⚡ 30秒でわかる答え

  • マングローブ林は陸上熱帯林の最大3倍の炭素を蓄え、世界の海岸線を高潮や浸食から守るブルーカーボン生態系である。
  • 複雑に絡み合う根が稚魚やエビの隠れ家となり、沿岸漁業の漁獲を支えている。
  • 2000〜2020年に世界で28.4万haが純減し、IUCNは半数以上が2050年までに崩壊しかねないと評価した。
  • 日本では鹿児島県と沖縄県にのみ分布し、西表島・石垣島に最大級の群落が広がる。
1,480万ha
世界のマングローブ林の総面積(2020年・FAO)
約3倍
同面積の陸上熱帯林と比べた炭素蓄積量
650億ドル/年
世界の洪水被害を防ぐ経済価値(Beck et al. 2020)

マングローブ林は、海水と淡水が入り混じる汽水域だけに育つ特殊な木々の集まりだ。複雑に絡み合う根は潮の満ち引きにも負けず土を抱き込み、炭素を蓄え、稚魚を育て、高潮の勢いを弱める。「海と陸の境界」に立つこの森は、地球上でもっとも多面的な働きを持つ生態系のひとつといえる。

国連食糧農業機関(FAO)によると、2020年時点で世界のマングローブ林は約1,480万haに広がる。だが養殖池やインフラ開発への転用によって2000年からの20年間で67.7万haが失われ、新たに増えた39.3万haを差し引いても28.4万haの純減となった。国際自然保護連合(IUCN)は世界のマングローブ生態系の半数以上が2050年までに崩壊するリスクを抱えると評価している。

この記事では、マングローブ林が持つ炭素貯留・防災・生物多様性という3つの役割を、FAOやIUCN、査読論文などの一次情報にもとづいて整理する。あわせて日本国内の分布や、企業によるブルーカーボン事業の最新動向も紹介する。

この記事で学べること

  • マングローブ林が「ブルーカーボン」としてどれだけの炭素を蓄えているか
  • 高潮・津波の勢いを弱める防災機能の仕組みと実測データ
  • 稚魚やエビを育てる「海のゆりかご」としての役割と漁業への経済価値
  • 世界と日本でマングローブ林が失われている実態と主な原因
  • 企業や地域がマングローブ再生・ブルーカーボン事業に取り組む具体的な事例

マングローブ林とは何か

マングローブ林とは、熱帯・亜熱帯の河口や入り江など、海水と淡水が混ざり合う汽水域の潮間帯に成立する森林の総称だ。特定の1種を指す言葉ではなく、塩分を含む泥地で生きられるよう進化した複数の樹種の集まりをそう呼ぶ。世界にはヒルギ科・クマツヅラ科など複数の科にまたがる樹種が分布し、地域によって顔ぶれが異なる。

世界の分布:熱帯・亜熱帯の沿岸に集中

FAO(国連食糧農業機関)の2023年報告では、世界のマングローブ林の総面積は2020年時点で約1,480万haと算定されている。分布は東南アジア・南アジアが最も広く、インドネシアだけで世界全体の2割前後を占めるとされる。次いでアフリカ西岸、中南米のカリブ海沿岸、オーストラリア北部などに広がり、赤道を挟んだ南北の回帰線付近が北限・南限のおおよその目安になる。

世界にはおよそ70種前後の真正マングローブ種が知られているが、その分布には大きな偏りがある。インドネシア・マレーシアなどを含む「インド-西太平洋区」には50種を超える種が集中し、なかでもインドネシア一国だけで40種以上が記録されるなど、種の多様性の中心地になっている。対照的に、アフリカ西岸から中南米・カリブ海にかけての「大西洋-東太平洋区」は10種台にとどまり、地域による多様性の差が際立っている。日本を含む東アジアの温帯寄りの地域は、この多様性の中心から外れた「分布の縁」にあたる。

