319漁港
被災した漁港のすべてが2018年3月までに水揚げ機能を回復
344件
登録されている震災伝承施設の数(2024年8月時点)
1,000km超
みちのく潮風トレイルの全長(八戸〜相馬)

被災地を旅行することは、不謹慎なのだろうか――東日本大震災から15年が過ぎた今も、この問いを抱えたまま三陸や福島浜通りへの旅をためらう人は少なくありません。しかし現地では、訪れてもらうことそのものを復興の手段として設計し直す動きが、10年以上かけて積み上がってきました。震災遺構を保存し、被災した人が自ら語り、漁師が船に観光客を乗せ、ダイバーが海底のがれきを片づけながら藻場を育てる。その総体が「復興観光(復興ツーリズム)」です。

とくに三陸から福島にかけての被災地は、失ったものも取り戻しつつあるものも、その多くがに結びついています。津波は319の漁港と2万8千隻を超える漁船を壊しましたが、同じ海がワカメやカキ、サケを育て、リアス海岸の景観をつくり、ダイバーやトレイルの歩き手を呼び戻す資源にもなっています。海を消費する観光ではなく、海を学び、海を手入れしながら関わる観光へ。復興観光はその実験場でもあります。

この記事では、震災遺構と語り部ツアー、みちのく潮風トレイルと三陸復興国立公園、漁業体験・渚泊・海業、ダイビングによる海の再生、福島のホープツーリズムまでを、環境省・水産庁・国土交通省・福島県などの公表資料の数字にもとづいて整理します。あわせて、語り部の高齢化や来訪者の減少といった、きれいごとでは済まない課題にも触れます。

この記事で学べること

  • 「復興観光(復興ツーリズム)」が何を指し、どんな資源で成り立っているか
  • 震災遺構と語り部ツアーが持つ役割と、訪れるときのマナー
  • みちのく潮風トレイル・三陸復興国立公園が復興のためにつくられた経緯
  • 漁業体験・渚泊・海業(うみぎょう)という、海で稼ぐ観光の仕組み
  • ダイビングによる藻場再生と、志津川湾がラムサール条約湿地になった意味
  • 語り部の高齢化・来訪者の減少という課題と、これからの旅のはじめ方

復興観光とは何か――「訪れること」が支援になる仕組み

復興観光(復興ツーリズム)とは、災害から立ち直ろうとする地域を訪れ、被害と教訓を学びながら、地域の飲食・宿泊・体験にお金を落とす旅行のかたちを指します。行政の文書では「震災学習」「防災教育旅行」「交流人口の拡大」といった言葉と重なりながら使われ、観光庁も東日本大震災からの観光復興を持続可能な観光地域づくりの一分野として位置づけています。

「観光」と「学び」が分かちがたい旅

一般的な観光が景観や食を目的にするのに対し、復興観光では被災の現場を見て、当事者の話を聞き、自分の暮らしに引きつけて考える時間が旅程の中心に置かれます。半日の遺構見学と語り部の講話に、地元の魚を使った昼食と物産購入が組み合わされる、という構成が典型です。学びと消費が同居していることが批判されることもありますが、地域から見れば、学びだけでは経済が回らず、消費だけでは記憶が残りません。

ダークツーリズムとの違いと重なり

災害・戦争・事故の現場を訪ねる旅は「ダークツーリズム」と呼ばれます。復興観光はこれと重なる部分を持ちますが、力点が異なります。ダークツーリズムが悲劇の記憶の継承に軸足を置くのに対し、復興観光はその先にある地域の再生・生業の再開・将来の防災まで視野に入れます。三陸の多くのプログラムが、遺構見学のあとに再建された市場や養殖場の見学を組み込むのは、そのためです。

阪神・淡路から東日本大震災へ――受け継がれた発想

被災地を訪れる旅そのものは、東日本大震災で初めて生まれたものではありません。1995年の阪神・淡路大震災でも、被災した街を歩いて防災を学ぶ「まち歩き」型の取り組みが生まれ、2004年の新潟県中越地震では、山間集落の再生と都市住民の交流を組み合わせる手法が試みられました。海外でも、2004年のスマトラ島沖地震・インド洋大津波の被災地に津波博物館や記念施設が建てられ、防災教育と観光が結びついています。

