8,850km
大西洋サルガッサムベルトの全長(2018年6月・Science誌)
約3,800万トン
2025年に観測された浮遊サルガッサムの史上最大量(南フロリダ大学推計)
11,402件
2018年に仏領カリブ2島で報告された硫化水素の急性曝露の受診数

カリブ海の白い砂浜が、ある朝突然、茶褐色の海藻の山に埋め尽くされる——。いま大西洋で、そんな光景が毎年のように繰り返されています。押し寄せているのは褐藻ホンダワラ類、英語名サルガッサム(Sargassum)。その大量発生・大量漂着は、藻の色にちなんで「ゴールデンタイド(金色の潮)」と呼ばれ、赤潮・緑潮に続く新たな海洋環境問題として世界の研究者が警鐘を鳴らしています。

規模は桁外れです。2019年にScience誌で報告された「大西洋サルガッサムベルト」は、西アフリカからカリブ海・メキシコ湾まで全長8,850km。2025年には浮遊量が約3,800万トンと観測史上最大を更新しました。腐敗した藻が放つ硫化水素は住民の健康をむしばみ、観光ビーチの閉鎖や養殖施設の破壊など、被害は経済にも及びます。

一方で、サルガッサムの流れ藻は本来、ブリの稚魚「モジャコ」やウミガメの子どもを育てる「海のゆりかご」でもあります。さらに近年は、押し寄せた藻を建材や肥料に変える挑戦も始まりました。この記事では、ゴールデンタイドの正体から発生メカニズム、世界と日本への影響、資源活用の最前線までを、一次情報にもとづいて徹底解説します。

この記事で学べること

  • ゴールデンタイドの定義と、赤潮・緑潮との違い
  • 大西洋に出現した全長8,850kmの「サルガッサムベルト」の実態と2025年の最大記録
  • 大量発生を引き起こす栄養塩・湧昇・気候変動という3つの要因
  • 腐敗した海藻が放つ硫化水素の健康リスクと、観光・漁業への経済被害
  • 黄海のノリ養殖被害と、日本の海で流れ藻が果たす「海のゆりかご」の役割
  • 建材・肥料・化粧品への活用最前線と、ヒ素というハードル

ゴールデンタイドとは何か——「金色の潮」の正体

ゴールデンタイド(golden tide)とは、褐藻ホンダワラ類(サルガッサム属)が海面で爆発的に増殖・集積し、大量の「流れ藻」となって漂流・漂着する現象です。金褐色の藻が海面や海岸を埋め尽くす様子から、この名が付きました。プランクトンが引き起こす赤潮、アオサ類が引き起こす緑潮と並ぶ「大規模藻類ブルーム」の一種で、2010年代以降、大西洋と東アジアの海で急速に深刻化しています。

赤潮・緑潮との違い

「潮」と名の付く現象は原因生物がそれぞれ異なります。赤潮は顕微鏡サイズの植物プランクトン、緑潮はアオサ・アオノリ類の緑藻、そしてゴールデンタイドは大型の褐藻ホンダワラ類です。富栄養化(海に栄養分が過剰に流れ込むこと)が引き金になりやすい点は共通しますが、ホンダワラ類は体長が数十cm〜数mに達する大型海藻のため、1個体あたりの生物量が桁違いに大きく、漂着したときの物理的なインパクトが特に強いのが特徴です。

現象原因生物見た目代表的な発生海域
赤潮植物プランクトン(渦鞭毛藻・珪藻など)海が赤褐色に変色瀬戸内海、有明海、世界各地の沿岸
緑潮(グリーンタイド)アオサ・アオノリ類(緑藻)緑色の藻が海面・海岸を覆う黄海(中国・青島沖など)
ゴールデンタイドホンダワラ類(褐藻・サルガッサム属)金褐色の流れ藻が帯状に漂流・漂着大西洋熱帯域、カリブ海、黄海・東シナ海
「三つの潮」の比較。いずれも富栄養化・気候変動と関わりが深い

赤潮や富栄養化のメカニズムについては、関連記事「赤潮・青潮と富栄養化のすべて」で詳しく解説しています。

主役はホンダワラ類——気胞で浮かぶ大型海藻

ホンダワラ類は、体に気胞(きほう)と呼ばれる空気の入った浮き袋を持つのが最大の特徴です。水産研究・教育機構によると、気胞の浮力によって体を海中で立ち上げ、また岩から剥がれた後も海面に浮かんで生き続けることができます。この「浮かぶ力」こそが、他の海藻にはない長距離漂流——つまり流れ藻——を可能にしています。

