⚡ この記事の要点

日本には32種のセミが暮らし、鳴き声と鳴く時期・時間帯は種ごとに決まっている。気象庁70年の観測と国立環境研究所の市民調査が示す「初鳴きの早まり」、関東に広がるクマゼミ、雨で孵る卵の仕組みまで、セミの声を季節の指標として読み解く。

32種
日本に分布するセミの種数(環境省「いきものみっけ」調査資料)
9割超
大阪市内のセミの抜け殻に占めるクマゼミの割合(万博記念公園では8割がアブラゼミ)
504名
国立環境研究所の生物季節モニタリングに参加する市民調査員(2024年1月時点・47都道府県)

夏の朝、窓を開けたときに最初に耳へ届く音は、多くの日本人にとってセミの声だろう。ジリジリと油を焦がすようなアブラゼミ、ワシワシと合唱するクマゼミ、夕暮れに澄んだ声で鳴くヒグラシ。その一つひとつは種ごとに鳴く時期も時間帯も決まっていて、耳を澄ませば「いま季節のどのあたりにいるのか」を教えてくれる、いわば音のカレンダーである。

この音のカレンダーが、少しずつずれ始めている。気象庁が1953年から続けてきた「アブラゼミの初鳴き」の観測は2021年に廃止されたが、その記録を引き継いだ国立環境研究所の市民参加型調査と解析からは、前の年の夏から冬が暖かいほど翌年の初鳴きが早まるという関係が浮かび上がった。また、かつて神奈川県が北限とされたクマゼミは、いまや東京や茨城の街路樹で普通に鳴いている。

この記事では、日本に暮らす32種のセミの顔ぶれと地域ごとの分布、気象庁と国立環境研究所の観測が示す初鳴きの変化、クマゼミの北上の背景にある温暖化と都市化、雨で孵る卵という驚きの仕組み、そしてセミが森と土と水をつなぐ役割まで、一次情報をもとに整理する。最後に、自分の庭や公園でできる観察と記録の方法も紹介する。

この記事で学べること

  • 日本には32種のセミがいて、身近な林ではアブラゼミなど上位6種が抜け殻の96%を占めること
  • 鳴く時期と時間帯は種ごとに決まっており、声を聞き分ければ季節と時刻の目安になること
  • 気象庁の生物季節観測は1953年に始まり、2021年にアブラゼミ初鳴きなど動物の項目が廃止されたこと
  • 国立環境研究所の解析で、前年の盛夏から初冬の気温が高いとアブラゼミの初鳴きが早まると示されたこと
  • クマゼミの北限は三浦半島から宇都宮・金沢へ広がり、原因は温暖化だけでなく都市化や植栽の移動も関わること
  • クマゼミの卵は雨の日の高湿度で孵化し、暖冬で早まる胚発生と梅雨のタイミングが命運を分けること

セミの声は「音で読む季節のカレンダー」――日本に暮らす32種の基礎知識

セミはカメムシ目セミ科に属する昆虫で、世界にはおよそ3,000種が知られている。熱帯を中心に種数が多く、日本列島には環境省の調査資料によると32種が分布する。北海道から九州までの本土で見られるのはそのうち十数種で、残りは奄美・沖縄・八重山など南西諸島に固有の種、あるいは小笠原諸島のオガサワラゼミのように極めて限られた地域にしかいない種である。

オスだけが鳴く――発音筋と腹弁の楽器

鳴くのはオスだけで、メスを呼び寄せるための求愛の音である。腹部の付け根にある「発音筋」を高速で収縮させ、その動きで「発音膜」と呼ばれる薄い膜をたわませて音を出す。腹部の内側はほとんどが空洞の「共鳴室」になっていて、小さな体からは想像できない音量を生み出す。腹の外側を覆う「腹弁」を開閉することで音色や強弱を変え、種ごとに固有のリズムを刻む。私たちが「ミーンミンミン」「オーシツクツク」と聞き分けられるのは、この楽器の構造と演奏パターンが種ごとに遺伝的に決まっているからだ。

日本の代表的なセミ6種(アブラゼミ・クマゼミ・ミンミンゼミ・ニイニイゼミ・ヒグラシ・ツクツクボウシ)を並べた博物画風の図
身近な林で見られる代表的なセミ6種。環境省の抜け殻調査では、この6種で全体の96%を占めた(イメージ図)

声の主役は6種――鳴き声・時期・時間帯の早見表

環境省が市民参加で行った「いきものみっけ」の夏の調査では、全国から集まった4,099個のセミの抜け殻のうち、アブラゼミが約半数を占め、ニイニイゼミ、ヒグラシ、ツクツクボウシ、クマゼミ、ミンミンゼミがそれに続いた。この上位6種で全体の96%に達し、日本の身近な林のセミはほぼこの6種で語れることが分かる。それぞれの鳴き声と、鳴く時期・時間帯の目安を整理すると次のようになる。

