94%
小笠原の在来陸産貝類のうち固有種が占める割合
79.39km²
世界自然遺産「小笠原諸島」の登録面積
約27,000
兄島で捕獲されたグリーンアノールの累計個体数(2017年5月末時点)

東京の竹芝桟橋から定期船に乗り、丸一日かけて南へ約1,000km。たどり着く小笠原諸島は、地球上のどこともつながったことのない「海洋島」です。この島々では、在来の陸産貝類(カタツムリの仲間)の実に94%が、世界でここにしかいない固有種。この数字こそが、2011年の世界自然遺産登録を決定づけました。

小笠原が「東洋のガラパゴス」と呼ばれるのは、単に珍しい生きものがいるからではありません。ひとつの祖先から枝分かれし、樹の上・地面の上・落ち葉の下と暮らし方を変えながら、姿かたちまで変えていった適応放散のプロセスが、いまも目の前で観察できるからです。世界遺産の登録基準は、まさにこの「生物進化の証拠」を評価した基準(ix)ただ一つでした。

しかしこの進化の実験場は、いま人が持ち込んだ生きものによって崩されかけています。昆虫を食べ尽くすトカゲ、山を裸にするヤギ、在来樹を追い出す外来樹、カタツムリを狩る肉食プラナリア。この記事では、小笠原の固有種がどう生まれたのかを解きほぐしたうえで、30年以上続く外来種排除の攻防の最前線を、環境省・東京都・研究機関の一次情報から追いかけます。

この記事で学べること

  • 小笠原諸島が「海洋島」であることの意味と、それが固有種を生んだ仕組み
  • 陸産貝類94%・維管束植物約36%という固有率の内訳と、適応放散という進化のプロセス
  • グリーンアノール、ノヤギ、アカギ、ノネコ、外来プラナリアという5つの脅威の正体
  • 兄島の「非常事態宣言」から始まった防除柵・粘着トラップによる封じ込め作戦の実際
  • アカガシラカラスバトの復活とオガサワラシジミの喪失が示す、保全の成功条件と限界
  • 遠くに住む私たちが小笠原の生物多様性に関われる、現実的な方法

小笠原諸島とは——一度も大陸とつながらなかった「海洋島」

小笠原諸島は、東京都心から南へ約1,000km離れた太平洋上に点在する、30余りの島々からなる列島です。行政上は東京都小笠原村。北から聟島(むこじま)列島、父島列島、母島列島と続き、さらに南には火山列島(硫黄列島)、東西には南鳥島・沖ノ鳥島が属します。人が定住しているのは父島と母島の2島だけで、その他の島の多くは無人島として残されています。

この列島の決定的な特徴は、形成以来ずっと海に囲まれていたことです。日本列島や屋久島・西表島のように、氷期に大陸や本土と陸続きになった歴史がありません。海底火山の活動によって海の底から生まれ、そのまま孤立し続けた——こうした島を地理学では「海洋島(oceanic island)」と呼びます。ガラパゴス諸島、ハワイ諸島と同じ成り立ちです。

海洋島の生きものは「たどり着いた者」の子孫だけ

陸続きになったことがないということは、歩いて渡ってきた生きものが一匹もいないということです。小笠原の在来生物はすべて、次のいずれかの方法で自力で海を越えてきた祖先の子孫にあたります。

  • 風で運ばれた——シダの胞子、細かな種子、小型の昆虫やクモ
  • 海流で漂着した——海水に耐える種子や果実、流木にしがみついた小動物
  • 鳥に運ばれた——羽毛や足に付着した種子・カタツムリの卵、消化されずに糞に混じった果実の種
  • 自力で飛来した——渡り鳥やオオコウモリなど

この「たどり着ける者しか来られない」というフィルターが、小笠原の生物相を独特のものにしました。たとえば小笠原には、在来の陸生哺乳類がオガサワラオオコウモリ1種しかいません。両生類(カエル・サンショウウオ)の在来種にいたってはゼロです。泳げず飛べず、塩水に弱い動物は、そもそも渡ってこられなかったからです。

海洋島に生物がたどり着く4つの経路を示した図解
海洋島にたどり着けるのは、風・海流・鳥・飛翔という限られた手段を持つ生きものだけ。このフィルターが独特の生物相をつくる

人が住み始めたのは、わずか200年ほど前

小笠原に人の定住が始まったのは1830年代のこと。欧米系の人々と太平洋諸島の人々が父島に入植したのが最初とされ、日本人の本格的な入植は明治期に入ってからです。人が暮らし始めてまだ200年に満たない——地質学的にはもちろん、生物の進化の時間軸で見れば一瞬にすぎません。