ホンダワラ類の気胞の構造と、流れ藻として海面を漂流する仕組みの図解
気胞(浮き袋)を持つホンダワラ類は、岩から離れても海面を漂い続けられる

特に大西洋のサルガッサム2種(Sargassum natansSargassum fluitans)は、一生を海底に付着せず海面で過ごす完全浮遊性という珍しい生態を持ちます。「藻の海」を意味するサルガッソ海の名は、大航海時代からこの浮かぶ海藻の群れにちなんで付けられたものです。増えた藻が沈まず海面にとどまり続けるため、条件が揃うと際限なく集積していきます。

世界で報告が相次ぐ「新しい潮」

「ゴールデンタイド」という言葉が国際的に使われ始めたのは2010年代のことです。2013年には藻類学者スメタチェクらがNature誌の総説で、世界各地の沿岸で緑潮とともに褐藻の大量発生——ゴールデンタイド——が増加していると警告しました。背景にあるのは、沿岸の富栄養化と海の温暖化という世界共通の変化です。従来「豊かな海の風物詩」だった流れ藻が、人間活動によって「制御不能なバイオマス」へと姿を変えつつあることを、科学界はこの頃から強く意識するようになりました。

日本語では「金潮(きんちょう)」と訳されることもありますが、まだ定訳は定まっていません。本記事では国際的に通用する「ゴールデンタイド」の呼び名を使います。赤潮・青潮・緑潮に続く「第4の潮」として、この言葉を覚えておいて損はないでしょう。

実は流れ藻そのものは、日本の海辺でもごく身近な存在です。春から初夏の海岸を歩けば、気胞の付いた金褐色の海藻が打ち上がっているのをよく見かけます。あの見慣れた流れ藻が、地球の裏側では数千万トン規模に膨れ上がって社会問題になっている——それがゴールデンタイド問題のスケール感です。

ここがポイント

  • ゴールデンタイド=ホンダワラ類(サルガッサム)の大量発生・漂着現象
  • 赤潮(プランクトン)・緑潮(アオサ類)と並ぶ大規模藻類ブルームの一種
  • 気胞で浮かぶ性質が、大量の藻を遠くの海岸まで運ぶ

世界最大の海藻ベルト「大西洋サルガッサムベルト」

ゴールデンタイドを一躍世界的な問題に押し上げたのが、大西洋に出現した巨大な藻の帯です。2019年、南フロリダ大学のワン・モンチウ(Mengqiu Wang)博士らはScience誌に発表した論文で、この帯を「大西洋サルガッサムベルト(Great Atlantic Sargassum Belt)」と命名しました。世界最大のマクロ藻類ブルームです。

Science誌が示した8,850kmの実態

衛星観測19年分を解析したこの研究によると、ベルトが最大化した2018年6月には、西アフリカ沖からカリブ海・メキシコ湾まで全長8,850kmにわたって流れ藻が連なり、総重量は2,000万トン以上と推定されました。地球の円周の2割を超える長さの「海藻の帯」が、大西洋の熱帯域を横断していたことになります。

重要なのは、これが2011年に突如始まった現象だという点です。それ以前、大西洋のサルガッサムは主にサルガッソ海周辺にとどまり、熱帯大西洋で大規模なブルームはほとんど観測されていませんでした。ところが2011年を境にほぼ毎年ベルトが形成されるようになり、研究チームは「ニューノーマル(新たな常態)になった可能性が高い」と指摘しています。

記録更新が止まらない——2025年は約3,800万トン

その予測どおり、ベルトはその後も拡大を続けています。サルガッサムの衛星監視を続ける南フロリダ大学光学海洋学研究室の推計では、2025年5〜6月に浮遊量が約3,800万トンに達し、観測史上最大を更新しました。カリブ海では6月に過去最高水準を記録し、メキシコ湾でも前年記録の倍近い量が観測されています。

さらに2025年には、サルガッサムが海流で運ばれてくるだけでなく、カリブ海やメキシコ湾の海域内で自律的に増殖していることが初めて確認されました。発生域が広がりつつあることを示すサインであり、研究者は今後も大規模な漂着が避けられないと警告しています。

