港のすみに山積みになった、色あせた漁網を見たことはありますか。かつては海の恵みを支えた道具も、寿命を終えれば「産業廃棄物」として処理されるのが日本ではふつうでした。ところが近年、この使い終えた漁網が「都市鉱山」ならぬ「海の資源」として、まったく新しい価値を帯び始めています。
その理由は二つあります。ひとつは、漁網の多くが高品質なナイロンでできており、繊維や樹脂ペレットとして再生しやすい良質な原料であること。もうひとつは、海に流出した漁具、いわゆる「ゴーストギア」が海洋プラスチック汚染の最大級の原因になっており、これを回収して循環させる社会的な必要性が急速に高まっていることです。
この記事では、使用済み漁網がどんな技術で再生繊維や樹脂に生まれ変わるのか、誰がどうやって集めているのか、そして廃漁具の削減とゴーストギア対策がどのように手を結んでいるのかを、国内外の実例と信頼できる数字をもとに、順を追って解説します。
この記事で学べること
- 漁網の多くはナイロンなど単一の熱可塑性樹脂ででき、実はリサイクルに向いた「良質な資源」であること
- 使用済み漁網を再生する二つの主な方法、マテリアルリサイクルとケミカルリサイクルの違い
- ECONYLやNetPlus、REAMIDEなど、廃漁網が高品質な再生ナイロンや樹脂ペレットに生まれ変わっている事例
- 回収スキーム(漁業者・漁協・自治体・企業の連携)がリサイクル成立のカギを握ること
- 廃漁具の削減とゴーストギア対策(防止・改善・軽減)がどうつながっているのか
- 混合素材・付着物・回収量の確保といった、リサイクルを阻む現実的な課題
なぜ今、使用済み漁網が注目されるのか
漁業は世界中で毎日おこなわれ、そのたびに膨大な量の網やロープ、浮きが海で使われています。道具はいつか必ず古びて破れ、寿命を迎えます。問題は、その「使い終わったあと」に何が起きるかです。適切に陸へ持ち帰られて処理される分もあれば、嵐や事故で海に流されたまま行方知れずになる分もあります。
海に取り残された漁具はゴーストギア(幽霊漁具)と呼ばれます。国連食糧農業機関(FAO)などの推計では、毎年およそ64万トンもの漁具が世界の海に流出しているとされます。これは大型トラック数万台分に相当する量が、毎年、誰にも回収されないまま海に加わり続けているということです。詳しくはゴーストギア問題の解説記事もあわせてお読みください。
海洋プラごみの「重い」部分を占める漁具
海のプラスチックごみというと、ペットボトルやレジ袋を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし重量で見ると、大型の海洋プラごみの46〜70%を漁具が占めるという研究があります。網やロープは一つひとつが重く、丈夫で、そして長持ちするからこそ、海に残ったときの存在感も大きいのです。
海に残った網は、漁師が意図しないまま魚やカニ、ウミガメ、海鳥、クジラなどを絡め捕り続けます。これを「幽霊漁業(ゴーストフィッシング)」と呼びます。さらに紫外線と波にもまれて少しずつ砕け、マイクロプラスチックとなって生態系や食物網に入り込んでいきます。捕らわれた生き物の死骸がさらに別の生き物を呼び寄せ、また網にかかる、という悲しい連鎖が何年も続くこともあります。ナイロンやポリエチレンでできた網は自然界ではほとんど分解されず、数十年から数百年にわたって海にとどまり続けると考えられています。
問題の大きさは、別の角度からも裏づけられています。2022年に学術誌『サイエンス・アドバンシズ』に発表された研究は、世界の漁業者への聞き取りと操業データから、使用される漁具のおよそ2%が毎年海で失われていると推計しました。具体的には、延縄(はえなわ)の釣り針が年間およそ140億本、かご・わなが2,500万個、延縄のロープが約74万キロメートル。これらが毎年、海に加わり続けているのです。失われる延縄ロープだけで年間約74万キロメートルにおよび、これは地球と月をほぼ往復できるほどの長さです。研究者は、このままの流出ペースが続けば海にたまる漁具は膨大な量になると警鐘を鳴らしています。