種鳴き声の聞きなし主な時期よく鳴く時間帯主な分布
ニイニイゼミチーーー(高く細く続く)6月下旬〜9月中旬早朝から日没後まで終日北海道〜南西諸島
アブラゼミジリジリジリ7月〜9月早朝と11時〜18時北海道南部〜九州
クマゼミワシワシ/シャーシャー7月〜8月早朝〜11時ごろ関東以西の暖地・都市
ミンミンゼミミーンミンミンミー7月中旬〜10月初旬9時〜15時半ごろ北海道〜九州(西日本の平地では少ない)
ヒグラシカナカナカナ7月上旬〜9月上旬夜明け前と夕方北海道〜九州の林
ツクツクボウシオーシツクツク7月中旬〜10月半ば6時〜18時、夕方に活発北海道〜南西諸島
身近な林の代表的なセミ6種の鳴き声と時期・時間帯の目安。時間帯はウェザーニュースの解説をもとに整理(地域や気温で前後する)

この表のポイントは、同じ夏でも「いつ、どの時間に、どの声が聞こえるか」が種ごとに違うことだ。6月末にニイニイゼミが鳴き始め、7月にアブラゼミとクマゼミが加わり、お盆を過ぎるとツクツクボウシとヒグラシの声が目立ってくる。つまり、鳴き声の組み合わせを聞き取れば、カレンダーを見なくても季節の進み具合が分かる。この「音の季節感」を科学的な記録として残してきたのが、後述する気象庁の生物季節観測である。

セミの声を聞き分けるコツ

  • 「ジリジリ」と途切れなく続く濁った声はアブラゼミ。日本で最も多く、朝と昼過ぎに鳴く
  • 「ワシワシ」と大合唱で朝に響くのはクマゼミ。関東では最近になって増えた声
  • 「カナカナ」と澄んだ声が夕暮れに聞こえたらヒグラシ。林の縁で鳴く
  • 「オーシツクツク」は夏の終わりを告げるツクツクボウシ。夕方に活発になる

北から南へ――地域で違うセミの顔ぶれ

日本列島は南北に約3,000kmにわたり、亜寒帯から亜熱帯までの気候を含む。セミの顔ぶれもそれに応じて大きく変わり、同じ「夏の音」でも北海道の山と沖縄の草原ではまったく別の種が鳴いている。環境省の抜け殻調査の都道府県別データからも、その地域性がはっきり読み取れる。

北海道・東北――エゾゼミとエゾハルゼミの森

北海道では、本州の街で圧倒的多数を占めるアブラゼミの抜け殻は少なく、代わりにエゾゼミ、エゾハルゼミ、コエゾゼミといった冷涼な森を好む種が目立つ。エゾハルゼミは名前のとおり春から初夏にかけて鳴くセミで、北海道では6月ごろに森が「ミョーキン、ミョーキン、ケケケケ」という独特の合唱に包まれる。エゾゼミは奥山を好み、7月に鳴き始めて8月末から9月初めに鳴き納めとなる。長野県や山梨県など本州の高地でもこれらの種が採集されており、標高が高い地域がいわば「北海道の飛び地」として機能している。

本州の街――アブラゼミ・ミンミンゼミ・ニイニイゼミ

関東から東北の平野部では、アブラゼミが抜け殻の大半を占め、ミンミンゼミとニイニイゼミがそれに続く。神奈川県では174件の調査のうち155件でアブラゼミが見つかり、ミンミンゼミも91件と多かった。ミンミンゼミは関東では市街地の公園でも普通に聞こえるが、西日本の平地では少なく、山地に限られる。関東出身の人が関西に引っ越して「ミンミンゼミが鳴いていない」と驚くのは、この分布の違いによる。

西日本――クマゼミの合唱が都市を支配する

近畿以西では、朝の街をクマゼミの大合唱が覆う。抜け殻調査でも大阪府・兵庫県・福岡県などでクマゼミの出現件数が多く、静岡県以西で急に存在感が増す。クマゼミは体長6cmを超える日本本土最大級のセミで、黒い体と透明な翅が特徴だ。もともとは九州や四国など温暖な地域の種だったが、大阪などの都市では1980年代以降にセミ全体に占める割合が急増し、いまや都市の「夏の音」の主役になっている。この変化の背景は次章以降で詳しく見る。

