37.8mg/L
昭和36年の隅田川BOD(現在は1〜3mg/L)
93.9%
河川BODの環境基準達成率(令和6年度)
17cm
カワセミの全長。スズメより少し大きい程度

青とオレンジ。コンクリートの護岸を、蛍光ペンで線を引いたような色が横切っていく。都会の川で初めてカワセミを見た人は、たいてい「え、今のは何?」と二度見します。それくらい、あの色は日本の景色から浮いています。

カワセミは全長17cmほど、スズメより少し大きい程度の小さな鳥です。かつては清流の象徴とされ、都市部では「幻の鳥」と呼ばれた時期もありました。ところが2020年代の今、東京の都心部——山手線の内側にある小さな川や池でさえ、繁殖が確認されています。神奈川、大阪、名古屋でも、都市河川でカワセミを見たという報告は珍しくありません。

この記事では、「なぜカワセミは戻ってきたのか」を、水質データという足元の数字から出発して読み解きます。答えは「川がきれいになったから」だけでは足りません。餌、巣、地形、そして人間との距離感。いくつもの条件が重なった結果として、あの青は都市に帰ってきました。同時に、カワセミがいることが即「豊かな川」を意味するわけではない、という少し厳しい話にも触れます。

この記事で学べること

  • カワセミの青が「絵の具の青」ではなく、羽のナノ構造が光を干渉させて生む構造色であること
  • 高度経済成長期に都市の川からカワセミが消え、「幻の鳥」と呼ばれるまでになった経緯
  • 隅田川・多摩川のBODや下水道普及率など、水質がどこまで改善したかを示す一次データ
  • 水質改善だけでは説明できない、カワセミの都市回帰を支えた4つの条件
  • カワセミを「川の健康診断書」として読むときの有効性と、その限界
  • 都市の川でカワセミを探すコツと、巣や個体を傷つけない観察・撮影のマナー

「飛ぶ宝石」カワセミとは何者か

まず、カワセミという鳥そのものを知るところから始めます。名前は知っていても、大きさや暮らしぶりを正確に思い浮かべられる人は意外と少ない鳥です。

スズメより少し大きいだけの小さな体

カワセミ(学名 Alcedo atthis)はブッポウソウ目カワセミ科に属する鳥です。全長はおよそ17cm、体重は20〜40g程度。スズメの全長が14cmほどですから、「小鳥」と呼んでまったく差し支えないサイズです。写真で見ると立派な鳥に見えるのは、望遠レンズで大きく写されているからで、実物を初めて見た人はほぼ全員が「思ったより小さい」と言います。

その小さな体のうち、くちばしが不釣り合いに長く、体長の4分の1近くを占めます。頭は大きく、尾は短い。これは飛翔のための美しさではなく、水中に飛び込んで魚を捕るという一点に最適化された形です。空気から水へ、抵抗の異なる媒質へ突入するとき、鋭く長いくちばしが先に水を切り、衝撃を逃がします。

日本ではほぼ全国に分布して繁殖し、平地から山地の川・池・湖などの水辺に生息します。北方で繁殖した個体は、冬季に暖かい地域へ移動します。つまり「珍鳥」ではなく、条件さえ整えば身近にいる鳥なのです。

カワセミの体の各部位の特徴を示した図解。全長17cm、長いくちばし、短い尾、青い背中とオレンジの腹
図1:カワセミの体の各部位。すべてが「水に飛び込んで魚を捕る」ために形づくられている

その青は、絵の具の青ではない

カワセミの最大の特徴である背中の鮮烈な青。実はあの色は、青い色素によるものではありません。羽の内部にある微細なナノ構造が光を干渉・散乱させることで生まれる「構造色」です。だから見る角度や光の当たり方によって、コバルトブルーにも、ターコイズグリーンにも、時に暗い藍色にも見えます。

この事実が科学的に明確になったのは比較的最近で、1998年にR. O. Prumらが電子顕微鏡像をフーリエ解析し、羽枝内部のスポンジ状構造が規則性を持つことを示したことが大きな転機になりました。さらに、羽の裏側に沈着したメラニン(黒い色素)が背景として機能し、余分な光を吸収することで、表から見たときの青をくっきりと際立たせています

