海の資源をめぐる最大の問題のひとつは、「そもそも誰がどれだけ獲ったのか分からない」という点にあります。漁獲枠を科学的に決め、守れているかを確かめようとしても、統計に載らない漁獲が大量に存在すれば、その管理は土台から崩れてしまいます。この「見えない漁獲」の中心にあるのが、IUU漁業(Illegal, Unreported and Unregulated fishing/違法・無報告・無規制漁業)です。
FAO(国連食糧農業機関)などの推計では、IUU漁業による漁獲は年間1,100万〜2,600万トン、金額にして100億〜235億米ドルにのぼるとされます。これは世界の海面漁獲量の相当部分に匹敵する規模で、資源を減らすだけでなく、ルールを守って操業している漁業者から市場と収入を奪い、途上国の沿岸コミュニティの食料と雇用を直撃します。さらに近年は、船上での強制労働や人身取引といった人権侵害と結びついていることも国際的に指摘されるようになりました。
この記事では、IUU漁業の3つの類型を整理したうえで、世界と日本それぞれで何が起きているのかを一次情報にもとづいて確認します。そのうえで、衛星とAIによって「見えない船」を見つける監視技術と、寄港国措置協定(PSMA)やEUのカード制度、日本の水産流通適正化法といった規制がどこまで進んだのかを見ていきます。最後に、消費者と企業が売り場と調達でできることをまとめます。
この記事で学べること
- 「違法」「無報告」「無規制」という3つのUの違いと、密漁だけではないIUU漁業の広がり
- 年1,100〜2,600万トン・100〜235億ドルという被害推計の根拠と、その数字が幅を持つ理由
- 便宜置籍船・洋上転載・有害な補助金・強制労働という、IUU漁業を支えてしまう構造
- 衛星AIS、SAR(合成開口レーダー)、夜間光センサーとAIで「見えない船」を可視化する技術
- 寄港国措置協定・EUカード制度・米国SIMP・日本の水産流通適正化法という多層の包囲網
- 消費者と企業が売り場と調達でIUUリスクを下げるための具体的な確認方法
IUU漁業とは何か——「違法」「無報告」「無規制」を分けて理解する
IUU漁業は、Illegal(違法)・Unreported(無報告)・Unregulated(無規制)の3語の頭文字をとった呼び名です。日本語では「違法・無報告・無規制漁業」と訳されます。多くの人がまず思い浮かべるのは「密漁」でしょうが、IUU漁業が指す範囲はそれよりずっと広く、合法的な許可を持つ船が正しく報告しないケースや、そもそもルールが存在しない海域での操業まで含みます。この3類型を分けて理解することが、対策を考える出発点になります。
違法(Illegal)——許可なく、あるいは規則に反して獲る
許可を持たずに他国の排他的経済水域(EEZ)へ入って操業する、禁漁期・禁漁区で獲る、漁獲枠を超えて獲る、禁止された漁具を使う——こうした行為が「違法」に当たります。国内法違反だけでなく、その国が加盟する地域漁業管理機関(RFMO)の保存管理措置に反する操業も含まれます。日本の沿岸で問題になっているアワビ・ナマコの密漁も、この類型の典型です。
無報告(Unreported)——獲ったのに数字が残らない
漁獲量を報告しない、あるいは過少に報告する行為です。悪質な意図がある場合だけでなく、報告制度そのものが整備されていない、あるいは小規模漁業が統計の網から漏れているという構造的な問題も含みます。資源評価は漁獲統計を基礎データにするため、無報告漁獲が多いと「まだ余裕がある」と誤った判断につながり、結果として乱獲を招きます。資源崩壊がどのように起きるかは乱獲で水産資源はなぜ崩壊するのかで詳しく扱っています。
無規制(Unregulated)——ルールの空白地帯で獲る
無国籍船による操業、RFMOに加盟していない国の船がその管理海域で獲る行為、そして保存管理措置がまだ存在しない公海の魚種を獲る行為が該当します。必ずしも「法律を破っている」わけではないのに資源に打撃を与えうるのがこの類型の難しさで、国際的な枠組みづくりが追いついていない領域ほどリスクが高くなります。
