90%以上
熱帯林の樹木種が動物による種子散布に依存している割合
最大95%減
種子散布者を失った森で実生の定着成功率が下がる幅
100〜200頭
絶滅危惧IA類オガサワラオオコウモリの推定生息数

森の木は自分の足で歩けない。それでも何百年もかけて分布を広げ、山を越え、時には気候変動から逃げることさえある。その移動を代行しているのが、鳥や哺乳類、時にはコウモリといった動物たちだ。

ドングリを拾って土に埋めたまま忘れるカケス、果実を食べて遠くの山で糞をするツキノワグマやタヌキ——その一つひとつの行動が、森の未来の地図を静かに描き直している。2026年3月に発表された森林総合研究所の研究では、ツキノワグマが野生のサクラの種子を涼しい高標高へ選んだように運び、温暖化からの「避難」を助けていることが明らかになった。

一方で、動物が姿を消した森では何が起きるのか。熱帯林の研究は、大型動物がいなくなるだけで木々の世代交代が止まり、森が見た目だけを残して中身が空っぽになっていく「空の森症候群」の実態を伝えている。本記事では、日本と世界の最新研究をもとに、動物と森をつなぐ「種子散布」という仕組みを解説する。

この記事で学べること

  • 種子散布には「被食散布」「貯食散布」など複数の方式があり、動物ごとに運ぶ距離や行き先が違うこと
  • 2026年の最新研究で、ツキノワグマがサクラの種子を温暖化から逃げられる涼しい高標高へ運んでいることが分かったこと
  • タヌキの「ため糞」が数十種の植物の種をまく、目立たないが重要な仕組みであること
  • 熱帯林では9割以上の樹木が動物による種子散布に頼っており、動物が減ると森の再生が止まってしまうこと
  • 小笠原のオオコウモリのように、島の森では1種の動物だけに種子散布を頼っている場合があること
  • 森を守るには木を植えるだけでなく、種をまく動物たちの生息環境も同時に守る必要があること

動物が種をまく、という不思議な仕組み

植物は自分で移動できない。だから多くの種は、種子を遠くへ届ける手段を進化させてきた。風に乗せる、水に流す、殻を弾き飛ばす——その中でも大きな割合を占めるのが、動物に運んでもらう方法だ。

果実を食べて運ぶ「被食散布」

鳥や哺乳類が甘い果肉に誘われて果実を食べ、消化されない硬い種子だけを別の場所で糞として排出する。これが「被食散布(ひしょくさんぷ)」と呼ばれる仕組みで、種子は元の木から数十m〜数kmも離れた場所に運ばれることがある。

隠して忘れる「貯食散布」

もう一つの代表的な方式が「貯食散布(ちょしょくさんぷ)」だ。カケスやリスのように、冬に備えてドングリや木の実を土の中や落ち葉の下に隠す動物がいる。隠した場所をすべて覚えていられるわけではなく、食べ忘れられた種子がそのまま発芽して芽を出す。

方式代表的な運び手特徴
風散布タンポポ、カエデなど植物自身動物を介さず広範囲に散らばるが行き先を選べない
被食散布鳥類・クマ・タヌキなど果肉ごと食べられ、消化管を通って離れた場所で排出される
貯食散布カケス・ホシガラス・リスなど隠されて忘れられた種子が発芽する。特定の環境に運ばれやすい
植物が用いる主な種子散布方式の比較

なぜ植物は動物任せにするのか

  • 親木のすぐ下は日陰で競争が激しく、病害虫や食害のリスクも高い(ヤンゼン・コンネル仮説)
  • 動物に運ばれた種子は、親から離れた「空いた環境」に届きやすく生存率が上がる
  • 動物の消化管を通ることで硬い種皮が薄くなり、発芽が促されるケースもある

カケスの「早とちり」が森をつくる

秋になると、カケスは喉の下にある「咽頭嚢(いんとうのう)」にドングリを何個もため込み、一度に運んで土の中や落ち葉の下に隠す行動を繰り返す。1羽が貯える量は季節を通して数千個にのぼるとされ、その多くは冬の食料になるが、一部は隠した場所を忘れられたまま春を迎える。

ドングリを咥えて飛ぶカケスのイラスト
カケスは貯食のためにドングリを咥えて数百mから数kmを移動する

ブナ科の森の分布とカケスの関係

ドングリを実らせるコナラやミズナラ、カシの仲間は種子自体が重く、風で飛ばされる距離はごくわずかしかない。それでも山の斜面や尾根を越えて分布を広げてこられたのは、カケスのように種子を運んで隠す鳥がいたからだと考えられている。林野庁の資料でも、動物による種子散布が森林の更新と生物多様性の維持に重要な役割を果たすと説明されている。

似た役割を持つ高山のホシガラス

標高の高い針葉樹林では、カケスと同じ貯食散布を行うホシガラスが、ハイマツの種子を運ぶ重要な役割を担っている。運び手となる鳥の種類が変わっても、「隠して、忘れて、芽が出る」という仕組み自体は共通している。