構造色のポイント

  • カワセミの青は色素ではなく、羽のナノ構造による光の干渉・散乱で生じる
  • 見る角度・光の向きで青〜緑〜藍色に変化する(色素なら角度で変わらない)
  • 裏側のメラニンが「黒い背景紙」の役割を果たし、青の鮮やかさを高めている
  • モルフォチョウの翅やシャボン玉の虹色も、同じ構造色の仲間

狩りのしかた——待ち伏せ、ホバリング、ダイブ

カワセミの狩りは、基本的に「待ち伏せ型」です。水面を見下ろせる枝や杭、手すりなどに止まり、じっと水中をうかがいます。獲物を見つけると、ほぼ垂直に近い角度で水面に突入し、くちばしで挟んで浮上します。止まる場所がない場所では、空中で羽ばたきながら一点にとどまるホバリング(停空飛翔)を行い、そこから飛び込むこともあります。

水面は光を反射し、また空気と水では光の屈折率が違うため、外から見た魚の位置は実際とずれます。カワセミはこの屈折を補正して突入していると考えられており、小さな脳と目に、かなり高度な処理が組み込まれていることになります。

捕らえた魚は、止まり木に戻って何度も枝や手すりに叩きつけてから飲み込みます。骨や背びれで喉を傷つけないためと、確実に絶命させるためです。食べるのは魚のほか、エビ類や水生昆虫。体が小さいぶん代謝が激しく、1日に自分の体重の半分近い量の餌を必要とするとされます。だからカワセミが暮らせるということは、その川に「小魚が毎日安定して獲れるだけいる」ということを意味します。

「カワセミ」はひとつの種ではない

ここで少し整理しておくと、日本語で「カワセミ」と言うとき、多くの場合この Alcedo atthis 一種を指します。しかしカワセミ科という大きなグループには世界で100種以上が含まれ、日本でも複数種が記録されています。渓流に暮らす大型のヤマセミ(全長約38cm)、夏鳥として渡来する赤い色のアカショウビン、迷鳥として南西諸島で記録される青い背のアオショウビンなどがその仲間です。

興味深いのは、カワセミ科の中には水辺にほとんど依存せず、森林で昆虫やトカゲを捕る種も少なくないことです。「カワセミ=魚を捕る鳥」というイメージは、日本で最もよく見られる種の生活からくる印象にすぎません。逆に言えば、この科はもともと環境への適応の幅が広いグループであり、都市河川という新しい環境への進出も、その柔軟性の延長線上にあると見ることができます。

種名全長のめやす主な生息環境日本での分布
カワセミ約17cm平地〜山地の川・池・湖ほぼ全国で繁殖
ヤマセミ約38cm山地の渓流・ダム湖北海道〜九州(局所的)
アカショウビン約27cm森林・渓流沿い夏鳥として渡来
アオショウビン約25cm水辺・農耕地・林縁迷鳥として石垣島・西表島などで記録
表1:日本で見られる主なカワセミ科の鳥。生息環境の幅は意外に広い

かつて、カワセミは都市から消えていた

今でこそ都心で見られるカワセミですが、数十年前の東京や大阪でカワセミを見たと言えば、それは大ニュースでした。何が起きていたのかを、川の水質という物差しで振り返ります。

「死の川」と呼ばれた隅田川

東京都の資料によれば、隅田川のBOD(生物化学的酸素要求量)は昭和36年(1961年)に37.8mg/Lに達しました。BODは水中の有機物を微生物が分解するのに必要な酸素量で、値が大きいほど汚れていることを意味します。清流のめやすが1mg/L前後、環境基準のC類型が5mg/L以下であることを考えると、37.8mg/Lという数字がいかに異常だったかがわかります。

当時の隅田川は、夏になると硫化水素の臭気が立ちのぼり、船で通る人がマスクをした、と伝えられています。溶存酸素が枯渇すれば魚は生きられません。魚がいなければ、魚を主食とするカワセミも当然いられない。カワセミの不在は、川の生態系がボトム(餌)から崩れていたことの結果でした

何が川から生きものを追い出したのか

高度経済成長期の都市河川が受けたダメージは、単一の原因ではありません。少なくとも次の四つが重なっていました。

  1. 生活排水の直接流入:下水道が未整備で、家庭の排水がほぼそのまま川へ流れ込んだ
  2. 工場排水:規制が緩く、有機物や重金属を含む排水が処理されずに放流された
  3. 三面張り護岸化:治水を優先し、川底と両岸をコンクリートで固めたことで、水生生物の生息場所と土の崖(=カワセミの営巣地)が消えた
  4. 農薬・化学物質:流域から流入する農薬が水生昆虫や小魚を減らし、食物連鎖の上位にしわ寄せがいった