しかしこの短い期間に、島の生きものの顔ぶれは大きく塗り替えられました。捕鯨船の寄港地として食料のヤギやブタが放され、農地を開くために外来の樹木が植えられ、船とともにネズミが上陸しました。戦後の米軍統治期、そして1968年の日本復帰後の物資の往来が、さらに多くの生きものを運び込みます。小笠原の外来種問題は、この200年の人の営みがそのまま積み重なったものだと言えます。

2011年、登録基準(ix)ただ一つで世界自然遺産へ

2011年6月24日、パリのユネスコ本部で開かれた第35回世界遺産委員会で、小笠原諸島の世界自然遺産登録が決定しました。日本国内では屋久島・白神山地・知床に続く4件目です。登録面積は79.39km²(陸域・海域を含む)。東京23区の約8分の1ほどしかない狭い範囲です。

注目すべきは、認められた登録基準が(ix)「陸上・淡水域・沿岸・海洋の生態系や動植物群集の進化と発展において、進行しつつある重要な生態学的・生物学的プロセスを代表する顕著な見本であること」の一つだけだった点です。景観の美しさ(基準vii)でも、絶滅危惧種の生息地としての重要性(基準x)でもなく、「いまも進化が進行している現場」であることが評価されたのです。

小笠原諸島の基本データ

  • 所在:東京都小笠原村。東京都心から南へ約1,000km
  • 成り立ち:海底火山起源の海洋島。一度も大陸・本土と陸続きになっていない
  • 世界自然遺産登録:2011年6月24日/登録面積 79.39km²/登録基準は(ix)のみ
  • 有人島は父島・母島の2島のみ。アクセスは定期船(片道約24時間)で、空港はない

「東洋のガラパゴス」を証明した陸産貝類——94%が固有種

小笠原の世界遺産登録を語るうえで、主役といってよいのが陸産貝類、つまり陸に暮らすカタツムリの仲間です。地味な生きものに思えるかもしれませんが、この島々の陸産貝類は、生物進化を研究する世界中の科学者が注目してきた「教科書級」の題材です。

推薦書に記載された数字が、その異例さを端的に示しています。小笠原に自然分布する在来陸産貝類のうち、約94%が小笠原にしかいない固有種。同じく在来の維管束植物では約36%、昆虫類では約25%が固有種とされ、これらも十分に高い値ですが、陸産貝類の94%は世界的に見ても突出しています。

なぜカタツムリで固有種が生まれやすいのか

理由は、彼らの移動能力の低さにあります。カタツムリは自力ではほとんど移動できません。同じ島の中でも、谷ひとつ、尾根ひとつ隔てただけで、集団同士の行き来がほぼ途絶えてしまいます。遺伝子の交流が止まった集団は、それぞれ独自の進化を歩み始めます。

一方で、鳥の足や羽毛に卵が付着するかたちで、ごくまれに海を越えることがあります。「めったに渡れないが、ゼロではない」という絶妙な条件——これが、島にたどり着いた少数の祖先から爆発的に種が分かれていく舞台を用意しました。

カタマイマイ属に見る適応放散

小笠原の陸産貝類のなかでも特に有名なのがカタマイマイ属です。この仲間は、島に来た共通の祖先から、暮らす場所ごとに姿を変えて分かれていきました。これを生物学では適応放散(adaptive radiation)と呼びます。ダーウィンフィンチのくちばしがエサに応じて変化した、あのガラパゴスの現象と同じものです。

暮らす場所殻の特徴背景にある理由(考えられている説明)
樹上淡い色・薄手で、比較的軽い葉の上で目立ちにくく、体を持ち上げやすい
地上(落ち葉の上など)暗い色・厚手でがっしり地面の背景に紛れ、踏みつけや乾燥に耐える
地中・岩の隙間小型で扁平な形になる傾向狭い隙間に入り込みやすい
カタマイマイ属は、生息場所に応じて殻の色・厚み・形を変えながら種分化してきた。適応放散の代表例とされる

つまり、同じ島の同じ森の中で、「樹の上派」と「地面派」が別々の種へ分かれていったのです。大陸の生きものでは何百万年もかけて広い地域で起こるような進化が、わずか数十km四方の島々の中で凝縮して起きている——これが世界遺産委員会を動かした「進行しつつあるプロセス」の中身でした。