「捨てる」から「活かす」への転換
こうした背景から、世界の合言葉は「海に出さない・出たら回収する」だけでなく、「回収したものを資源として循環させる」へと進みました。使用済み漁網を燃やしたり埋め立てたりするのではなく、繊維や樹脂として何度でも生まれ変わらせる。それが、この記事のテーマである漁網リサイクルの核心です。
日本もこの問題と無縁ではありません。環境省の定点調査によると、日本の海岸に漂着するプラスチックごみは年間およそ1.2万〜1.3万トンにのぼり、その中で漁網・ロープは飲料用ボトルと並ぶ主要な品目です。外国由来のごみの影響が少ない内湾・内海に限っても、漂着プラごみに占める漁業系のものの割合は1〜2割程度を占めるという調査もあります。四方を海に囲まれ、漁業がさかんな日本にとって、漁網リサイクルはまさに自分ごとの課題なのです。
この記事のポイント
- 漁具は毎年約64万トンが海に流出していると推定される
- 海洋の大型プラごみの46〜70%(重量)は漁具
- 使用済み漁網は良質なナイロン資源として再生できる
- 回収・分別・再生・利用がつながって初めてリサイクルは成立する
漁網は何でできている?意外にリサイクル向きな素材
リサイクルの話に入る前に、まず「漁網とは何でできているのか」を知っておくと、なぜ再生できるのかがすっきり理解できます。漁網の素材は用途によって使い分けられていますが、代表的なのは次の熱可塑性樹脂(熱を加えると柔らかくなり、成形し直せるプラスチック)です。
| 主な素材 | 特徴 | よく使われる漁具 |
|---|---|---|
| ナイロン(ポリアミド) | 強く伸びに耐え、水中で見えにくい。再生ナイロンの原料として最も価値が高い | 刺し網、定置網、トロール網の一部 |
| ポリエチレン(PE) | 軽くて水に浮く。安価で扱いやすい | ロープ、浮き網 |
| ポリプロピレン(PP) | 軽量で耐薬品性。ロープ類に多い | ロープ、集魚具 |
| ポリエステル | 耐候性が高く伸びにくい | 一部の網地・ロープ |
ナイロンが「宝の山」と呼ばれる理由
この中で、リサイクルの世界がとりわけ注目するのがナイロンです。ナイロンは化学的に安定で強度が高く、しかも同じ材質でまとまった量が確保できれば、繊維や樹脂として非常に質の高い再生材になります。廃漁網は「質の高いナイロンの単一素材が、港という決まった場所にまとまって集まる」という、リサイクル原料として理想的な性質を持っているのです。
一般家庭から出る混ざり合ったプラごみと違い、漁網は種類ごとにある程度そろっているため、うまく回収・分別できれば高付加価値な素材へ生まれ変わらせやすい。だからこそ、大手商社や化学メーカーがこぞってこの領域に参入しているのです。
ここでもう一つ知っておきたいのが、ナイロンには「ナイロン6」と「ナイロン66」という代表的な種類があることです。特にナイロン6は、化学反応で原料の「カプロラクタム」という分子まで戻しやすく、後述するケミカルリサイクルと相性が良いという特徴があります。漁網に使われるナイロンの多くがこのタイプであることも、廃漁網が再生ナイロンの原料として重宝される理由のひとつです。

ただし「単純ではない」現実もある
とはいえ、実際の廃漁網はそう単純ではありません。一つの網でも、網地はナイロン、浮子(うき)はPE、沈子(しずめ)は鉛や樹脂、ロープはPPというように複数の素材が組み合わさっていることがよくあります。さらに、長年海で使われた網には貝や海藻が付着し、砂や塩分も含まれます。このため「そのまま溶かせばよい」というわけにはいかず、後で述べる分別と洗浄の工程が欠かせません。
つまり漁網は、「単一素材でまとまって集まる高品質なナイロン」という強みと、「複数素材・付着物が混じる」という弱みを併せ持った、少し変わった原料だといえます。この二面性を理解しておくと、なぜ回収や分別の工程がこれほど重視されるのか、そしてなぜ企業がしのぎを削って技術開発に取り組むのかが、腑に落ちるはずです。次の章では、いよいよその「再生の技術」を見ていきましょう。
