火力発電所や工場の煙突から出るCO2を集めて、海底下1,000メートルより深い地層に閉じ込めてしまう——。SFのようですが、これは「CCS(Carbon dioxide Capture and Storage:CO2回収・貯留)」と呼ばれる実在の技術で、ノルウェーでは1996年から約30年間、実際にCO2が海底下に貯め続けられています。日本でも北海道の苫小牧沖で2016年から実証試験が行われ、累計30万トンのCO2圧入に成功しました。
「地中に埋めるなんて危なくないの?」「地震の多い日本で大丈夫?」——そう感じる方は多いはずです。実は苫小牧の実証では、圧入期間中に北海道胆振東部地震(2018年)が発生し、貯留したCO2がどうなったかという貴重な実測データが得られています。結論からいえば、漏洩を示すデータは一切確認されませんでした。
この記事では、CCSがCO2を閉じ込める地質の仕組みから、苫小牧実証の成果、安全性のデータ、コストの壁、そして2050年に年間1.2〜2.4億トンの貯留を目指す日本の戦略までを、一次情報にもとづいてやさしく解説します。海が主戦場となる脱炭素の「最後のピース」を一緒にのぞいてみましょう。
この記事で学べること
- CCS(CO2回収・貯留)の基本の仕組みと、貯留先に「海底下」が選ばれる地質学的な理由
- 苫小牧で行われた日本初の大規模実証試験の成果と、地震・漏洩に関する実測データ
- 1996年から貯め続けるノルウェーの先行例と、稼働77件に急増した世界のCCSの現在地
- 分離・回収が最大の壁になるCCSのコスト構造と、実用化に向けた課題
- CCS事業法・先進的CCS事業など日本の政策パッケージと、2050年へのロードマップ
CCSとは何か——CO2を「出さない」ではなく「回収して閉じ込める」技術
CCSは Carbon dioxide Capture and Storage(二酸化炭素の回収・貯留)の略称です。省エネや再生可能エネルギーが「CO2を出さない」ための技術だとすれば、CCSはすでに出てしまうCO2を大気に放つ前につかまえ、地下深くに恒久的に閉じ込める技術です。発電所や製鉄所、セメント工場、水素製造装置といった大規模な排出源から出るガスの中のCO2だけを分離して集め、パイプラインや船で運び、地下800〜3,000メートルの地層に高圧で圧入します。
CCSを構成する3つのステップ
- ①分離・回収(Capture):排ガスの中からCO2だけを取り出す。アミンという液体にCO2を吸収させる「化学吸収法」が代表的で、苫小牧の実証でもこの方式が使われた
- ②輸送(Transport):回収したCO2をパイプラインや液化CO2輸送船で貯留地点まで運ぶ。排出源と貯留適地が離れている日本では、船舶輸送が重要な選択肢になる
- ③圧入・貯留(Storage):井戸(圧入井)を通じて地下深くの「貯留層」にCO2を送り込み、地層の中に恒久的に閉じ込める
CCUSとの違い——「使う」か「しまう」か
似た言葉にCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)があります。「U(Utilization=利用)」が入っている通り、回収したCO2を化学品や合成燃料、コンクリートの原料などに使う取り組みを含めた総称です。ただし世界全体で見れば、利用できるCO2の量は排出量に比べてごくわずか。大量のCO2を確実に大気から隔離する手段としては、地中貯留(S)が本命とされています。
なぜ今CCSが注目されるのでしょうか。理由は「どうしても減らせない排出」があるからです。セメントは原料の石灰石を焼く工程そのものからCO2が出るため、燃料を再エネに替えても排出をゼロにできません。鉄鋼や化学、長距離の海運・航空も同様に脱炭素が難しい分野です。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書でも、産業革命前からの気温上昇を1.5℃に抑えるシナリオの多くにCCSが組み込まれており、「省エネ・再エネで減らした後に残る排出」を処理する現実的な選択肢として位置づけられています。