| 類型 | 典型的な行為 | 見つけにくさの理由 |
|---|---|---|
| 違法(Illegal) | 無許可でのEEZ侵入、禁漁期の操業、漁獲枠超過、禁止漁具の使用 | 外洋・夜間・遠隔海域では現場を押さえにくい |
| 無報告(Unreported) | 漁獲量の不報告・過少報告、洋上での積み替えによる隠蔽 | 書類上は整合しており、水揚げ地の突合が必要 |
| 無規制(Unregulated) | 無国籍船の操業、RFMO非加盟国の船による操業、未管理魚種の漁獲 | 違法とは限らず、法的な取締根拠が乏しい |

ここが要点
- IUU=密漁ではない。合法の許可を持つ船が正しく報告しない「無報告」も大きな柱
- 「無規制」はルールの不在が原因なので、取締りではなく枠組みづくりが対策になる
- 3類型はしばしば同時に成立し、1つの対策だけでは塞げない
どれだけの魚が奪われているのか——世界の規模と経済損失
IUU漁業の規模としてもっとも広く引用されるのが、年間1,100万〜2,600万トン、金額で100億〜235億米ドルという推計です。これは2009年に発表された研究(Agnew et al., PLOS ONE)を基礎とし、FAOをはじめ各国政府やNGOが参照してきた数字です。日本円にすると、おおよそ1兆円台から2兆円台半ばに相当します。FAOはIUU漁業について「年間最大2,600万トン」という表現を用いており、世界の海面漁獲量の少なからぬ部分が統計の外側にあることを示しています。
なぜ推計に2倍以上の幅があるのか
1,100万トンと2,600万トンでは2倍以上の開きがあります。この幅の大きさこそが、IUU漁業という問題の本質を表しています。隠されている活動を外から推し量る以上、精度には限界があるのです。推計は各国の統計、資源評価と実際の漁獲の乖離、専門家への聞き取り、貿易統計の突合などを組み合わせて行われますが、手法が標準化されていないため、研究ごとに前提が異なります。FAO自身も、堅牢で一貫した手法が存在しないこと、そしてIUU漁業が本質的に不透明であることから、あらゆる推計はきわめて不確実だと注意を促しています。
近年はより高い金額を示す研究も出ています。国際的な水産経済の分析では、IUU漁業に起因する経済的な損失を最大で年間500億米ドル規模とする試算も報告されました。金額が膨らむのは、失われた漁獲そのものだけでなく、税収の逸失、正規漁業者の収入減、資源が回復していれば得られたはずの将来の漁獲(機会損失)まで含めて計算するためです。
| 指標 | 推計値 | 出典・年 |
|---|---|---|
| 年間のIUU漁獲量 | 1,100万〜2,600万トン | Agnew et al.(2009)/FAOが引用 |
| 年間の推定金額 | 100億〜235億米ドル | 同上 |
| 経済損失を広くとった試算 | 最大500億米ドル規模 | 近年の水産経済研究 |
| 公開追跡に現れない産業漁船 | 約75% | Paolo et al., Nature(2024) |
数字より深刻な「見えないことの害」
トン数や金額に注目が集まりがちですが、IUU漁業の本当の害は資源管理そのものを機能不全にする点にあります。漁獲枠(TAC)は「今どれだけ獲られているか」を前提に決められます。実際の漁獲が報告値を大きく上回っていれば、科学者が「持続可能」と判断した枠が、現実には過剰漁獲を追認するものになってしまう。ルールを守って漁獲を我慢した漁業者ほど損をし、守らない者が得をするという逆転が起きれば、管理制度への信頼そのものが失われます。

推計値を読むときの注意
- IUU漁業の規模推計は「幅のある概数」であり、単一の確定値は存在しない
- 2009年推計が今も広く引用されるのは、それを上回る網羅的研究が乏しいため
- 衛星データの普及で、今後は地域ごとに精度の高い推計が出てくると期待される
なぜIUU漁業はなくならないのか——4つの構造的要因
