太平洋の赤道でほんの数℃、海水の温度が変わるだけで、地球の裏側の漁師の生活が傾き、日本の夏が猛暑になるか冷夏になるかまで左右される――。にわかには信じがたいこの連鎖を引き起こすのが、エルニーニョ現象とラニーニャ現象です。名前だけはニュースで耳にしても、「結局それが自分たちの暮らしにどう関係するのか」までは意外と知られていません。
この2つの現象は、海と大気が手をつないで起こす、地球でもっとも規模の大きい自然の気候変動といわれます。魚の回遊が変わって食卓の魚が値上がりし、農作物の実りが変わり、豪雨や干ばつといった災害の起こりやすさまで動く。海洋の小さな水温の偏りが、めぐりめぐって世界中の天気と食べ物を揺らすのです。
この記事では、気象庁・水産庁・JAMSTEC(海洋研究開発機構)など信頼できる一次情報をもとに、エルニーニョとラニーニャが生まれる仕組みから、魚の豊凶が変わる理由、猛暑・冷夏との関係、そして地球温暖化が進むこれからどうなるのかまでを、順を追ってやさしく解説していきます。
この記事で学べること
- エルニーニョとラニーニャが「太平洋赤道域の海面水温の偏り」から生まれる仕組み
- 海水温の変化がプランクトン・湧昇流を通じて魚の豊凶を左右する食物連鎖のつながり
- ペルー沖のアンチョビ不漁が世界の食料価格や日本の食卓にまで波及する理由
- エルニーニョ=冷夏・暖冬、ラニーニャ=猛暑・寒冬という日本の天候傾向とその例外
- 地球温暖化がエルニーニョ・ラニーニャの強さや頻度をどう変えるかという将来予測
- 気象庁・水産庁の監視情報を暮らしや漁業にどう役立てるか
エルニーニョ・ラニーニャとは何か
エルニーニョ現象とは、気象庁の定義によれば「太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけて、海面水温が平年より高くなり、その状態が1年程度続く現象」です。反対に、同じ海域で海面水温が平年より低い状態が続くのがラニーニャ現象です。どちらも数年おきに、不規則な周期で交互に現れます。
ポイントは、変化が起きる場所が「太平洋の真ん中の赤道あたり」という、日本から見れば遠く離れた海だということです。にもかかわらず、その影響は世界中に及びます。なぜ地球の裏側の海水温が日本の天気や食卓まで変えてしまうのか――その答えが、この記事全体を貫くテーマです。
名前の由来はスペイン語の「神の子」
「エルニーニョ(El Niño)」はスペイン語で「男の子」、より正確には幼子イエス・キリストを指します。もともとはペルー北部の漁民が、毎年クリスマスの頃に沿岸へ流れ込んでくる小規模な暖流を「神の子の流れ」と呼んでいたことに由来します。イエスが生まれたクリスマスの時期に暖かい海水がやってくるので、そう名づけられたのです。
この言葉がやがて、数年に一度だけ現れる特に大規模で長続きする海面水温の上昇を指すようになりました。一方の「ラニーニャ(La Niña)」はスペイン語で「女の子」。エルニーニョと正反対の現象であることを表すために、対になる名前としてつけられました。もともとは地元の漁民の素朴な観察から生まれた呼び名が、いまや世界の気候科学の共通語になっている――そこには、海のそばで暮らす人々が誰よりも早く海の異変に気づいてきた、という歴史がにじんでいます。
まず押さえる3つの言葉
- エルニーニョ=太平洋赤道域の東〜中央で海面水温が平年より高い状態が続く
- ラニーニャ=同じ海域で海面水温が平年より低い状態が続く
- エルニーニョ・南方振動(ENSO)=海の変化と大気の変化をセットで捉えた呼び方
気象庁はどう判定しているか
