⚡ 30秒でわかる答え

  • マイワシの資源量は数十年周期で数十倍から数百倍も変動する「レジームシフト」に支配されている。
  • 海水温が低くアリューシャン低気圧が強い「寒冷レジーム」でマイワシが増え、逆にカタクチイワシが増える「温暖レジーム」では減る。
  • 2024年の資源量は約400万トンまで回復したが、水産研究・教育機構は獲りすぎに警鐘を鳴らしている。
448万トン
1988年の史上最高漁獲量(全国)
10万トン未満
2002年前後の最低水準の漁獲量
20〜30年
レジームシフトが起きるおおよその周期

スーパーの鮮魚コーナーでマイワシが安く並ぶ年もあれば、まったく見かけない年もある。この極端な変動は偶然ではなく、数十年に一度、海の生態系そのものが入れ替わる「レジームシフト」という現象によって引き起こされている。

日本のマイワシ漁獲量は1988年に過去最高の448万トンを記録した直後、1990年代に入ると坂道を転げ落ちるように減少し、2000年代初頭には10万トンを下回った。その後2010年代から回復に転じ、2024年には資源量が約400万トンに達している。この乱高下の背景には、海水温や大気循環の周期的な変化と、それに応答する魚たちの生存戦略の違いがある。

本記事では、マイワシとカタクチイワシが交互に優勢になる「魚種交替」のメカニズム、レジームシフトを駆動する気候システム、クジラや海鳥を含む食物網への波及、そして漁業経営や資源管理への影響を、水産庁・水産研究・教育機構の公表データをもとに解説する。あわせて、日本近海だけでなくペルー沖や北米西海岸など世界各地で見られる同様の現象にも触れ、レジームシフトが局地的な偶然ではなく地球規模の気候システムに根ざした自然のリズムであることを紹介する。

この記事で学べること

  • マイワシ資源が数十年スケールで激増・激減してきた歴史的推移
  • 「レジームシフト」という気候と海洋生態系の急激な体制転換の仕組み
  • アリューシャン低気圧・太平洋十年規模振動(PDO)と資源量の関係
  • マイワシとカタクチイワシが交替する「魚種交替」のメカニズム
  • 食物網(クジラ・海鳥・大型魚)や漁業経営への波及効果
  • 最新の資源評価(2024〜2026年)と今後の見通し

マイワシ漁獲量のジェットコースター:1988年ピークから壊滅、そして回復へ

日本周辺のマイワシ漁獲量は、1970年代から急速に増加し、1988年に過去最高の448万トンに達した。当時は「マイワシ景気」と呼ばれるほど水揚げが続いたが、そこから状況は一変する。

1970年代から2020年代までのマイワシ全国漁獲量の推移を示すグラフのイメージ
マイワシ漁獲量は数十年規模で激しく変動してきた(イメージ)
年全国マイワシ漁獲量(概数)状況
1988年約448万トン史上最高、マイワシ景気
1993年約171万トンピークの約1/3に急減
2002年前後10万トン未満資源崩壊レベルの低水準
2011年約17.6万トン回復の兆し
2016年約37.5万トン回復基調が明確に
2024年資源量約400万トン資源自体は回復も獲りすぎ懸念
マイワシ太平洋系群の資源・漁獲量の推移(水産庁公表資料をもとに作成)

わずか5年でピークの3分の1、10年余りで最盛期の数十分の一にまで落ち込む——こうした急激な変動は、乱獲や環境汚染だけでは説明がつかない規模とスピードで起きている。ここに「レジームシフト」という気候海洋学のキーワードが関わってくる。

全国各地の産地で明暗が分かれた

1980年代のマイワシ景気では、北海道から九州まで全国の主要漁港でマイワシ漁が盛んに行われ、缶詰・煮干し・養殖用飼料(フィッシュミール)向けなど幅広い用途に加工された。ところが1990年代の急減局面では、マイワシに依存度の高かった産地ほど水揚げ額の落ち込みが大きく、加工業者の廃業や漁業者の減船が相次いだ。こうした地域経済への打撃の大きさが、レジームシフトの研究を後押しする一因にもなった。

一方で、2000年代に入って資源が底を打ってからは、回復のペースも決して一様ではなかった。太平洋側と日本海側、瀬戸内海など海域ごとに異なる系群(同じ種でも産卵場所や回遊ルートが異なる集団)が存在し、それぞれで資源動向にはタイムラグや差が見られる。本記事では、公表データが最も充実している太平洋系群を中心に解説する。

