928万ha
水源かん養保安林の延べ面積(全保安林の71.1%/令和7年3月末)
412mm/h
広葉樹天然林の浸透能。重機の作業道は29mm/hまで落ちる
2.1〜8.0年
森に降った雨が沢水として流れ出るまでの平均滞留時間

蛇口をひねれば水が出る。その水をたどっていくと、たいていの場合は山の森にたどり着きます。日本の国土の約3分の2は森林で、そのうち928万ha(延べ面積)が「水源かん養保安林」に指定されています。全保安林の71.1%を占める、圧倒的に最大の保安林種です(林野庁、令和7年3月末)。つまり日本の森林政策は、木材を採るためというより、水を守るために森を守るという性格を強く持っています。

その働きは近年「緑のダム」と呼ばれ、コンクリートのダムの代わりになるかのように語られることもあります。一方で、森林水文学の研究者からは「森林の保水力への過度な期待は、異常気象による集中豪雨や台風に対するリスクが大きい」という慎重な指摘も出ています(森林総合研究所・藤枝基久)。森は水をためる。ただし万能ではない。この両方を同時に理解することが、水源涵養林を考える出発点です。

この記事では、林野庁が2023年3月に公開した『森林の水源涵養機能に係る解説資料』、日本学術会議の答申、森林総合研究所や北海道立総合研究機構の実測データといった一次情報をもとに、①森が雨をためる仕組み、②その効果の大きさと限界、③手入れ不足の人工林で何が起きるか、④そして水源の森が海の豊かさにどうつながるのかを、順を追って見ていきます。

この記事で学べること

  • 水源涵養機能とは何か——洪水緩和・水資源貯留・水質浄化の3つの顔を、公式の定義から整理できる
  • 雨が樹冠・落葉層・土壌・岩盤をどう通り抜けて川になるのか、時間スケールごとに追える
  • 森林土壌の保水力や浸透能が「実際に何ミリなのか」を、国内の実測データで具体的につかめる
  • 「緑のダム」がどこまで洪水を抑えられて、どこから先は無理なのか——効果と限界を切り分けられる
  • 森が増えると渇水に強くなるとは限らない、という蒸発散のジレンマを理解できる
  • 水源の森が沿岸の海の豊かさとどうつながっているのか、確かめられている部分と仮説を区別できる

水源涵養林とは何か——「森が水をためる」の正体

水源涵養林とは、川の流量と水質を安定させるはたらきを期待して守り育てられている森林のことです。「涵養(かんよう)」という言葉には、自然に水が浸み込むように徐々に養い育てていく、という意味があります。

公式の定義は「土壌のはたらき」に軸足がある

日本学術会議が2001年11月に示した答申は、水源涵養機能をこう定義しています。「森林は、おもに森林土壌のはたらきにより、雨水を地中に浸透させ、ゆっくりと流出させる。そのため、洪水の流出を緩和するとともに川の流量を安定させる。また、森林から流出する水は濁りが少なく、適度にミネラルを含み、中性に近い」。

ここで注目したいのは、主語が「森林」ではなく「森林土壌のはたらき」だという点です。水をためているのは木そのものではなく、木が長い時間をかけてつくり育てたである——この理解が、後半で見る「緑のダム」論を正確に読み解く鍵になります。

森林は、おもに森林土壌のはたらきにより、雨水を地中に浸透させ、ゆっくりと流出させる。そのため、洪水の流出を緩和するとともに川の流量を安定させる。

― 日本学術会議 答申「地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価について」(2001年11月)

3つ(4つ)の顔がある

答申は水源涵養機能の内容として、洪水緩和・水資源貯留・水量調節・水質浄化の4つを挙げています。実務ではこれを大きく3つに束ねて説明することが多く、林野庁の解説資料も「洪水緩和機能」と「水資源貯留(水量調節)機能」の2つに焦点を絞って解説しています。

機能はたらき効きやすい場面
洪水緩和降った雨が一気に川へ出るのを抑え、ピーク流量を下げ、ピークの時刻を遅らせる中小規模の出水
水資源貯留(水量調節)土壌や岩盤にためた水をゆっくり出し、雨の降らない時期も川の水を絶やさない平常時〜軽い渇水
水質浄化土壌層を通る過程で濁りが除かれ、ミネラルを含んだ中性に近い水になる常時
水源涵養機能の内訳。日本学術会議答申と林野庁解説資料をもとに整理
水源涵養機能の3つのはたらきを示した模式図
水源涵養機能は「洪水を抑える」「渇水をやわらげる」「水をきれいにする」の3つの顔を持つ

