1.6mm
ニホンウナギの卵の直径。水深150〜200m・水温約25℃でふ化する
52トン
2024年の国内天然ウナギ(黄ウナギ)漁獲量。統計開始以来の最低
8.5年
推定される世代時間。メスは平均8歳で産卵の旅に出る

土用の丑の日(2026年は7月26日)になると、日本中の食卓に蒲焼きが並びます。けれども、その皿の上にいる魚がどこで生まれたのかを、人類は長いあいだ知りませんでした。川や湖でいくら探しても、ウナギの卵も、産卵しているウナギも、見つからなかったからです。

答えは、日本から数千キロメートル離れた西太平洋の真ん中にありました。ニホンウナギは日本の川で数年から十数年を過ごしたあと、体を銀色に変え、餌を一切食べずに半年かけて西マリアナ海嶺の南端付近まで泳ぎ、新月の夜に産卵すると考えられています。生まれた子どもは柳の葉のような透明な幼生となり、海流に運ばれてふたたび東アジアの川へ帰ってきます。

この記事では、2000年ものあいだ謎だった産卵場がどうやって突き止められたのか、幼生がどんな旅をしているのか、そしてその旅がいま何によって脅かされているのかを、水産庁・水産研究・教育機構や東京大学大気海洋研究所の一次情報にもとづいて整理します。

この記事で学べること

  • ニホンウナギの産卵場が西マリアナ海嶺付近だと特定されるまでの100年以上の探索史
  • 「海山」「新月」「塩分フロント」という3つの手がかりが産卵地点を絞り込んだ理由
  • レプトセファルスがマリンスノーを食べながら黒潮に乗り換え、日本へ運ばれる仕組み
  • エルニーニョや北赤道海流の変化が、シラスウナギの来遊量を左右するメカニズム
  • 資源が減り続けている実態と、完全養殖・国際的な資源管理がどこまで来ているか

食卓の蒲焼きは、どこから来たのか

ウナギの産卵の謎を追う前に、まず私たちが食べているウナギがどういう魚なのかを確認しておきましょう。ここを押さえておくと、産卵場の話が「遠い海の学術ニュース」ではなく、自分の食卓につながる話として見えてきます。

「養殖ウナギ」も、もとをたどれば天然の稚魚

日本国内で流通するウナギのほとんどは養殖ものです。水産庁・水産研究・教育機構の資源評価によれば、日本のうなぎ養殖生産量は1989年の39,704トンをピークに、1997年以降は2万トン前後で推移し、2024年は16,159トンでした。一方、天然のウナギ(後述する黄ウナギ)の国内漁獲量は減少が続き、2024年は52トンと、1894年に統計が始まって以来の最低値を記録しています。

ただし「養殖」といっても、卵から育てているわけではありません。冬に河口へやってくる体重0.2グラムほどの稚魚(シラスウナギ)を採捕し、養殖池で数か月から1年かけて太らせる方式です。つまり、養殖ウナギの出発点は、いまも天然の海で生まれた命だということになります。だからこそ、産卵場でいま何が起きているのかが、養殖業の将来にも直結します。

一生のうちに何度も姿を変える魚

ニホンウナギは海で産卵し、淡水や汽水域で成長する「降河性回遊魚」です。その一生は、発育段階ごとにまったく違う姿と名前を持ちます。ニュースや資料に出てくる用語を整理すると、次のようになります。

段階呼び名おもな場所特徴
1西マリアナ海嶺付近の水深150〜200m直径約1.6mm。水温約25℃でふ化する
2プレレプトセファルス産卵場周辺ふ化直後から餌を食べ始める前までの仔魚
3レプトセファルス北赤道海流〜黒潮透明で柳の葉のような形。マリンスノーを食べる
4シラスウナギ東アジアの沿岸・河口体重約0.2g。透明な細長い姿で接岸する
5クロコ(エルバー)河口・河川下流体表に色素が現れて黒くなり、底生生活へ移る
6黄ウナギ川・湖沼・河口・沿岸腹側が黄色みを帯びる。一生の大部分を占める成長期
7銀ウナギ川から外洋へ目が大きくなり金属光沢を帯びる。産卵回遊を始める
ニホンウナギの発育段階(水産庁・水産研究・教育機構「令和7年度 国際漁業資源の現況」の記載をもとに整理)

