13〜31%
世界の漁獲量に占めるIUU漁業の推計割合(研究機関推計)
最大230億ドル
IUU漁業による世界の年間経済損失の推計
2026年4月
改正水産流通適正化法の施行予定(対象魚種拡大)

スーパーの鮮魚コーナーに並ぶマグロの刺身やサバの切り身は、いつ、どこで、誰が獲ったのかを私たちはほとんど知らないまま買っています。産地表示のシールを見ても、それが本当に正しいかを確かめるすべは限られています。

この「獲ってから食卓に届くまでの経路を追跡できる仕組み」が水産物トレーサビリティです。単なる品質管理の話ではなく、違法に獲られた魚(IUU漁業)が市場に紛れ込むのを防ぎ、水産資源を守り、産地偽装から消費者を守るための社会的な仕組みとして、いま世界的に整備が進んでいます。

日本でも2022年に「水産流通適正化法」が施行され、2026年4月にはさらに対象魚種が広がります。この記事では、トレーサビリティの基本的な仕組みから、日本と世界の制度、実際に起きた産地偽装事件、デジタル技術による最新の取り組み、そして消費者が今日からできる選び方まで、一次情報にもとづいて整理します。

この記事で学べること

  • 水産物トレーサビリティとは何か、なぜ必要とされているのか
  • 日本の水産流通適正化法と漁獲証明制度の仕組み
  • IUU(違法・無報告・無規制)漁業が引き起こす資源・人権問題
  • 産地偽装が実際にどう起きているか、具体的な摘発事例
  • ブロックチェーンなどデジタル技術を使った最新の追跡の取り組み
  • 消費者がスーパーや外食で持続可能な魚を見分ける具体的な方法

水産物トレーサビリティとは何か

トレーサビリティ(traceability)とは「追跡可能性」を意味する言葉で、食品の場合は原材料の生産から加工・流通・販売までの経路を記録し、後から追跡できる状態にすることを指します。水産物では特に「誰が」「いつ」「どこで」「どんな方法で」獲った魚かという漁獲情報の記録・伝達が中核になります。牛肉のように個体識別番号を1頭ずつ管理する仕組みとは異なり、水産物は漁獲した「ロット(まとまり)」単位で情報をひも付けるのが一般的です。

トレーサビリティが必要とされる3つの理由

  • 資源保護:違法・無報告で獲られた魚(IUU漁業)が市場に流入すると、漁獲枠による資源管理そのものが機能しなくなる
  • 消費者保護:産地偽装や虚偽表示から消費者を守り、安心して選べる市場をつくる
  • 人権保護:一部のIUU漁業には強制労働や人身取引が伴うことが国際機関から指摘されており、漁獲元を追跡することは労働環境の適正化にもつながる

欧米では2010年代からEUのIUU漁業規則や米国のSIMP(水産物輸入監視プログラム)が先行して整備され、輸入水産物に漁獲証明の添付を義務付けてきました。日本はこの流れに合わせる形で国内制度を整備した経緯があり、輸出先の基準に対応できなければ日本産水産物が国際市場から締め出されるリスクもあったことが、制度整備を後押ししました。

トレーサビリティが確保する2つの方向性

トレーサビリティには「トレースバック(遡及)」と「トレースフォワード(追跡)」の2方向があります。トレースバックは、店頭にある商品から漁獲元まで遡って確認する仕組みで、産地偽装や食品事故の原因究明に使われます。トレースフォワードは、特定の漁獲物がどの流通経路をたどって、どの店舗・地域に届いたかを先回りして把握する仕組みで、問題が見つかった際の迅速な回収(リコール)に役立ちます。両方が機能して初めて、実効性のあるトレーサビリティといえます。

漁船から食卓まで水産物が流通する各段階でトレーサビリティ情報が記録される様子を示す図解

水産物ならではの難しさ

畜産物や農産物と比べて、水産物のトレーサビリティ確保には固有の難しさがあります。漁船は複数の漁場を移動しながら操業するため、1回の水揚げに複数の漁獲海域・漁獲日の魚が混在しやすく、養殖と違って生育環境を人が完全に管理しているわけでもありません。さらに、水揚げ後は鮮度が落ちる前に迅速な流通が求められるため、記録作業に時間をかけすぎると鮮度と正確性のどちらを優先するかというジレンマが生じます。こうした事情が、水産物トレーサビリティの制度設計を陸上の食品よりも複雑にしている一因です。