南西諸島――3月から鳴く日本最小のセミ

沖縄本島以西の南西諸島には、本土とは別系統の固有種が多い。イワサキクサゼミは体長12〜17mmと日本最小のセミで、樹木ではなくサトウキビやススキ、チガヤといったイネ科の草にとまり、本土では考えられない3月から7月に鳴く。石垣島や宮古島では、このセミの声が初夏の訪れを告げる風物詩として地元ニュースにもなる。ほかにも全身が緑色で翅を含めても3cmほどの小さなクロイワゼミ、本土のアブラゼミに近縁なリュウキュウアブラゼミ、八重山諸島のヤエヤマクマゼミなど、島ごとに分化した種が並ぶ。クロイワゼミは生息地が開発などで失われて数が減っており、島の固有種の脆さを象徴する存在でもある。

  • 北海道:エゾゼミ・エゾハルゼミ・コエゾゼミが中心。アブラゼミは南部に限られる
  • 関東〜東北の平野:アブラゼミが圧倒的。ミンミンゼミ・ニイニイゼミ・ヒグラシが続く
  • 近畿以西の都市:クマゼミが優占。ミンミンゼミは山地に限られる
  • 南西諸島:イワサキクサゼミ(3月〜)、クロイワゼミ、リュウキュウアブラゼミなど固有種が多い

セミの分布図は気候帯の地図でもある

環境省の抜け殻調査でエゾゼミやエゾハルゼミが北海道だけでなく長野県や山梨県の高地で多く集まったように、セミの分布は緯度だけでなく標高でも決まる。気温が下がれば幼虫の発育が遅れ、羽化までに必要な年数が延びるため、寒冷地では成長の遅い種は生き残りにくい。逆にいえば、ある場所でどのセミが鳴いているかを調べれば、その土地の気候帯をかなり正確に言い当てられる。セミの分布図は、生き物の目で描いた日本の気候の地図なのである。

このように、セミの分布は気候帯と密接に結びついている。裏を返せば、気候が変われば分布も変わる。トンボやチョウと同様、セミは「分布の北上」が最もよく記録されている昆虫のひとつであり、その代表例がクマゼミである。

気象庁70年の記録が語る「初鳴き」の変化

「今年はセミが鳴き始めるのが早い気がする」。そんな体感を、日本では70年近くにわたって公的な記録として残してきた仕組みがある。気象庁の生物季節観測である。

1953年に始まり、2021年に動物の観測が廃止された

気象庁は1953年から、全国の気象官署で統一した方法により、サクラの開花やウグイスの初鳴き、アブラゼミの初鳴きなどの日付を記録してきた。季節の進み方を「生き物の反応」として捉える、世界的にも貴重な長期データである。しかし気象官署の周辺環境が都市化して対象の生き物を見つけにくくなったことなどを理由に、気象庁は2020年11月、2021年からアブラゼミの初鳴きを含む動物23種の観測をすべて廃止し、サクラやイチョウなど植物6種9現象に縮小すると発表した。

この決定には研究者や市民から「気候変動の影響を捉える基礎データが失われる」という懸念の声が上がった。その受け皿となったのが、環境省と気象庁の連携のもとで国立環境研究所(NIES)気候変動適応センターが2021年度に立ち上げた市民参加型の生物季節モニタリングである。

この記事の要点となる3つの数字をまとめた図版
数字で見る:本文で扱う3つの指標

市民調査員504名が引き継ぐ観測

国立環境研究所のモニタリングは、気象庁が観測していた種目を中心に植物32種目・動物34種目の計66種目を対象とし、開花日・初鳴き日・初見日などを市民調査員が記録する。参加者は2024年1月時点で47都道府県から計504名に達した。調査員は週に3〜4回訪れられる場所を自分で選び、自分で見分けられる種だけを観測して、メールやウェブサイトで報告する。気象庁の1953〜2020年の約70年分の記録と比較できる体制を目指して設計されている点が重要だ。

前年の夏から冬が暖かいと、翌年の初鳴きが早まる

2024年6月、国立環境研究所はこの市民データと気象庁の過去データを組み合わせた解析結果を発表した。アブラゼミの初鳴き日について、気象庁が1971〜2020年に全国47地点で記録したデータと、2021年以降に112名の市民調査員が115か所で記録した160件を合わせ、気温・日射量・湿度・降雨・風速などを組み合わせた1,369通りの統計モデルを比較したのである。

結果は明快だった。初鳴き日と最も強く関係していたのは気温で、しかもその年の初夏ではなく、前の年の盛夏から初冬にかけての気温が高いほど初鳴きが早まる傾向が見られた。具体的には、初鳴き日の322日前から221日前、つまり前年の8月ごろから11月ごろまでの気温と強い負の相関があった。日射量や湿度、降雨、風速の効果は小さかった。この成果は「Exploring the factors influencing the first singing date of a cicada」として2024年6月に学術誌Ecological Entomologyに掲載された。

