⚡ 30秒でわかる答え

  • ツキノワグマの秋の出没は、ブナ・ミズナラなど堅果類の豊凶に大きく左右され、凶作の年に行動圏が広がって人里への出没が増えやすい。
  • 令和5年度は出没23,669件・人身被害197件(218人)と過去最多。令和7年度も東北の堅果類凶作などで死者12名と過去最多となった。
  • 背景には分布域の拡大(約1.4倍)と里山の変化があり、予測・誘引物管理・ゾーニング・捕獲を組み合わせた対策が進められている。
23,669件
令和5年度の出没件数(12月末・過去最多)
約1.4倍
分布域の拡大(平成15→30年度)
約4.2万頭
ツキノワグマの推定個体数(中央値)

ツキノワグマの出没は、秋のブナやミズナラの実がどれだけ実ったかで大きく変わります。実が凶作の年には、冬眠前のクマが食べ物を求めて人里へ下りてくることが増えるためです。

環境省によれば、令和5年度の出没件数は23,669件、人身被害は197件(218人)といずれも過去最多でした。令和7年度も東北の堅果類の凶作などにより、死者数が過去最多となっています。

この記事では、豊凶の仕組みと予測調査、里山の変化という構造的な背景、そして共存に向けた管理の最前線を、環境省などの一次資料をもとに整理します。

この記事で学べること

  • ツキノワグマの食性と、秋に堅果類が重要な理由
  • ブナ・ミズナラの豊凶(大豊作の翌年は大凶作)の仕組み
  • 出没予測のための実の調査方法
  • 令和5年度・7年度の出没・被害の数字
  • ゾーニング管理や誘引物対策など共存のための取り組み

ツキノワグマとはどんな動物か:日本の森の最大の哺乳類

本州と四国に暮らす、胸の白い月の輪

ツキノワグマは、本州と四国に分布する日本固有の亜種で、胸に三日月形の白い模様があることからその名がつきました。環境省の資料によると、本州・四国の33都府県に恒常的に分布しています。九州では平成24年(2012年)に絶滅と判断され、四国の個体群も絶滅のおそれが高い状態です。体重はおおむねオスで80〜150kg、メスで40〜100kg前後とされ、日本の陸上では最大級の野生哺乳類です。

見た目は肉食獣のようですが、食べ物の大半は植物です。春は新芽や草、夏はアリやハチの巣、そして秋にはドングリ類(ブナ科の堅果)やクリ、ヤマブドウなどを大量に食べ、冬眠に備えて脂肪を蓄えます。この「秋の主食」の出来不出来こそが、本記事の主役です。

なぜ「ブナ・ミズナラ」が注目されるのか

ブナ科の木の実(堅果)は、栄養価が高く、森の中に大量に実ることがあるため、クマにとって冬眠前の最重要の食べ物です。環境省の「クマ類による被害防止に向けた対策方針」(令和6年2月)も、秋の出没はブナ科堅果類をはじめとする秋季の主要な食物の資源量の影響を大きく受けると明記しています。

秋の落葉広葉樹林でブナの実を食べるツキノワグマ
秋、冬眠に備えて堅果類を食べるツキノワグマのイメージ

この節のポイント

  • ツキノワグマは本州・四国の33都府県に分布する日本固有の亜種
  • 食べ物の大半は植物で、秋はブナ科堅果類が冬眠前の主食
  • 環境省も「秋の出没は堅果類の資源量の影響を大きく受ける」と整理

ブナとミズナラの「豊凶」:なぜ実は毎年同じようにならないのか

豊作と凶作が交互にくる仕組み

ブナやミズナラは、毎年同じ量の実をつけません。大量に実をつける豊作の年と、ほとんど実らない凶作の年がある、これを「豊凶(ほうきょう)」と呼びます。ブナの実は数年に一度しか大豊作にならず、宮城県の資料でも「大豊作の翌年には大凶作になる」という傾向が示されています。

なぜこうした周期が生まれるのか。研究者の間では、木が大量の実をつけるために体内に蓄えた養分(資源)を使い果たし、翌年は回復に時間がかかるという「資源収支」の考え方がよく紹介されます。また、同じ地域の木々がそろって豊作・凶作になる(同調する)ことで、種子を食べる動物に食べ尽くされにくくなるという利点もあると考えられています。実の少ない年に動物の数が減り、豊作の年には食べきれないほどの実が残る、という「捕食者飽食仮説」です。