覚えておきたい3つの言葉

  • レプトセファルス…ウナギ類だけが持つ、透明で平たい葉のような幼生期。この形のまま海流に乗って運ばれる
  • シラスウナギ…レプトセファルスが変態した細長い透明な稚魚。養殖の種苗として採捕される
  • 銀ウナギ…産卵のために川を下る成熟個体。この段階になると餌を食べなくなるとされる
ニホンウナギの発育段階を卵からレプトセファルス、シラスウナギ、黄ウナギ、銀ウナギまで並べた図解
同じ一匹の魚とは思えないほど、ニホンウナギは一生のあいだに姿を変えていく

2000年間、誰も産卵場所を知らなかった

ウナギの産卵場探しは、生物学の歴史のなかでも指折りの長い探索でした。川にはウナギがたくさんいるのに、卵を抱えた個体も、産卵の現場も、まったく見つからない。この不可解さが、古代から人々を悩ませてきました。

古代ギリシャから続いた謎

古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、ウナギには雌雄の区別がなく泥のなかから自然に生まれるのだと考えたと伝えられています。荒唐無稽に聞こえますが、当時の観察範囲では合理的な推論でもありました。川や湖のどこを探しても、卵も精巣も見つからなかったからです。ウナギが「海のはるか沖まで泳いでいって産卵する」という発想自体が、長いあいだ存在しなかったのです。

大西洋のウナギはサルガッソー海で生まれていた

手がかりが得られたのは20世紀に入ってからです。デンマークの海洋生物学者ヨハネス・シュミットは、大西洋各地でウナギの幼生(レプトセファルス)を採集し、小さな個体ほど大西洋の西側で見つかるという分布の傾向をたどっていきました。そして1920年代に、ヨーロッパウナギの産卵場が北大西洋のサルガッソー海にあると結論づけます。「小さい幼生を探して上流へさかのぼる」というこの手法は、のちのニホンウナギ調査の基本戦略にもなりました。

1991年、白鳳丸が見つけた10mmの幼生

ニホンウナギでも同じ方法が使われました。1991年7月、東京大学海洋研究所(現・大気海洋研究所)の学術研究船「白鳳丸」が、全長10mm前後のニホンウナギのレプトセファルスを約1000尾採集し、産卵場が北緯15度・東経140度あたり、西マリアナ海嶺南部の海山周辺だと絞り込みました。それまで数百キロメートル単位でしか分かっていなかった産卵場が、一気に現実的な調査範囲まで縮まった瞬間です。

2005年、ふ化直後の仔魚をつかまえる

2005年6月には、学術研究船「白鳳丸」を用いたマリアナ諸島西方海域の調査で、ふ化したばかりのプレレプトセファルスを大量に採集することに成功しました。遺伝子解析でニホンウナギであることが確認され、ウナギのプレレプトセファルスがまとまって採れたのは世界で初めてでした。さらに耳石(じせき)に刻まれた日輪から日齢を求めて誕生日をさかのぼると、ふ化したのは新月の2日前、親が産卵したのはそのさらに2日前と推定されました。この成果は2006年に学術誌『Nature』で発表されています。

2009年、ついに天然の卵31粒

そして2009年5月、東京大学海洋研究所と水産総合研究センター(現・水産研究・教育機構)などの共同調査が、西マリアナ海嶺南端部の水深約160mで直径約1.6mmの受精卵を採集。遺伝子解析により、31粒がニホンウナギの天然卵であることが確認されました。人類がニホンウナギの天然卵を目にしたのは、これが初めてです。産卵場の位置とタイミングを直接示す決定的な証拠でした。

できごと意味
古代アリストテレスが「泥から生じる」と考えたと伝えられる産卵の観察が皆無で、謎の出発点となった
1920年代シュミットが大西洋ウナギの産卵場をサルガッソー海と結論「小さい幼生をたどる」手法が確立した
1991年白鳳丸が全長10mm前後のレプトセファルス約1000尾を採集産卵場が西マリアナ海嶺南部に絞り込まれた
2005年ふ化直後のプレレプトセファルスを大量に採集(『Nature』2006年発表)産卵が新月前後に集中することが裏づけられた
2009年西マリアナ海嶺南端部の水深約160mで天然卵31粒を採集産卵場と産卵時期を直接示す決定的証拠となった
ニホンウナギ産卵場探索の主要な節目
調査船が西太平洋でプランクトンネットを曳き、ウナギの幼生を探す様子を描いた図
産卵場の特定は、外洋で微小な幼生をひたすら曳網して探す地道な調査の積み重ねだった