どうやって測るのか——衛星が数える海藻

数千kmに広がる流れ藻を船で数えることはできません。研究チームはNASAの地球観測衛星が捉えた海面の反射スペクトルから、浮遊藻類に特有の赤外線の反射(浮遊藻類指数)を検出し、藻の分布面積を割り出したうえで、現場調査に基づく換算式で重量(現存量)に変換しています。この手法により、2000年以降の大西洋全域のサルガッサム量が月単位で時系列化され、「いつ・どこで・どれだけ」増えたかを客観的に比較できるようになりました。

ベルトには明瞭な季節リズムがあります。例年、春に増殖が加速して初夏〜夏にピークを迎え、冬に大きく減衰します。ただし近年は冬の「残存量」が多い年が増えており、翌年のブルームの「種」が豊富に残ることで、大発生が連鎖しやすくなっていると指摘されています。

8,850kmという長さは、東京からアフリカ大陸東岸までの直線距離に匹敵します。もっとも、ベルトといっても藻が隙間なく敷き詰められているわけではなく、実際には無数の藻のパッチ(塊)や筋が帯状の海域に点在している状態です。それでも合計すれば重量数千万トン——世界中の人間が食べる海藻の生産量をはるかに超えるバイオマスが、毎年大西洋に出現していることになります。

西アフリカからカリブ海まで大西洋を横断するサルガッサムベルトを示した衛星視点の地図イラスト
西アフリカからカリブ海まで、大西洋の熱帯域を横断するサルガッサムベルトのイメージ
  • 2011年:熱帯大西洋で初の大規模ブルーム。以後ほぼ毎年発生
  • 2018年6月:全長8,850km・総量2,000万トン超(Science誌掲載の推計)
  • 2023年:フロリダ沿岸への大量漂着が全米で報道され社会問題化
  • 2025年5〜6月:約3,800万トンで史上最大を更新。海域内での自律増殖も初確認

サルガッソ海とサルガッサムベルトは別物

サルガッソ海は北大西洋の環流に囲まれた「藻の海」で、サルガッサムが古くから自然に集まる海域です。一方サルガッサムベルトはその南、熱帯大西洋に2011年以降新たに出現した現象で、規模も発生メカニズムも異なります。前者は貴重な生態系、後者は人間活動が関わる異常増殖と考えられています。

なぜ大量発生するのか——3つの引き金

なぜ2011年を境に、大西洋で突然サルガッサムが爆発的に増え始めたのでしょうか。Science論文をはじめとする研究が指摘するのは、陸からの栄養塩・海の湧昇・気候変動という3つの要因の重なりです。

①アマゾン川から流れ込む栄養塩

海藻の増殖には窒素やリンなどの栄養塩が欠かせません。ベルトの西側の供給源と考えられているのが、世界最大の河川・アマゾン川です。流域では農地開発や森林伐採が進み、肥料由来の窒素・リンが川を通じて大西洋へ大量に流れ込むようになりました。Science論文は、春から夏のブルーム拡大がアマゾン川の出水と連動していることを示し、流域の土地利用の変化が増殖を後押ししている可能性を指摘しています。

陸の栄養分が海の生態系を変えるプロセスは日本の沿岸でも起きています。詳しくは関連記事「窒素・リンはどこから海へ来るのか」をご覧ください。

②西アフリカ沖の湧昇と大気からの栄養供給

ベルトの東側では、冬に西アフリカ沖で湧昇(ゆうしょう)——栄養豊富な深層水が表層へ湧き上がる現象——が強まり、藻の初期増殖を支えていると分析されています。また、サハラ砂漠から大西洋へ運ばれる砂塵(ダスト)が鉄などの微量栄養素を海面に供給し、増殖を助けているとする仮説も検討されています。陸・海・大気の三方向から「肥料」が届く構図です。

③温暖化と海洋循環の変化

引き金として有力視されているのが、2009〜2010年冬の北大西洋振動(NAO)と呼ばれる気圧配置の大きな変調です。この年、例外的な風のパターンによってサルガッソ海の藻が大量に熱帯域へ運ばれ、豊富な栄養と高い水温に出会って定着した——これが2011年以降の連続ブルームの出発点になったとする分析があります。加えて海水温の上昇は熱帯域での増殖速度を高める方向に働きます。海の温暖化が生態系に与える影響は「海洋熱波とは何か」でも解説しています。