東日本大震災の被災地が特徴的なのは、被災範囲が500km以上の長い海岸線に及んだことです。一つの街を歩いて完結するのではなく、県境をまたいで沿岸を移動しながら、津波の高さも、集落の選んだ再建の形も、それぞれ違うことを見比べられます。かさ上げして街ごと高台へ移した町、防潮堤を高くして元の場所に戻った町、住民が戻らずに更地のまま残る区域――この多様さが、そのまま学びの素材になっています。

海の被災地がもつ三つの資源

海に面した被災地の復興観光は、大きく三つの資源に支えられています。第一に記憶の資源(震災遺構・伝承館・語り部)、第二に自然の資源(リアス海岸の景観、国立公園、ロングトレイル、豊かな藻場)、第三になりわいの資源(漁業体験、市場、水産加工、飲食)です。この三つが徒歩や短い車移動でつながることが、三陸沿岸の強みになっています。

この記事で使う言葉の整理

  • 復興観光/復興ツーリズム:被災地を訪れ、学びと消費を通じて地域の再生に関わる旅
  • 交流人口:観光や出張などでその地域を訪れる人の数。定住人口と対になる概念
  • 関係人口:移住はしないが、継続的に地域と関わり続ける人。リピーターや支援者を含む
  • 海業(うみぎょう):漁港・漁村の資源を活かした水産物直売、遊漁、漁業体験などの事業

海が奪われた日――数字で見る被害と、その後の復旧

復興観光を理解するには、まず何がどれだけ壊れ、どこまで戻ったのかを押さえる必要があります。2011年3月11日の東日本大震災では、地震と津波が東北から関東の太平洋沿岸を襲い、水産業に極めて広範囲の被害をもたらしました。

319漁港、28,612隻

水産庁の集計によれば、被災した漁港は319漁港にのぼり、そのうち岩手県108港・宮城県142港の2県で全体の約78%を占めました。漁船の被害は全国で28,612隻、被害額は約1,822億円と算定されています。港湾施設だけでなく、市場・製氷施設・冷凍冷蔵庫・加工場といった、水揚げから出荷までを支える一連の設備が同時に失われたことが、復旧を長引かせました。

項目被害・復旧の状況
被災した漁港319漁港(岩手108・宮城142で約78%)
被災した漁船28,612隻/被害額 約1,822億円
漁船の復旧2018年3月までに18,651隻が復旧
漁港の機能回復2018年3月30日までに319漁港すべてで水揚げ機能が回復(一部再開を含む)
表1:東日本大震災による水産関係の被害と復旧の状況(水産庁公表資料より整理)

「機能回復」と「なりわい回復」のあいだにある距離

岸壁が直り、船が戻り、水揚げができるようになったことは大きな前進ですが、それは元どおりを意味しません。人口流出と高齢化で漁業の担い手は減り、加工場は人手不足に直面し、海水温の上昇で獲れる魚種そのものが変わりつつあります。施設の復旧率が100%に近づいた一方で、水揚量や加工業の売上が震災前水準に戻り切らない地域は残っています。復興観光は、この「戻り切らない部分」を別の収入で補う手段としても期待されてきました。

漁業そのものの復興過程については 東日本大震災からの漁業復興13年 で詳しく整理しています。あわせて読むと、観光が果たしている役割の位置づけがつかみやすくなります。

海を活かした復興観光とはの要点となる3つの数字をまとめた図版
図1:数字で見る:本文で扱う3つの指標

防潮堤とかさ上げが変えた「海の見え方」

復旧の過程で沿岸の風景そのものも大きく変わりました。多くの地区で高さ10メートル前後の防潮堤が築かれ、市街地は数メートルかさ上げされました。命を守るための工事である一方で、浜から海が見えなくなったという声は各地で上がっています。「海の音は聞こえるが姿は見えない」という状態は、漁師が波の様子を目視で判断してきた文化にも、海と暮らす感覚にも影響します。