熱可塑性樹脂とは
熱を加えると軟らかくなり、冷えると固まる性質のプラスチック。この性質のおかげで、砕いて溶かし、もう一度成形し直すことができます。ナイロンやポリエチレン、ポリプロピレンはいずれもこの仲間で、漁網が「何度でも生まれ変われる」土台になっています。
廃漁網を再生する技術:二つのリサイクル
回収した漁網を新しい素材に変える方法は、大きく二つに分けられます。マテリアルリサイクルとケミカルリサイクルです。それぞれ得意・不得意があり、漁網の状態や目指す品質によって使い分けられます。
マテリアルリサイクル:砕いて溶かして再び成形する
マテリアルリサイクルは、集めた漁網を洗浄・選別したうえで細かく砕き、加熱して溶かし、樹脂ペレット(小さな粒状の原料)に加工する方法です。このペレットを射出成形や紡糸に使えば、プラスチック部品や繊維に生まれ変わります。プラスチックを化学的に分解せず、「形を変えるだけ」なので、比較的シンプルで省エネルギーです。
一方で、加熱と成形を繰り返すたびに分子がわずかに傷み、強度や色が少しずつ落ちる傾向があります。そのため、まったく元と同じ最高品質の糸に戻すというより、ペレットとして雑貨・部品・混紡繊維などに活かす用途で広く使われています。
ケミカルリサイクル:分子まで戻して「新品同然」に
ケミカルリサイクルは、ナイロンを化学反応で原料の分子(モノマー)まで一度分解し、不純物を取り除いてから、あらためて重合してナイロンを作り直す方法です。ナイロン6の場合は「カプロラクタム」という原料まで戻します。手間とエネルギーはかかりますが、バージン(新品)ナイロンと変わらない品質を得られ、理論上は何度でも循環できるのが最大の強みです。
マテリアルリサイクルは「何度も繰り返すと徐々に品質が落ちる」と説明しましたが、ケミカルリサイクルにはこの弱点がありません。いったん分子レベルまで戻して不純物を取り除くため、色や汚れ、わずかな劣化もリセットできるのです。海で使い込まれて傷んだ網ほど、この「作り直す」アプローチの価値が生きてきます。ECONYLのような世界的ブランドが高品質を保てるのも、この仕組みがあってこそです。
| 観点 | マテリアルリサイクル | ケミカルリサイクル |
|---|---|---|
| 処理の考え方 | 砕いて溶かし、形を変える | 分子まで分解して作り直す |
| 得られる品質 | 少しずつ劣化しやすい | 新品同等に戻せる |
| エネルギー・コスト | 比較的低い | 高くなりやすい |
| 主な用途 | 樹脂ペレット・雑貨・混紡繊維 | 高品質な再生ナイロン繊維 |

近年は、複数の素材が混ざったプラスチックを分けずに、そのまま溶かして圧縮しペレット化する特殊な技術も登場しています。これまで焼却や埋め立てに頼るしかなかった複合素材のプラスチックにも、素材として活かす道が開かれつつあるのです。分別の負担を減らすこうした技術は、現場で悩みの種だった「素材が混ざった網」の扱いを大きく変える可能性を秘めています。実際、廃棄された漁網を再生した樹脂で試作ボトルを作るといった、これまで難しかった用途への挑戦も始まっています。
どちらか一方が優れているというより、両者は補い合う関係にあります。状態のよいナイロン網は高品質なケミカルリサイクルへ、複数素材が混ざった網や汚れの多い網はマテリアルリサイクルへ、というように振り分けることで、無駄なく資源を循環させられます。プラスチックが自然界でどう分解し、あるいは分解しにくいのかについてはプラスチック分解の記事も参考になります。
サーマルリサイクルとの違い
汚れがひどく素材化が難しい漁具は、燃やして熱エネルギーを回収する「サーマルリサイクル」に回されることもあります。ただしこれは素材としては失われてしまうため、循環の観点では最後の選択肢。まず素材として活かす道を探るのが基本です。
世界と日本の再生ナイロン最前線
技術の全体像がつかめたところで、実際に「廃漁網から生まれた素材」の代表例を見ていきましょう。すでに私たちの身近な服やバッグ、日用品にも、漁網由来の再生ナイロンが使われ始めています。