「イワシがいない」体感の裏にある数字

1990年代後半から2000年代前半にかけて日本各地で「イワシが食卓から消えた」と感じた人は多いはずだ。実際、この時期の全国のマイワシ漁獲量は、ピーク時のわずか数十分の一という水準にまで落ち込んでいた。煮干し・丸干し・ごまめといった加工品の原料調達にも影響が及び、一部では輸入品への切り替えが進んだ時期でもある。逆に近年の資源回復局面では、スーパーの店頭でマイワシの刺身や丸干しを見かける機会が増えたと感じる消費者も多いのではないだろうか。こうした食卓の実感こそが、レジームシフトという大きな海洋現象の最も身近な現れ方といえる。

レジームシフトとは何か:数十年周期で入れ替わる海の「体制転換」

レジームシフトとは、海洋の物理環境(水温・海流・栄養塩の分布など)が、ある年を境に急激かつ持続的に別の状態へ切り替わる現象を指す。1980年代に当時の水産庁研究者らが世界のマイワシ漁獲量の同時変動を発見したことをきっかけに、気候の急激なジャンプと結びつけて理論化された。

「魚種交替」というもう一つの顔

レジームシフトの代表的な現れ方が「魚種交替(species alternation)」である。海洋環境が寒冷なレジームではマイワシが優勢になり、逆に温暖なレジームではカタクチイワシ(アンチョビ)が優勢になるというシーソー関係が、世界各地の海域で繰り返し観測されている。

レジームシフトのポイント

  • 変化は緩やかではなく、数年以内に急激に起きる「体制転換」である
  • 一度切り替わると、その状態が数十年単位で持続する
  • マイワシ・カタクチイワシだけでなく、サンマ・サバ・スルメイカなど多くの浮魚に影響する
  • 水産研究・教育機構(旧水産総合研究センター)を中心に長期モニタリングが続けられている

発見のきっかけは「世界同時変動」

レジームシフト理論の出発点は、日本近海だけでなく、ペルー沖、カリフォルニア沖、南アフリカ沖など、世界の主要なマイワシ漁場で漁獲量の増減がほぼ同じタイミングで起きていることが1980年代に確認されたことにある。もし原因が特定の海域だけの乱獲や汚染であれば、地理的に離れた海域で同時に変動が起きる理由を説明できない。この「世界同時性」こそが、地球規模の気候変動が背景にあることを示す重要な手がかりとなった。

以降、古文書や海底堆積物中の魚の鱗の化石記録を分析する研究によって、マイワシ資源の激しい変動は近代の漁業が始まる以前、数百年前から繰り返し起きていたことも明らかになっている。つまりレジームシフトは人間の漁業活動が生み出した現象ではなく、もともと地球の気候システムに組み込まれた自然のリズムなのである。

海洋研究者を悩ませた「予測の難しさ」

レジームシフトの概念が広く受け入れられるようになった一方で、次のシフトが「いつ」「どちらの方向に」起きるのかを事前に高い精度で予測することは、現在でも簡単ではない。過去のデータから20〜30年程度の周期性が見出されてはいるものの、周期の長さや振幅は一定ではなく、単純なカレンダー予測はできない。そのため研究者は、水温・海流・プランクトン量といった複数の環境指標を継続的にモニタリングし、レジームが転換しつつある兆候を早期に捉えようとしている。

この記事の要点となる3つの数字をまとめた図版
数字で見る:本文で扱う3つの指標

なぜ入れ替わるのか:アリューシャン低気圧・PDOと卵稚仔の生き残り

レジームシフトを駆動する主要な気候システムが、北太平洋上空の「アリューシャン低気圧」と、海面水温が数十年規模で変動する「太平洋十年規模振動(PDO:Pacific Decadal Oscillation)」である。アリューシャン低気圧が強まる寒冷期にはマイワシ資源が増加し、低気圧が弱く海が温暖な時期には減少する傾向が知られている。

海水温が変えるのは「餌」と「生き残りやすさ」

マイワシは一度に数万〜十数万個の卵を産むが、その大半は稚仔の段階で死んでしまう。生き残る割合(初期生残率)は、水温や海流によって変わる動物プランクトンの量・分布に大きく左右される。寒冷レジームでは黒潮・親潮の流路や湧昇(栄養分が豊富な深層水が海面近くに上がる現象)のパターンがマイワシの餌環境に有利に働き、逆に温暖レジームではカタクチイワシに有利な環境になると考えられている。

