51%
世界の水生動物生産に占める養殖の割合(2022年・FAO)。史上初めて漁獲を上回った
約470倍
チリとノルウェーのサケ養殖の抗生物質使用量の差(2024年、約351トン対741kg)
48養殖場
日本でASC認証(責任ある養殖の国際認証)を取得した養殖場の数(2023年5月時点)

スーパーに並ぶサーモン、ブリ、カキ、エビ——その多くは、いまや天然ものではなく養殖ものです。FAO(国連食糧農業機関)によると、2022年には世界の水生動物の養殖生産量が9,440万トンに達し、史上初めて漁獲漁業を上回りました。乱獲で疲弊した天然資源に頼らずタンパク質を供給できる養殖は、「海の危機の解決策」として期待されています。

しかしその一方で、養殖そのものが海の環境に新たな負荷をかけていることは、あまり知られていません。いけすの下に積もる餌の食べ残しと排せつ物は海底を貧酸素化させ、病気を防ぐための抗生物質は薬剤耐性菌のリスクを生み、養殖魚の餌の原料には大量の天然魚が使われています。「魚を育てるために魚を獲る」という逆説的な構造も抱えているのです。

この記事では、養殖業が抱える環境負荷の実態を一次情報にもとづいて整理したうえで、日本の法制度や漁場改善の取り組み、複合養殖(IMTA)や陸上養殖、代替飼料、ASC認証といった持続可能な養殖への最前線の工夫までを、まとめて解説します。

この記事で学べること

  • 世界の養殖生産が漁獲を上回った今、なぜ環境負荷が問われるのか
  • 餌の食べ残しと排せつ物が海底を貧酸素化させる「底質汚染」のメカニズム
  • 天然魚を餌にする「魚粉・魚油問題」とFIFO(フィッシュイン・フィッシュアウト)の考え方
  • 抗生物質と薬剤耐性のリスク——チリとノルウェーで470倍も差がつく理由
  • 日本の持続的養殖生産確保法と漁場改善計画による現場の対策
  • IMTA(複合養殖)・陸上養殖・代替飼料・ASC認証など、負荷を減らす最前線の工夫

養殖は「海の解決策」か「新たな負荷」か——世界と日本の現在地

まず、養殖業がどれほど大きな存在になったかを数字で確認しましょう。FAOの『世界漁業・養殖業白書(SOFIA)2024』によると、2022年の世界の漁業・養殖業生産量は藻類を含めて2億2,320万トンと過去最高を記録しました。このうち養殖は1億3,090万トンを占めます。とくに魚介類など水生動物に限ると、養殖生産量は9,440万トンで全体の51%。統計史上初めて、養殖が漁獲漁業を上回ったのです。

背景には、世界人口の増加と魚食需要の拡大があります。天然の水産資源には限りがあり、FAOは持続可能なレベルを超えて漁獲されている資源の割合が3割を超えると警告し続けてきました。獲る漁業がこれ以上増やせない以上、増える需要を支えているのは事実上、養殖だけという構図です。地域別に見ると養殖生産はアジアに集中しており、中国を筆頭に、インドネシア、インド、ベトナムなどが上位を占めます。コイ類やティラピアなどの淡水魚、エビ、二枚貝、海藻まで、育てられている生き物の顔ぶれも実に多様です。

世界の漁獲漁業と養殖業の生産量が逆転したことを示すイメージ図
2022年、水生動物の生産量で養殖(51%)が漁獲を史上初めて上回った(FAO SOFIA 2024)

日本でも「量で約2割・金額で約4割」を支える

日本でも養殖の存在感は大きく、水産庁の水産白書によると、海面養殖業の生産量は約88万トンと国内生産量の2割強を占め、生産額では4割超に達します。ブリ類・マダイ・ギンザケなどの魚類に加え、カキ・ホタテなどの貝類、ノリ・ワカメなどの藻類まで、食卓でおなじみの水産物の多くが養殖によって供給されています。量に比べて金額の割合が高いのは、単価の高い魚種を計画的に育てて出荷できる養殖の強みの表れです。

