海の中にも「森」がある。高さ数十メートルの大型海藻がびっしりと立ち並び、魚やアワビ、ラッコまでを育むケルプの森(海中林)だ。ところが今、この海の森が世界各地でウニに食べ尽くされ、岩とウニだけが残る「ウニ砂漠(ウニ焼け)」へと姿を変えている。
米カリフォルニア州北部では2014年からのわずか5年間でブルケルプの森の約95%が消え、オーストラリア・タスマニア島でもジャイアントケルプの藻場が約95%失われた。日本でも同じ現象は「磯焼け」と呼ばれ、コンブやアラメの藻場が各地で衰退し、沿岸漁業に深刻な打撃を与え続けている。
なぜ海の森は突然崩壊するのか。なぜウニは餌がなくなっても居座り続けられるのか。この記事では、磯焼け・ウニ砂漠が生まれる科学的なメカニズムから、世界と日本の現状、そして「厄介者のウニを獲って・育てて・食べて」森を取り戻す再生の最前線までを、一次情報をもとに詳しく解説する。
この記事で学べること
- ケルプの森とは何か、なぜ「海の熱帯雨林」と呼ばれるのか
- ウニ砂漠(磯焼け)が生まれるメカニズムと、ウニが飢えても死なない理由
- カリフォルニア・タスマニア・ノルウェーで起きた藻場崩壊の実例
- 日本の磯焼けの現状と、水産庁ガイドラインに基づく対策
- 痩せウニを高級ウニに変える「ウニ畜養」ビジネスの仕組み
- 藻場再生とブルーカーボン、私たち消費者にできること
ケルプの森とは——「海の熱帯雨林」と呼ばれる海中林
ケルプとは、コンブ目に属する大型の褐藻(褐色の海藻)の総称だ。冷たく栄養豊富な海の岩場に根のような付着器で張り付き、茎と葉を海面に向かって伸ばして、まるで陸上の森のような立体的な「海中林(kelp forest)」を作り上げる。日本人になじみ深いマコンブやアラメ・カジメも、このケルプの仲間である。
ケルプの森は世界の冷温帯から亜寒帯の沿岸に広く分布する。北米太平洋岸、チリなど南米沿岸、オーストラリア南部やタスマニア、ノルウェーをはじめとする北欧、そして日本の北日本沿岸——世界の海岸線のかなりの部分が、かつてはこうした海の森に縁取られていた。熱帯のサンゴ礁が「海の熱帯雨林」と呼ばれるのに対し、ケルプの森は冷たい海における生物多様性の中心地であり、まさに温帯・寒帯版の海の熱帯雨林である。
日本の沿岸に目を向ければ、北海道や東北のコンブ場、本州から九州にかけてのアラメ・カジメ場、ホンダワラ類が茂るガラモ場など、多彩な海藻の森(藻場)が連なっている。出汁文化を支えるコンブも、磯の香りのワカメやヒジキも、すべてこの海の森の恵みだ。日本人ほど海藻の森と深く付き合ってきた民族は世界でも珍しい——だからこそ、その森が消える磯焼けは、日本にとって食文化の危機でもある。
1日50cm伸びる世界最大の海藻
ケルプの森の主役のひとつ、ジャイアントケルプ(和名オオウキモ)は全長50m以上に達する世界最大の海藻だ。葉の付け根に空気の入った浮き袋(気胞)を持ち、海底から海面まで一直線に立ち上がる。成長速度は驚異的で、条件が良ければ1日に50cm前後も伸びるとされる。陸上のどんな植物よりも速いスピードで、海の中に「天蓋(キャノピー)」を持つ森が形成されていく。
ケルプの体は、岩に張り付く付着器、幹にあたる茎状部、葉にあたる葉状部からできている。陸の植物と違って根から栄養を吸うのではなく、体の表面全体で海水中の栄養塩を直接吸収する。だからこそ、湧昇流などで栄養豊富な冷たい海水が供給される沿岸で爆発的に成長できる一方、水温が上がって栄養塩が減ると一気に衰えるという弱点も抱えている。