日本の森の半分は「保安林」

日本の森林面積は約2,500万ha、国土の約3分の2にあたります。そのうち1,230万ha(実面積)が保安林に指定されており、これは全国森林面積の49.1%、国土面積の32.5%に相当します(令和7年3月31日現在)。保安林とは、公益上の目的を達成するために伐採や土地の形質変更に制限がかかる森林のことです。

保安林には17の種類がありますが、その中で圧倒的に多いのが水源かん養保安林で、延べ面積9,280千ha(928万ha)、全保安林の71.1%を占めます。日本の森林保護制度の背骨が「水」であることが、この数字によく表れています。

一次情報を見る水を育む森林のはなし|林野庁森林がどのように雨をため、川へ流すのか。水源涵養機能の基本を図解でまとめた林野庁の公式解説ページ。🔗 rinya.maff.go.jp

ここだけおさえる

  • 水をためているのは木そのものではなく、木が育てた「森林土壌」
  • 機能は洪水緩和・水資源貯留・水質浄化の3本柱
  • 日本の保安林の71.1%(928万ha)が水源かん養目的

雨はどう森を通って川になるのか——樹冠から地下水までの旅

森に降った雨は、まっすぐ地面に届くわけではありません。樹冠 → 林床 → 落葉層 → 土壌 → 岩盤 → 川という長い旅を経て、ようやく私たちの見る沢水になります。この各段階が、それぞれ別の役割を果たしています。

第1関門:樹冠遮断で1〜3割は空へ戻る

最初に雨を受け止めるのは枝葉です。枝葉に付着した水の一部は地面に届かずそのまま蒸発して大気に戻ります。これを樹冠遮断(遮断蒸発)と呼びます。森林総合研究所によれば、日本の森林では降ってくる雨の10〜30%程度が遮断蒸発として失われるとされています。

「失われる」と書きましたが、これは下流から見れば洪水を減らす方向に働きます。森林総合研究所・東京大学・静岡大学の共同研究は、この遮断蒸発が洪水時の流出を小さくすることを示し、2023年6月にJournal of Hydrology誌で公開されました(神奈川県・大洞沢試験地の観測データを使用)。森林に特徴的なこの現象が、洪水の出方を大きく左右しているという指摘です。

下層植生もまた雨を受け止める

遮断は上層の木だけの仕事ではありません。栃木県の38年生ヒノキ人工林で50%の列状間伐を行った6年後の調査では、下層植生による遮断率が約18%にのぼりました(下層植生通過雨率81%、樹幹流率1%)。つまり林床にササや低木が育っていれば、それだけで雨の勢いをもう一段やわらげてくれるということです。

雨が樹冠・下層植生・落葉層・土壌を通過していく断面模式図
雨は樹冠・下層植生・落葉層・土壌・岩盤という何重ものフィルターを通って川へ向かう

土に入った水は「年」の単位で滞在する

森林の水源涵養機能を体感的に理解しにくいのは、時間スケールが人の感覚とかけ離れているからです。茨城県・常陸太田試験地の入れ子状の5つの森林小流域(0.84〜75.28ha)で、雨水と沢水に含まれる酸素・水素の安定同位体比を分析した研究(久保田ら、2007)は、無降雨時の沢水の平均滞留時間が2.1〜8.0年であることを示しました。

今日わき出している沢の水は、数年前に降った雨かもしれない——これが「森が水をためる」ということの実体です。ダムのように数日〜数か月で回転する貯留とは、そもそも時間の桁が違います。

水の流れ方は「速い」「遅い」の二層構造

  • 速い流れ:地表流・側方流。降雨中〜数時間で川に達し、洪水のピークをつくる
  • 遅い流れ:土壌の細かい隙間と岩盤を通る水。数年かけて基底流出(平常時の川の水)になる
  • 水源涵養機能とは、この「速い」を減らして「遅い」を増やすはたらきと言い換えられる