「マイナスの排出」を作る応用形——BECCSとDACCS
CCSには、単に排出を減らすだけでなく大気中のCO2を正味で減らす「ネガティブエミッション」を生み出す応用形もあります。1つはBECCS(バイオエネルギー+CCS)。植物は成長の過程で大気からCO2を吸収するため、その植物を燃料として発電し、出てきたCO2を回収・貯留すれば、差し引きで大気中のCO2が減る計算になります。もう1つはDACCS(直接空気回収+貯留)で、巨大な送風機と吸着材で大気から直接CO2をこし取って貯留する技術です。どちらもコストの高さが課題ですが、過去に出しすぎた分を「返済」できる数少ない手段として、1.5℃目標のシナリオでは重要な役割を与えられています。貯留の受け皿となる海底下の地層があってこそ成り立つ技術でもあります。
ここがポイント
- CCSは「排出されるCO2を回収し、地下に恒久的に閉じ込める」技術
- 分離・回収→輸送→圧入・貯留の3ステップで構成される
- セメント・鉄鋼など「削減が難しい産業」の残余排出への切り札として期待される
なぜ「海底下」なのか——CO2を閉じ込める地層の仕組み
CCSと聞くと「地下に大きな空洞を掘ってCO2を溜める」姿を想像するかもしれませんが、実際はまったく違います。CO2が入るのは、砂岩などの岩石の粒と粒の間にあるミクロの隙間(孔隙)です。もともと塩水(地層水)で満たされている隙間に、高圧のCO2を少しずつ染み込ませていくイメージです。貯留先には、採り終えた油田・ガス田を再利用するタイプと、塩水で満たされた「帯水層」を使うタイプがあり、世界最大級の貯留ポテンシャルを持つのは後者の帯水層です。ノルウェーのスライプナーも苫小牧も、この帯水層型にあたります。

貯留層と遮蔽層——「スポンジ」と「ふた」のセット
CO2を閉じ込めるには、2種類の地層のセットが欠かせません。1つは貯留層。粒の粗い砂岩などでできた、隙間の多いスポンジのような層です。もう1つが遮蔽層(キャップロック)。粒が細かく緻密な泥岩などでできた、CO2を通さない層です。軽いCO2は地層の中で上へ浮かび上がろうとしますが、遮蔽層がふたとなって上昇を食い止めます。この組み合わせは、天然ガスや石油が何百万年も地下に留まってきた構造と同じもの。自然界が実証済みの「閉じ込めの仕組み」を人工的に使うのがCCSなのです。
深さも重要です。地下約800メートルより深くなると、温度と圧力の条件によりCO2は「超臨界状態」という液体に近い高密度の状態になり、同じ重さでも体積が地上の数百分の1に縮みます。だからこそ、限られた地層に大量のCO2を効率よく貯められるのです。
時間とともに「より安全」になる4つのトラップ
- 構造トラップ:遮蔽層のふたが物理的にCO2の上昇を止める(貯留直後の主役)
- 残留トラップ:岩石の隙間の毛細管力でCO2が小さな泡として捕まり、動けなくなる
- 溶解トラップ:CO2が地層水に溶け込み、重くなって沈む(浮力自体が消える)
- 鉱物トラップ:数百〜数千年かけて岩石の成分と反応し、炭酸塩鉱物として石に変わる
注目すべきは、これらのトラップが時間の経過とともに順に効いてくることです。貯留した直後は遮蔽層頼みですが、年月が経つほどCO2は溶け、鉱物に変わり、漏れようがない状態へと近づいていきます。「貯留は時間とともに不安定になるのでは」という直感とは逆に、地球化学的にはむしろ安定性が増していくのです。
では、日本にどれほどの「しまい場所」があるのでしょうか。公益財団法人地球環境産業技術研究機構(RITE)などの調査では、日本周辺の海底下には合計およそ1,460億トンという膨大な貯留ポテンシャルがあると試算されています。日本の年間排出量の100年分を超える規模です。四方を海に囲まれた日本にとって、海底下こそが最大の貯留適地。CCSが「海の技術」と呼ばれるゆえんです。