実は日本は養殖の歴史が長い国でもあります。広島のカキ養殖は戦国時代にさかのぼるといわれ、ノリ養殖は江戸時代の東京湾で本格化しました。魚類でも、1927年ごろに香川県の安戸池で始まったハマチ(ブリ)養殖を皮切りに、マダイ、トラフグ、クロマグロと対象魚種を広げてきました。天然資源の減少と漁業者の高齢化が進むなかで、養殖は日本の水産業の将来を担う分野として、国も「養殖業成長産業化」を掲げて支援を強めています。

参考・出典FAO『世界漁業・養殖業白書(SOFIA)2024』世界の漁業・養殖業生産の最新統計。2022年に養殖が漁獲を初めて上回ったことを報告🔗 fao.org

「育てる漁業」にも環境コストがある

こうして急成長した養殖ですが、生き物を高密度で飼う以上、環境への負荷はゼロではありません。主な課題は、①餌の食べ残しや排せつ物による水質・底質の汚染、②病気対策で使う抗生物質と薬剤耐性、③餌の原料として天然魚に依存する構造、④逃げ出した養殖魚や寄生虫による生態系への影響——の4つに整理できます。次章から順に見ていきましょう。

この章のポイント

  • 2022年、世界の水生動物の養殖生産(9,440万トン)が史上初めて漁獲を上回った
  • 日本でも養殖は生産量の2割強・生産額の4割超を占める基幹産業
  • 一方で底質汚染・抗生物質・魚粉依存・生態系影響という4つの環境課題を抱える

いけすの下で何が起きているのか——残餌と排せつ物による底質汚染

養殖の環境負荷として最も古くから知られているのが、底質汚染です。いけすの中では大量の魚が毎日餌を食べ、排せつをします。食べ残された餌(残餌)と糞は海底に沈んで積もり、有機物のかたまりとなって分解されていきます。

問題は、この分解のプロセスが海底の酸素を大量に消費することです。有機物が多すぎると海底付近は貧酸素状態になり、酸素を使う通常の分解が追いつかなくなると、今度は酸素のない環境で働く微生物が硫化水素などの毒性のある硫化物を作り出します。硫化物がたまった海底は黒く変色して腐卵臭を放ち、ゴカイや貝などの底生生物が住めない「死んだ海底」になってしまうのです。

負荷の大きさをイメージするために、餌の効率を考えてみましょう。養殖では、魚の体重を1kg増やすのに何kgの餌が必要かを示す増肉係数(FCR)という指標が使われます。配合飼料で育てるブリやマダイでは2〜3程度、つまり出荷される魚の体重の2〜3倍の餌が投入される計算です。餌の大部分は魚の成長や代謝に使われますが、消化されなかった分は糞として、食べ残された分は残餌として、確実に海へ出ていきます。飼育する尾数が多いほど、そして餌の与え方が粗いほど、海底への負荷は積み上がっていきます。

養殖いけすの下に残餌と糞が堆積し、海底が貧酸素化するメカニズムの断面図
残餌と排せつ物は海底に堆積し、分解の過程で酸素を消費して貧酸素・硫化物発生を招く

汚染は養殖場自身に跳ね返る

底質の悪化は、周辺の生態系だけでなく養殖場そのものに跳ね返ります。有機物と栄養塩が過剰になった漁場では、魚のエラを傷つける有害赤潮が発生しやすくなり、貧酸素の海底からは魚病のリスクも高まります。実際、日本でも1980〜90年代には過密養殖による漁場の老化(自家汚染)が深刻化し、魚病の蔓延や赤潮被害が繰り返されました。海に栄養分が過剰になる富栄養化の仕組みは栄養塩流出と富栄養化の記事で、赤潮の発生メカニズムは赤潮と富栄養化の記事で詳しく解説しています。

どのくらいの負荷までなら海は受け止められるのか

重要なのは、海には本来自浄作用があるという点です。適度な量の有機物なら、底生生物や微生物が分解し、海流が拡散してくれます。負荷が自浄作用の範囲内に収まっているかを測る指標としては、底泥の硫化物量(AVS-S)や溶存酸素が広く使われており、日本の漁場改善の現場では、硫化物量が悪化しない範囲に餌の量や飼育尾数を調整する管理が行われています。

