三方を海に開かれた日本は、陸上の平地が限られる一方で、沖合には強く安定した風が吹く広大な海が広がっています。この海の力を電気に変える洋上風力発電が、いま脱炭素社会をめざす日本のエネルギー政策の中心へと押し出されつつあります。国は洋上風力を再生可能エネルギー主力電源化の「切り札」と位置づけ、2040年までに浮体式を含めて30〜45GWの案件形成をめざしています。
しかし現実は順風満帆ではありません。2023年には秋田港・能代港で国内初の大規模な商業運転が始まった一方、2025年には最大手の商社が秋田・千葉の3海域から撤退を表明し、「三菱商事ショック」と呼ばれる動揺が広がりました。急拡大への期待と、コストや制度の課題が同時に噴き出しているのが日本の洋上風力の今です。
この記事では、着床式と浮体式という二つの技術の違いから、秋田・千葉など促進区域の現在地、漁業との共存のしくみ、そして2040年目標とEEZ(排他的経済水域)への海域拡大まで、政府や公的機関の一次情報をもとに、専門用語をかみくだきながら丁寧に整理します。
この記事で学べること
- 洋上風力が「再エネ主力電源化の切り札」と呼ばれる理由と、海に囲まれた日本の地理的な条件
- 着床式と浮体式の技術的な違い、水深50mを境にした使い分けと基礎構造の種類
- 秋田・千葉・青森・山形など促進区域の現在地と、公募(ラウンド)方式のしくみ
- 2040年30〜45GW目標、第7次エネルギー基本計画、EEZへの海域拡大という政策の全体像
- 漁業との共存を支える基金や影響調査のしくみと、地域と共に育てる発電のかたち
- 三菱商事の撤退が示した安値落札・コスト上昇の課題と、制度見直しの論点
洋上風力発電とは何か──再エネ主力電源化の「切り札」
洋上風力発電とは、その名のとおり海の上に風車を設置して電気をつくる発電方法です。陸上の風力発電と原理は同じで、風がブレード(羽根)を回し、その回転をタービンで電気に変えます。ちがいは「どこに立てるか」。陸ではなく海に立てることで、いくつもの大きな利点が生まれます。
最大の利点は風の質です。海の上は地形や建物による乱れが少なく、陸よりも強く、安定した風が吹きます。風力発電の出力は風速のおよそ3乗に比例するため、少し風が強いだけでも発電量は大きく伸びます。また海上は広い空間を確保しやすく、直径200mを超えるような超大型の風車を、景観や騒音の制約が少ない沖合にまとめて設置できます。
なぜ日本で洋上風力が注目されるのか
日本は国土が狭く山がちで、陸上に大規模な発電所を建てる適地が限られています。一方で、排他的経済水域(EEZ)まで含めた海の面積は世界有数。この「海の広さ」こそが、日本が持つ最大級の未利用エネルギー資源だといわれます。太陽光の導入が先行して適地が減るなか、次の主役として洋上風力に期待が集まっているのです。
資源エネルギー庁は洋上風力を、今後のコスト低減が見込まれ、日本の再生可能エネルギー主力電源化に向けた「切り札」と表現しています。海洋の環境や生態系との関係は日本の海の生物多様性やブルーカーボン生態系の視点とも深く結びついており、脱炭素と海の保全を両立させる発電のかたちが問われています。
洋上風力が「切り札」と呼ばれる3つの理由
- 海上は風が強く安定しており、陸上より高い発電量が期待できる
- 海に囲まれた日本には、活用できる海域が広大に残されている
- 超大型風車をまとめて設置でき、量産化によるコスト低減の余地が大きい

ただし、海に立てるということは、塩害や高波、台風、そして施工や点検の難しさといった課題も同時に抱えることを意味します。陸上より建設コストが高く、メンテナンスのために専用の作業船や港湾設備も必要です。この「大きな可能性」と「高いハードル」の両方を理解することが、日本の洋上風力を正しく読み解く出発点になります。
もう一つ知っておきたいのが、風力発電が持つ「変動する電源」という性質です。風は常に一定ではなく、風が弱ければ発電量は下がります。太陽光が昼しか発電しないのと同じように、風力も天候まかせの面があります。だからこそ、電気を貯める蓄電池や、他の電源との組み合わせ、需要と供給を細かく調整するしくみが、拡大とセットで整えられていく必要があるのです。
用語メモ:GW(ギガワット)とは