ECONYL(エコニール):循環ナイロンの世界的ブランド
イタリアのアクアフィル社が展開するECONYL(エコニール)は、廃漁網や使い古したカーペットなどの廃棄物を100%原料とする再生ナイロンです。回収(Rescue)、再生(Regenerate)、製糸(Remake)、そしてブランドによる製品化(Reimagine)という4段階のプロセスをとり、ケミカルリサイクルによってバージンナイロンと変わらない品質まで戻します。アクアフィル社によれば、バージンナイロンと比べて地球温暖化への影響(CO2排出)を最大約90%削減できるとされ、グッチやバーバリー、H&Mなど多くのブランドが採用しています。
日本では伊藤忠商事がアクアフィル社と提携・資本参画し、2024年には桃井製網・木下製網といった国内の漁網メーカーと組んで、リサイクルナイロンを使った漁網そのものの共同開発・販売も始めました。使い終えた網を再生し、その素材でまた新しい網を作る。まさに「網から網へ」の循環です。これは、リサイクルの理想である「同じ製品に何度も生まれ変わる」クローズドループの、わかりやすい実例といえます。
ECONYLがここまで広がった背景には、ファッション業界の強い後押しがあります。環境負荷の高さが指摘されてきたアパレルにとって、品質を落とさずに廃棄物を原料化できる再生ナイロンは、サステナビリティを打ち出す看板素材になりました。高級ブランドから量販店まで幅広く採用されたことで「再生ナイロンは売れる」という市場が生まれ、それが漁網回収の経済的な後ろ盾になっているのです。
NetPlus:千葉から始まった国内回収
豊田通商は、廃漁網を100%再生ナイロン素材「NetPlus」に変える事業に参入し、2023年7月から千葉県の外房エリアで廃漁網のテスト回収を開始しました。国内で洗浄・選別したうえで再生ナイロン素材化する取り組みで、地域の漁業者と連携しながら回収の仕組みづくりを進めています。NetPlusはもともと南米チリで漁網回収から生まれた素材で、サングラスやスケートボード、アウトドア用品などにも使われてきました。海外で確立したノウハウを日本の現場に持ち込み、国内回収に挑む点に特徴があります。
国内メーカーの多彩な挑戦
- リファインバース(REAMIDE):廃漁網や自動車エアバッグの端材などを原料に再生ナイロン樹脂を製造。ボタンなどの資材にも展開している
- 三菱ケミカル(KILAVIS RC):国内で廃棄される漁網を再利用した再生ナイロン樹脂を混合したナイロン糸を2021年に発表し、量産体制を整備
- 廃漁網由来の再生ナイロン:バージン素材と比べてCO2排出量を約85%削減できるとする製品も登場している
こうした事例に共通するのは、単に「環境に良い」だけでなく、製品としての品質やデザイン性でも通用するという点です。再生ナイロンだから多少質が劣っても仕方ない、という時代はすでに過ぎつつあります。バージン素材に引けを取らない性能を保ちながら、原料は海から回収した廃漁網。この「品質と環境の両立」こそが、再生ナイロンを一過性のブームで終わらせず、産業として根づかせる原動力になっています。
また、樹脂ペレットとしての用途も広がっています。繊維(糸)だけでなく、成形して雑貨や日用品、自動車部品などにも使えるため、状態や品質に応じて「糸に向く網」「ペレットに向く網」と振り分けることで、集めた資源を余さず活かせます。一枚の網が、あるものは水着に、あるものはバッグの金具やボタンに姿を変えていく。この用途の多様さが、回収した素材を無駄なく循環させる支えになっています。

覚えておきたい代表例
- ECONYL(アクアフィル/イタリア):ケミカルリサイクルによる高品質な循環ナイロン
- NetPlus(豊田通商):千葉・外房で国内回収を進める100%再生ナイロン
- REAMIDE(リファインバース)/KILAVIS RC(三菱ケミカル):国内発の再生ナイロン素材
回収スキーム:漁網はどうやって集まるのか