  • 1回に複数個のドングリを咽頭嚢に入れて運搬できる
  • 隠し場所は林床の広い範囲に分散させる習性がある
  • 隠した種子のすべてを食べきることはなく、一定数が発芽につながる

森の「メガファウナ」ツキノワグマ——高標高へ運び温暖化から逃がす

2026年3月、森林研究・整備機構 森林総合研究所は、東京農工大学・総合地球環境学研究所との共同研究として、カスミザクラとウワミズザクラの種子散布を3つの山地で調査した結果を発表した。哺乳類・鳥類による散布距離そのものには種間で明確な差がなかった一方、運ばれる種子の「量」はツキノワグマが圧倒的に多かったという。

サクラの種子を涼しい高標高へ

とりわけカスミザクラでは、ツキノワグマが大量の種子を気温の低い高標高の場所へ運んでいたことが確認された。地球温暖化が進む中で、より涼しい環境へ植物が「避難」する上で、ツキノワグマが重要な役割を果たしている可能性が示されたことになる。

この記事の要点となる3つの数字をまとめた図版
数字で見る:本文で扱う3つの指標

クマが消えた山で種子散布が激減

同じ研究では、ツキノワグマが生息しなくなった山地で種子の散布量が大きく減っていたことも報告されている。体が大きく行動範囲が広い「メガファウナ(大型動物)」が姿を消すと、その動物が担っていた分の種子散布を他の動物が完全には代替できないことを示す結果だ。

ツキノワグマは森の「メガファウナ」

  • 体が大きく一度に大量の果実・種子を食べられる
  • 行動範囲が広く、種子を高標高や遠方まで運べる
  • 同じ役割を担える代わりの動物が少なく、いなくなった影響が大きい

動物によって運命が変わる種子——低地へ流されるリスク

動物による種子散布は、いつも植物に都合よく働くとは限らない。総合地球環境学研究所が2019年に発表した研究では、東京都奥多摩地方の標高550〜1,650mの調査ルートで哺乳類の糞を採取し、サルナシの種子の散布パターンを調べている。

多くの動物は低標高へ種子を運んでいた

種子を散布していた主な哺乳類は、散布数の多い順にタヌキ、ツキノワグマ、ニホンザル、テンの4種だった。このうちタヌキを除く哺乳類はいずれも低標高地に偏って種子を散布しており、平均の散布距離(標高差)はツキノワグマで約-393m、ニホンザルで約-99m、テンで約-245mだったという。

山の標高と気温の変化、動物が種子を運ぶ方向を示す模式的なイラスト
動物ごとに種子を運ぶ標高の方向にはばらつきがある

温暖化に追いつけない森のリスク

地球温暖化が進み、植物にとってはより涼しい高標高へ分布を広げたい局面でも、動物が結果的に暖かい低地へ種子を運んでしまえば、その種子は将来の気温上昇にさらされやすくなる。低標高ではすでに温暖な環境に適応した他の樹種との競争もあり、更新がうまくいかない可能性が指摘されている。

散布方向は動物任せ

  • 同じ森でも動物の種類によって種子を運ぶ標高の傾向は異なる
  • 多くの動物が低標高を好んで採食・排糞する傾向がある
  • 温暖化下では「高地へ逃がす」動物の存在が植物の生き残りを左右しうる

タヌキの「ため糞」という見えない種まき装置

タヌキには、決まった場所に繰り返し糞をする「ため糞」という独特の習性がある。縄張りやコミュニケーションのためとされるこの行動が、結果的に森の中に種子をまとめて届ける仕組みにもなっている。

137個の糞、35種の種子

山形県の落葉広葉樹林で行われた調査では、16カ所のため糞場から採取した137個の糞のうち、91.2%に種子が含まれていた。出現した種子は35種におよび、そのうち22種は多肉果(甘い果肉を持つ果実)だった。ため糞場ではサルナシ、エンレイソウ、ケンポナシ、オオウラジロノキの実生(発芽した苗)も実際に確認されている。

テン・タヌキ・キツネ、それぞれの「配達スタイル」

2025年9月に発表された京都大学の研究では、テン・タヌキ・キツネの糞を比較し、散布される種子の「組み合わせ」と「密度」が3種の採餌様式や食性の違いを反映していることを明らかにした。地上で幅広く採食するタヌキの糞には、サルナシやツルウメモドキ、キハダなど多様な樹種の種子が様々な組み合わせで含まれていたという。

  • タヌキ:地上採食性で多様な果実を食べ、まとまった量の種子をため糞場に集める
  • テン:樹上性の獲物や果実も利用し、散布する種子の組み合わせが異なる
  • キツネ:行動範囲が広く、種子をより離れた場所まで運ぶ傾向がある