取締りを強化してもIUU漁業が根絶されないのは、それを可能にしてしまう仕組みが国際社会の側にあるからです。ここでは代表的な4つの要因を整理します。
① 便宜置籍船(FOC)——旗国が責任を果たさない
船舶は登録した国(旗国)の法律に従い、旗国がその船を監督する義務を負います。ところが、登録手数料収入を目的に緩い審査で船籍を与える国が存在し、こうした船は便宜置籍船(Flag of Convenience)と呼ばれます。監督能力の乏しい国に船籍を置けば、実質的に誰の監視も受けずに操業できてしまう。摘発されそうになると別の国へ船籍を移す「フラッグ・ホッピング」も行われ、追跡をさらに困難にします。
② 洋上転載(トランシップメント)——港に入らずに魚を移す
漁船が漁獲物を洋上で運搬船に積み替える行為を洋上転載といいます。効率的な操業手段として合法的に行われる場合も多い一方、違法に獲った魚を合法な漁獲に紛れ込ませる格好の手段にもなります。数か月間ずっと港に戻らずに操業を続けられるため、寄港時の検査という最も有効な検挙機会をすり抜けてしまう。RFMOによっては転載時のオブザーバー乗船や事前通報を義務づけていますが、公海全域をカバーできてはいません。
③ 有害な漁業補助金——採算の合わない操業を成立させる
遠洋での操業は燃料費が大きく、本来なら採算が合わない漁場も少なくありません。しかし燃料補助や漁船建造補助があると、資源が減った海域でも操業を続けられてしまいます。この構造にようやく国際的なメスが入ったのが、2025年9月15日に発効したWTO漁業補助金協定です。WTO加盟国の3分の2にあたる批准を得て発効したこの協定は、IUU漁業への補助金、乱獲状態の資源に対する補助金、無規制の公海漁業への補助金を禁止しています。WTO史上初めての環境・持続可能性に関する多国間協定であり、日本は2023年7月に批准しています。
④ 強制労働と人身取引——人権問題としてのIUU
何か月も港に戻らない遠洋漁船は、労働環境が外部から見えません。国際労働機関(ILO)や複数の国際NGOは、遠洋漁業における強制労働、賃金未払い、暴力、パスポート取り上げなどを繰り返し報告してきました。ルールを守らない船は、資源に対してだけでなく乗組員に対してもルールを守らない傾向がある——この認識が広がり、IUU対策は環境問題であると同時に人権デューデリジェンスの課題として扱われるようになりました。

見落とされがちな連鎖
- IUU漁業は麻薬・武器の密輸、密航などの越境組織犯罪と経路を共有することがある
- 被害がもっとも大きいのは監視能力の乏しい途上国の沿岸域で、住民の食料と雇用を直撃する
- 海に捨てられた漁具(ゴーストギア)も無規制な操業と結びつきやすい(→ゴーストギア問題)
日本のEEZで起きていること——密漁と大和堆
IUU漁業は遠い海の話ではありません。日本の沿岸と排他的経済水域でも、形を変えて日常的に起きています。
アワビ・ナマコの密漁と、組織犯罪との結びつき
水産庁の報告では、日本国内で毎年1,400件を超える違法漁業が検挙されています(2019年度時点の数値としてWWFジャパンなどが紹介)。とくに深刻なのがアワビ・ナマコ・シラスウナギです。いずれも単価が高く、乾燥ナマコは中華圏向けの高級食材として輸出価格が跳ね上がるため、組織的な密漁の標的になってきました。潜水器を使った夜間の大量採捕、暴力団の資金源化、密漁品を正規流通に紛れ込ませる買受業者の存在——これらが連鎖して、産地の資源と漁業者の生活を削っています。
2020年12月施行の改正漁業法——罰金3,000万円
この状況を受け、2018年に改正された漁業法が2020年12月に施行され、罰則が大幅に強化されました。アワビ・ナマコ・シラスウナギは「特定水産動植物」に指定され、許可なく採捕した場合は3年以下の懲役または3,000万円以下の罰金が科されます。3,000万円は個人に対する罰金としては日本の法体系で最高額の水準です。また、漁業権の対象となっているサザエやイセエビなどを一般の人が採った場合の罰金上限も、20万円以下から100万円以下へ引き上げられました。