つまり養殖の底質汚染は「養殖をすれば必ず海が死ぬ」という話ではなく、その漁場の受け止め能力(環境収容力)を超えるかどうかの問題です。潮通しの良い漁場なら多くの負荷を受け止められますが、閉鎖的な内湾では同じ規模でも汚染が進みやすくなります。漁場ごとの環境収容力を科学的に見積もり、その範囲に生産を収める——これが現代の養殖管理の基本的な考え方であり、後述する日本の漁場改善計画の土台にもなっています。

  • 残餌対策:生餌からペレット状の配合飼料への転換、食べ具合をカメラやセンサーで監視する給餌システムの導入
  • 堆積物対策:いけすの移動・休ませ(漁場のローテーション)、海底耕うんによる酸素供給、石灰散布による硫化物の抑制
  • モニタリング:底泥の硫化物量・溶存酸素の定期測定で、漁場の「健康診断」を続ける

ここに注意

  • 底質汚染はいけす直下だけでなく、潮流に乗って周辺の藻場や漁場にも影響しうる
  • 一度硫化物がたまった海底の回復には長い時間がかかる——「汚してから直す」より「汚さない管理」が重要

「魚を育てるために魚を獲る」——魚粉・魚油とFIFOのジレンマ

養殖の環境負荷を語るうえで避けて通れないのが、餌の問題です。ブリやマダイ、サーモンのような肉食性の魚を育てる配合飼料の主原料は、カタクチイワシ(アンチョベータ)などの小型魚から作られる魚粉(フィッシュミール)と魚油。つまり、養殖魚を育てるために天然の魚が大量に漁獲されているのです。FAOによると、世界の水生動物生産の約11%は人の食用ではない用途に回っており、その多くが魚粉・魚油の原料です。

この構造を測る指標がFIFO(フィッシュイン・フィッシュアウト)、すなわち「養殖魚1kgを育てるのに天然魚を何kg使うか」という比率です。かつてサーモン養殖には天然魚が4〜5kg必要という試算が批判の根拠とされてきましたが、業界団体IFFOや2024年に発表された学術レビューは、副産物利用や飼料効率の改善を織り込むとサーモンのFIFOは約1.7でなお低下傾向にあると分析しています。数字の幅は計算方法によるものの、「以前より少ない天然魚で育てられるようになった」ことは確かです。

小型の天然魚が魚粉となり養殖サーモンの餌になる流れを描いたイメージ図
カタクチイワシなどの小型魚が魚粉・魚油となり、肉食性養殖魚の餌になる

魚油とオメガ3——「健康にいい成分」の出どころ

魚粉と並んで重要なのが魚油です。サーモンの切り身の鮮やかな脂に含まれるDHA・EPA(オメガ3脂肪酸)は、もとをたどれば海の微細藻類が作り、小型魚の体に蓄積されたもの。養殖サーモンにこの健康成分を持たせるには、天然の小型魚由来の魚油を餌に配合する必要があります。植物油で代替すると魚の健康や身の栄養価に影響が出るため、魚油は魚粉以上に代替が難しいとされてきました。だからこそ、DHA・EPAを直接作る微細藻類の培養(後述)が注目されているのです。

それでも残る「小型魚への圧力」

ただし、FIFOが下がっても問題が消えたわけではありません。魚粉の原料となるカタクチイワシやニシンなどの小型浮魚は、海鳥・海獣・大型魚を支える海の食物網の土台です。世界最大の魚粉供給国ペルーでは、アンチョベータ(カタクチイワシの一種)の資源量を毎年調査し、漁獲枠を厳格に定めて操業していますが、養殖業の急拡大で魚粉需要そのものは増え続けており、エルニーニョでカタクチイワシが不漁になると魚粉価格が世界的に高騰するなど、供給は不安定さも抱えています。加工副産物(頭・骨・内臓など)由来の魚粉の割合は2割を超えて増加していますが、それでも天然魚への依存は残っています。

論点批判側の見方改善を示すデータ
FIFO(サーモン)天然魚4〜5kgで1kgという試算が流通計算方法を見直すと約1.7で低下傾向(IFFO・2024年レビュー)
魚粉の原料小型浮魚の大量漁獲が食物網を圧迫加工副産物由来が2割超に増加し、依存度は徐々に低下
需要の動向養殖拡大で魚粉需要は増え続ける低魚粉飼料・代替タンパクの開発が加速(後述)
魚粉・魚油をめぐる論点の整理