森林土壌が「ダム」になる仕組み——孔隙・団粒・保水力の実測値

では、森林土壌はどれくらいの水をためられるのでしょうか。ここは数字で押さえておく価値があります。

保水力=孔隙率×土壌の厚さ

森林土壌は、細かい土の粒子が集まって団子状になった団粒構造をとります。団粒と団粒のあいだにできる隙間を孔隙(こうげき)と呼び、ここが水の入る「場」になります。孔隙には、水を保持する細かい毛管孔隙と、水を通す粗い非毛管孔隙があり、土壌の保水力は「孔隙率×土壌の厚さ」で計算されます。

生きた根や腐った根の跡、ミミズなどの生物がつくった穴(生物活動孔)が粗大な孔隙をつくるため、森林土壌はほかの土地利用の土に比べて水を通しやすく、かつためやすい構造になっています。木が土をつくり、土が水をためるという順番です。

実測してみると21mm〜172mm——地質で7倍の差

森林総合研究所が国内各地の試験地で測った土壌の保水力(毛管孔隙による保水量)は、母材となる地質によって大きく変わります。

試験地土壌の母材土壌の保水力
筑波(茨城)火山灰172mm
常陸太田(茨城)火山灰148mm
山城北谷(京都)花崗岩140mm
桂(茨城)火山灰101mm
鹿北(熊本)黒色変岩108mm
長沢ダム(高知)緑色変岩55mm
南明治山(沖縄)砂岩・泥岩50mm
定山渓(北海道)石英斑岩21mm
森林土壌の保水力の実測例(森林総合研究所、2011/藤枝基久による整理)。同じ森でも地質で7倍以上の差がある

火山灰が厚く積もった流域や、深く風化した花崗岩の流域では保水力が大きく、硬い岩の上に薄い土しかない流域では小さくなります。「森があるから水がある」ではなく、「どんな地質の上に、どれだけの厚さの土が育っているか」が効くのです。同じ面積の森でも、水源としての実力はまるで違います。

森林土壌の団粒構造と孔隙、根の空洞を拡大した模式図
団粒のあいだの孔隙が水の入る「場」。根や土壌動物がつくる粗い隙間が水の通り道になる

流域スケールでは100〜200mm程度

土壌だけでなく、岩石の風化層まで含めた「流域の保水力」という指標もあります。森林流域試験のデータから推定された流域の保水力は、地質別におおむね100〜200mmの範囲に収まります(藤枝、2007)。堆積岩・火山岩、火山灰・花崗岩、変成岩類の順に整理されており、やはり火山灰や深層風化花崗岩の流域で大きくなります。

「ブナ林は1時間に300mm吸う」は正確か

一般向けの記事や観光パンフレットでは「ブナ原生林の土壌は1時間に約300mmもの雨を吸収する」「良い森林では最大400mm」といった表現が広く引用されてきました。これらは浸透能(1時間に浸み込ませられる量)の話であって、保水力(ためられる総量)の話ではありません。浸透能が大きくても、下の土壌がいっぱいになれば水は出ていきます。混同しやすいので、数字を見るときは「速さの話か、容量の話か」を必ず確認してください。

「緑のダム」論はどこまで本当か——洪水緩和の効果と限界

ここが本記事の核心です。森林はダムの代わりになるのか。答えは「ある範囲までは、かなり効く。しかしダムの代わりにはならない」です。

効果は確かにある——中小規模の出水で

林野庁は、森林土壌に浸透した雨がさまざまな経路を通ってゆっくり川に流れることで、降雨時の川のピーク流量を減らし、ピークの発生を遅らせると説明しています。この洪水緩和機能は中小規模の洪水で特に効果的とされています。日本学術会議の答申に基づく試算では、森林の洪水緩和機能の貨幣評価額は年6兆4,686億円とされました(森林と裸地を比較したときの100年確率雨量に対する流量調節量を、治水ダムの減価償却費と年間維持費で置き換えて評価する「代替法」による)。

しかし土壌が飽和したら、そこで打ち止め

問題は、この貯留に上限があることです。土壌の孔隙が水で満たされると(飽和状態になると)、それ以上の雨はほとんどそのまま流出に回ります。豪雨で山の貯留容量が満杯になった瞬間、森は「水をためる装置」であることをやめてしまうのです。