| 対象 | 行為 | 罰則(2020年12月施行の改正漁業法) |
|---|---|---|
| 特定水産動植物(アワビ・ナマコ・シラスウナギ) | 許可なく採捕する | 3年以下の懲役または3,000万円以下の罰金 |
| 特定水産動植物 | 違法に採捕されたものと知りながら運搬・保管・取得する | 同上(譲受け等も処罰対象) |
| 漁業権の対象となる水産動植物(サザエ・イセエビ等) | 漁業権を侵害して採捕する | 100万円以下の罰金(改正前は20万円以下) |
注意したいのは、「食べる分だけだから」「レジャーのつもりだった」は言い訳にならないという点です。特定水産動植物の採捕禁止は数量や場所を問わず適用されます。磯遊びや潮干狩りの延長で貝を持ち帰った結果、思わぬ形で刑事事件になる例が実際に報じられています。海のレジャーに出る前に、その地域の漁業調整規則を自治体のサイトで確認する習慣が欠かせません。
日本海・大和堆の外国漁船
日本海の中央部に位置する大和堆は、水深が浅く好漁場として知られ、スルメイカやベニズワイガニの重要な漁場です。ここは日本のEEZ内にありますが、2017年ごろから北朝鮮漁船が多数押し寄せ、日本漁船の安全操業が脅かされる事態が続きました。近年は中国漁船の活動も指摘されています。水産庁の漁業取締船と海上保安庁の巡視船が退去警告や放水措置を行っており、水産庁の外国漁船取締実績によれば、退去警告の延べ隻数は年によって数十隻から数百隻規模まで大きく変動しています。

日本の食卓とIUU——輸入水産物の24〜36%問題
日本は世界有数の水産物輸入国です。そのため、国内で起きる密漁以上に大きな影響を持つのが、輸入を通じて他国のIUU漁業を支えてしまっていないかという論点です。
この点を定量的に示したのが、G. Pramod らが2017年に発表した研究です。それによると、2015年に日本が輸入した天然水産物215万トンのうち24〜36%、金額にして1,800億〜2,700億円が、違法または無報告の漁業に由来すると推定されました。輸入する天然魚のおよそ4分の1から3分の1という数字は、日本の食卓がIUU漁業と無縁ではないことを示しています。
| 品目 | IUU由来と推定された量 | 備考 |
|---|---|---|
| 中国産イカ・コウイカ | 26,950〜42,350トン | 遠洋イカ釣り漁業の管理と報告に課題 |
| 米国産スケトウダラ | 18,342〜26,901トン | 加工・再輸出の経路が複雑 |
| 中国産ウナギ | 8,162〜13,603トン | 輸入量18,138トンの45〜75%に相当 |
なぜ日本に集まりやすかったのか
背景として指摘されるのが、規制の「時間差」です。EUは2010年にIUU規則を施行して漁獲証明書のない水産物の輸入を締め出し、米国も2018年から水産物輸入監視制度(SIMP)を導入しました。欧米が入口を絞る一方で、日本にはしばらく同等の輸入規制がありませんでした。その結果、行き場を失ったIUU由来の水産物が相対的に規制の緩い市場へ流れ込みやすい構造が生まれた、というのが多くの専門家の見立てです。

この数字を読むときの留意点
- 24〜36%は2015年の輸入を対象とした推計であり、その後の制度整備の効果は反映されていない
- 「IUU由来」には悪質な密漁だけでなく、報告制度が未整備なための無報告漁獲も含まれる
- 推計は貿易統計と資源評価の突合による間接推定であり、幅を持って読む必要がある
「見えない船」を見つける技術——衛星・AIS・SAR・AI
海は広く、監視船と航空機だけでは到底カバーできません。過去10年でIUU対策を大きく変えたのが、宇宙からの監視技術です。
AIS——船が自ら発信する位置情報と、その限界
