡水・肥料の制約から解放される——海藻は世界の研究地図の上でも『第3の畑』として位置づけられつつあります。
「厄介者の海藻」が資源に変わる
海藻エタノールの面白さは、原料の調達方法にもあります。発電所の冷却水取水口に流れ込んで処理費をかけて捨てられている海藻や、浜辺に大量に打ち上がる流れ藻を燃料原料にできれば、ゴミ処理とエネルギー生産の一石二鳥になります。また、海藻の養殖そのものが窒素やリンを吸収して海をきれいにし、CO2を取り込む働きを持ちます。三陸のワカメ・コンブ養殖の復興とも重なる、日本の沿岸ならではのシナリオです。
過大評価には注意
- 海藻エタノールの製造効率はまだ低く、商業化には大幅な技術進歩が必要
- 海藻養殖を燃料向けに拡大しすぎると、食用海藻や沿岸生態系と競合する可能性がある
- 「海藻だけで日本のエネルギーをまかなえる」といった主張は現時点では非現実的
量産とコストの壁|なぜ藻類燃料はまだ普及しないのか
ここまで読むと「こんなに良いものがなぜ広まらないのか」と不思議に思うかもしれません。答えは単純で、まだ高すぎるからです。藻類由来燃料の製造コストは1リットルあたりで化石燃料を大きく上回り、SAF全体で見ても製造コストは石油由来ジェット燃料の3〜4倍と言われます。藻類ルートはSAFの中でも特にコストが高い部類に入ります。
コストを押し上げる3つの工程
- 培養:設備の建設費に加え、水の攪拌・CO2供給・温度管理に電力がかかる
- 収穫・脱水:薄い培養液から藻を集めて乾かす工程が大きなエネルギーを消費する
- 抽出・精製:細胞から油を取り出し、ジェット燃料規格まで精製するのに設備と費用が必要
コスト構造を具体的に見ると、藻類燃料の難しさは「薄さとの戦い」に集約されます。培養液に含まれる藻の濃度はわずか0.1〜1%程度。つまり燃料1リットルを得るために、その何百倍もの水を動かし、ろ過し、乾かさなければなりません。石油が「地面に穴を開ければ濃縮された炭化水素が噴き出す」資源であるのに対し、藻類燃料は水中に散らばった小さな細胞をかき集める仕事です。この物理的なハンデを、生物の増殖力と工学の知恵でどこまで巻き返せるかが勝負どころです。
この壁は世界の巨人をも退けてきました。藻類燃料研究に10年以上投資してきた米石油大手エクソンモービルが2023年までに藻類バイオ燃料研究への出資を大幅に縮小したと報じられるなど、「藻類燃料の冬」と呼ばれる撤退の波もありました。技術的に「つくれる」ことと、経済的に「売れる」ことの間には、深い谷があるのです。
突破口は「燃料だけで稼がない」こと
それでも研究開発が続くのは、コストの谷を越える現実的な戦略が見えてきたからです。鍵は「併産(バイオリファイナリー)」——藻類から高く売れる成分を先に取り出し、残りを燃料に回す考え方です。例えばマツダと連携する研究では、藻類から機能性成分(サプリメント原料)を抽出した残渣から燃料をつくることで、燃料1リットルあたり200円程度まで下げられる可能性が示されています。化粧品原料、魚の飼料、代替タンパク質——高付加価値品と燃料の「合わせ技」で採算ラインに近づけるのが、現在の世界的な潮流です。
| 戦略 | 内容 | 例 |
|---|---|---|
| 併産・カスケード利用 | 高価な成分を先に売り、残りを燃料化 | サプリ原料+燃料、化粧品+飼料+燃料 |
| スケールアップ | 培養面積を拡大して単価を下げる | 5ha→100haへの大規模実証(NEDO事業) |
| 排ガスCO2の活用 | 発電所等のCO2を無償の「エサ」にする | マレーシアC4施設の発電所隣接立地 |
| 品種改良・育種 | 増殖が速く油分の多い系統を選抜 | 高速増殖型ボトリオコッカス |
| 政策支援 | 供給義務・補助金で初期需要を創出 | 日本のSAF10%目標・高度化法の供給義務 |
もう一つの追い風は、炭素に値段がつく時代になったことです。日本でもGX(グリーントランスフォーメーション)政策のもとで排出量取引制度が本格化し、炭素の排出にコストがかかる仕組みが整いつつあります。排出量取引や炭素税が広がれば、「CO2を減らせる燃料」の価値は相対的に上がります。化石燃料との価格差は、技術の進歩と制度の後押しの両輪で縮めていくことになります。
太陽光や風力と競争するのではなく、すみ分ける