また、食料安全保障の視点からは「食用に適した小魚を魚粉に回してよいのか」という議論もあります。魚粉原料の小型魚の多くは、そのまま人の食料にもなりうるからです。とくにアフリカや東南アジアの一部では、地域の人々のタンパク源だった小魚が魚粉工場に買い集められ、地元の食卓から遠ざかっているとの指摘もあり、単なる環境問題を超えた公平性の問題としても注目されています。

つまり餌の問題は「養殖が悪い」という単純な話ではなく、限られた天然資源をどれだけ効率よく・公平に使うかという資源配分の問題です。だからこそ後述する低魚粉飼料や昆虫・藻類タンパクなどの技術革新が、持続可能な養殖のカギを握っています。

抗生物質と薬剤耐性——チリとノルウェーで470倍の差がつく理由

高密度で魚を飼う養殖では、ひとたび細菌性の病気が発生すると一気に広がるため、治療に抗生物質が使われることがあります。問題は、餌に混ぜて投与された抗生物質の一部が食べ残しや糞とともに海に出て、薬剤耐性菌の発生・拡散を後押ししかねないことです。薬剤耐性(AMR)は人の医療をも脅かす地球規模の課題であり、養殖もその一因になりうると指摘されています。

同じサーモン養殖でも国によって桁違い

興味深いのは、同じサーモン養殖でも国によって使用量が桁違いに異なることです。世界2位の生産国チリでは2024年に約351トンの抗菌剤が使用された一方、最大の生産国ノルウェーの使用量はわずか741kg。生産量はノルウェーの方が多い(2023年で約163万トン対約109万トン)のに、使用量には数百倍の開きがあります。

ノルウェーとチリのサケ養殖の抗生物質使用量の大きな差を対比するイメージ
ワクチン接種が普及したノルウェーと、細菌性疾病に悩むチリでは抗生物質使用量が桁違いに異なる

この差を生んだのがワクチンです。ノルウェーは1980年代末には年間約50トンの抗生物質を使っていましたが、稚魚へのワクチン接種を徹底することで使用量を99%以上削減し、現在はサーモン1トンあたり1g未満という水準を実現しました。「病気になってから薬で治す」のではなく「病気にさせない」予防型の管理が、環境負荷とコストの両方を下げた好例です。チリでも規制強化と業界の取り組みで削減が進んでいますが、主要な細菌性疾病に効くワクチンの開発が道半ばで、依然として使用量は多いのが現状です。

日本の状況は?

日本では水産用医薬品の使用は医薬品医療機器等法(薬機法)などで規制されており、使える薬の種類・対象魚種・休薬期間(出荷前に薬の使用をやめる期間)が細かく定められています。またブリ類などではワクチン接種が広く普及し、抗生物質に頼らない病気予防が主流になりつつあります。残留基準を超えた水産物は流通できない仕組みで、食の安全は制度的に担保されています。

予防の手段は薬だけではありません。いけすを密集させず適正な飼育密度を守ること、稚魚を導入する前に漁場を休ませること、死んだ魚をすみやかに回収して病原体の温床を断つこと——こうした飼育管理の基本が、病気の発生そのものを減らします。ノルウェーの99%削減も、ワクチンという技術に加えて、漁場のローテーションや魚のストレスを減らす丁寧な取り扱いといった総合的な衛生管理の成果です。抗生物質の使用量は、その国・その養殖場の管理レベルを映す鏡だといえるでしょう。

薬剤耐性(AMR)とは

抗生物質が効かない細菌が生まれ、広がってしまう現象。人・家畜・水産・環境がつながる「ワンヘルス」の課題とされ、WHOは薬剤耐性を人類の健康への最大級の脅威の一つに位置づけている。養殖での抗生物質の適正使用・削減は、海の環境だけでなく人の医療を守ることにもつながる。