新月・海山・塩分フロント——地点を絞り込んだ3つの仮説

広い外洋のなかで、なぜ「西マリアナ海嶺の南端付近」というピンポイントに狙いを定められたのでしょうか。研究チームは3つの仮説を組み合わせて、探索範囲を段階的に狭めていきました。

海山仮説——海底の目印を待ち合わせ場所にする

外洋には目印がありません。しかし海底からそびえる海山の周辺では、海流が乱れて特徴的な渦や湧昇が生まれ、水塊の性質も変わります。ばらばらに旅してきたウナギが出会って産卵するには、こうした物理的な「landmark(目印)」が必要だという考え方が海山仮説です。実際、産卵場と推定された海域には、スルガ海山・アラカネ海山・パスファインダー海山といった海山が連なっています。

新月仮説——月のない夜を選ぶ

採集された幼生の耳石から誕生日を逆算すると、産卵日が新月の前後に集中していました。産卵時期は4〜8月とされ、新月を中心に行われる可能性が高いと考えられています。月明かりのない暗い夜は、産卵行動や生まれたばかりの卵・仔魚が捕食者に見つかりにくく、同時に「みんなで日を合わせる」ための共通の合図にもなります。

塩分フロント仮説——海水の境目に沿って集まる

熱帯の海には、降水量の多い海域と少ない海域の境目に、塩分濃度が急に変わる「塩分フロント」と呼ばれる帯状の構造があります。通常は北緯15度付近にありますが、条件によって大きく南下します。研究では、産卵場は海山列と塩分フロントが交わる場所の南西にあると想定されています。目印としての海山と、水塊の境目としての塩分フロント。この2つが交差する場所が、待ち合わせ地点になっているという見立てです。

産卵場のプロフィール

  • 場所…西マリアナ海嶺の南端付近(マリアナ諸島の西方海域)
  • 時期…4〜8月、新月を中心とした数日間に集中すると考えられる
  • 卵…直径約1.6mm。水深150〜200m、水温約25℃でふ化する
  • 産卵行動そのものの野生下での直接観察は、いまだ達成されていない

注意しておきたいのは、産卵行動そのものは、まだ野生では直接観察されていないということです。卵や幼生という「結果」から産卵地点と時期を逆算しているのが現状です。ただし、産卵場付近で採集されたプレレプトセファルスの遺伝子を解析した研究からは、ウナギが数日間にわたって異なる相手と複数回交尾していることが間接的に示されており、実験室での研究でも群れでの産卵が示唆されています。

西太平洋の海山列と塩分フロントが交わる位置に産卵場があることを示す模式図
海底の目印と海水の境目が交わる場所。産卵場は、その南西側にあると考えられている

銀ウナギの旅立ち——半年間、何も食べずに泳ぐ

産卵場が分かると、次の疑問が浮かびます。日本の川で暮らしていた一匹のウナギは、どうやってそこまでたどり着くのでしょうか。

黄ウナギから銀ウナギへ

川や湖、河口や沿岸で数年から十数年を過ごした黄ウナギは、あるとき体を作り替えます。目が大きくなり、体側が金属光沢を帯びた銀色に変わる——これが銀ウナギです。耳石から推定された銀ウナギの年齢は4〜17歳で、メスの平均は8歳。産卵回遊にはおよそ6か月かかるとされ、そこから世代時間は8.5年と推定されています。つまり、ウナギの資源は「10年近い時間の単位」でしか回復も悪化もしない、時間のかかる資源なのです。

昼は500〜800m、夜は300mより浅く

衛星タグや音響タグを使った追跡から、産卵回遊中のニホンウナギが日周鉛直移動をしていることが分かってきました。日中は光の届かない水深500〜800mを泳ぎ、夜になると300mより浅い層へ上がってきます。しかも月の照度が高いほど夜間の遊泳深度は深くなる、つまり明るい夜ほど深く潜るという関係も報告されています。

時間帯おおよその遊泳深度考えられている理由
日中500〜800m(光の届かない層)マグロ類やサメ類など視覚に頼る捕食者から逃れるため
夜間300mより浅い層暗さに紛れて移動できるため。月が明るい夜ほど深くなる
産卵回遊中のニホンウナギの日周鉛直移動(衛星・音響タグによる追跡結果より)

ウナギ属の魚は産卵回遊を始めてからは餌を食べないとされています。したがってこの上下運動は摂餌のためではなく、捕食者を避けるための行動だと解釈されています。数千キロメートルの旅を、絶食したまま、昼と夜で数百メートルを往復しながら泳ぎ続けるわけです。

太陽を頼りに方角を知っている?