日本のマングローブ:分布は鹿児島県と沖縄県のみ

日本でマングローブ林が自然分布するのは鹿児島県と沖縄県に限られ、記録されている自生地は2県合わせて20の島の214カ所にのぼる(鹿児島県6島39カ所、沖縄県14島175カ所)。もっとも規模が大きいのは沖縄県の西表島で、面積は602.099haと国内全体の68.3%を占める。次いで石垣島が101.824ha、沖縄本島が59.439haと続き、上位3島だけで国内のマングローブ林の大半が集中している。北限は鹿児島県日置市の神之川(かんのがわ)河口(北緯31度37分付近)で、自然分布としては種子島・西之表市の湊川がさらに北の限界地とされる。世界的に見てもこの緯度帯は、マングローブが自生する最も北の地点の一つに数えられる。

科種(和名)主な分布域
ヒルギ科メヒルギ・オヒルギ・ヤエヤマヒルギ鹿児島県〜沖縄本島
キツネノマゴ科ヒルギダマシ沖縄本島以南
シクンシ科ヒルギモドキ沖縄本島以南
ハマザクロ科マヤプシキ石垣島以南
ヤシ科ニッパヤシ西表島
日本に自生する5科7種のマングローブ構成種(鹿児島沖縄マングローブ探検の分類にもとづく)

「マングローブ」は種名ではない

  • 日本には主に5科7種のマングローブ構成種が確認されている
  • ヒルギ科(メヒルギ・オヒルギ・ヤエヤマヒルギ)は全ての自生地で必ず1種以上が生育する中核グループ
  • 根の形は種によって異なり、支柱根・膝根・筍根(呼吸根)などがある
  • 塩分の高い泥地に適応するため、葉や根に塩を排出・蓄積する仕組みを持つ種が多い

「マングローブ」という呼び名と人との関わり

「マングローブ」という呼び名自体は特定の分類群を指す学術用語ではなく、汽水域に育つ樹木群を指す通称として世界的に定着した言葉だ。東南アジアや南米の沿岸地域では古くから薪炭材やタンニン(染料・皮なめし用)の原料として利用され、根や幹は住居の建材にも使われてきた。近年は木材や燃料としての直接利用よりも、炭素貯留・防災・漁業資源といった生態系サービスの価値の方が大きいという理解が広がり、伐採よりも保全・再生を優先する方向に政策の重心が移りつつある。

「海と陸の境界」に育つ生態的な仕組み

マングローブ林が育つ潮間帯は、1日に2回、潮の満ち引きで水位が数十cm〜数mも変動する過酷な環境だ。満潮時には根元まで海水に浸かり、干潮時には泥だけがむき出しになる。さらに海水は淡水よりも塩分濃度が高く、多くの植物にとって根から水を吸い上げにくい環境になる。マングローブを構成する樹種は、この二重の困難に対応するための独自の形態を進化させてきた。

気根:呼吸と踏ん張りを両立する根

泥の中は酸素が乏しいため、多くのマングローブ樹種は地表や水面に露出する「気根」を発達させる。ヤエヤマヒルギなどが持つ弓なりの支柱根は、幹を安定させながら根の表面から酸素を取り込む役割を担う。オヒルギの仲間が持つ膝根(しっこん)や、メヒルギに見られる筍根(じゅんこん)も、呼吸のために泥から突き出す構造として知られる。

潮の高さで棲み分ける帯状分布

マングローブ林を横から眺めると、海側から陸側に向かって樹種の顔ぶれが少しずつ変わっていく「帯状分布(ゾーネーション)」が見られることが多い。もっとも海水にさらされる海側の縁には塩分耐性の高い種が並び、内陸側に進むにつれて淡水の影響が強い種へと入れ替わっていく。これは、種ごとに耐えられる塩分濃度・冠水時間・土壌の硬さが異なるために生じる住み分けで、同じマングローブ林の中でも場所によって異なる小さな環境が連なっていることを示している。

塩を排出・濃縮する仕組み

塩分への対応も種ごとに異なる。ヒルギダマシの仲間は葉の裏にある塩類腺から余分な塩を排出し、乾くと葉の表面が白く結晶化することもある。ヤエヤマヒルギなどは根の細胞膜で塩分をろ過し、淡水に近い水分だけを吸収する仕組みを持つ。こうした適応があるからこそ、他の陸上植物が生育できない汽水域でマングローブ林は一大生態系を築くことができる。