そのため近年は、防潮堤に展望デッキや階段状の親水スペースを設ける、遊歩道を堤防上に通す、といった工夫が各地で採られています。防災と景観・親水性の折り合いをどうつけたのか――これも、現地を歩くことでしか分からない復興のテーマの一つです。訪れた際は、堤防の高さと、その向こうにある海面の位置関係を自分の目で確かめてみてください。

覚えておきたい前提

「復旧」は壊れた施設を元に戻すこと、「復興」は地域の暮らしと経済を再び成り立たせること。復興観光が向き合っているのは後者であり、施設の数字だけでは測れません。

震災遺構は何を伝えるのか――344件の伝承施設と3.11伝承ロード

津波の高さや到達範囲は、数字で聞いてもなかなか実感できません。被災した建物をそのまま残した震災遺構は、その距離を一気に縮める装置です。4階まで浸水した鉄骨の骨組みや、校舎の2階天井に残る漂着物の跡を目の前にすると、「ここまで来た」という事実が身体感覚として入ってきます。

震災伝承施設という登録制度

国土交通省東北地方整備局などが参加する震災伝承ネットワーク協議会は、震災の教訓を伝える遺構・伝承館・慰霊碑などを「震災伝承施設」として登録し、共通のロゴと案内標識でネットワーク化する「3.11伝承ロード」を進めてきました。2024年8月の第13回協議会での追加登録により、登録施設は総数344件に達しています。青森から福島まで、点在する施設を線でつなぎ、周遊しやすくする狙いがあります。

代表的な海辺の遺構

施設所在地特徴・公開時期
津波遺構 たろう観光ホテル岩手県宮古市6階から撮影された津波映像を館内で上映。2016年4月1日から公開
東日本大震災津波伝承館(いわてTSUNAMIメモリアル)岩手県陸前高田市2019年9月22日開館。高田松原津波復興祈念公園内にあり、展示面積は約1,155平方メートル
気仙沼市 東日本大震災遺構・伝承館宮城県気仙沼市旧・宮城県気仙沼向洋高校の校舎を保存。2019年3月10日開館
石巻市震災遺構 大川小学校宮城県石巻市2021年7月18日一般公開。校舎は被災時の姿のまま保存され、大川震災伝承館を併設
表2:海沿いに立つ代表的な震災遺構・伝承施設(公開時期は各施設・自治体の公表情報による)

「残す」までにあった葛藤

遺構の保存は、はじめから合意されていたわけではありません。見るたびに家族を失った日を思い出すという遺族の思いと、後世に伝えるべきだという意見が真っ向から対立し、解体か保存かを何年もかけて議論した自治体が少なくありませんでした。大川小学校のように、住民アンケートや長い協議を経てようやく保存が決まった事例もあります。訪れる側は、その建物が今そこにあること自体が、地域の合意形成の結果であることを知っておきたいところです。

震災遺構を訪れるときのマナー

  • 慰霊の場でもある。記念撮影のポーズや大きな声での会話は控える
  • 献花台・慰霊碑の前では立ち止まって黙礼する人が多い。動線をふさがない
  • 住民に「あの日どうでしたか」といきなり尋ねない。語りたい人は語り部として話す場を持っている
  • SNSに投稿する際は、被災した個人の家や車が特定できる写真を避ける
  • 見学料・ガイド料はそのまま保存と運営の費用になる。無料枠だけを使い切らない
保存された被災建物を見学者がガイドとともに見上げている様子
図2:遺構の前では、津波の高さが「話」ではなく「距離」として立ち上がる

語り部ツアー――人が語ることでしか残らないもの

遺構が「どこまで水が来たか」を示すとすれば、語り部は「そのとき人は何を考え、どう動いたか」を伝えます。復興観光の中心にあるのは、この語り部ツアーです。被災を経験した住民が、避難の判断、助かった理由、助けられなかった悔い、その後の暮らしを、自分の言葉で語ります。