補足:なぜ「同調」が起きるのか

  • 気温などの気象条件が広い範囲で似ていること
  • 花粉の受け渡し(受粉)の成功が地域ごとにそろいやすいこと
  • 詳しい仕組みは研究が続いており、地域差もあるため、ここでは仮説として紹介しています

豊凶は人間にとって「想定外の変動」

クマにとっての秋は、1年分の貯金をする時期です。豊作の年は山の中だけで十分に食べられるため、人里に下りる必要はありません。ところが凶作の年は、山に食べ物がなく、行動範囲を広げて低地の集落や農地、柿やクリの木のある場所まで下りてきます。環境省の資料では、食物資源量が大きく低下する年にはオスに加え、定着性の高いメスも秋の行動圏が拡大すると説明されています。

堅果類の状態クマの行動人里への影響
豊作山中で十分に採食でき、行動圏は狭い出没は少なめ
並作主に山中で採食例年並み
凶作食物を求めて行動圏が拡大、低地・集落へ出没・人身被害が増えやすい
堅果類の豊凶とクマの行動の関係(環境省・自治体資料をもとに整理)

注意したいこと

  • 豊凶は「その年の気象や前年の結実」で変わるため、完全な予測は難しい
  • 凶作=必ず大量出没、とは限らない。ほかの食物(クリ・液果類など)や個体数、人の生活圏との距離も影響する

出没を「予測」する:ブナの実を数える調査

双眼鏡で枝先の実を数える

凶作の年に備えるため、各地の自治体や森林管理局は、実の量を調べて出没の可能性を予測しています。宮城県の例では、ブナは17地点、ミズナラは8地点に、それぞれ3〜4本の標準木を設定しています。双眼鏡で3方向から6回、一定時間(ブナは15秒、ミズナラは30秒)に数えられる果実の数を測り、そこから1平方メートルあたりの落下果実密度を算出して、「凶作・並作・豊作」の3段階で評価します。

こうした地道な調査の積み重ねと、過去の捕獲頭数のデータを照らし合わせることで、「実がこのくらいなら、出没はこのくらい」という目安を作っています。

東北では2023年に「全県大凶作」が予測された

東北森林管理局は2023年7月、福島を除く東北5県のブナの結実予測を発表しました。5〜6月に計139地点で調べた結果、全県で「大凶作」となり、これは開花状況の調査が始まった2004年以来初めてと報じられました。ブナの実はクマの冬眠前の主要な食料であり、人里への出没増加が懸念されていたのです。

この記事の要点となる3つの数字をまとめた図版
数字で見る:本文で扱う3つの指標

実際、この年の秋は東北を中心に出没が相次ぎました。次の節で、その数字を見てみましょう。

この節のポイント

  • 出没予測は「標準木の実の数」と「過去の捕獲数」の対応から作られる
  • 2023年は東北5県(福島を除く)で、調査開始以来初の全県「大凶作」予測

数字で見る大量出没:令和5年度と令和7年度

令和5年度(2023年度):過去最多を大きく更新

環境省の資料によると、令和5年度のツキノワグマの出没件数は23,669件(12月末時点)、人身被害は197件(218人)(1月末時点)で、いずれも過去最多を大きく更新しました。被害は東北に集中し、秋田県と岩手県で本州の半分以上を占めました。また、9月以降に市街地や人家周辺、農地など人の生活圏での人身被害が多く発生しています。許可捕獲数も、ヒグマとツキノワグマを合わせて全国で8,733頭(12月末時点)と過去最多でした。

令和7年度(2025年度):東北の堅果類の凶作で再び

令和7年10月30日の政府資料によると、令和7年度は東北の堅果類の凶作などにより秋に市街地へ出没し、死者数は12名(10月29日現在)と過去最多、人身被害者数も過去最多を記録した令和5年度と同水準とされています。

年度出没件数(4〜8月)人身被害者数(4〜9月)死亡者数(4〜10月)
令和5年度10,7051096
令和6年度13,774673
令和7年度16,21310812
クマ類の出没件数・人身被害者数・死亡者数の同期間比較(出典:内閣官房・環境省資料。出没件数は北海道を除く都府県の合計)

令和7年度の4〜8月の出没件数が多かった県は、岩手県(3,453件)、秋田県(3,089件)、青森県(1,386件)、山形県(972件)、新潟県(815件)でした。