樹上性と地上性でかたちが異なるカタマイマイの比較図解
同じ祖先から、樹上性は淡く薄い殻へ、地上性は暗く厚い殻へ。暮らす場所の違いが姿の違いを生んだ

それでも「まだ残っている」ことの価値

海洋島の陸産貝類は、世界各地で壊滅的な打撃を受けてきました。ハワイ諸島やポリネシアの島々では、外来のカタツムリや肉食巻貝の導入によって、固有の陸産貝類の多くがすでに失われています。そのなかで小笠原は、他の海洋島に比べれば絶滅率が低く抑えられていると評価されてきました。多くの固有種がいまも野外で生きていることが、世界遺産としての価値を支えています。

言い換えれば、小笠原は「もう手遅れの島」ではなく、いま行動すればまだ間に合う島だということです。これは希望であると同時に、重い責任でもあります。世界的に見て残された数少ない実例だからこそ、ここでの失敗は取り返しがつきません。後述する外来種対策に、これほどの人手と予算が投じられている理由がここにあります。

「東洋のガラパゴス」という呼び名について

小笠原がこう呼ばれるのは、ガラパゴス諸島と同じ海洋島であり、同じく適応放散による種分化が観察できるためです。ただし面積はガラパゴス諸島の約100分の1と桁違いに小さく、そのぶん一つひとつの集団が抱える個体数も少なく、外来種や環境の変化に対して脆弱です。

植物の適応放散——441種の在来維管束植物と、161種の固有種

陸産貝類ほど劇的ではありませんが、小笠原の植物もまた見事な固有化を遂げています。小笠原諸島に自然分布する在来維管束植物は441種、うち固有種は161種とされ、固有率は約36%。木本植物(樹木)に限れば固有率はさらに高くなります。

低く乾いた森「乾性低木林」という舞台

小笠原の植生を語るうえで欠かせないのが乾性低木林です。父島や兄島の尾根筋には、大人の背丈から数m程度の低い木が密集し、地面が見えないほど覆い尽くす独特の森が広がっています。土壌が浅く、水が乏しく、強い日射と潮風にさらされる過酷な環境が、樹高の低い密林をつくり出しました。

この乾いた低木林は、小笠原の固有植物と固有昆虫が最も濃く集中する場所です。とりわけ兄島の乾性低木林は、島全体が無人で開発を免れてきたため、世界遺産地域のなかでも突出して健全な状態が保たれてきました。後述する外来種問題で兄島が「非常事態」とまで言われたのは、この一点にかかっています。

雌雄異株化——島で起きるもうひとつの進化

小笠原の植物には、本土の近縁種では雌雄同株(ひとつの株に雄しべも雌しべもある)なのに、島では雌株と雄株に分かれている種が目立ちます。海洋島では、島にたどり着いた個体数が少ないため近親交配になりやすく、それを避ける方向へ進化が働いたと考えられています。花粉を運ぶ昆虫の顔ぶれが本土と違うことも、この変化を後押ししたとみられます。

同じように、島の植物では草だった祖先が木になる(木本化)現象もしばしば起こります。競争相手となる大きな樹木が少ない島では、背を高くして光を取り合う戦略が有利になるためです。小笠原にも、本土では草本のグループから分かれた低木状の固有種が見られます。こうした変化はどれも、「島だからこそ」働いた選択圧の産物です。

小笠原の尾根に広がる乾性低木林の景観イメージ
土壌が浅く乾いた尾根に成立する乾性低木林。小笠原の固有植物・固有昆虫が最も濃く集まる場所

海洋島で植物に起きやすい3つの進化

  • 種分化:谷や尾根に隔てられた小集団が、それぞれ別の種へ分かれる
  • 雌雄異株化:少数個体で始まった集団が、近親交配を避ける方向へ進む
  • 木本化:大木との競争が少ない島で、草本の祖先から樹木状の種が生まれる

固有の鳥・昆虫たち——アカガシラカラスバトとオガサワラシジミ

小笠原の固有種は貝と植物だけではありません。空を飛べる鳥や昆虫も、島で独自の進化を遂げてきました。ただし、飛べるがゆえに移動能力が高く、また体が大きく目立つぶん、外来の捕食者に対して極端に脆いという弱点も抱えています。

アカガシラカラスバト——森の種まき屋

アカガシラカラスバトは小笠原諸島だけに分布する固有亜種のハトで、国の天然記念物であり、種の保存法に基づく国内希少野生動植物種にも指定されています。頭部が赤紫色、首元が虹色に光る緑色を帯びた美しい鳥です。地上で採食する習性が強く、森の果実を食べて種子を運ぶ「森の種まき屋」としての役割も担っています。