海面に広がる天蓋の層、中層の茎の林、海底の若い芽や小型海藻の層——ケルプの森は陸の森と同じような階層構造を持ち、それぞれの層に異なる生き物が暮らす。魚は茎の間を回遊し、アワビやウニは海底で落ちてくる海藻の切れ端を待ち、海面の天蓋にはラッコが絡まって眠る。一つの海藻が、丸ごと一つの生態系の土台になっているのだ。
年間約5,000億ドルの恵みを生む生態系
2023年に科学誌ネイチャー・コミュニケーションズに発表された国際研究(Eger博士ら)は、世界のケルプの森が生み出す価値を初めて包括的に試算した。漁業生産の支援、窒素汚染の吸収、炭素の固定という3つの生態系サービスだけで、その価値は年間4,650億〜5,620億ドル(平均約5,000億ドル)。1ヘクタールあたりでは年間最大11万ドル超に相当すると推計されている。
- 魚介類のゆりかご——魚の産卵場・稚魚の隠れ家となり、アワビ・ウニ・イセエビなど高価な水産資源を育てる
- 水質の浄化——陸から流れ込む窒素などの栄養塩を吸収し、富栄養化を和らげる
- 炭素の吸収——光合成でCO2を取り込み、一部は深海へ運ばれて長期貯留される(ブルーカーボン)
- 波浪の低減——海藻の茂みが波のエネルギーを弱め、海岸を守る
- 観光・文化——ダイビングや海藻食文化など、地域の暮らしと経済を支える

ケルプの森の基礎知識
- ケルプ=コンブ目の大型褐藻の総称。日本のコンブ・アラメ・カジメも仲間
- ジャイアントケルプは全長50m以上・1日約50cm成長する世界最大の海藻
- 漁業・窒素除去・炭素固定の価値は世界で年間約5,000億ドルと推計
ウニ砂漠(磯焼け)とは——海の森が「砂漠」に変わるメカニズム
ウニ砂漠(urchin barren)とは、増えすぎたウニが海藻を食べ尽くし、岩肌とウニだけが延々と続く裸の海底のことだ。日本ではこの現象を「磯焼け」と呼び、特にウニの食害によるものは「ウニ焼け」とも呼ばれる。水産庁の磯焼け対策ガイドラインは、磯焼けを次のように定義している。
浅海の岩礁・転石域において、海藻の群落(藻場)が季節的消長や多少の経年変化の範囲を越えて著しく衰退または消失して貧植生状態となる現象
― 水産庁「磯焼け対策ガイドライン」
藻場が消えると、海藻を餌や住みかにしていた魚や貝が姿を消し、それを獲って暮らす沿岸漁業が立ち行かなくなる。磯焼けは単なる景観の変化ではなく、沿岸の生態系と地域経済を根こそぎ崩す「海の砂漠化」なのだ。
「磯焼け」は明治時代からあった
磯焼けは決して新しい現象ではない。「磯焼け」という言葉自体、明治時代に伊豆地方の海で起きた海藻群落の消失を記録した報告に登場するとされるほど古くから知られてきた。ただし、かつては局所的・一時的だった磯焼けが、近年は規模が大きく、長期化し、回復しないまま固定化するケースが世界中で増えている。背景に地球規模の海洋環境の変化があると考えられているからこそ、磯焼けは現代の海洋環境問題として改めて注目されているのだ。
なぜウニだけが生き残れるのか——驚異の飢餓耐性
不思議なのは、餌の海藻を食べ尽くしたはずのウニが死なずに居座り続けることだ。ウニは飢餓に対して極めて強く、代謝を落として餌がほとんどない状態でも長期間生き延びることができる。飢えたウニは生殖巣(私たちが食べる部分)が痩せ細り、漁獲する価値のない「空っぽのウニ」になるが、生命力は失わない。そして海藻の新芽が顔を出すたびに、待ち構えていたウニがすかさず食べてしまう。こうして藻場の再生の芽は摘まれ続ける。
一度壊れると戻らない——2つの安定状態
カリフォルニア大学サンタクルーズ校などの研究によれば、ウニは海藻が豊富なときは岩の隙間に潜み、流れてくる海藻の切れ端(流れ藻)を受け身で食べている。ところが流れ藻が減ると、岩場から這い出して能動的に動き回り、生きた海藻を直接かじり始める。この行動の切り替えが、藻場からウニ砂漠への急転換を引き起こす引き金のひとつだ。