気象庁は「エルニーニョ監視海域」(南緯5度〜北緯5度、西経150度〜西経90度)の海面水温を継続的に見張っています。この海域の海面水温の5か月移動平均値が、基準値(過去30年間の平均)より0.5℃以上高い状態が6か月以上続いた場合をエルニーニョ現象、逆に0.5℃以上低い状態が6か月以上続いた場合をラニーニャ現象と判定します。
「たった0.5℃?」と思うかもしれません。しかし赤道の広大な海がまるごと0.5℃以上、しかも半年以上も傾き続けるということは、そこに蓄えられる熱量にすればとてつもない規模です。この巨大な熱の偏りが、大気を動かすエンジンになります。私たちが天気予報で目にする気温は空気の温度ですが、空気の熱容量は水にくらべればわずかです。海はいわば地球の巨大な蓄熱装置であり、その表面が広い範囲で少し傾くだけで、上空の大気は敏感に反応します。
気象庁のほかにも、アメリカ海洋大気庁(NOAA)など世界の気象機関が同じ海域を独自の基準で監視しています。機関によって監視する海域の区切り方や判定のしきい値は少しずつ異なりますが、「赤道太平洋の海面水温を継続的に見張り、平年からのずれを追う」という考え方は共通しています。世界中の科学者が力を合わせて、この一つの海域から目を離さずにいるのです。

エルニーニョとラニーニャは、海の水温という「原因」だけでなく、その上を流れる大気の変化とセットで理解する必要があります。海と大気がお互いに影響を与え合う――この二人三脚のような関係を、次の章でひもといていきましょう。海の温度そのものが世界規模で上がり続ける海洋温暖化と漁業の問題とも深く関わってきます。
海と大気が起こす「二人三脚」の仕組み
エルニーニョとラニーニャを理解する鍵は、赤道の上空を吹く「貿易風」という東風にあります。ふだん太平洋の赤道付近では、この貿易風が東から西へ、つまり南米側からアジア・オーストラリア側へと絶えず吹いています。この風が海面の暖かい水を西へ西へと吹き寄せているのです。
平常時:西に暖水、東に冷水
貿易風によって暖かい表層の海水が太平洋の西側(インドネシア付近)にたまるため、平常時は西太平洋の海面水温が高くなっています。その反動として、東側の南米ペルー沖では、表層の水が西へ運ばれた分を埋めるように、深いところから冷たい水が湧き上がってきます。これを湧昇(ゆうしょう)と呼びます。
この湧昇こそが、後で見る「豊かな漁場」の正体です。深い海の水には栄養がたっぷり含まれており、それが太陽の届く表層に運ばれることで、海の生き物を養う土台ができます。平常時のペルー沖は、世界でも屈指の好漁場になっているのです。
エルニーニョ:貿易風が弱まると
何らかのきっかけで貿易風が弱まると、西にたまっていた暖水を押さえる力が緩みます。すると暖かい水が東へ広がり、ふだんは冷たいはずの東太平洋の海面水温が上がっていきます。同時に、東側での冷たい水の湧昇も弱まります。これがエルニーニョ現象です。
海面が暖まった海域では、その上の大気があたためられて上昇気流と雨雲が発達します。エルニーニョ時には、この雨雲や活発な対流活動の中心が、ふだんの西太平洋から東へずれます。大気の流れの主役が引っ越すことで、世界各地の天候にドミノ倒しのように影響が波及していきます。

ラニーニャ:貿易風が強まると
ラニーニャ現象は、これと正反対です。貿易風がふだんより強く吹くと、暖水がいっそう西へ吹き寄せられ、東太平洋ではより強い湧昇が起こって海面水温がぐっと下がります。西太平洋の暖水域はさらに暖かく厚くなり、雨雲の中心は西へ寄ります。
ENSO=海と大気はワンセット
海面水温の変化(エルニーニョ・ラニーニャ)と、その上の大気の気圧・風の変化(南方振動)は、切り離せない一つの現象です。海があたたまれば大気が動き、大気が動けば風が変わってさらに海が変わる。この相互作用をまとめて「エルニーニョ・南方振動(ENSO)」と呼びます。原因と結果が循環しているのがこの現象の面白さであり、予測を難しくしている理由でもあります。
