コンビニのアイスコーヒーに挿さっているストローが、実は微生物の力で海水中に溶け、最終的に水と二酸化炭素へ還る設計だとしたら——。セブン‐イレブンの「セブンカフェ」で使われてきたストローの一部は、カネカが独自に開発した生分解性ポリマー「PHBH」でできている。
「生分解性プラスチック」という言葉は近年よく耳にするが、その大半を占めるポリ乳酸(PLA)は、実は50℃以上の工業用コンポスト内でしか分解が進まず、常温の海水中ではほとんど分解しないという弱点を持つ。つまり「生分解性」という表示だけでは、海に流出したときに分解するかどうかは分からない。
この記事では、数少ない例外であるPHBHがなぜ海水中で分解するのか、その仕組みと、国際認証・JAMSTECの深海実験といった一次情報にもとづく科学的根拠を整理し、あわせて生分解性素材の限界と正しい向き合い方についても検証する。
この記事で学べること
- 堆肥化施設でしか分解しないPLAと、海水中でも分解するPHBHでは仕組みがまったく異なること
- カネカが微生物発酵によって100%植物由来の原料からPHBHを作る仕組み
- 海水中での生分解を裏付ける国際認証「OK Biodegradable MARINE」の中身
- PHBH製ストローがセブンカフェで全国展開されるまでの歩みと生産体制
- JAMSTECなど国内機関の共同研究で、生分解性プラスチックが深海でも分解すると実証された経緯
- 生分解性素材が「ポイ捨てしてよい免罪符」にはならない理由
海に流出するプラスチックごみは、いま世界でどれくらいあるのか
生分解性ストローの意味を理解するには、まず海洋プラスチックごみの規模を押さえておく必要がある。
年間800万トンという推計の出どころ
「世界で毎年約800万トンのプラスチックごみが海に流出している」という数字は、米ジョージア大学のジェナ・ジャムベック氏らの研究チームが2015年に学術誌サイエンスで発表した推計にもとづく。2010年の1年間のデータをもとにした試算で、2016年にスイス・ダボスで開催された世界経済フォーラム年次総会で紹介され、世界的に広く引用されるようになった。
日本からの流出量と環境省の最新推計
ジャムベック氏らの研究では、日本から海へ流出するプラスチックごみは年間2万〜6万トンと推計されている。一方、環境省が国内の発生源・品目別データを積み上げて算出した令和6年度の推計では、日本からの海洋プラスチックごみ流出量は年間13,000〜31,000トンとされた。推計手法によって数値に幅があるのは、プラスチックごみの環境中への流出量について国際的に統一された算出手法がまだ確立していないためだ。
| 推計主体・手法 | 対象年度 | 流出量の推計値 |
|---|---|---|
| Jambeck et al.(2015)|世界計 | 2010年 | 約800万トン/年 |
| Jambeck et al.(2015)|日本分 | 2010年 | 2万〜6万トン/年 |
| 環境省|発生源・品目別積み上げ | 令和6年度 | 13,000〜31,000トン/年 |
| 環境省|マクロ統計データ | 令和5年度 | 2,300〜24,000トン/年 |

海洋プラスチックごみの発生源は陸か海か
海に流出するプラスチックごみの発生源としては、街で使われた製品が風雨や河川を通じて流れ着く「陸域由来」が全体の約8割を占め、漁具の投棄や紛失など「海域由来」が残り約2割を占めると推定されている。ストローやカトラリーのような日用品は前者の代表例であり、日常生活で使われる製品の設計が海洋プラスチック問題と直結していることを示している。
分解されないごみが生態系に及ぼす影響
石油由来プラスチックは、海中で紫外線や波の物理的な力によって徐々に細かく砕かれていくものの、化学的にはほとんど分解されず、数十年から数百年単位で環境中に残り続けるとされる。この過程で生じる微細な破片(マイクロプラスチック)は海鳥や魚類、貝類などに誤って摂食されるほか、大きな破片は海洋生物が絡まって身動きが取れなくなる原因にもなる。「分解されて自然に還る素材」への関心が高まっている背景には、こうした長期残留性への危機感がある。
経済的な損失も無視できない規模に