興味深い観察もあります。日本近海の黒潮に放流されたウナギは海流の影響を受けながらも南下し、グアム沖の産卵場近くに放流された個体は北上する傾向がありました。さらに、南中時刻に時計回りまたは反時計回りの特徴的な遊泳行動が見られたことから、研究者は太陽を手がかりにした定位を行っている可能性を指摘しています。ただし確定した結論ではなく、さらなる研究が必要とされています。

また、日本海沿岸と太平洋沿岸で放流した個体では移動経路や垂直移動に地域差があり、日本海でタグを付けた個体は典型的な日周鉛直移動を示しませんでした。急激に冷たくなる水温の鉛直構造が理由と考えられており、いずれの沿岸でも水温4℃以下の深海には入らないことが観察されています。

銀ウナギが昼は深く夜は浅く泳ぐ日周鉛直移動を示した断面図
昼は深く、夜は浅く。絶食したまま、この上下運動を数か月続ける

レプトセファルスという名の、透明な赤ん坊

産卵場でふ化した子どもは、親とは似ても似つかない姿をしています。ウナギ属の魚類はみな、レプトセファルスと呼ばれる独特の幼生期を持ちます。

柳の葉のような、透きとおった体

レプトセファルスは、透明で平たい、柳の葉のような形をしています。体はほとんどゼラチン質で、血液にも赤い色素がありません。あまりに透明なため、海中では捕食者から見つかりにくいと考えられています。この姿のまま、北赤道海流とその北側の中規模渦が優勢な海域を経て西へ運ばれ、西岸境界の近くで黒潮に乗って北へ向かい、その過程でシラスウナギへと変態します。

餌はマリンスノー

レプトセファルスが何を食べているのかは、長いあいだ分かっていませんでした。歯はあるのに胃の内容物がはっきりしない、不思議な幼生だったのです。現在では、マリンスノー(プランクトンの死骸などの海中懸濁物)を食べているという説が広く支持されています。外洋の貧栄養な海で、沈降してくる有機物の粒を利用して育つ——これが、餌の少ない海の真ん中で産卵する戦略と結びついていると考えられます。

なお、シラスウナギからクロコにかけての食性は、いまだ明らかにされていません。ウナギは私たちにとって身近な食材でありながら、一生のかなりの部分が科学的に未解明のままなのです。

幼生も昼と夜で深さを変える

レプトセファルスにも日周鉛直移動の習性があり、日中は深い層を、夜間は表層の浅い層を漂います。夜間に漂う水深は成長とともに浅くなり、全長40mmほどに育った個体は主として水深50m付近に分布します。海面付近で風によって生じるエクマン層は水深70mより浅い層にあたるため、全長20mm以上に成長してからエクマン輸送の影響を受けると推察されています。つまり、幼生がどの深さにいるかが、そのまま「どこへ運ばれるか」を決めているのです。

柳の葉のような形をした透明なウナギの幼生レプトセファルスの拡大図
透明で平たいレプトセファルス。沈降してくるマリンスノーが主な餌だと考えられている
レプトセファルスが昼は深く夜は浅い層を漂い、成長とともに夜間の分布が浅くなることを示す図
夜間に漂う深さは成長とともに浅くなり、やがて表層の流れに乗るようになる

黒潮に乗り換えられるか——運命を決める分岐点

産卵場から日本まで、幼生は自力で泳ぎ切るわけではありません。海流というベルトコンベアに乗って運ばれます。そして、このベルトコンベアには大きな分かれ道があります。

北赤道海流の分岐——北へ行くか、南へ行くか

産卵場でふ化した幼生は、まず北赤道海流に乗って西へ、フィリピン沖まで運ばれます。ここで北赤道海流は、北上する黒潮と、南下するミンダナオ海流に分岐します。ニホンウナギが東アジアの生息域にたどり着くには、黒潮のほうに乗り換えなければなりません。ミンダナオ海流に流されてしまえば、日本の川にたどり着くことはありません。日本の海の豊かさを支える黒潮と親潮の役割については、日本の海の生物多様性を解説した記事もあわせてご覧ください。