この二人三脚の関係には、実は「暴走を止めにくい」という厄介な性質があります。貿易風が弱まって東の海面が暖まると、暖まった海がさらに大気の対流を変え、それがまた風を弱める――という具合に、最初のちょっとしたきっかけが自分自身を強めていくのです。これを正のフィードバックと呼びます。エルニーニョがいったん始まると1年ほど続きやすいのは、この自己増幅のためです。
とはいえ、暴走は永遠には続きません。海の内部を伝わる波の働きなどによって、やがて暖水の蓄積が解消へと向かい、揺り戻しが起きます。この揺り戻しがラニーニャ側へ振れることもあります。エルニーニョとラニーニャが数年おきに交互に現れるのは、こうした振り子のような性質があるからです。ただしその周期は不規則で、いつ切り替わるかを正確に当てるのは容易ではありません。
つまりエルニーニョもラニーニャも、「貿易風」という一本の風の強弱を軸に、海と大気がお互いを増幅し合って生まれる現象なのです。次はこの海面水温の変化が、なぜ魚の数を大きく変えてしまうのかを見ていきましょう。
なぜ海水温が変わると魚が増減するのか
海水温が数℃変わるだけで、なぜ魚の数がそれほど大きく動くのでしょうか。答えは海の食物連鎖の一番下、目に見えないほど小さな植物プランクトンにあります。海の生き物の豊かさは、突き詰めればこの微小な生産者がどれだけ育つかで決まります。
すべては湧昇流から始まる
植物プランクトンが育つには、太陽の光と、窒素やリンといった栄養塩(栄養分)の両方が必要です。ところが海では、光は表層に届く一方で、栄養塩はプランクトンや生物の遺骸に使われて沈み、深い海の底にたまっています。光と栄養がそろわないのです。
この二つを結びつけるのが湧昇流です。深い海から栄養豊かな水が表層へ運ばれると、光の届く場所で栄養塩が使えるようになり、植物プランクトンが一気に増えます。すると、それを食べる動物プランクトンが増え、さらにそれを食べる小魚が集まり、小魚を狙う大きな魚や海鳥が集まる――という命の連鎖が立ち上がります。

エルニーニョが連鎖を断ち切る
エルニーニョが起こると、東太平洋では湧昇が弱まり、表層は暖かい水でふたをされたようになります。深海の栄養が表層に届かなくなると、その土台にある植物プランクトンが激減します。餌となるプランクトンが消えれば、それを食べていた小魚も生きていけず、いなくなるか、より冷たく栄養のある海域を求めて移動してしまいます。
つまり海水温の上昇そのものが直接魚を殺すのではなく、「湧昇が止まる→栄養が届かない→プランクトンが減る→餌がなくなる」という食物連鎖の連鎖倒れによって、漁業に打撃を与えるのです。水温はいわば引き金であり、本当に効いているのは栄養と餌の枯渇です。
水温より「栄養と餌」が主役
- 湧昇流が深海の栄養塩を表層へ運ぶことで植物プランクトンが育つ
- 植物プランクトン→動物プランクトン→小魚→大型魚と命がつながる
- エルニーニョで湧昇が弱まると連鎖の土台が崩れ、餌不足で魚が去る
- 同じ理屈で、栄養が過剰でも赤潮などの別の問題が起きる
水温は魚の「体」にも直接効く
餌の問題だけではありません。魚は変温動物なので、まわりの水温が体温や代謝を直接左右します。多くの魚には、産卵や成長に適した水温の範囲があり、その帯からはずれると卵が育たなかったり、稚魚が生き延びにくくなったりします。エルニーニョ・ラニーニャによる水温変化は、餌の量を通じた間接的な影響と、魚の体に直接はたらく影響の、両面から資源を揺さぶるのです。
さらに、暖かい水は冷たい水にくらべて酸素を溶かし込みにくいという性質があります。水温が上がると、魚が呼吸に使える溶存酸素が減り、生き物にとって住みにくい海になります。プランクトンの減少、産卵環境の悪化、酸素の低下――こうした変化が重なって、海の生産力全体が押し下げられていくのです。