特に三つ目は見落とされがちです。水がきれいでも、垂直なコンクリート壁しかない川ではカワセミは繁殖できません。カワセミは水辺の土の崖に、くちばしで50〜100cmもの横穴を掘って営巣する鳥だからです。護岸整備は、水質とは別のルートでカワセミを締め出していました。

「幻の鳥」と呼ばれた時代

こうして1960〜70年代、都市部のカワセミはほぼ姿を消しました。都市に暮らす人にとってカワセミは「図鑑で見る鳥」「山奥の清流に行かないと会えない鳥」になり、いつしか「幻の鳥」「清流の宝石」という呼ばれ方が定着します。カワセミが清流のシンボルとして語られるようになったのは、実はこの喪失の記憶と表裏一体でした。

隅田川はかつて、水質悪化により「死の川」と呼ばれていました。

― 東京都建設局「#隅田川でつながりたい」水質・生物ページ

川はどこまできれいになったのか——数字で確認する

「川がきれいになった」は感覚的に語られがちですが、日本には全国規模の水質モニタリングがあります。感想ではなく数字で確認しておきましょう。

河川BODの環境基準達成率は93.9%

環境省が公表した令和6年度の公共用水域水質測定結果によると、類型指定された2,619水域における河川のBOD環境基準達成率は93.9%(前年度93.8%)でした。河川のBOD達成率は平成18年度以降、19年連続で90%以上を維持しています。一方で、湖沼のCOD達成率は50.8%、海域のCOD達成率は78.2%にとどまり、「川は良くなったが、閉鎖性水域はまだ課題」という構図がはっきりと出ています。

区分達成率(令和6年度)前年度指標
河川93.9%93.8%BOD
湖沼50.8%52.5%COD
海域78.2%78.7%COD
健康項目(全体)99.1%99.0%カドミウム・鉛・砒素など27項目
表2:令和6年度 公共用水域の環境基準達成率(出典:環境省報道発表)

健康項目(人の健康の保護に関する27項目)の達成率は99.1%です。5,274地点・約18.8万検体の測定で、超過が確認されたのは延べ50地点。数字だけを見れば、日本の川は「毒物としては、ほぼ問題のない水準」に到達しています

下水道普及率81.4%——足元の生活が川を変えた

この改善を支えた最大の要因が下水道整備です。国土交通省などの集計では、令和5年度末の下水道処理人口は約1億128万人、下水道処理人口普及率は81.4%。浄化槽や農業集落排水施設なども含めた汚水処理人口普及率は93.3%に達しています。

つまり、日本人のおよそ10人に9人は、自宅から出た汚水が何らかの形で処理されてから川や海に届く生活をしています。1960年代にはこれがほとんどなかった。川の回復は、環境政策というより「配管工事の積み重ね」だったという見方は、決して誇張ではありません。

多摩川のアユが示す、回復の実感と揺らぎ

水質改善を生きもので実感させてくれる代表例が、多摩川のアユです。多摩川のBODは1970年代に10mg/Lを超えることがありましたが、その後改善が進み、1990年代には環境基準C類型(5mg/L以下)を達成するようになりました。

東京都は昭和58年から多摩川下流部でアユの遡上調査を続けています。近年の推定遡上数は令和2年37万尾、令和3年32万尾と低調だったのに対し、令和4年は約250万尾、令和5年は約208万尾と大きく回復しました。ただし令和6年は約37万尾と再び減少しており、近年で最も少なかった令和3年に次ぐ水準でした。

数字の読み方に注意

  • 遡上数は水温・降水量・海域の生育状況など複数の要因で大きく振れる
  • 1年の減少をもって「川がまた悪化した」と断定はできない
  • 同様に、1年の急増を「完全に回復した」と読むのも早い
  • 重要なのは数十年スケールの傾向線であり、単年の値ではない

この「振れ幅の大きさ」は、川の生きものを語るときに常に意識しておきたい点です。プラスチックごみのように蓄積して残る問題とは、時間の性質が違います(関連記事:川から海へ流れ出すプラスチックごみ)。