森林総合研究所の藤枝基久は、この点を踏まえて「森林はダムに変わることができるか」という問いに、次の3点で答えています。

  1. 森林の保水力は、多目的ダムの洪水調節容量と同程度の容量を持っている
  2. 森林の保水力は直接流出量を軽減できるが、ダムのように洪水のピーク流量を人工的に調節することはできない
  3. 森林の保水力への過度な期待は、異常気象による集中豪雨や台風に対するリスクが大きい

1点目だけを取り出せば「森はダムに匹敵する」と読めますし、3点目だけを取り出せば「森は当てにならない」と読めます。3つセットで理解することが誠実な読み方です。森は容量を持つが、その容量は人が操作できない。放流量を調整して下流のピークをずらす、といった芸当はできません。

森林の保水と洪水ピークの関係を示すグラフの模式図
森林はピークを下げ、遅らせる。ただし土壌が飽和すると裸地との差は縮まっていく

「森林があれば治水施設は要らない」にはならない

国土交通省の河川整備の議論でも、森林の保水力は「飽和雨量」という形でモデルに組み込まれていますが、それは治水計画の前提条件の一部として扱われるものであって、堤防やダムの代替として位置づけられているわけではありません。森林整備と治水施設は、どちらか一方を選ぶものではなく、役割の異なる両輪です。

気候変動で「飽和してからの雨」が増えていく

この限界は、これから重くなっていきます。気象庁のアメダス観測によれば、1時間降水量80mm以上の「猛烈な雨」の発生回数は、1976年の観測開始以来、増加傾向にあります。北海道の南富良野町では2016年の台風で24時間降水量が約600mm(レーダー解析の最大値)に達し、空知川が氾濫しました。かつて北海道では想定されにくかった規模の豪雨です。

森林の保水力に上限がある以上、降水が集中すればするほど「飽和してからの雨」の割合が増えます。同じ森でも、雨の降り方が変われば発揮できる緩和効果は相対的に小さくなっていく、ということです。

さらに厄介なのは、豪雨が森そのものを傷めることです。林野庁の解説資料には、2018年の台風第20号(総降雨量219.5mm、最大時間雨量33.5mm)と2019年の台風第19号(総降雨量518mm、最大時間雨量81.5mm)の実際の降雨を与え、崩壊地の面積割合が変わったときに流域の水収支(蒸発散量・表面流量・側方流量・地下水流量・深層浸透量)がどう変化するかを算出したシミュレーションが収録されています。山腹が崩れればそこは浸透能の低い裸地になり、次の豪雨でさらに水が地表を流れる——災害が森の水源涵養機能そのものを削っていく連鎖が起こります。

「緑のダム」の効くところ・効かないところ

  • 効く:中小規模の出水でのピーク低減・ピーク遅延、平常時の流量安定、土砂流出の抑制
  • 効きにくい:土壌が飽和した後の記録的豪雨。ピーク流量の人為的コントロールは不可能
  • 結論:森林整備は治水の「土台」。ダム・堤防・避難体制と組み合わせて初めて機能する

渇水と水資源貯留——森が増えれば水が増える、とは限らない

洪水と並ぶもう一つの顔が、渇水をやわらげる水資源貯留機能です。ただしここには、直感に反する事実があります。

水収支の基本式が教えること

流域の水は、次のシンプルな式で成り立っています。

降水量 = 流出量 + 蒸発散量

― 森林水文学の基本的な水収支式

この式を素直に読むと、蒸発散量が増えれば、その分だけ流出量は減ることになります。そして森林は、蒸散(葉から水を大気に放出する働き)と遮断蒸発によって、草地や裸地よりずっと多くの水を消費します。森林総合研究所がまとめた知見にも、次のように明記されています。

  • 森林は雨水の大部分を土壌に浸透させ、地中水として移動させる。その速度は地表水より遅く一様でないため、川の増水は軽減される
  • 森林は蒸散により土壌中の水を消費し、年流出量を減少させる
  • 森林の水消費量は葉の量に比例するため、針葉樹林は広葉樹林より水消費量が多い

つまり「木を植えれば川の水が増える」というのは、年間の総量で見ればむしろ逆です。森を増やすと蒸発散が増え、年流出量は減る方向に働きます。この点は、水源林整備を「水量を増やす事業」と説明してしまうと事実と食い違うので注意が必要です。