AIS(船舶自動識別装置)は、船が自船の位置・針路・速力・識別番号を電波で発信する仕組みで、本来は衝突防止のための装置です。これを衛星で受信すれば、世界中の船の動きを追跡できます。ただし決定的な弱点があります。AISは自己申告であり、しかもスイッチを切れるのです。実際、違法操業の疑いがある船が特定海域に入る前後でAISを停波する「ダークアクティビティ」や、位置情報を偽装して実際とは別の海域にいるように見せかけるスプーフィングが確認されています。加えて、AIS搭載義務は船の大きさや用途によって国ごとに異なり、小型漁船は搭載義務の外にあることが多いという構造的な穴もあります。
SAR(合成開口レーダー)——夜も雲も貫いて船体を捉える
そこで力を発揮するのがSAR(合成開口レーダー)です。マイクロ波を照射して反射を画像化する能動型センサーなので、夜間でも雲があっても地表と海面を観測できます。金属製の船体は海面より強く電波を反射するため、画像上に明るい点として現れます。船が何を発信していようと、そこに物体が存在すれば映る——これがSARの本質的な強みです。欧州宇宙機関のSentinel-1のように無償公開されているSARデータの存在が、この分野の研究を一気に加速させました。
夜間光センサー(VIIRS)——集魚灯の光で漁船を数える
イカ釣り漁船などは強力な集魚灯を使うため、夜間の地球を観測する衛星センサー(VIIRS)で洋上の光として検出できます。船が発信情報を止めていても、光は隠せません。SARと夜間光、そしてAISを組み合わせることで、「発信している船」と「発信していないが確かに存在する船」を突き合わせられるようになりました。
2024年のNature論文——産業漁船の約75%は追跡外だった
この手法の到達点を示したのが、Global Fishing Watchらの研究チームが2024年にNature誌へ発表した論文です。2017〜2021年のSAR画像を機械学習で解析し、AISデータと突き合わせた結果、世界の産業漁船のおよそ75%が公開追跡システムに現れていないことが明らかになりました。とりわけアジアとアフリカの沿岸域で「追跡外」の割合が高く、これまで海洋活動の全体像が大きく欠けたまま議論されてきたことを示す結果でした。この論文は同時に、洋上風力発電施設などの海洋構造物の広がりも初めて世界規模でマッピングしています。

| 技術 | 検出できるもの | 弱点 |
|---|---|---|
| 衛星AIS | 船名・船種・針路を含む詳細な航跡 | 停波・偽装が可能。小型船は搭載義務外のことが多い |
| SAR(合成開口レーダー) | 夜間・悪天候でも船体そのもの | 船の素性は分からない。木造船や小型船は検出しにくい |
| 夜間光(VIIRS) | 集魚灯を使う漁船の位置 | 灯火を使わない漁法には無力。雲があると観測できない |
| VMS(漁船位置管理システム) | 許可船の位置を当局が確実に把握 | 許可を受けた船しか対象にならない |
技術が変えたこと
- 「証拠がない」から「データはあるが法的権限がない」へ、ボトルネックが移動した
- 無償公開の衛星データとオープンなプラットフォームにより、NGOや研究者も監視の担い手になった
- 監視の網が可視化されること自体が、違法操業への抑止力として働く
止めるための仕組み——港・市場・補助金の三方向から
見つけただけでは止まりません。IUU漁業を実際に採算に合わなくするには、港で水揚げさせない・市場で売らせない・補助金で支えないという三方向の包囲が必要です。この10年でその枠組みは急速に整いました。
寄港国措置協定(PSMA)——港を閉ざす
FAOの寄港国措置協定(PSMA:Agreement on Port State Measures)は、2016年6月に発効した、IUU漁業を対象とする初の法的拘束力のある国際協定です。仕組みは明快で、締約国は外国漁船の入港前に情報提出を求め、IUU漁業に関与した疑いがあれば入港や水揚げ、補給、修理を拒否します。海の上で船を追いかけるより、限られた港で網をかけるほうがはるかに効率的だという発想です。参加国・地域は着実に増え、FAOは100を超える国・地域がこの協定にコミットしていると報告しています(EUは1つの締約主体として参加)。