ただし、原因の全体像はまだ研究の途上にあります。ブルームの規模は年ごとに大きく変動し、たとえば2013年にはほとんど発生しませんでした。Science論文の研究チームは、前年から持ち越される「種」となる藻の量と、その年の栄養塩の供給量の組み合わせで発生規模がおおむね説明できるとしています。つまり、単一の犯人がいるのではなく、陸・海・大気の条件が揃った年に大発生する——気候変動がその「揃いやすさ」を底上げしている、というのが現在の理解です。

サルガッサム大量発生の3要因(アマゾン川の栄養塩・西アフリカ沖の湧昇・気候変動)を示す模式図
陸(アマゾン川)・海(湧昇)・大気(砂塵)から栄養が届き、温暖な海で藻が爆発的に増える

ゴールデンタイドは「人為的な現象」の可能性が高い

  • 森林伐採・農業拡大による栄養塩流出が増殖の燃料に
  • 海水温上昇が熱帯域での増殖を加速
  • 一度始まったブルームは自己増殖し、毎年再発する「新たな常態」に

漂着ラッシュの被害——観光・健康・くらし

海面を漂うサルガッサムは、海流と風に運ばれてやがて海岸に押し寄せます。カリブ海の島々やメキシコのリゾート地では、厚さ1mを超える藻の堆積が海岸線に沿って延々と続くこともあり、その被害は観光・健康・インフラの広範囲に及びます。

観光業への打撃

カリブ海諸国の多くは経済を観光に依存しています。白砂のビーチが茶色い藻に覆われ腐敗臭が漂えば、ビーチは閉鎖され、マリンアクティビティは中止に。実際に、宿泊キャンセルの増加、ビーチフロントのレストラン閉店、従業員の解雇といった影響が各地で報告されています。メキシコ・カンクンなどでは、ホテルが重機や人手で毎朝藻を撤去し続けており、清掃費用そのものが恒常的な経営負担になっています。

腐敗が生む硫化水素——住民の健康被害

より深刻なのは健康影響です。漂着したサルガッサムはおよそ48時間で腐敗が始まり、卵の腐ったような臭いの硫化水素(H2S)やアンモニアを放出します。低濃度でも目・鼻・喉への刺激や頭痛・吐き気を引き起こし、ぜんそくなど呼吸器疾患のある人は特に影響を受けやすいとされます。

被害は数字にも表れています。大量漂着に見舞われた2018年、仏領マルティニークとグアドループの両島では、医師によって11,402件もの硫化水素への急性曝露が報告されました。長期曝露と神経系・呼吸器系への影響の関係を調べる研究も進められており、米環境保護庁(EPA)はサルガッサム大量漂着を公衆衛生上の課題として位置づけています。

被害の規模は年々底上げされています。「史上最悪」と呼ばれた2018年の漂着の後も記録は更新され続け、2023年にはフロリダ州のビーチへの大量漂着が全米ニュースになり、2025年には過去最大のベルトを受けてカリブ海各地で非常対応が続きました。メキシコでは海軍が洋上バリアの設置や回収船の投入に乗り出すなど、漂着対策はもはや国家レベルの課題になっています。

数字に表れにくい生活被害もあります。腐敗ガスによる金属腐食で冷蔵庫やテレビ、電気配線が次々に故障する、悪臭で窓を開けられない、頭痛や不眠が続く——漂着地域の住民からはそんな声が続きます。仏領グアドループでは臭気の強い時期に学校が一時閉鎖される事態も報じられました。ビーチから離れられない沿岸集落ほど逃げ場がなく、観光収入の減少と健康リスクの二重苦を背負うことになります。

海岸に厚く堆積したサルガッサムを重機で撤去する作業と、人気のないビーチ
重機による撤去が続くビーチ。清掃費用は沿岸自治体とホテルの重い負担になっている(イメージ)

インフラ・漁業への影響

被害は陸上施設にも及びます。腐敗ガスは金属を腐食させるため、海岸近くの電子機器や家電の故障が報告されているほか、発電所や海水淡水化プラントの取水口が藻で詰まるトラブルも起きています。漁業では、漁船のスクリューや漁具に藻が絡んで出漁できない、網が押し流されるなどの被害が発生し、小規模漁業者の生計を直撃しています。