生態学では、ケルプの森とウニ砂漠は同じ場所が取りうる2つの安定状態と考えられている。森が健在なうちはウニが多少いても藻場は維持されるが、ある一線(臨界点)を越えてウニ砂漠に転落すると、今度はウニの数を大幅に減らさない限り森には戻らない。行きと帰りで必要な条件が異なる、この「戻りにくさ」(ヒステリシス)こそが、磯焼け対策を難しくしている核心である。
つまり磯焼け対策では、「森が壊れる前に守る」ことが「壊れてから直す」ことより圧倒的に安上がりだということになる。すでにウニ砂漠になった海域では、海藻の種の供給源となる母藻が近くに残っているうちに、集中的にウニの密度を下げることが回復のカギを握る。時間が経つほど種の供給が絶え、回復のハードルは上がっていく。

磯焼けの3つの顔
- ウニ焼け——増えすぎたウニの食害。日本の北日本や北米・豪州で主要因
- 魚の食害——アイゴ・イスズミなど植食性魚類による食害。温暖化で日本の南日本を中心に深刻化
- 環境変化——高水温・栄養塩不足・濁りなどで海藻自体が衰える
引き金は何か——捕食者の喪失と海の温暖化
健全な海では、ウニの数は捕食者によって抑えられ、藻場とウニは共存している。ウニ砂漠が生まれる背景には、この抑え役(捕食者)の喪失と、海水温の上昇という2つの大きな変化がある。
森の番人・捕食者が消えた
北太平洋ではラッコがウニの天敵として藻場を守ってきた。毛皮目的の乱獲でラッコが激減した海域ではウニが爆発的に増え、ケルプの森が消えたことが知られている(詳しくはラッコはなぜ「海の要石」なのかの記事で解説)。ほかにも、ヒマワリヒトデのような大型ヒトデ、タラなどの大型魚、イセエビ・ロブスター類がウニの重要な捕食者であり、病気や乱獲で捕食者が減った海域ではウニ砂漠が広がりやすいことが世界各地で確認されている。
海洋熱波が最後の一撃になる
海水温の上昇は二重の意味で藻場を追い詰める。まず、高水温と栄養塩の不足はコンブなどの冷水性海藻の成長を直接妨げ、枯死させる。さらに、水温が上がるとウニや植食性魚類の活動が活発になり、摂食量が増える。「弱った森」を「食欲を増した草食者」が襲うという最悪の組み合わせが生まれるのだ。近年は数週間から数カ月も異常高水温が続く海洋熱波(マリンヒートウェーブ)が世界中で頻発し、藻場崩壊の引き金となっている。
日本では「魚の食害」も深刻
日本の南日本では、ウニに加えてアイゴ・イスズミ・ブダイといった海藻を食べる魚(植食性魚類)の食害が深刻だ。温暖化で冬の水温が下がりにくくなった結果、これらの魚が冬も活発に海藻を食べ続けるようになり、分布も北へ広がっている。水産庁のガイドラインも、ウニ対策と並んで植食性魚類の生態と除去方法を重点的に整理している。
単独犯ではなく「複合犯」
重要なのは、磯焼けの原因はひとつではないということだ。海域ごとに、ウニ・魚・水温・栄養塩・濁り・捕食者の状況が異なる組み合わせで効いている。だからこそ水産庁のガイドラインは、対策の前に「まずその海域の磯焼けの原因を診断する」手順を最初に置いている。ウニが主犯の海でいくら海藻の種をまいても食べられて終わりだし、高水温が主因の海でウニだけ駆除しても森は戻らない。原因の見極めが、磯焼け対策の出発点なのだ。
見落とされがちな要因が栄養塩の変化だ。海藻は海水中の窒素やリンを吸収して育つため、暖流の勢力が強まって栄養塩の乏しい海水に覆われたり、成層化が進んで深層からの栄養供給が減ったりすると、ウニがいなくても海藻は痩せ細っていく。高水温・貧栄養・食害という3つの圧力は互いに絡み合っており、どれが主因かは海域ごとに異なる。