苫小牧実証試験——日本初、30万トンの圧入を達成
日本のCCSを語るうえで欠かせないのが、北海道苫小牧市の沖合で行われた「苫小牧CCS大規模実証試験」です。経済産業省・NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の委託を受けた日本CCS調査株式会社(JCCS)が実施主体となり、2012年度から設備建設を開始。2016年4月にCO2の圧入を開始し、2019年11月22日に目標の累計30万トン(300,110トン)を達成しました。CO2の分離・回収から輸送、圧入、モニタリングまで、実用プロジェクトと同じ構成をひと通り動かした、日本初のフルチェーン実証です。
CO2はどこから来たのか
圧入されたCO2の供給源は、隣接する出光興産北海道製油所の水素製造装置から出るオフガスでした。このガスにはCO2が約52%と高濃度に含まれており、これをアミン溶液による化学吸収法で分離・回収し、純度の高いCO2として海底下へ送り込みました。「製油所の排ガスを、パイプでつながった隣の設備で処理して海底下へ」という、産業排出源と貯留地が近接した理想的な立地です。
2本の圧入井と2つの貯留層
苫小牧では性質の異なる2つの貯留層に向けて、陸上から海底下へ斜めに2本の圧入井が掘られました。1つは深度約1,000〜1,200メートルの萌別層(もえべつそう)。砂岩でできた隙間の多い層で、実証で圧入された30万トンのほぼ全量がここに貯留されています。もう1つは深度約2,400〜3,000メートルの滝ノ上層で、火山岩からなる層への圧入可能性も併せて検証されました。いずれの層の上にも泥岩質の遮蔽層が確認されています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 実施主体 | 日本CCS調査株式会社(経済産業省・NEDOの委託事業) |
| CO2供給源 | 出光興産北海道製油所の水素製造装置オフガス(CO2濃度約52%) |
| 分離・回収方式 | アミン溶液による化学吸収法 |
| 圧入期間 | 2016年4月〜2019年11月22日 |
| 累計圧入量 | 300,110トン(目標30万トンを達成) |
| 主な貯留層 | 萌別層(深度約1,000〜1,200m・砂岩)/滝ノ上層(約2,400〜3,000m・火山岩) |

実証の舞台は「CO2輸送のハブ」へ
圧入終了後の苫小牧は、日本のCCSの次のステージを担う舞台になっています。2023年には低温・低圧方式で液化CO2を運ぶ世界初の実証試験船「えくすくぅる(EXCOOL)」が完成し、京都府舞鶴市の火力発電所で回収したCO2を苫小牧まで長距離海上輸送する実証が行われました。排出源と貯留地が離れている日本では「CO2を船で安全に大量輸送できるか」が実用化の生命線であり、その答え合わせが苫小牧の海で進んでいるのです。また苫小牧地域は、先進的CCS事業の国内候補地域の一つにも位置づけられ、実証で培った地質データ・運用ノウハウ・地域の理解という財産が、そのまま商用化への滑走路になっています。
30万トンという数字は、日本全体の年間排出量(約10億トン規模)から見ればごく小さなものです。しかし、この実証の価値は量ではなく「日本の地質・法制度・社会条件のもとでCCSのフルチェーンが安全に動くこと」を実データで示した点にあります。海が吸収してくれるCO2にも限界が見えはじめた今(詳しくは海の炭素吸収は限界に近づくのかで解説しています)、人の手で炭素を地中に還す選択肢を持てたことの意味は小さくありません。
安全性は大丈夫か——地震・漏洩とモニタリングの実データ
CCSに対して多くの人が抱く不安は2つに集約されます。「貯めたCO2が漏れ出さないか」、そして「圧入が地震を引き起こさないか(あるいは地震で漏れないか)」。苫小牧実証の大きな成果は、この問いに実測データで答えたことです。
北海道胆振東部地震は何を教えたか
