0.02〜0.27
捕食率(1時間・1匹あたり):アマモ場内vs裸地でのマダイ稚魚実験
250ha
岡山県日生のアマモ場再生面積(2015年・1985年の12haから回復)
約20%
アマモ場が支える水産物水揚げ額の目安(ゆりかご機能の経済価値換算)

波の穏やかな内湾の砂泥地に広がる、アマモの緑の草原。潜って中を覗くと、マダイやヒラメ、ガザミの子どもたちが茎の間を泳ぎ回っている。アマモ場は「海のゆりかご」と呼ばれ、多くの水産資源にとって人生最初の数か月を過ごす保育園のような場所になっている。

なぜ稚魚はわざわざアマモの茂みを選ぶのか。答えは単純な「隠れられるから」だけではない。茎の間には稚魚の餌となる小型甲殻類や付着生物が豊富に暮らし、水の流れも和らぐため、成長に使えるエネルギーそのものが増える。つまりアマモ場は、外敵から身を守りながら効率よく育つための条件が同時にそろった場所なのだ。

一方で、高度成長期の埋め立てや水質悪化により、瀬戸内海だけでも過去30年でおよそ7割のアマモ場が姿を消した。稚魚の育つ場所を失った沿岸では、放流事業だけでは漁獲量の回復が難しいことも分かってきている。この記事では、捕食実験のデータや岡山県日生の再生事例をもとに、アマモ場が果たすゆりかご機能の中身と、それが漁業にどうつながっているのかを見ていく。

この記事で学べること

  • アマモ場が「隠れ場」と「餌場」の両方を兼ねる理由
  • 捕食実験が示す、稚魚の生存率を分ける具体的な数字
  • 全国的なアマモ場の減少と、瀬戸内海での消失の実態
  • 岡山県日生のアマモ場再生が漁獲にもたらした変化
  • アマモ場の経済価値を漁業の視点から考える方法
  • ブルーカーボンなど新しい価値づけが再生を後押しする動き

アマモ場とは何か——内湾の砂泥地に広がる海草の草原

アマモ(Zostera marina)は海藻ではなく、陸上の植物と同じように根・茎・葉を持ち花を咲かせる「海草(うみくさ)」の一種である。波の穏やかな内湾・内海の水深数メートルの砂泥地に群生し、群落全体を指して「アマモ場」と呼ぶ。

藻場の中でも「海草藻場」に分類される

水産庁の整理では、コンブやワカメなど海藻でできた「海藻藻場」と、アマモなど種子植物でできた「海草藻場」を合わせて「藻場」と呼ぶ。アマモ場はこの海草藻場の代表格で、日本各地の内湾・干潟の縁に広く分布してきた。

藻場が担う4つの機能

  • 産卵場:卵を付着させる基質になる
  • 保育場:稚魚・幼生が外敵を避けて育つ
  • 水質浄化:栄養塩を吸収し酸素を供給する
  • 餌場:付着生物や小型甲殻類が豊富に集まる
アマモの群落と根の構造の断面図
アマモは根を砂泥に張る海草で、群落全体がアマモ場と呼ばれる

稚魚はなぜアマモ場を選ぶのか——「隠れ場」と「餌場」の二重の効果

アマモ場が稚魚に選ばれる理由は、大きく分けて2つある。ひとつは茎や葉が作る複雑な構造が、外敵から見つかりにくい隠れ場になること。もうひとつは、その構造の中に稚魚の餌となる小型の甲殻類や付着生物が豊富に暮らしていることだ。

捕食実験が示す生存率の差

この隠れ場としての効果は、実験でも定量的に確かめられている。2007年に学術誌Fisheries Scienceに発表された研究では、マダイ(Pagrus major)の稚魚をアマモの茂みがある水槽と何もない水槽に分けて置き、捕食者となるスズキ属の魚(Lateolabrax属)と一緒に6時間観察した。

条件捕食率(1時間・捕食者1匹あたり)
アマモがある水槽0.02尾
何もない水槽0.27尾
アマモの有無で捕食率は10倍以上変化した(Fisheries Science, 2007年の実験結果より作成)

アマモがある水槽では捕食率が明確に下がり、研究チームは「生息場の複雑さが視覚的・物理的な隠れ場として機能し、捕食者に対する稚魚の脆弱性を下げている」と結論づけている。同様の傾向は、マングローブ域でのテザリング実験など他の生息場比較研究でも報告されている一方、種によっては差が出にくいケースもあり、効果の大きさは魚種や環境条件によって変動する。