エルニーニョが「乗り換え」を難しくする

シミュレーション研究によれば、エルニーニョの年には貿易風が弱まり、北赤道海流がミンダナオ海流と黒潮に分岐する位置(分岐点)が北上します。すると幼生がミンダナオ海流へ運ばれやすくなり、黒潮への乗り換えに成功する確率が下がる可能性が示されています。さらにエルニーニョは塩分フロントの南下も引き起こします。塩分フロントが北緯10度より南まで下がると、その海域の北赤道海流はミンダナオ海流へつながるため、幼生が北上することがいっそう難しくなります。

エルニーニョ・ラニーニャが日本の漁業に及ぼす影響の全体像は、エルニーニョ・ラニーニャと漁業の関係を解説した記事で詳しく扱っています。

海流そのものが弱まっている可能性

さらに踏み込んだ指摘もあります。あるシミュレーション研究では、北赤道海流が弱まったことが、過去20年間のシラスウナギ加入量減少の要因である可能性が示されました。また台風や火山噴火が海洋の生産性を通じて幼生期の生存率や加入率に関係している可能性を示す分析もあります。ウナギの来遊量は、漁獲や河川環境だけでなく、太平洋規模の物理環境に強く左右されているのです。

環境の変化幼生に起きること結果として起きうること
エルニーニョで貿易風が弱まる北赤道海流の分岐点が北上する黒潮への乗り換え成功率が下がる
塩分フロントが北緯10度以南まで南下幼生がミンダナオ海流側に入りやすくなる東アジアへの加入が困難になる
北赤道海流の弱まり輸送そのものが不安定になるシラスウナギの来遊量が減少する可能性
黒潮の流路や水温の変化接岸のタイミングや量が変わる地域ごとの来遊パターンが年によって大きくぶれる
海流環境の変化とニホンウナギの加入量の関係(シミュレーション研究で示唆されている経路)

これらはいずれもシミュレーションや統計分析にもとづく示唆であり、確定した因果関係ではありません。実際、レプトセファルスとシラスウナギの輸送パターンや生態には未解明の部分が多く、さまざまなアプローチで明らかにしていくことが資源管理を進めるうえで必要だとされています。

北赤道海流が黒潮とミンダナオ海流に分岐し、幼生が黒潮側へ乗り換える経路を示した海流図
フィリピン沖の分かれ道。北へ向かう流れに乗れた個体だけが、東アジアの川にたどり着く

日本の川に着いてから——そして、減り続けた数字

無事に黒潮に乗った幼生は、日本や台湾、中国、韓国の沿岸に近づくにつれてシラスウナギへと変態します。ここからが、私たちが直接関わる段階です。

体重0.2グラムの稚魚が接岸する冬

沿岸域にたどり着いたシラスウナギは、わずか0.2グラムほど。日本では基本的に12月から翌年4月にかけて河口に接岸し、手網や定置網で採捕されます。2020年12月には漁業法により13cm以下のウナギの稚魚が「特定水産動植物」に指定され(2023年12月適用)、許可や漁業権に基づかない採捕は原則禁止となりました。それでも養殖の種苗として不可欠なため、従来から採捕が行われてきた都府県では、知事の許可のもとで期間・漁法・場所を制限しながら採捕が続いています。

川へ入ったシラスウナギは体表が黒くなってクロコとなり、やがて腹側が黄色みを帯びた黄ウナギへ。川の下流から上流、湖沼まで幅広く分布し、岸辺に近い水域を主な活動場所として、泥や岩の間隙、植物などを隠れ家に使います。小型魚類、甲殻類、多毛類、貝類、水生昆虫のほか、ミミズなどの陸生生物も食べる雑食性です。