加えて、遠洋漁業では複数の国のEEZや公海をまたいで操業することも珍しくなく、どの国の管轄でどの規制が適用されるのかが複雑になりがちです。近海の沿岸漁業に比べて、漁獲情報の記録・伝達に関わる関係者の数も多くなるため、遠洋漁業を対象にしたトレーサビリティの確保は、制度設計の中でも特に難易度が高い分野とされています。

日本の水産流通適正化法と漁獲証明制度

日本では2022年12月に「特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律」(通称:水産流通適正化法)が施行されました。違法に採捕された水産動植物の流通を防ぐため、取扱事業者間で漁獲番号・魚種・数量・重量などの情報を伝達し、取引記録を作成・保存することを義務付ける制度です。この法律は、単に漁業者だけでなく、卸売業者・加工業者・輸出入業者まで含めたサプライチェーン全体を対象にしている点が特徴です。

対象魚種の段階的な拡大

時期対象(特定第一種水産動植物等)備考
2022年12月〜アワビ・ナマコ国内流通に漁獲番号の伝達を義務化
2025年12月〜シラスウナギウナギ資源の乱獲・密漁対策として追加
2026年4月〜国際的な資源管理が必要な魚種を拡大予定改正法施行。対象を順次拡大していく方針
水産流通適正化法における対象魚種の拡大スケジュール(水産庁公表資料をもとに作成)

制度の柱は2つあります。ひとつは国内の事業者間で漁獲番号などの情報を伝達・記録する「国内流通適正化」、もうひとつは輸出入時に適法に採捕されたことを証する書類の添付を義務付ける「輸出入適正化」です。違反した場合は漁業法改正により最大3年以下の懲役または3,000万円以下の罰金という厳しい罰則が科されます。密漁品の押収や取引停止といった行政処分も組み合わされており、経済的な抑止力を高める設計になっています。

漁業者・事業者に求められる実務

漁業者は、対象魚種を採捕した際に「漁獲番号」を発行し、出荷伝票にこの番号を記載します。番号を受け取った流通事業者は、加工・小分けなどで商品の形が変わっても番号を引き継ぎ、次の取引先に伝達しなければなりません。取引記録は一定期間の保存が義務付けられており、行政の立入検査で確認できる状態にしておく必要があります。小規模な漁業者や個人商店にとっては、紙の伝票管理から専用システムの導入まで、事務負担の増加が課題として指摘されています。

輸入事業者にはさらに追加の対応が求められます。輸出国政府が発行した「適法漁獲等証明書」など、適法に採捕されたことを示す書類の添付が必要になり、書類が整っていない貨物は税関で通関できない仕組みです。これにより、輸出国側でトレーサビリティ体制が整っていない産地からの輸入は事実上難しくなり、間接的に輸出国の制度整備を促す効果も期待されています。

制度創設までの経緯

水産流通適正化法が成立した背景には、長年にわたるアワビ・ナマコの密漁問題があります。特に高級食材として取引されるナマコは中国向け輸出需要の高まりとともに密漁が急増し、暴力団の資金源になっているとの指摘が国会でもたびたび取り上げられてきました。それまでは都道府県ごとの漁業調整規則で密漁を取り締まる仕組みが中心でしたが、県境をまたぐ広域的な密漁ルートには限界があり、国レベルでの流通規制が必要だという議論を経て、2020年に法律が成立、2022年12月に施行に至りました。

なぜアワビ・ナマコ・ウナギから始まったのか

  • アワビ・ナマコは密漁が特に多く、暴力団などの資金源になっているとの指摘が繰り返されてきた魚種
  • ニホンウナギは国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで絶滅危惧種に指定されており、稚魚(シラスウナギ)の違法採捕・密輸が資源減少の一因とされる
  • 希少性が高く単価が高い魚種ほど密漁の経済的インセンティブが大きいため、制度の効果を検証しやすい対象として先行導入された

IUU漁業とは何か、世界でどれほど深刻か

IUUとはIllegal(違法)・Unreported(無報告)・Unregulated(無規制)の頭文字で、国の許可を得ない操業、漁獲量の虚偽報告、規制の及ばない公海での無秩序な操業などを総称した言葉です。詳しい仕組みはIUU漁業とは?違法漁業が年2600万トンの魚を奪う実態と衛星監視・法規制で解説していますが、ここではトレーサビリティとの関係に絞って整理します。