どれほど優れた再生技術があっても、原料となる廃漁網が安定して集まらなければリサイクルは回りません。実はここが、漁網リサイクルの最大の勝負どころです。技術以上に、「誰が、どこで、どうやって集めるか」という仕組みづくりが成否を分けます。
廃漁網が生まれる現場と流れ
廃漁網は、漁業者が使えなくなった網を陸へ揚げるところから始まります。日本ではこれまで、こうした網は多くが産業廃棄物として処理業者に引き渡され、埋め立てや焼却に回るのが一般的でした。リサイクルするには、この「捨てる流れ」を「資源として集める流れ」に切り替える必要があります。ここで難しいのは、漁業の現場が忙しく、分別や保管に手間をかける余裕が乏しいことです。だからこそ、無理なく続けられる仕組みを現場目線で設計することが欠かせません。
- 漁業者が使用済みの網・ロープを陸揚げし、保管する
- 回収拠点(漁協・港・専用ヤードなど)に集約する
- 素材ごとに分別し、付着物や異物を取り除く
- 裁断・洗浄して再生工場へ運ぶ
- マテリアルまたはケミカルリサイクルで新素材にする
「買い上げる」ことで循環を回すモデル
回収を続けるには、漁業者にとって「出すメリット」があることが重要です。たとえば全国の漁業者から廃漁網を地元で直接買い上げるリサイクルプログラム(NET RE-VALUE PROGRAMなど)では、回収した網を分別・裁断・洗浄したうえでパートナー企業が再生します。廃棄物として費用を払って処分していたものが、逆に収入源になる。この発想の転換が、回収量を安定させる鍵になっています。特に地方の漁村では、処理費用の負担や、そもそも近くに処理業者がいないといった悩みも根強く、「買い取ってもらえる」「持ち込めば引き取ってもらえる」という選択肢が生まれること自体に大きな意味があります。
海外に目を向けると、イギリスでは漁業界向けに無料の網リサイクル拠点を提供する「ネット・リジェネレーション・スキーム」のような仕組みが動いており、GGGIもこうした各国のプロジェクトを支援しています。共通するのは、漁業者が余計な負担なく網を出せる「持ち込みやすさ」と、確実に受け取ってくれる「引き取り先」をセットで用意している点です。技術よりもむしろ、この地道な物流と関係づくりが、リサイクルを現実に回す土台になっています。

国のガイドラインが後押し
こうした動きを制度面で支えているのが、環境省の「漁業系廃棄物処理ガイドライン」(令和2年5月改訂)です。漁業系の廃棄物には処理基準の異なるものが混在するため、循環利用を進めるには混ぜて出さず、処理方法を踏まえて分別することが求められると示されています。分別こそが、その後のリサイクルの質を決める最初の一歩なのです。
回収スキームを成立させる4条件
- 漁業者が網を出しやすい拠点と保管の仕組みがある
- 素材ごとの分別・洗浄が現場で無理なくできる
- 出す側に金銭的・手間的なメリットがある
- 集めた素材を確実に受け取る再生・利用先がつながっている
廃漁具削減とゴーストギア対策の連携
漁網リサイクルは、それ単独で完結するものではありません。「そもそも海に漁具を出さない」というゴーストギア対策と手を結んで初めて、大きな効果を発揮します。回収して再生する「出口」と、流出を防ぐ「入口」の両方が必要なのです。
対策の3本柱:防止・改善・軽減
国際的なゴーストギア対策の枠組みでは、大きく三つのアプローチが示されています。世界規模で活動するGGGI(グローバル・ゴーストギア・イニシアチブ、2015年設立)やFAO、WWFなどが共通して重視する考え方です。
| 対策 | 内容 | 具体例 |
|---|---|---|
| 防止(Prevention) | そもそも漁具を海に出さない | 漁具のマーキング、点検・保管の徹底、悪天候前の移動 |
| 改善(Mitigation) | 流出しても被害を小さくする | 生分解性素材の活用、回収しやすい漁具の設計 |
| 軽減(Remediation) | すでに海にあるものを取り除く | 海底清掃、漂着網の回収、そしてリサイクル |