なぜ「前の年の秋」の気温が効くのか

アブラゼミは地中で数年を幼虫として過ごし、最後の夏に地上へ出る。前年の夏から秋にかけて土が暖かければ、終齢幼虫の発育がその分進み、翌年の羽化の準備が早く整うと考えられる。つまり初鳴きの早まりは、その夏の暑さの反映ではなく、前年から続く温暖化の「積み重ね」を映しているといえる。

ウェザーニュースが2015年から毎年7月10日前後に行っている「セミ、鳴いてる?」という利用者アンケート(回答数は年により約6,000〜15,000人)でも、2021年以降は初鳴きの早まりがより顕著になったと報告されている。専門機関の観測と市民のアプリ回答という異なるデータが、同じ方向を指しているわけだ。

初鳴きのずれが意味すること

初鳴きが数日早まることは、それ自体が生き物にとって致命的なわけではない。問題は、セミと同じ速さで周囲の生き物が動くとは限らない点にある。セミを主要な餌にする鳥の繁殖期や、幼虫が汁を吸う木の生長のリズム、卵の孵化に必要な梅雨の時期がそれぞれ別の要因で決まっているため、温暖化が進むと互いのタイミングがずれる「季節のミスマッチ」が起こりうる。生物季節観測が長く続けられてきた意義は、こうしたずれを種ごとの記録として検出できることにあり、市民調査による継続はその意味で日本の気候変動研究を支える土台になっている。

クマゼミはなぜ北へ、そして都市へ広がるのか

初鳴きの早まりと並んで、セミの世界で最もよく知られた変化がクマゼミの北上である。かつて「西日本のセミ」だったクマゼミは、いま関東の街路樹で普通に鳴いている。

北限は三浦半島から宇都宮・金沢へ

30〜40年前、クマゼミの北限は神奈川県の三浦半島周辺とされていた。それが現在では、太平洋側では栃木県宇都宮市(2009年に成虫が捕獲された記録が最北)、日本海側では石川県金沢市(2005年から3年連続で抜け殻が確認)まで生息が確認されている。埼玉県や茨城県でも定着が報告されており、環境省の抜け殻調査当時には東京都で1件、神奈川県で4件しか見つからなかったクマゼミが、いまや関東各地で夏の主役の座をうかがっている。

夏の朝、都市の街路樹にクマゼミが多数とまり、アスファルトとビルに囲まれた環境で合唱している様子
都市の街路樹に集まるクマゼミ。固く踏まれた土と暑い環境は、他のセミよりクマゼミに有利に働く(イメージ)

都市の抜け殻は9割超がクマゼミ

北上と同時に進んでいるのが、都市内部での「クマゼミ化」だ。大阪では1980年代以降、セミ全体に占めるクマゼミの割合が急増した。2015年に行われた抜け殻調査では、約50年かけて森づくりを進めてきた万博記念公園では8割がアブラゼミだったのに対し、大阪市内では9割超がクマゼミだった。同じ大阪府内でも、成熟した森と市街地とではセミの顔ぶれがまったく違う。戦後の大阪は地球規模の温暖化に加えて都市特有のヒートアイランド現象が重なり、10年あたり0.29℃という速いペースで気温が上がった。その中で、かつて優占していたアブラゼミは減り、ニイニイゼミやツクツクボウシは市街地からほとんど姿を消したとされる。

2022年から2025年、関東で急増

国立環境研究所とウェザーニュースが2022年と2025年に全国の利用者を対象に行った「クマゼミいる?」調査を比べると、わずか3年の間に関東でのクマゼミの存在感が急速に高まっている。都県別に「いる」と答えた割合の増加幅は次のとおりだ。

都県2022→2025年の「クマゼミがいる」回答の増加幅
神奈川県+8.6ポイント
東京都+5.9ポイント
千葉県+5.5ポイント
茨城県+4.1ポイント
秋田・山形・宮城・岩手有意な増加なし
ウェザーニュース「クマゼミいる?」調査(2022年・2025年)の比較。国立環境研究所との共同解析による

一方で、東北地方では同じ期間に有意な増加は見られなかった。クマゼミの前線はいま、関東平野を北上している最中と考えられる。

温暖化だけでは説明できない――植栽の移動と固い土

ただし研究者は、クマゼミの北上を「温暖化」だけで説明することに慎重だ。大阪市立自然史博物館の元学芸員・初宿成彦氏は、地球温暖化がひとつの要因と考えられるものの、気温上昇との関係は明白ではなく、むしろ都市化の進行が影響しているとの説もあると指摘している。クマゼミが自力で飛べる距離は半径1.2km程度とされ、それだけでは三浦半島から宇都宮まで数十年で到達するのは難しい。より有力な経路として考えられているのが、街路樹や庭木の植栽に伴う卵や幼虫の移動である。クマゼミは枯れ枝に産卵するため、苗木や根鉢とともに卵や幼虫が運ばれ、暖かい都市で定着したという説だ。