見落とされがちな負荷——逃亡魚・寄生虫・マングローブ破壊

底質・餌・薬以外にも、養殖には見落とされがちな環境負荷があります。ここでは3つを紹介します。

① 逃げ出した養殖魚が野生集団の遺伝子を変える

台風や網の破損でいけすから逃げ出した養殖魚が、野生の魚と交雑する問題です。養殖魚は成長の速さなどを重視して育種されており、野生集団と交雑すると、その海域で長い年月をかけて磨かれてきた地域適応の遺伝的特徴が薄まるおそれがあります。サーモン養殖大国ノルウェーでは、逃亡したタイセイヨウサケと野生サケの交雑が河川ごとの野生集団への主要な脅威の一つとして監視されています。

日本でも台風の多い海域では逃亡(逸走)は無縁の問題ではなく、いけすの強度基準や網の点検といった対策が取られています。また、外来の魚種や別の地域の系統を養殖に使う場合には、逃げ出したときに外来種問題や遺伝的攪乱を引き起こすおそれがあるため、飼育する種や種苗の由来にも配慮が求められます。陸上養殖が「逃亡魚ゼロ」を強みとして挙げるのは、この問題の裏返しでもあります。

② 寄生虫「海シラミ」の増幅

高密度のいけすは、サケジラミ(海シラミ)のような寄生虫にとって格好の繁殖場になります。いけすで増えた寄生虫が、近くを回遊する野生の稚魚に感染を広げることが海外では問題となり、駆除剤の使用やクリーナーフィッシュ(寄生虫を食べる魚)の導入、いけすの深度管理など対策が続けられています。

対策そのものが新たな課題を生むこともあります。寄生虫の駆除剤は甲殻類の仲間であるサケジラミに効く薬剤のため、エビやカニなど周辺の甲殻類への影響が懸念され、使用規制が強化されてきました。また、温水や淡水で寄生虫を落とす物理的な駆除は魚へのストレスが大きく、動物福祉の観点からも改善が求められています。ここでも「病気や寄生虫を発生させない予防的な管理」が、結局は最も環境負荷の小さい解決策になります。

エビ養殖池の造成で切り開かれるマングローブ林のイメージ
東南アジアなどでは、エビ養殖池の造成がマングローブ林減少の主要因の一つとなってきた

③ エビ養殖とマングローブ林の減少

日本人も多く消費するエビの養殖は、東南アジアや中南米の沿岸で盛んですが、その養殖池の多くはかつてマングローブ林を切り開いて造成されました。マングローブは稚魚のゆりかごであり、高潮から沿岸を守り、大量の炭素を蓄える「ブルーカーボン生態系」でもあります。1980年代以降のマングローブ減少の主要因の一つが養殖池の造成とされており、失われた機能の大きさが見直されています。マングローブの価値と再生の取り組みはマングローブ再生の記事で詳しく解説しています。

この章のまとめ

  • 逃亡魚は野生集団の遺伝的多様性を損なうおそれがある
  • 高密度養殖は寄生虫の増幅装置になり、野生魚にも影響しうる
  • エビ養殖池の造成はマングローブ林減少の歴史的な主要因の一つ

日本はどう対策しているのか——持続的養殖生産確保法と漁場改善計画

自家汚染で漁場が老化し、赤潮や魚病に苦しんだ経験から、日本は世界に先駆けて養殖漁場の管理を法制度化しました。1999年に施行された持続的養殖生産確保法です。この法律に基づき、漁協などが漁場ごとに漁場改善計画を策定し、都道府県知事の認定を受けて漁場環境の維持・改善に取り組む仕組みが整えられました。

漁場改善計画の柱は、その漁場が受け止められる範囲に負荷を収めることです。具体的には、漁場ごとに適正な養殖可能数量を定めて飼育尾数を管理し、底泥の硫化物量や溶存酸素を定期的に測定して、基準を超えないよう餌の量やいけすの配置を調整します。あわせて、環境負荷の小さい配合飼料への転換や、魚病予防のためのワクチン接種の推進も計画に盛り込まれています。

悪化してしまった海底を回復させる技術も現場で使われています。代表的なのが、海底の泥を耕して酸素を送り込む海底耕うんと、石灰の散布による硫化水素の発生抑制です。畑を耕すように海底をかき混ぜて微生物の分解を促し、酸性化した底泥を石灰で中和する——地道な作業ですが、いけすを休ませる漁場ローテーションと組み合わせることで、老化した漁場を少しずつ回復させることができます。