規模と経済損失

研究機関の推計では、IUU漁業は世界の漁獲量の13〜31%を占め、経済損失は年間最大230億ドル(約3.4兆円、1ドル150円換算)にのぼるとされています。特にガバナンスの弱い西アフリカ沿岸などでは、漁獲量に占めるIUU漁業の割合が40%を超えるとの指摘もあります。損失は漁業者の収入減少だけでなく、正規に操業する事業者との不公正な価格競争、沿岸国の税収逸失など、多方面に及びます。

この記事の要点となる3つの数字をまとめた図版
数字で見る:本文で扱う3つの指標

トレーサビリティがIUU漁業を防ぐ仕組み

IUU漁業由来の魚は、漁獲情報の記録がない、または偽られているのが特徴です。輸入国側が「漁獲証明書」の添付を義務付け、漁獲番号を国内流通の各段階で照合できるようにすれば、出どころの不明な魚は正規の市場に入りにくくなります。EUは2010年からIUU漁業規則で漁獲証明書のない水産物の輸入を禁止しており、米国も2018年からSIMPで対象13魚種の輸入時にデータ入力を義務付けています。日本の水産流通適正化法もこの国際的な枠組みに追随する形で整備されました。

日本市場が抱える固有のリスク

日本は世界有数の水産物輸入国であり、輸入する国・地域の漁業管理体制によっては、意図せずIUU漁業由来の水産物を取り込んでしまうリスクが指摘されてきました。国際環境NGOなどからは、日本市場に流入する水産物のうち一定割合がIUUリスクの高い漁業由来である可能性が繰り返し指摘されており、水産流通適正化法による輸入管理の強化が急がれる背景になっています。

IUU漁業と人権問題のつながり

IUU漁業は資源管理の問題にとどまらず、乗組員の労働環境とも深く関わっています。国際労働機関(ILO)や人権団体は、遠洋漁船の一部で長時間労働・賃金未払い・強制労働といった深刻な人権侵害が報告されていると指摘しています。漁獲情報が不透明な船ほど、労働環境も外部から検証しにくい傾向があるため、トレーサビリティの強化は水産資源の保護だけでなく、漁船員の人権を守るセーフティネットとしての役割も期待されています。

日本近海で起きているIUU漁業

IUU漁業は遠洋だけの問題ではありません。日本近海でも、外国漁船による違法操業や、日本の排他的経済水域(EEZ)内での無許可操業が海上保安庁・水産庁によって継続的に確認されています。近年は日本海の大和堆周辺で外国漁船による違法操業が問題化し、取り締まり船による退去警告や拿捕といった対応が繰り返し行われてきました。国内のトレーサビリティ制度を強化することは、こうした違法操業由来の漁獲物が国内市場に紛れ込むリスクを減らす上でも意味を持ちます。

産地偽装は実際にどう起きているのか

トレーサビリティの欠如は、資源管理の問題だけでなく、消費者に対する直接的な欺瞞にもつながります。食品表示法は水産物に原産地表示を義務付けていますが、違反事例は継続的に報告されています。

実際の摘発事例

  • メキシコ産の本マグロを、仕入伝票に「蓄養本鮪長崎」と印字させ、あたかも長崎産であるかのように誤認させる表示をした事案(農林水産省・消費者庁の是正指示事例)
  • 中国産の冷凍メバチマグロを「台湾」産と偽って表示した事案
  • 貝類は蓄養(短期間の畜養)した場所を「産地」と表示できるルールがあり、実際の漁獲地と異なる表示になりやすい構造的な課題も指摘されている

食品表示基準に反して虚偽の原産地表示をした場合、食品表示法により2年以下の拘禁刑または200万円以下の罰金が科されます。ただし摘発は流通後に発覚するケースが大半で、トレーサビリティの仕組みが整っていれば未然に防げた、あるいはより早く発覚した可能性がある事案が少なくありません。

偽装が起きやすい構造的な要因

産地偽装は単発の悪意だけでなく、価格差・需給ギャップ・表示ルールの複雑さといった構造的な要因からも生まれます。国産と輸入品の価格差が大きい魚種ほど偽装の誘因が強くなり、複数の産地から仕入れて加工・混合する過程で表示の正確性が失われやすくなります。また、蓄養や活け締めなど流通途中で加工処理が加わる工程が多い商品ほど、どの段階の情報を「産地」として表示すべきかが曖昧になりがちです。