水面から立ち上がるマングローブの支柱根のクローズアップ
潮の満ち引きに耐えながら酸素を取り込む支柱根の構造

胎生種子:親木の上で発芽してから海に落ちる繁殖戦略

マングローブの多くの種は「胎生種子(胎生繁殖体)」と呼ばれる独特な繁殖方法を持つ。種子は地面に落ちてから発芽するのではなく、親木の枝についたまま発芽して細長い棒状の芽(繁殖体)に育ち、十分に成長してから水面に落下する。落下した繁殖体は海水に浮きながら潮流に運ばれ、条件の合う干潟にたどり着くと根を張って定着する。地面に落ちてすぐ芽を出せない汽水域の環境で、この仕組みは発芽に必要な栄養をあらかじめ蓄えておくための適応と考えられている。

繁殖体の大きさや形は種によって異なり、ヤエヤマヒルギの仲間は数十cmに達する棒状の繁殖体を持つのに対し、ヒルギダマシなど別の科の種は数cm程度の小さな繭のような形をしている。棒状の繁殖体は先端が重いため海面に垂直に浮かび、流れ着いた場所ですぐに泥へ突き刺さって定着しやすい形状になっているとされる。この漂流・定着の仕組みがあるからこそ、マングローブは海流に乗って新しい干潟や河口へと分布を広げてきたと考えられている。

炭素貯留:ブルーカーボンとしての実力

マングローブ林は、海草藻場・干潟などとともに「ブルーカーボン生態系」と呼ばれる。海洋・沿岸の生態系が大気中のCO2を吸収し土壌や植物体に長期間閉じ込める働きを指す言葉で、2009年に国連環境計画(UNEP)の報告書で提唱されて以降、気候変動対策の文脈で注目されてきた。

陸上熱帯林の最大3倍という蓄積量

研究レビューによれば、マングローブ生態系1haあたりの平均有機炭素蓄積量は711〜766.8トン(炭素換算)にのぼり、平均的な炭素隔離速度は年間1平方メートルあたり179.6グラムと報告されている。この蓄積量は、同じ面積の陸上の熱帯林が持つ炭素量の最大およそ3倍に相当するとされる。理由は、地上の幹や葉だけでなく、酸素の乏しい泥の中に分解されずに堆積した有機物が、数百年から数千年単位で炭素を閉じ込め続けるためだ。

この記事の要点となる3つの数字をまとめた図版
数字で見る:本文で扱う3つの指標

伐採・転用は「貯めた炭素の放出」につながる

この特性は裏を返せば、マングローブ林を伐採して養殖池や農地に転用すると、泥中に何百年も蓄積されてきた炭素が急速に分解され、CO2として大気に戻ってしまうことを意味する。マングローブの喪失が「炭素の貯金箱を壊す」行為だと表現されるのはこのためで、保全と再生が気候変動対策としても重視される理由になっている。海洋全体が果たすCO2吸収の役割については、関連記事「海は人類のCO2の何%を吸収しているのか」で詳しく扱っている。

ブルーカーボンの3つの生態系

  • マングローブ林:潮間帯の森林。炭素蓄積量が特に高い
  • 海草藻場(アモモ場など):浅海に広がる海草の群落
  • 干潟・塩性湿地:潮間帯の泥地・湿地

国際的な炭素クレジット制度への組み込み

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は2013年に公表した湿地に関するガイドラインの補遺で、マングローブ林など沿岸湿地の炭素量を各国の温室効果ガス排出目録に算入する手法を初めて示した。これを機に、マングローブの保全・再生によって生じるCO2吸収量を国際的な検証基準(VCS=Verified Carbon Standardなど)にもとづきカーボンクレジットとして発行し、企業が購入して自社の排出量と相殺する仕組みが世界各地に広がった。インドネシア・ケニア・マダガスカルなど、マングローブが広く分布する国々では、この仕組みを保全資金の確保につなげる動きが加速している。