なお、栄養は少なすぎても魚が減りますが、多すぎても赤潮と富栄養化のように別の形で漁業被害を生みます。海の恵みは、栄養と水温と光の絶妙なバランスの上に成り立っているのです。次章では、この仕組みがもっとも劇的に現れるペルー沖の実例を見ます。
ペルー沖の異変が世界の食卓を揺らす
エルニーニョと漁業の関係を語るうえで欠かせないのが、南米ペルー沖です。ここは世界屈指の好漁場で、アンチョビ(カタクチイワシの一種)が大量にとれます。その漁獲量は一国の水産業を支えるほど巨大で、世界の漁業全体を左右する規模です。
アンチョビはどこへ消えるのか
平常時のペルー沖は強い湧昇に支えられ、栄養とプランクトンが豊富で、アンチョビがひしめいています。ところがエルニーニョの年には、暖かい海水が居座り、湧昇が弱まってプランクトンが減少します。餌を失ったアンチョビは激減し、漁獲量が大幅に落ち込みます。もともとクリスマス頃の一時的な暖水を「エルニーニョ」と呼んだのも、この漁への影響が身近だったからです。
実際、ペルー政府は海水温の上昇やエルニーニョ懸念のたびに、資源を守るためアンチョビ漁の禁漁措置をとってきました。獲れるはずのものが獲れない年が続けば、漁業者の生活も、それを原料とする産業も大きな打撃を受けます。

「大豆ショック」――遠い海が日本の食卓へ
この不漁は、地球の反対側の日本にも波及します。アンチョビは主に魚粉(フィッシュミール)に加工され、家畜や養殖魚の飼料として世界中で使われています。ペルー沖が不漁になると、飼料が世界的に不足し、その代わりを大豆かすなどの代替飼料が担うことになります。
歴史的な例が、1972〜1973年の大規模エルニーニョです。ペルーのアンチョビが記録的な不漁となり、代替となる大豆の需要が急増、価格が高騰しました。日本ではこれが「大豆ショック」と呼ばれる混乱を招きました。遠いペルー沖の海水温の変化が、日本の豆腐や味噌、食用油の値段にまで響いたのです。
魚粉高騰が養殖魚に響く
アンチョビは養殖魚の飼料の重要な原料です。ペルー沖の不漁で魚粉価格が上がると、ブリやマダイなどの養殖コストが上昇し、日本の養殖魚の価格にも影響します。私たちがスーパーで手に取る魚の値段の裏側に、太平洋の反対側の海水温がひそんでいるのです。
| 時期 | できごと | 波及した影響 |
|---|---|---|
| 1972〜73年 | 大規模エルニーニョでペルーのアンチョビが記録的不漁 | 代替の大豆需要が急増し価格高騰(日本の大豆ショック) |
| 1982〜83年 | きわめて強いエルニーニョ | 豪州・アフリカ・インドネシアで干ばつや山火事、世界規模の気象災害 |
| 1997〜98年 | スーパーエルニーニョ | 世界規模のサンゴ白化、農漁業やインフラに深刻な打撃 |
| 2015〜16年 | スーパーエルニーニョ | 再び世界規模のサンゴ白化、生きたサンゴの大量損失を記録 |
海鳥や海獣にも及ぶ打撃
アンチョビの不漁は、人間の漁業だけの問題ではありません。ペルー沖では、アンチョビを主食とする大量の海鳥やオットセイ、アシカなどが暮らしています。エルニーニョで餌が消えると、こうした生き物が繁殖に失敗したり、大量に死んだりすることがあります。海鳥のふんは良質な肥料(グアノ)として利用されてきた歴史もあり、その減少は生態系だけでなく地域経済にも影を落とします。
一つの小魚の増減が、それを食べる無数の生き物と、その海に頼る人々の暮らしまで揺さぶる――。ペルー沖は、海の食物連鎖のつながりの強さと、そこに人間社会がいかに深く依存しているかを、もっともはっきりと見せてくれる場所なのです。