分野主な被害
観光ビーチ閉鎖、宿泊キャンセル、清掃費用の恒常化、雇用への波及
健康硫化水素・アンモニアによる目や喉の刺激、頭痛、呼吸器症状(2018年に仏領2島で11,402件の受診)
インフラ取水口の閉塞、腐食ガスによる電子機器・家電の故障
漁業漁具・スクリューへの絡まり、出漁不能、養殖施設の損傷
サルガッサム大量漂着がもたらす主な被害

海の中で起きていること——生態系への二面性

サルガッサムは単なる厄介者ではありません。沖合を漂っている間は豊かな生態系を支える一方、沿岸に大量に押し寄せた途端に破壊者へと変わる——この二面性こそ、ゴールデンタイド問題の難しさです。

沖合では「漂うオアシス」

外洋の表層は本来、隠れ場所の少ない「海の砂漠」です。そこに浮かぶ流れ藻は、小さな生き物にとって貴重な隠れ家であり餌場。サルガッソ海の流れ藻には、ハナオコゼの仲間(サルガッサムフィッシュ)のような流れ藻に特化した魚を含む多様な魚類やカニ・エビが暮らし、マグロ類やシイラなど大型魚の幼魚、孵化直後のウミガメの子どもも流れ藻に身を寄せて育ちます。流れ藻の群れは「漂う黄金の熱帯雨林」とも呼ばれ、外洋の生物多様性のホットスポットです。

沿岸に押し寄せると一転、脅威に

ところが沿岸への大量漂着は、まったく別の顔を見せます。厚く積もった藻はウミガメの産卵上陸を妨げ、孵化した子ガメが海へたどり着くのを阻みます。浅海では大量の藻が光を遮って海草藻場やサンゴを衰弱させ、腐敗の過程で水中の酸素を消費して貧酸素状態を引き起こし、魚や貝の大量死につながります。腐敗した藻から栄養分と褐色の色素が溶け出して沿岸の水を濁らせる「サルガッサム褐色水」も、サンゴ礁のストレスを高める要因として研究されています。

「適量」の漂着藻は浜の栄養でもある

誤解のないように付け加えると、海藻の漂着そのものは自然界で昔から繰り返されてきた正常なプロセスです。適度な量の打ち上げ海藻は、砂浜の小さな生き物や海鳥の餌となり、分解されて海浜植物の栄養になり、砂を安定させて浜の侵食を和らげる働きさえあります。問題はあくまで「量」。生態系が処理できる範囲を大きく超えた漂着が、恵みを災害に変えているのです。重機による過剰な撤去が砂浜の生態系や地形を傷つけるという、対策側のジレンマもここから生まれます。

沖合の流れ藻に集まる稚魚や子ガメと、沿岸で藻に覆われ酸欠になった海底の対比図
沖合では生き物のゆりかご(左)、沿岸に大量集積すると光と酸素を奪う脅威(右)——同じ藻の二つの顔

カリブ海はアオウミガメやタイマイなど複数種のウミガメの重要な産卵地です。産卵期に藻の壁がビーチを覆えば、母ガメは上陸場所を失い、砂中の卵は腐敗熱や浸出水の影響を受け、孵化した子ガメは藻に絡まって海にたどり着けません。ウミガメ保護団体は漂着の激しい年に人手で孵化幼体を救出する活動を続けており、ゴールデンタイドは絶滅危惧種の保全にも新たな重荷を加えています。

「量」が価値を反転させる

適度な流れ藻は外洋の生物多様性を支えるかけがえのない存在です。しかし人間活動によって藻の量が生態系の許容量を超えたとき、ゆりかごは一転して脅威になります。ゴールデンタイドは「藻が悪い」のではなく、海のバランスが崩れたことを知らせる警報だと言えます。