- 捕食者の喪失——ラッコ・ヒトデ・大型魚・ロブスターの減少でウニが増殖
- 海洋熱波・温暖化——海藻を弱らせ、ウニ・植食魚の食欲を増進させる
- 乱獲の連鎖——ウニを抑えていた漁業資源の減少が食害を加速
- 沿岸環境の変化——栄養塩の減少や濁りが海藻の生育を妨げる

カリフォルニアの悲劇——わずか5年で森の95%が消えた
ウニ砂漠の脅威を世界に知らしめたのが、米カリフォルニア州北部の大崩壊だ。2019年にサイエンティフィック・リポーツ誌に発表された研究によれば、2014年から2019年にかけて北カリフォルニアのブルケルプ(アメリカオオコンブの仲間)の森の約95%が消失し、350km以上の海岸線でケルプの天蓋が90%以上失われた。
ヒトデの病気から始まった破滅の連鎖
発端は2013年に始まった「ヒトデ消耗症候群」という感染症の大流行だった。ウニの最大の天敵であるヒマワリヒトデ(腕を20本以上持つ世界最大級のヒトデ)は、太平洋岸で歴史的個体数から97%以上も激減し、2020年にはIUCNレッドリストで最も絶滅に近い「深刻な危機(CR)」に指定された。
天敵を失った直後の2014〜2016年、北東太平洋を史上最大級の海洋熱波「ブロブ」とエルニーニョが襲う。高水温で弱ったケルプの森に、天敵のいなくなったムラサキウニ(パープルアーチン)が押し寄せた。その個体数は2014年以降、北部沿岸で1万%(100倍)以上も増加したと報告されている。
漁業への打撃——アワビ漁の閉鎖
森の消失は漁業を直撃した。ケルプを餌にするアワビは2017年に大量死し(約8割が死亡)、2018年には推定4,400万ドル規模とされた北カリフォルニアの遊漁アワビ漁が閉鎖に追い込まれた。商業的な赤ウニ漁も、餌不足でウニの身が入らなくなり崩壊した。「ウニが増えたのにウニ漁が滅びる」という皮肉な事態である。
この崩壊が研究者に衝撃を与えたのは、そのスピードだった。何十年もかけてじわじわ衰退したのではなく、ヒトデの病気と海洋熱波という2つの引き金が重なった数年間で、350km以上の海岸線の森が一気に消えたのだ。生態系の崩壊は徐々にではなく、閾値を越えた瞬間に雪崩を打って起きる——カリフォルニアの事例は、その教科書のような実例として世界の海洋研究者に共有されている。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 2013年 | ヒトデ消耗症候群が大流行。ヒマワリヒトデが97%以上激減 |
| 2014〜2016年 | 海洋熱波「ブロブ」とエルニーニョで記録的高水温が続く |
| 2014年以降 | ムラサキウニが約100倍に爆増し、海底を覆い尽くす |
| 2014〜2019年 | 北カリフォルニアのブルケルプの森が約95%消失 |
| 2017年 | 餌を失ったアワビが大量死(約8割) |
| 2018年 | 遊漁アワビ漁が閉鎖。商業赤ウニ漁も崩壊状態に |

世界に広がるウニ砂漠——タスマニアとノルウェーの明暗
ウニ砂漠はカリフォルニアだけの現象ではない。南半球のオーストラリアから北欧ノルウェーまで、世界の冷温帯沿岸で同じ構図の崩壊が進んでいる。ただしその行方は地域によって明暗が分かれており、対策のヒントも隠されている。
タスマニア——海流が運んできた「とげの侵入者」
オーストラリア・タスマニア島では、かつて広大だったジャイアントケルプの森が近年数十年で約95%減少し、2012年には豪州で初めて「絶滅の恐れのある海洋生態群集」に指定された。主犯のひとつは、温暖化で勢力を強めた東オーストラリア海流に乗って南下してきたナガウニの仲間(Centrostephanus rodgersii、ロングスパインド・シーアーチン)だ。1978年にタスマニアで初めて確認されて以降、爆発的に増え、各地の岩礁をウニ砂漠に変えている。天敵であるミナミイセエビの乱獲が、ウニの増殖に拍車をかけたことも指摘されている。