こうした大規模エルニーニョが繰り返し引き起こしてきたサンゴの白化もまた、高水温が海の生態系全体を揺るがす典型例です。海のわずかな異変が、食料・生態系・経済へと連鎖していく――その広がりの大きさを、過去の記録は物語っています。
日本の漁業に何が起きているか
では、日本の漁業はどうでしょうか。日本近海はペルー沖のような単純な湧昇域ではなく、暖流の黒潮と寒流の親潮がぶつかり合う複雑な海です。エルニーニョ・ラニーニャの影響に加え、この海流の変化や、より長い周期の気候変動が重なって、魚の豊凶を決めています。
サンマの記録的不漁
身近な例がサンマです。かつて日本のサンマ水揚量は1980年代に20万トンを超えていましたが、近年は激減し、2019年には約4.6万トンと過去最低を記録しました。ピーク時の4分の1以下です。水産庁や水産研究・教育機構の分析によれば、この不漁には海洋環境の変化が深く関わっています。
近年、寒流である親潮の勢力が弱まり、北海道の道東や三陸沖の海水温が上昇しています。暖かい黒潮系の水が北へ張り出し、沖合には暖水の渦もできて、日本近海が全体的に暖まる一方、サンマが好む冷たい親潮の水は日本から遠く離れた沖合へ押しやられています。その結果、サンマの回遊ルートが沖合へずれ、日本の漁船が届きにくい場所を通るようになってしまったのです。

回遊魚は水温で道を変える
サンマやマグロ、カツオのような回遊魚は、自分に適した水温の帯に沿って移動します。だからこそ、海水温がわずかに変わるだけで通り道が大きくずれ、いつもの漁場に来なくなったり、逆に本来いないはずの魚が現れたりします。エルニーニョ・ラニーニャによる水温変化は、こうした回遊のルートを揺さぶる要因の一つです。
水温上昇と不漁は「一対一」ではない
サンマ不漁の原因は、海水温の変化だけでなく、外国船を含む漁獲圧、資源量そのものの減少、餌となる動物プランクトンの減少など複数の要因が絡み合っています。エルニーニョや温暖化を唯一の犯人と決めつけるのは正確ではありません。海の変化は、いくつもの要因が重なった総合的な結果として現れます。
レジームシフト――数十年単位の魚種交代
さらに日本近海には、エルニーニョより長い、数十年単位の大きなリズムもあります。レジームシフトと呼ばれる現象で、海と大気と生態系の基本状態が数十年スケールで転換します。これに伴い、マイワシがたくさんとれる時代と、マイワシが減ってマサバなど別の魚が増える時代が、数十年ごとに入れ替わります。これを「魚種交代」と呼びます。
この背景には、太平洋十年規模振動(PDO)という、およそ20年周期で太平洋の水温分布が変わる長期変動があるとされます。エルニーニョ・ラニーニャが「数年の波」だとすれば、レジームシフトは「数十年のうねり」。日本の漁業は、この長短さまざまな海の変動の重なりの上で営まれているのです。興味深いことに、マイワシとカタクチイワシの増減はPDOを通じて太平洋全体で連動しており、日本近海で起きる魚種交代は、はるか中南米沖の変化とも歩調を合わせています。

こうした長期の変動があるため、ある魚が数年不漁だからといって「絶滅に向かっている」とは限りませんし、逆に豊漁が続いても油断はできません。海の資源は、人間の時間感覚よりずっと長いリズムで大きく揺れ動きます。だからこそ、その時々の海の状態を科学的に読み解き、獲りすぎないよう資源を管理していくことが、持続可能な漁業には欠かせません。
三陸をはじめとする水産地は、こうした海の変化に向き合いながら復興と資源管理に取り組んでいます。地域の取り組みは三陸の水産業の再生の記事でも詳しく紹介しています。
天候への影響――猛暑・冷夏・暖冬の正体