発電設備の規模を表す単位。1GW=100万kW=1,000MWで、おおよそ大型の原子力発電所1基分に相当します。2040年目標の「30〜45GW」は、原発30〜45基分の設備容量に匹敵する規模のイメージです。
気候変動対策としての意味
洋上風力が急がれるもう一つの理由が、気候変動対策です。発電時に二酸化炭素を出さない風力は、火力発電の代わりに使うほど日本全体の排出量を減らせます。海水温の上昇による漁業への影響や、サンゴの白化といった海の異変は、温暖化がすでに海の現場に及んでいることを示しています。海を守るためにこそ、海の力で脱炭素を進めるという循環が、いま求められているのです。
とはいえ、洋上風力だけで全てを解決できるわけではありません。太陽光や地熱、水力、そして省エネなど、さまざまな手段を組み合わせてこそ脱炭素は実現します。洋上風力は「唯一の答え」ではなく、日本の地理に最も適した有力な選択肢の一つとして、全体の中で位置づけて考えることが大切です。
着床式と浮体式──2つのタイプはどう違うのか
洋上風力には大きく分けて着床式(ちゃくしょうしき)と浮体式(ふたいしき)の2種類があります。この違いを分けるのが「水深」です。海底に土台を固定できる浅い海では着床式、土台を届かせるのが難しい深い海では浮体式が使われます。目安となる境目はおよそ水深50mです。
着床式:海底に土台を固定するタイプ
着床式は、海底に基礎を打ち込んだり据えたりして、その上に風車を立てる方式です。水深およそ50m以下の浅い海に向いており、世界で稼働している洋上風力の大半はこのタイプです。技術が成熟していて相対的にコストを抑えやすい一方、設置できるのは沿岸の浅い海域に限られます。
- モノパイル式:1本の太い鋼管を海底に打ち込む。ヨーロッパの設置実績の約7割を占める主流方式で、水深30m以下に多い
- 重力式:コンクリートなどの重い土台を海底に据え、自重で安定させる方式
- ジャケット式:鋼材を組んだトラス構造の脚。剛性が高く、水深30〜60m程度でも使いやすい
- トライパイル・トリポッド式:複数の脚で支える発展型の構造

浮体式:海に浮かべて係留するタイプ
近年の洋上風車は、羽根の直径が200mを超え、1基あたり15MW級という桁違いの大きさに進化しています。1基でおよそ1万世帯分以上の電気をまかなえる計算で、大型化が進むほど同じ本数でより多くの電気をつくれます。陸上では道路や住宅の制約で運べないこうした巨大な風車を設置できることも、海の上ならではの強みです。ラウンド3で採用が計画される15MW機は、まさに世界最大級の一つにあたります。
浮体式は、風車を載せた浮き(浮体)を海に浮かべ、鎖やワイヤーで海底に係留(けいりゅう)する方式です。水深およそ50m以上の深い海でも設置でき、遠く沖合の強い風を利用できます。日本は近海がすぐに深くなる地形が多いため、浮体式のポテンシャルが特に大きいとされ、国内技術の育成が期待されています。
- セミサブ型:複数の浮き(フロート)を組み合わせ、鎖状の係留で安定させる。設置の柔軟性が高い
- スパー型:下部を重く上部を軽くした細長い円筒で、重心を下げて安定させるブイのような構造
- TLP(緊張係留型):張力をかけた係留索で固定する方式。実証・開発段階のものが中心
| 比較項目 | 着床式 | 浮体式 |
|---|---|---|
| 適した水深 | おおむね50m以下 | おおむね50m以上 |
| 主な構造 | モノパイル・ジャケット・重力式 | セミサブ・スパー・TLP |
| 技術の成熟度 | 商用として成熟 | 実証から商用化へ移行中 |
| コスト | 相対的に低い | 現状は高いが量産で低減余地 |
| 日本での位置づけ | 促進区域の主力 | 将来の主力候補・技術で先行狙い |
日本の浮体式は世界の最前線
長崎県五島市沖では、2016年に日本初の商用浮体式(2MW)が稼働し、2026年1月には風車8基・合計約16.8MWの「五島洋上風力発電所」が発電を開始しました。水深130〜140mの海に浮かぶこの複合ウインドファームは、コンクリートで重心を下げるハイブリッドスパー型で、再エネ海域利用法にもとづく第1号案件でもあります。