リサイクルは主に三つ目の「軽減」を支える存在ですが、それだけではありません。回収した網が確実にお金や資源に変わる出口があるからこそ、漁業者や自治体は海底清掃や漂着網の回収に取り組みやすくなります。リサイクルの出口が広がるほど、回収のインセンティブも高まるという好循環が生まれるのです。
「改善」の分野では、漁具そのものを工夫する研究も進んでいます。たとえば一定期間で自然に分解される生分解性素材を網の一部に使い、万が一流出しても長く漁を続けないようにする試みや、そもそも回収・リサイクルしやすいように素材をそろえて設計する「リサイクルしやすい漁具」の検討です。水産庁も持続可能なプラスチック利用対策の一環として、こうした漁具の検討事業を後押ししています。作る段階からリサイクルを見すえることは、循環を格段にスムーズにします。
漁業者が海の現場でできること
水産庁は2019年に「漁業におけるプラスチック資源循環問題に対する今後の取組」をまとめ、同年の「海洋プラスチックごみ対策アクションプラン」につなげました。海上では操業前後の漁具点検と船上保管、悪天候前の漁具の移動、所有者を示すマーキング、陸上では漁具のメンテナンスと適切な廃棄・リサイクルが求められています。日本では漁業用プラスチックが年間およそ2万トン使われ、うち約2,000トンが適切に管理されずに流出していると推定されており、こうした足元の取り組みの積み重ねが流出量を左右します。

マーキングも見逃せない工夫です。漁具に所有者がわかる目印を付けておけば、流出した際に「誰の、どこの海域の漁具か」をたどりやすくなります。これは責任の所在を明らかにするだけでなく、流出の実態を把握し、対策を立てるためのデータにもなります。GGGIやFAOは、こうした漁具のマーキングを国際的な標準にしていこうと働きかけを続けています。小さな目印一つが、海全体の漁具の流れを見える化する第一歩になるのです。
海に残った漁具の被害は、絡め捕られる生き物だけにとどまりません。海底に沈んだ網はサンゴ礁を覆い、生息環境そのものを壊します。海の底に積もるごみの実態は深海ごみの記事でも取り上げています。入口(防止)と出口(リサイクル)の両輪がそろって、はじめて海の負担は軽くなっていきます。回収して終わりではなく、集めたものを資源として循環させる出口があること。それが、ゴーストギア対策全体を前に進める推進力になるのです。
リサイクルを阻む壁と、乗り越える工夫
ここまで前向きな話が続きましたが、漁網リサイクルにはまだ多くの課題が残っています。「良質なナイロン資源」であるはずの漁網が、なぜ簡単には循環に乗らないのか。現場が直面するリアルな壁を整理しておきましょう。
壁1:素材が混ざっている
前述のとおり、一つの漁具の中にナイロン、PE、PP、鉛、金属などが混在していることが多く、再生ナイロンとして使うには素材ごとに分ける必要があります。この分別は手作業に頼る部分が大きく、時間と人手(=コスト)がかかります。近年は素材を見分けるセンサーや、複数素材が混ざったまま処理できる技術(溶解・圧縮してペレット化する手法など)の開発も進んでいますが、まだ発展途上です。
壁2:汚れと付着物
長年海で使われた網には、貝殻・海藻・砂・塩分がびっしり付着しています。これらを取り除く洗浄工程は、水やエネルギーを消費し、再生材の品質にも直結します。汚れが多いほど手間が増え、リサイクルの採算を圧迫します。加えて、網は日光と海水で劣化し、材質そのものが弱っていることも少なくありません。状態が悪い網ほど高品質な再生には向かず、この見極めもコストと品質を左右します。だからこそ、海に長く放置される前に、早めに回収することが素材としての価値を保つうえでも大切なのです。
壁3:量と場所の分散
漁網は全国の港から少しずつ発生するため、リサイクル工場を回すのに十分な量を、効率よく一か所に集めるのが難しいという問題があります。運搬コストがかさめば、せっかくの資源も採算に合いません。国内では、大規模かつ持続的に回収からリサイクルまで一貫して行える仕組みがまだ確立途上なのが実情です。