1種類の動物だけでは担いきれない役割を、複数の動物が食性や行動範囲の違いによって分担している——これが森の種子散布を支える「ネットワーク」の実態だ。

海を渡る散布者——小笠原オオコウモリと固有の森の危機

海に囲まれた孤立した島の森では、種子散布を担える動物の種類そのものが少ない。小笠原諸島に固有のオガサワラオオコウモリは、環境省の第4次レッドリストで絶滅危惧IA類(CR)に指定され、父島内の生息数は100〜200個体程度と推定されている。

小笠原諸島の森で果実を食べるオオコウモリのイラスト
オガサワラオオコウモリは小笠原の森で唯一の大型種子散布者とされる

父島の森を支える唯一の大型種子散布者

本種は小笠原諸島に生息する唯一の在来哺乳類で、果実を中心に食べる植食性のコウモリだ。果肉を咀嚼して栄養と汁を摂り、硬い繊維は口から吐き出すため、種子散布と花粉媒介の両方を担う海洋島の生態系に不可欠な存在とされている。

外来植物が餌場を奪う

国の保護増殖事業計画によれば、タコノキやコブガシといった在来植物が、アカギなど外来植物の侵入によって減少していることが、オガサワラオオコウモリの餌資源を脅かしている。餌となる在来植生の再生が、保護策の柱の一つに位置づけられている。小笠原の固有種がなぜ生まれ、外来種との攻防にさらされているかは、小笠原の固有種を扱った記事でも詳しく紹介している。

1種の動物に頼る森のリスク

  • 海洋島では種子散布を担う動物の種類が本土より少ない
  • 唯一の大型散布者が減れば、代わりを果たせる動物がいない場合がある
  • 餌となる在来植物の保全と、散布者そのものの保護は一体で進める必要がある

動物が消えたら森はどうなるか——熱帯林の「空の森症候群」

熱帯林では、樹木の種の90%以上が動物による種子散布に依存しているとされる(Howe & Smallwood, 1982)。それだけ多くの樹種が動物任せである以上、動物が減った時の影響も大きくなる。

見た目は森でも中身は空っぽ

生態学者ケント・レッドフォードが1992年に提唱した「空の森症候群(Empty Forest Syndrome)」という言葉がある。大木が生い茂り一見豊かに見える森でも、狩猟や生息地の分断によって大型動物だけが姿を消し、森としての機能が損なわれている状態を指す。

実生の定着が最大95%減るという報告も

学術誌Scientific Reportsに掲載された研究では、種子散布者と種子の捕食者を失った森で、実生の定着成功率が70.7〜94.9%も低下したことが報告されている。動物がいなくなること自体が、次の世代の木々が育つ確率を直接的に下げてしまうということだ。

森が吸収する炭素にも影響

Nature Communications誌に掲載された研究では、大型で種子の大きい動物散布性の樹種が減ることで、アフリカ・アメリカ・南アジアの熱帯林では地上部の炭素貯蔵量が2〜12%減少しうると試算されている。さらに2025年にPNASに掲載された研究は、種子散布の機能不全そのものが熱帯林の再生を妨げていることを示した。種子散布は生物多様性だけでなく、森が気候変動を和らげる力にも関わっている。

森は木を植えるだけでは戻らない。木の種をまく動物がいて、初めて森は自分の力で更新していける。

― 熱帯林の再生に関する研究知見より

森と動物のつながりを守るためにできること

同じ構図は日本の里山でも起きている。佐渡のトキと田んぼの記事で紹介したように、水田という人工的な湿地が生きものの避難場所になっているケースもあれば、送粉者の危機を扱った記事のように、花粉を運ぶ動物の減少が食料生産に直結する例もある。種子散布と花粉媒介は、どちらも「動物が植物のために移動を代行する」という点で共通した危うさを抱えている。

生息地をつなぎ、狩猟圧を適切に管理する

動物が種子を運ぶには、まとまった森が連続していて、安全に移動できる経路が必要になる。道路や開発による生息地の分断は、種子散布のネットワークそのものを断ち切ってしまう。乱獲や過度な駆除を避け、個体群を維持できる水準で野生動物と付き合っていくことが、森の更新力を保つことにつながる。

小さな観察が研究データになる

カケスがドングリを運ぶ様子、タヌキのため糞、林床から芽を出した実生——こうした身近な観察も、市民参加型の調査(シチズンサイエンス)を通じて研究データとして活用される場合がある。森を歩くときに「誰がこの種を運んできたのか」という視点を持つだけで、見える景色は変わってくる。

この記事のポイントを箇条書きでまとめた図版
この記事のポイント。詳しくは各章で解説している

まとめ

  • 種子散布は被食散布・貯食散布など複数の仕組みがあり、動物ごとに役割が異なる
  • 2026年の研究は、ツキノワグマが温暖化から森を「逃がす」役割を担うことを示した
  • 動物が減ると森の再生力そのものが失われる「空の森症候群」が世界各地で報告されている
  • 森を守るには、木だけでなく種をまく動物たちの生息環境も同時に守る必要がある