浮体式は着床式に比べてまだコストが高いのが現状です。浮体そのものの製造費や複雑な係留、洋上での設置作業に費用がかかるためです。しかし裏を返せば、量産化や工法の標準化が進めば大きくコストを下げられる余地があるということでもあります。国が浮体式を「将来の主力候補」として技術開発に力を入れるのは、深い海が多い日本の地形と、技術で世界に先んじられる可能性の両方を見据えてのことです。

日本の促進区域はいまどこにあるのか
日本の洋上風力は、再エネ海域利用法(海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に関する法律)というルールにもとづいて進められています。国が有望な海域を「促進区域」に指定し、公募(オークション)で発電事業者を選ぶしくみです。この公募は「ラウンド」と呼ばれ、これまでにラウンド1〜3が実施されてきました。
先行する秋田県──国内初の大規模商業運転
洋上風力の先進県といえば秋田県です。秋田港に13基、能代港に20基、合わせて33基・約140MWの風車が、港湾区域内としては国内初の大規模プロジェクトとして2023年1月に全面商業運転を開始しました。さらに、ラウンド1で選ばれた「能代市・三種町・男鹿市沖」「由利本荘市沖」の2海域が沖合の大型案件として計画され、秋田は洋上風力を核とした地域産業づくりの象徴となってきました。
ラウンド1で計画された規模は大きく、能代市・三種町・男鹿市沖ではおよそ50万kW近く、由利本荘市沖では60基を超える風車で80万kW超という、港湾内プロジェクトとは桁のちがう沖合開発が構想されていました。これらが順調に進めば、秋田県沖だけで原発1基分を大きく上回る電気を生み出す計算です。日本の洋上風力の未来がまず秋田で試されてきたといっても過言ではありません。

秋田をはじめ日本海側に案件が集まるのには理由があります。冬の日本海は北西の季節風が強く安定して吹き、風力発電に適した風況が広がっています。加えて、既存の港湾を風車の組み立て・搬出の拠点として活用しやすいことも大きな条件です。巨大なブレードやタワーを運ぶには広い岸壁と高い耐荷重が必要で、こうした港湾インフラの有無が、どの海域から開発が進むかを左右します。
ラウンド3で決まった青森・山形
2024年12月には、ラウンド3として「青森県沖日本海(南側)」と「山形県遊佐町沖」の事業者が選定され、公募の第3弾が完了しました。いずれも運転開始予定は2030年で、シーメンスガメサ製の15MW級という世界最大級の風車が採用される計画です。海域ごとの主な計画は次のとおりです。
| 海域 | 設備容量 | 風車 | 運転開始予定 |
|---|---|---|---|
| 青森県沖日本海(南側) | 約615MW | 15MW機×41基 | 2030年6月予定 |
| 山形県遊佐町沖 | 約450MW | 15MW機×30基 | 2030年6月予定 |
| 秋田港・能代港(稼働中) | 約140MW | 計33基 | 2023年1月運転開始 |
| 長崎県五島市沖(浮体式・稼働中) | 約16.8MW | 8基 | 2026年1月運転開始 |
千葉・秋田で起きた「撤退」の波紋
2025年8月、ラウンド1で秋田・千葉の3海域(能代市・三種町・男鹿市沖、由利本荘市沖、千葉県銚子市沖/合計約1.7GW規模)を落札していた三菱商事を中心とするコンソーシアムが、事業性の再評価の結果として開発から撤退すると表明しました。国内初の大型開発案件だっただけに関係自治体に動揺が広がり、日本の洋上風力政策の転換点となりました(課題は後述)。
太平洋側の千葉県銚子市沖は、遠浅で港湾が近く、太平洋の風を受けられる有望海域として期待されてきました。撤退によって計画は仕切り直しとなりましたが、海域そのものの適性が失われたわけではなく、制度を見直したうえで再公募していく方向で検討が進められています。
「ラウンド」というしくみ
促進区域の事業者は、価格や事業実現性などを競う公募(オークション)で選ばれます。これがラウンド1、2、3と回を重ねてきました。国が海域を指定し、地元の自治体・漁業者・国・事業者が参加する法定協議会で計画を協議し、合意を積み上げながら進めるのが日本方式の特徴です。時間はかかりますが、地域の理解を得ながら進めることを重視した設計になっています。
運転開始まで約10年
海域の調査・指定から、公募、環境アセスメント、設計、建設を経て運転開始まで、洋上風力はおおむね10年前後を要します。いま計画が動いている案件の多くが電気を送り出すのは2030年前後。ニュースで見る「選定」は、長い道のりのスタート地点だと捉えると全体像がつかみやすくなります。