高潮・津波の勢いを弱める防災機能

密集したマングローブ林は、幹・気根・葉が水の流れに対する抵抗となり、高潮や津波のエネルギーを段階的に減衰させる「グリーンインフラ」として機能する。近年は防波堤や護岸といった人工構造物と組み合わせる「ハイブリッド型」の防災手法としても各国で研究が進む。

実測データが示す減衰効果

バングラデシュのハティア島で行われた研究では、幅600mのマングローブ帯があることで高潮の水位が約0.45m低減したと報告されている。またニュージーランドの調査地点では、林内を通過する波が1kmあたり平均0.24mの割合で減衰したとする観測結果もある。減衰の度合いは樹木の密度・幹の太さ・林の幅によって変わるため、防災効果を最大化するには一定の広さと健全な密度を保つことが重要とされる。

2004年インド洋大津波と「バイオシールド」論

2004年のインド洋大津波の直後、インドネシア・スリランカ・インドなどで、海岸沿いのマングローブ林や海岸林の背後にある集落で被害が比較的小さかったとする複数の観察報告が相次ぎ、マングローブ林を「バイオシールド(生物学的な盾)」として活用する発想が国際的に注目を集めるきっかけになった。ただし研究者の間では、地形や津波の高さ・入射角といった条件によって効果には大きな差があり、想定を超える高さの津波に対してはマングローブ林だけで人命を守り切れるわけではないという指摘もある。避難路の確保や早期警報システムと組み合わせてはじめて、マングローブ林の減災効果は最大限に活きるというのが現在の共通理解だ。

高潮の波がマングローブ林の縁で勢いを弱める様子
密集した根と幹が波のエネルギーを段階的に吸収する

世界で650億ドル、1,500万人分の被害を防ぐ

2020年に学術誌サイエンティフィック・リポーツに掲載されたBeckらの研究は、世界のマングローブ林が果たしている洪水防止効果を金額換算し、年間650億ドル以上の被害を未然に防いでいると試算した。同研究では、マングローブ林が失われた場合、世界で年間1,500万人以上が新たに洪水の被害を受けることになるとも指摘されている。恩恵を大きく受ける国にはアメリカ・中国・インド・メキシコなどが挙げられ、人口ベースではベトナム・インド・バングラデシュへの恩恵が特に大きいとされる。

1999年インド・スーパーサイクロンでの実証

米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載されたDasとVincentによる研究は、1999年にインド・オリッサ州(現オディシャ州)を襲ったスーパーサイクロンの被害データを分析し、海岸とのあいだに幅の広いマングローブ帯を持つ村では、社会経済的な条件をそろえて比較しても死者数が有意に少なかったと報告している。海岸線が直接むき出しになっていた村が壊滅的な被害を受けた一方、同じような距離にありながらマングローブに守られていた村では被害が大幅に軽減された事例も記録されており、早期警報システムほどではないにせよ、マングローブ林自体が命を守る効果を持つことを裏付けている。

海岸沿いの村は壊滅した一方、マングローブの背後にあった村は、同じ海岸からの距離にありながら被害を免れていた。

― Das & Vincent (2009), PNAS掲載論文の分析結果より

コンクリート護岸と比べたコストの強み

マングローブ林を防災インフラとして評価する際にしばしば指摘されるのが、コンクリート製の防潮堤・護岸と比べたコスト面での優位性だ。防潮堤は建設費に加えて維持修繕費が継続的にかかるのに対し、健全なマングローブ林は自然に世代交代しながら機能を維持し、炭素貯留や漁業資源の提供といった副次的な便益も同時にもたらす。すべてを人工構造物からマングローブ林に置き換えられるわけではないが、防潮堤の沖合側にマングローブ帯を残す・再生する「ハイブリッド型」の設計を採用することで、必要な護岸の高さや厚みを抑えられる可能性があるとする研究も報告されている。

稚魚とエビを育てる「海のゆりかご」

水中に伸びる根の隙間は、外敵から身を隠しながら餌をとれる絶好の環境になる。潮の動きで運ばれてくるプランクトンや落ち葉由来の有機物が豊富なことも重なり、マングローブ林は多くの魚やエビ・カニ類にとって幼い時期を過ごす「保育場(ナーサリー)」として機能する。より詳しい仕組みは関連記事「マングローブは海のゆりかご」で扱っているので、ここでは漁業との関わりを中心に見ていく。