この鳥は2000年代に危機的な状況にありました。小笠原諸島全体の推定生息数は2005年ごろにわずか30〜40羽。主因は、人が持ち込んだネコが野生化したノネコによる捕食でした。地上で過ごす時間が長いハトにとって、ネコは逃れようのない天敵だったのです。

オガサワラシジミ——静かに消えた小さな青いチョウ

一方、対照的な結末をたどったのがオガサワラシジミです。小笠原固有の小型のシジミチョウで、かつては父島列島にも生息していましたが、1990年代までに父島列島から姿を消し、近年は母島でのみ確認される状態になっていました。主因は外来トカゲ・グリーンアノールによる捕食と考えられています。

環境省と東京都は、野生集団の消滅に備えて生息域外保全(飼育下での繁殖)に取り組みました。多摩動物公園と環境省新宿御苑で累代飼育が続けられましたが、2020年春から有精卵率が急激に低下。繁殖が続かなくなり、2020年8月25日に飼育していた全個体が死亡したことが環境省と東京都から発表されました。

この繁殖途絶の原因として指摘されたのが、近交弱勢です。少数の個体から始まった飼育集団では、世代を重ねるうちに近親交配が避けられず、遺伝的多様性が失われ、有害な遺伝子の影響が現れてしまう。飼育技術ではどうにもならない、生物学的な壁でした。野生個体についても、その後の状況は厳しいとみられています。

アカガシラカラスバトとオガサワラシジミを対比した図版
同じ島の固有種でも、明暗は分かれた。左のハトは対策で回復し、右のチョウは飼育系統が途絶えた

オガサワラシジミが残した教訓

  • 生息域外保全は「野生が消えてからの最後の手段」では間に合わないことがある
  • 飼育を始める時点で十分な個体数・遺伝的多様性が確保できるかが成否を分ける
  • 根本原因(この場合は外来種による捕食)を取り除かない限り、野生復帰の受け皿が用意できない

外来種という最大の脅威——小笠原を崩す5つの侵入者

小笠原の固有種を追い詰めている最大の要因は、開発でも気候変動でもなく、人が持ち込んだ外来生物です。海洋島の在来種は、大陸のような捕食者・競争者にさらされた歴史を持ちません。毒も棘も逃げ足も進化させてこなかったため、新参者に対してほとんど無防備なのです。ここでは主要な5つの侵入者を整理します。

なぜ海洋島の生きものは、こんなにも弱いのか

島の在来種が外来種に弱いのには、はっきりした理由があります。捕食者のいない環境で長く暮らしてきた生きものは、身を守るためのコストを払う必要がありませんでした。飛ぶ力を弱め、警戒心を薄くし、毒や棘といった防御をやめ、産む卵の数を減らして一つひとつを大きく育てる——こうした変化は「島嶼症候群」と呼ばれ、世界中の島で共通して観察されます。

限られた資源のなかで生き延びるには、これらは合理的な選択でした。ところが、大陸で捕食者との軍拡競争をくぐり抜けてきた生きものが持ち込まれた瞬間、その合理性は致命的な弱点に反転します。逃げない、隠れない、繁殖のペースも遅い。島の在来種は、初めて出会う捕食者に対してほとんど無抵抗なのです。小笠原で起きてきたことは、その典型例にほかなりません。

① グリーンアノール——昆虫群集を丸ごと消したトカゲ

グリーンアノールは北米原産の樹上性トカゲです。第二次大戦後、荷物などに紛れて父島に定着し、のちに母島にも広がりました。昼行性で視覚に頼って狩りをし、昆虫を旺盛に捕食します。飛べる昆虫も止まったところを襲われるため、逃げ場がありません。

その影響は「減った」というレベルではありませんでした。父島・母島では在来の昆虫群集が広範囲で崩壊し、オガサワラシジミをはじめ複数の固有昆虫が姿を消しています。グリーンアノールは2005年6月に特定外来生物に指定され、飼養・運搬・放出などが法律で規制されています。

② ノヤギ——山を裸にする草食動物

捕鯨船時代などに食料として島に放されたヤギが野生化したノヤギは、島の植生を根こそぎ食べ尽くしました。急斜面の草木が失われると、雨のたびに表土が流出し、海へ赤土となって流れ込みます。植物が消えることは、その植物に依存していた昆虫やカタツムリの消滅を意味します。