北米西海岸でも同じ現象

この魚種交替は日本近海だけの現象ではない。北米のカリフォルニア海流域でも、1976〜77年のレジームシフトを境にカタクチイワシ優勢からマイワシ優勢へ転換したことが報告されており、PDOの位相と資源変動の対応関係は太平洋を横断する規模で確認されている。

産卵場所そのものが変わることもある

水温環境の変化は、マイワシがどこで産卵するかという選択にも影響する。黒潮の流路が沖合に大きく蛇行する年と、沿岸寄りを流れる年とでは、卵や仔魚が輸送される先の海域が異なり、その後の生育に適した餌場にたどり着けるかどうかが変わってくる。資源評価では、こうした産卵場所の変化や輸送過程のシミュレーションも、将来の加入量(新たに資源に加わる稚魚の量)を予測するための重要な情報として使われている。

アリューシャン低気圧と黒潮・親潮の海流が交わる北太平洋の様子を示す模式的なイメージ
アリューシャン低気圧と海流の変化がマイワシの生残率を左右する(イメージ)

マイワシとカタクチイワシ、なぜシーソーのように交替するのか

マイワシとカタクチイワシは見た目こそ似ているが、餌の取り方や産卵戦略が異なる。マイワシは大型の動物プランクトンだけでなく植物プランクトンも効率よく利用できる一方、カタクチイワシはより狭い水温レンジ・餌環境を好む傾向がある。この生態的な違いが、環境レジームが切り替わったときにどちらが有利になるかを分ける一因とされている。

  • 寒冷レジーム(アリューシャン低気圧が強い):マイワシに有利、資源量が増加
  • 温暖レジーム(アリューシャン低気圧が弱い):カタクチイワシに有利、マイワシは減少
  • 両種が完全に同時にピークを迎えることは少なく、交互に優勢になる傾向がある

ただし、これは単純な一対一の置き換えではなく、サバ類やスルメイカなど他の浮魚類の資源変動とも複雑に絡み合っている。海洋生態系全体が気候レジームに応じて再編成されるイメージに近い。

「みんなが減る」時期もある

マイワシとカタクチイワシが単純にシーソーの両端になっているとは限らず、環境がどちらの種にとっても厳しい移行期には、両種とも資源量が低迷する時期があることも知られている。逆に、両種がともに増加する好適な環境条件が一時的に重なることもあり、実際の資源変動パターンは教科書的なシーソーよりも複雑である。

比較項目マイワシカタクチイワシ
主な餌動物・植物プランクトン両方を利用動物プランクトン中心、やや狭い餌選好
有利な水温環境寒冷レジーム温暖レジーム
体長・寿命の傾向比較的大型・長寿命比較的小型・短寿命
資源変動の特徴数十倍規模の激しい増減マイワシと逆位相で増減しやすい
マイワシとカタクチイワシの生態的な違い(一般的な傾向)

サバ・スルメイカを含む「浮魚類の玉突き」

マイワシ・カタクチイワシの交替に加え、マサバ・ゴマサバ、スルメイカといった他の浮魚資源も、気候レジームの転換と連動して変動することが知られている。ある魚種の資源が減少すると、その魚が利用していた餌や生息空間に余裕が生まれ、別の魚種の増加を後押しすることもある。こうした「玉突き」的な資源交替は、海洋生態系が単一の要因ではなく、複数の魚種・複数の要因が絡み合った複雑系であることを示している。

食物網への波及:クジラ・海鳥・大型魚が受ける影響

マイワシは海洋生態系のなかで「餌」としての役割が極めて大きい、いわゆるフォレージフィッシュ(餌魚)の代表格である。巨大な群れを作って泳ぐ習性も、捕食者から身を守りつつ効率よく餌を得るための戦略だと考えられている。資源量が数十分の一に減れば、それを餌にするクジラ・イルカ・海鳥・マグロやカツオといった大型捕食者の分布や繁殖成功率にも影響が及ぶ。

餌が減れば捕食者は移動する

マイワシが豊富な海域には、それを追ってクジラやカツオなどの回遊魚が集まりやすい。逆にマイワシが激減した海域では、これらの捕食者が別の餌資源を求めて分布を変えることがあり、漁業の対象魚種そのものが変化するきっかけにもなる。