圧入期間中の2018年9月6日、苫小牧の東方で最大震度7を観測した北海道胆振東部地震(マグニチュード6.7)が発生しました。「CCSが地震を誘発したのでは」という声も上がりましたが、JCCSが専門家の検証を経て公表した報告書では、震源は圧入地点から約30キロメートル離れ、深さも約37キロメートルと貯留層(約1,000〜3,000メートル)よりはるかに深い地殻内であり、圧入との関連はないと結論づけられました。そして重要なのは地震後の観測です。貯留層の温度・圧力データに異常はなく、貯留したCO2の漏出を示すデータは一切確認されませんでした。震度5弱の揺れを受けてもなお、貯留システムが健全だったという事実は、地震国・日本でCCSを進めるうえで貴重な実証データとなりました。

「見張り続ける」仕組み——5つのモニタリング
- 温度・圧力の常時観測:圧入井・観測井のセンサーで貯留層の状態を24時間監視。漏洩があれば圧力変化として現れる
- 微小振動観測:地下のかすかな揺れを検知する地震計網を設置。圧入開始以来、圧入地点近傍での微小振動は検出されていない
- 弾性波探査:人工的な音波で地下を「レントゲン撮影」し、CO2の広がりが想定範囲内かを確認
- 海洋環境調査:年4回の四季調査で海水の水質・底質・プランクトン・底生生物を分析。海底面のビデオ観察で気泡の有無も確認し、CO2の漏出は確認されていない
- 圧入停止後の継続監視:2019年の圧入終了後もモニタリングは続けられ、貯留の長期安定性を検証している
海底下貯留は国際条約と国内法で管理されている
海底下へのCO2貯留は、勝手にやってよいものではありません。国際的には、廃棄物の海洋投棄を規制するロンドン条約1996年議定書が2006年の改正で「回収したCO2の海底下地層への貯留」を条件付きで認め、日本もこれを受けて海洋汚染防止法を改正し、海底下廃棄としてのCO2貯留を環境大臣の許可制にしました。苫小牧実証もこの許可のもとで行われ、前述の年4回の海洋環境調査は法律にもとづく義務として実施されたものです。「海に捨てる」のではなく「海の下の岩盤に、監視付きで封じる」——この線引きが国際ルールで明確にされている点は、意外と知られていません。
リスクゼロではなく「管理されたリスク」
CCSの安全性は「絶対に何も起きない」ことではなく、適地選定(安定した地質・遮蔽層の確認)→漏洩経路を作らない設計→多重のモニタリング→異常時の圧入停止、という層になった管理で担保されます。2024年に成立したCCS事業法でも、事業者にモニタリングが義務づけられ、貯留終了後は国の機関(JOGMEC)が長期管理を引き継ぐ制度が定められました。
世界のCCS——30年貯め続けるノルウェーから、稼働77件の現在へ
「CCSは本当に実用になるのか」という問いには、すでに約30年分の答えがあります。世界初の商用規模の海底下貯留は、ノルウェーのスライプナー(Sleipner)プロジェクト。北海のガス田で天然ガスに含まれるCO2を洋上で分離し、1996年から海底下約800〜1,000メートルのウトシラ砂層に圧入し続けています。累計貯留量は2,300万トンを超え、大規模な漏洩は確認されていません。ノルウェーがCO2排出に課税する炭素税を導入したことが、企業に「大気に捨てるより地中にしまう方が安い」という動機を生んだ——制度が技術を動かした好例でもあります。
スライプナーの約30年は、科学にとっても貴重な「長期観察の記録」です。数年おきに繰り返し実施される弾性波探査(4D地震探査)によって、地下でCO2のかたまりがどの方向へ、どれくらいの速さで広がるかが繰り返し画像化され、シミュレーションの答え合わせが行われてきました。想定と観測のずれを解析することで貯留層の理解が深まり、その知見は苫小牧を含む世界中のプロジェクトのモニタリング設計に受け継がれています。世界のCCSは、この北海の先行例が積み上げたデータの上に立っているといっても過言ではありません。
急拡大する世界のプロジェクト