情報ではなく判断を渡す

語り部の話が防災教育として強いのは、正解を教えないからです。「高台へ逃げましょう」という結論だけなら誰でも言えますが、実際の現場では、家族を迎えに戻るか、車で逃げるか、いったん自宅の2階に上がるかといった判断が、数分のうちに迫られました。語り部はその迷いのプロセスごと差し出します。聞いた側は「自分ならどうするか」を持ち帰ることになり、これが単なる見学との決定的な違いになります。

数字で見る語り部プログラムの広がり

被災地の伝承団体をつなぐ3.11メモリアルネットワークは、2011年9月から2023年3月までのプログラム実施実績として、現地参加55,453人、オンライン参加33,324人を公表しています。オンラインの比率の高さは、コロナ禍で現地に来られない学校向けに配信型の語り部プログラムが整備された結果でもあり、いまも遠方の学校が事前学習に使う手段として残っています。

教育旅行という受け皿

語り部ツアーを支えているのは、修学旅行や校外学習といった教育旅行の需要です。学習指導要領で防災教育の位置づけが強まったこと、被災地が首都圏から日帰り〜1泊で届く距離にあることが追い風になりました。近年は企業の管理職研修やリーダーシップ研修として被災地を訪れるプログラムも増え、団体客の裾野が広がっています。

語り部ツアーの申し込み方(一般的な流れ)

  • 各市町村の観光協会・伝承施設・NPOの窓口に、希望日と人数、所要時間を伝えて申し込む
  • 所要は1時間コースと2時間コースが一般的。バス車中での案内を含む形式もある
  • 個人1〜2人でも受け付ける団体はあるが、少人数だと最低料金が設定される場合が多い
  • 繁忙期(3月・修学旅行シーズン)は数か月前から埋まる。早めの相談が確実

歩いて海を感じる――みちのく潮風トレイルと三陸復興国立公園

復興観光は、遺構と語り部だけで成り立っているわけではありません。国は震災後、被災した海岸線そのものを歩いて楽しむ資源として再定義する政策を進めました。その象徴が、みちのく潮風トレイルと三陸復興国立公園です。

1,000kmを超えるナショナルトレイル

みちのく潮風トレイルは、環境省が東日本大震災からの復興に資するために設定した長距離自然歩道で、青森県八戸市の蕪島から福島県相馬市の松川浦までをつなぎます。総距離は1,000kmを超え、2019年6月9日に全線が開通しました。既存の遊歩道・生活道路・砂浜・漁村の路地を組み合わせているため、断崖の絶景区間もあれば、漁港の脇を抜けて集落の中を通る区間もあります。

全線を通しで歩く人は一部で、多くは1日〜数日分の区間を選んで歩きます。歩く速度で沿岸を移動すると、防潮堤の高さ、かさ上げされた土地、いま海に浮かぶ養殖いかだが順に目に入り、被災と再生が地続きであることが体感できます。運営は環境省を中心に、関係自治体・民間団体・地域住民の協働で行われています。

三陸復興国立公園という枠組み

2013年5月24日、既存の陸中海岸国立公園に青森県八戸市から階上町にかけての海岸と階上岳を編入する形で、三陸復興国立公園が指定されました。「三陸復興国立公園の創設を核としたグリーン復興のビジョン」に基づく措置で、自然公園の指定を復興政策の柱に据えた、日本では珍しい事例です。国立公園という看板は、景観の保全だけでなく、来訪者を呼び込むブランドとしても機能してきました。

リアス海岸という地形そのものが展示物

三陸沿岸のリアス海岸は、山地が沈み込んで谷が海に沈んだ地形で、深く入り込んだ入り江が連続します。この地形は波の力を湾奥に集中させるため、津波の高さを増幅させるという弱点を持つ一方、波が穏やかで水深があるため養殖に非常に適しているという強みも持ちます。危険と恵みが同じ地形から生まれている――この両義性は、地図で見るよりも、湾を一つずつ越えて歩いたほうが腹に落ちます。