③ アカギほかの外来植物——在来の森を置き換える

アカギは明治期以降に薪炭材などとして持ち込まれた樹木で、成長が速く、日陰でも育ち、在来樹の間に割り込んで林内を暗くしてしまいます。在来の稚樹が育たなくなり、時間をかけて森の顔ぶれがまるごと入れ替わってしまうのです。ほかにモクマオウ、ギンネムなども問題となっています。

④ ノネコ・クマネズミ——鳥と貝を直接食べる

飼いネコが野生化したノネコは、アカガシラカラスバトやオガサワラオオコウモリ、海鳥を捕食します。船とともに侵入したクマネズミは、海鳥の卵やヒナ、陸産貝類、植物の種子まで幅広く食べ、島の生態系を静かに削り取ります。

⑤ ニューギニアヤリガタリクウズムシ——カタツムリを狙う肉食プラナリア

そして陸産貝類にとって最も深刻な脅威が、ニューギニアヤリガタリクウズムシ(学名 Platydemus manokwari)という陸生の肉食プラナリアです。もともとは農業害虫であるアフリカマイマイの天敵として各地に導入された経緯を持ちますが、実際には在来のカタツムリを含む幅広い小動物を捕食します。研究では、陸産貝類だけでなく他の陸生プラナリア類やミミズ類の死体まで食べる広い食性が確認されています。

この扁平で目立たない生きものが侵入した地域では、陸産貝類が短期間で壊滅的に減少します。94%という固有率を誇る小笠原の陸産貝類にとって、これは種そのものの消滅を意味します。土や植木鉢に紛れて運ばれるため、島から島への拡散防止が最重要課題となっています。

小笠原を脅かす5つの外来生物を並べた図解
グリーンアノール、ノヤギ、外来植物、ノネコ、外来プラナリア。侵入の経路も影響のしかたも異なる5つの脅威

海を越えて生きものが運ばれる問題は、小笠原に限りません。船のバラスト水や船体付着による移動は世界の海で起きています。詳しくはバラスト水が運ぶ外来種問題や、海の外来種はどこから来る?もあわせてご覧ください。

攻防の最前線①:兄島の「非常事態宣言」とグリーンアノール封じ込め

世界遺産登録からわずか2年後の2013年3月、兄島の南部でグリーンアノールが確認されました。無人島である兄島は、健全な乾性低木林と、そこに残る固有昆虫相が世界遺産の価値の核心をなす場所です。父島・母島で昆虫群集が崩壊した経緯を知る関係者にとって、これは最悪のニュースでした。

小笠原諸島世界自然遺産科学委員会は「兄島に侵入したグリーンアノールに関する非常事態宣言と緊急提言」を発出。これを受け、環境省・林野庁・東京都・小笠原村の4管理機関がグリーンアノール対策ワーキンググループを設け、防除対策ロードマップと防除実施計画を策定しました。

「殺す」より先に「広げない」——防除柵という発想

対策の柱は、島全体での根絶を最初から狙うのではなく、まず北へ広げないことでした。島を横断する形で防除柵(アノールライン)を設置し、南側に留まっているうちに封じ込める作戦です。柵にはトカゲが登れないテフロンシートが用いられ、垂直面をよじ登る能力を物理的に無効化します。

柵はAライン、Bラインと段階的に整備され、東京都は平成28〜29年度(2016〜2017年度)に3本目となるCライン(全長約2.4km)を設置しました。関係機関の報告では、Cラインより北のエリアではグリーンアノールの侵入が確認されていない状態が維持されています。島の北半分を守り切ったということです。

粘着トラップ6万個という物量戦

柵で仕切ったうえで、内側の個体を減らす主力となったのが粘着トラップです。ネズミ捕り用のような粘着シートを森の中に大量に配置し、動き回るアノールを捕獲します。2017年5月末には兄島だけで6万個を超えるトラップが設置され、累計で約27,000個体が捕獲されました

手法ねらい特徴・課題
防除柵(テフロンシート)分布拡大の物理的な遮断登坂能力を無効化。台風や倒木による破損点検が欠かせない
粘着トラップ柵内の個体数を減らす設置・回収に膨大な人手が必要。非対象生物の混獲に配慮が要る
侵入防止柵+集中防除特定エリアの生態系を回復させる母島・新夕日ヶ丘では昆虫相の回復が確認されている
物資・荷物の検査新たな島への持ち込み阻止船便の積荷点検、島間移動時のマットでの靴底洗浄など
グリーンアノール対策は「遮断」「除去」「回復」「予防」の4層で組み立てられている