国連環境計画(UNEP)は2015年、海洋プラスチックごみが観光業・漁業などにもたらす経済損失を年間約130億ドル(当時のレートで約1兆4千億円)と試算した。海岸清掃の費用や観光客の減少、漁具への異物混入や漁獲量への影響など、生態系だけでなく地域経済にも影響が及んでいる実態がうかがえる。
「生分解性プラスチック」とは何か、何が違うのか
生分解性プラスチックとは、微生物のはたらきによって最終的に水と二酸化炭素(あるいはメタン)にまで分解される高分子材料の総称である。石油由来プラスチックは自然環境中でほとんど分解されず、紫外線や波の力で細かい破片(マイクロプラスチック)になるだけで長期間残り続けるのに対し、生分解性プラスチックは微生物が炭素源として分解・代謝できる点が根本的に異なる。
コンポスト分解と海洋分解は別物
ここで見落とされがちなのが、「生分解性」とひとことで言っても、分解が進む環境条件は素材ごとにまったく異なるという点だ。現在流通する生分解性プラスチックの多くを占めるポリ乳酸(PLA)は、トウモロコシなどのデンプンを原料とする植物由来素材だが、分解には50℃以上・高湿度という工業用コンポスト施設に近い条件が必要になる。常温・低温の海水中や一般の土壌ではその条件がそろわず、分解はほとんど進まない。
「生分解性」表示だけで安心してはいけない理由
- PLA製のストローや食器は、工業用コンポストでは分解するが、海に流出した場合はほぼ分解が進まない
- 「生分解性」という表示自体は、分解が進む“環境条件”までは示していない
- 海洋環境での分解を確認するには、後述する専用の第三者認証が必要になる
なぜ海洋環境での分解を想定した設計が必要なのか
ごみが適切に分別・廃棄されていても、集積所からの飛散や側溝・河川を通じて海へ流出するケースは後を絶たない。河川から海へ流れ出すプラスチックごみの存在が指摘されているのはそのためで、廃棄段階の管理だけに頼らず、万一流出しても環境中で分解する素材を選ぶことには一定の合理性がある。
| 素材 | 主な原料 | 分解に適した環境 | 海水中での生分解性 |
|---|---|---|---|
| 石油由来PP・PE(ポリプロピレン・ポリエチレン) | 石油 | 分解しない(紫外線等で破片化のみ) | なし |
| PLA(ポリ乳酸) | トウモロコシ等のデンプン | 50℃以上の工業用コンポスト | ほぼなし(常温では進みにくい) |
| PHBH | 植物由来油脂(微生物発酵) | 土壌・淡水・海水など幅広い環境 | あり(第三者認証取得) |
この表からも分かるとおり、「植物由来」であることと「海で分解する」ことはイコールではない。PLAは植物由来でありながら海洋分解性を持たず、逆にPHBHは同じ植物由来の原料を使いながら海水中でも分解が進む。素材を選ぶ際には、原料が何かではなく、どの環境で分解が確認されているかを見極める視点が欠かせない。
微生物はどうやってプラスチックを分解するのか
生分解性プラスチックの分解は、まず微生物が体外に分泌する酵素(デポリメラーゼ)が高分子の鎖(エステル結合)を切断し、低分子の断片にする「加水分解」から始まる。その後、断片化された分子を微生物が体内に取り込み、呼吸・代謝の過程でエネルギー源として利用しながら、最終的に水と二酸化炭素にまで分解する。この過程は、微生物が自然界の枯れ葉や生物の死骸を分解する仕組みと本質的には同じであり、対象がプラスチックであるか有機物であるかの違いにすぎない。
日本の政策も生分解性素材の普及を後押し
国もこうした素材の普及を後押ししている。環境省・経済産業省・農林水産省・文部科学省の4省は2021年1月、「バイオプラスチック導入ロードマップ」を合同で策定し、2030年までに植物由来のバイオマスプラスチックを約200万トン導入するという目標を掲げた。ロードマップでは、用途ごとにコストや品質面の課題を踏まえて導入に適した素材の類型を整理しており、PHBHのように海洋生分解性を備えた素材は、使い捨て用途での置き換え候補として位置づけられている。さらに2022年4月には「プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律」が施行され、コンビニやカフェなど小売・サービス事業者に使い捨てスプーンやストローといった特定プラスチック使用製品の削減を求める仕組みが整えられた。こうした法制度の後押しが、企業側が代替素材への切り替えを検討する動機のひとつになっている。