数字の読み方

  • 人身被害者数は「負傷者数と死亡者数の合計」
  • 北海道は出没件数を公表していないため、出没件数は北海道以外の合計
  • 年度途中の速報値は、のちに更新される場合があります
秋の集落に近い里山に姿を見せるツキノワグマ
凶作の年は、柿やクリのある集落周辺まで行動圏が広がる

豊凶だけでは説明できない:クマが里に近づく構造的な理由

分布域の拡大と個体数の増加

環境省によると、ツキノワグマの分布域は平成15年度から平成30年度の間に、全国で約1.4倍に拡大しました。推定個体数も増加傾向にあり、政府資料(令和7年10月)ではツキノワグマは約4万2千頭以上(県ごとの推計値の合計、中央値)と推計されています。ヒグマは約1万2千頭です。

里山の変化:人が減ると、クマが近づく

環境省の対策方針は、背景として次の変化を挙げています。

  • 林業・狩猟・里山利用など森林内で活動する人が減り、人に追われる機会が減って人への警戒心が薄れている
  • 人口減少・高齢化で中山間地の人間活動が低下し、里山の利用が縮小
  • 耕作放棄地が拡大し、放任果樹(収穫されないカキやクリ)が増加
  • 川沿いの林(河畔林)、段丘林、防風林、都市公園など、森から市街地へ続く緑のルートが侵入経路になる

つまり、凶作は「引き金」であり、人の生活圏がクマにとって入りやすい環境に変わってきたことが「土台」にあります。さらに環境省は、低標高域や海岸まで出没が広がるなど従来と異なる状況や、放任果樹や生ごみなどの誘引物がなくても集落内に出没する個体も確認されていると述べています。里山の成り立ちについては、里山の景観と生きものの記事もあわせてご覧ください。

この記事のポイントを箇条書きでまとめた図版
この記事のポイント。詳しくは各章で解説している

海とのつながり:森の実りは川を通じて海にも

クマは森の物質循環の担い手でもあります。木の実を食べて種を運ぶ役割は、動物による種子散布の記事でも紹介しています。森の健全さは川を通じて沿岸の海にもつながるため、森の生きものの変化は海ラボにとっても大切なテーマです。シカの増加による下層植生の変化と土壌流出についてはシカの増えすぎと土壌流出を参照してください。

出会わないために:ゾーニングと誘引物管理

国が示した「すみ分け」の考え方

環境省の「クマ類による被害防止に向けた対策方針」(令和6年2月)は、人の生活圏とクマの生息域を空間的に分けるゾーニング管理を中心に据えています。

ゾーン基本方針主な対策
人の生活圏(市街地・農地)クマを生息させず、人の安全を最優先誘引物の除去・管理、刈り払い、侵入個体の速やかな排除
緩衝地帯人の生活圏への侵入を防ぐ伐採や刈り払いなどの環境整備、捕獲、林業被害の防除
保護優先地域(奥山)地域個体群の安定的な維持と生息環境の保全観光利用地での不意の遭遇を避ける普及啓発
ゾーニング管理の3区分(出典:環境省 令和6年2月)

私たちにできる誘引物の管理

  • 収穫しない柿・クリの木は、実を取る、または伐採する
  • 生ごみ・コンポスト・収穫残渣・米ぬかなどを屋外に放置しない
  • 集落周辺や農地のやぶを刈り払い、見通しを良くする
  • 電気柵を正しく設置・維持する(地面付近の草が触れると効果が落ちます)
  • 出没情報を自治体のアプリやウェブサイトで確認する
集落と森の間にゾーニングの考え方を示す図解
人とクマの空間的なすみ分けのイメージ(ゾーニング管理)

山で出会ってしまったら

山菜採りやキノコ狩り、ハイキングで山に入る際は、鈴やラジオで人の存在を知らせ、早朝・夕方・霧の日は特に注意します。クマを見つけたら、走って逃げず、目を離さずにゆっくり距離を取るのが一般的な対応とされています。子グマを見かけた場合は、近くに母グマがいる可能性が高いため、すぐにその場を離れてください。具体的な対処は自治体や環境省の最新の案内を確認してください。

