海で数年間働き続けた漁網は、やがて寿命を迎えます。その行き先は大きく2つ。産業廃棄物として陸で処分されるか、荒天や事故で海に取り残されて「幽霊漁具(ゴーストギア)」になるかです。FAO(国連食糧農業機関)とUNEP(国連環境計画)は、毎年約64万トンもの漁具が海に流出・遺棄されていると推計しており、これは海洋プラスチックごみの約10%に相当するとされています。
一方で近年、この「厄介者」だった廃漁網を資源として見直す動きが世界中で加速しています。漁網の主素材であるナイロンは、実は化学的に分解して新品同等の原料に戻せる、リサイクル適性の高いプラスチック。回収された網は、服や帽子、自動車部品、文具にまで生まれ変わり始めています。
この記事では、廃漁網が海のごみになってしまう構造的な理由をデータで確認したうえで、回収から再生までの循環の仕組みを分解し、日本と世界でこの循環を回している企業・団体の最前線を紹介します。「捨てる」から「回す」へ——漁網の一生をたどってみましょう。
この記事で学べること
- 使い終えた漁網が海洋プラごみ・幽霊漁具になる理由と、流出量の最新データ
- ナイロン・ポリエチレンなど漁網の素材と、素材ごとに違う再生ルート
- 回収→分別→洗浄→再生→製品化という循環の5ステップと費用負担の課題
- リファインバース・amu・日東製網など日本の担い手の最前線
- ECONYL・NetPlus・GGGIなど世界の取り組みと、私たちにできる応援の仕方
廃漁網とは何か——海で働き終えた網が「ごみ」になるまで
廃漁網とは、寿命や損傷、漁の対象変更などで使われなくなった漁網のことです。漁網は消耗品であり、修理を重ねながら使っても数年から十数年で交換時期を迎えます。日本のような漁業国では、定置網・刺網・まき網・トロール網など多様な網が使われており、その更新のたびにまとまった量の廃網が発生します。北海道から沖縄まで、全国におよそ2,800もの漁港がある日本では、廃漁網は特定の地域だけの問題ではなく、海に面したあらゆる地域の共通課題です。
漁網の一生——修理しながら使い、最後は大量廃棄
漁網は海中で紫外線・塩分・摩擦にさらされ続けるため、少しずつ強度が落ちていきます。漁師は破れた箇所を繕いながら大切に使いますが、網全体が劣化すれば安全と漁獲効率のために交換せざるを得ません。大型の定置網ともなれば、一統(ひとそろい)で数トン規模。交換のたびに、トラック何台分もの「使い終えた網」が港に積み上がることになります。
問題は、この網の行き先です。廃漁網は事業活動から出るごみなので、家庭ごみではなく産業廃棄物として処理する必要があり、その費用は原則として漁業者の負担になります。処理費を払って引き取ってもらうまでの間、港の片隅に網が山積みのまま置かれている光景は、全国の漁港で珍しくありません。
漁網の素材を知る——ナイロン、ポリエチレン、ポリプロピレン
漁網はすべて同じ素材ではありません。用途に応じて複数の合成繊維が使い分けられており、素材の違いがそのままリサイクルのしやすさの違いにつながります。代表的な素材を整理すると次のとおりです。
| 素材 | 主な用途 | 特徴 | リサイクル適性 |
|---|---|---|---|
| ナイロン(ポリアミド6) | 刺網・定置網・養殖網 | 強くしなやかで透明性が高い | 高い(化学的に原料へ戻せる) |
| ポリエチレン(PE) | トロール網・ロープ | 軽くて水に浮き、摩耗に強い | 中程度(ペレット化して再利用) |
| ポリプロピレン(PP) | ロープ・網の縁部分 | 軽量・安価で浮力がある | 中程度(ペレット化して再利用) |
| ポリエステル(PET) | 一部の網・ロープ | 伸びにくく耐候性が高い | 中程度(繊維等へ再生) |
特にナイロン6は、後述するように化学的な処理で新品同等の原料(カプロラクタム)に戻せるため、廃漁網リサイクルの主役になっています。一方、実際の漁網は複数素材の組み合わせや金属製の重り・浮きが付いた状態で廃棄されるため、「素材ごとに分ける」手間がリサイクルの最初の関門になります。