ノルウェー——8,400km²の裸地と、温暖化がもたらした意外な回復
ノルウェーでは1970年代初めから、グリーンウニ(キタムラサキウニの近縁種)の大発生によって推定8,400km²——東京都の約4倍——ものコンブ場が裸地化し、数十年にわたってウニ砂漠が続いてきた。ところが近年、中部ノルウェーでは水温上昇でウニの幼生が育ちにくくなり、ウニの世代交代が滞って藻場が回復しつつあると報告されている。温暖化がある海域では磯焼けを引き起こし、別の海域では逆に終わらせる——ウニと海藻の力関係が水温に左右されることを示す象徴的な例だ。
ノルウェーの実験では、ウニの密度を大きく下げた区画で速やかにコンブが再生することも確かめられており、近年はウニを効率的に回収して食用化する事業も生まれている。数十年単位で固定化したウニ砂漠でも、条件さえ変えれば森は戻る——この事実は、世界中の磯焼け対策に希望を与えている。
世界共通の構図
地域によって主役のウニも引き金も違うが、構図は驚くほど共通している。①捕食者が病気や乱獲で減る、②温暖化・海洋熱波が海藻を弱らせる、③ウニが爆発的に増えて森を食べ尽くす、④飢えたウニが居座って回復を阻む——この4段階だ。世界のケルプの森の長期変化を集計した研究でも、地域差は大きいものの全体として減少傾向にあることが報告されており、ウニ砂漠問題は一地域の漁業問題ではなく、地球規模の生態系変動の一部として捉えられている。
| 地域 | 主役のウニ | 主な引き金 | 現状 |
|---|---|---|---|
| 北カリフォルニア | ムラサキウニ | ヒトデの病死+海洋熱波 | ブルケルプ約95%消失。回復は限定的 |
| タスマニア | ナガウニの仲間 | 海流強化による南下+ロブスター乱獲 | ジャイアントケルプ約95%減。絶滅危惧の生態群集に指定 |
| ノルウェー | グリーンウニ | 捕食者の減少(1970年代〜) | 約8,400km²が裸地化。中部では温暖化でウニが減り回復傾向 |
| 日本 | キタムラサキウニ・ガンガゼ等+植食性魚類 | 温暖化・捕食圧の低下・栄養塩変化など複合 | 藻場は20年で約3割減。全国で対策進行中 |

日本の磯焼け——20年で藻場の約3割が消えた
日本は世界有数の海藻大国であり、磯焼けの被害も古くから知られてきた。環境省の自然環境保全基礎調査によれば、全国の藻場面積は1978年の約20.8万ヘクタールから1990年代後半には約14.2万ヘクタールへと、約20年間でおよそ3割(約6.5万ヘクタール)減少した。その後も各地で藻場の衰退が報告され続けている。
| 藻場のタイプ | 主な海藻 | 主な分布域 | 磯焼けの主な脅威 |
|---|---|---|---|
| コンブ場 | マコンブ・リシリコンブなど | 北海道・東北 | キタムラサキウニの食害、高水温 |
| アラメ・カジメ場 | アラメ・カジメ・クロメ | 本州〜九州の太平洋岸など | 植食性魚類・ガンガゼの食害、高水温 |
| ガラモ場 | ホンダワラ類 | 全国の沿岸 | 食害、栄養塩の変化 |
| アマモ場 | アマモ(海草) | 内湾の砂泥底 | 埋め立て・水質悪化(磯焼けとは別要因が中心) |
北のコンブ場——キタムラサキウニとの闘い