2040年30〜45GW──国の目標と再エネ主力電源化
日本政府は洋上風力の導入目標を、公募制度などを通じて2030年までに10GW、2040年までに浮体式を含めて30〜45GWの案件を形成する、と掲げています。これは2020年に官民協議会がまとめた「洋上風力産業ビジョン」に端を発し、その後のエネルギー政策に引き継がれてきた数字です。
この目標は一朝一夕に決まったものではありません。2020年に官民協議会が「洋上風力産業ビジョン(第1次)」で2040年に最大45GWという野心的な絵姿を描き、その後の政策に受け継がれてきました。数字の背景には、洋上風力を単発の発電事業ではなく、日本の産業と雇用を長期にわたって支える柱に育てるという国家的な意志があります。だからこそ、目先の停滞があっても目標の旗は下ろされていないのです。
第7次エネルギー基本計画での位置づけ
2025年に閣議決定された第7次エネルギー基本計画では、2040年度の電源構成として再生可能エネルギー全体で大きな割合をめざし、そのうち風力は4〜8%程度を担うと見込んでいます。太陽光(23〜29%程度)に次ぐ再エネの柱として、洋上風力を含む風力発電の拡大が想定されているのです。脱炭素の全体像は海の炭素吸収の視点とあわせて捉えると理解が深まります。
国の主な目標(数字で整理)
- 2030年までに10GW(うち稼働ベースで5.7GW)の案件形成
- 2040年までに30〜45GWの案件形成(浮体式を含む)
- 2040年度の電源構成で風力は4〜8%程度をめざす
- 国内調達比率を2040年までに60%へ引き上げる産業目標
「産業」としての洋上風力
国が力を入れるのは発電量だけではありません。風車は数万点の部品からなる巨大な製造物で、建設・運転・保守には港湾、作業船、専門人材まで幅広い産業の集積が必要です。国は国内調達比率を2040年までに60%に高める目標を掲げ、部品の国産化や地域での雇用創出を通じて、洋上風力を新しい基幹産業に育てようとしています。とくに浮体式では、技術開発と量産化で世界に先行することがねらいです。
風力が「4〜8%程度」という数字は、一見すると小さく感じるかもしれません。しかし電源構成は、太陽光・風力・水力・地熱といった再エネに、火力や原子力を組み合わせて全体で成り立つものです。天候に左右される太陽光を風力が補い合うなど、それぞれの電源が得意な時間帯や季節を持ち寄ってこそ、安定した電気が届きます。洋上風力は、その大きなパズルを構成する重要な一片なのです。
こうした産業の裾野の広さは、地方にとって大きな機会でもあります。人口減少に悩む沿岸の町にとって、洋上風力の建設・保守を担う企業や、風車を支える製造・物流の仕事が生まれれば、若い世代が地元で働ける新しい産業になりえます。秋田が「洋上風力の先進県」として産業クラスターづくりを進めてきたのは、電気を生むだけでなく、地域の未来を生むという期待があるからです。発電と地域振興を一体で考える視点が、日本の洋上風力の特徴だといえます。

「案件形成」と「稼働」は別物
目標の30〜45GWは「案件を形成する(計画として立ち上げる)」規模であり、その全てがすぐに発電を始めるわけではありません。海域指定から公募、環境調査、建設を経て運転開始まで通常10年前後かかります。目標年の数字と、実際に電気を送り出す「稼働ベース」の数字は分けて読むことが大切です。
産業として根づかせるには、電気を運ぶ送電網(系統)の増強も欠かせません。強い風の吹く日本海側や北の地域と、電気を多く使う大都市圏は離れているため、発電した電気を届ける「道路」にあたる送電線の整備が同時に進まなければ、せっかくの電気を活かしきれません。洋上風力の拡大は、発電所単体ではなく、港湾・送電網・人材までを含めた国土全体の設計と一体で語られるべきテーマなのです。

漁業との共存──海を分け合うためのしくみ
洋上風力を語るうえで避けて通れないのが、漁業との関係です。風車を建てる海は、古くから漁業者が生業を営んできた場所でもあります。工事による濁りや騒音、操業できる海域が狭まることへの不安など、地域の懸念に丁寧に向き合わなければ計画は前に進みません。国も事業者に「地域や漁業との共生」を強く求めています。