なぜ今、廃漁網が注目されるのか
廃漁網は昔から発生していましたが、近年になって急速に注目が高まった背景には3つの流れがあります。第一に、SDGs(持続可能な開発目標)の目標14「海の豊かさを守ろう」で海洋プラスチック対策が世界共通の課題として掲げられたこと。第二に、2019年のG20大阪サミットで「2050年までに海洋プラスチックごみによる追加的な汚染をゼロにする」という大阪ブルー・オーシャン・ビジョンが共有され、各国政府が具体策を迫られるようになったこと。そして第三に、企業のESG経営が広がり、再生素材の調達がコストではなく競争力と見なされるようになったことです。
また、漁網はペットボトルや食品包装と違って「発生源がはっきりしているごみ」である点も重要です。全国の漁港という限られた場所からまとまった量が出るため、回収の仕組みさえ整えば効率よく資源化できます。廃漁網リサイクルが「海洋プラ対策の突破口」として期待されるのは、このためです。

ここがポイント
- 廃漁網は産業廃棄物として処理され、費用は原則漁業者の負担
- 素材はナイロン・PE・PPなどさまざまで、再生ルートも素材ごとに異なる
- ナイロン6は新品同等に戻せる「リサイクルの優等生」
データで見る——毎年どれだけの漁具が海に消えるのか
廃漁網の問題を考えるうえで欠かせないのが、「どれだけの漁具が海に流出しているのか」というデータです。世界と日本、それぞれの数字を見てみましょう。
世界では年間約64万トン——海洋プラごみの約10%
最も広く引用されているのは、FAO(国連食糧農業機関)とUNEP(国連環境計画)が2009年の共同報告書で示した推計です。それによると、毎年約64万トンの漁具が海に遺棄・流出しており、これは海洋プラスチックごみ全体の約10%に相当するとされています。世界では年間約800万トンのプラスチックが海に流れ込んでいると推計されていますから、そのうち無視できない割合を漁具が占めていることになります。
さらに、太平洋の沖合にごみが集まる「太平洋ごみベルト(グレート・パシフィック・ガベージパッチ)」を調査した2018年の研究では、浮遊するごみの重量の約46%を漁網が占めていたと報告されています。外洋に長くとどまる大型のプラスチックごみとして、漁具は特に存在感が大きいのです。
最新研究——世界の漁具の約2%が毎年海に消える
2022年には、オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)などの研究チームが、世界7カ国・450人の漁業者への聞き取りをもとにした推計を科学誌「Science Advances」に発表しました。それによると、使われている漁具のうち毎年約2%が海に失われているとされ、その内訳は次のように見積もられています。
- 刺網:約2,963平方キロメートル分
- まき網:約75,049平方キロメートル分
- トロール網:約218平方キロメートル分
- 延縄の幹縄:約73万9,583キロメートル分(地球と月を往復できる長さ)
- カゴ・トラップ類:2,500万個以上
「たった2%」と思うかもしれませんが、世界の漁業規模で毎年積み重なると膨大な量になります。研究チームは、このペースが続けば漁具による海洋汚染は今後も拡大し続けると警告しています。
日本の海岸でも——漂着ごみの約1割が漁網・ロープ
日本も無縁ではありません。環境省が全国の海岸で実施している海洋ごみ実態把握調査では、重量ベースで見るとプラスチック製のロープやひも、漁網が漂着ごみの上位を占める地点が多いことが報告されています。国境の島・長崎県対馬市では、2013〜2017年度の回収事業の結果、海岸に漂着したごみのうち約1割弱を漁網・ロープ類が占めていました。対馬は対馬海流の通り道にあたるため、国内外からの漁具が大量に流れ着く「海ごみの最前線」となっています。