エルニーニョ・ラニーニャの影響は、漁業だけにとどまりません。太平洋赤道域の海面水温の偏りは、大気の流れを通じて遠く離れた地域の天候まで動かします。これをテレコネクション(遠隔相関)と呼びます。海の異変が、まるでドミノのように世界の天気を連鎖的に変えていくのです。
エルニーニョの年の日本
気象庁の統計によれば、エルニーニョ現象が発生した年の日本には、はっきりとした傾向があります。夏は冷夏傾向で、特に西日本で気温が低くなりやすく、北・東日本でも平年並みか低めになります。梅雨明けが遅れる年もあります。一方冬は暖冬傾向で、西日本を中心に気温が平年並みか高くなりやすいのが特徴です。
ラニーニャの年の日本
ラニーニャの年はおおむね逆で、夏は猛暑、冬は寒冬(厳冬)になりやすいと言われます。特に北日本の夏は気温が高くなる傾向が統計的にみられます。熱帯の対流活動の変化が、日本付近に張り出す高気圧の位置や強さに影響することが、その背景にあると考えられています。
| 季節 | エルニーニョの傾向 | ラニーニャの傾向 |
|---|---|---|
| 夏 | 冷夏になりやすい(特に西日本で低温) | 猛暑になりやすい(北日本で高温傾向) |
| 冬 | 暖冬になりやすい(西日本中心に高温) | 寒冬になりやすい |
| 世界 | 豪州・インドネシアで干ばつ、ペルーで豪雨 | おおむね逆のパターン |

世界規模の異常気象
世界に目を向けると、エルニーニョの年にはオーストラリアやインドネシアで干ばつや山火事が起こりやすく、ふだん雨の少ないペルーの海岸砂漠に豪雨が降ることもあります。1982〜83年の強いエルニーニョは、ほぼすべての大陸で干ばつや洪水などの気象災害を引き起こしたとされ、その影響の広さを世界に知らしめました。
「毎回そうなる」わけではない
これらはあくまで統計的な「傾向」であり、必ずそうなる保証ではありません。実際、近年は地球温暖化の底上げによって、エルニーニョで冷夏傾向のはずの年でも記録的な猛暑になることが増えています。エルニーニョ・ラニーニャは天候を左右する重要な要因の一つですが、唯一の決定要因ではないと理解しておくことが大切です。
なぜ遠くの海が日本の天気を変えるのか
「赤道の海の話が、なぜ日本の夏まで変えるのか」と不思議に思うかもしれません。鍵は、暖まった赤道の海の上で盛んになる雨雲(積乱雲)の位置です。この対流活動の中心がずれると、そこから波打つように大気の流れの乱れが伝わり、遠く離れた日本付近の高気圧や偏西風の位置を動かします。ちょうど、お風呂の一方を手でかき回すと、離れた場所の水面まで波が届くようなイメージです。海の熱が大気の波となって、地球を半周してくるのです。
この仕組みがあるからこそ、太平洋赤道域という一点を監視するだけで、世界各地の季節の見通しをある程度立てられます。逆にいえば、赤道の海の状態を読み違えると、遠く離れた国々の天候予測もつまずきます。エルニーニョ・ラニーニャの監視が世界的に重視されるのは、この「遠隔操作」のような影響力があるからです。
つまりエルニーニョ・ラニーニャは、その年の天候の「くせ」を決める強い傾向をもたらす一方、温暖化という別の大きな流れの上に重なっています。では、その温暖化が進むこれから、この現象はどう変わっていくのでしょうか。
地球温暖化でエルニーニョはどう変わるか
近年、「エルニーニョと温暖化のダブルパンチ」という言葉を耳にするようになりました。地球温暖化が進むと、エルニーニョ・ラニーニャそのものはどう変化するのでしょうか。これは世界の研究者が取り組む重要なテーマであり、まだ完全には解明されていませんが、いくつかの重要な見通しが示されています。
強いエルニーニョが増える可能性