餌となる小型生物の宝庫

アマモの葉の表面には付着藻類や小型甲殻類が付き、根元の砂の中にも多毛類や貝類が生息する。環境省の解説でも、藻場は「水中の有機物を分解し、稚仔魚の餌となる小型生物が豊富に生息する場」と位置づけられており、隠れながら同時に食事もとれるという二重の利点が、稚魚の成長速度を押し上げる。

この記事の要点となる3つの数字をまとめた図版
数字で見る:本文で扱う3つの指標

アマモ場を利用する主な水産生物

アマモ場を稚魚期の生育場として利用する種は多岐にわたる。日本の内湾で特によく確認される代表的な種を挙げる。

  • マダイ・クロダイ:稚魚期にアマモ場に滞在し、成長すると沖合へ移動する
  • マコガレイ:砂地からアマモの縁にかけてを餌場とする
  • メバル・スズキ:藻場の縁を隠れ場としながら小型甲殻類を捕食する
  • ガザミ(ワタリガニ):脱皮直後の柔らかい個体がアマモの茂みで身を守る
  • クルマエビ:夜間はアマモ場の底質に潜り、昼はアマモの陰で休む

海外の研究でも同様の傾向が確認されている。米国海洋大気庁(NOAA)は、太平洋岸のアマモ場(Zostera marina)がサケ科魚類の幼魚やロックフィッシュ、ダンジネスクラブなど商業的に重要な種の生育場になっていると報告しており、アマモ場の保全を漁業資源管理の一環として位置づけている。

アマモ場を利用する複数の水産生物のイラスト
アマモ場は多様な水産生物の稚魚期を支える共通の生育場になっている

全国で進むアマモ場の減少——瀬戸内海では7割が消えた

稚魚の生育場として重要な役割を持つ一方、アマモ場は高度経済成長期以降、全国的に大きく減少してきた。水産庁の調査資料によれば、埋め立てや水質悪化、透明度の低下などにより、1970年代後半から1990年代後半にかけて藻場面積は大きく減少し、消滅した藻場のうち海草藻場は約2,077haにのぼるとされる。

瀬戸内海は特に深刻

環境省の資料では、瀬戸内海においては過去30年間でおよそ7割のアマモ場が失われたとされている。埋め立てによる直接的な消失に加え、赤潮の頻発による水質・透明度の悪化が、アマモの生育に必要な光量を奪ったことが主な原因とされる。

アマモ場減少の主な要因

  • 沿岸の埋め立て・護岸工事による直接的な消失
  • 生活排水・工場排水による富栄養化と透明度の低下
  • 赤潮の頻発による光量不足
  • 気候変動に伴う水温上昇や台風の強大化

稚魚の生育場が失われると、放流事業だけで漁獲量を回復させることは難しい。稚魚を放流しても、隠れ場と餌場がなければ成長する前に捕食されてしまうためだ。この構造に気づいた漁業者が、日本各地でアマモ場そのものを再生する取り組みを始めている。

岡山県日生の挑戦——1985年の12haから250haへ

アマモ場再生の先駆けとして知られるのが、岡山県備前市日生(ひなせ)町のつぼ網漁業者たちの取り組みだ。1940年代には約590haあった日生周辺のアマモ場は、埋め立てなどにより1985年にはわずか12haまで激減していた。

アマモ場面積
1940年代約590ha
1985年約12ha
2007年約80ha
2011年約200ha
2015年約250ha
日生周辺のアマモ場面積の推移(EICネット・ブルーカーボン.jp掲載資料をもとに作成)

種から育てる根気のいる作業

日生の漁業者は1985年から、アマモの種を採取して撒く「種まき」を毎年続けてきた。稚魚の放流を試みても漁獲量が戻らなかった経験から、放流魚が育つ場そのものを取り戻す必要があると考えたためだ。以来25年余りで撒いた種はおよそ7千万粒にのぼるとされる。

漁獲にも表れた変化

アマモ場の回復に呼応するように、日生ではつぼ網によるエビ類・魚類の漁獲が増え始め、一時姿を消していたモエビやヒイラギが再び見られるようになったと報告されている。地域全体の統計として厳密に切り分けるのは難しいが、地元の漁業者の実感として「アマモ場が戻れば獲れる魚が変わる」という手応えが、再生活動を30年以上支え続けている。

この記事のポイントを箇条書きでまとめた図版
この記事のポイント。詳しくは各章で解説している

アマモ場の経済価値を漁業の視点から見る

アマモ場のゆりかご機能は、経済的にも評価が進んでいる。海草生態系の経済価値研究で知られるUnsworthらの2014年の分析では、アマモ場などの海草藻場が「生育場・保育場」として持つ価値は、それが支える漁業の純水揚げ額のおよそ20%に相当すると試算されている。