また、宮古市より北の海岸は隆起によってできた海食崖と海岸段丘が続き、南のリアス海岸とはまったく違う景観になります。国立公園として一体で指定されているエリアの中に、成り立ちの異なる二つの海岸線が同居していることも、三陸復興国立公園の面白さです。

歩く旅が地域に残すもの

ロングトレイルの経済効果は、1人あたりの単価では大きくありません。しかし歩き手は沿線に何泊も分散して泊まり、地元の商店で食料を買い、公共交通を使います。大型バスの通過型観光と違い、消費が小さな集落にも落ちるのが特徴です。トレイル沿いには民宿やゲストハウス、歩き手を受け入れる「トレイルフレンドリー」な宿の輪も広がっています。

海沿いの断崖の上を歩くトレイルと歩行者を描いた風景
図3:みちのく潮風トレイルは八戸から相馬まで1,000km超をつなぐ

はじめて歩くなら

  • 全線ではなく、公共交通でアクセスできる1日区間(10〜20km)から始める
  • 環境省・運営団体が公開しているルートマップとGPSデータを必ず事前に入手する
  • 沿岸は風が強く、海霧で気温が急に下がる。夏でも防風・防寒具を持つ
  • 集落内では生活道路を歩く区間がある。庭先や洗濯物を撮影しない
  • 水と食料の補給点が数十km空く区間がある。前日に補給計画を立てる

海で遊び、海で働く――漁業体験・海業・渚泊

遺構を見て、道を歩くだけでは、旅は半日で終わってしまいます。滞在を1泊2泊に伸ばし、地域にお金が落ちる時間を長くする役割を担っているのが、漁業体験とそれを支える制度です。

海業(うみぎょう)という政策の言葉

水産庁は近年、漁港や漁村の地域資源の価値を活用する事業を「海業(うみぎょう)」と名づけて推進しています。漁港での水産物の販売や料理の提供、遊漁、漁業体験などが具体例です。背景には、漁業就業者の減少で使われなくなった漁港施設が増え、その空間を地域の稼ぎに転換する必要が出てきたという事情があります。

水産庁は5年間でおおむね500件の漁港で新たな海業などの取組を実施することを目標に掲げ、重点的に支援する「海業の推進に取り組む地区」として、2024年3月公表の54地区と2025年2月決定の32地区を合わせた86地区を決定しています。被災地の漁港も、この枠組みを使って直売所や体験施設を整備する例が出てきました。

渚泊(なぎさはく)――漁村に泊まる

農林水産省は農山漁村に滞在する旅行を「農泊」として推進しており、そのうち漁村地域のものを「渚泊」と呼んでいます。漁家民宿や古民家を活用した宿に泊まり、翌朝そのまま漁に同行する、という組み立てが可能になります。農泊全体では、農泊地域の年間延べ宿泊者数が令和5年度時点で794万人泊まで増加し、令和7年度までに700万人泊とする目標を上回る水準で推移しています。

実際に体験できること

体験の種類内容適した季節の目安
ワカメ・コンブの収穫体験船上で刈り取り、湯通し・塩蔵までの一連を体験冬〜春(3〜5月)
カキ・ホタテの養殖作業体験いかだの上での耳吊り、洗浄、殻むきの実習通年(種苗作業は季節限定)
定置網漁の乗船体験早朝出港し網起こしを見学。水揚げした魚をその場で調理春〜秋
浜の食体験漁家の台所で郷土料理を一緒に作って食べる通年
磯観察・磯遊び潮だまりの生きもの観察。子ども向けプログラムが多い初夏〜夏
表3:漁村で提供されている代表的な体験メニュー(内容と時期は地域・年により異なる)

こうした体験は、漁業者にとっては不漁の年でも入る現金収入であり、消費者にとっては値札の向こう側にある手間を知る機会になります。三陸のカキ養殖がどのように再建されたかは カキ養殖の復興 でも取り上げていますが、いかだの本数をあえて減らして質を上げた判断の意味は、現場に立つと理解が早まります。