北海道の日本海側では、コンブ場の磯焼けが長年の課題だ。主役はキタムラサキウニ。ウニが増えた海域ではコンブが育たず、コンブ漁が打撃を受けるだけでなく、餌のないウニは身が入らないためウニ漁自体も成り立たないという二重の損失が生じている。漁業者や自治体はウニの除去や移殖、母藻の設置などの対策を続けている。
南のアラメ・カジメ場——ガンガゼと魚の食害
九州・四国から本州南岸にかけては、とげの長いガンガゼ類の食害に加え、温暖化で活発化したアイゴなどの植食性魚類が藻場を食い荒らす。高水温そのものによる海藻の枯死も重なり、アラメ・カジメの藻場やヒジキ場が各地で後退している。イセエビや貝類の漁場でもある藻場の消失は、地域の漁業経営を直撃している。
ガンガゼは長さ10cmを超える鋭いとげを持ち、刺されると激しく痛むため、駆除には手間と危険が伴う。しかも暖かい海を好むため、温暖化とともに分布を北へ広げていると考えられている。各地の漁協やダイバーは、水中でハンマーやハサミを使ってガンガゼを割る駆除作業を地道に続けており、駆除後にアラメやカジメの幼体が戻り始めた海域も報告されている。
コンブの産地で何が起きるか
日本のコンブ生産は天然・養殖とも北海道が中心で、出汁や昆布加工品として日本の食文化の土台を支えている。磯焼けでコンブ場が失われることは、単に一つの海藻が減るだけでなく、コンブを起点とする食物連鎖、地域の漁家経済、そして和食文化の原料供給までもが揺らぐことを意味する。しかも海水温の上昇はコンブの生育適地そのものを北へ押し上げつつあり、将来的な分布の縮小を予測する研究もある。ウニ対策と気候変動対策は、コンブの未来にとって車の両輪なのだ。
国の対策——磯焼け対策ガイドライン
水産庁は2007年2月に「磯焼け対策ガイドライン」を策定し、その後の知見を踏まえて2015年に改訂した。ガイドラインは磯焼けの原因を診断する手順と、原因別の対策メニュー(ウニ・植食性魚類の除去、母藻の設置、海藻の種苗投入など)を整理し、漁業者が主体となって藻場を回復させる活動を後押ししている。全国の藻場保全活動は、水産多面的機能発揮対策などの制度で支援されており、近年は海水温上昇を踏まえた手引きも作られている。
現場の担い手は、漁業者・ダイバー・研究者・自治体からなる各地の活動組織だ。ウニ除去の頻度や区画を決め、母藻を設置し、効果をモニタリングする——地味だが科学的な順応的管理の積み重ねが、各地で藻場を少しずつ取り戻している。一方で、担い手の高齢化や活動資金の確保は共通の課題であり、後述する「ウニを売って対策費を稼ぐ」仕組みづくりが注目される理由もここにある。

磯焼けが奪うもの
- コンブ・ワカメ・ヒジキなど海藻そのものの漁獲
- アワビ・サザエ・ウニなど藻場に依存する磯根資源
- 魚の産卵場・稚魚の育成場としての機能(漁獲量全体への影響)
- CO2を吸収するブルーカーボン生態系としての機能
再生への挑戦——ウニを「獲って・育てて・食べて」森を取り戻す
ウニ砂漠からの回復で最も直接的なのは、ウニの密度を下げることだ。日本各地やノルウェーの実験では、ウニを十分に取り除いた場所で海藻が再生することが確かめられている。しかし駆除したウニは身が入っておらず売り物にならないため、駆除は費用のかかる「持ち出し」の作業になりがちだった。この構図を変えつつあるのが、ウニを資源に変える発想だ。
厄介者を宝に変える「ウニ畜養」
痩せたウニも、獲ってから陸上の水槽で餌を与えて育て直す「畜養」を行えば、数カ月で商品になる身入りに回復する。磯焼け対策のウニ駆除が、そのまま高級ウニの原料調達になる——駆除のコストを収益に変える循環モデルである。