FAOが2004年に公表した分析では、世界の商業的な漁獲対象種のおよそ30%がマングローブに依存しており、2002年時点でその漁獲量は年間およそ3,000万トンにのぼると推計されている。さらに2025年に学術誌コミュニケーションズ・アース・アンド・エンバイロメントに発表された研究では、世界中のマングローブ林が年間で7,000億匹を超える稚魚・稚エビ類の生育を支えていると試算された。数字の算出方法によって幅はあるものの、複数の研究が独立にマングローブ林と世界の水産資源との強い結びつきを裏付けている。

沿岸漁業を支える経済的な価値

マングローブ林が生み出す生態系サービスの経済価値を評価した研究では、全世界の平均で1haあたり年間9,900ドル、うち漁業関連の価値だけでも750〜1万1,280ドル程度と見積もられている。地域によって数字の幅は大きく、メキシコ・カリフォルニア湾沿岸を対象にした調査では、マングローブ縁辺部1haあたり年間3万7,500ドル相当の魚類・カニ類漁獲を支えており、同地域の小規模漁業の水揚げ量の32%がマングローブに関連する魚種・カニ類で占められると報告されている。

マングローブの根の間を泳ぐ稚魚の群れ
複雑に入り組んだ根の隙間は、外敵から稚魚やエビを守る隠れ家になる

サンゴ礁・藻場ともつながる生態系のネットワーク

マングローブ林で育った稚魚の多くは、成長するとともにアマモ場などの海草藻場、さらに沖合のサンゴ礁へと生息場所を移していく。3つの生態系は独立しているのではなく、幼魚の移動を介してひとつながりの回廊のように機能している。マングローブ林の消失は、その先にあるサンゴ礁の漁業資源にも影響を及ぼしうるという指摘は、この生態系間のつながりを踏まえたものだ。

エビ・カニ養殖とマングローブのジレンマ

皮肉なことに、マングローブ林を切り開いて造られるブラックタイガーやバナメイエビの養殖池は、世界のマングローブ消失の主要因のひとつとされてきた。ところが、その養殖池自体が本来頼っていたのはマングローブ林が育む野生の稚エビや、林から供給される有機物を起点とした豊かな沿岸生態系だった。マングローブを失った養殖池は数年で水質が悪化し放棄されるケースも多く、短期的な転用が長期的な生産基盤を損なうという矛盾が、近年の再生事業が養殖業者を巻き込んで進められる背景になっている。

  • マングローブガニ(ノコギリガザミ):東南アジアで重要な食用種。根の間で育つ
  • バナナエビ・クルマエビ類の稚エビ:マングローブの根の隙間を隠れ家にする
  • ミナミアシシロハゼなど汽水性ハゼ類:落ち葉由来の有機物を餌にする
評価範囲経済価値の目安(1haあたり年間)備考
全世界平均・全生態系サービス約9,900ドル炭素貯留・防災・漁業などを含む総合評価
全世界平均・漁業関連のみ750〜1万1,280ドル評価手法や地域により幅が大きい
メキシコ・カリフォルニア湾沿岸(漁業)約3万7,500ドル小規模漁業水揚げの32%がマングローブ関連種
タイ沿岸・全生態系サービス2万7,264〜3万5,921ドル観光・木材利用なども含む評価
マングローブ林が生み出す生態系サービスの経済価値(研究例)

世界で進むマングローブ林消失の危機

これほど多面的な機能を持つにもかかわらず、マングローブ林は世界的に減少が続いてきた。FAOの分析では、2000年から2020年までの20年間で世界全体で67.7万haが失われた一方、植林や自然再生によって39.3万haが新たに増加し、差し引き28.4万haの純減となっている。かつての年間の減少率と比べると近年は鈍化傾向にあるとされるが、依然として純減が続いている状態だ。