もうひとつの鍵は土の固さである。京都大学の沼田英治教授らの研究グループは、大阪市内の公園で土壌の硬さとセミの種構成を調べ、人に踏み固められた固い土ではセミの多様性が下がる一方、クマゼミの幼虫は固い土に潜る能力が他種より高いことを示した(Moriyama & Numata, 2015, Zoological Letters)。舗装と踏圧で固くなった都市の地面は、アブラゼミやニイニイゼミには厳しく、クマゼミには相対的に有利な環境になっている。沼田教授はこうした研究を『クマゼミから温暖化を考える』(岩波ジュニア新書、2016年)にまとめ、温暖化と都市化が複合的に働いていると論じている。

「北上=温暖化の証拠」と単純化しない

  • クマゼミの分布拡大には、温暖化・ヒートアイランド・植栽による人為的な運搬・土壌の踏み固めが重なって関わる
  • 同じ都市でも、成熟した森(万博記念公園)と市街地では優占種がまったく異なる
  • 東北ではまだ有意な増加が見られず、前線は関東平野を北上中と考えられる

温暖化とセミの生活史――卵・幼虫・成虫それぞれの時計

セミの一生は「卵→地中の幼虫→地上の成虫」という三つの段階からなり、それぞれが気温や雨に応じて動く別々の時計を持っている。温暖化がセミに与える影響を理解するには、この三つの時計を分けて見る必要がある。

卵は雨の日に孵る――高湿度が引き金

クマゼミのメスは夏に枯れ枝の中へ産卵し、卵はそのまま冬を越して翌年の初夏に孵化する。京都大学の森山実氏と沼田英治氏の研究によれば、胚の発育を終えた卵は雨に由来する高い湿度によって孵化が誘導される。野外では孵化のほとんどが雨の日に起き、その日の相対湿度と孵化数には有意な正の相関があった。卵を含む枯れ枝を短時間水に浸しただけでも高い孵化率が得られた。雨の日に孵化すれば、孵ったばかりの1齢幼虫は柔らかく湿った土に潜りやすく、乾燥で死ぬ危険を減らせる。

ここに温暖化が絡む。孵化の準備が整う時期は越冬後の積算温度で決まり、通常は梅雨の後半に当たる。暖冬で胚の発育が早く進めば孵化の準備も早まるが、実際に孵るには雨が必要なので、卵は梅雨を「待つ」ことになる。森山氏らはこの仕組みを、クマゼミが温暖化の中でも孵化を雨季に同調させて適応度を確保する戦略として2011年にZoological Science誌に報告した。ただし、孵化の停止が長引くと孵化率そのものが下がることも示されており、暖冬と梅雨のずれが広がりすぎれば、この戦略にも限界がある。

地中の断面図。木の根に口を刺して汁を吸うセミの幼虫と、地表に向かって伸びる脱出用の縦穴が描かれている
地中で木の根から汁を吸うセミの幼虫。羽化の夏が近づくと地表へ向かう縦穴を掘る(イメージ図)

幼虫は地中で2〜5年、根の汁を吸って育つ

孵化した幼虫は土に潜り、木の根に口吻を刺して道管や師管の汁を吸いながら育つ。地中で過ごす期間は種によって異なり、アブラゼミやミンミンゼミで3〜5年、ツクツクボウシで1〜2年程度とされる。世界的に見ると幼虫期間は短い種で2年、長い種では17年に達する。幼虫は柔らかく適度な湿り気のある土でなければ移動や根の探索ができない。前章で見たように、踏み固められた都市の土がセミの種構成を変えるのは、この地中生活の段階が土の物理的な条件に強く左右されるからだ。土の中の生きものの多様さが、地上のセミの声の多様さを支えているといえる。

地中生活の最後の夏、終齢幼虫は日が暮れてから地表に出て、木の幹や草の茎を登り、背中を割って羽化する。夜に羽化するのは、鳥などの捕食者に見つかりにくく、乾燥しにくいためと考えられている。羽化を終えた成虫は白く柔らかい体が朝までに固まり、褐色や黒の本来の色になって飛び立つ。夏の夕方に公園の木の根元を探すと、地表に向かって開いた直径2cmほどの丸い穴がいくつも見つかる。これが幼虫の脱出口で、穴の数を数えれば、その木の下でどれだけのセミが育ったかの目安になる。