国際シンクタンクのGlobal CCS Instituteによる2025年の報告では、世界で稼働中のCCSプロジェクトは77件と、前年の50件から54%増加しました。建設中が47件、計画段階まで含めたパイプライン全体では628件・年間回収能力4.16億トン分に達します。稼働中の設備の回収・貯留能力は年約5,100万トンで、建設中の設備が動き出せば倍増する見通しです。米国の税額控除(45Q)や欧州の基金など、各国の政策支援が背中を押しています。
| プロジェクト | 国 | 開始 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| スライプナー | ノルウェー | 1996年 | 世界初の商用海底下貯留。年約100万トン規模で累計2,300万トン超 |
| スノービット | ノルウェー | 2008年 | バレンツ海のLNG基地由来のCO2を海底下に貯留 |
| 苫小牧実証 | 日本 | 2016年 | 日本初のフルチェーン実証。累計30万トンを圧入し漏洩ゼロを確認 |
| ノーザン・ライツ | ノルウェー | 2025年 | 他国・他社のCO2を船で受け入れる世界初の越境CCS輸送・貯留サービス |
特に注目されるのがノルウェーのノーザン・ライツ(Northern Lights)です。2025年に他社の工場から液化CO2の受け入れを開始した、いわば「CO2の宅配便+貸倉庫」。排出企業が自前で貯留地を持たなくても、船でCO2を送れば海底下にしまってもらえるサービスモデルは、貯留適地が偏在するアジアでも応用が期待され、日本企業も同様の越境CCS事業の検討を進めています。
地域で異なる「CCSの顔」
CCSの進め方は地域によって性格が異なります。米国は税額控除(45Q)という強力なインセンティブを武器に、件数・回収能力とも世界最大の集積地となっています。欧州は北海の海底下を「共同のCO2倉庫」に見立て、国境を越えてCO2を持ち寄るハブ&クラスター型が主流です。中国や中東でも大型案件が動き始めました。一方、日本を含むアジア太平洋は、排出量が多いのに自国内の貯留適地が限られる国(韓国・シンガポールなど)を抱えるため、液化CO2を船で運ぶ越境型のネットワークづくりが焦点になっています。造船・海運に強みを持つ日本にとって、CO2輸送船やその運航技術は新しい産業の種でもあります。
コストの壁——1トンしまうのに、いくらかかるのか
技術的には動くことが証明されたCCSですが、普及の最大の壁はコストです。CCSは電気や製品のような「売れるもの」を生み出さず、かかった費用はそのまま炭素対策コストになります。資源エネルギー庁の検討会に提出されたRITEの試算では、分離・回収から輸送・貯留までのバリューチェーン全体で相応の費用がかかり、なかでも最も大きな割合を占めるのが分離・回収の工程とされています。排ガスの中から低濃度のCO2をつかまえるには大きなエネルギーが必要で、ここをどう安くするかが世界共通の技術競争になっています。
もう一つ見逃せないのが「エネルギーペナルティ」という問題です。CO2を分離・回収し、圧縮して送り込むには、それ自体に多くのエネルギーが要ります。つまりCCS付きの発電所は、同じ電力を作るためにより多くの燃料を燃やすことになり、その分のコストと資源が上乗せされます。吸収液の改良や、排ガスではなく燃焼前のガスから回収する方式、膜で分離する方式など、このペナルティを小さくする研究が各国で続けられており、回収コストの低減はCCS普及のスピードを直接左右します。
コストを左右する3つの要素
- CO2の濃度:苫小牧のように濃度約52%のガスなら回収は比較的安いが、火力発電の排ガス(10%前後)から集めるのは割高になる
- 輸送距離と方式:排出源と貯留適地が近ければパイプライン、遠ければ液化CO2輸送船。日本は船舶輸送の技術開発で世界をリードしつつある
- 規模:年数十万トンより数百万トン規模の方がトン当たりコストは大きく下がる。集約拠点(ハブ)化が鍵

「化石燃料の延命では」という批判にも向き合う