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書や、CMIP6と呼ばれる大規模な気候モデル計算は、人為的な温室効果ガスの排出が続くかぎり、強いエルニーニョの発生頻度が増えることを高い確信度で示しています。温暖化で海洋に蓄えられる熱エネルギーが増えることで、ENSOの極端な状態がより頻繁に現れると考えられています。
一方で、温暖化の進み方によって現象の変化の仕方も変わるという研究もあります。温暖化が比較的緩やかな場合にはENSOが強まり、非常に極端に進むと逆に弱まって発生周期が短くなる可能性も指摘されており、単純な一本道ではありません。研究はなお発展途上です。

「底上げ」がもたらす複合リスク
重要なのは、温暖化が海面水温の平均値そのものを押し上げているという点です。同じ強さのエルニーニョでも、出発点の海水温が高ければ、到達する高温はより深刻になります。冷夏になるはずの年でも猛暑になる、白化を起こす高水温にサンゴが達しやすくなる――といった形で、エルニーニョと温暖化が掛け算のように作用するのです。
海の温暖化は、水温だけでなく海水に溶ける酸素の量にも影響します。暖かい海は酸素を保ちにくく、生き物が住めない貧酸素の海域(デッドゾーン)の拡大にもつながります。エルニーニョ・ラニーニャの変動は、こうした温暖化がもたらす複数のストレスと重なり合いながら、海の未来を形づくっていきます。
海の生態系への長期的な影響
温暖化とエルニーニョが重なることは、漁業の未来にも重い意味を持ちます。海全体が暖まれば、魚たちはより冷たい水を求めて分布を北へ移したり、深い層へ移動したりします。日本で古くからなじみのある魚が獲れなくなり、代わりに南方の魚が増える――そんな変化がすでに各地で報告されています。回遊魚の分布の変化は、産地や漁法、加工・流通のあり方まで、水産業の仕組み全体に見直しを迫ります。
海の生き物の多様性そのものも、水温変化の影響を受けます。ある種にとって快適な海が、別の種には過酷になる。生態系のバランスが崩れれば、めぐりめぐって私たちが利用できる資源も変わっていきます。日本近海の生き物の豊かさとその変化については日本の海の生物多様性の記事もあわせて読むと理解が深まります。
研究はまだ道半ば
温暖化がENSOをどう変えるかは、世界中の研究機関が最新の気候モデルで検証を続けている最前線のテーマです。「強いエルニーニョが増える可能性が高い」という点では見解が近づきつつある一方、細かな変化には不確実性が残ります。だからこそ、気象庁やJAMSTECなどによる継続的な観測と監視がますます重要になっています。
監視情報を暮らしと漁業に活かす
エルニーニョ・ラニーニャは、私たちの手で止められる現象ではありません。しかし、その発生を早めに知り、備えることはできます。気象庁は毎月「エルニーニョ監視速報」を発表し、現在の状態と数か月先の見通しを公開しています。2026年については、夏までにエルニーニョが発生する可能性が高い(気象庁は90%との予測を示しました)とされ、注目が集まっています。
宇宙と海中から海を見張る
こうした監視を支えているのが、人工衛星と海の観測網です。JAXAなどの人工衛星は、宇宙から広い海の表面水温を毎日測っています。さらに、太平洋には多数のブイ(浮標)が浮かべられ、海面から深いところまでの水温を自動で記録しています。近年は「アルゴフロート」と呼ばれる自動観測装置が世界中の海を漂いながら、海の中の水温や塩分を測り、データを衛星経由で送り続けています。人の目の届かない広大な海を、宇宙と海中の両方から見張っているのです。

漁業の現場での活用
海面水温や海流の予測は、漁業にとって貴重な情報です。魚の回遊ルートがどう変わりそうかを事前につかめれば、漁場の選定や操業計画に活かせます。JAMSTECの「黒潮親潮ウォッチ」のように、日本近海の海の状態をわかりやすく発信する取り組みも進んでおり、科学と現場をつなぐ役割を果たしています。集めたデータは、来遊予測や資源評価にも使われ、獲りすぎを防ぐ資源管理の土台にもなっています。