| 課題 | 何が問題か | 乗り越える工夫 |
|---|---|---|
| 混合素材 | 分別に手間とコストがかかる | 選別技術・混合対応の再生技術の開発 |
| 汚れ・付着物 | 洗浄に水とエネルギーが必要 | 効率的な洗浄工程、状態のよい網の優先回収 |
| 量の分散 | 集約に運搬コストがかかる | 地域拠点の整備、買い上げによる回収促進 |
| 採算性 | 処理コストが売値を上回りがち | 高付加価値な用途開拓、ブランドとの連携 |

採算性の壁も見過ごせません。回収・運搬・分別・洗浄には人手とエネルギーがかかる一方、再生ナイロンがバージン素材より必ず安くなるとは限りません。むしろ手間の分だけ割高になることもあります。この差を埋めているのが、環境価値を評価して再生素材をあえて選ぶブランドや消費者の存在です。つまり漁網リサイクルは、技術と物流だけでなく「その価値にお金を払う人がいるか」という需要側にも支えられて成り立っているのです。
それでも、状況は着実に前進しています。商社や化学メーカーが参入し、ブランドが再生ナイロンを積極採用することで「集めれば売れる」出口が広がりました。出口が広がれば回収も進み、回収が進めば単価も下がる。この好循環をどこまで大きくできるかが、これからの勝負です。海洋環境全体をどう守るかという視点では海洋保護区の記事もあわせて読むと理解が深まります。
「リサイクルできるから大丈夫」ではない
再生技術が進んでも、海に流出した漁具をすべて回収できるわけではありません。リサイクルはあくまで対策の一部。まず海に出さないこと、そして使う量そのものを見直すことが、根本的な解決には欠かせません。
わたしたちにできること・これから
漁網リサイクルは、遠い漁業や工場だけの話ではありません。海から離れて暮らす私たちの選択も、この循環を確かに後押しできます。最後に、生活者としてできることと、これからの展望を整理します。
海を守るいちばんの近道は、遠い誰かの努力を待つことではなく、自分の選択を少しだけ海の側に寄せることだ。再生素材の製品を一つ選ぶ。その積み重ねが、回収の現場を回す力になる。
― 海LAB編集部
漁網リサイクルの物語は、海の現場の漁業者、技術を磨くメーカー、素材を選ぶブランド、そして製品を手に取る消費者という、たくさんの人のバトンリレーで成り立っています。どこか一人が欠けても、循環はうまく回りません。逆にいえば、私たちが「選ぶ」という小さな一歩は、そのバトンの確かな一区間を担っているということです。
消費者としての一歩
- 再生ナイロン製品を選ぶ:ECONYLやNetPlusなど、漁網由来の再生素材を使ったバッグ・水着・衣類・雑貨を意識して選ぶ
- 表示を確かめる:「リサイクルナイロン」「海洋プラスチック由来」などの表示や認証を、買い物のときにチェックする
- 知って、伝える:ゴーストギアや漁網リサイクルの話題を家族や友人と共有し、関心の輪を広げる
- 海辺で拾う・持ち帰る:ビーチクリーンに参加し、漂着した網やロープを適切に回収する活動に触れてみる
これからの循環型の海へ
理想は、使い終えた網が再びナイロン繊維になり、それがまた新しい漁網や製品になって、何度も海と社会を巡る「クローズドループ(閉じた循環)」です。伊藤忠商事の「網から網へ」の取り組みは、その一つのかたちを示しています。生分解性素材の研究、回収しやすい漁具の設計、素材を見分けるデジタル技術など、入口から出口までを結ぶピースが少しずつそろい始めています。
大切なのは、リサイクルを「魔法の解決策」と過信しないことです。再生技術がどれほど進んでも、海に流れ出た漁具をすべて回収できるわけではなく、リサイクルにもエネルギーとコストがかかります。だからこそ、まず海に出さない「防止」を最優先にしつつ、そのうえで出てしまったもの・使い終えたものを確実に循環させる。この順序を守ることが、遠回りに見えて最も確かな海の守り方です。ブルーカーボンなど海の炭素吸収の役割についてはブルーカーボンの記事も参考にしてください。