CCSには根強い批判もあります。「排出を続ける言い訳になり、化石燃料インフラを延命させるのではないか」「その投資を再エネに回すべきではないか」という指摘です。実際、回収したCO2を油田に注入して原油の増産に使う事例(EOR)が多くを占めてきた歴史もあり、批判には一定の根拠があります。大切なのは順序です。まず省エネと再エネで減らせる排出を減らし、それでも残る排出にCCSを充てる——この優先順位を外さないことが、CCSが「免罪符」ではなく「最後のピース」であるための条件だといえます。
CCSの課題(まとめ)
- 分離・回収コストが高く、事業単体では収益を生まない(制度による支援が不可欠)
- 貯留適地と排出源が離れており、輸送インフラの整備が必要
- 「排出削減の先送りにつながる」という社会的批判への説明責任
- 数十年〜数百年にわたる長期管理の責任を誰が担うかという制度設計
日本の戦略——CCS事業法から2050年ロードマップまで
2050年カーボンニュートラルを掲げる日本は、CCSを「使うかどうか」ではなく「どう間に合わせるか」の段階に進めています。背景にあるのは、150兆円超の官民投資を見込むGX(グリーントランスフォーメーション)の大きな流れです。再エネや水素と並ぶ投資分野の一つとしてCCSが明確に位置づけられ、この数年で政策の柱が3つ揃いました。長期ロードマップ、法律、そして先行プロジェクト支援です。
① CCS長期ロードマップ——2050年に年間1.2〜2.4億トン
経済産業省の検討会が2023年3月にまとめた「CCS長期ロードマップ」最終とりまとめでは、2030年までにCCS事業を始められる環境を整備し、2050年時点で年間約1.2億〜2.4億トンのCO2貯留を可能にすることが目安として示されました。これは現在の日本の年間排出量の1〜2割に相当する規模です。逆算すると、2030年以降、毎年600万〜1,200万トン分ずつ貯留量を積み増していく必要があり、待ったなしのスケジュールです。
② CCS事業法——貯留を「事業」にするルール
2024年5月には「二酸化炭素の貯留事業に関する法律(CCS事業法)」が成立しました。海底下を含む地下へのCO2貯留を許可制の事業として位置づけ、貯留権の設定、モニタリングの義務、そして貯留終了後にJOGMEC(エネルギー・金属鉱物資源機構)へ管理を移管する仕組みまでを定めた、日本初の本格的なCCS法制です。「誰が、どこに、どんな責任で貯めてよいか」が法律で決まったことで、企業が投資判断をできる土台が整いました。
③ 先進的CCS事業——2030年の事業開始へ走り出した案件たち
JOGMECは2023年度から、模範となるプロジェクトを集中支援する「先進的CCS事業」を開始しました。2024年6月には、2030年までの貯留開始を目指す9案件(国内貯留5件・海外貯留4件)を選定。9案件の合計で年間約2,000万トンのCO2貯留を目標に、設計作業などが進んでいます。対象には北海道や九州西部の沖合など国内の海底下に加え、マレーシアや大洋州へ液化CO2を船で運んで貯留する越境型の構想も含まれ、分離・回収から輸送・貯留までのバリューチェーン全体が一体で支援されています。
海運の世界でも、CO2を運ぶ専用船の建造やアンモニア・水素といった新燃料への転換が同時に進んでいます(国際海運の脱炭素で詳しく解説しています)。CCSは単独の技術ではなく、港湾・海運・エネルギー産業を巻き込んだ「海の脱炭素インフラ」の一部として動き出しているのです。
残された宿題——コスト分担と地域の合意
制度の土台は整いましたが、宿題も残っています。第一に費用を誰が負担するか。CCSのコストが最終的に電気代や製品価格にどう乗るのか、炭素に価格を付けるカーボンプライシングとどう組み合わせるのかは、まさに議論の途上です。第二に地域との合意形成。貯留地の周辺で暮らす人々、とりわけ海を仕事場にする漁業者にとって、海底下に何かを注入する事業への不安は自然なものです。苫小牧の実証が地元説明会や情報公開を重ねながら進められたように、データを開き、疑問に正面から答え続ける姿勢が、この技術の社会的な土台になります。技術と法律だけでは、CCSは動かないのです。