行政の監視体制

原産地表示の適正化は、消費者庁と農林水産省が共同で監視・指導を行っています。農林水産省の地方農政局は、スーパーや小売店を対象に定期的な巡回調査を実施し、疑わしい表示があれば事業者に説明を求めます。悪質な事案では、まず事業者名を公表せずに改善を指導する「指示」の段階を経て、改善が見られない場合や意図的な偽装が明らかな場合には事業者名を公表する「命令」に至ることもあります。ただし、こうした調査は流通量全体からすればごく一部の抜き取りにとどまるため、制度の実効性を高めるにはトレーサビリティによる自動的な照合の仕組みが補完的に必要とされています。

貝類の「産地」表示に注意

  • 生きた貝類は、育成期間が短い場所(畜養地)を原産地として表示できるルールがある
  • 「三陸産」などの表示があっても、実際の採苗・育成の大部分が別の海域という場合もある
  • 気になる場合は原材料表示や仕入れ元の情報を提供している店舗・ブランドを選ぶのが確実

外食・加工食品での見えにくさ

生鮮売り場の切り身と違い、外食のメニューや加工食品(練り物、フライ、缶詰など)では原材料の産地表示義務が限定的な場合があり、消費者が産地を確認しづらい構造があります。複数の産地の魚を混合して加工する工程が入ると、どの割合でどの産地のものが使われているかを正確に追跡すること自体が技術的に難しくなります。こうした「見えにくい経路」こそ、デジタルトレーサビリティの整備が特に効果を発揮する領域だと指摘されています。

デジタル技術が変える水産物の追跡

紙の帳票による記録・伝達には、記載ミスや改ざん、保管・検索の手間といった限界があるため、近年はデジタル技術を使ったトレーサビリティの実証が国内外で進んでいます。QRコード、RFIDタグ、クラウド型の記録システム、そしてブロックチェーンなど、複数の技術が組み合わされて使われ始めています。

ブロックチェーンを使った産地証明

宮城県石巻市の水産事業者は2020年、ホヤの産地と鮮度を証明する仕組みとしてブロックチェーン技術を用いたトレーサビリティシステムの実証実験を行いました。消費者が店頭の端末やスマートフォンから、水揚げ日や漁業者情報などのサプライチェーン記録を確認できる仕組みです。ブロックチェーンは記録の改ざんが極めて困難という特性があり、産地偽装対策との相性が良いとされています。国内外では「Ocean to Table」のように、漁業者から食卓までをブロックチェーンでつなぎ、乱獲や不透明な取引を減らそうとするプロジェクトも進められています。

スマートフォンでQRコードを読み取り水産物の漁獲地や漁業者情報を確認する消費者のイラスト

水産庁の電子化の取り組み

水産庁は「水産バリューチェーン構築の取組」として、産地市場での電子的な取引記録や、輸出向け水産物の証明書の電子化を進める優良モデル事例を公表しています。紙の証明書を郵送・ファクスでやり取りしていた従来の方式に比べ、電子化によって記録の即時共有と改ざん防止の両方が期待できるとしています。とはいえ、産地市場や小規模事業者にはデジタル機器やインターネット環境の整備が追いついていない地域もあり、全国一律の電子化にはまだ時間がかかると見られています。

技術導入のコストと課題

デジタル化の効果は大きい一方で、システム導入・運用コストが漁業者や中小の流通事業者にとって負担になりやすいという課題があります。行政による導入支援や、業界団体による共通プラットフォームの整備が、今後の普及速度を左右するとみられています。特にブロックチェーンは記録の改ざん防止に優れる反面、システム構築や維持に一定の専門知識とコストがかかるため、地域の漁協や小規模な加工業者が単独で導入するにはハードルが高いのが実情です。行政や大学、IT企業が連携して共通基盤を整備し、参加のハードルを下げる取り組みが各地で模索されています。

AI・衛星技術との組み合わせ

トレーサビリティは記録の伝達だけでなく、漁場そのものの監視技術とも組み合わされ始めています。衛星画像やAISと呼ばれる船舶自動識別装置のデータをAIで解析し、不審な操業パターン(漁業許可区域外での長時間停船など)を検知する取り組みは、IUU漁業の抑止に一定の効果を上げているとされています。詳しい衛星監視の仕組みはIUU漁業とは?違法漁業が年2600万トンの魚を奪う実態と衛星監視・法規制で紹介しています。こうした「漁場での監視」と「流通段階でのトレーサビリティ」を組み合わせることで、違法な漁獲物が市場に入り込む隙をより小さくできると期待されています。