対馬のような離島では、漂着した漁具の回収・処理費用が自治体の大きな負担になっています。海岸漂着物処理推進法に基づく国の補助はあるものの、急峻な海岸から人力で網を引き揚げる作業は重労働で、回収しても島内に処理施設が乏しく、船で本土へ運ぶコストもかかります。「流出させた側」と「回収する側」が一致しないという構図は、海ごみ問題全体に共通する難しさです。
なお、こうした推計値には幅があることも知っておきたいポイントです。64万トンという数字は2009年時点の推計で、その後の研究では調査手法によってより大きい値もより小さい値も報告されています。ただし、どの研究でも「漁具は海洋プラごみの中で特に有害性が高い部類」という結論は一致しています。魚を獲るために設計された道具だからこそ、流出後の生態系への影響が桁違いに大きいのです。

毎年約64万トンの漁具が海に遺棄・流出しており、海洋プラスチックごみの約10%を占めると推計される。
― FAO・UNEP共同報告書(2009年)より要旨
なぜ漁網は海に流出し、陸でも行き場を失うのか
漁師がわざと網を海に捨てているのかというと、大半はそうではありません。海への流出にも、陸での滞留にも、それぞれ構造的な理由があります。
海への流出——荒天・引っかかり・漁具同士のトラブル
漁具が海に失われる主な原因は、荒天や強い潮流で網が流されること、海底の岩礁や沈没船に網が引っかかって回収できなくなること、そして操業中の漁具同士の接触(例えばトロール船が固定式の刺網の上を通過してしまうケース)です。高価な漁具を失うことは漁業者自身にとっても大きな損失であり、多くの場合、流出は「事故」として起きています。
また、悪意による投棄もゼロではありません。処理費用を惜しんで古い網を海に捨てる、違法操業の証拠を隠すために網を切り離す、といった行為が世界各地で報告されています。流出の背景には、後述する「陸で処理するとお金がかかる」という構造が横たわっています。
陸での課題——処理費は漁業者の自腹、処分場は逼迫
陸に揚げられた廃漁網の処理も簡単ではありません。廃漁網は産業廃棄物のため、焼却や埋め立ての費用は漁業者の負担となります。網は金属の重りや浮き、貝殻などが絡んだ混合物なので処理単価が高く、地域によっては1トンあたり数万円規模の費用がかかることもあります。魚価の低迷や燃料高に苦しむ漁業者にとって、この出費は重い負担です。
さらに、焼却すればCO2が出て、埋め立てれば最終処分場の残余容量を圧迫します。全国の最終処分場の余力が限られるなか、かさばって分解しない漁網は処分場泣かせのごみでもあります。「捨てるにも捨てられない」——この行き詰まりが、港に網が積み上がる風景や、最悪の場合の不法投棄・海洋流出を生む土壌になっているのです。
「分ければ資源」でも、分けられない現実
「きちんと分別すれば資源になるのに」と思うかもしれませんが、現場の廃漁網は想像以上に手ごわい存在です。長年海水に浸かった網には塩分が染み込み、フジツボや貝殻、海藻がびっしりと付着しています。網目には鉛の重りが編み込まれ、縁には別素材のロープが縫い付けられている。これらを取り除かずに溶かせば再生樹脂の品質が落ち、焼却炉に入れれば設備を傷めます。一般の廃プラ処理業者が漁網の受け入れを敬遠しがちなのは、この「汚れと混合」のせいです。
だからこそ、漁網専用の洗浄・分別ラインを持つリサイクル事業者の存在が決定的に重要になります。逆に言えば、漁業者側で「ナイロン網とロープを分けて保管する」「重りを外しておく」といった一次分別が進むだけで、リサイクルの採算性は大きく改善します。回収の仕組みづくりとは、単なる物流網の整備ではなく、港での保管・分別ルールづくりまで含めた協働なのです。
廃漁網が行き場を失う3つの構造
- 処理費用が漁業者の自己負担で、経営を圧迫する
- 混合素材+付着物で処理単価が高く、引き受け先も限られる
- 焼却はCO2排出、埋め立ては処分場逼迫という環境コストを伴う

幽霊漁具(ゴーストギア)——海に残った網は今も獲り続ける
海に流出した漁網が引き起こす問題は、単なる「ごみが増える」ことにとどまりません。漁網は魚を獲るために作られた道具です。持ち主を失った後も、その機能は海の中で働き続けます。これが「ゴーストフィッシング(幽霊漁業)」と呼ばれる現象です。