海鳥の繁殖成功率とマイワシ資源量の関係も、世界各地の湧昇域で研究が進んでいるテーマの一つである。ペルー沖のグアノ鳥(カツオドリ・ウなど)は、カタクチイワシ資源の増減に応じて個体数が大きく変動することが古くから知られており、餌となる魚の資源量が海鳥の生存や繁殖に直結する典型例とされる。日本近海でも、マイワシを含む浮魚資源の増減が、海鳥や小型鯨類の分布・行動に影響を与えている可能性が指摘されている。

覚えておきたいポイント

  • マイワシは海洋食物網の「中間層」を支える重要な存在
  • 資源量の変動は捕食者(クジラ・海鳥・大型魚)の分布にも波及する
  • サンマ・スルメイカなど他の浮魚資源とも連動して変化することが多い

食卓にも及ぶ間接的な影響

マイワシ資源の変動は、私たちの食卓とも無縁ではない。マイワシ自体が煮干し・缶詰・鮮魚として消費されるだけでなく、養殖魚の飼料(フィッシュミール・フィッシュオイル)の原料としても使われており、資源量の増減は養殖業のコストにも波及する。さらに、マイワシを餌とするカツオ・マグロ・ブリなど食卓になじみの深い魚種の漁獲状況にも間接的な影響を与える可能性が指摘されている。

漁業への影響:乱高下する漁獲量と資源管理の難しさ

レジームシフトによる資源変動は、漁業経営にとって大きなリスク要因である。マイワシ漁が盛んだった漁港では、資源崩壊期に廃業や転業を迫られた漁業者も少なくない。逆に近年の資源回復局面では、水揚げの急増に加工・流通体制が追いつかないという課題も生じている。

資源が増えても「獲りすぎ」への警戒が必要

水産研究・教育機構は、資源量が増加している局面でも過剰な漁獲圧をかけ続けると、次の減少局面への移行を早めたり、減少幅を大きくしたりする恐れがあると指摘している。実際に近年、太平洋系群のマイワシについて漁獲を抑制する勧告が出された年もあり、資源評価に基づく漁獲可能量(ABC)の設定と遵守が重要視されている。

こうした勧告の背景には、資源が増加基調にある時期ほど漁業者の投資意欲が高まり、漁船・漁具の増強が進みやすいという構造的な要因もある。しかし、レジームシフトはいずれ必ず逆転する。増加局面での過大な設備投資は、次の減少局面で漁業経営の重荷になりかねない。長期的な視点に立った漁獲管理と経営判断の両輪が、持続可能な漁業には欠かせない。

漁港で大量のマイワシが水揚げされている様子のイメージ
資源変動の波は漁業経営に直接影響する(イメージ)

こうしたことから、レジームシフトを前提とした長期的な資源管理——好調な時期に獲りすぎず、不調な時期の反動を小さくする考え方——が、持続可能な漁業にとって欠かせない視点になっている。近年の海水温上昇によるサンマ・スルメイカの不漁も、資源変動の別の側面として参考になる。

漁業者と研究機関の連携が資源管理を支える

マイワシのような浮魚資源の管理では、漁業者による日々の水揚げ情報や漁場での目視情報が、研究機関の資源評価の精度を高める重要なデータ源になっている。逆に、研究機関が示す資源評価やABC(漁獲可能量)の見通しは、漁業者が漁具・出漁計画を判断する材料として使われる。こうした双方向の情報共有の仕組みが機能するかどうかが、レジームシフトの荒波を乗り越えられるかどうかを左右する。

資源が増加している局面でも、過去の教訓を踏まえた抑制的な漁獲管理が長期的な資源の持続性につながる。

― 水産研究・教育機構 資源評価関連資料より要旨

加工・流通側にも求められる柔軟性

資源の急増・急減は、漁業者だけでなく加工・流通事業者にも大きな影響を与える。資源が急減した局面では原料不足から加工ラインの縮小や輸入原料への切り替えが進み、逆に急増した局面では冷凍・加工能力を超える水揚げが発生し、価格の急落や未利用魚化を招くこともある。近年は水揚げ変動をならすための冷凍在庫の活用や、需給予測に基づく計画的な操業といった取り組みも進められている。

現在の資源状況と最新予測(2024〜2026年)