それでも水源林が価値を持つ理由

では水源涵養林に意味がないのかというと、まったくそうではありません。ポイントは総量ではなく「配分」にあります。

  • 総量は減っても、洪水時に一気に流れ出る分を減らし、平常時にゆっくり出る分(基底流出)を増やす
  • 毛管孔隙にとどまった水が、雨の降らない期間の川の流れを支える
  • 濁りの少ない、中性に近い、ミネラルを含んだ水として供給される
  • 土壌侵食が抑えられ、ダム・河川への土砂流入と濁水が減る

水道や農業用水にとって重要なのは「年に何億トン流れたか」ではなく、「使いたいときに、使える質で、安定して流れているか」です。水源涵養林が担っているのは、まさにこの安定供給の部分です。日本学術会議答申に基づく水資源貯留機能の評価額は年8兆7,407億円、水質浄化機能は年14兆6,361億円と試算されており、水質浄化は森林の各機能のなかでも表面侵食防止(年28兆2,565億円)に次ぐ規模です。

機能年間評価額評価方法(代替法)
表面侵食防止28兆2,565億円有林地と無林地の侵食土砂量の差を堰堤の建設費で評価
水質浄化14兆6,361億円生活用水相当分は水道代、他は雨水処理施設の減価償却費等で評価
表層崩壊防止8兆4,421億円有林地と無林地の崩壊面積の差を山腹工事費用で評価
水資源貯留8兆7,407億円降水量と蒸発散量から貯留量を算出し利水ダムの費用で評価
洪水緩和6兆4,686億円100年確率雨量に対する流量調節量を治水ダムの費用で評価
二酸化炭素吸収1兆2,391億円バイオマス増量から吸収量を算出しCO2回収コストで評価
日本学術会議答申(2001年11月)に基づく森林の多面的機能の貨幣評価額。※評価手法が機能ごとに異なるため、公式資料では合計額は示されていない

評価額の読み方に注意

この表の金額は「森林がなかった場合に人工物で代替するといくらかかるか」を積み上げた代替法による試算です。実際にその額のお金が動いているわけでも、森林を売買できる価格でもありません。また農林水産省の資料も「機能の種類によって評価手法が異なること等から、合計額は記載していません」と明記しています。合計して「森は年70兆円の価値」と単純に語るのは、公式資料の作法から外れます

手入れ不足の人工林が水を弱らせる——浸透能の実測が示すこと

水源涵養機能は「森があれば自動的に発揮される」ものではありません。森の状態によって、水の浸み込み方は桁違いに変わります。それをはっきり示したのが、北海道立総合研究機構林業試験場による実測調査です。

オホーツクの108か所で測った浸透能

この調査は、オホーツク海に流れ込む常呂川・網走川流域(いずれも北海道有数の流域面積を持つ一級河川)で、林相の異なる108か所を選び、直径30cmの金属円筒を打ち込んで水位低下を180分間測る「冠水式」で浸透能を測定したものです(阿部・佐藤 2008/光珠内季報 No.181)。他の条件を平均的な状態に補正したうえでの結果は次の通りです。

林相浸透能備考
広葉樹天然林(高蓄積)412〜422mm/h天然林高・低で大きな差はなかった
広葉樹天然林(低蓄積)412〜422mm/h
カラマツ人工林(30年生以上)310mm/h天然林より低い
トドマツ人工林(50年生以上)307mm/h天然林より低い
伐採跡地・新植地103mm/h地点により1〜30mm/hの極端に低い値も
重機の作業道29mm/h全区分中で最低。地点により1〜30mm/h
北海道・常呂川/網走川流域108か所の浸透能実測値(阿部友幸、光珠内季報No.181、2017)

天然林の412mm/hに対して、重機が走った作業道は29mm/h——14分の1以下です。1時間に30mmの雨が降れば、天然林ではすべて浸み込むのに対し、作業道ではあふれて地表を流れ出します。地表を流れる水は土を削り、濁りを運び、川へ一気に流れ込みます。

天然林・人工林・伐採跡地・作業道の浸透能を比べた棒グラフの模式図
浸透能は林相で大きく変わる。重機の作業道は天然林の14分の1以下まで落ちる

決め手は「林床に草が生えているか」

同じ調査で、林相と並んで浸透能に効いていた要因が下層植生の被度でした。全下層植生被度が100%の場合の浸透能は288mm/hだったのに対し、被度が90%以下になると105〜108mm/hまで落ち込みます。3分の1近くまで低下するわけです。