漁場での監視技術と、流通段階での記録・証明を別々のデータベースで管理していると、せっかく違法操業を検知しても、その漁獲物が実際にどの流通ルートに乗ったかを追跡できないという課題が残ります。将来的には、衛星監視データと漁獲証明制度のデータベースを連携させ、疑わしい漁船の漁獲物を自動的にフラグ付けするような仕組みが実現すれば、監視から流通規制までを一気通貫でつなぐことができると期待されています。

世界のエコラベル制度と日本の普及状況

トレーサビリティの記録そのものに加え、「持続可能な方法で獲られた魚かどうか」を消費者が一目で判断できるようにするのが水産エコラベルです。代表的なのがMSC(天然水産物)とASC(養殖水産物)の認証制度で、詳しくはMSC海のエコラベル認証とは?持続可能な水産物をスーパーで見分ける方法ASC認証の養殖魚とは|サーモン・カキ・ブリの選び方と基準を中立解説で解説しています。

認証取得までのプロセス

MSC・ASCともに、漁業・養殖場そのものが「資源管理」「環境影響」「トレーサビリティ」などの基準で審査を受ける一次認証(漁業認証・養殖認証)と、加工・流通事業者が認証水産物を非認証品と混ざらないように管理する二次認証(CoC認証=Chain of Custody認証)の2段階で構成されています。店頭でMSC・ASCのラベルを見かける商品は、この両方の認証を経て初めてラベルを表示できる仕組みです。審査は第三者機関が行い、定期的な更新審査も必要になるため、認証の信頼性を担保する構造になっています。

CoC認証の要件そのものが、ロットごとの入荷・出荷記録を作成し、認証水産物と非認証水産物を保管・加工の各段階で分別管理することを求めているため、MSC・ASCラベルの付いた商品は、それ自体がトレーサビリティの実践例といえます。裏を返せば、認証取得のハードルには漁業・養殖場の資源管理能力だけでなく、事業者側の記録・管理体制の整備も含まれており、これが中小事業者にとって認証取得のハードルの一つになっています。

日本での普及状況

認証日本国内の状況
MSC(天然水産物)CoC認証(流通・加工段階の認証)取得事業者数が2025年10月に400を突破。中国・米国に次ぐ世界3位の水準
ASC(養殖水産物)2023年時点でCoC認証取得企業数187社(前年比10%増)、国産ASC認証製品576品目(同10%増)
MSC・ASC認証の日本国内における普及状況(MSCジャパン・関連報道をもとに作成)

認証取得数は着実に増えているものの、欧州と比べると日本のスーパーでエコラベル付き商品を見かける頻度はまだ限定的です。認証取得・維持にはコストがかかるため、価格に転嫁されやすく、消費者の認知度もまだ発展途上という課題が指摘されています。近年はマグロ・カツオ類を扱う事業者による認証取得が増加しており、輸出を視野に入れた大手水産会社を中心に取り組みが広がっています。

認証マーク以外の信頼できる目印

MSC・ASCのような国際認証以外にも、国内の水産会社が独自に持続可能な調達方針を公表し、取り扱う魚種と調達先を開示するケースが増えています。たとえば大手水産会社が数百の魚種を対象に持続可能性を継続的に調査し、目標年限を定めて改善を進める取り組みや、大手小売がプライベートブランドでMSC・ASC認証品の取り扱いを拡大する動きもあります。認証マークがない商品でも、企業のウェブサイトで調達方針や取引先漁業の情報を公開している場合は、判断材料の一つになります。

消費者が今日からできる選び方

制度や技術の整備を待つだけでなく、消費者一人ひとりの選び方も市場を変える力になります。認証やトレーサビリティに対応した商品が選ばれるほど、事業者側にも取り組みを続けるインセンティブが生まれます。

  1. パッケージにMSC・ASCなどの認証マークがあるか確認する
  2. 生鮮売り場では原産地表示・漁法表示(定置網、まき網など)を見る習慣をつける
  3. 仕入れ元や漁業者の情報を積極的に開示している鮮魚店・飲食店を選ぶ
  4. 極端に安い輸入水産物は、正規の漁獲証明を経ているか気にする視点を持つ
  5. 季節や産地が偏りすぎない「旬」の魚を選び、特定資源への漁獲圧力を分散させる
この記事のポイントを箇条書きでまとめた図版
この記事のポイント。詳しくは各章で解説している