アジアでも起きている——黄海のゴールデンタイドと日本の流れ藻

ゴールデンタイドは大西洋だけの現象ではありません。東アジアの黄海・東シナ海でも2010年代から大規模化し、日本にとっても対岸の火事ではなくなりつつあります。

中国・江蘇省のノリ養殖を襲ったアカモク

黄海では、緑藻アオサ類による世界最大級の緑潮(2008年の北京五輪セーリング会場・青島沖の大発生が有名)に加えて、近年はホンダワラ類の一種アカモク(Sargassum horneriによるゴールデンタイドが頻発しています。2016年12月から2017年5月にかけては、大量の流れ藻が中国・江蘇省沿岸のノリ(アマノリ類)養殖漁場に押し寄せて養殖筏(いかだ)を次々と破壊し、ノリ産業に5億元(当時のレートで約80億円)以上の経済損失をもたらしました。遺伝子解析により、この流れ藻はほぼアカモク単一種であることが確認されています。

皮肉なことに、アカモクは日本では栄養価の高い「食べる海藻」として人気が高まっている種です。同じ海藻が、海域と量によって特産品にも災害にもなる——ここでも「量が価値を反転させる」構図が見られます。

ちなみにアカモクは、秋田県で「ギバサ」、山形県で「銀葉藻(ぎんばそう)」などと呼ばれて古くから食べられてきた海藻で、粘りと歯ごたえ、豊富な食物繊維やフコイダンが注目されて全国のスーパーにも並ぶようになりました。かつて漁師に「邪魔もく」と呼ばれ嫌われた藻が食卓の人気者になったように、視点を変えれば厄介者は資源になる——このことは後述する活用の話にもつながります。

東シナ海で生まれた流れ藻の一部は、対馬暖流に乗って日本海側へ、黒潮に乗って太平洋側へと運ばれます。水産研究・教育機構などは衛星と漂流シミュレーションを組み合わせて流れ藻の動態を調査しており、東アジア規模で藻の発生量が変われば、日本沿岸に届く流れ藻の量やタイミングも変わりうると考えられています。黄海のゴールデンタイドは、日本の水産業にとっても注視すべき隣接現象なのです。

日本の海では「流れ藻」は海のゆりかご

日本沿岸では現在のところ、カリブ海のような破局的被害は起きていません。むしろ日本の水産業にとって、ホンダワラ類の流れ藻は昔からなくてはならない存在です。ブリは主に東シナ海で春に産卵し、稚魚は体長3cmほどになると流れ藻に寄り添って外敵から身を守りながら、藻に付く小さなエビ・カニ類を食べて成長します。この稚魚は「モジャコ」と呼ばれ、春のモジャコ漁で採捕された稚魚が日本のブリ養殖の種苗を支えてきました。

流れ藻はブリのほか、サヨリやトビウオの産卵基質、多くの稚魚の隠れ家としても機能します。沿岸に定着するホンダワラ類の藻場(ガラモ場)は、アマモ場と並ぶ「海のゆりかご」です。藻場の働きについては関連記事「海のゆりかご・アマモ場の生物多様性」でも詳しく紹介しています。

流れ藻の下に群れるブリの稚魚モジャコと、それを支えるホンダワラ類の海中風景
流れ藻に寄り添うブリ稚魚「モジャコ」。日本の海では流れ藻は水産業を支えるゆりかごでもある

日本への示唆

  • 黄海のアカモク・ゴールデンタイドは、対馬暖流域の養殖・定置網にも影響しうる隣接問題
  • 海水温上昇や栄養塩バランスの変化は、日本沿岸の藻場・流れ藻の量も変えうる
  • 「増えすぎ」の監視と「本来の恵み」の保全を両立する視点が必要

厄介者を資源へ——世界の活用最前線

毎年数千万トン規模で発生するサルガッサムを、埋め立てるのではなく資源として使えないか——。カリブ海沿岸を中心に、逆転の発想のビジネスが次々と生まれています。

海藻が家になる——メキシコの「サルガブロック」

メキシコ・リビエラマヤの造園業者オマール・バスケス・サンチェスさんは2018年、浜に押し寄せたサルガッサムを乾燥・粉砕し、石灰岩などの材料と混ぜて固めた建築用ブロック「サルガブロック(Sargablock)」を考案しました。ブロックの約40%がサルガッサムで、天日で乾燥させて作るため製造コストは従来のブロックより安く抑えられます。バスケスさんはこのブロックで低所得家庭向けの住宅を10軒以上建設し、最初に建てた家は複数のハリケーンと熱帯暴風雨に耐えて現在も使われています。この取り組みは国連開発計画(UNDP)の事例としても紹介され、世界から注目を集めました。