数字が語る減少

問題は、その数が長期的に減り続けていることです。水産庁・水産研究・教育機構の資源評価から、代表的な数字を並べてみます。

指標かつての水準近年の水準
天然の黄ウナギ漁獲量(国内)1915〜1943年は3,000〜4,000トン。2000年代初頭は600トン超2015年以降は100トン未満。2024年は52トン(統計開始以来最低)
稚魚(シラスウナギ等)の採捕量1966年以前は100トン超1971年以降は100トン割れ、1990年に20トン割れ、2024年は5.2トン
うなぎ養殖生産量1989年に39,704トンでピーク1997年以降は2万トン前後、2024年は16,159トン
世界のニホンウナギ漁獲量(中国を除く)1969年に3,619トン2023年は90トン(うち日本55トン)
ニホンウナギをめぐる主な統計の推移(水産庁・水産研究・教育機構「令和7年度 国際漁業資源の現況」より)

ただし、これらの数字を読むときには注意も必要です。黄ウナギの漁獲量減少には資源量の変化だけでなく漁獲努力量の低下も寄与していると考えられており、ウナギを主対象とする湖沼漁業の管理主体数は1983年の231から2013年の69へ減っています。また稚魚の採捕統計にも収集バイアスがあり、1960年代から近年にかけての減少率が過大評価されている可能性が指摘されています。

海だけでなく、川でも起きていること

減少の要因としては、海洋環境の変動、親ウナギやシラスウナギの過剰な漁獲、生息環境の悪化が指摘されていますが、それぞれがどれだけ寄与しているかの評価は依然として困難だとされています。護岸工事や堰・ダムによる河川の分断化、水質汚染、寄生虫による病害、捕食者の増加なども挙げられており、要因どうしの相互作用の理解はまだ進んでいない段階です。

環境DNAを使って全国265河川のニホンウナギの分布を調べた研究では、太平洋側の河川で高い濃度が検出された一方、日本海側、とくに北海道ではほとんど確認されませんでした。海流による輸送のパターンが、そのまま日本国内の分布に反映されているわけです。

資源評価の現在地

  • ニホンウナギは2013年に環境省レッドリストで絶滅危惧IB類に掲載された
  • IUCNも2014年に絶滅危惧IB類として記載し、2020年の再評価でも変更していない
  • 一方で、絶滅確率を定量的に計算するIUCNの基準Eを用いた分析では、絶滅確率は絶滅危惧種の閾値を下回るという結果も報告されている
  • 遺伝子解析による有効集団サイズ(Ne)の推定では、2019年以降は約2万個体で安定して推移しているという研究もある
  • 評価手法によって見え方が変わるため、単一の数字だけで断定しないことが重要
日本の河口で採捕される透明なシラスウナギと、堰で分断された川の風景を対比した図
海の旅を終えて川へ入る稚魚を、護岸や堰で分断された流れが待ち受けている

まだ解けていない謎——研究はどこまで進んだか

産卵場が特定されてもなお、ニホンウナギには分からないことが山積みです。そしてその「分からなさ」は、資源をどう守るかという実務にそのまま跳ね返ってきます。ここでは、いま研究の最前線で何が議論されているのかを見ていきます。

そもそも、なぜ海で生まれて川で育つのか

ウナギのように海で産卵して淡水域で成長する生き方を「降河性回遊」と呼びます。サケが川で生まれて海で育つ「遡河性回遊」のちょうど逆です。ウナギ属の共通祖先は今から約2000万年前にさかのぼるとされ、そのなかでニホンウナギは「インド-太平洋グループ」に属する系統のなかで、分岐年代がもっとも古いもののひとつだと考えられています。長い進化の時間をかけて、この一見非効率な旅が定着したことになります。

なぜこの生活史が有利なのか、決定的な説明はまだありません。栄養の乏しい外洋は捕食者も少ないため卵と仔魚が生き延びやすい、河川という生産性の高い場所で体を大きくしてから繁殖に投資できる、といった説明が組み合わされていますが、いずれも仮説の域を出ません。

氷期を越えてきた個体数の記録

近年はゲノム解析から、過去の個体数の変動が読み取れるようになってきました。全ゲノムレベルの解析による推定では、400万年前から100万年前にかけて有効集団サイズ(Ne)は減少し、約2万2000〜3万年前から約1万年前にかけて着実に増加して約8万個体のピークに達したと推定されています。最終氷期最盛期には約6万個体まで減少したという推定もあり、ニホンウナギが過去に何度もボトルネック(個体数の急減)を経験してきたことが分かります。