成虫は「1週間」ではなく最長1か月

「セミは地上に出て1週間で死ぬ」という話は広く知られているが、これは飼育下で早く死んでしまうことから生まれた俗説に近い。近年の野外での個体識別調査では、成虫は10日から1か月ほど生きることが分かってきた。2019年に岡山県の高校生が行った調査では、アブラゼミで最長32日、ツクツクボウシで26日、クマゼミで15日の生存が確認されている。成虫は樹液を吸って生き、オスは鳴いてメスを呼び、交尾と産卵を終えると一生を終える。地中の数年に比べれば短いが、「はかない1週間」という通説よりはずっと長い。

13年と17年――北米の素数ゼミが教えること

気候とセミの生活史の関係を考えるうえで欠かせないのが、北米の周期ゼミである。アメリカ中東部には13年周期と17年周期で一斉に羽化するセミがいて、13と17がいずれも素数であることから「素数ゼミ」とも呼ばれる。静岡大学の吉村仁名誉教授は1997年、およそ180万年前に始まった氷河期に幼虫期間が長くなり、異なる周期の集団どうしが交雑して周期が乱れるのを避けるように素数の周期が残ったという仮説を提唱した。周期が素数なら、他の周期の集団と同じ年に羽化する機会が最も少なくなる。

2024年には、17年周期の第13群(Brood XIII、イリノイ州北部)と13年周期の第19群(Brood XIX、南部の大集団)が同時に羽化した。13と17の最小公倍数は221なので、この二つの群が同じ年に地上へ出るのは1803年以来221年ぶりで、次は2245年になる。合わせて数十億匹とも見積もられるセミが最大18州で一斉に羽化し、イリノイ州中部の一部の郡では両群が重なった。気候の変動を数百万年の単位で乗り越えてきたセミの時計は、私たちが数十年で経験している温暖化にどこまで追随できるのか。周期ゼミは、その問いを突きつける生きた実験でもある。

セミが支える森・土・水のつながり

うるさいだけの存在に見えるセミだが、生態系の中では地中と地上、森と水辺をつなぐ重要な役割を担っている。数年分の森の栄養を体に蓄えて一斉に地上へ出てくるセミは、いわば「森が夏に放出するエネルギーの塊」である。

鳥・スズメバチ・カマキリを養う夏のごちそう

成虫のセミは、スズメやムクドリ、カラス、ヒヨドリなどの鳥、スズメバチ、カマキリ、クモなど多くの捕食者に食べられる。夏の公園で鳥がセミをくわえて飛ぶ光景は珍しくない。地中の幼虫はモグラの餌になり、羽化のために地上へ出てきた幼虫は夜行性の動物に狙われる。羽化直後の柔らかい体は特に無防備で、それを補うように多数の個体が同じ時期に一斉に羽化する。捕食者が食べきれないほどの数で現れることで、集団としては生き残るという「飽食戦略」で、北米の周期ゼミはその極端な形といえる。

抜け殻と死骸が土に還る

夏の終わりに地面に落ちたセミの死骸や抜け殻は、アリや土壌動物、菌類によって分解され、土の栄養として木の根に戻っていく。幼虫が何年もかけて根から吸い上げた栄養が、地上で捕食者を養い、残りは土へ返る。この循環は朽ち木を分解するクワガタの幼虫と同じく、森の物質循環の一部である。

森から池へ――周期ゼミが運ぶ栄養のパルス

この役割が最も劇的に表れるのが、北米の周期ゼミの羽化年である。米国オハイオ州南西部の森林の池で行われた研究(Nowlin ほか, 2007, Ecology誌)では、羽化年に大量のセミの死骸が池に落ち込むことで水中の栄養塩と生物量が大きく増え、池の食物連鎖の動態と安定性が変わることが示された。研究者たちはこれを「初夏に森から水域へ届く高品質な外来有機物のパルス」と表現している。森の木の根から吸い上げられた栄養が、セミの体を通って池や小川へ運ばれ、そこから下流の河川、さらには沿岸の生態系にまでつながっていく。セミは森と水をつなぐ「動く肥料」でもあるのだ。

セミが生態系で果たす3つの役割

  • 捕食者の餌:鳥・スズメバチ・カマキリ・モグラなど多くの動物の夏の主要な食料になる
  • 栄養の循環:地中で根から吸った栄養を地上へ運び、死骸と抜け殻が土へ還る
  • 森と水の橋渡し:大量羽化の年には死骸が池や川に栄養のパルスをもたらし、水域の生物量を押し上げる

つまり、都市でセミの種が減ったり、羽化の時期がずれたりすることは、そのセミを食べる鳥や、セミの死骸で育つ土壌の生きものにも影響が及ぶということだ。セミの声の変化は、聞こえない場所で起きている変化の入口にすぎない。