母島・新夕日ヶ丘で確認された「戻る力」

封じ込めが功を奏する証拠も出ています。母島の新夕日ヶ丘では、アノールの侵入防止柵を設置したうえで柵内での集中的な防除を進めたところ、昆虫相の回復が確認されました。捕食圧を取り除けば、生き残っていた在来昆虫が数を戻せる——この事実は、防除に取り組む人々にとって大きな希望となっています。

防除柵で島を分断しトカゲの北上を止める仕組みの図解
登れない素材の柵で島を仕切り、南側に封じ込める。北側の健全な乾性低木林を守る「時間稼ぎ」の戦略

なぜ「根絶」ではなく「封じ込め」から始めたのか

外来種を完全に根絶するには、最後の1個体まで見つけ出す必要があり、面積が広いほど非現実的になります。兄島のように島全体が価値の核心である場合は、まず被害を局所に閉じ込め、健全なエリアを確実に守りながら、内側の密度を下げていく方が合理的です。「守り切れる範囲を確定させてから攻める」という考え方です。

攻防の最前線②:ノネコ対策とアカガシラカラスバトの復活

小笠原の外来種対策のなかで、最もはっきりと成果が数字に表れたのがノネコ対策です。2005年ごろに30〜40羽まで落ち込んでいたアカガシラカラスバトが、どのように回復したのかを追ってみましょう。

捕まえたネコを「殺さない」仕組みをつくった

2010年から父島では島内全域でノネコの捕獲が本格化しました。ここで大きかったのが、捕獲したネコの行き先を用意したことです。獣医師会や動物愛護団体と連携し、捕獲個体を本土へ移送して人に慣らし、飼い猫として新しい飼い主に譲渡するという仕組み——通称「小笠原ネコプロジェクト」が組み立てられました。これまでに保護されたネコは1,000頭を超えています。

外来種対策はしばしば「駆除」への心理的な抵抗にぶつかります。とりわけネコのような愛玩動物では、その反発は強くなりがちです。捕獲個体に第二の生を用意するこの仕組みは、島民・本土の支援者・行政・獣医師という異なる立場をつなぎ、対策を継続できる社会的な土台をつくった点で高く評価されています。

ハトの数と分布が、はっきり戻った

捕獲が進むと、父島のノネコは2013年ごろには当初の10分の1以下まで減少したと推定されています。そして、その効果はハトの数に直結しました。

時期アカガシラカラスバトの状況
2005年ごろ小笠原諸島全体で推定30〜40羽まで減少
2010年父島でノネコの島内全域捕獲が本格化
2012〜2013年個体数が大幅に増加。ノネコは当初の10分の1以下と推定
2017年父島での分布域が集落域の約8割・山域の約6割まで拡大
2018年推定生息数は約600羽(日本鳥学会誌に報告)
ノネコ対策開始後のアカガシラカラスバトの推移。捕食圧の除去が個体数と分布域の双方に効いた

この回復過程は、日本鳥学会誌に「小笠原諸島父島における外来ネコ対策後のアカガシラカラスバトの個体数増加」として報告されています。脅威を特定し、それを物理的に取り除けば、在来種は自力で戻れる——保全生物学の教科書どおりの結果が、実際に得られたのです。

2025年、回復を後押ししていた「遺伝的浄化」が判明

さらに2025年、この回復劇に新しい説明が加わりました。京都大学の研究グループ(辻本大地氏、井鷺裕司教授らと東京動物園協会・小笠原自然文化研究所の共同)は、アカガシラカラスバトのゲノム解析から、長い島嶼生活のなかで有害な突然変異がゲノムから取り除かれる「遺伝的浄化」が起きていたことを明らかにしました。成果は国際誌『Communications Biology』に2025年7月15日付でオンライン掲載されています。

個体数が数十羽まで落ち込んだ集団は、通常なら近交弱勢によって回復できないことが多い——オガサワラシジミがまさにそうでした。ところがアカガシラカラスバトは、島で長く小集団を維持してきた歴史のなかで、有害な変異があらかじめ淘汰されていたため、少数からの回復に耐えられたと考えられます。同じ島の固有種でも明暗が分かれた理由の一端が、ここに見えてきました。

ノネコ対策後にハトの個体数が回復した推移を示すグラフ図解
捕食者であるノネコの除去を境に、アカガシラカラスバトの個体数は明確な回復に転じた

小笠原の外来種対策から学べる成功条件

  • 脅威を一つに絞って特定する——原因が曖昧なままでは打ち手が分散する
  • 物理的に取り除く——柵・捕獲・駆除という地道な手段が結局いちばん効く
  • 反発が起きにくい出口を用意する——捕獲個体の譲渡は対策継続の鍵になった
  • 効果をモニタリングで測る——個体数と分布域の記録があってこそ成果と課題が見える