そして、本州のヒノキ林でよく知られているのが、間伐不足によって林内が暗くなり、下層植生が消えるという連鎖です。光が入らない人工林の林床は裸地化し、雨滴が直接土を叩いて表土を締め固め、浸透能が下がる。土が流れ、根が露出し、さらに水が浸み込まなくなる——手入れ不足の人工林で起きているのはこの悪循環です。

実測データを見る水土保全に配慮した林業を ~浸透能のはなし~|北海道立総合研究機構 林業試験場常呂川・網走川流域108か所の実測から、天然林・人工林・伐採跡地・作業道の浸透能を比較した報告(光珠内季報 No.181)。🔗 hro.or.jp
手入れされた明るい人工林と、手入れ不足で暗く林床が裸地化した人工林の対比
同じスギ林でも、間伐の有無で林床の姿はここまで変わる。浸透能の差はこの林床に表れる

気候変動下の適応策としての森林管理

雨の降り方が変わりつつある以上、森林管理も「これまで通り」では追いつきません。求められる方向はおおむね次のように整理できます。

  • 下層植生を絶やさない林分づくり:間伐で光を入れ、浸透能を高い水準に保つ
  • 樹種と林齢の多様化:単一樹種の一斉林は病虫害・風倒・気象害に弱く、被害が広域化しやすい
  • 路網の適正な設計と維持:浸透能が最も落ちる作業道からの表面流を、路面排水で分散させる
  • 皆伐後の速やかな再造林:裸地の期間を短くし、土壌の流出を防ぐ
  • ハード対策との組み合わせ:森林整備を治水施設・警戒避難体制と一体で計画する
  • 流域全体での合意形成:上流の森林管理コストを、下流の水利用者や企業がどう分担するか

森林は「置いておけば効く自然のインフラ」ではなく、手入れの水準によって性能が変わるインフラです。そしてその手入れを支える林業の担い手は減り続けています。水源涵養林の未来は、技術の問題であると同時に、担い手と費用負担の問題でもあります。

森から海へ——水源涵養林が沿岸の恵みを支えるという視点

水源涵養林の話は、しばしば「上水道の話」として語られます。しかし川の水が最後にたどり着くのは海です。森の状態は、河口の干潟や藻場、沿岸漁業の現場にまで届いています

「森は海の恋人」——気仙沼から始まった運動

宮城県気仙沼市のカキ漁師・畠山重篤氏(2025年4月3日逝去、享年81)が中心となり、1989年(平成元年)から続けられてきたのが「森は海の恋人」運動です。気仙沼湾に注ぐ大川の上流、岩手県室根山での植樹祭を軸に、森・川・海の生態系のつながりを知ってもらう活動として始まりました。カキの育ちが川の水に左右されることを、生産者自身が肌で知っていたことが出発点でした。

この運動が画期的だったのは、漁業者が山に木を植えたという点です。流域を一つの単位として考える発想——上流の森林管理が下流と沿岸の生産力を支えるという流域治理の考え方を、市民運動のかたちで社会に広めました。現在はNPO法人として、植樹祭と子どもたちの体験学習が続いています。

活動を見るNPO法人 森は海の恋人1989年から宮城県気仙沼で続く植樹祭と体験学習。森・川・海のつながりを伝える活動の公式サイト。🔗 mori-umi.org

「フルボ酸鉄」は、どこまで確かめられているのか

森と海のつながりを説明するときによく登場するのがフルボ酸鉄です。森林の腐植土に含まれる腐植物質(フルボ酸・フミン酸)が鉄イオンと結びつくと、水に溶けた状態のまま川を下って海に届く。海藻や植物プランクトンはこれを吸収できる——という説明です。

この背景には確かな化学があります。海水中では鉄(II)が鉄(III)に酸化されて沈殿しやすく、生物が使える溶存鉄はごく少ない。だから有機物と結合した「溶けたままの鉄」の供給源が重要になる、というロジックです。

実証も行われています。北海道増毛町・舎熊海岸で2004年10月に始まった鉄鋼スラグと腐植物質を用いた施肥実験では、翌2005年6月にコンブをはじめとする大型海藻が繁茂し、施肥区と対照区の海藻湿重量の差は約230倍に達したと報告されています(東京大学・山本光夫)。