PHAは自然界の微生物にもともと備わる仕組み
PHBHが属するPHA(ポリヒドロキシアルカン酸)というポリマーの分類は、人工的に発明された物質ではない。土壌や海水中に生息する一部の微生物は、栄養条件が偏った環境下で、エネルギーや炭素源を体内に蓄えるためにPHAを合成し、脂肪滴のような形で細胞内に貯蔵する性質を持つ。カネカのPHBH生産は、この微生物が本来持つ代謝機構を培養条件のコントロールによって引き出し、狙った比率の共重合体を効率よく作らせる技術と言える。微生物にとって「元から分解できる自分の代謝物」であることが、他の生物にとっても分解しやすい理由につながっている。
PHAという物質自体の存在が確認されたのは古く、1920年代にフランスの研究者モーリス・ルモアーニュが微生物からPHB(PHAの一種)を抽出・同定したのが最初とされる。1970年代の石油危機をきっかけに石油依存からの脱却が模索される中、英国のICI社が研究を重ね、1983年に微生物由来のPHAを「Biopol」という商品名で事業化するなど、PHA系ポリマーは古くから石油代替素材として注目されてきた歴史を持つ。
カネカが開発した海洋生分解性ポリマー「PHBH」の仕組み
PHBHは、化学メーカーのカネカが独自に開発した生分解性ポリマーの略称で、正式にはポリヒドロキシアルカン酸(PHA)系の一種にあたる。ブランド名は「Green Planet(R)」で、石油を原料としない100%植物由来のポリマーという点が最大の特徴だ。
微生物発酵による生産プロセス
PHBHの製造は、石油化学製品を化学合成する一般的なプラスチックとは工程がまったく異なる。植物由来の油脂を栄養源として微生物を培養し、その微生物が体内にポリマーを蓄積する性質を利用して生産する、いわば発酵プロセスだ。培養後の微生物からポリマーを抽出・精製してペレット化し、既存のプラスチック成形設備でストローやカトラリー、フィルムなどに加工できる。
PHBHの詳細を見るカネカ生分解性バイオポリマー Green Planet(R)PHBHの特長・海洋生分解性・用途をまとめたカネカ公式ページ🔗 kaneka.co.jp2種類のモノマー比率が「硬さ・柔らかさ」を決める
PHBHは、化学的には「3-ヒドロキシ酪酸(3HB)」と「3-ヒドロキシヘキサン酸(3HHx)」という2種類のモノマーからなる共重合ポリエステルだ。3HHxの側鎖にあるプロピル基が結晶構造の形成を妨げるため、3HHxの共重合比率が高いほど結晶化度が下がり、素材は硬く脆い性質から柔軟な性質へと変化する。研究報告では、3HHx比率がおよそ10モル%を超えると明確に柔軟性を示すようになるとされている。同じPHA系ポリマーでも3HHxを含まない「PHB」は結晶性が高く硬くて脆いため、モノマー比率の設計によって用途に応じた物性のポリマーを作り分けられる点がPHBHの技術的な特徴だ。
既存プラスチックに近い成形性と幅広い用途
- 耐熱性・柔軟性など物性が既存の石油由来プラスチックに近く、既存の成形機での加工が可能
- 添加剤の配合やモノマー比率の調整により、硬さや耐衝撃性を用途に応じて設計できる
- ストロー・カトラリーのほか、レジ袋・食品容器包装材・フィルムなど幅広い用途に展開されている

海水中で分解する証拠:国際認証「OK Biodegradable MARINE」
「生分解性」を名乗る製品が本当に海水中で分解するかどうかは、企業の自己申告だけでなく第三者機関による認証で裏付けられていることが重要になる。「環境に優しい」という表示だけが独り歩きし、実態を伴わない、いわゆるグリーンウォッシュへの警戒が世界的に強まる中、独立した検査機関が定めた基準に沿って実測データを示せるかどうかは、企業の主張の信頼性を左右する重要な要素になっている。PHBHは2017年9月、ベルギーの認証機関ヴィンソット(VINCOTTE、現在はTUV Austriaグループの認証ブランドに統合)から、海水中での生分解性を認める「OK Biodegradable MARINE」認証を取得し、同年11月15日に公式発表した。
認証で求められる試験項目
| 試験項目 | 確認する内容 |
|---|---|
| 生分解性試験 | 海水中で高分子が実際に化学的に分解されるかどうか |
| 生態毒性試験 | 分解の過程や残留物が植物などの生育に悪影響を及ぼさないか |