「鳴き始めの日」を自分で記録する――市民科学としてのセミ観察

気象庁の観測が縮小されたいま、セミの季節のデータを支えているのは市民である。専門的な機材はいらない。必要なのは、毎年同じ場所で耳を澄ませ、聞こえた日を書き留めることだけだ。

国立環境研究所の生物季節モニタリングに参加する

国立環境研究所の生物季節モニタリングは、誰でも市民調査員として参加できる。参加の流れは、登録用のメールを送る、週に3〜4回訪れられる調査地を決める、自分で確実に見分けられる種目を選ぶ、そして初鳴きや初見の日をメールかウェブサイトで報告する、という4段階だ。対象66種目にはアブラゼミ・ヒグラシ・ツクツクボウシなどのセミも含まれる。重要なのは「同じ場所で毎年続けること」で、1か所のデータが何年も積み重なれば、それ自体が気候変動の記録になる。

抜け殻しらべ――種を見分けるポイント

成虫は高い木の上にいて捕まえにくいが、抜け殻なら誰でも集められる。抜け殻は種ごとに形が違い、環境省の調査でも「種の確認が可能で信頼性が高く、自然界への影響が少ない」ことから調査手法に採用された。見分けの目安は次のとおり。

  • アブラゼミ:中型で全体に濃い茶色。触角の節に毛が多く、第3節が第2節より明らかに長い
  • ミンミンゼミ:アブラゼミとほぼ同じ大きさだが、色がやや薄く、触角の第3節が第2節と同じくらいの長さ
  • クマゼミ:大型で光沢のある濃い茶色。前脚が太くがっしりしている
  • ニイニイゼミ:小型で丸みがあり、全身に泥をまとっているのが最大の特徴
  • ツクツクボウシ・ヒグラシ:中型でやや細身。ヒグラシは触角の毛が多い

公園や神社の木の幹、葉の裏、フェンスなどを探し、見つけた抜け殻の種と数、場所、日付を記録する。子どもの夏休みの自由研究にもぴったりで、数年続ければ自分の町の「クマゼミ化」の進み具合が数字で見えてくる。バードウォッチングと同じく、自宅から歩ける範囲で自然の変化を捉えられるのがセミ観察の強みだ。

記録を研究に使えるデータにするための約束事はシンプルだ。第一に、毎年同じ場所・同じ時間帯に耳を澄ませること。場所や時刻が変わると、種の違いなのか環境の違いなのか区別がつかなくなる。第二に、種の判別に自信がないときは無理に決めず「不明」と書くこと。誤った種名は、記録がないよりも解析を狂わせる。第三に、聞こえなかった日も「鳴いていない」と記録すること。気象庁の観測でも「初鳴き」は、それまで鳴いていなかった状態からの最初の一声を意味しており、聞こえない日の記録があってこそ初鳴き日が確定する。

スマホのアプリ回答も立派なデータになる

ウェザーニュースの「セミ、鳴いてる?」「クマゼミいる?」のような数千〜1万人規模のアプリ回答も、国立環境研究所との共同解析によって分布の変化を捉える研究データとして活用されている。個人の一回の回答は小さくても、全国の回答を合わせれば、専門家が全国を歩き回っても得られない広がりと密度の情報になる。

今日からできるセミの記録

  • 毎年同じ場所で「最初にセミの声を聞いた日」と種を手帳やスマホにメモする
  • 夏休みに抜け殻を集めて種ごとに数え、翌年以降と比べる
  • 国立環境研究所の生物季節モニタリングに市民調査員として登録する
  • ウェザーニュースなどのアプリ調査に毎年回答し、分布の記録に参加する

セミの声を楽しむ――蝉時雨と一日の合唱のタイムテーブル

ここまで温暖化や都市化の話が続いたが、セミの声はまず楽しむものでもある。日本語には「蝉時雨」という言葉があり、多くのセミの声が降りしきる雨のように重なる様子を指す。俳句では「蝉」は夏の季語で、松尾芭蕉が1689年に山形の立石寺で詠んだ「閑さや岩にしみ入る蝉の声」は、この国で最も知られた一句のひとつだ。この句のセミが何であったかは、歌人の斎藤茂吉がアブラゼミ説を唱え、ドイツ文学者の小宮豊隆がニイニイゼミ説で反論する有名な論争になり、実地の調査を経て時期的にニイニイゼミが妥当だと結論づけられた。鳴き声の季節性を知っていれば、300年以上前の句の「音」まで推理できるのである。