EUのカード制度——市場アクセスを交渉材料にする
EUは2010年に施行したIUU規則にもとづき、IUU漁業への対応が不十分と判断した国に「イエローカード」(事前警告)を出し、改善が見られなければ「レッドカード」を出してその国からの水産物輸入を禁止します。世界最大級の水産物市場へのアクセスを人質にとる強力な仕組みで、実際に多くの国が法整備や監視体制の強化に踏み切りました。タイは2015年にイエローカードを受けた後、漁業法の全面改正とVMS導入などを進め、2019年1月に解除されています。
米国のSIMP——輸入時に「いつ・どこで・誰が」を求める
米国は2018年から水産物輸入監視制度(SIMP:Seafood Import Monitoring Program)を運用しています。IUUリスクや水産物偽装のリスクが高いとされる13の魚種グループを対象に、輸入業者へ漁獲・水揚げ・流通の記録の申告と保存を義務づけるものです。書類なしには通関できないため、サプライチェーンの上流に「記録を残す」圧力がかかります。
日本の水産流通適正化法——2022年12月施行
日本の対応が本格化したのが、「特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律」(水産流通適正化法)です。2022年12月1日に施行され、次の3つを柱としています。
- 国内で違法採捕のおそれが大きい魚種(特定第一種水産動植物)について、採捕・取扱事業者の届出制と、事業者間での漁獲番号等の情報伝達・取引記録の作成保存を義務づける
- 輸出時には、適法に採捕されたものであることを示す適法漁獲等証明書の添付を求める
- 輸入時に違法漁業のリスクが高い魚種(特定第二種水産動植物)について、外国政府発行の証明書の添付を輸入の要件とする
特定第一種の対象はアワビとナマコから始まり、シラスウナギは2025年12月から適用されることになっています。ウナギは稚魚(シラスウナギ)の流通経路の不透明さが長年指摘されてきた品目で、この追加は国内トレーサビリティの大きな前進といえます。ニホンウナギをめぐる資源状況についてはニホンウナギ保全の最前線もあわせて参照してください。
| 制度 | 主体 | 効き方 | 開始 |
|---|---|---|---|
| 寄港国措置協定(PSMA) | FAO/締約国 | 入港・水揚げ・補給を拒否して洋上での逃げ場をなくす | 2016年6月発効 |
| IUU規則・カード制度 | EU | 改善が不十分な国からの輸入を禁止し、法整備を促す | 2010年施行 |
| SIMP(水産物輸入監視制度) | 米国 | 対象13魚種群の輸入に漁獲記録の申告・保存を義務づける | 2018年運用開始 |
| 水産流通適正化法 | 日本 | 国内流通の届出・記録義務と、輸出入時の証明書添付 | 2022年12月施行 |
| WTO漁業補助金協定 | WTO | IUU漁業・乱獲資源・無規制公海漁業への補助金を禁止 | 2025年9月発効 |

残された課題
- 制度があっても、検査官の人数と訓練が伴わなければ実効性は上がらない
- 紙の証明書は偽造されうる。電子化と相互運用できるデータ形式が次の焦点
- 対象魚種を絞る方式は、規制外の魚種へ違法漁獲が移動する「風船効果」を生みやすい
消費者と企業にできること——売り場と調達から変える
IUU漁業は国際政治と取締りの問題であると同時に、需要があるから成り立つ市場の問題でもあります。違法に獲られた魚が高く売れる限り、リスクを冒す動機は消えません。逆に言えば、買い手の側の行動には確実に効き目があります。
認証ラベルを手がかりにする
もっとも分かりやすい手がかりが、天然水産物のMSC(海洋管理協議会)認証、養殖のASC(水産養殖管理協議会)認証です。これらの認証は資源状態や環境影響に加えて、漁獲物が認証漁業由来であることを流通の各段階で追跡できる仕組み(CoC認証)を要求します。「持続可能かどうか」以前に「どこから来たか分かるかどうか」を担保している点が、IUU対策としての価値です。詳しくはMSC海のエコラベル認証とは?で解説しています。