回復の現場——陸産貝類の域外保全と、植生の再生

カタツムリを飼い、島へ帰す

外来プラナリアの脅威にさらされた陸産貝類については、野外での防除だけでは間に合わないという判断から、生息域外保全——つまり飼育による避難が並行して進められました。

環境省は2011年から父島において、室内および屋外の飼育施設で陸産貝類の飼育を開始しました。狙いは、外来天敵が及んでいないうちに種を確保しておくことと、飼育下での繁殖技術を確立しておくことです。カタツムリの飼育は一見簡単そうに思えますが、種ごとに好む湿度・餌・すみか(樹上か地上か)が違い、確立には長い試行錯誤が必要でした。

2020年11月、日本初のカタマイマイ野生復帰

約10年の準備期間を経て、2020年11月末、飼育していたチチジマカタマイマイとアナカタマイマイの野生復帰が実施されました。カタマイマイ類の野生復帰としては日本初の取り組みです。放されたのは、外来プラナリアの影響が及んでいない巽島。すでに野生個体が生息する場所へ、飼育由来の個体を加えて集団を厚くする「補強(reinforcement)」という位置づけでした。

興味深いのは、成体ではなく卵の状態で移殖が行われた点です。卵から現地で孵化させることで、飼育環境の癖を持ち込まずに野生環境へなじませようという工夫がなされました。オガサワラシジミが飼育系統の途絶という結末を迎えたのと同じ年に、こちらでは飼育から野生へ戻す一歩が踏み出されたことになります。

域外保全が成立するための条件

  • 野生集団がまだ十分残っているうちに着手する(遺伝的多様性を確保できる)
  • 対象種ごとの飼育技術を、時間をかけて確立する
  • 戻す先の環境から、脅威となる外来種が取り除かれている、または最初から侵入していない
  • 「補強」なのか「再導入」なのかを明確にし、野生集団への影響を評価してから実施する
飼育施設のカタツムリを島へ戻す域外保全の流れの図解
飼育で種を確保し、脅威のない島へ卵の状態で戻す。2020年11月、日本初のカタマイマイ野生復帰が実現した

動物だけでなく、植物側の再生も並行して進められています。とくにノヤギと外来植物への対処は、島の骨格そのものを取り戻す作業です。

ノヤギ排除で山が緑を取り戻した

東京都は聟島列島などの無人島でノヤギの排除と植生回復を進め、これらの島でのノヤギ排除は平成22年度(2010年度)で終了しました。ヤギがいなくなった島では、希少な固有種を含む植生の回復が確認されています。裸地だった斜面に草が戻り、低木が伸び、やがて土壌が安定して赤土の流出も減っていく——時間はかかりますが、確実に効果が現れる対策です。

アカギ駆除は「立枯らし」で

外来樹アカギの駆除では、除草剤の樹幹注入によって立ち枯らす手法と、稚樹の引き抜きが組み合わされています。大木を伐り倒すと林内に急に光が入り、かえって外来種の芽生えを増やしてしまうため、立ったまま徐々に枯らして在来樹の生育を促すのです。東京都の事業では、平成21年度(2009年度)に母島の石門や桑ノ木山などで約11ヘクタールの駆除が実施されました。

「外来種を除いたら別の問題が出た」という難しさ

外来種対策は、単純な引き算では終わりません。ある島でノヤギを除いたところ、それまで食べられていた外来植物が一気に繁茂した、という事例が各地の島嶼で報告されています。生態系は絡み合っているため、ひとつを抜くと別のバランスが動くのです。小笠原の管理機関が科学委員会を常設し、モニタリングを続けながら計画を更新しているのは、この予測しきれなさに対応するためです。

課題現在の状況残された論点
グリーンアノール兄島では防除柵で北への拡大を阻止。母島の一部で昆虫相回復父島・母島全域での根絶は未達。柵の維持管理が恒久的に必要
ノネコ父島で個体数が大幅減。譲渡の仕組みが定着山域を中心に根絶には至らず、捕獲の継続が前提
ノヤギ聟島列島などでは2010年度に排除完了排除後に外来植物が繁茂しないかの監視が要る
外来植物アカギ等の駆除を継続実施面積が広く、根絶より継続的な抑制が現実的
外来プラナリア域外保全と、島間の拡散防止が中心定着した島での有効な除去手段が確立していない
小笠原の外来種対策の到達点と残された論点。多くは「根絶」ではなく「継続的な抑制」の段階にある
ノヤギ排除後に植生が回復していく島の変化イメージ
ノヤギを排除した島では植生が戻り、表土の流出も抑えられていく。回復には年単位の時間がかかる