外食・給食の現場での取り組み

消費者が個人でできる選択に加えて、外食チェーンや学校給食での調達方針も市場全体に影響します。航空会社の機内食や大手外食チェーンがMSC・ASC認証水産物の採用を進める動きは、消費者が直接選ぶ機会の少ない場面でも持続可能な調達を広げる手段として注目されています。

未利用魚・国産品への視点も忘れずに

持続可能な水産物を選ぶというと輸入品の認証マークに注目しがちですが、規格外で市場に出回りにくい「未利用魚」を積極的に消費することも、資源の無駄を減らす有効な選択肢です。獲れた魚を余さず活用する取り組みは、輸送距離が短い国産・地場の魚を選ぶことにもつながり、結果的に流通経路がシンプルになるためトレーサビリティも確保しやすくなります。給食での活用やふるさと納税の返礼品といった形で、未利用魚を積極的に取り入れる自治体・事業者の事例も各地で増えています。

産直・直売所という選択肢

漁港に併設された産地直売所や、漁業者が直接運営するオンラインショップで魚を買うことも、トレーサビリティの観点では有効な選択肢です。中間流通の段階が少ないほど、産地や漁法、水揚げ日といった情報が漁業者から直接伝わりやすく、偽装のリスクそのものが構造的に小さくなります。旅行や帰省の際に産地直売所に立ち寄る、地域の漁協が運営する通販サイトを利用するといった行動も、生産者の顔が見える水産物を選ぶ一つの方法です。

近年はふるさと納税の返礼品として、漁業者名や水揚げ港を明記した水産物を提供する自治体も増えており、こうした返礼品を選ぶことも、間接的に生産者の顔が見える消費行動の一つといえます。地域の漁業を応援しながら、トレーサビリティが確保された魚を楽しめる選択肢として、あわせて知っておくとよいでしょう。

買い物の前にできる3つの確認

  • 認証マーク(MSC・ASC)の有無をチェックする
  • 原産地・漁法の表示を読む習慣をつける
  • 気になる商品は店舗スタッフに仕入れ元を尋ねてみる

諸外国のトレーサビリティ制度と日本の位置づけ

水産物トレーサビリティの制度設計は国・地域によって対象範囲や厳格さが異なります。日本の水産流通適正化法がどのような位置づけにあるかを理解するために、主要な輸入国・地域の制度を比較してみます。

EU・米国・日本の制度比較

国・地域制度名対象範囲の特徴
EUIUU漁業規則(2010年〜)輸入される水産物のほぼ全てに漁獲証明書の添付を義務付け。証明書のない水産物は輸入禁止
米国SIMP(水産物輸入監視プログラム、2018年〜)IUUリスクが高いとされる対象13魚種について、輸入時にデータ入力と一定期間の記録保存を義務付け
日本水産流通適正化法(2022年〜)当初はアワビ・ナマコなど国内で密漁が問題化した魚種から開始し、段階的に対象を拡大する方式
主要な輸入国・地域における水産物トレーサビリティ制度の比較(各国公表資料をもとに作成)

EUとアメリカは「輸入される水産物全般、または広い対象魚種」を最初から制度の対象に据えたのに対し、日本は密漁や資源枯渇のリスクが特に高い魚種から段階的に対象を広げる方式を採っています。この違いは、日本が水産物の一大消費国でありながら輸入依存度も高く、急激な制度導入が国内外の事業者に与える影響を慎重に見極めながら進めてきた結果ともいえます。

日本の輸出にも影響する国際基準

トレーサビリティ制度は輸入規制としてだけでなく、日本の水産物を輸出する際にも影響します。EUや米国向けに水産物を輸出する事業者は、相手国の基準に沿った漁獲証明書の提出を求められるため、国内でのトレーサビリティ体制の整備は、輸出拡大を目指す日本の水産業にとっても避けて通れない課題になっています。

