⚡ 30秒でわかる答え
- 30by30とは2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として保全する国際目標のこと
- 日本の海の保護区は2020年時点で13.3%にとどまり、国立公園などの拡張だけでは30%到達が難しい
- そこで国立公園に指定されていない民間管理エリアを「OECM」として認める仕組みが導入された
- 海では漁業者が守る藻場やサンゴ礁、湾内の牡蠣養殖場などが「自然共生サイト」として認定され始めている
「海の30%を守る」と聞くと、遠い海外の話に思えるかもしれない。だが実は、日本の沿岸で日々サンゴを移植したり藻場を管理したりしている漁業者の活動そのものが、この国際目標の達成を左右する鍵になっている。
2022年に採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」で掲げられた30by30目標は、2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として保全することを世界に求めた。日本の海洋保護区は2020年時点で13.3%にとどまり、目標まで半分にも届いていない。
この差を埋める切り札として環境省が導入したのが、国立公園などの「保護地域」以外の場所も対象にできるOECMという考え方だ。本記事では、30by30の背景からOECM・自然共生サイトの仕組み、そして実際に海で進む認定事例までを整理する。
この記事で学べること
- 30by30目標がなぜ生まれたのか、国際的な経緯がわかる
- OECM(保護地域以外で生物多様性保全に資する地域)の仕組みがわかる
- 自然共生サイトの認定制度と海域での認定事例がわかる
- 漁業者による藻場・サンゴ礁保全がなぜ30by30に直結するのかがわかる
- 30by30が「面積」だけでなく「質」を問う目標であることがわかる
30by30目標とは何か
30by30(サーティ・バイ・サーティ)とは、2022年にカナダ・モントリオールで開催された生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」の中核目標のひとつで、2030年までに陸と海のそれぞれ30%以上を健全な生態系として効果的に保全することを世界各国に求めるものだ。正式には枠組みの「ターゲット3」として位置づけられており、単なるスローガンではなく各国が国内計画に落とし込むべき数値目標として国際合意された点が重要になる。
背景には、生物多様性の損失が気候変動と並ぶ地球規模の危機として認識されるようになったことがある。国連環境計画などの関連報告では、開発や乱獲、汚染によって陸海双方の生態系が急速に劣化していると指摘されており、保全区域を量的にも質的にも拡大する必要性が国際合意として明文化された。とりわけ海洋については、これまで陸上の自然保護に比べて国際的な議論の蓄積が薄く、30by30は「海の保全」を陸と対等な優先課題に引き上げた点でも画期的とされている。
日本を含む196の国・地域が締約国となっている生物多様性条約のもとでは、各国が2030年に向けた「国別目標」を策定し、5年ごとに進捗を報告する仕組みが整えられている。30by30はその中でも達成度が測りやすい定量目標であるため、各国のコミットメントを国際的に比較する際の象徴的な指標にもなっている。
日本国内では、生物多様性条約の国内実施計画にあたる「生物多様性国家戦略」が2023年に改定され、30by30が主要な数値目標のひとつとして明記された。この改定により、環境省だけでなく水産庁や国土交通省など複数の省庁が横断的に30by30の達成に関わる体制が整えられ、海域の保全については水産行政と環境行政の連携が特に重視されるようになっている。
生物多様性国家戦略には30by30以外にも、外来種対策や汚染物質の削減、企業活動における生物多様性配慮の推進など複数の柱が盛り込まれている。その中で30by30は、進捗を面積という具体的な数値で追える数少ない目標であるため、国会やメディアでの議論でも取り上げられやすく、政策の優先順位づけに影響を与えやすい目標になっている。
日本政府の対応:30by30アライアンス