なお、日本の海と島がなぜこれほど多様な生きものを抱えているのかについては、日本の海はなぜ世界有数の生物多様性を誇るのかもあわせて読むと、小笠原の位置づけがよりはっきり見えてきます。

私たちに何ができるのか——訪れる人・遠くにいる人の関わり方

小笠原は簡単に行ける場所ではありません。空港がなく、定期船で片道約24時間。だからこそ、訪れる人には守るための具体的な作法があり、行けない人にも関われる道があります。

訪れるときに守りたいこと

  1. 靴底と荷物の土を落としてから乗船する——外来生物の種子や卵、プラナリアは土に紛れて運ばれる。港に設置された洗浄マットは必ず使う
  2. 島から島へ移動するときも同じ手順を踏む——父島から兄島・母島へ渡るときが最も危ない場面になる
  3. 登山道・遊歩道から外れない——踏圧は乾性低木林の浅い土壌を傷める。決められたルートを歩く
  4. 動植物を持ち込まない・持ち出さない——種子や苗、生きた昆虫の持ち込みは厳禁。石や貝殻の持ち出しも控える
  5. 認定ガイドの案内を利用する——立ち入りが制限されたエリアは、東京都の自然ガイドの同行が条件になっている場所がある

行かなくてもできること

  • ペットを終生飼養する——小笠原のノネコ問題の起点は、人が連れてきたネコだった。捨てない・放さない・不妊去勢を行うことが、あらゆる島の在来種を守る基本になる
  • 外来生物を野外に放さない——ミドリガメもグリーンアノールも、最初は「一匹だけ」から始まっている
  • 保全団体や研究を支える——小笠原自然文化研究所など、現地で調査・保全を担う団体の活動を知り、支援する
  • 正しい情報を広める——「なぜカタツムリを守るのか」を説明できる人が増えることが、長期の予算と人手を支える

この記事のまとめ

  • 小笠原は一度も大陸とつながらなかった海洋島。たどり着けた少数の祖先から適応放散が起こり、在来陸産貝類の94%、在来維管束植物の約36%が固有種となった
  • 2011年の世界自然遺産登録は、「いまも進化が進行している」ことを評価した基準(ix)のみによるものだった
  • 最大の脅威は外来種。グリーンアノール、ノヤギ、アカギ、ノネコ、外来プラナリアが固有種を追い詰めてきた
  • 兄島では2013年の「非常事態宣言」を経て、防除柵と粘着トラップで北半分を守り切っている
  • ノネコ対策によりアカガシラカラスバトは30〜40羽から約600羽へ回復。一方でオガサワラシジミは飼育系統が途絶えた
  • 対策は「根絶」よりも「継続的な抑制」の段階にあり、島に渡る一人ひとりの土落としが最前線の防衛線になっている

94%という固有率は、誇るための数字であると同時に、警告の数字でもあります。世界でここにしかいないということは、ここで失えば地球上から消えるということだからです。遠い島の小さなカタツムリの話は、実のところ、生きものと人の距離のとり方についての、とても普遍的な問いかけでもあります。

参考文献・出典

  1. 環境省 – 日本の世界自然遺産|小笠原諸島|保護管理
  2. 環境省 – 日本の世界自然遺産|小笠原諸島|世界遺産地域の紹介
  3. 環境省 報道発表資料 – オガサワラシジミの生息域外個体群の繁殖途絶について(2020年8月27日)
  4. 環境省 関東地方環境事務所 – 小笠原諸島世界自然遺産地域「兄島」におけるグリーンアノールの確認について(科学委員会発言)
  5. 環境省 関東地方環境事務所 – 【小笠原】マイマイの野生復帰!Reinforcement(2020年12月)
  6. 環境省 – アカガシラカラスバト(保護増殖事業)
  7. 東京都小笠原支庁 – 世界自然遺産 小笠原諸島|東京都の取組 外来種対策 グリーンアノール防除
  8. 東京都環境局 – 東京の自然公園|小笠原諸島の植生回復事業
  9. 日本鳥学会誌(J-STAGE) – 小笠原諸島父島における外来ネコ対策後のアカガシラカラスバトの個体数増加
  10. 京都大学 – 研究成果「小笠原諸島の絶滅危惧のハト 個体数増加の背景に遺伝的浄化」(2025年8月19日)

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