| 重金属含有量試験 | 添加剤や顔料に由来する重金属が基準値を超えて含まれていないか |
「6ヶ月以内に90%以上」という数値の読み方
PHBHが取得した認証条件は、海水中(水温30℃)で6ヶ月以内に90%以上が生分解されるというものだ。ただしこれは規格化された試験環境での測定値であり、実際の海域では水温・塩分・微生物相によって分解速度が変わる点には注意が必要になる。それでも、常温付近の海水中で分解が進むことを第三者機関が確認した素材は、生分解性プラスチックの中でも数少ない存在だ。
海水中で生分解する認証「OK Biodegradable MARINE」を取得しており、海洋汚染低減に貢献します。
― カネカ公式サイト「Green Planet(R)」紹介ページより
試験の中身:密閉容器でCO2の発生量を測る
海洋生分解性を確認する代表的な試験手法(ASTM D7081をベースとする方式)では、海水を微生物源とした密閉容器の中にサンプルを入れ、水温30℃前後の一定条件下で、微生物が高分子を分解する過程で発生する二酸化炭素の量を継続的に測定する。分解が進むほど発生するCO2量が増えるため、その推移から生分解の進行度合いを定量的に評価できる。実際の海には存在しないほど高濃度の微生物を加えた促進試験ではなく、自然の海水に近い条件で計測する点が、この認証の信頼性を支えている。
「分解する」と「無害である」は別の試験で確認する
認証条件の一覧で紹介した生態毒性試験が重要なのはこの点だ。仮に高分子が化学的に分解されても、その過程で生じる中間生成物や添加剤が海洋生物にとって有害であれば、素材として「環境に優しい」とは言えない。OK Biodegradable MARINEでは、分解後の残留物を用いた植物成育試験によって毒性がないことも確認したうえで認証が発行される仕組みになっており、「分解すること」と「安全であること」を別々に検証している点は見落とされがちだが重要なポイントだ。
セブンカフェのストローが全国に広がるまで
PHBHは認証取得後、実際の店舗でどのように採用されてきたのか。代表例が、セブン‐イレブンの「セブンカフェ」で提供されるストローだ。全国2万店以上で毎日大量に消費される消耗品だからこそ、いきなり全店へ切り替えるのではなく、地域を絞った試験導入から段階的に広げる進め方が取られた。
高知県での試験導入(2019年8月)
2019年8月6日、セブン‐イレブン・ジャパンは高知県内の41店舗で、PHBH製ストローの試験導入を開始したと発表した。地域を限定した試験導入によって、供給体制やオペレーション上の課題を確認しながら展開する進め方が取られた。
このニュースリリースを見る「カネカ生分解性ポリマーPHBH(R)」製ストロー試験導入のお知らせ高知県内での試験導入を発表したセブン-イレブン・ジャパン公式リリース🔗 sej.co.jp全国への拡大と生産体制の増強
- 2019年8月6日:高知県内41店舗で試験導入を開始
- 2019年11月5日:北海道・北陸・関西・中部・四国・九州・沖縄の約1万店舗へ拡大
- 2019年12月:カネカが年産5,000トン規模のPHBH生産プラントを完成
- 2020年6月2日:新たに8mm径のPHBH製ストローを採用し、全国20,938店舗へ順次導入

ストロー以外への広がり:化粧品容器や海外市場への展開
PHBHの採用は飲食業界にとどまらない。資生堂は2020年8月、リップパレット製品の本体と蓋にPHBHを採用したと発表した。ストローのような使い捨て用途だけでなく、繰り返し使う化粧品容器の一部にも生分解性ポリマーが使われ始めている点は、PHBHの用途が徐々に多様化していることを示している。海外では欧州のプラスチック袋用途を中心に市場開拓が進められており、将来的には漁具・釣具や海洋資材といった、海に直接触れる製品への用途拡大も見込まれている。
深海でも分解することが科学的に実証された
生分解性プラスチックの分解性能について、近年もうひとつ重要な研究成果が発表されている。海に沈んだプラスチックごみは、実は深海のような低温・高圧環境にも到達しているためだ。JAMSTECが2019年に房総半島沖の深海平原を調査した際には、1平方キロメートルあたり平均およそ4,500個、多い場所では最大7,000個ものプラスチックごみが確認されており、深海が「見えないごみ捨て場」になりつつある実態が明らかになっている。