制度の面でも追い風が吹いています。世界では海洋プラスチック汚染を防ぐための国際的な枠組みづくりが議論され、漁具をふくむプラスチック全体のライフサイクルを見直す動きが強まっています。日本国内でも、分別を求めるガイドラインや、リサイクルしやすい漁具の検討など、循環を後押しする仕組みが少しずつ整えられてきました。技術・回収・需要・制度という四つの歯車がかみ合ったとき、漁網リサイクルは一部の先進事例から「あたりまえの選択肢」へと変わっていくはずです。
海の恵みで暮らすということは、その道具の最後まで責任を持つということでもあります。漁網リサイクルは、海洋プラスチック問題という大きな課題に対して、私たちが「捨てる」から「活かす」へと発想を切り替えられることを示す、希望のある実例です。温暖化が漁業に与える影響については温暖化と漁業の記事もあわせてご覧ください。

まとめ:漁網は「海のゴミ」から「海の資源」へ
使用済み漁網のリサイクルは、海洋プラスチック問題への実践的な答えのひとつです。毎年およそ64万トンの漁具が海に流出し、海洋の大型プラごみの多くを占める一方で、漁網の主素材であるナイロンは再生に向いた良質な資源でもあります。回収し、分別し、マテリアルまたはケミカルリサイクルで再生することで、網は繊維や樹脂ペレットとして何度も生まれ変われます。
鍵を握るのは、優れた技術だけでなく「集める仕組み」と「使う出口」です。回収スキームが整い、ブランドが再生素材を選び、ゴーストギア対策の防止・改善・軽減とリサイクルが連携したとき、海の負担は目に見えて軽くなっていきます。私たち一人ひとりの選択も、その循環を確かに支える力になります。
かつて港のすみで行き場を失っていた漁網が、いまでは服やバッグ、そしてまた新しい網へと生まれ変わっています。それは、技術の進歩だけが成し遂げたことではありません。海に出さない工夫を重ねる漁業者、集める仕組みを整える企業や自治体、そして再生素材をあえて選ぶ一人ひとりの、静かな意志の積み重ねが形になったものです。漁網リサイクルは、海の問題を「誰かの責任」から「みんなの循環」へと変えていく、確かな一歩なのです。
この記事のまとめ
- 漁具は毎年約64万トンが海に流出し、大型海洋プラごみの46〜70%(重量)を占める
- 漁網の主素材ナイロンは、繊維や樹脂ペレットに再生しやすい良質な資源
- 再生にはマテリアルリサイクルとケミカルリサイクルの二つがあり、状態に応じて使い分ける
- ECONYL・NetPlus・REAMIDE・KILAVIS RCなど、国内外で再生ナイロンが実用化されている
- 回収スキーム(買い上げ・分別・拠点整備)がリサイクル成立のカギ
- 廃漁具削減とゴーストギア対策(防止・改善・軽減)と連携して初めて効果が最大化する
- 再生素材を選ぶなど、消費者にもできることがある
参考文献・出典
- 環境省 – 漁業系廃棄物処理ガイドライン(改訂)令和2年5月
- 水産庁 – 海洋プラスチックごみ対策(漁業における取組)
- 環境省 – 日本の海洋プラスチックごみ流出量の推計
- 国連食糧農業機関(FAO・GFCM) – Ghost gear(放棄・逸失漁具と海洋プラスチック汚染)
- Science Advances(Richardson et al., 2022) – Global estimates of fishing gear lost to the ocean each year
- WWFジャパン – ゴーストギア発生予防対策・地域プロジェクト
- Global Ghost Gear Initiative(GGGI) – ゴーストギア対策の国際イニシアチブ
- 伊藤忠商事 – リサイクルナイロンを使用した漁網の共同開発および販売開始について(2024年)
- 豊田通商 – 海洋プラスチック汚染の主原因である廃漁網の繊維リサイクル事業へ参入
- 三菱ケミカル – 漁網を再利用した樹脂を用いたナイロン糸の販売開始について(2021年)
※ 信頼性の高い順に配列:政府機関・学術機関 > 査読済み論文 > 専門機関 > 信頼できるメディア