ただし「森の鉄が海を豊かにする」の定量的な寄与は検証途上

上の実験は人為的に鉄と腐植物質を施用した場合の効果を示すものであり、「自然の森林からの鉄供給が沿岸生産力の何割を説明するか」を直接示したものではありません。沿岸の生産力は水温・栄養塩・光・海流・食害など多数の要因が絡み、鉄だけで説明できるものでもありません。森と海がつながっているのは確かだが、そのメカニズムの内訳と定量的な寄与はまだ研究途上——ここは正直に区別して語るべき部分です。

森から川を通って海へ栄養が運ばれる流域のつながりを描いた俯瞰図
森・川・里・海はひとつながりの流域。上流の森の状態が河口や沿岸の生産力にまで届く

確かに効いていること:土砂と栄養塩、そして濁り

鉄の議論とは別に、森林から海への影響として比較的よく確かめられているのは次のような経路です。

  • 土砂と濁り:森林が表面侵食を抑えることで、河川を通じた濁水と土砂の流入が減る。濁りは藻場やサンゴ礁の光環境を直接悪化させる
  • 栄養塩の流出量と質:森林土壌を通った水は、窒素・リンが急激に流出しにくい。過剰な栄養塩は沿岸の富栄養化と赤潮の原因になる(→窒素・リンはどこから海へ来るのか
  • 流量の安定:河口域の塩分環境が急変しにくくなり、汽水の生きものにとって安定した環境が保たれる

逆に、上流で森が荒れて表土が流れれば、河口の干潟が埋まり、藻場に濁りがかかります。近年各地で問題になっている磯焼けも、水温上昇やウニの食害と並んで、陸からの環境変化が背景要因のひとつとして議論されています。人の手が入ることで海が豊かになるという里海の考え方も、この流域のつながりを前提としています。

制度と経済——保安林・森林環境税・そして「涵養量」の見える化

水源涵養林を守る仕組みは、実は何層にも積み重なっています。

保安林制度:伐採を制限して守る

もっとも古く強い仕組みが保安林制度です。水源かん養保安林に指定されると、立木の伐採や土地の形質変更に許可が必要になり、一定の森林状態を保つことが義務づけられます。前述の通り延べ928万haが指定されており、内訳は国有林が実面積6,921千ha(56.3%)、民有林が5,377千ha(43.7%)です。国有林が過半を担っている構図がわかります。

森林環境税:2024年度から全国民が負担している

2024年度(令和6年度)から、個人住民税均等割の枠組みを使って1人年額1,000円が国税として課税されるようになりました。これが森林環境税です。集められた税は森林環境譲与税として、私有林人工林面積・林業就業者数・人口という客観的基準で市町村と都道府県に配分されます。

使途は市町村では間伐などの「森林の整備に関する施策」と、人材育成・木材利用促進・普及啓発などの「森林の整備の促進に関する施策」。譲与自体は2019年度から先行して始まっており、林野庁によれば市町村による間伐等の森林整備は令和元年度の10倍以上となる約6.4万haまで拡大しています。

制度を確認する森林環境税及び森林環境譲与税|林野庁2024年度から1人年額1,000円が課税される国税と、市町村に配分される譲与税の仕組み・使途の公式説明。🔗 rinya.maff.go.jp

つまり、日本に住む一人ひとりが年1,000円ずつ水源の森の手入れに出資している状態です。自分が払っている税がどこの森でどう使われているかは、多くの市町村が公表しています。関心を持つ入口としてちょうどよいテーマです。

「涵養量」を数字にする動き

近年進んでいるのが、森林の水源涵養機能を定量的に評価するツールの整備です。林野庁は令和5年3月に『森林の水源涵養機能に係る解説資料』を公開し、続いて簡易的な定量評価手法の検討調査を実施。2026年3月には解説資料と計算用のスプレッドシートが公表され、水源涵養量を「森林流域が地下水へ涵養し、基底流量に寄与しうる水量」と定義したうえで、森林については涵養係数0.05〜0.5(降水量の1〜5割程度を水源に涵養すると想定)という考え方が示されています。

この見える化には実務的な狙いがあります。企業が水の使用量に見合う量を流域で涵養する「ウォーターポジティブ」の取り組みや、水源林保全への企業出資の効果を数字で示すためには、「この森林整備で年間何m³の涵養量が増えたか」を語れる必要があるからです。