しんかい6500・江戸っ子1号による実海域実験
2024年1月26日、東京大学・海洋研究開発機構(JAMSTEC)・群馬大学・製品評価技術基盤機構(NITE)・産業技術総合研究所・日本バイオプラスチック協会は、ポリ乳酸を除くさまざまな生分解性プラスチックが深海でも分解されることを実証したと共同発表した。成果は2024年1月25日付けで国際科学誌「Nature Communications」オンライン版に掲載されている。
実験では、有人潜水調査船「しんかい6500」、無人探査機「ハイパードルフィン」「KM-ROV」、フリーフォール型深海探査機「江戸っ子1号」を用いて、日本近海5地点・水深757メートルから5,552メートルの深海底に生分解性プラスチックと汎用プラスチックのサンプルを設置し、回収して重量や形状の変化、表面に付着した微生物を分析した。
分解速度は水深とともに遅くなる
| 調査条件 | 陸上(岸壁)の分解速度との比較 |
|---|---|
| 水深約1,000m | 陸上の5分の1〜10分の1程度 |
| 水深約5,000m | 陸上の約20分の1程度 |
汎用プラスチックとの決定的な違い
同じ実験で比較対象とされた汎用プラスチック(ポリエチレンなど石油由来素材)には、深海に設置した期間中、重量や形状に目立った変化はほとんど確認されなかった。つまり同じ深海環境に置かれても、生分解性プラスチックは微生物によって着実に分解が進む一方、汎用プラスチックは実質的に分解されずに残り続けるという明確な違いが示されたことになる。
この研究でPHBHという素材名が個別に名指しされているわけではないが、「ポリ乳酸を除く生分解性プラスチック全般」が深海でも微生物により分解されることを実証した意義は大きい。同じ微生物発酵由来のバイオポリマーであるPHBHについても、深海のプラスチック汚染への影響を検証する研究の広がりが今後期待される分野だ。
本研究成果により、将来の海洋プラスチック汚染の抑制に貢献する優れた素材として、生分解性プラスチックの研究開発の進展が期待されます。
― JAMSTEC・東京大学等 共同プレスリリース(2024年1月26日発表)より

生産体制の拡大と今後の展望
年産5,000トンから2万トン体制へ
カネカは2019年12月、PHBHの年産能力5,000トン規模のプラントを兵庫県高砂市の高砂工業所に完成させ、量産体制を整えた。この生産能力の確保が、セブンカフェのような全国チェーンへの供給を可能にした背景にある。さらに2022年2月には、同じ高砂工業所内に約150億円を投資して生産能力を15,000トン/年追加し、既存設備と合わせて年産20,000トン規模へ拡大すると発表、2024年1月に稼働を開始した。
2030年に年産10万トンを目指す計画と原料の多様化
カネカはさらに、2030年までにPHBHの生産量を年間10万トン規模へ拡大する方針を示しており、国内だけでなく米国・ベルギー・マレーシアなど海外での増設候補地も検討している。原料面でも、2023年には廃棄された食用油からPHBHを生産できる微生物を実用化したと発表しており、植物油だけに頼らない原料調達の多様化も進めている。
課題として指摘されるのがコストだ。PHA系の生分解性プラスチックは、微生物発酵という製法上、石油由来のポリプロピレンやポリエチレンと比べておおむね2倍程度の価格になるとされる。増産によるスケールメリットや原料調達の多様化が、この価格差を縮められるかどうかが今後の普及速度を左右する。
普及に向けて残る課題
- 増産が進んでも、世界のプラスチック生産量(年間数億トン規模)と比べればPHBHのシェアはまだごく一部にとどまる
- 微生物発酵という製法上、石油由来プラスチックに比べて製造コストが高くなりやすい(目安として2倍程度)
- 10万トン規模への拡大には、さらなる設備投資と原料調達網の構築が課題になる
生分解性ストローは万能ではない、正しい付き合い方
分解には数ヶ月単位の時間がかかる
PHBHが海水中で分解するとはいえ、それは投棄した瞬間に消えることを意味しない。認証条件でも「6ヶ月以内に90%以上」という時間軸が示すとおり、分解には数ヶ月単位の時間がかかる。その間、海洋生物が誤って摂食したり、他のごみと同様に景観を損ねたりするリスクは残る。
覚えておきたいポイント
- 生分解性素材であっても、ポイ捨てをしてよい理由にはならない