日本の海は、世界有数の豊かな漁場です。魚の種類も多く、沿岸には小規模な漁業者が数多く暮らしています。ヨーロッパの北海のように広く均質な海とはちがい、日本では海域ごとに漁の内容も権利関係も細かく異なります。そのため、洋上風力の共存策も「全国一律」ではなく、地域の実情に合わせて丁寧に設計する必要があります。この複雑さこそが、日本の洋上風力を難しくも奥深いものにしています。
利益を地域に還元する「基金」
促進区域で選ばれた事業者には、発電で得た利益の一部を地域や漁業に還元することが求められます。秋田県の例では、公募で選ばれた事業者が20年間の売電収入のおおむね0.5%程度を基金として拠出し、漁業や地域との共生に活用する枠組みが想定されてきました。発電が地域の産業や暮らしを支える循環をつくることがねらいです。

影響を「見える化」する調査
秋田県沖の2海域では、建設の前・工事中・運転開始後を通じて合計6年間にわたり漁業への影響を継続調査する計画が進められてきました。特定の魚種の漁獲量や産卵・稚魚の状況、風車基礎まわりの水質や海底地形の変化などを調べ、影響を科学的に「見える化」しようとする取り組みです。海の環境変化は海水温上昇と漁業の問題とも重なり、長期のモニタリングが欠かせません。
漁業との共存を支える主なしくみ
- 売電収入の一部を基金として拠出し、地域・漁業へ還元する
- 建設前後を通じた長期の漁業影響調査(例:6年間の継続調査)
- 法定協議会で自治体・漁業者・国・事業者が計画を協議する
- 風車周辺を魚が集まる漁場(増殖の場)として活かす発想の検討
海外では、風車の基礎が魚の隠れ家や餌場となり、周辺が豊かな漁場に育つ例も報告されています。共存は「我慢して分け合う」だけでなく、洋上風力を新しい海の資源づくりに活かすという前向きな視点も生まれつつあります。三陸などで進む水産業の再生の取り組みとも通じる、地域とともに海を育てる発想が問われています。
とはいえ、共存への道は簡単ではありません。長年その海で漁を続けてきた人々にとって、見慣れた漁場に巨大な構造物が並ぶことへの戸惑いや、影響が本当に小さいのかという不安は当然のものです。数字や調査結果を示すだけでなく、計画の初期段階から漁業者と対話を重ね、疑問に一つずつ答えていく地道な積み重ねこそが、地域に根づく洋上風力の土台になります。
能代市のように、洋上風力を「漁業を再生する機会」として前向きに捉える動きも出てきています。高齢化や漁獲量の減少に悩む地域にとって、発電の利益や新しい産業が、衰退しつつある漁業を支え直すきっかけになりうるからです。海を奪い合う関係ではなく、海の恵みを一緒に増やしていく関係を築けるかどうか。それが、これからの日本の洋上風力の成否を分ける鍵になります。
急拡大に立ちはだかる課題──「三菱商事ショック」が示したもの
期待の大きい洋上風力ですが、2025年の三菱商事系コンソーシアムの撤退は、日本の制度と事業環境がはらむ課題を一気に浮き彫りにしました。国内初の大型開発案件からの撤退だっただけに、その衝撃は「三菱商事ショック」と呼ばれています。何が起きていたのでしょうか。
同じように、太平洋側の千葉県銚子市沖でも計画は撤退の対象となりました。落札時の買取価格が16.49円/kWhと低く抑えられていたことが、後のコスト上昇局面で重くのしかかったのです。有望とされた海域でさえ、事業環境の変化には抗えなかったという事実は、日本の関係者に強い危機感をもたらしました。
世界的なコスト上昇という逆風
撤退の背景には、資材価格や人件費、金利の世界的な上昇があります。風車や鋼材の価格高騰、円安、建設コストの膨張により、落札した当初の想定を大きく上回るコストがのしかかりました。こうした逆風は日本だけでなく欧米でも吹いており、世界各地で洋上風力プロジェクトの見直しや中止が相次いでいました。
「安値落札」を招いた制度の反省
経済産業省の分析は、ラウンド1が価格を重視する評価制度だったために事業者が低い売電価格を提示する競争になり、その後のコスト上昇に耐えられなくなった面を指摘しています。銚子市沖では買取価格が16.49円/kWhと低く抑えられていました。安く電気を売る約束が、環境が変わったときに事業の採算を圧迫したのです。国は「安価な供給価格も撤退を招く一因となった側面は否定できない」との見方を示しています。