「再生可能エネルギーなら太陽光発電の方が効率的では?」という指摘は、実は藻類燃料の議論で必ず出てくる論点です。電気をつくるだけなら、同じ面積の太陽光パネルの方がエネルギー変換効率は高い。しかし藻類の価値は「液体燃料という形でエネルギーを貯められる」ことと「炭素そのものを製品にできる」ことにあります。電池では飛べない航空機、電化しにくい化学産業の原料——藻類が狙うのは、電気では代替しにくい領域です。再エネ電力と競争するのではなく、すみ分けて脱炭素の最後のピースを埋める。それが藻類燃料の現実的な立ち位置です。
藻類燃料のこれから|私たちにできること
藻類バイオ燃料は「明日ガソリンスタンドに並ぶ」技術ではありません。しかし、航空のように電化が難しい分野では確実に出番が来る技術であり、日本は研究・実装の両面で世界の先頭集団を走っています。2030年のSAF10%目標、100ヘクタール級の培養実証、海藻エタノールの効率改善——この10年の進み方が、2050年の空と海の姿を決めます。
「燃料」を超えて広がる藻類産業
忘れてはならないのは、藻類の可能性が燃料にとどまらないことです。CO2を吸って育つ藻類は、食品、化粧品、医薬品原料、魚の飼料、生分解性プラスチックの原料にもなります。燃料はその出口の一つにすぎません。多様な出口があるからこそ産業として自立でき、結果として燃料のコストも下がる——藻類経済圏(バイオエコノミー)全体の成長が、めぐりめぐって空の脱炭素を支えるのです。

「知って選ぶ」ことが技術を育てる
新しいエネルギー技術が谷を越えられるかどうかは、実は世論と市場の後押しに大きく左右されます。SAF入りのフライトを選ぶ人、藻類由来の食品や化粧品を手に取る人、海藻を日々の食卓にのせる人——一人ひとりの選択は小さくても、その積み重ねが「藻類産業には需要がある」というシグナルとなり、企業の投資と国の政策を動かします。技術の物語の登場人物は、研究者と企業だけではありません。
今日からできる3つの関わり方
私たちにできるアクション
- SAFを導入している航空会社を選ぶ・応援する(各社サイトでSAFの取り組みが確認できる)
- ユーグレナ食品やスピルリナ、海藻など「藻を食べる」ことで藻類産業の裾野を支える
- ワカメ・コンブなど国産海藻を食卓に取り入れ、沿岸の「海の畑」を維持する養殖業を応援する
- 電気や燃料のムダを減らす——SAFが普及するまでの間、需要そのものを減らすことが最大の貢献
海の中でゆらめく一本のコンブも、水面に浮かぶ見えない一粒の藻も、太陽の力でCO2を固定し続けています。その小さな営みを人間の技術でスケールアップし、空を飛ぶエネルギーに変える挑戦は、もう始まっています。次に飛行機に乗るとき、その翼の下に「藻の力」がほんの少し混ざっているかもしれない——そんな時代を、私たちは生きているのです。
この記事のまとめ
- 藻類バイオ燃料には「海藻→エタノール」「微細藻類→油」の2ルートがあり、農地不要・食料と競合しないのが最大の利点
- 微細藻類由来SAFは国際規格に適合し、日本では定期旅客便への供給実績がすでにある
- 日本は2030年にエアライン燃料の10%をSAFへ置き換える目標を掲げ、NEDOの基金事業などで藻類培養の大規模化を支援中
- 最大の壁はコスト。SAFは石油由来の3〜4倍で、併産・スケールアップ・CO2活用・政策支援の合わせ技で谷を越えようとしている
- 藻類は燃料以外にも食品・化粧品・飼料など多様な出口を持ち、産業全体の成長が燃料コスト低減を後押しする
参考文献・出典
- 資源エネルギー庁 – SAFの導入拡大をめざして、官民で取り組む開発と制度づくり
- 経済産業省 – 2030年における持続可能な航空燃料(SAF)の供給目標量の在り方(資源・燃料分科会資料)
- NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構) – バイオジェット燃料生産技術開発事業の紹介
- 株式会社IHI – 微細藻類から製造したバイオジェット燃料を国内定期便に供給(2021年度ニュース)
- ちとせグループ – 世界最大規模の藻類生産設備「C4」の稼働開始(マレーシア・サラワク州)
- 株式会社ユーグレナ – バイオ燃料事業(サステオ)の紹介
- FAO(国連食糧農業機関) – The State of World Fisheries and Aquaculture 2024:Aquaculture production
- 笹川平和財団 海洋政策研究所 – 海の恵み・海藻から作りだすバイオエタノール(Ocean Newsletter)
- 内閣府 総合海洋政策推進事務局 – 藻類による二酸化炭素固定とバイオマス燃料生産(調査資料)
※ 信頼性の高い順に配列:政府機関・学術機関 > 査読済み論文 > 専門機関 > 信頼できるメディア