より新しいゲノム解析では、Neは1万年前までは増加し、それ以降は着実に減少しており、100年前のNeは約2,000と推定されています。一方、一塩基多型データと連鎖不平衡解析を用いた現在進行中の研究では、2019年以降のNeは約2万個体で保全生物学的には十分に大きい値で安定して推移しているとも示されています。数字が食い違って見えるのは、推定手法も対象とする時間スケールも異なるためで、こうした複数の推定を突き合わせながら実像に近づいているのが現状です。

ニホンウナギは「ひとつの集団」なのか

資源管理の単位を決めるうえで重要なのが、ニホンウナギが単一の集団なのかという問題です。かつては北の集団と南の集団に分かれているという研究や、球磨川河口の個体が遺伝的に異なるとする研究もありましたが、より網羅的なゲノム解析では日本と中国の沿岸に沿った個体群の間の遺伝的分化は限定的でした。現在では大半の研究が、ニホンウナギは単一の任意交配集団であり、それに応じて管理すべきだと指摘しています。産卵場が一か所に集約されていることと整合する結論です。

漁獲統計に頼らない指標を育てる

資源の動向を知る手段も広がっています。環境DNA(eDNA)を使えば、川の水を汲むだけで、そこにウナギがいるかどうかを漁業とは無関係に調べられます。有効集団サイズの推定も、漁獲データから独立した個体数の指標として使えます。日本・中国・韓国・チャイニーズタイペイの科学者会合では、こうした漁業とは独立したデータを含む長期時系列の収集・整理、産卵場への回遊経路を把握するタグ技術の情報交換、そしてそれらの解析・評価を内容とするロードマップが合意されています。

研究者が次に狙っていること

  • 野生下での産卵行動の直接観察(いまだ誰も見ていない)
  • レプトセファルスとシラスウナギの輸送パターンの解明
  • シラスウナギからクロコにかけての食性の特定
  • 環境DNAや有効集団サイズなど、漁獲統計に頼らない資源指標の確立
  • 減少要因(海洋環境・漁獲・生息環境)それぞれの寄与度の定量化
川の水を採取して環境DNAを調べる調査と、ゲノム解析のイメージを組み合わせた図
川の水一杯からウナギの存在を知る。漁獲に頼らない調査手法が資源評価を変えつつある

謎を解くことは、ウナギを守ることにつながるか

産卵場が分かったことで、私たちは何を得たのでしょうか。答えの一つが、卵から育てる技術——完全養殖です。

完全養殖はどこまで来たか

産卵場や初期生活史の研究は、人工的にウナギを卵から育てる技術に直結してきました。最大の壁は、レプトセファルス期の餌と、生産コストです。水産研究・教育機構によれば、シラスウナギ1尾あたりの生産コストは2016年度に約4万円だったものが、2023年度には約1,800円まで低下しました。2025年7月には、同機構がヤンマーホールディングス、マリノフォーラム21とともに水産庁委託事業で新しい種苗量産用水槽を開発し、1水槽あたり約1,000尾のシラスウナギ生産に成功したと発表しています。

ただし、完全養殖がすぐに天然資源の代わりになるわけではありません。安価な仔魚用の餌の開発や、成長の速い系統の育種が課題として残っており、商業的な規模で天然のシラスウナギ採捕を置き換えるにはまだ時間がかかります。技術の進歩と資源管理は、どちらかで済む話ではなく両輪です。

国際的な議論はどうなったか

2025年6月、EUとパナマは、ニホンウナギやアメリカウナギの絶滅リスクと、すでに附属書IIに掲載されているヨーロッパウナギとの類似性を理由に、ウナギ属の全種をワシントン条約(CITES)附属書IIに掲載する提案を行いました。同年8月、国連食糧農業機関(FAO)の専門家助言パネルは、ニホンウナギを含むウナギ種は生物学的基準・類似性基準のいずれからも掲載基準を満たさないと結論づける評価報告書を公表しています。

この提案は2025年11月24日から12月5日にかけてウズベキスタン・サマルカンドで開催されたCITES第20回締約国会議(CoP20)で議論され、投票の結果賛成35・反対100・棄権8で否決されました。一方で、ウナギ類の管理措置の強化などを求める「ウナギ属の取引、保全及び管理に関する決議」が採択されており、規制の形は変わっても国際的な関心が続いていることに変わりはありません。