課題は一つではない
- 資材・人件費・金利・為替の上昇による建設コストの高騰
- 価格を重視しすぎた公募制度による「安値落札」のリスク
- 着工までの長い期間中に事業環境が変わる価格変動リスク
- 送電網(系統)の増強や港湾整備など周辺インフラの不足
- 国内サプライチェーンや専門人材がまだ育ちきっていないこと
撤退のもう一つの伏線が、支援制度の設計です。ラウンド1では、決まった価格で長期間電気を買い取るFIT(固定価格買取制度)を前提に事業者が価格を提示しました。しかし、いったん低い価格で落札すると、その後にコストが上がっても価格は動かせません。国は市場価格に一定額を上乗せするFIP(フィード・イン・プレミアム)への移行や、物価変動を反映するしくみの導入を検討しており、価格制度の作り替えが進んでいます。
重要なのは、この撤退が「洋上風力そのものの否定」ではないという点です。むしろ、コスト変動を事業者だけに負わせない価格調整のしくみや、価格だけでない多面的な評価への見直しなど、制度をより強靱にするための教訓として受け止められています。急いで数を追うだけでなく、続けられる形に作り直す局面に入ったといえます。
また、日本には風車を製造する国内メーカーがほとんど残っていないという構造的な弱さもあります。主要な部品を海外から輸入すれば、為替や国際情勢の影響を強く受けます。国が国内調達比率60%を掲げるのは、単なる産業振興ではなく、エネルギーの安定供給を自国の手で支えるという安全保障の意味合いも持っているのです。撤退の教訓は、価格制度だけでなく、国内サプライチェーンをどう育てるかという長期の課題にもつながっています。
世界の潮流と日本の一手──EEZ拡大と浮体式の可能性
視野を世界に広げると、洋上風力は着実に拡大しています。2024年末の世界の導入量は約83GW。国別では中国が41.8GW(シェア約50%)で圧倒的な1位、イギリスが15.9GW(約19%)、ドイツが9.0GW(約11%)と続きます。陸上風力(世界で約1,052GW)に比べればまだ規模は小さいものの、年平均で着実に伸びている成長分野です。
| 順位 | 国 | 洋上風力の導入量(2024年末) | 世界シェア |
|---|---|---|---|
| 1位 | 中国 | 約41.8GW | 約50% |
| 2位 | イギリス | 約15.9GW | 約19% |
| 3位 | ドイツ | 約9.0GW | 約11% |
| — | 世界合計 | 約83GW | 100% |
中国が短期間で世界一に躍り出た背景には、国内に巨大な製造業と旺盛な電力需要があり、国策として一気に投資を集中させたことがあります。ヨーロッパは20年以上前から着実に経験を積み、事業者・港湾・送電網・人材のエコシステムを育ててきました。後発の日本がこの差を埋めるには、単に風車を建てるだけでなく、産業の土台そのものを短期間で立ち上げる必要があります。ここに、日本の洋上風力の難しさと、伸びしろの両方があります。
海域をEEZまで広げる法改正
日本が打った大きな一手が、再エネ海域利用法の改正です。2026年4月に施行され、これまで領海内(沖合およそ22km)に限られていた開発対象海域を、排他的経済水域(EEZ)まで広げました。より深く、より遠い沖合が使えるようになることで、浮体式の出番が大きく広がると期待されています。
あわせて、環境調査や海域指定の初期段階を国がまとめて担う「セントラル方式」も導入されました。これまで事業者ごとにばらばらだった風況・環境の調査を国が先行して行うことで、手続きの重複を減らし、事業リスクと開発期間を圧縮するねらいです。海の生態系への影響を国が責任を持って事前に確認することは、海の生物多様性を守りながら開発を進めるうえでも意味を持ちます。
私たちにできること
- 電気がどこでどうつくられているか、家庭の電力メニューを一度確かめてみる
- 地元や近くの海で進む洋上風力の計画や説明会の情報に関心を持つ
- 脱炭素は洋上風力だけでなく省エネや他の再エネとの組み合わせだと理解する
- 海の環境と発電の両方の視点から、賛否のニュースを落ち着いて読み解く

設備利用率という現実