日本の養殖漁場で水質や底質を調査する様子のイメージ
漁場改善計画のもと、底泥の硫化物量や溶存酸素のモニタリングが各地で続けられている

餌の進化が負荷を大きく減らした

現場の変化として大きいのが餌の転換です。かつて主流だった、冷凍イワシなどをそのまま与える生餌や練り餌(モイストペレット)は、栄養が水に溶け出しやすく残餌も多いため、漁場を汚す大きな要因でした。現在は栄養バランスを調整した固形の配合飼料(ドライペレット)への転換が進み、食べ残しの少ない給餌管理と合わせて、同じ量の魚を育てるための環境負荷は大幅に下がっています。近年はAIカメラで魚の食欲を判定して給餌量を自動調整するスマート給餌機も登場しています。

一次情報を見る水産庁「水産白書」日本の漁業・養殖業の生産動向と、持続的養殖生産確保法・漁場改善計画などの政策を解説する年次報告🔗 jfa.maff.go.jp

また2020年には水産庁が養殖業成長産業化総合戦略を策定し、環境負荷の管理と両立しながら養殖業を輸出産業に育てる方針を打ち出しました。漁場環境の維持は「規制」であると同時に、日本の養殖ブランドの信頼を支える土台にもなっています。

餌のイノベーション——低魚粉飼料・昆虫・微細藻類

魚粉問題の出口として世界中で開発が進むのが、天然魚に頼らないタンパク質・油脂で魚を育てる技術です。魚粉価格の高騰は養殖コストの中で餌代の割合を押し上げており、環境と経営の両面から代替が急がれています。

  • 低魚粉配合飼料:大豆油かすやコーングルテンなど植物性タンパクの配合を増やし、魚粉の割合を下げた飼料。日本でもブリ・マダイ用に実用化が進む
  • 昆虫タンパク:アメリカミズアブ(ブラックソルジャーフライ)の幼虫は食品残さで育ち、良質なタンパク源になる。飼料原料としての利用が国内外で始まっている
  • 微細藻類:魚油の代わりにDHA・EPAを作る微細藻類を培養して飼料に配合。「魚が食べてきた栄養の大もと」を直接生産する発想
  • 単細胞タンパク・培養技術:酵母や細菌を培養して作るタンパク質など、農地も海も使わない次世代原料の研究も進む
魚粉に代わる昆虫・微細藻類・植物性タンパクなどの代替飼料原料のイメージ
植物・昆虫・微細藻類など、魚粉に頼らない飼料原料の開発が加速している

なかでも微細藻類は「そもそも論」に立ち返る発想です。前述のとおり、魚のDHA・EPAはもともと海の微細藻類が作った成分が食物連鎖で濃縮されたもの。ならば小型魚を経由せず、DHA・EPAを作る藻類を直接タンクで培養して飼料に混ぜればよい——この考え方で、シゾキトリウムなどの従属栄養性藻類を発酵タンクで大量培養する技術が実用化され、海外のサーモン飼料では魚油の一部置き換えが始まっています。天然魚を1匹も使わずに「魚の栄養」を作れる点で、魚油問題の本命と目されています。

「食品残さ」を餌に変える循環も

昆虫タンパクの面白さは、食品ロスの削減と養殖の脱・魚粉を同時に進められる点にあります。売れ残りや食品工場の残さでミズアブを育て、その幼虫を魚の餌にすれば、廃棄物が海のタンパク質に生まれ変わる循環ができるからです。また、魚を加工するときに出る頭・骨・内臓を魚粉原料として使う副産物利用も広がっており、魚粉の2割以上はすでに副産物由来になっています。餌の分野は、養殖の環境負荷を減らすイノベーションが最も活発な領域といえるでしょう。

餌が変われば養殖が変わる

  • 餌代は養殖コストの多くを占める——環境対策とコスト削減は両立できる
  • 低魚粉飼料・昆虫・藻類で「天然魚への依存」を段階的に減らせる
  • 食品残さ×昆虫飼料は、食品ロス対策と海の資源保護をつなぐ循環になる