カーボンニュートラルの中でのCCS——「最後のピース」との付き合い方
ここまで見てきたように、CCSは魔法の杖ではありません。コストは高く、貯められる量にも上限があり、「排出を続ける言い訳」になる危うさも抱えています。それでも、セメントや鉄鋼のようにどうしても残る排出がある以上、2050年の実質ゼロは「減らす技術」と「回収してしまう技術」の合わせ技でしか達成できない——これが国内外の科学的な共通認識です。
忘れてはならないのは、自然もまた「炭素をしまう仕組み」を持っていることです。マングローブ林や海草の茂る藻場は、光合成を通じてCO2を吸収し、海底の泥の中に何百年も炭素を貯め込みます。いわば自然版のCCSであるブルーカーボンです。人工のCCSが工場の煙突から出る大量のCO2を受け持ち、ブルーカーボンが沿岸の生態系を豊かにしながら炭素を蓄える——2つは競合ではなく、役割の異なる仲間だと考えるとバランスよく理解できます。
そしてもう一つ、CCSは海の健康を守る技術という側面も持っています。大気中のCO2が増えるほど、海はそれを吸収して酸性化が進み、貝やサンゴが殻や骨格を作りにくくなっていきます。大気に出るCO2そのものを減らせるCCSは、めぐりめぐって海の生きものたちへの負荷を和らげることにつながります。海底下の岩盤という「海のいちばん深い場所」が、海面のサンゴ礁や藻場を守る側に回る——そう考えると、この技術と海との関係が少し違って見えてくるはずです。
私たちにできること
- 正しく知る:「地中に埋めるのは危険」でも「CCSがあれば安心」でもなく、実証データと課題の両方を知って判断する
- エネルギーの選択で意思表示する:再エネ由来の電気を選ぶ・省エネ製品を使うことは、「まず減らす」という優先順位を社会に示すこと
- 地域の議論に参加する:貯留候補地の近くでは住民説明会や意見募集が行われる。地元の海を知る住民の視点は、事業の安全性と信頼を支える力になる
- 海の炭素循環を守る行動をとる:藻場・干潟の保全活動やごみ拾いへの参加は、自然の炭素吸収力を守るいちばん身近な貢献

この記事のまとめ
- CCSは排出されたCO2を回収し、海底下1,000m級の地層(貯留層+遮蔽層)に恒久的に閉じ込める技術
- 苫小牧実証は2016〜2019年に30万トンの圧入を達成。胆振東部地震後も含め、漏洩を示すデータは確認されていない
- 世界では稼働77件まで拡大。ノルウェーは1996年から約30年、海底下貯留を続けている
- 最大の壁は分離・回収のコスト。「まず削減、残余排出にCCS」という優先順位が大前提
- 日本はCCS事業法(2024年成立)と先進的CCS事業で、2030年事業開始・2050年に年間1.2〜2.4億トン貯留を目指す
参考文献・出典
- 資源エネルギー庁 – CO2を回収して埋める「CCS」、実証試験を経て、いよいよ実現も間近に
- 経済産業省 – 苫小牧におけるCCS大規模実証試験 30万トン圧入時点報告書(総括報告書)概要
- NEDO – 「CCS大規模実証試験」総括報告書を公表(ニュースリリース)
- 日本CCS調査株式会社 – 北海道胆振東部地震のCO2貯留層への影響等に関する検討報告書
- 経済産業省 – CCS長期ロードマップ検討会 最終とりまとめ(2023年3月)
- 経済産業省 – CCS事業化に向けた先進的取組〜2030年までの貯留開始に向け9案件を選定(2024年6月)
- JOGMEC – 先進的CCS支援事業の概要
- 環境省 – CCSモニタリング技術に関する技術資料(2025年3月)
- Global CCS Institute – Global Status of CCS(世界のCCSプロジェクト動向・年次報告)
※ 信頼性の高い順に配列:政府機関・学術機関 > 査読済み論文 > 専門機関 > 信頼できるメディア