アジア諸国の動き

韓国・タイ・インドネシアなど、日本と水産物の輸出入で結びつきの強いアジア諸国でも、EUや米国の規制強化を受けて自国のトレーサビリティ制度を整備する動きが広がっています。特に東南アジアは世界有数の水産物輸出地域である一方、遠洋漁業における労働環境や漁獲報告の不透明さが国際的に指摘されてきた経緯があり、制度整備は輸出先市場からの要求に応える形で進んできました。日本にとっても、輸入相手国の制度整備状況は、国内に入ってくる水産物の透明性に直結する重要な要素です。

たとえばタイは、2015年にEUからIUU漁業対策の不備を理由に「イエローカード」(警告)を受けたことをきっかけに、漁船の登録制度強化や労働環境の監督体制の整備を急速に進め、後にカードが解除された経緯があります。こうした事例は、輸入国側の制度が輸出国の漁業ガバナンス改善を後押しする効果を持つことを示しており、日本の水産流通適正化法が今後、輸入相手国の制度整備にどのような影響を与えるかも注目されています。

日本・EU・米国の水産物トレーサビリティ制度を比較する世界地図のイラスト

制度が抱える課題と今後の展望

水産流通適正化法は対象魚種がまだアワビ・ナマコ・シラスウナギなど一部に限られており、日本で流通する水産物全体をカバーするには至っていません。2026年4月の改正法施行で対象は広がりますが、諸外国が広範囲の魚種を対象とするのに比べると段階的な拡大にとどまっています。

今後の論点

  • 対象魚種のさらなる拡大と、中小規模の漁業者・流通事業者への実務負担の軽減の両立
  • デジタル記録の標準化(事業者ごとにシステムが異なると照合の負担が増える)
  • 消費者への情報開示(QRコードなどで一般消費者が漁獲情報に直接アクセスできる仕組みの拡充)
  • 国際的な漁獲証明制度との相互認証(輸出入手続きの重複を減らす)

国際的な連携の重要性

IUU漁業は国境を越えて行われるため、一国だけの制度整備では限界があります。EU・米国・日本など主要な水産物輸入国が漁獲証明の基準をそろえ、情報を相互に照合できるようにすることで、抜け道を減らせると期待されています。国際機関や環境NGOも、各国の制度の実効性を検証し、改善を促す役割を担っています。

小規模漁業者への配慮という視点

制度強化の議論では、密漁や不正表示を防ぐ厳格さと、正規に操業する小規模漁業者の負担軽減とのバランスも重要な論点です。零細な沿岸漁業者にまで大企業と同水準のデジタル記録を求めると、廃業や後継者不足に拍車をかけかねないという懸念もあります。行政による記帳支援や、複数の漁業者が共同で使える簡易な記録システムの提供など、規模に応じた制度運用が今後の課題として議論されています。

日本の漁業就業者は高齢化と減少が続いており、新しい制度への対応力には地域差・世代差があります。トレーサビリティの実効性を高めるためには、罰則による抑止だけでなく、現場の漁業者が無理なく制度に参加できる仕組みづくりが欠かせません。将来的には、スマートフォンで簡単に入力できるアプリや、漁協が代行して記録をまとめる仕組みなど、現場の負担を減らす工夫がさらに広がることが期待されています。

トレーサビリティは一度制度を作れば終わりではなく、事業者・行政・消費者それぞれが情報を確認し、活用し続けることで機能する仕組みです。制度・技術・消費者の意識という3つの歯車がかみ合って初めて、違法な漁獲物や偽装表示が入り込む余地は小さくなっていきます。次に魚を選ぶとき、パッケージの表示に少し目を止めてみることが、持続可能な水産業を支える小さな一歩になります。

参考文献・出典

  1. 水産庁「特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律」 – 制度の概要・対象魚種・罰則
  2. 衆議院「漁業法及び特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律の一部を改正する法律」 – 2026年4月施行の改正法条文
  3. WWFジャパン「IUU漁業について」 – IUU漁業の定義と国際的な問題
  4. 水産庁「EUのIUU漁業規則について」 – EUの漁獲証明制度と日本への影響
  5. 消費者庁「原料原産地表示の監視について」 – 原産地表示に関する監視制度資料
  6. 水産庁「水産バリューチェーン構築の取組―優良モデル集」 – 電子化・トレーサビリティの国内優良事例
  7. MSCジャパン プレスリリース「MSC CoC認証取得事業者数が国内400突破」 – 日本国内のMSC認証普及状況
  8. Marine Stewardship Council「IUU漁業と破壊的な漁業」 – IUU漁業の国際的な位置づけ

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