誰も獲らないのに、獲れ続ける
流出した網に魚がかかると、その魚を食べようと近づいた魚や甲殻類、さらにそれを狙うウミガメ・海鳥・アザラシなどが次々と絡まります。かかった生き物が死んで網が沈み、分解された頃にまた網が浮き上がって漁を再開する——こうした負の連鎖が、誰の利益にもならないまま何年も、素材によっては数十年も続くのです。ナイロンなどの合成繊維は自然分解に極めて長い時間がかかるため、幽霊漁具の「稼働期間」は長期に及びます。
サンゴ礁・船・景観への二次被害
被害は生き物だけではありません。漂流する網がサンゴ礁に覆いかぶさってサンゴを折り、光を遮って白化や死滅を招くこともあります。船のスクリューにロープや網が絡まれば航行不能になり、海難事故の原因にもなります。海岸に大量の網が漂着すれば、景観の悪化や観光への打撃、自治体の回収費用の増大にもつながります。ゴーストギアの生態系への影響や対策の全体像は、関連記事「ゴーストギア(幽霊漁具)とは?」で詳しく解説しています。
漁業自身への打撃——資源も獲物も奪われる
ゴーストフィッシングは、環境問題であると同時に漁業経済の問題でもあります。幽霊漁具にかかって死ぬ魚や甲殻類は、本来なら漁業者の水揚げになり得たものです。放置されたカゴが何年もロブスターやカニを獲り続ければ、その海域の資源量そのものが目減りしていきます。つまり漁具の流出は、漁業者にとって「道具を失う損失」と「将来の獲物を失う損失」の二重の痛手なのです。水産資源の持続可能性という観点からも、幽霊漁具の回収と発生抑制は漁業界自身の利益に直結します。
重要なのは、廃漁網リサイクルの仕組みづくりが、この幽霊漁具の「発生源対策」になるという点です。陸で網に価値がつき、確実に引き取られるルートがあれば、海に流出・放置される網は確実に減らせます。回収と再生は、海の生き物を守る最前線でもあるのです。

廃漁網リサイクルの仕組み——回収から再生までの5ステップ
では、廃漁網はどうやって新しい製品に生まれ変わるのでしょうか。細部は事業者によって異なりますが、循環の基本形は共通しています。大きく5つのステップに分けて見てみましょう。
ステップで見る循環の流れ
- 回収——漁港や漁協、水族館・NPOの回収イベントなどを通じて廃漁網を集める。買い取り制度を設ける事業者もある
- 分別——ナイロン・PE・PPなど素材ごとに手作業や機械で仕分け、金属の重り・浮き・貝殻などの付着物を取り除く
- 洗浄・破砕——塩分や汚れを洗い落とし、網を細かく裁断・破砕して再生処理しやすい形にする
- 再生——溶かしてペレット(樹脂の粒)にするマテリアルリサイクル、または化学的に分解して原料に戻すケミカルリサイクルで再生素材をつくる
- 製品化——再生ナイロン糸から服や帽子を、再生ペレットから自動車部品や日用品を製造し、消費者へ届ける
この流れのボトルネックは、意外にも高度な再生技術ではなく最初の「回収」と「分別」です。全国に散らばる漁港から網を集める物流コスト、そして絡み合った網を素材別にほどく人手が、事業採算の壁になります。だからこそ、漁業者・自治体・企業が連携した回収ネットワークづくりが各地で模索されています。
採算の壁を越える鍵は「価値づけ」です。再生ナイロンがバージン材と同等の品質で、しかも環境価値という付加価値を持つなら、企業は割高でも買う理由ができます。実際、CO2削減量を定量的に示せる再生素材は、脱炭素目標を掲げる企業の調達先として選ばれやすくなっています。「安いから使う」ではなく「価値があるから使う」への転換が、回収・分別のコストを吸収し、循環を経済的に自立させるのです。
3つの再生ルート——マテリアル・ケミカル・サーマル
| 方式 | 仕組み | 長所 | 短所 |
|---|---|---|---|
| マテリアルリサイクル | 洗浄・破砕した網を溶かしてペレット化し、樹脂として再利用 | 工程がシンプルでCO2排出が少ない | 異物や劣化の影響で品質が落ちやすい |