水産研究・教育機構の資源評価によれば、マイワシ太平洋系群の資源量は2024年時点で約400万トンと評価されている。かつて5万トン規模まで落ち込んでいた資源評価と比べると大きく回復した水準だが、加入量(新たに生まれて資源に加わる量)は近年減少傾向にあるとされ、ピークをすでに過ぎた可能性も指摘されている。

2026年の漁獲予測

長期漁海況予報では、2026年の太平洋いわし類の漁模様についても継続的に情報が更新されており、資源評価に基づく漁獲可能量(ABC)の議論が毎年行われている。資源が減少局面に入った場合に備え、漁獲圧を段階的に調整する管理方式が採用されている。

時期資源・漁獲の状況
2011〜2016年資源・漁獲量ともに回復基調が明確化
2020年代前半資源量が数百万トン規模まで回復
2024年評価資源量約400万トン、加入量は減少傾向との指摘
2025年水産研究・教育機構が過剰漁獲への懸念を表明
近年のマイワシ資源評価の推移(水産研究・教育機構公表資料をもとに作成)

ABC(漁獲可能量)はどう決まるのか

毎年の資源評価では、卵・稚魚の分布調査、漁業からの水揚げデータ、海洋観測データなどを組み合わせて資源量を推定し、翌年以降の漁獲可能量(ABC:Allowable Biological Catch)の試算が行われる。将来10年程度のシナリオ分析も行われ、現状の漁獲水準を続けた場合に資源が管理目標をどの程度の確率で上回れるかといった見通しが示される。こうした科学的な評価プロセスが、感覚的な「獲れるだけ獲る」漁業から、資源の持続性を意識した管理型漁業への転換を支えている。

加入量の減少傾向が示すもの

2024年の資源評価で指摘された加入量の減少傾向は、資源量そのものはまだ高い水準にあっても、次世代を担う若い個体の供給が細り始めていることを意味する。加入量の減少が一時的な変動なのか、次のレジームシフトへ向かう転換の兆しなのかは、今後数年間のデータ蓄積によって明らかになっていく。こうした「資源のピークをどう見極めるか」という問いは、マイワシに限らず多くの水産資源の管理に共通する重要な課題である。

気候変動時代のレジームシフト:将来はどうなるのか

地球温暖化が進むなかで、従来の周期的なレジームシフトのパターンがどう変化するのかは、気候変動と水産資源の関係を考えるうえで重要な研究テーマになっている。海水温の全般的な上昇や海洋熱波の頻発は、寒冷レジーム・温暖レジームという従来の枠組み自体を変質させる可能性がある。

「寒冷レジームが来なくなる」懸念

従来のレジームシフト論では、数十年おきに寒冷レジームと温暖レジームが交互に訪れることが前提とされてきた。しかし海洋全体の平均水温が底上げされていくと、これまでマイワシに有利だった「寒冷レジーム」の水温水準そのものが到来しにくくなる可能性がある。仮にそうなれば、マイワシ資源が将来的にこれまでのような高水準まで回復しにくくなる、あるいは回復期間が短くなるといったシナリオも研究者の間で議論されている。

回遊性魚種全体の分布シフトとの関係

近年は、ブリやサワラなど暖水性魚種の分布が北上する一方、サンマやスルメイカの不漁が続くなど、マイワシ以外の浮魚・回遊魚でも資源変動と分布域の変化が同時に進んでいる。レジームシフトと地球温暖化という異なる時間スケールの変化が重なり合うことで、将来の資源変動パターンの予測はより複雑になっている。

注意したい視点

  • レジームシフトは自然現象だが、乱獲が重なると資源の回復力を損なう恐れがある
  • 地球温暖化がレジームシフトの周期や振幅そのものを変える可能性が研究されている
  • 一つの魚種だけでなく、海洋生態系全体の変化として捉える視点が必要

研究が進む「予測可能性」

レジームシフトの正確な発生タイミングを事前に予測することは依然として難しいが、海洋観測衛星やブイによる水温・海流データ、機械学習を用いた資源変動モデルの発展により、次のレジームがどちらの方向に向かいつつあるかを早期に察知しようとする研究が進んでいる。こうした予測精度の向上は、漁業者が出漁計画や設備投資の判断を行ううえでも重要な情報基盤になる。

この記事のポイントを箇条書きでまとめた図版
この記事のポイント。詳しくは各章で解説している

まとめ:数十年スケールで海を見る視点を持つ

マイワシの激増・激減は、単年の豊漁・不漁ではなく、数十年スケールで海洋環境そのものが入れ替わる「レジームシフト」という大きなリズムの一部である。アリューシャン低気圧やPDOといった気候システムの変化が、マイワシとカタクチイワシの交替を通じて食物網や漁業経営にまで波及していく。