地域的な取り組みも続いています。日本の呼びかけで2012年9月から始まった日本・中国・韓国・チャイニーズタイペイの「ウナギの国際的資源保護・管理に係る非公式協議」では、シラスウナギの池入れ数量上限が設定されており、2025年11月から翌年10月までの漁期についても日本は21.7トンという前漁期と同量の上限が確認されました。保全策の全体像については、ニホンウナギ保全の最前線をまとめた記事で詳しく解説しています。

食べる側にできること

ウナギをめぐる議論は「食べる/食べない」の二択で語られがちですが、資源評価の文書が示す立場はもう少し実務的です。ニホンウナギについては、絶滅回避というよりも持続的な水産業のために保全努力と資源管理が必要であり、因果関係が完全に解明されていなくても、放置すれば重大かつ不可逆的な影響が生じうる場合には対策を講じるべきという「予防原則」に立って国内外の対策が進められてきました。

今日からできること

  • 産地や漁法、トレーサビリティを表示している店・商品を選ぶ
  • 「安いから毎日」ではなく、季節の食べものとして大切に味わう
  • 地元の川の護岸や堰、河川清掃といった生息環境の話題に関心を持つ
  • 無許可のシラスウナギ採捕は法律で禁止されていることを知っておく
  • 完全養殖や資源管理のニュースを、数字の出どころまで含めて確かめる習慣をつける

ニホンウナギの産卵場が特定されるまでに、100年以上の調査が費やされました。それでもなお、野生での産卵行動は誰も見ていません。幼生がどう輸送されるのかも、シラスウナギが何を食べているのかも、分かっていないことばかりです。私たちは、その生態の大半をまだ知らない魚を、毎年食べ続けている——この事実を意識しておくことが、蒲焼きの向こう側にある海を想像する第一歩になります。

この記事のまとめ

  • ニホンウナギの産卵場は西マリアナ海嶺の南端付近。1991年の幼生採集、2005年のふ化直後の仔魚採集を経て、2009年に天然卵31粒が採集された
  • 産卵は4〜8月の新月を中心に、海山列と塩分フロントが交わる場所の南西で行われると考えられている
  • 銀ウナギは絶食したまま約6か月かけて回遊し、昼は500〜800m、夜は300m以浅を泳ぐ
  • 幼生レプトセファルスはマリンスノーを食べ、北赤道海流から黒潮へ乗り換えて東アジアへ運ばれる
  • 国内の天然ウナギ漁獲量は2024年に52トンと過去最低。減少要因は海洋環境・漁獲・生息環境の複合で、寄与度の評価は難しい
  • 完全養殖はシラスウナギ1尾あたり約1,800円まで低コスト化。CITES CoP20では附属書II掲載提案が否決され、管理強化の決議が採択された
研究室の水槽で育つ人工ふ化のウナギ稚魚と、海へ続く川のイメージを重ねた図
卵から育てる技術と、海と川を守る取り組み。ウナギの未来はその両方にかかっている

参考文献・出典

  1. 水産庁・水産研究・教育機構 – 令和7年度 国際漁業資源の現況 83 ニホンウナギ(生活史・回遊・資源状態・管理方策の一次資料)
  2. 東京大学大気海洋研究所 – 人類が初めて目にした天然ウナギ卵 ―ウナギ産卵場2000年の謎を解く―(2011年)
  3. 東京大学 – 研究成果「ニホンウナギの産卵地点の発見」(産卵場探索の経緯と新月同期産卵)
  4. 東京大学 大気海洋研究所 国際沿岸海洋研究センター – レプトセファルス(ウナギ類の幼生の形態と生態の解説)
  5. 水産庁 – ウナギに関する情報(資源管理施策・池入れ数量・国際協議の公式情報)
  6. 水産研究・教育機構 – シラスウナギの生産コストの大幅な削減に貢献する新たなウナギ種苗量産用水槽を開発(2025年7月8日)
  7. 環境省 – レッドリスト・レッドデータブック(ニホンウナギの絶滅危惧IB類掲載)
  8. WWFジャパン – 施行から50年、ワシントン条約その役割と日本の責任:CoP20を終えて
  9. 東京大学 – いつかあなたに逢うために(塚本勝巳教授によるウナギ産卵場調査の記録)

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