- 分解が完了するまでの数ヶ月間は、通常のプラスチックごみと同様のリスクを持つ
- 生分解性表示があっても、海洋分解を保証する認証の有無を確認する視点を持つ
分解の仕組みが違えばマイクロプラスチック化のリスクも違う
石油由来プラスチックが紫外線や波の力で細かく砕けていく「断片化」であるのに対し、PHBHのような生分解性ポリマーは微生物が表面から少しずつ分子を分解していく「表面浸食型」の過程をたどる。理論上は、断片化のように細かい破片(マイクロプラスチック)を大量に残しながら劣化するのではなく、表面から徐々に小さくなりながら最終的に水と二酸化炭素まで分解される点が、環境影響の面で意味を持つとされる。
世界では使い捨てプラスチックそのものを規制する動きも
素材転換と並行して、そもそも使い捨てプラスチック製品の流通を制限する規制も世界で広がっている。EUは「使い捨てプラスチック指令(Directive (EU) 2019/904)」を2019年に制定し、2021年7月からストロー・カトラリー・発泡ポリスチレン製容器など特定の使い捨てプラスチック製品の上市を禁止した。日本でも2022年施行の資源循環促進法で使い捨て製品の削減が求められており、「分解しやすい素材へ置き換える」ことと「そもそも使う量を減らす」ことの両輪で対策が進められている。
使い捨てそのものを減らす選択肢と組み合わせる
PHBHのような素材は、使い捨て容器・ストローを完全になくせない場面で流出リスクを下げる選択肢のひとつであって、使い捨て自体を推奨するものではない。マイボトルやリユース容器の活用など、そもそもごみを出さない工夫と組み合わせてこそ効果を発揮する。

まとめ:私たちにできること
PHBHの事例は、紙ストローへの切り替えとは異なるアプローチで海洋プラスチック問題に取り組む一例だ。素材そのものが海水中で分解する設計にすることで、万一の流出時のリスクを下げようとしている。一方で、通常のプラスチックごみがなぜ分解されずに残り続けるのかを知ることは、生分解性素材の価値をより正確に理解する助けになる。
- 「生分解性」の表示だけでなく、海洋分解を裏付ける認証の有無を確認してみる
- 生分解性素材の製品でも、ポイ捨てをせず正しく廃棄・回収する
- 使い捨て自体を減らす工夫(マイボトル・リユース容器など)と組み合わせて選ぶ
この記事のまとめ
- 生分解性プラスチックの多くを占めるPLAは、工業用コンポストでしか分解が進まず、海水中ではほぼ分解しない
- カネカのPHBHは、微生物発酵による100%植物由来のポリマーで、国際認証により海水中(30℃)で6ヶ月以内に90%以上の生分解が確認されている
- セブンカフェのストローや資生堂の化粧品容器など、実用化の事例が着実に広がっている
- JAMSTECなどの共同研究により、生分解性プラスチック全般が深海でも分解することが科学的に実証された
- 生分解性素材は流出時のリスクを下げる選択肢の一つであり、ポイ捨てを正当化するものではない
参考文献・出典
- カネカ生分解性バイオポリマー Green Planet(R) – PHBHの特長・用途を紹介するカネカ公式ページ
- カネカ生分解性プラスチックの海洋分解の認証取得について – OK Biodegradable MARINE認証取得を発表したカネカ公式リリース(2017年)
- カネカ生分解性ポリマーPHBH(R) 年産5,000トンのプラント完成 – カネカ公式ニュースリリース(2019年)
- 「カネカ生分解性ポリマーPHBH(R)」製ストロー試験導入のお知らせ – セブン‐イレブン・ジャパン公式ニュースリリース(2019年)
- 日本の海洋プラスチックごみ流出量の推計(令和6年度検討結果) – 環境省 海洋環境課 海洋プラスチック汚染対策室
- 生分解性プラスチックは深海でも分解されることを実証 – JAMSTEC・東京大学等の共同プレスリリース(2024年1月)
- 生分解性プラスチックは深海でも分解されることを実証 – 産業技術総合研究所(産総研)プレスリリース(2024年1月)
- OK biodegradable certification – TUV Austriaによる生分解性認証制度の解説ページ
※ 信頼性の高い順に配列:政府機関・学術機関 > 査読済み論文 > 専門機関 > 信頼できるメディア