今日からできること

  • 庭や畑の放任果樹・生ごみを確認する
  • お住まいの市町村の出没情報の入手方法を調べておく
  • 入山時は鈴・ラジオ、単独行動を避ける

管理の現在地:指定管理鳥獣と緊急銃猟

制度が大きく動いた2024〜2025年

クマ被害の増加を受け、制度は急速に変わりました。政府資料によると、主な動きは次のとおりです。

  • 令和6年4月:関係省庁が「クマ被害対策施策パッケージ」を策定。四国を除く個体群を指定管理鳥獣に指定
  • 令和6年8月:指定管理鳥獣対策事業交付金にクマ対策を追加
  • 令和7年4月:人の日常生活圏での緊急銃猟を可能とする鳥獣保護管理法の改正が成立(同年9月施行)
  • 令和7年10月:補正予算を活用した自治体支援、捕獲者(ガバメントハンター)の確保・育成などを打ち出し

緊急銃猟は、住居が集まる地域などで原則禁止されていた銃猟を、人の生命・身体への危害を防ぐ緊急時に、市町村の判断で可能にする仕組みです。ただし運用には、住民の安全確保や警察との連携、現場の判断力が欠かせません。

「捕獲だけ」では解決しない

環境省の対策方針は、人の生活圏への出没は捕獲強化だけでは防ぐことが困難であり、誘引物の除去、電気柵、追い払い、緩衝帯の整備などを組み合わせる必要があると述べています。また、凶作に伴う大量出没では捕獲数が急増して地域個体群に影響を与えうるため、地域個体群ごとの保護管理ユニット(ツキノワグマでは18ユニット)で、モニタリングに基づく順応的管理(観測と検証で計画を見直す方法)を行う必要があるとしています。

参考:ヒグマとの違い

  • 環境省資料によれば、事故発生時の被害者の死亡率は、ヒグマが24%、ツキノワグマが2.3%(平成20年度〜令和6年1月末)
  • ただしツキノワグマも、被害件数の多さと市街地への出没という面で課題が大きい

共存へ向けて:これからの見通しと私たちの役割

予測と備えを組み合わせる

堅果類の豊凶は人間が変えられません。だからこそ、実の量を調べて出没を予測し、危険な年に備えることが大切です。環境省は、過去の出没事例から危険箇所をあらかじめ抽出し、環境整備や誘引物管理を平時から進めることを求めています。宮城県の資料では、令和7年度はブナ・ミズナラとも凶作の年にあたり、「豊作の翌年が凶作」という周期を踏まえて、翌年の大量出没の可能性は低いと予測されています。ただし、予測は目安であり、油断はできません。

「クマを減らす」と「クマと暮らす」のあいだ

環境省の方針の基本は、クマの地域個体群の存続を担保しつつ、人身被害対策を強化することです。クマは森の生態系の一員であり、種子散布などの役割も担っています。一方で、人の暮らしの安全は最優先です。必要なのは、個体数の管理、すみ分けの環境づくり、人材育成、そして一人ひとりの誘引物管理を、バランスよく進めることです。

ツキノワグマの問題は、気候や森の実りの変動、里山の変化、人口減少といった、日本社会の大きな流れと結びついています。海に流れ込む川の上流で何が起きているかを知ることは、海を守る第一歩でもあります。森の動物と人との関わりを知る入口として、ニホンザルの記事もおすすめです。

まとめ

  • ブナ・ミズナラの豊凶が秋の出没を左右する最大の自然要因
  • 里山の変化と分布拡大が「土台」となり、凶作年に被害が表面化
  • 対策は予測・誘引物管理・ゾーニング・捕獲を組み合わせて進める

参考文献・出典

  1. 内閣官房 クマ被害対策等について(令和7年10月30日) – 令和7年度の出没・被害状況と対策
  2. 環境省 クマ類による被害防止に向けた対策方針(令和6年2月) – ゾーニング管理・出没要因・捕獲状況
  3. 環境省 クマ類の生息状況、被害状況等について – 生息状況・被害状況
  4. 環境省 クマ類の生息状況、及び被害状況等について(途中経過) – 令和5年度の出没・被害
  5. 環境省 令和6年度第1回クマ被害対策等に関する関係省庁連絡会議 – クマ被害対策施策パッケージ
  6. 宮城県 ツキノワグマ出没予測を目的とした堅果類豊凶調査について – ブナ・ミズナラの調査方法
  7. 河北新報 東北5県、ブナの実「大凶作」と予測 – 東北森林管理局の2023年予測
  8. 群馬県 堅果類の豊凶調査とツキノワグマ出没への影響 – 豊凶と出没の関係

※ 信頼性の高い順に配列:政府機関・学術機関 > 査読済み論文 > 専門機関 > 信頼できるメディア