「アマモ場のある海」と「ない海」の差

オーストラリアで行われた比較研究では、アマモ場のある海域は植生のない海底に比べて年間約55,000尾多くの魚を支え、追加的な魚類バイオマスは約4,000kg、金額換算では年間およそ2万豪ドル(1ha・1年あたり)の価値増加になると報告されている。植生の有無という一見単純な違いが、漁業資源の量を大きく左右することを示す数字だ。

覚えておきたい数字

  • 海草藻場の生育場価値 ≒ 支える漁業の純水揚げ額の約20%(Unsworth et al., 2014)
  • アマモ場1haで年間約55,000尾分の魚類が上乗せされる(豪州の比較研究)
  • 瀬戸内海のアマモ場は過去30年で約7割減少
アマモ場のある海域とない海域を対比するイラスト
植生の有無で、支えられる稚魚の量に大きな差が生まれる

ブルーカーボンという新しい追い風

近年はアマモ場の価値づけに、漁業とは別の切り口も加わっている。海草藻場やマングローブ林が大気中のCO2を吸収・貯留する「ブルーカーボン」生態系として注目され、その保全・再生量をクレジット化する「Jブルークレジット」制度が2020年度からジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)によって運用されている。

愛媛県宇和島市など複数の自治体・漁業協同組合が、アマモ場再生プロジェクトでJブルークレジット認証を取得し、企業への売却益を再生活動の資金に充てる動きが広がっている。漁業資源としての価値に加え、CO2吸収源としての価値も評価されることで、稚魚のゆりかごを守る活動そのものが経済的に持続しやすくなりつつある。

水産庁も保全・維持体制の検討を後押し

水産庁が2024年3月にまとめた調査報告書でも、ブルーカーボンクレジットを活用した藻場の持続的な維持・保全体制のあり方が検討されており、漁業者による地道な保全活動を制度的に支える枠組みづくりが進んでいる。

アマモ場を守り、育てるためにできること

アマモ場の再生は一度種を撒けば終わるものではなく、水質の維持や食害生物の管理を含めた継続的な手入れが必要になる。日生の事例が示すように、成果が目に見えるまでに数十年単位の時間がかかることも珍しくない。

アマモ場を身近に感じるためにできること

  • 海辺の自治体や漁協が行うアマモの種まき体験・観察会に参加してみる
  • 干潟や浅場を訪れる際は、アマモの群落を踏み荒らさないよう注意する
  • 地元で獲れる魚介類(地魚)を選ぶことで、沿岸漁業と藻場保全を間接的に支える
  • 自治体のJブルークレジット・藻場保全の取り組み状況を調べてみる

海草藻場の生物多様性については関連記事「海のゆりかご・アマモ場の生物多様性」でも詳しく解説している。また、磯焼け対策や造成技術の詳細は「魚のゆりかご・藻場の再生」を、里海という考え方全体については「里海とは何か」を参照してほしい。

まとめ

  • アマモ場は隠れ場と餌場を兼ね、稚魚の捕食リスクを大きく下げる
  • 捕食実験ではアマモの有無で捕食率が10倍以上変化した例が報告されている
  • 瀬戸内海では過去30年でアマモ場の約7割が失われた
  • 岡山県日生では30年以上の種まきで12haから250haへ回復し、漁獲にも変化が見られた
  • アマモ場の生育場価値は漁業水揚げ額の約20%相当と試算され、ブルーカーボンという新しい価値も加わりつつある

参考文献・出典

  1. 水産庁 – 藻場の働きと現状
  2. 水産庁 – 藻場の種類
  3. 環境省 せとうちネット – アマモ場とは
  4. 環境省 – 里海を蘇らせるには、稚魚のゆりかご「アマモ」場の再生から
  5. Springer Nature Link (Fisheries Science, 2007) – Seagrass habitat reduces vulnerability of red sea bream Pagrus major juveniles to piscivorous fish predator
  6. NOAA Fisheries – Seagrass on the West Coast
  7. EICネット – アマモ場の再生(岡山県備前市日生町)事例集
  8. ブルーカーボン.jp – 岡山県備前市日生町:アマモ場を再生
  9. 水産庁 – ブルーカーボンクレジットを活用した持続的な藻場の維持・保全体制検討調査報告書(令和5年度)
  10. 環境省 – 我が国におけるブルーカーボン取組事例集

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