カワセミはなぜ都市の川に戻ったのかの要点となる3つの数字をまとめた図版
図2:数字で見る:本文で扱う3つの指標

カワセミが戻った理由は、水質だけではない

ここからが本題です。水質が良くなったからカワセミが戻った——それは正しいのですが、半分だけです。実際には、少なくとも四つの条件が同時に満たされる必要がありました。

条件①:餌となる小魚とエビが復活した

カワセミにとって最も切実なのは、「今日食べる魚がいるか」です。水質が改善した都市河川では、オイカワ、モツゴ、ヨシノボリ類などの小魚が戻り、水深の浅い場所ではエビ類やザリガニも増えました。興味深いのは、これらの中には比較的汚れに強い種も含まれるという点です。つまり「完全な清流」になる前の段階から、カワセミの食卓は成立し始めていました。

カワセミは1日に体重の半分近い量を食べる必要があります。裏を返せば、カワセミが定着した川は、単に水がきれいなのではなく「小魚の生産力が高い」川だということです。透明度と生産力は別物で、透き通っていても生きものが乏しい川はいくらでもあります。

条件②:営巣できる「土の崖」の代わりが見つかった

本来カワセミは、水辺の土の崖にくちばしで50〜100cmの横穴を掘って営巣します。繁殖期は4〜7月ごろで、白い丸い卵を6〜7個産み、両親が交代で抱卵します。条件が良ければ年に2〜3回繁殖することもあります。この繁殖力の高さは、都市への再進出を考えるうえで見逃せません。

問題は、コンクリート護岸の都市河川に土の崖がないことです。ところが都市のカワセミは、護岸に設けられた水抜き穴(排水用のパイプ孔)を巣として利用している例が確認されています。人間が治水のために作った構造物が、意図せず営巣場所として機能した。都市の中で新たに成立した「人工の崖」です。

止まり場についても同じことが起きています。都市のカワセミは、枝の代わりに河川管理用の手すりや階段、杭、フェンスを止まり木として使います。人工物を積極的に生活に組み込むタイプの適応です。

自然の土の崖の巣穴と、都市河川の護岸の水抜き穴を利用した巣を対比した断面図解
図3:自然の土の崖(左)と、都市の護岸の水抜き穴(右)。カワセミは後者を「代替の崖」として使い始めた

条件③:人を過度に恐れない都市型の行動

都市のカワセミは、人が通る遊歩道のすぐ脇で平然と狩りをしていることがあります。もともとカワセミは警戒心の強い鳥ですが、都市個体群では人間を「危険ではない背景」として学習していると考えられます。狩猟圧がなく、餌付けもされず、ただ通り過ぎるだけの存在。この距離感が成立したことが、都市定着の隠れた条件でした。

同じことは他の水鳥でも起きています。カルガモ、コサギ、カワウ、アオサギなど、都市河川の鳥相はここ数十年で明確に厚くなりました。実際、東京都の資料では隅田川で魚類23種、鳥類31種が確認されています。

条件④:小さな流域と緑地がつながっていた

四つ目は地形です。カワセミは川だけで暮らす鳥ではなく、公園の池、湧水、用水路、屋敷林の斜面といった小さな水環境をネットワークとして使います。東京の都心部にも、武蔵野台地が刻まれてできた「谷戸(やと)」と呼ばれる小さな谷地形が残り、その底には湧水や池があります。

つまり都市のカワセミは、大河川に沿って戻ってきたというより、都市の中に残った微細な水系の網目をたどって浸透してきたと見るほうが実態に近いのです。この「小流域」の視点は、次の章で詳しく扱います。

カワセミ都市回帰の4条件(まとめ)

  • ① 餌:水質改善で小魚・エビが回復し、毎日の食料が確保できるようになった
  • ② 巣:護岸の水抜き穴など、土の崖に代わる営巣空間が見つかった
  • ③ 距離:人を過度に恐れない行動が都市個体群で成立した
  • ④ 地形:公園の池・湧水・小流域が水環境のネットワークを形成していた

東京都心のカワセミ——山手線の内側で子育てする鳥

「都市でカワセミが増えた」という話は、いまや郊外の話ではありません。東京の、それも都心のど真ん中で起きています。

『カワセミ都市トーキョー』が記録した発見

2024年1月、平凡社新書から『カワセミ都市トーキョー 「幻の鳥」はなぜ高級住宅街で暮らすのか』(柳瀬博一 著)が刊行されました。著者は東京工業大学(現・東京科学大学)の教授で、日経BPで記者・編集者を務めた経歴を持ちます。