この分野を切り開いてきたのが、2017年設立のウニノミクス株式会社だ。同社は磯焼け海域の痩せウニを買い取って陸上施設で畜養する事業を手がけ、北海道から大分まで国内各地のほか、米国・カナダ・ノルウェー・オーストラリアなど海外でも活動してきた。漁業者は駆除したウニを売って収入を得られ、海はウニの密度が下がって藻場が回復に向かう。水産庁の磯焼け対策全国協議会でも、漁業者と地域がともに潤う磯焼け対策の事例として紹介されている。
この会社を見るウニノミクス株式会社|磯焼けウニの陸上畜養磯焼けの原因となる痩せウニを買い取り、陸上施設で育て直して高品質ウニとして出荷。藻場再生と漁業者の収入を両立させる事業を国内外で展開。🔗 uninomics.co.jp大分県国東市では、ウニノミクスの技術を導入した大分うにファームが2021年春から世界初とされる商業規模のウニ陸上畜養を開始。食用コンブの端材を活用した餌で育てることで身入りが4〜5倍に改善し、2021年8月からは「豊後の磯守(ぶんごのいそもり)」のブランド名で出荷が始まった。磯焼け対策と地域の特産品づくりを両立させたモデルとして、気候変動適応の事例にも取り上げられている。
この取り組みを見る大分うにファーム|世界初の商業規模ウニ陸上畜養大分県国東市で磯焼け海域の痩せウニを陸上畜養し、特産品「豊後の磯守」として出荷。なぜウニを陸上で育てるのかを解説。🔗 oita-uni-farm.co.jpウニ畜養の面白さは、磯焼けの「原因」を地域の「特産品」に反転させる点にある。駆除ウニの受け皿ができれば、漁業者には駆除を続ける経済的動機が生まれ、対策が補助金頼みから自走型に変わっていく。買い手である私たち消費者も、畜養ウニを味わうことがそのまま藻場再生への参加になる。「おいしく食べることが海の森を守る」という、参加のハードルが極めて低い環境活動なのだ。
海外でも進む「食べて守る」アプローチ
カリフォルニアではダイバーや漁業者がムラサキウニの駆除に取り組み、駆除したウニを畜養して食用化する試みも始まっている。ノルウェーやタスマニアでも、ウニの回収・商品化と藻場再生を組み合わせたプロジェクトが動く。さらにタスマニアやカリフォルニアでは、残された海藻から採った種苗を育てて海に戻すケルプの植林(藻場再生)や、高水温に強い株を選ぶ研究も進行中だ。タスマニアでは、わずかに生き残った「暑さに強い」ジャイアントケルプの株から種苗を育てて植え戻す再生プロジェクトが成果を上げつつあると報告されている。
磯焼け対策の主な手法
- ウニ・植食性魚類の除去——潜水による駆除・網での捕獲。密度を下げて新芽を守る
- ウニ畜養——痩せウニを陸上で育て直して出荷。駆除コストを収益化
- 母藻・種苗の供給——スポアバッグ(種入り袋)の設置や育てた海藻の移植で再生を後押し
- 捕食者の回復——ヒトデ・ロブスター・ラッコなど天敵の保護と資源管理
- 食害に強い藻場づくり——高水温・食害に強い海藻の活用や環境改善

海の森を未来へ——ブルーカーボンと私たちにできること
ケルプの森や藻場は、魚を育てるだけでなく、CO2を吸収・貯留するブルーカーボン生態系としても注目されている。日本では藻場の再生活動が生むCO2吸収量をクレジットとして取引する仕組み(Jブルークレジット)も動き出しており、磯焼け対策は気候変動対策としての価値も持ち始めた。藻場再生の具体的な手法は魚のゆりかご・藻場の再生の記事で詳しく紹介している。
ブルーカーボンとしての価値が数字になれば、藻場を守る活動に企業の資金が流れ込む道が開ける。実際、藻場再生によるクレジットを購入して脱炭素目標に活用する企業は増えつつあり、「磯焼け対策=漁業のための出費」から「磯焼け対策=炭素と生物多様性への投資」へと、社会の見方が変わり始めている。海の森の価値を見える化することは、守る力を集めることに直結するのだ。