養殖のかたちを変える——IMTA・陸上養殖・沖合養殖

餌だけでなく、養殖システムそのものを変えて環境負荷を減らすアプローチも進んでいます。代表的な3つを紹介します。

① IMTA(統合多栄養段階養殖)——「海の中の循環」をつくる

IMTAは、餌を与えて育てる魚のそばで、カキなどの二枚貝、海藻、ナマコを一緒に育てる複合養殖です。魚から出る排せつ物や残餌のうち、水中を漂う有機物は二枚貝がろ過して食べ、海底に沈んだ分はナマコが食べ、水に溶けた窒素やリンは海藻が栄養として吸収します。ある生き物の「廃棄物」が別の生き物の「餌」になる——自然の生態系と同じ物質循環をいけすの周りに再現することで、汚染を資源に変えるのです。NOAA(米国海洋大気庁)なども研究を進めており、貝や海藻という売り物が増えるため経営面のメリットもあります。

実は日本の沿岸には、魚類養殖のいけすの近くでカキ筏やノリ・ワカメの養殖が営まれてきた海域が少なくなく、人の手を加えながら海の生産力を高く保つ「里海」の知恵とIMTAの考え方は重なります。いけすの下にナマコを放して堆積物を食べさせる試験や、魚類養殖場の栄養分を海藻養殖に活かす研究も各地で行われており、単一種を大量に育てる養殖から生態系全体をデザインする養殖への転換が始まっています。

魚・二枚貝・海藻・ナマコを組み合わせたIMTA(複合養殖)の海中イメージ
IMTAでは魚の排せつ物を二枚貝・海藻・ナマコが利用し、海の中に物質循環をつくる

② 陸上養殖(RAS)——海を使わないという選択

水を浄化しながら循環させて陸上の水槽で魚を育てる閉鎖循環式陸上養殖(RAS)は、残餌も排せつ物も系外に出さず回収できるため、海への負荷を根本から断てる方式です。飼育水はろ過装置と微生物の力でアンモニアを除去しながら繰り返し使うため、使う水の量もわずか。回収した汚泥は肥料などへの活用も研究されています。逃亡魚や寄生虫の問題もなく、消費地の近くで生産できるため輸送の負荷も減らせます。

日本でも、ノルウェー企業プロキシマーシーフードが富士山麓に建設した国内最大級のアトランティックサーモン陸上養殖場が2023年から稼働するなど、各地でプロジェクトが立ち上がっています。海がない内陸県でもサーモンやエビを生産できることから、地域おこしの手段としても注目されています。課題は水温維持やポンプに使う電力消費と建設コストの大きさで、再生可能エネルギーや発電所・工場の廃熱の活用が模索されています。

③ 沖合養殖——薄めて、流す

内湾の静かな漁場ではなく、潮流の速い沖合に大型で頑丈ないけすを設置する方式です。強い流れが残餌や排せつ物を拡散・分解し、1か所への堆積を防ぎます。魚にとっても、水温や水質が安定した広い環境で運動しながら育つため、身質の向上が期待できるとされます。台風などの荒天に耐える技術が必要ですが、ノルウェーの大型施設をはじめ世界で導入が進み、日本でも養殖業成長産業化の一環として大型いけすやセンサーによる遠隔管理を組み合わせた実証が行われています。内湾の漁場が過密になりがちな日本にとって、沖合への展開は漁場環境の改善と生産拡大を両立させる選択肢の一つです。

方式環境面の強み課題
IMTA(複合養殖)排せつ物を貝・海藻・ナマコが利用し循環をつくる種の組み合わせ・配置の最適化に知見が必要
陸上養殖(RAS)海に負荷を出さない・逃亡魚ゼロ電力消費と建設コストが大きい
沖合養殖強い潮流が堆積を防ぐ荒天対応の設備投資・作業の安全確保
環境負荷を減らす3つの養殖方式の比較

私たちにできること——ASC認証と「選ぶ」という応援

最後に、消費者にできることを考えましょう。もっとも実践しやすいのが、環境と社会に配慮した養殖場を第三者が審査するASC認証(水産養殖管理協議会)のマークがついた水産物を選ぶことです。ASC認証は、水質・底質の管理、飼料の持続可能性、抗生物質の適正使用、労働者の人権までを含む国際基準で、サケ・ブリ・二枚貝・エビ・海藻など12の魚種グループに基準が設けられています。