この本が示したのは、東京都心の複数の場所——山手線の内側を含む地点——で、カワセミのつがいが交尾し、巣を作り、雛を育て、巣立ちまで至る一連の繁殖行動が観察されたという事実です。「都心にたまに飛んでくる」のではなく、都心で世代をつないでいる。これは意味がまったく違います。

著者はこの現象を、単なる「自然の回復」ではなく「小さな流域(小流域)思考」という視点から読み解いています。東京の高級住宅街の多くは、武蔵野台地の縁や谷戸地形の上に立地しています。谷の底には湧水があり、池があり、斜面には緑が残る。地価が高く開発圧の強い都心で、皮肉にも高級住宅街という形で残された地形と緑が、カワセミの生息条件を保存していたという指摘です。

「旧い野生」ではなく「新しい野生」

ここで重要なのは、都市のカワセミが「昔の自然が戻ってきた」わけではないという点です。彼らが使っているのは、コンクリートの手すりであり、排水用の水抜き穴であり、人工的に整備された公園の池です。人間が作り変えた環境の上に、新しく成立した生態系——いわば「新しい野生」の住人なのです。

これは、里山や里海の考え方と通じます。人の手が入った環境が、必ずしも生物多様性を損なうとは限らない。むしろ適切な関与が生きものを支えることがある(関連記事:里海とは何か 人の手が海を豊かにする思想)。都市河川のカワセミは、その都市版と言えるかもしれません。

全国鳥類繁殖分布調査が捉えた変化

個別の観察だけでなく、全国規模のデータも参考になります。環境省生物多様性センターなどが実施した「全国鳥類繁殖分布調査(2016-2021年)」は、約20年ぶりとなる大規模調査で、2,106人の参加者が全国2,344か所を調査し、379種の情報を記録、278種の繁殖分布図が作成されました。

この調査が浮かび上がらせたのは、一律の増減ではなく「入れ替わり」です。森林性の鳥や外来鳥類が分布を広げる一方、スズメやツバメといった、これまで最も身近だった農耕地・開放地の鳥が減少していました。「身近な鳥が減り、かつて遠かった鳥が近づく」——カワセミの都市回帰も、この大きな再編の一コマとして位置づけられます。

カワセミは「川の健康診断書」か——指標種としての有効性と限界

カワセミがいる川はいい川だ、とよく言われます。この直感はどこまで正しいのでしょうか。指標種という考え方を通して検討します。

指標種としてのカワセミの強み

指標種とは、その存在や個体数が環境の状態を示してくれる生物のことです。カワセミが指標として優れているのは、次の点にあります。

  • 食物連鎖の上位にいる:小魚が十分いなければ生きられないので、生態系の下層の健全さがまとめて反映される
  • 営巣に構造を必要とする:水質だけでなく、岸辺の物理的な多様性まで含めて評価できる
  • 目立つ・同定しやすい:専門家でなくても識別でき、市民による記録が集まりやすい
  • 定着性がある:一時的な通過ではなく、繁殖の有無で環境の「持続的な質」を測れる

とくに四つ目は重要です。「見た」ではなく「繁殖した」を指標にすると、精度がぐっと上がります。渡りや分散の途中で一度立ち寄っただけの個体は、その場所の質を保証しません。

しかし「カワセミ=豊かな川」とは限らない

一方で、カワセミの存在を過大に読むことには注意が必要です。理由は三つあります。

第一に、カワセミが食べる小魚の中には、汚濁にかなり強い種も含まれます。前述のとおり、川が「清流」に戻る前の段階でもカワセミの食卓は成立し得ます。カワセミがいることは「魚がいる」ことの証明であって、「水がきれい」の証明ではありません。

第二に、BODやCODでは測れない汚染があります。マイクロプラスチック、農薬、医薬品成分、PFAS等の微量化学物質は、有機物指標では検出されません。健康項目の達成率が99.1%であることは心強い数字ですが、それは「測っている27項目については問題が少ない」という意味であって、測っていないものについては何も言っていません。

第三に、単一種の存在では生物多様性の質を測れません。カワセミがいても、在来の水生植物が消え、外来種が優占し、底生生物の種数が激減している川はあり得ます。カワセミは「ある一断面が良好」を示すセンサーであって、川全体の総合診断書ではないのです。