主な原因は養殖池・農地・都市開発への転用

消失の主因として繰り返し指摘されるのが、エビなどの養殖池への転用、稲作をはじめとする農地開発、港湾・住宅地などのインフラ整備だ。マングローブ林は見た目には利用価値の低い泥地に見えるため、経済開発の優先順位では後回しにされやすく、短期的な土地利用の転換が長期的な炭素貯留・防災機能の喪失につながってきた。

1980年代以降の急減と、近年の鈍化傾向

生態学者Valielaらによる2001年の分析では、1980年代から1990年代にかけての期間だけで世界のマングローブ林の35%前後が失われたと推計されている。1980年を基準にすると、これまでに世界のマングローブ原生面積のおよそ3〜4割が姿を消したとする評価も存在する。もっとも近年の衛星データ解析では、2010年前後を境に世界全体では新規の植林・自然再生が消失を上回る「純増」に転じたとする研究も出てきており、消失一辺倒だった局面から、地域差はあるものの回復の兆しも見え始めている段階だといえる。

地域別に見ると、消失は歴史的に東南アジア・南アジアに集中してきた。世界最大のマングローブ面積を持つインドネシアやミャンマーなどでは、養殖池への転換に加えてパーム油農園の拡大が消失圧力となってきた地域もある。一方でブラジル・エクアドルなど中南米の一部、オーストラリア北部では比較的安定した面積を保っている国もあり、消失のリスクは世界一律ではなく地域ごとの土地利用政策に強く左右される。同じ潮間帯の湿地でも、干潟の埋め立てが進んできた日本の歴史については、関連記事「干潟はなぜ埋め立てられたのか」で扱っている。

指標数値出典
世界のマングローブ林面積(2020年)約1,480万haFAO(2023年報告)
2000〜2020年の消失面積67.7万haFAO(2023年報告)
同期間の新規増加面積39.3万haFAO(2023年報告)
同期間の純減面積28.4万haFAO(2023年報告)
FAOによる世界のマングローブ林面積の増減(2000〜2020年)

IUCN:半数以上が2050年までに崩壊リスク

国際自然保護連合(IUCN)は、過去の消失に加えて気候変動による海面上昇や、より頻発化・強大化するサイクロン・台風といった将来リスクを織り込んだ評価で、世界のマングローブ生態系の半数以上が2050年までに崩壊する危険にあると警告している。近年は各国での転換規制の強化により消失ペースは緩やかになってきたとされるが、気候変動という新たな圧力が今後の見通しを不透明にしている。

海面上昇と「コースタル・スクイーズ」という新しい脅威

近年の研究で特に注目されているのが「コースタル・スクイーズ(沿岸の板挟み)」と呼ばれる現象だ。海面が上昇すると、マングローブ林は本来、陸側へじわじわと生育域を移していくことで生き残ろうとする。ところが、その内陸側にすでに堤防・農地・養殖池・市街地といった人工的な土地利用が広がっていると、逃げ場を失ったマングローブ林は海側からの浸食と陸側の障壁に挟まれて縮小してしまう。ある研究では、海面上昇と沿岸開発が重なる条件下で、潮位の高い場所に生育する群落の生育適地が最大80%超も失われうると試算されている。伐採をともなわなくても、開発によって「逃げ道」を塞ぐこと自体がマングローブ林を追い詰める要因になる点は見落とされがちだ。

世界のマングローブ面積、上位5か国で全体の約半分

  • インドネシア:世界全体の約19%
  • ブラジル:約9%
  • オーストラリア・ナイジェリア:各約7%
  • メキシコ:約6%
  • 上記5か国だけで世界のマングローブ面積の約47%を占める

断定に注意したい点

  • 「崩壊リスク」は将来予測を含む評価であり、すべての群落が同じ速度で失われるわけではない
  • 地域によって回復傾向にある場所と、依然として消失が続く場所の差が大きい

再生への挑戦:企業と地域の取り組み

マングローブ林の価値が国際的に認識されるにつれ、企業や自治体が再生・保全に資金を投じる動きも広がっている。特に近年は、植林・保全によって生じるCO2吸収量を「カーボンクレジット」として認証し、企業が脱炭素目標の達成に活用する仕組みが各国で整備されつつある。