日本では環境省が事務局となり、2022年4月に「30by30アライアンス」を発足させた。地方公共団体・企業・NPOなど多様な主体が参加し、国立公園などの法定保護地域の拡充に加え、民間が管理する土地・海域を保全区域としてカウントする仕組みづくりを進めている。2026年時点でアライアンスの参加団体数は1,000団体を超えており、企業のCSR活動や自治体の環境施策の受け皿としても機能し始めている。
なぜ「陸」だけでなく「海」なのか
地球の表面積の7割は海洋が占めており、海は大気中の二酸化炭素の吸収源であると同時に、世界の人口の相当割合の食料・生計を支えている。生物多様性条約の議論でも、海洋生態系の劣化が水産資源の減少や気候変動の加速に直結することが繰り返し指摘されてきた。30by30が陸と海を同列の目標として掲げているのは、こうした海洋の重要性を反映した結果だ。
日本は四方を海に囲まれた島国であり、水産業は地域経済や食文化と密接に結びついている。そのため日本にとっての30by30は、単なる国際公約の履行にとどまらず、沿岸地域の暮らしや漁業の持続可能性そのものに関わる課題として受け止められている。海の保全と漁業の継続を対立させずに両立させる道筋を示せるかどうかが、日本の30by30の成否を左右するといっても過言ではない。
30by30目標の2本柱
- ①国立公園・国定公園など法定の「保護地域」の拡大
- ②法定保護地域ではないが生物多様性保全に資する「OECM」の追加登録
ネイチャーポジティブという上位目標との関係
30by30は単独の目標ではなく、「2030年までに自然の損失を止め、回復に転じさせる(ネイチャーポジティブ)」という昆明・モントリオール生物多様性枠組み全体の上位ゴールを実現するための具体策のひとつとして位置づけられている。面積保全のほかにも、外来種対策や汚染削減、持続可能な資源利用など23の個別目標が設定されており、30by30はその中でも最も注目度が高く、進捗が数字で追いやすい目標として国際社会の関心を集めている。
日本の海はまだ13.3%しか守られていない
環境省の30by30ロードマップによれば、2020年時点で日本の保護地域の割合は陸域20.5%・海域13.3%にとどまっている。海の保護区は国立公園の海域公園地区や自然環境保全地域などが中心だが、日本の広大な排他的経済水域(EEZ)全体をカバーするには程遠い。日本のEEZは世界第6位の広さを持ち、その面積は国土面積の実に約12倍にあたる。これほど広大な海域を対象に保護区を拡大するには、従来型の国立公園指定だけでは限界があるというのが政府内の認識だ。

陸に比べて海の拡張が難しい理由
海域で新たに国立公園などの法定保護区を指定するには、漁業権や航路利用など既存の海の利用者との調整が不可欠で、陸上の保護区拡大よりも合意形成に時間がかかる。漁業者にとって、保護区の指定は操業できる範囲が制限されることを意味しかねず、地域の生活基盤に直結する問題になる。そのため、既存の枠組みの拡張だけで残り17ポイント近くを埋めるのは現実的に難しいというのが政府内の共通認識になっている。
世界の海洋保護区の状況との比較
国際的に見ると、海洋保護区の設定状況は国によって大きな差がある。広大な排他的経済水域を持つ島嶼国の中には、経済活動が少ない遠洋域を大規模に保護区指定することで高い割合を達成している国もある一方、日本のように沿岸の利用が密で漁業が盛んな国では、面積を一気に拡大する政策は取りにくい。この違いが、日本が「保護地域の拡大」と「OECMの活用」を両輪で進めている理由のひとつになっている。
また、海洋保護区の「質」についても国際的な議論が進んでいる。単に立ち入りや漁獲を制限するだけの区域より、生態系の回復状況を継続的にモニタリングし、必要に応じて管理方法を見直す「順応的管理」が行われている区域の方が、実際の生物多様性保全効果が高いとする研究成果も蓄積されつつある。日本の海洋保護区の一部でも、こうした順応的管理の考え方を取り入れる動きが徐々に広がっている。
| 区分 | 2020年時点の割合 | 備考 |
|---|---|---|
| 陸域の保護地域 | 20.5% | 国立公園・国定公園など |
| 海域の保護地域 | 13.3% | 海域公園地区・海洋保護区など |
| 30by30の目標値 | 30%以上 | 陸・海それぞれに適用 |
面積だけの拡大には限界がある
- 漁業権や航路など既存利用との調整に時間がかかる
- 国立公園の新規指定は住民合意形成に数年単位を要することが多い