指標として言えること指標として言えないこと
小魚が安定して供給されている水が化学的にきれいである
岸辺に営巣可能な構造が残っている在来の水生生物相が保たれている
人間の攪乱が過度でない外来種の侵入が抑えられている
食物連鎖の中位までは機能している生態系全体の多様性が高い
表3:カワセミという指標が語れること/語れないこと

「カワセミがいるから大丈夫」の落とし穴

象徴的な生きものの回復は、環境政策の成功として語りやすく、行政にとっても市民にとっても分かりやすい成果です。それ自体は良いことですが、1種の回復をもって課題全体が解決したと受け取ってしまうと、見えにくい汚染や多様性の劣化が放置されます。「カワセミが戻った、だから次は何を見るか」と問い続ける姿勢が要ります。

カワセミに会いに行く——観察のコツと守りたいマナー

ここまで読んで「自分の街の川にもいるのでは」と思った方へ。探し方と、絶対に守ってほしいことをまとめます。

どこを探すか

やみくもに川沿いを歩いても効率は上がりません。カワセミが好む条件を絞って探しましょう。

  • 水深が浅く、底が見える場所:水中の魚を上から視認できることが狩りの前提
  • 水面を見下ろせる止まり場がある:張り出した枝、杭、手すり、フェンス、看板の縁
  • 流れが緩い場所:堰の下、淀み、池、用水路の合流部
  • 人工物でもよい:公園の池、調整池、皇居の濠のような都市の止水も有力
  • 橋の下や日陰:直射を避けて休んでいることが多い

いつ、どう探すか

時間帯は早朝と夕方が狙い目です。人が少なく、カワセミの採餌活動が活発になります。季節としては、繁殖期の春から初夏は行動が活発になり観察しやすい一方、後述の理由から巣への接近は厳禁です。冬は水草が枯れて見通しが良く、初心者にはむしろ探しやすい季節です。

探すときは目より先に耳を使います。カワセミは飛びながら「チーッ」「ツィーッ」という細く高い声で鳴きます。この声を覚えておくと、姿を見つける確率が跳ね上がります。声がした方向の水面すれすれを目で追うと、青い線が横切るのが見えます。

初心者が最初にやるべき3つ

  • 近所の川・池を地図で洗い出し、「浅い・流れが緩い・止まり場がある」場所に印をつける
  • スマホでカワセミの鳴き声を数回聴いて記憶しておく(探索効率が最も上がる準備)
  • 双眼鏡(8倍程度)を用意する。カメラより先に双眼鏡のほうが観察は楽しい

守るべきマナー——特に繁殖期

カワセミは人気の被写体であるがゆえに、観察・撮影による悪影響が各地で問題になっています。以下は必ず守ってください。

  1. 巣穴に近づかない・場所を公表しない:営巣放棄や捕食者の誘引につながります。SNSでの位置情報付き投稿も避けましょう
  2. 餌付けをしない:生きた小魚を放して撮影する行為が報告されていますが、行動を変え、他の生物にも影響します
  3. 枝を折る・草を刈るなど環境を改変しない:撮影の邪魔だからと止まり木周りを整備するのは論外です
  4. フラッシュを使わない:夜間や薄暮での強い光は大きなストレスになります
  5. 長時間の占有をしない:同じ場所に大人数が長時間留まると、その区間が使われなくなります
  6. 私有地・立入禁止区域に入らない:河川管理施設は転落や増水の危険もあります

野鳥観察の基本は「見つけた場所を守ること」です。あなたが見られたということは、その場所がまだ機能しているということ。次の人も見られる状態で残すのが、観察者の最低限の責任です。渡り鳥の中継地保全でも同じ議論があります(関連記事:シギ・チドリと干潟の危機)。

都市河川でのカワセミ観察のマナーを示したイラスト。距離を保つ、巣に近づかない、餌付けしない
図4:観察の基本は距離。見つけた場所を次の人にも残すことが観察者の責任

都市の川をもっと豊かにするために

カワセミの回復は到達点ではなく、途中経過です。ここから川をどうするか。三つの方向から考えます。

①「流す前」を変える——家庭の排水という一次情報

下水道普及率81.4%、汚水処理人口普及率93.3%という数字は、裏返せばまだ約7%の人口が汚水処理につながっていないことを意味します。また、下水処理場は有機物や窒素・リンを削減できますが、家庭で流された油、微量の薬剤、マイクロプラスチックのすべてを除去できるわけではありません。