バスケスさんはもともと、押し寄せる藻の清掃を請け負いながら、乾燥させた藻を庭木用の肥料として販売していました。「災害を仕事に変える」発想の延長線上に生まれたのがサルガブロックです。地元の人を清掃・製造に雇用することで、被害対策と雇用創出を同時に実現している点も高く評価されています。

肥料・化粧品・ヴィーガンレザーに——Carbonwaveの挑戦

米国とプエルトリコを拠点とするスタートアップCarbonwave(カーボンウェーブ)は、回収したサルガッサムから農業用の液体資材「Sarga Ag」、海藻由来の化粧品用乳化剤「SeaBalance」、さらにはヴィーガンレザー(動物性素材を使わない合成皮革)まで、複数の高付加価値素材を開発しています。同社は2023年に500万ドルの資金調達を実施し、「厄介者の藻」を原料とするバイオ素材産業の確立を目指しています。

この企業を見るCarbonwave(カーボンウェーブ)大量発生したサルガッサムを回収し、農業資材・化粧品用乳化剤・ヴィーガンレザーなどへアップサイクルする米国発スタートアップの公式サイト(英語)。🔗 carbonwave.com

このほか、発酵させてバイオガス(メタン)を作る発電利用、炭化させて土壌改良に使うバイオ炭、堆肥化など、世界各地で実証が進んでいます。「海岸に大量に届くバイオマス」という見方をすれば、サルガッサムは有望な資源でもあるのです。

サルガッサムから作られる製品群(建築ブロック・液体肥料・化粧品・バイオガス)の図解
建材・肥料・化粧品・エネルギー——サルガッサムの多彩な活用ルート

立ちはだかる課題——ヒ素と供給の不安定さ

ただし、活用には無視できないハードルがあります。よく知られた問題がヒ素です。サルガッサムは海水中のヒ素を体内に蓄積しやすく、そのままでは食品や飼料、農地への大量投入に安全上の制約が生じます。用途ごとに含有量の検査と除去・希釈の工程が欠かせません。また、発生量が年や季節で大きく変動するため原料供給が不安定なこと、塩分や砂の除去にコストがかかることも、事業化の壁になっています。

「沈めて炭素を隔離する」という第3の道

製品化とは別のアプローチも登場しています。英国のスタートアップSeaweed Generation社は、洋上でサルガッサムを回収し、水深の深い海域へ沈めることで藻が吸収した炭素を長期間隔離する装置「アルガレイ(AlgaRay)」を開発中です。海岸に漂着して腐敗すれば温室効果ガスとして大気に戻る炭素を、深海に封じ込めようという発想です。ただし大量の藻を深海に沈めることが深海生態系に与える影響はまだ十分に分かっておらず、慎重な検証が求められています。

活用を「本物の解決策」にするために

  • ヒ素・重金属の含有量を用途別に管理する安全基準づくり
  • 漂着前の洋上回収による品質の高い原料確保
  • 清掃コストを資源調達コストへ転換する自治体・企業の連携

監視・予測、そして私たちにできること

ゴールデンタイドを完全に止める方法は、今のところありません。だからこそ「いつ・どこに・どれだけ来るか」を予測し、被害を最小化する取り組みが世界で進んでいます。

衛星が見張る海藻ベルト

南フロリダ大学の光学海洋学研究室は、衛星データを使ってサルガッサムの分布と量を毎月解析し、月次ブレティン(サルガッサム展望)として公開しています。ホテルや漁業者、自治体はこの情報をもとに清掃体制や観光プランを準備できます。NOAA(米海洋大気庁)も漂着リスクに関する情報提供を行っており、衛星監視は今やカリブ海沿岸の「天気予報」の一部になりつつあります。

予測の精度も上がっています。ベルトの動きは海流と風にほぼ支配されるため、衛星で沖合の藻の位置を掴めば、数週間先の漂着リスクをある程度見積もることができます。カリブ諸国では観測情報を共有する地域連携が進み、ホテルが沖合バリアを事前に設置したり、清掃人員を漂着予想日に合わせて手配したりと、「構えて迎える」体制づくりが広がっています。

洋上回収と漂着対策

漂着してから重機で回収すると、砂ごとすくうことで砂浜の侵食を早め、砂やごみが混ざって資源利用も難しくなります。そこで、沖合にオイルフェンスのような浮体式バリアを張って藻を誘導・回収する方法や、専用回収船による洋上回収の実証が各地で進められています。腐敗前の新鮮な藻を回収できれば、悪臭・硫化水素の発生を防ぎつつ、活用原料としての価値も高まります。