一日の中で交代する声

セミの声は一日の中でも交代する。ウェザーニュースの解説をもとに、夏の一日を追ってみよう。

時間帯主に聞こえる声
4時台〜夜明けヒグラシ(カナカナ)とニイニイゼミが鳴き始める
5時半〜11時クマゼミの大合唱(ワシワシ)。アブラゼミも早朝に一度鳴く
9時〜15時半ミンミンゼミ。気温の高い昼間が中心
11時〜18時アブラゼミ(ジリジリ)。ツクツクボウシは夕方に活発
15時〜日没後ヒグラシが再び鳴き、ニイニイゼミは街灯の下で20時ごろまで
夏の一日のセミの声のタイムテーブル(ウェザーニュースの解説をもとに整理。地域・気温・個体数で前後する)

クマゼミが朝に集中して鳴くのに対し、アブラゼミは昼過ぎから夕方に鳴くため、両種が共存する街では「朝はワシワシ、午後はジリジリ」という聞き分けができる。気温が高すぎる真昼には鳴く種が減り、夕方に涼しくなると再びにぎやかになる。時計を見なくても、セミの声で朝か昼か夕方かが分かる。

声を楽しむもうひとつの方法は録音である。スマートフォンの録音機能で、毎年同じ場所の朝と夕方の音を1分ずつ残しておくと、数年後に聞き比べたときに「ワシワシ」の割合が増えたか、「ジリジリ」が減ったかが耳で分かる。記録としては粗いが、家族の思い出と気候変動の記録が同じファイルに収まるのは、セミという生き物ならではの楽しみ方だろう。

春のハルゼミから秋のツクツクボウシまで

セミの季節は夏だけではない。本州で最も早く鳴くのはハルゼミで、4月末から6月にかけてアカマツやクロマツの林で「ゲーキョゲーキョ」と合唱する。ただしマツ材線虫病によるマツ林の消失で生息地が減っており、声を聞ける場所は限られてきた。北海道や東北の山では6月にエゾハルゼミが鳴き、6月末にニイニイゼミ、7月にアブラゼミ・クマゼミ・ミンミンゼミ・ヒグラシ、そして8月半ばからツクツクボウシが加わって、10月半ばまで鳴き続ける。南西諸島まで含めれば、3月のイワサキクサゼミから10月のツクツクボウシまで、日本のどこかで8か月にわたってセミが鳴いている。

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この記事のまとめ

  • 日本には32種のセミがおり、身近な林ではアブラゼミなど6種が抜け殻の96%を占める。鳴く時期と時間帯は種ごとに決まっている
  • 気象庁は1953年から生物季節観測を続けたが、2021年にアブラゼミ初鳴きなど動物の項目を廃止。国立環境研究所の市民調査(504名)が引き継いだ
  • 解析の結果、前年の盛夏から初冬の気温が高いほど翌年のアブラゼミの初鳴きが早まることが示された
  • クマゼミの北限は三浦半島から宇都宮・金沢へ。大阪市内の抜け殻は9割超がクマゼミで、温暖化に加え植栽の移動や固い土が関わる
  • クマゼミの卵は雨の日の高湿度で孵化し、幼虫は地中で2〜5年、成虫は最長1か月ほど生きる
  • セミは鳥や土、池を養う「動く肥料」であり、その声の変化は生態系の変化の入口である

参考文献・出典

  1. 国立環境研究所 – 市民参加型調査の結果を活用し「セミの初鳴き日」に影響する環境要因を解析(プレスリリース 2024年6月24日)
  2. 国立環境研究所 気候変動適応センター – 市民調査員と連携した生物季節モニタリング(対象66種目・参加方法)
  3. 気象庁 – 生物季節観測の解説(1953年開始・観測種目)
  4. 環境省 いきものみっけ – セミのぬけがらの都道府県別出現状況(全国4,099個の抜け殻・日本のセミ32種)
  5. Moriyama & Numata (2011) Zoological Science – クマゼミが孵化時期を梅雨に同調させて温暖化下で適応度を確保する仕組み
  6. Moriyama & Numata (2015) Zoological Letters – 都市の土壌の踏み固めがセミの多様性を減らす(Urban soil compaction reduces cicada diversity)
  7. Nowlin et al. (2007) Ecology 88(9) – 周期ゼミの死骸が森林の池の栄養と生物量を増やし群集の動態を変える
  8. ウェザーニュース – セミの初鳴き早まり、関東にクマゼミが迫る?(国立環境研究所との共同解析・2026年7月)
  9. University of Illinois Extension – 2024年のBrood XIIIとBrood XIXの同時羽化(221年ぶり)
  10. 岩波書店 – 沼田英治『クマゼミから温暖化を考える』(岩波ジュニア新書、2016年)

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