- 面積だけでなく、それぞれの海域の生態系がどれだけ健全かも問われる
沖合の海洋保護区の拡張という選択肢
環境省はこうした課題に対応するため、沿岸だけでなく沖合の生態系が豊かな海域について、新たな海洋保護区の指定も並行して検討している。特に、水産資源の産卵場や回遊経路にあたる海域、サンゴ礁や熱水噴出域など固有の生態系が広がる場所が候補として議論されてきた。ただし沖合であっても漁業や海運の利用があるため、指定にあたっては関係者との丁寧な調整が前提になる。
OECMという新しい考え方
この壁を越える鍵として導入されたのがOECM(Other Effective area-based Conservation Measures/保護地域以外で生物多様性保全に資する地域)という国際的な区分だ。国立公園のように法律で「自然保護」を目的に指定された場所でなくても、結果として生物多様性の保全に貢献している場所を対象として認める仕組みである。この考え方は生物多様性条約の締約国会議で国際的に定義され、各国が自国の実情に合わせて制度化することが求められた。
OECMに該当しうる場所の例
- 企業が管理する水源涵養林やビオトープ
- 里地里山など地域住民が維持管理してきた二次的自然
- ナショナルトラストなど民間団体が保有・管理する自然地
- 漁業者が管理する藻場・サンゴ礁、養殖が行われる穏やかな内湾
- 寺社の鎮守の森や地域の共有林など古くから守られてきた自然エリア

OECMとして国が認定した区域は、国際自然保護連合(IUCN)が運営する「保護地域及びOECM世界データベース」にも登録され、国際的にも「保全に効果がある地域」として公式にカウントされる。これにより、日本国内での認定作業が直接、世界全体の30by30達成度にも反映される仕組みになっている。
保護地域とOECMの決定的な違い
保護地域は「自然保護を主目的として法律で指定された場所」であるのに対し、OECMは「主目的が別にあっても、結果として生物多様性保全に効果がある場所」という点が本質的に異なる。たとえば漁業者が持続的な漁獲を目的に藻場を大切に管理してきた結果、多様な魚介類の生息地が保たれているとすれば、その場所はOECMの考え方に合致する。目的よりも「実際に効果があるかどうか」を評価基準にしているのがOECMの特徴だ。
海外におけるOECMの活用例
OECMの考え方は日本独自のものではなく、国際自然保護連合(IUCN)が主導して国際的な基準づくりが進められてきた。海外では、先住民族が伝統的に管理してきた沿岸海域や、洋上インフラの周辺で漁業が制限された結果、副次的に生態系が保たれている海域などがOECMとして登録されている例がある。各国の実情に応じて多様な形態のOECMが認められている点も、この仕組みの柔軟性を示している。
こうした国際的な広がりを踏まえ、日本の自然共生サイト制度も、当初は陸域中心だった認定を海域にも広げる方向で運用が進められてきた。海域特有の課題として、季節や潮汐によって生態系の状態が大きく変化することが挙げられ、陸上の森林や草地とは異なる調査・評価手法の整備が求められている。環境省は水産庁や研究機関と連携しながら、海域向けの審査基準を段階的に精緻化している段階にある。
「自然共生サイト」認定制度の仕組み
日本ではOECMの国内制度として「自然共生サイト」の認定が2023年度に始まった。当初は環境大臣の認定という位置づけだったが、2025年4月に施行された「地域生物多様性増進法」によって法的な裏付けを持つ制度になった。法制化によって、認定を受けた区域への支援策や税制上の措置なども段階的に整備されつつある。
認定のプロセス
- 土地・海域の管理者(企業・自治体・漁協・NPOなど)が申請書類と生物多様性に関する情報を提出
- 有識者による審査委員会が現地の生態系の状況や管理体制を確認
- 環境大臣が認定し、国のデータベース(自然共生サイト情報公開システム)に登録
- 保護地域と重複しない区域はOECMとして国際データベースにも登録
環境省の発表によると、2026年6月末時点で認定された自然共生サイトは累計610件、面積約11.9万ヘクタールに達している。2025年度だけでも第1回201件、第2回58件が新たに認定されるなど、制度開始から急速に件数が積み上がっている。認定は年に複数回のペースで実施されており、企業の遊休地や社有林、自治体所有の緑地など陸域を中心に申請が伸びている一方、海域での認定はまだ全体の一部にとどまる。