| ケミカルリサイクル | 化学的に分解して原料(モノマー)に戻し、新品同等の樹脂を再合成 | 品質が新品同等で用途が広い | 設備投資とエネルギーが必要 |
| サーマルリサイクル | 燃料として焼却し、熱エネルギーを回収 | 分別しきれない網も処理できる | 素材は失われ、CO2が排出される |
また、再生素材が市場で信頼されるためにはトレーサビリティ(履歴の追跡可能性)も欠かせません。どこの港で回収された網が、どの工場で再生され、どの製品に使われたのか。この流れを証明できて初めて、ブランドは「漁網由来」と胸を張って表示できます。国際的にはGRS(グローバル・リサイクルド・スタンダード)のような再生素材の第三者認証も普及しており、廃漁網由来の素材にも認証取得の動きが広がっています。
ナイロン6の切り札——「解重合」で新品同等に戻る
廃漁網リサイクルで特に注目されるのが、刺網や定置網に多いナイロン6(ポリアミド6)です。ナイロン6は「解重合」という化学反応で、原料のカプロラクタムという物質にまで分解できます。これを精製して再び重合すれば、理論上は何度でも新品同等のナイロンに戻せるのです。石油から新たに作るバージンナイロンに比べて、CO2排出を大幅に抑えられることも確認されています。
再生ナイロンの品質・用途・ゴーストギア対策の技術的な詳細は、関連記事「使用済み漁網リサイクル完全ガイド」でも掘り下げています。本記事では次章から、この循環を実際に回している日本と世界の担い手を見ていきましょう。


日本の最前線——廃漁網を資源に変える企業たち
日本でも、廃漁網の循環を事業として成立させる挑戦が広がっています。ここでは、アプローチの異なる3社を紹介します。
リファインバース「REAMIDE」——CO2を約85%削減する再生ナイロン
リファインバースグループは、使用済み漁網を主原料にした再生ナイロン樹脂「REAMIDE(リアミド)」を展開しています。回収した漁網を徹底的に洗浄・異物除去し、高品質な再生ナイロンとして自動車の内装部品や家電部品、文具などに供給。バージンのナイロン6と比べてCO2排出量を約85%削減できると報告されており、大手文具メーカー・トンボ鉛筆のテープのり本体に採用されるなど、身近な製品への展開が進んでいます。北海道では廃漁網のマテリアルリサイクル事業化も進めており、産地に近い場所で処理する体制づくりが特徴です。
気仙沼発amu「amuca」——漁網を「買い取る」仕組みで漁師を味方に
世界有数の漁港・宮城県気仙沼市で創業したamu株式会社は、全国の漁港を回って廃漁網を漁業者から買い取り、再生素材「amuca(アムカ)」としてアパレルの生地や糸、プラスチックペレットなどに再生しています。従来は処理費を払って捨てるしかなかった網が「売れるもの」に変わるため、漁業者の経済的負担を減らしながら回収量を増やせるのがこの仕組みの強みです。同社は2025年までに累計1.3億円超の資金調達を行い、回収網の全国展開と海外展開を進めています。
日東製網——「漁網to漁網」の水平リサイクルへ
漁網メーカー大手の日東製網は、素材メーカーと連携し、廃棄漁網から再び漁網をつくる業界初の「漁網to漁網」リサイクルに取り組んでいます。再生原料を使いながらバージン材料100%の漁網と遜色ない物性を実現したと発表しており、服や雑貨への「アップサイクル」とは異なる、同じ製品に戻す「水平リサイクル」として注目されています。漁網が漁網に戻る循環が確立すれば、新たな石油資源への依存を根本から減らすことができます。
広がる回収の輪——水族館・家具メーカー・地域イベント
循環の輪は、リサイクル事業者以外にも広がっています。漁網メーカーのニチモウは、リサイクルが難しい混合素材の廃漁網を固形燃料(RPF)化するサーマルリサイクルにも取り組み、埋め立てに回る網を減らしています。オフィス家具大手のオカムラは、漁網由来の再生ナイロンを座面に使ったチェア「ReNet(リネット)」を開発し、オフィスの椅子という意外な場所に海の素材を届けました。また2024年には静岡県の下田海中水族館で廃漁網の回収イベントが開かれ、来場者67人が参加して推計44キログラムの漁網を回収するなど、市民が直接参加できる回収の場も生まれています。