暮らしの中での備え
私たち一人ひとりにとっても、エルニーニョ・ラニーニャの見通しは役立ちます。冷夏・暖冬や猛暑・寒冬の傾向を知っておけば、体調管理や熱中症対策、農作物や食品価格の変動への心構えができます。「今年の夏はラニーニャで猛暑傾向」と聞いたら、早めの暑さ対策を意識する――そんな形で、地球規模の科学を日々の暮らしにつなげられます。
今日からできること
- 気象庁「エルニーニョ監視速報」で最新の発生状況と見通しを確認する
- 季節の天候傾向を、熱中症対策や防災の備えに役立てる
- 魚の価格変動や不漁のニュースを、海の変化のサインとして読み解く
- 海洋温暖化を抑えるため、日々の脱炭素の行動を続ける
海の恵みを守るという意味では、二酸化炭素を吸収し蓄えるブルーカーボン生態系のように、海そのものが持つ力を活かす取り組みも重要です。エルニーニョ・ラニーニャの理解は、変わりゆく海と上手につきあうための第一歩なのです。
まとめ――小さな海の偏りが世界を動かす
エルニーニョとラニーニャは、太平洋赤道域のわずかな海面水温の偏りから始まり、貿易風と大気を巻き込んで、地球規模の連鎖を引き起こす現象です。湧昇流とプランクトンを通じて魚の豊凶を左右し、ペルー沖の不漁は世界の食料価格や日本の食卓にまで波及します。そして日本の夏の猛暑・冷夏、冬の暖冬・寒冬という天候の「くせ」までも決めていきます。
この現象を理解する鍵は、「海と大気は一体である」「水温の変化は食物連鎖を通じて効いてくる」「傾向はあっても例外がある」という3つの視点です。さらに温暖化という大きな底上げが重なることで、これからのエルニーニョ・ラニーニャはより極端になる可能性があります。だからこそ、科学的な監視と、私たち自身の理解と備えが欠かせません。
この記事のポイント
- エルニーニョ=赤道太平洋の東〜中央で海面水温が高い状態、ラニーニャはその逆。気象庁は監視海域の偏差+0.5℃が6か月続くと判定
- 貿易風の強弱で暖水・冷水と雨雲の位置が入れ替わり、海と大気が二人三脚で現象を起こす
- 海水温の変化は湧昇→プランクトン→魚という食物連鎖を通じて漁業に効く。エルニーニョ時のペルー沖アンチョビ不漁は大豆ショックなど世界へ波及
- 日本ではエルニーニョ=冷夏・暖冬、ラニーニャ=猛暑・寒冬の傾向。ただし温暖化で例外も増加
- サンマ不漁など日本近海の変化は、黒潮・親潮やレジームシフトなど複数要因の重なりで起こる
- 温暖化で強いエルニーニョが増える可能性。気象庁の監視情報を暮らしと漁業に活かすことが大切
遠い太平洋の海の小さな偏りが、めぐりめぐって私たちの食卓や天気につながっている――。その壮大なつながりを知ることは、変わりゆく海と地球を見つめ直すきっかけになります。海の変化に関心を持ち続けることが、次の世代へ豊かな海を手渡すための、確かな一歩になるはずです。
参考文献・出典
- 気象庁 – エルニーニョ/ラニーニャ現象に関する知識
- 気象庁 – エルニーニョ現象発生時の日本の天候の特徴
- 気象庁 – ラニーニャ現象発生時の日本の天候の特徴
- 水産庁 – サンマの不漁要因と海洋環境との関係について
- 水産庁 – 不漁問題に関する検討会とりまとめ
- JAMSTEC(海洋研究開発機構) – 季節ウォッチ「エルニーニョ現象とは?」
- 国立環境研究所 – 地球温暖化の進行によってエルニーニョ・南方振動はどう変わる?
- JAXA(宇宙航空研究開発機構) – エルニーニョ&ラニーニャ
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