夢だけでなく現実も直視する必要があります。発電設備がどれだけ実力を発揮できたかを示す設備利用率を見ると、日本近海の洋上風車は平均でおおむね20%台、風の強い沖合でようやく30%を超える程度とされます。世界には55%に達する海域もあることを思えば、日本は条件の良い海域を見極め、より強い風の吹く沖合へ出ていく必要があるのです。EEZ拡大と浮体式は、まさにその答えの一つといえます。
世界を見渡すと、中国が国を挙げて洋上風力を急拡大させ、ヨーロッパは北海の好条件を活かして着実に積み上げてきました。日本は台風や複雑な地形、深い海といった固有の難しさを抱えるぶん、他国の成功例をそのまま真似ることはできません。だからこそ、日本の海に合った技術と制度を自前でつくり上げることが、遠回りに見えて最も確実な道になります。浮体式という難易度の高い分野で先行することは、将来のアジア市場を見据えた戦略でもあるのです。
洋上風力発電は、日本の再生可能エネルギー主力電源化に向けた『切り札』である。
― 資源エネルギー庁 洋上風力政策資料
まとめ──期待と課題を両手に、続けられる形へ
海に囲まれた日本にとって、洋上風力は脱炭素と新産業の両方を担いうる大きな希望です。着床式で沿岸の浅い海を、浮体式で深く遠い沖合を使い分けながら、国は2040年に30〜45GWという野心的な目標を掲げています。秋田・青森・山形・千葉・長崎と、各地で計画と稼働が動き出しています。

一方で、三菱商事の撤退が示したように、コスト上昇や制度設計、系統や人材といった課題は現実のものです。急いで数を追うより、価格変動を分かち合うしくみを整え、漁業や地域と共存しながら「続けられる形」に作り直すことが、いま日本の洋上風力に問われています。私たち一人ひとりが、電気の背景にある海と技術の物語に関心を持つことが、この転換を後押しする力になります。
この記事のポイント
- 洋上風力は再エネ主力電源化の「切り札」。海に囲まれた日本の広い海域が最大の強み
- 水深およそ50mを境に、浅い海は着床式、深い海は浮体式を使い分ける
- 秋田港・能代港で2023年に国内初の大規模商業運転、五島市沖で2026年に浮体式が稼働
- 国は2030年10GW・2040年30〜45GWをめざし、EEZへの海域拡大とセントラル方式を導入
- 漁業とは基金や6年間の影響調査で共存を図り、地域に利益を還元する
- 三菱商事の撤退はコスト上昇と安値落札の課題を露呈。制度を強靱にする教訓となった
洋上風力をめぐるニュースは、「稼働開始」という明るい話題と「撤退」という厳しい話題が入り混じり、一見わかりにくく感じられます。しかしその両方は、日本が本気でこの新しい産業を立ち上げようとしているからこそ生まれる、成長の途中経過だと捉えることができます。うまくいった例からは希望を、つまずいた例からは教訓を。両方を冷静に受け止めることが、洋上風力を正しく応援する姿勢につながります。
海の力を電気に変える挑戦は、まだ始まったばかりです。豊かな海の生き物たちと共存しながら、日本らしい洋上風力のかたちをどう育てていくのか。次の10年が、その答えを描いていきます。
参考文献・出典
- 資源エネルギー庁(経済産業省) – 洋上風力発電について/これまでの洋上風力政策の進捗(2030年10GW・2040年30〜45GW目標)
- 経済産業省・国土交通省 – 「青森県沖日本海(南側)」及び「山形県遊佐町沖」における洋上風力発電事業者の選定結果等について(ラウンド3)
- 経済産業省・国土交通省 – 洋上風力発電に係る第1ラウンド公募事業の撤退要因等の分析(令和7年12月)
- 環境省 – 再エネ海域利用法の一部を改正する法律案について(EEZ拡大・環境大臣の調査)
- NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構) – 浮体式洋上風力発電技術ガイドブック(着床式・浮体式の構造分類)
- 自然エネルギー財団 – 洋上風力発電の動向2025/三菱商事連合の撤退に関する提言
- 三菱商事 – 国内洋上風力発電事業に係る事業性再評価の結果について(2025年8月)
- 秋田県産業労働部 – 秋田の洋上風力発電(県内中高生・保護者向け啓発資料。基金・漁業との共生など)
- 戸田建設 – 五島市沖 浮体式洋上風力発電事業(日本初の商用浮体式・ハイブリッドスパー)
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