三者三様のアプローチ
- リファインバース:高品質再生樹脂で自動車部品・文具など工業用途を開拓
- amu:買い取り制度で漁業者の負担をなくし、回収ネットワークを拡大
- 日東製網:漁網から漁網へ戻す水平リサイクルで業界内の循環を構築

世界の取り組み——服・サングラス・スケートボードへ
廃漁網リサイクルは世界規模のムーブメントでもあります。ファッションやアウトドアの有名ブランドが再生素材を採用したことで、「海のごみから生まれた製品」は特別なものではなくなりつつあります。
ECONYL(エコニール)——ダイバーが回収した網が高級ブランドの糸になる
イタリアの繊維メーカー、アクアフィル社の「ECONYL(エコニール)」は、廃漁網や使用済みカーペットなどのナイロン廃棄物を化学的に再生した糸のブランドです。海洋保護団体Healthy Seas(ヘルシーシーズ)のボランティアダイバーが海から引き揚げた幽霊漁網も原料の一部となっており、回収された網はスロベニアの工場で再生処理されます。ECONYLは水着やバッグ、カーペットのほか、高級ファッションブランドのコレクションにも採用され、「再生ナイロン=妥協の素材」というイメージを塗り替えました。
象徴的なのは、イタリアの高級ブランド・プラダが2019年に始めた「Re-Nylon(リナイロン)」プロジェクトです。ECONYLを使ったバッグのコレクションを展開し、将来的にバージンナイロンから再生ナイロンへの全面切り替えを掲げました。ラグジュアリーブランドが廃漁網由来の素材を主役に据えたことは、再生素材の価値を「安さ」から「物語と品質」へ転換させた出来事として、業界に大きな影響を与えています。
Bureo「NetPlus」——パタゴニアと組んで2,000トン超を回収
チリ発のスタートアップBureo(ブレオ)は、南米の漁業コミュニティから使用済み漁網を買い取り、再生素材「NetPlus(ネットプラス)」としてスケートボードやサングラス、アパレル素材に再生しています。アウトドアブランドのパタゴニアはこの取り組みに出資し、帽子のつばやジャケットの生地にNetPlusを採用。これまでに2,000トンを超える廃漁網の回収・再生を支えてきたと公表しています。回収に協力した漁業コミュニティに対価が支払われる仕組みで、環境保全と地域経済を両立させている点が高く評価されています。
GGGI——国・企業・NGOが手を組む国際連携
個別の企業努力だけでなく、国際的な連携も進んでいます。2015年に発足した「グローバル・ゴーストギア・イニシアチブ(GGGI)」は、幽霊漁具問題の解決を目指して各国政府・漁業団体・企業・NGOが参加する国際的な枠組みです。漁具に持ち主を特定できるマーキングを施すガイドラインづくりや、回収データの共有、各地の回収プロジェクトの支援などを進めており、日本の団体・企業の参画も広がっています。「作る→使う→失う」で終わっていた漁具のライフサイクルに、世界規模で「回収する→再生する」を組み込もうとする動きです。

循環を回すために——制度の動きと私たちにできること
廃漁網の循環は、企業の努力だけでは完結しません。回収を支える制度と、再生製品を選ぶ消費者がそろって初めて、循環の輪はしっかりと回り始めます。
制度の動き——海岸漂着物処理推進法と地域の回収支援
日本では2009年に制定された海岸漂着物処理推進法(2018年改正)に基づき、国が自治体の海岸清掃や発生抑制対策を財政支援する枠組みが整えられています。漂着した漁具の回収処理はこの枠組みの重要なテーマの一つで、対馬をはじめ漂着量の多い地域では継続的な回収事業が行われています。また、環境省や水産庁は漁業系廃棄物の適正処理やリサイクルの実証事業を支援しており、廃漁網を「集めやすく、再生しやすく」する制度づくりが少しずつ進んでいます。