売り場で確かめられる3つのこと
- 原産地表示:国名だけでなく、可能なら漁獲海域や漁法まで書かれているか
- 認証マーク:MSC・ASCのラベルがあるか。加工品でもCoC認証番号が付いているか
- 不自然な安さ:資源が減っているはずの魚が突出して安い場合、流通経路を疑う手がかりになる
企業の調達に求められること
水産物を扱う企業にとって、IUUリスクはすでにコンプライアンス上の課題です。取り組みの水準は、おおむね次の順に上がっていきます。
- 調達方針を策定し、IUU由来の水産物を扱わないことを明文化して公開する
- 取扱魚種のリストを作り、漁獲海域・漁法・資源評価の状況まで遡って把握する
- リスクの高い魚種から順に、認証品やFIP(漁業改善プロジェクト)参加漁業への切り替えを進める
- サプライヤーに対して漁獲記録の提出を求め、監査で実地に確認する
- 進捗と未達を年次で公開し、外部から検証できる状態にする
国内でも大手小売や水産会社が調達方針の公開と認証品の拡大を進めており、売り場の選択肢は着実に増えています。消費者がその棚を選ぶことが、企業側の投資を正当化する最も直接的なシグナルになります。

今日からできること
- 鮮魚・缶詰を買うとき、原産地と認証マークの有無をひと目確認する習慣をつける
- 海のレジャーに行く前に、その都道府県の漁業調整規則を自治体サイトで確認する(貝1個でも密漁になりうる)
- よく使う小売店や外食チェーンの水産物調達方針をウェブで探してみる。公開していない企業には問い合わせる
- ウナギやマグロなど資源状況が厳しい魚は、産地と漁法まで説明できる店を選ぶ

この記事のまとめ
- IUU漁業は「違法」「無報告」「無規制」の3類型からなり、密漁だけを指す言葉ではない
- 推計規模は年1,100〜2,600万トン・100〜235億ドル。幅が大きいこと自体が問題の不透明さを示す
- 便宜置籍船・洋上転載・有害な補助金・強制労働という構造がIUU漁業を支えてきた
- 日本でも毎年1,400件超の違法漁業が検挙され、輸入天然水産物の24〜36%がIUU由来と推定された(2015年)
- 衛星SARとAIにより、世界の産業漁船の約75%が公開追跡システムの外にあることが判明した(2024年)
- PSMA・EUカード制度・米国SIMP・水産流通適正化法・WTO漁業補助金協定が、港・市場・資金の三方向から包囲を進めている
参考文献・出典
- FAO – Illegal, Unreported and Unregulated (IUU) fishing(IUU漁業の定義と規模の推計)
- FAO – Agreement on Port State Measures (PSMA)(寄港国措置協定の概要と締約国)
- 水産庁 – 密漁を許さない〜水産庁の密漁対策(改正漁業法の罰則と密漁の現状)
- 水産庁 – 日本海大和堆周辺水域における外国漁船への対応状況について
- 笹川平和財団 海洋政策研究所 – 水産流通適正化制度について(Ocean Newsletter 第542号)
- WWFジャパン – IUU漁業について(世界と日本の規模、輸入水産物の推計)
- Global Fishing Watch – Dark Vessels(衛星による未追跡船舶の検出プロジェクト)
- WTO – WTO Agreement on Fisheries Subsidies enters into force(2025年9月15日発効)
- PLOS ONE – Estimating the Worldwide Extent of Illegal Fishing(Agnew et al., 2009)
- IUU Fishing Risk Index – About the IUU Fishing Risk Index(152沿岸国を40指標で評価)
※ 信頼性の高い順に配列:政府機関・学術機関 > 査読済み論文 > 専門機関 > 信頼できるメディア