認定件数が積み上がる一方で、11.9万ヘクタールという面積は、日本の国土面積(約3,780万ヘクタール)や海域の広さと比べればまだごく一部にすぎない。30by30の目標達成には、今後さらに認定のペースを引き上げ、特に面積を確保しやすい海域・沿岸域での申請を増やしていくことが不可欠だと環境省の担当者も認めている。
申請できる主体の広がり
制度開始当初は大企業の社有林など比較的規模の大きい土地の認定が目立ったが、近年は中小企業や漁業協同組合、地域のNPOなど、より小規模で多様な主体からの申請が増えている。海域についても、単独の漁協だけでなく、複数の漁協や観光事業者が連携して申請するケースが出てきており、制度の裾野が広がりつつある段階だ。
自然共生サイトのポイント
- 国立公園などの既存の保護地域とは重複しない区域が対象
- 企業・自治体・漁協など多様な主体が申請できる
- 認定後はOECMとして国際データベースにも登録され、30by30の達成にカウントされる
審査で重視されるポイント
審査では、対象区域にどのような動植物が生息・生育しているかという生物多様性の現況調査に加え、その状態を維持するための管理体制が継続的に機能しているかが重視される。単に自然が豊かというだけでなく、「誰が」「どのように」その環境を守り続けるのかという管理計画の実効性が問われる点が特徴だ。海域の場合は、潮位や季節による生態系の変化も踏まえた調査が必要になるため、陸域よりも専門的な知見を要することが多い。
審査を担う有識者委員会には、生態学や水産学の専門家が加わっており、申請書類だけでなく必要に応じて現地調査を行った上で判定が下される。認定後も数年おきに状況を報告することが求められており、一度認定を受ければ永続的に維持されるわけではない点も、この制度の特徴のひとつになっている。
申請費用そのものは無料だが、生態系調査や管理計画の作成には専門的な知見と時間が必要になる。このため環境省は、申請を検討する団体向けの説明会やオンライン相談窓口を設け、初めて申請するケースでも取り組みやすいよう支援体制を整えている。
海で進む自然共生サイトの認定事例
海域での認定はまだ件数が少ないが、具体的な事例が出てきている。兵庫県の相生湾は、瀬戸内海に面したリアス海岸の穏やかな湾で、牡蠣養殖が盛んに行われている場所だ。この湾が令和5年度後期の募集で「自然共生サイト」に認定され、養殖業と一体になった沿岸環境が生物多様性保全の場として公式に評価された。相生湾は南北に深く入り組んだリアス海岸で山地が海岸域にまで迫っており、波の穏やかな地形が牡蠣養殖に適していると同時に、多様な生きものの生息場所にもなっている。

漁業者によるサンゴ礁・藻場の保全活動
水産庁によれば、全国およそ25の漁業協同組合が、サンゴの移植など礁の保全活動に取り組んでいる。漁協単独ではなく、地元の民間企業やリゾートホテル、レジャーダイバーなどが協力する形で進められているケースも多い。移植には、白化や台風被害で失われたサンゴの群体から健全な断片を採取し、専用の台座に固定して海中に戻す手法が広く用いられている。
藻場が果たす複合的な役割
藻場は「海の森」とも呼ばれ、水質・底質の浄化や多くの魚介類の産卵・成育の場としての役割を持つ。既に紹介した[アマモ場が「海の保育園」と呼ばれる理由](/eelgrass-nursery-juvenile-fish/)にもあるように、漁村の人々が続けてきた藻場保全活動は、漁獲量の維持だけでなく生物多様性保全の観点からも重要性が再評価されている。加えて藻場は二酸化炭素を吸収・貯留する「ブルーカーボン」の主要な担い手のひとつでもあり、気候変動対策の文脈からも注目が集まっている。
一方で、日本各地の沿岸では水温上昇や食害生物の増加などにより藻場が急速に失われる「磯焼け」と呼ばれる現象も深刻化している。漁業者による藻場保全活動は、こうした磯焼けへの対抗策としての側面も持っており、単なる環境保護活動ではなく、漁業の存続そのものをかけた取り組みという意味合いが強い。
磯焼けの主な原因のひとつとされるウニなどの植食性生物の異常増加に対しては、間引きや駆除と並行して、藻場の再生を図る移植活動が各地で行われている。こうした地道な現場の努力が積み重なった結果として、藻場の面的な回復が確認された海域から、自然共生サイトへの申請を検討する動きも今後広がっていく可能性がある。