国際的には、さらに踏み込んだ議論も進んでいます。漁具に所有者を特定できるマーキング(標識)を義務づけて流出時の責任を明確にする仕組みや、漁具メーカー・販売者が回収・再資源化まで責任を持つ拡大生産者責任(EPR)の考え方を漁具に適用する検討です。現在交渉が続く国連のプラスチック汚染対策条約でも、漁具は主要な論点の一つになっています。「作った人・使う人・回収する人」の役割分担を制度として設計できるかが、次の10年の焦点と言えるでしょう。
「買う」で応援する——再生素材の製品を選ぶ
消費者にできる最も直接的な応援は、廃漁網由来の再生素材を使った製品を選ぶことです。再生ナイロンの服や水着、帽子、バッグ、文具は、すでに身近な店やオンラインで手に入ります。製品タグや商品説明に「再生ナイロン」「リサイクル漁網由来」などの表示があるかを見てみましょう。再生素材の製品が売れれば、企業は回収量を増やし、漁業者に支払える対価も増えます。買い物は、循環の輪を太くする一票なのです。
現場を支える——イベント参加・寄付・知って伝える
全国の水族館やNPOでは、廃漁網の回収イベントやビーチクリーンが開催されています。参加すれば、漁網の重さや絡まりを自分の手で体感でき、問題の実感がまるで変わります。また、回収活動を行う団体への寄付や、SNSでの発信も立派な貢献です。サーキュラーエコノミー(循環経済)全体の考え方は、関連記事「サーキュラーエコノミーとは」で詳しく解説しています。
今日からできるアクション
- 服や小物を買うとき「再生ナイロン」「漁網由来」の表示を探してみる
- 水族館・NPOの漁網回収イベントやビーチクリーンに参加する
- 回収・再生に取り組む団体や企業の活動をSNSでシェアする
- 魚を買うときも、資源や海洋環境に配慮した漁業を応援する視点を持つ

この記事のまとめ
- 毎年約64万トンの漁具が海に流出・遺棄され、海洋プラごみの約10%を占めると推計される
- 2022年の研究では、世界の漁具の約2%が毎年海に失われていると推計された
- 廃漁網は産廃処理費が漁業者負担となる構造が、滞留や流出の一因になっている
- ナイロン6は解重合で新品同等に再生でき、CO2排出も大幅に削減できる
- リファインバース・amu・日東製網など日本の企業が三者三様の循環を構築中
- ECONYL・NetPlus・GGGIなど世界の取り組みも拡大。再生製品を選ぶことが最も身近な応援になる
参考文献・出典
- FAO(国連食糧農業機関) – Ghost nets hurting marine environment(幽霊漁網の海洋環境への影響)
- Richardson, K. et al.(2022)Science Advances – Global estimates of fishing gear lost to the ocean each year(毎年海に失われる漁具の世界推計)
- CSIRO(オーストラリア連邦科学産業研究機構) – Fishing gear lost at sea globally revealed(世界の漁具流出調査の発表)
- Lebreton, L. et al.(2018)Scientific Reports – 太平洋ごみベルトの浮遊ごみの重量の約46%が漁網と報告した研究
- 環境省 – 海洋ごみ実態把握調査(漂着ごみの組成データ)
- 対馬海ごみ情報センター – 対馬市の海岸漂着ごみの実態(漁網・ロープ類の割合)
- リファインバースグループ – 再生ナイロン樹脂「REAMIDE」公式ページ
- MONOist(アイティメディア) – 廃漁網から作った再生ナイロン、バージン素材比でCO2排出量を85%削減
- amu株式会社 – 廃漁網の買い取り・再生素材「amuca」公式サイト
- Patagonia – NetPlus® Recycled Fishing Nets(Bureoとの漁網再生の取り組み)
※ 信頼性の高い順に配列:政府機関・学術機関 > 査読済み論文 > 専門機関 > 信頼できるメディア