受け入れる側の負担も見ておく

体験プログラムは、漁業者にとって無条件に得なわけではありません。漁の時間を割いて説明し、安全を確保し、道具を貸し、後片付けをするという手間が発生します。海の上の事故は重大化しやすく、保険の加入や乗船人数の制限、ライフジャケットの常備といった安全管理も欠かせません。受け入れ体制の整備に補助制度が使われているのは、この負担を個々の漁家に丸投げしないためです。

参加する側にできることは単純です。集合時間を守り、指示に従い、体験を「サービス」ではなく「仕事場へのお邪魔」として扱うこと。海況によって当日中止になることもありますが、それは安全のための判断であり、代替プログラムが用意されていれば素直に切り替えるのが良い参加者です。

海業とは、海や漁村の地域資源の価値や魅力を活用する事業であり、漁港での水産物の販売や料理の提供、遊漁、漁業体験等の事例がある。

― 水産庁「海業の推進に向けた政策について」

潜って支える――ダイビングと海の再生

被災地の海の観光には、陸からは見えないもう一つの層があります。ダイバーによる海中の作業と、そこから生まれた観光です。

がれきを片づけ、藻場を戻したダイバーたち

津波は陸のものを大量に海へ運び込みました。海底に沈んだ車両・漁具・建材は、養殖を再開しようにも邪魔になり、海藻が根を張る岩盤を覆ってしまいます。震災直後から被災地に入ったダイバーたちは、ボランティアで海底のがれき撤去に取り組みました。

気仙沼を拠点とするNPO法人三陸ボランティアダイバーズは、漁協の要請に基づいて大型がれきの撤去、漁具の回収、沈没船の引き揚げ前のマーキング、養殖施設の設置前調査、生態調査などを行ってきました。サケの遡上のために河川のがれきを撤去する活動も続けており、環境省のグッドライフアワードでも取り上げられています。全国から集まるボランティアには、ダイバーだけでなく陸上作業を担う非ダイバーや子どもも加わっています。

志津川湾がラムサール条約湿地になった意味

海の価値が再評価された象徴が、宮城県南三陸町の志津川湾です。2018年10月18日、日本で52か所目のラムサール条約湿地に登録されました。登録理由の中心は海藻・海草の藻場で、コンブ場・アラメ場・ガラモ場・アマモ場という4種類の「海底の森と草原」がそろい、220種を超える海藻・海草が確認されています。寒流と暖流がぶつかる場所ならではの多様性です。

藻場は魚の産卵場・稚魚の育つ場であり、二酸化炭素を海底に貯めるブルーカーボン生態系でもあります。復興のなかで「守る海」を明示したことは、養殖のブランド価値にも観光の説得力にもつながりました。藻場の再生手法そのものについては 魚のゆりかご・藻場の再生 で詳しく扱っています。

ダイビング観光としての可能性と限界

三陸の海は、透明度が高い時期には海藻の森やダイナミックな地形を楽しめる一方、夏でも水温が低く、うねりや潮の影響を受けやすいという条件があります。誰もが気軽に潜れる場所ではなく、ドライスーツや相応の経験を求められることが多いのが実情です。したがって現状のダイビングは、マスツーリズムというより、海への関心が強い層と地域を結ぶ濃い接点として機能していると見るのが妥当です。

海中で行われてきた主な作業

  • 海底に沈んだ大型がれき・漁具の撤去と、養殖施設設置予定地の事前調査
  • 沈没した船舶の引き揚げに先立つ位置マーキング
  • 藻場の被害状況の記録と、再生状況のモニタリング
  • サケの遡上経路を確保するための河川内のがれき撤去
  • 海中の生態調査データの蓄積(漁協・研究機関との共有)

福島のホープツーリズム――風評と向き合う旅

同じ被災地でも、福島県浜通りの復興観光は性格が異なります。津波被害に加えて原子力災害があり、避難指示、帰還、風評という重層的な課題を抱えてきたためです。福島県はこれを正面から扱う旅のプログラムを「ホープツーリズム」として組み立ててきました。