認定に向けた漁業現場の課題
一方で、海域の自然共生サイト認定には課題も残る。漁業者にとって申請書類の作成や生態系モニタリングは通常業務に加えて発生する負担であり、行政やNPOによる伴走支援が不可欠だ。また、認定を受けても直接的な補助金が自動的に得られるわけではなく、制度上のメリットをどう漁業現場に還元していくかが今後の論点になっている。
こうした負担を軽減するため、地方自治体や地域の水産試験場が申請サポートに乗り出す動きも出てきている。専門知識を持つ研究者が現地調査を代行したり、申請書類のひな形を提供したりすることで、漁協単独では難しかった認定への挑戦が現実的な選択肢になりつつある。今後、こうした中間支援の担い手がどれだけ増えるかが、海域における自然共生サイトの拡大ペースを左右するとみられている。
漁業活動が「保全」としてカウントされる意義
- これまで漁業は環境負荷として語られることが多かったが、適切に管理された藻場・サンゴ礁は生物多様性保全の主体として公式に認められつつある
- 漁協・養殖業者にとっては、認定を受けることで活動の社会的評価や支援策につながる可能性がある
内湾の養殖業と生物多様性の両立
相生湾のように養殖が行われている内湾では、養殖生物への餌やりや排せつ物が周辺の水質に影響を与える可能性が一般に指摘されてきた。一方で、適切な密度管理のもとで行われる牡蠣養殖は、牡蠣自体が水中の有機物を摂餌することで水質浄化に寄与する側面もあり、養殖と生態系保全が対立するとは限らない。相生湾の認定は、こうした「生業と自然保全の両立」を制度的に評価した事例として位置づけられている。
30by30が目指す「質」の保全
30by30は面積の数字だけを追う目標ではない。国際的な議論では、単に線引きした面積を増やすだけでなく、その区域で実際に生態系が健全に機能しているかという「質」が重視されている。琉球大学などの研究チームは、30by30の実効性を科学的に評価する取り組みを進めており、面積目標の達成と生物多様性の実質的な改善が必ずしも一致しない可能性を指摘している。
「紙の上の保護区」問題
国際的にも、保護区や自然共生サイトとして登録されているのに、実際には十分な管理が行われていない「紙の上の保護区(paper park)」の存在が課題として指摘されてきた。日本の自然共生サイト制度は、認定後も定期的なモニタリングや報告を求める設計になっており、こうした形骸化を防ぐ仕組みが組み込まれている。ただし件数が急増する中で、審査や事後確認の体制をどう維持するかは今後の課題として残る。
研究者からは、認定件数という「量」の指標だけでなく、認定区域内で実際に絶滅危惧種の個体数が回復したか、生態系の健全性を示す指標がどう変化したかといった「質」を測る評価軸を並行して整備すべきだという提言も出ている。今後、自然共生サイトの制度が成熟していく過程では、こうした質的な評価の仕組みづくりが重要な論点になっていくとみられる。
深海や外洋も視野に
沿岸だけでなく、[深海生物多様性の全貌](/deep-sea-biodiversity/)で紹介したような外洋・深海の生態系についても、国家管轄権外区域の生物多様性(BBNJ)に関する新協定の発効に伴い、保全の議論が進みつつある。30by30は沿岸の里海だけでなく、遠く離れた深海までを視野に入れた目標だ。日本近海にも公海に接する海域があり、将来的にはBBNJ協定に基づく新しい海洋保護区の議論とも接点を持つ可能性がある。
| 観点 | 従来の保護区 | OECM・自然共生サイト |
|---|---|---|
| 指定の目的 | 法律上の自然保護区分 | 副次的に生物多様性保全に貢献 |
| 管理主体 | 国・自治体が中心 | 企業・漁協・NPOなど多様な主体 |
| 対象になりやすい海域 | 国立公園の海域公園地区 | 漁業者が管理する藻場・サンゴ礁・内湾 |

企業にとっての自然共生サイトの意味
自然共生サイトの認定は、行政や漁業者だけの話ではない。企業にとっても、自社の事業所や社有地の一部を生物多様性保全の場として活用する動きが広がっている。とりわけ水産関連企業や沿岸に拠点を持つ企業では、自社が利用する内湾や干潟の環境保全活動を認定申請につなげる例が出てきている。
ネイチャーポジティブ経営との接点