食用油を排水口に流さない、洗剤を必要量にとどめる、飲み残しや薬を流さない。地味ですが、処理場の負荷を下げることは、処理しきれない分の流出を減らすことに直結します。「川をきれいにする」の実務は、ほとんどが台所とお風呂場で起きています。

②「岸辺」を変える——多自然川づくりという方向

水質が改善した今、都市河川の生物多様性のボトルネックは物理的な単調さに移りつつあります。三面張りで直線化された川は、水がきれいでも生きものの居場所が乏しい。近年の河川整備では、治水機能を確保しつつ瀬と淵の変化や水際の植生、土の斜面を残す「多自然川づくり」が進められています。

カワセミにとって、これは営巣可能な土の崖が戻ることを意味します。水抜き穴という「代用品」でしのいでいる現状から、本来の営巣環境へ。護岸の改修や河川整備の計画は自治体が住民意見を募ることも多く、市民が関与できる余地があります。

③「記録する」——市民の目がデータになる

全国鳥類繁殖分布調査が2,106人のボランティアによって成立したように、鳥類のモニタリングは市民参加なしには成り立ちません。いつ、どこで、何羽、何をしていたか。この単純な記録の蓄積が、数十年後に「あの頃こう変わっていた」を語れる唯一の証拠になります。

特にカワセミは識別が容易で、市民科学と相性の良い種です。観察記録アプリや地域の野鳥の会への報告、自治体の生きもの調査への参加など、参加の入り口は増えています(関連記事:市民科学とは?だれでも参加できる生きもの調査)。

今日からできること

  • 近所の川や公園の池を、双眼鏡を持って一度歩いてみる(まず「いるかどうか」を知る)
  • 台所で油と食べ残しを流さない習慣を徹底する(処理場の負荷を減らす)
  • 見つけたら記録する。ただし巣の位置は公開しない
  • 自治体の河川整備計画やパブリックコメントに目を通し、水際の扱いを確認する
  • 地域の生きもの調査・清掃活動に年に一度でも参加する

青い一線が意味するもの

カワセミが都市に戻ってきたのは、誰か一人の功績ではありません。下水管を敷いた人、排水規制を作った人、処理場を動かし続けている人、川の水を毎月測っている人、河川整備で水際を残すよう主張した人、そして毎日ふつうに油を流さなかった無数の人。その総和として、あの17cmの鳥はコンクリートの川に帰ってきました

同時に、それは「回復した」という完了形ではありません。多摩川のアユの遡上数が年ごとに大きく揺れるように、都市の生態系は薄い氷の上に成立しています。指標が測れていない汚染も残っています。青い一線が横切ったとき、私たちが受け取るべきは安心ではなく、ここまでは戻せたという事実と、まだ戻していないものへの問いなのだと思います。

この記事のポイントを箇条書きでまとめた図版
図5:この記事のポイント。詳しくは各章で解説している

参考文献・出典

  1. 環境省 – 令和6年度公共用水域水質測定結果及び地下水質測定結果について(河川BOD達成率93.9%等)
  2. 東京都建設局 – 「#隅田川でつながりたい」水質・生物(昭和36年BOD37.8mg/L、現在1〜3mg/L、魚類23種・鳥類31種)
  3. 国土交通省 – 令和5年度末の汚水処理人口普及状況について(下水道処理人口普及率81.4%、汚水処理人口普及率93.3%)
  4. 環境省 – 自然環境保全基礎調査 全国鳥類繁殖分布調査(2016-2021年)について
  5. 東京都島しょ農林水産総合センター – 令和6年アユ遡上調査取りまとめ(多摩川の推定遡上数)
  6. 東京都 – 推定208万尾のアユが多摩川を遡上(令和5年 報道発表)
  7. 東京都建設局 – 河川の生きもの図鑑 カワセミ(形態・生態・繁殖)
  8. 日本野鳥の会 BIRD FAN – カワセミ(Alcedo atthis)の分布・生態解説
  9. 平凡社 – 柳瀬博一『カワセミ都市トーキョー 「幻の鳥」はなぜ高級住宅街で暮らすのか』平凡社新書(2024年1月刊)
  10. 国土交通省 水管理・国土保全局 – 河川水質の概要〜水質改善の取組みと成果〜

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