消費者にもできる「森を守る食べ方」
- 磯焼け対策のウニ・海藻製品を選ぶ——畜養ウニや藻場保全に取り組む産地の水産物を購入することが、駆除・再生活動の資金になる
- 海藻を食べる文化をつなぐ——コンブ・ワカメ・ヒジキの消費は、藻場の経済的価値を支える土台になる
- 活動を知り、参加する——各地の藻場保全団体・ダイバーによる駆除活動やブルーカーボンの取り組みに注目し、応援する
- 気候変動対策を進める——磯焼けの根本要因である海水温上昇を抑えることが、最大の藻場保全になる
陸の森林破壊は衛星写真で誰の目にも見えるが、海の森の消失は水面下で静かに進む。それでも、ヒトデの病気ひとつ、海流の変化ひとつで数百キロの森が消えるという事実は、海の生態系がいかに精妙なバランスの上に成り立っているかを教えてくれる。ウニを獲り、育て、食べ、海藻の文化をつなぐ——人の営みを再び海の循環の中に組み込むことが、ウニ砂漠を森に戻す最も確かな道筋だ。
かつて日本の里山では、人が適度に木を伐り、落ち葉を集めることで豊かな森が保たれてきた。海もまた同じで、人がウニを獲り、海藻を利用し続けることが、結果として藻場の健全さを支えてきた面がある。磯焼けの拡大は、海と人の関わりが薄れた時代への警鐘でもある。海の森の物語を知った今日から、食卓での一つの選択が、遠くの海の森づくりにつながっていく。

この記事のまとめ
- ケルプの森はコンブ目の大型海藻が作る海中林。年間約5,000億ドルの価値を生む「海の熱帯雨林」
- ウニ砂漠(磯焼け)は、捕食者の喪失と温暖化で増えたウニが海藻を食べ尽くす「海の砂漠化」
- 北カリフォルニアでは5年でブルケルプの約95%、タスマニアでもジャイアントケルプの約95%が消失
- 日本の藻場も約20年で約3割減。水産庁ガイドラインのもと漁業者主体の対策が進む
- 痩せウニを育て直す「ウニ畜養」など、駆除を収益に変える再生モデルが世界で広がっている
参考文献・出典
- 水産庁 – 藻場の保全・創造、磯焼け対策(磯焼け対策ガイドライン)
- 環境省 生物多様性センター – 自然環境保全基礎調査 藻場調査
- Eger et al.(2023)Nature Communications – The value of ecosystem services in global marine kelp forests
- Rogers-Bennett & Catton(2019)Scientific Reports – Marine heat wave and multiple stressors tip bull kelp forest to sea urchin barrens
- カリフォルニア大学サンタクルーズ校 – Destruction and recovery of kelp forests driven by changes in sea urchin behavior
- CSIRO(オーストラリア連邦科学産業研究機構) – An ocean forest in danger(タスマニアのケルプの森)
- NIVA(ノルウェー水研究所) – Restoring Norway's underwater forests
- 水産庁 磯焼け対策全国協議会 – ウニノミクス株式会社 ウニ畜養ビジネスを通じた磯焼け対策
- 気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT) – 磯焼けの原因であるウニを育て直し、藻場の回復を目指す(大分県)
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