資源が今どのフェーズにあるのかを長期データで見極め、増加期にも獲りすぎない資源管理を続けることが、次の減少局面の衝撃を和らげる鍵になる。私たち消費者にとっても、旬や資源状況を意識してマイワシを選ぶことが、海の変動と付き合っていく小さな一歩になる。

マイワシという身近な魚を通してレジームシフトを知ることは、海洋環境と気候システム、そして人間社会が密接につながっていることを実感する入り口にもなる。数十年という長い時間軸で海を見る視点を持つことが、これからの水産資源とどう付き合っていくかを考えるうえで欠かせない。

世界の海に見る同じパターン:ペルー、南アフリカ、カリフォルニア

マイワシ・カタクチイワシ類の激しい資源変動は、世界各地の湧昇域——深層の栄養豊富な海水が海面近くに上がる海域——で共通して観察されている。日本近海のほか、ペルー・チリ沖のフンボルト海流域、南アフリカ・ナミビア沖のベンゲラ海流域、北米のカリフォルニア海流域が世界の四大湧昇域として知られ、いずれもマイワシ属あるいは近縁種の大規模な漁業を支えてきた。

ペルーのカタクチイワシ資源とエルニーニョ

ペルー沖のカタクチイワシ(アンチョベータ)漁業は世界最大級の単一魚種漁業として知られるが、エルニーニョ現象が発生した年には海水温が上昇して湧昇が弱まり、資源量・漁獲量が急減することが繰り返されてきた。エルニーニョは数年スケールの現象である点でレジームシフトとは時間スケールが異なるが、水温変化が浮魚資源に与える影響という点では共通のメカニズムを示す好例とされている。

四大湧昇域に共通する「シーソー現象」

南アフリカのベンゲラ海流域やカリフォルニア海流域でも、マイワシ類とカタクチイワシ類が数十年規模で交互に優勢になる現象が報告されており、これらの地理的に離れた海域間で資源変動の位相が一致する傾向があることも研究で示されている。太平洋を挟んで遠く離れた日本近海と北米西海岸で似たタイミングの変動が起きるという事実は、レジームシフトが局地的な現象ではなく、地球規模の大気・海洋循環と結びついた現象であることを裏づけている。

国際的な資源管理協力の必要性

マイワシ類・カタクチイワシ類は各国の排他的経済水域をまたいで分布・回遊することも多く、一国だけの資源管理では限界がある。国連食糧農業機関(FAO)など国際機関は、こうした共有資源について各国の資源評価データを共有し、共同でモニタリング体制を築く重要性を繰り返し指摘してきた。日本のマイワシ研究の知見が、他の湧昇域における資源管理のモデルケースとして参照されることもある。

世界の湧昇域とマイワシ類の変動

  • 日本近海(黒潮・親潮系):マイワシ・カタクチイワシの魚種交替
  • ペルー・チリ沖(フンボルト海流):カタクチイワシ資源とエルニーニョの関係が顕著
  • 南アフリカ・ナミビア沖(ベンゲラ海流):マイワシ類・カタクチイワシ類のシーソー現象
  • 北米西海岸(カリフォルニア海流):1976〜77年のレジームシフトが有名

参考文献・出典

  1. 水産庁「マアジ・マイワシ」 – 資源管理の考え方と資源動向
  2. 水産庁「海洋環境の変化と水産資源との関連」 – 水産白書における解説
  3. 水産庁「マイワシ(太平洋系群)」資源評価資料 – 漁獲量の推移グラフを含む公表資料
  4. 水産研究・教育機構「令和6(2024)年度マイワシ太平洋系群の資源評価」 – 資源量・加入量の詳細評価
  5. 水産研究・教育機構「令和7年度国際漁業資源の現況」 – 世界の漁業資源状況の概観
  6. 笹川平和財団 海洋政策研究所「資源変動と海洋生態系〜マイワシを例に〜」 – レジームシフト研究の解説
  7. AIRIES「気候変動による回遊性魚介類の資源動態・分布域の変化」 – 学術誌『地球環境』掲載論文
  8. PNAS「Climate, fishing, and fluctuations of sardine and anchovy in the California Current」 – 北米カリフォルニア海流域の魚種交替研究

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