2024年度は19,071人で過去最多

福島県の集計によると、2024年度のホープツーリズム参加者は19,071人で、前年度を2,595人上回り過去最多となりました。内訳は教育旅行が12,828人、企業研修などを含む一般団体が6,243人。参加団体数も438件(前年度比42件増)で最多を更新しています。参加者の7割以上が首都圏を中心とする県外からで、台湾など海外からも4件70人が訪れました。

「答えのない問い」を持ち帰らせる設計

ホープツーリズムの特徴は、現地で見聞きしたことを参加者自身が問いに変換する時間を旅程に組み込んでいる点にあります。廃炉の現場に近い地域を訪ね、避難を経験した住民、戻って事業を始めた人、まだ戻らない人など立場の異なる複数の当事者の話を聞き、最後に「自分たちは何をするか」を議論します。結論を一つに揃えないことが、そのまま教育プログラムとしての価値になっています。

水産物の風評と、対話の観光

福島の海産物をめぐっては、放射性物質の検査体制や処理水の海洋放出に関する議論が続いてきました。検査の実態やデータの読み方は 福島の水産物モニタリングと本格操業への道 に整理していますが、数字を並べるだけでは不安は消えません。現地で漁師と話し、水揚げされた魚を市場で見て、その場で食べるという体験は、統計とは別のチャンネルで理解を作ります。復興観光が「風評対策」としても位置づけられてきた理由がここにあります。

区分2024年度の実績
参加者総数19,071人(前年度比 +2,595人、過去最多)
うち教育旅行12,828人
うち一般団体(企業研修等)6,243人
参加団体数438件(前年度比 +42件、過去最多)
県外からの参加全体の7割以上(首都圏中心)
海外からの参加4件70人(台湾など)
表4:福島県ホープツーリズムの2024年度実績(福島県公表資料の報道による)
この記事のポイントを箇条書きでまとめた図版
図4:この記事のポイント。詳しくは各章で解説している

続けるための課題と、これからの旅のはじめ方

復興観光は軌道に乗ったように見えて、いくつもの持続性の課題を抱えています。訪れる側がそれを知っておくことは、単なる予備知識ではなく、旅の質を左右します。

来訪者は右肩上がりではない

震災から14年目を迎えた時点で、主要な伝承施設の来館者数はコロナ禍からの反動で一時増加したものの、その後は前年を下回る施設が出ており、多くの団体が活動を続けられるかどうかに不安を示している状況が報じられています。記憶は時間とともに薄れ、報道量も減ります。「10年」「15年」といった節目の年に増え、翌年に落ちる波も繰り返されてきました。

語り部の高齢化と世代交代

最も深刻なのは語る人の問題です。震災当時に働き盛りだった語り部は、15年を経て高齢期に入りつつあります。当時子どもだった世代が語り部として立ち始めていますが、体験の解像度は世代で異なり、「自分は本当に語る資格があるのか」と悩む若い担い手も少なくありません。伝承施設の映像アーカイブ整備や、オンライン配信で語りを残す取り組みは、この空白に備える動きでもあります。

インバウンドという新しい流れ

一方で、東北全体には追い風も吹いています。国土交通省東北運輸局の発表によれば、東北6県の2025年の外国人延べ宿泊者数は277万2,360人泊となり、2024年を21.8%上回って2年連続で過去最多を更新しました。市場別では台湾が最も多く、中国、香港が続いています。国際定期便の就航が追い風になったとされ、震災遺構を訪れる海外からの旅行者も増えつつあります。多言語のガイドと解説パネルの整備が、次の課題になっています。