日本でも取得は着実に広がっており、2016年3月には宮城県漁協志津川支所戸倉出張所のカキ養殖が日本初のASC認証を取得。2023年5月時点で15の企業・漁協の48養殖場が認証を受けています。ASC認証の仕組みと国内の事例はASC認証の記事で詳しく紹介しています。

公式サイトを見るASCジャパン(水産養殖管理協議会)環境と社会に配慮した責任ある養殖の国際認証。認証の仕組みや国内の認証取得養殖場を紹介🔗 jp.asc-aqua.org
スーパーの鮮魚売り場でエコラベル付きの養殖水産物を選ぶ買い物客のイメージ
認証ラベルの付いた水産物を選ぶことが、責任ある養殖場への「一票」になる

貝と海藻は「海をきれいにする養殖」

もう一つ知っておきたいのが、養殖の中にも環境負荷が小さいどころか海を浄化する養殖があることです。カキやホタテなどの二枚貝は餌を与えずに海中のプランクトンをろ過して育ち、ノリ・ワカメ・コンブなどの海藻は水中の窒素・リンを吸収しながら光合成で育ちます。つまり貝と海藻の養殖は、富栄養化した海から栄養分を取り出す働きを持つのです。海藻養殖はCO2を吸収するブルーカーボンとしても注目されており、「何を食べるか」を選ぶこと自体が海への投票になります。

「養殖か天然か」ではなく「どう作られたか」

ここまで見てきたように、養殖には確かに環境負荷がありますが、管理された養殖は乱獲を防ぎながらタンパク質を供給できる、最も有望な手段の一つでもあります。魚は変温動物で体を浮かべて生きるため、体温維持や姿勢維持にエネルギーを使う牛や豚と比べて餌の変換効率が高く、単位タンパク質あたりの温室効果ガス排出も小さい傾向があります。増え続ける世界人口を支える「ブルーフード(水産食料)」の役割は、今後ますます大きくなるとFAOも見込んでいます。

大切なのは「養殖か天然か」の二択で善悪を決めることではなく、どのように作られた水産物かを見て選ぶことです。底質をモニタリングし、ワクチンで薬を減らし、餌を工夫する生産者と、そうでない生産者の産品が同じ売り場に並んでいるなら、前者を選ぶ消費者が増えるほど海への負荷は減っていきます。認証ラベルはそのための、いちばん分かりやすい手がかりです。

今日からできるアクション

  • スーパーでASCやMSCなどの認証ラベルを探してみる
  • 産地や養殖方法の表示に目を向け、情報を公開している生産者を選ぶ
  • 旬の魚・地元の魚を選び、輸送の負荷も意識する
  • 食べ残しを減らす——水産物の食品ロス削減は、餌に使われた資源を無駄にしないこと

記事全体のまとめ

  • 世界の養殖は漁獲を超える規模に成長し、食料供給に不可欠になった
  • 残餌・排せつ物の底質汚染、抗生物質、魚粉依存、生態系影響という課題がある
  • 日本は持続的養殖生産確保法と漁場改善計画で負荷を管理してきた
  • 低魚粉飼料・IMTA・陸上養殖など、負荷を減らす技術革新が加速している
  • 消費者はASC認証などを手がかりに「責任ある養殖」を応援できる

参考文献・出典

  1. FAO – The State of World Fisheries and Aquaculture (SOFIA) 2024 — 世界の漁業・養殖業生産統計
  2. 水産庁 – 水産白書 — 日本の漁業・養殖業の動向と持続的養殖生産確保法
  3. 水産庁 – 漁港水域等を活用した増養殖の手引き — 漁場環境と増養殖の基本的考え方
  4. Aquaculture, Fish and Fisheries(学術誌) – 魚粉・魚油の世界利用とFIFO指標に関するレビュー(2024年)
  5. Frontiers in Microbiology(学術誌) – チリのサケ養殖における抗生物質使用と薬剤耐性の現状
  6. NOAA Fisheries(米国海洋大気庁) – 統合多栄養段階養殖(IMTA)の解説
  7. ASCジャパン – ASC認証(責任ある養殖の国際認証)公式サイト
  8. WWFジャパン – 宮城県の養殖カキが日本初のASC認証を取得(2016年)

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