解説資料(PDF)を読む森林の水源涵養機能に係る解説資料(令和5年3月)|林野庁樹冠遮断・浸透・滞留時間・洪水緩和の研究成果を1冊にまとめた最新の技術資料(PDF)。本記事の主要な出典。🔗 rinya.maff.go.jp

評価が難しい理由も率直に書かれている

林野庁の解説資料自体が、「現時点でも流域全体の評価を正確に行うことは非常に難しく、ごく限られた範囲(プロット)で降雨・流出の実験や調査・分析を行うことはできても、複数の流域を含むような山全体を対象とした広域スケールでの調査・分析を行うことには難しい面があります」と明記しています。行政資料が自ら不確かさを認めているのは誠実な姿勢であり、私たちも数字を絶対視しない読み方をしたいところです。

まとめ:森を「万能のダム」にせず、正しく評価する

水源涵養林について、この記事で確認してきたことを整理します。

  1. 水をためているのは木ではなく森林土壌。孔隙率×土壌の厚さが保水力を決め、地質しだいで21mm〜172mmと7倍以上の開きがある
  2. 雨は樹冠遮断(10〜30%)・下層植生・落葉層・土壌・岩盤を通り、平均2.1〜8.0年かけて沢水になる
  3. 洪水緩和は中小規模の出水で効く。ただし土壌が飽和すればそこまでで、ピーク流量を人為的に調節することはできない
  4. 森を増やすと蒸発散も増えるため、年間の総流出量はむしろ減る。価値は総量ではなく「配分と質の安定」にある
  5. 手入れ不足は水の力を確実に削る。天然林412mm/hに対し作業道は29mm/h、下層植生被度が9割を切ると浸透能は3分の1近くに落ちる
  6. 森・川・海はひとつながり。土砂と濁り、栄養塩の流出、流量の安定を通じて、上流の森は沿岸の生産力に届いている

「緑のダム」という言葉は、森の価値を伝える力があります。しかしその言葉が独り歩きして「森さえあれば大丈夫」になってしまうと、豪雨のリスクを見誤ることにもなりかねません。森は大きな容量を持つが、操作できない。効く範囲は広いが、無限ではない。この節度ある理解こそが、結果的に森を守ることにつながります。

今日からできること

  • 自分の家の水道水がどの川・どのダム・どの森から来ているか調べてみる(水道局のサイトにたいてい書かれています)
  • 自分の市町村が森林環境譲与税を何に使っているか確認してみる(多くの自治体が使途を公表しています)
  • 水源林の植樹・間伐体験や、流域の環境学習プログラムに参加してみる
  • 国産材や間伐材を使った製品、FM認証(森林管理の認証)のある木材製品を選ぶ
  • 川や河口を歩いて、上流の森と下流の海がどうつながっているかを自分の目で確かめる

森の中で雨音を聞いたことがあるでしょうか。葉を叩く音、幹を伝う音、落ち葉に吸い込まれていく音。あの音の一つひとつが、何年もあとに沢の水になり、川になり、海に届いていきます。水源涵養林を守るというのは、その長い時間のつながりを、次の世代に手渡すことにほかなりません。

参考文献・出典

  1. 林野庁 – 森林の水源涵養機能に係る解説資料(令和5年3月)
  2. 林野庁 – 水を育む森林のはなし(水源涵養機能の基礎解説)
  3. 日本学術会議 – 地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価について(答申・平成13年11月)
  4. 農林水産省 – 森林の多面的機能(日本学術会議答申に基づく機能別の貨幣評価額)
  5. 林野庁 – 保安林の面積(令和7年3月31日現在)
  6. 藤枝基久(森林総合研究所) – 森林と水の謎を解く ― 水源かん養機能の理解にむけて ―
  7. 阿部友幸(北海道立総合研究機構 林業試験場) – 水土保全に配慮した林業を ~浸透能のはなし~(光珠内季報 No.181、2017年2月)
  8. 森林研究・整備機構 森林総合研究所 – 遮断蒸発が下流に及ぼす影響を評価 ―森林に特徴的な現象が洪水を大きく左右する―(2023年7月5日)
  9. 山本光夫(東京大学)/笹川平和財団 海洋政策研究所 – 「海の森」再生に向けて~鉄鋼スラグと腐植物質による磯焼け回復技術~(Ocean Newsletter 第201号)
  10. 林野庁 – 森林環境税及び森林環境譲与税

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