近年、企業活動が自然環境に与える影響を評価し、損失を食い止めて回復に転じさせる「ネイチャーポジティブ」という考え方が国際的に広がっている。自然共生サイトの認定は、企業が自社の環境活動を客観的な国の制度で「見える化」できる数少ない手段のひとつであり、投資家や取引先への説明材料としても活用され始めている。
国際的には、企業が自然関連のリスクと機会を財務情報とあわせて開示する「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」の枠組みが広がりつつあり、日本でも賛同企業が増えている。自然共生サイトの認定を受けた区域を保有・管理していることは、こうした開示の中で自社の自然資本への取り組みを具体的に示す材料のひとつになり得る。
企業が海域で認定を目指すメリット
- 自社の環境保全活動が国の制度で公式に評価される
- ネイチャーポジティブに関する情報開示の裏付けになる
- 地域の漁業者・自治体との協働関係を強化するきっかけになる
サプライチェーンを通じた間接的な関わり
自社で沿岸に拠点を持たない企業であっても、原材料の調達先である漁業・養殖業者の環境保全活動を支援することで、間接的に自然共生サイトの取り組みに関わることができる。水産物の調達方針にサステナビリティ基準を組み込む動きは国内外の食品関連企業で広がりつつあり、こうした調達方針の見直しが、現場の藻場・サンゴ礁保全活動を資金面で後押しする効果も期待されている。
申請や生態系モニタリングにかかる費用は、小規模な漁協や個人事業者にとって決して小さな負担ではない。行政による支援策や、企業からの資金的・技術的な協力が今後どこまで広がるかが、海域における自然共生サイトの裾野を左右する重要な要素になっていくとみられる。
私たちにできること
30by30やOECMは国や自治体、企業だけの話ではない。海に関わる消費者や旅行者にも接点がある。たとえば[サンゴ礁を守りながら楽しむ沖縄観光の作法](/coral-reef-restoration-okinawa/)で紹介したように、サンゴに配慮したツアーを選ぶことは、間接的にサンゴ礁の自然共生サイト認定を後押しすることにつながる。
できる行動の例
- 地元の漁協や自然保護団体が実施する藻場・サンゴ礁保全活動を寄付やボランティアで支援する
- サンゴや藻場に配慮した認証を受けた水産物・観光ツアーを選ぶ
- 自治体や企業が自然共生サイト認定に取り組んでいる場合、その活動を知り応援する
- 地元の海の環境保全イベントに参加し、活動の担い手不足を補う

[SDGs目標14「海の豊かさを守ろう」入門](/sdgs-14-life-below-water/)で触れたように、海の保全は特定の専門家だけの課題ではなく、日々の選択の積み重ねが目標達成を左右する。30by30という国際目標の背後には、こうした一人ひとりの行動と、現場で藻場やサンゴを守り続けてきた漁業者の存在があることを知っておきたい。
2030年までに残された時間
2030年まで残り数年という中で、日本が海域13.3%からどこまで数字を伸ばせるかは、法定保護区の拡張ペースだけでなく、自然共生サイトを通じた海域認定がどれだけ広がるかにかかっている。認定件数がまだ限られている現段階だからこそ、漁業者・企業・自治体・消費者それぞれの立場からできることを積み重ねていくことが、目標達成への現実的な道筋になる。
参考文献・出典
- 環境省 30by30 – 30by30アライアンスの概要と取り組み
- 環境省 自然共生サイト認定サイト一覧 – 自然共生サイトの認定制度と登録一覧
- 環境省 報道発表資料(自然共生サイト令和7年度第2回認定) – 2025年度の自然共生サイト認定件数の発表
- 水産庁 サンゴ礁を守る漁業者の活動 – 全国の漁協によるサンゴ礁保全活動の紹介
- 水産庁 藻場・干潟・サンゴ礁の保全 – 藻場の役割と保全施策の解説
- 相生市 30by30・自然共生サイト – 相生湾の自然共生サイト認定について
- J-STAGE「保護地域 30by30目標とOECM」 – 日本の保護地域の現状と30by30目標に関する学術解説
- 琉球大学 30by30の実効性を科学的に評価 – 30by30目標の実効性評価に関する研究成果
※ 信頼性の高い順に配列:政府機関・学術機関 > 査読済み論文 > 専門機関 > 信頼できるメディア