日本企業によるインドネシア・アフリカでのマングローブ植林

日本の商社もこの分野に参入している。住友商事は2023年、インドネシア・スマトラ島で進むマングローブ植林事業に資金を拠出し、成長にともなって生じるカーボンクレジットを長期にわたり調達する契約を結んだ。同社は2025年にはマダガスカルとモザンビークでもマングローブ植林由来のカーボンクレジット事業に参入すると発表している。住友林業も2023年、インドネシア・カリマンタン島でマングローブの保全事業を開始し、ブルーカーボンによる炭素クレジットの創出を進めている。商船三井は2022年にインドネシアでのマングローブ再生・保全プロジェクトに参画したのち、2025年には丸紅と共同出資会社を設立し、自然を活用したカーボンクレジット事業の拡大を図っている。

企業の取り組みを見る住友商事、インドネシアのマングローブ植林由来カーボンクレジットを調達スマトラ島のマングローブ植林事業に資金拠出し、CO2吸収量に応じたカーボンクレジットを長期調達する契約を締結(2023年11月)🔗 sumitomocorp.com

地域住民の生計と結びついた再生が持続の鍵

海外の研究では、植林した苗木の多くが数年以内に枯死してしまう事例も報告されており、単に苗を植えるだけでは再生が成功するとは限らないことが分かってきた。潮の高さや土壌条件に合った樹種を選ぶ技術的な工夫に加え、地域の漁業者や住民が林を管理する担い手として関わり、生計と結びついた形で保全を続けられる仕組みづくりが、長期的な再生の成否を左右するとされる。

四半世紀続く日本企業のCSR型植林:東京海上日動の事例

カーボンクレジットを目的としない、長期的なCSR(企業の社会的責任)活動としてのマングローブ植林も存在する。東京海上日動火災保険は1999年から、日本のNGOであるACTMANG(マングローブ植林行動計画)・OISCA・ISME(国際マングローブ生態系協会)の3団体をパートナーに、タイ・ベトナム・インドネシアなど9か国でマングローブ植林活動「Green Gift」を続けており、2025年3月時点の累計植林面積は1万2,970haに達したと公表されている。四半世紀にわたり地道な植林を継続してきたこの取り組みは、カーボンクレジットの取引を主目的とする近年の商社の事業とは異なる、企業による長期的な環境貢献のもう一つの形といえる。

世界初の地域主導ブルーカーボン事業:ケニアの「ミココ・パモジャ」

企業主導のプロジェクトとは対照的な事例として知られるのが、ケニア南東部ガジ湾で2012年に始まった「ミココ・パモジャ(スワヒリ語で「共にあるマングローブ」の意)」だ。世界初の地域コミュニティ主導型ブルーカーボン事業とされ、地元住民自身が約117haのマングローブ林を保全・再生し、その炭素吸収量を国際認証基準(当初はPlan Vivo、その後Verified Carbon Standardにも登録)のもとでカーボンクレジットとして販売している。得られた収益は学校の教科書や校舎建設、給水設備の整備など地域のインフラ支援に充てられており、2017年には国連環境計画などが主催するエクエーター賞を受賞した。企業資金による大規模事業と、住民自身が担い手となる小規模事業の両方が、世界のマングローブ再生を支える車の両輪になっている。

日本国内のブルーカーボン制度とマングローブ

日本国内では、港湾や沿岸域で保全・造成した藻場・干潟のCO2吸収量を認証する「Jブルークレジット」制度がジャパンブルーエコノミー技術研究組合によって運営されている。国内のマングローブ林は分布面積そのものが小さいため、これまでのクレジット認証は海草藻場や海藻養殖場が中心だが、仕組み自体はマングローブにも応用可能とされ、今後の対象拡大が期待される分野の一つになっている。日本企業が直接マングローブ植林に関わる場面は、国内よりも上記のようなインドネシアやアフリカなど海外の事業が中心になっているのが現状だ。

この記事のポイントを箇条書きでまとめた図版
この記事のポイント。詳しくは各章で解説している

私たちにできること

マングローブ林の多くは熱帯・亜熱帯の遠い国に広がっているが、関わり方は決して無縁ではない。エビの養殖池への転用が消失の一因になってきたことを踏まえれば、養殖方法や生産地の情報を意識して水産物を選ぶことも間接的な関わり方の一つになる。マングローブ植林・保全活動を支援する国内外のNGO・団体への寄付や、現地を訪れるエコツアーに参加することも、資金と関心を現場に届ける手段になる。