課題現場で起きていること取り組まれている対応
来訪者の逓減節目の年の後に来館者が落ち込む教育旅行・企業研修など安定需要の開拓
語り部の高齢化当事者世代が引退期に入る若手語り部の育成、映像・音声アーカイブ化
財源の不安定さ復興関連の補助金は縮小方向入館料・体験料・寄付など自主財源の比率を上げる
外国人受け入れ解説が日本語中心で伝わりにくい多言語パネル、通訳ガイド、音声ガイドの整備
観光と生活の摩擦住宅地への立ち入り、撮影トラブル見学ルートの明示、マナー啓発、ガイド同行の推奨
表5:復興観光が抱える主な課題と対応の方向性

「復興」という看板をいつ下ろすのか

もう一つの、答えの出ていない問いがあります。いつまで「復興」を旅の看板に掲げ続けるのか、という問題です。震災から時間が経つほど、「被災地」というラベルは地域のイメージを固定し、若い世代が自分の町を語る言葉を狭めてしまう側面もあります。実際、沿岸の観光関係者からは、震災の話だけでなく海の幸のおいしさや地形の美しさで選ばれる場所になりたいという声が繰り返し聞かれます。

一方で、遺構と語り部を手放せば、教訓は急速に薄れます。この二つは対立しているようで、実は両立しうるものです。防災を学ぶ半日と、ただ海と食を楽しむ半日を同じ旅程に入れる。そんな当たり前の組み立てが、結果的に地域を長く支えることになります。海は危険をもたらす存在であると同時に、日々の暮らしを豊かにする存在でもある――その両方を伝えるのが、これからの復興観光の役割でしょう。

旅のはじめ方――半日ではなく1泊で

もし初めて訪れるなら、遺構を1か所だけ見て帰る半日行程ではなく、1泊して語り部の話と体験プログラムを両方入れることをおすすめします。理由は単純で、話を聞いた後に地元の魚を食べ、翌朝に海を見ると、聞いた内容の意味が変わるからです。宿泊すれば地域に落ちるお金も数倍になります。

1泊2日の復興観光モデルコースを示した図解
図5:遺構・語り部・体験・食を組み合わせた1泊2日の基本形

この記事のまとめ

  • 復興観光は、記憶(遺構・語り部)・自然(国立公園・トレイル・藻場)・なりわい(漁業体験・食)の3つの資源で成り立つ
  • 被災した319漁港はすべて水揚げ機能を回復したが、担い手不足と魚種の変化で「なりわいの復興」は途上
  • 震災伝承施設は344件が登録され、3.11伝承ロードとしてネットワーク化されている
  • みちのく潮風トレイル(1,000km超)と三陸復興国立公園は、復興政策として整備された自然資源
  • 海業・渚泊は漁村に現金収入と滞在需要をもたらし、ダイバーは海底のがれき撤去と藻場再生を担ってきた
  • 福島のホープツーリズムは2024年度に19,071人と過去最多。対話を通じて風評と向き合う設計
  • 語り部の高齢化と来訪者の逓減が最大の課題。1泊して複数の体験を組み合わせる旅が地域を支える

参考文献・出典

  1. 水産庁 – 水産業における復旧・復興の状況(水産白書)
  2. 環境省 – みちのく潮風トレイル(三陸復興国立公園)
  3. 国土交通省 東北地方整備局 – 震災伝承施設・3.11伝承ロード
  4. 観光庁 – 東日本大震災からの観光復興
  5. 水産庁 – 海業の推進に向けた政策について(令和7年2月)
  6. 水産庁 – 渚泊(なぎさはく)の推進
  7. 農林水産省 – 農泊をめぐる状況について(令和7年1月10日時点)
  8. 南三陸町 – ラムサール条約と南三陸の海(志津川湾)
  9. 岩手県 – 東日本大震災津波伝承館 いわてTSUNAMIメモリアル
  10. 国土交通省 東北運輸局 – 2025年の東北の外国人延べ宿泊者数は過去最多の277万人泊
  11. 福島県ホープツーリズム – 公式サイト(プログラム・実績)
  12. 三陸ボランティアダイバーズ – 海底がれき撤去・藻場再生の活動

※ 信頼性の高い順に配列:政府機関・学術機関 > 査読済み論文 > 専門機関 > 信頼できるメディア