沖合の浮体式バリアで流れ藻を回収する船と、衛星による監視のイメージ
衛星監視と洋上回収の組み合わせで「漂着前」に対処する試みが進む

日本にいる私たちにできること

ゴールデンタイドの根本原因——富栄養化と気候変動——は、日本の赤潮や磯焼け、海洋熱波と地続きの問題です。遠い海の出来事と切り離さず、次のような行動が巡り巡って海の藻のバランスを守ることにつながります。

  • 食品ロスを減らし、適正な施肥・排水処理を支える製品や自治体の取り組みを選ぶ(栄養塩の流出削減)
  • 省エネや再エネの選択でCO2排出を減らす(海水温上昇の抑制)
  • アカモクなど国産海藻を食卓に取り入れ、海藻を「使う文化」を育てる
  • 海岸清掃や藻場保全のボランティア・寄付に参加する

ゴールデンタイドが問いかけるもの

ゴールデンタイドは、遠い外国の珍事ではありません。陸で使われた肥料が川を下り、温まった海で藻を爆発的に育て、その藻が別の国の海岸で人々の健康と生業を脅かす——地球の物質循環が国境を越えてつながっていることを、これほど分かりやすく見せる現象は他にないでしょう。同時に、流れ藻が本来持つ「命を育む力」と、人間の工夫次第で厄介者が資源に変わる可能性も教えてくれます。海の異変を「量の警報」として受け止め、原因である富栄養化と温暖化に手を打つこと。それが、金色の潮への最も確実な答えです。

この記事のまとめ

  • ゴールデンタイドはホンダワラ類(サルガッサム)の大量発生・漂着現象で、2011年以降、大西洋と東アジアで急速に深刻化した
  • 大西洋サルガッサムベルトは全長8,850km。2025年には約3,800万トンと史上最大を更新した
  • 原因は栄養塩の流入・湧昇・気候変動の複合。人間活動が引き金と考えられている
  • 腐敗した藻は硫化水素を放ち、観光・健康・漁業に深刻な被害をもたらす一方、沖合の流れ藻は稚魚や子ガメのゆりかごでもある
  • 建材・肥料・化粧品への活用が始まったが、ヒ素の管理と安定供給が課題
  • 衛星監視と洋上回収、そして富栄養化・温暖化対策という根本治療の両輪が欠かせない

参考文献・出典

  1. Wang, M. et al. (2019) The great Atlantic Sargassum belt, Science – 大西洋サルガッサムベルトを命名・定量した原著論文(8,850km・2,000万トン超の推計)
  2. 南フロリダ大学 海洋科学部(USF College of Marine Science) – サルガッサムの衛星監視・月次ブレティンと2025年の記録的発生に関する解説
  3. 米国環境保護庁(EPA)Sargassum Inundation Events: Impacts on Human Health – サルガッサム大量漂着と硫化水素・アンモニアの健康影響に関する公式解説
  4. 水産研究・教育機構「ホンダワラ類の構造と基本的な形」 – ホンダワラ類の気胞・形態と流れ藻の生態に関する国内研究機関の解説
  5. Liu, F. et al. (2018) Insights on the Sargassum horneri golden tides in the Yellow Sea, Limnology and Oceanography – 黄海ゴールデンタイドの原因種をアカモクと同定し、江蘇省ノリ養殖被害(5億元以上)を報告した論文
  6. Xing, Q. et al. (2021) Golden seaweed tides accumulated in Pyropia aquaculture areas, Science of the Total Environment – 黄海のノリ養殖海域でゴールデンタイドが常態化していることを示した論文
  7. 鹿児島県水産技術開発センター「モジャコと流れ藻」 – ブリ稚魚モジャコと流れ藻の関係・モジャコ漁に関する国内水産研究機関の資料
  8. PBS News「Huge blankets of seaweed are smothering coastlines」 – 2025年の記録的なサルガッサム漂着とカリブ海・メキシコの被害状況の報道
  9. Carbonwave(公式サイト) – サルガッサムを肥料・化粧品乳化剤・ヴィーガンレザーへアップサイクルする企業

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