買い物でできる選択:認証マークという目印

エビ養殖の国際認証制度「ASC(水産養殖管理協議会)」の基準では、1999年5月のラムサール条約決議以降にマングローブ林や自然湿地を切り開いて造られた養殖場は認証を取得できないと定められている。スーパーなどでASC認証マークの付いた冷凍エビ・養殖エビを選ぶことは、消費の場面からマングローブ林の新たな消失に加担しないための、具体的でわかりやすい行動の一つになる。

日本国内であれば、西表島や石垣島でカヤックやカヌーに乗ってマングローブ林を間近に観察するツアーが数多く運営されている。ガイド付きで根の構造や生きものの説明を受けながら林の中を巡る体験は、遠い国の話としてではなく、自国の生態系としてマングローブの価値を実感する機会になる。訪れる際は、干潮・満潮の時間帯や保護区の立ち入りルールを守り、根を踏み荒らさないなど、生態系への負荷を最小限にする配慮も欠かせない。

この記事のポイント

  • マングローブ林は陸上熱帯林の最大3倍の炭素を蓄えるブルーカーボン生態系
  • 高潮・津波のエネルギーを段階的に弱め、年間650億ドル相当の洪水被害を防いでいる
  • 根の隙間は稚魚やエビの隠れ家となり、沿岸漁業を経済的に支えている
  • 2000〜2020年に世界で28.4万haが純減し、IUCNは半数以上の崩壊リスクを警告
  • 日本では鹿児島県・沖縄県のみに分布し、西表島などに最大級の群落が残る
  • 企業のブルーカーボン事業など、再生に向けた取り組みも各地で広がっている

まとめ

マングローブ林は、炭素を蓄え、高潮を弱め、稚魚を育てるという3つの役割を同時に果たす、海と陸の境界に生きる希少な生態系だ。世界的な消失が続く一方で、企業や地域による再生の取り組みも広がりつつある。この森が果たしている働きを知ることが、遠い海辺の生態系を守る一歩になる。

日本国内でマングローブ林を自然に見られる場所は西表島・石垣島などごく限られているが、そこで観察できる根の構造や生きものの営みは、世界中の熱帯・亜熱帯沿岸で起きている炭素貯留・防災・生物多様性の物語と地続きだ。海と陸の境界に立つこの森の価値を知ることは、遠く離れた海辺の生態系や、そこで暮らす人々の暮らしを想像する手がかりにもなる。

参考文献・出典

  1. FAO – The World's Mangroves 2000-2020(世界のマングローブ林面積・増減データ)
  2. IUCN – Red List of Ecosystems によるマングローブ生態系の崩壊リスク評価
  3. Beck, M.W. et al. (2020) – "The Global Flood Protection Benefits of Mangroves", Scientific Reports
  4. 環境省 生物多様性センター – 国内の干潟・マングローブ林など沿岸生態系の分布情報
  5. 鹿児島沖縄マングローブ探検 – 日本のマングローブ自生地・種構成に関する詳細データ
  6. 住友商事株式会社 – インドネシアにおけるマングローブ植林由来カーボンクレジット調達契約(2023年11月)
  7. 住友林業株式会社 – インドネシア・カリマンタン島でのマングローブ保全事業開始(2023年1月)
  8. 商船三井 – マングローブ再生・保全プロジェクトへの参画
  9. UNEP – ブルーカーボンの概念を提唱した2009年報告書関連情報
  10. IUCN – "Mangroves: nurseries for the world's seafood supply"
  11. Das, S. & Vincent, J.R. (2009) – "Mangroves protected villages and reduced death toll during Indian super cyclone", PNAS
  12. Plan Vivo Foundation – Mikoko Pamoja(ケニア・ガジ湾の地域主導ブルーカーボン事業)
  13. 東京海上日動火災保険 – マングローブ植林活動「Green Gift」の実績

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