3億7900万t
南極海のオキアミ現存量の推定値(1926〜2004年の観測を平均した最良推定)
約440km
1920年代以降に分布の中心が南へ移動した距離(南西大西洋区)
2000万t
オキアミの糞粒が1シーズンに深海へ隔離する炭素の量

南極の海を思い浮かべるとき、多くの人はまずクジラやペンギン、アザラシを思い描くでしょう。けれど、その巨大な生き物たちを実際に食べさせているのは、体長わずか6センチほどの、透きとおったエビに似た小さな甲殻類です。名前をナンキョクオキアミ(学名 Euphausia superbaといいます。

この小さな生き物のすごさは、その数にあります。南極海全体でどれだけいるのかを長期の観測から推定した研究では、およそ3億7900万トンという値が最良推定として示されました。人類が世界中の海から1年間に獲る水産物の総量が9000万トン前後であることを考えると、それが一種類の動物として海に存在している、という桁の話です。密集した群れは1立方メートルあたり1万〜3万個体に達し、衛星からも赤みを帯びた帯として見えることがあります。

そして近年、この巨大な資源をめぐって状況が動き始めています。海氷の減少にともなって分布はゆっくり南へ移動し、漁業は2025年に史上初めて設定された上限に到達しました。同時に、オキアミが糞を通じて深海へ運ぶ炭素の量が、マングローブ林や海草藻場に匹敵することもわかってきました。この記事では、ナンキョクオキアミという生き物のおもしろさと、いま起きている変化を、公的機関や査読論文の情報にもとづいて整理していきます。

この記事で学べること

  • ナンキョクオキアミの体のつくり・寿命・群れの規模といった生き物としての基本
  • なぜ「南極海のキーストーン(かなめ)種」と呼ばれるのか、食物網での位置づけ
  • 卵が深海へ沈みながら育つ生活史と、海氷の裏で冬を越す子どもたちの暮らし
  • 温暖化と海氷減少が分布・加入量にもたらしている変化と、その不確かさ
  • CCAMLRによる漁業管理の仕組みと、2025年に初めて漁獲が上限に達した意味
  • 糞粒が炭素を深海へ運ぶ「もうひとつのブルーカーボン」としての働き

ナンキョクオキアミとはどんな生き物か

まずは「オキアミ」という生き物そのものを知るところから始めましょう。名前に「アミ」と付き、見た目も小さなエビそっくりですが、分類上はエビともアミ類とも異なるオキアミ目(Euphausiacea)という独立したグループに属します。世界の海に約85種が知られており、そのうち南極海に暮らす代表格がナンキョクオキアミです。

全長6センチ、透きとおる体と光る器官

成体の全長はおよそ5.0〜6.5センチ、体重は平均2グラムほど。メスのほうがわずかに大きくなります。体は半透明で、内臓に取り込んだ植物プランクトンの色素が透けて緑がかって見えることもあります。頭胸部には黒く大きな複眼があり、胸には餌をこし取るための細かい毛を備えた脚が並びます。

特徴的なのが、体の各所に配置された発光器です。腹部や眼の付け根などにあり、青い光を放ちます。役割は完全には解明されていませんが、下から見上げる捕食者に対して自分の影を消す「カウンターイルミネーション」や、群れの中での同調に使われていると考えられています。

5〜7年生きる「長寿のプランクトン」

プランクトンというと数日〜数か月で世代交代する短命な生き物を想像しがちですが、ナンキョクオキアミは違います。寿命は5〜7年、条件によっては11年に達するという報告もあり、性成熟までにおよそ2年かかります。自力で長距離を泳ぐ力は限られ、海流に乗って運ばれる部分が大きいため分類上は動物プランクトンですが、その暮らしぶりはむしろ小型の魚に近い長さの時間軸を持っています。

この「長寿」という性質は、資源としての振る舞いにも影響します。ある年に生まれた世代(コホート)が何年も個体群に残るため、良い年の加入が続けば資源は厚くなり、悪い年が続けば数年遅れで影響が表れます。単年の観測だけでは全体像がつかみにくい理由のひとつです。

世界に約85種——日本の海にもいるオキアミの仲間

オキアミ目の仲間は南極だけの生き物ではありません。世界の海に約85種が分布し、それぞれの海域で食物網の中間を担っています。日本近海にも複数種がいて、なかでも三陸沖などで漁獲されるツノナシオキアミ(通称イサダ)は釣り餌や養殖飼料としておなじみです。国内で「オキアミ」として売られているもののかなりの部分は、南極産ではなくこのイサダです。

つまりオキアミという生き方——植物プランクトンを直接こし取って大量に増え、上位の動物にまとめて食べられる——は、世界中の海で繰り返し成功しているモデルなのです。そのなかでナンキョクオキアミが突出しているのは、南極海という舞台が与える餌の量と、天敵に対して群れという答えを出した規模の大きさによります。

1立方メートルに1万〜3万個体という群れの密度

ナンキョクオキアミの最大の特徴は、きわめて密な群れ(スウォーム)をつくることです。密集した群れでは1立方メートルあたり1万〜3万個体に達し、群れ全体の広がりは数キロメートル、個体数は数十億〜数兆に及ぶことがあります。船の魚群探知機には海底のような濃い反応として映り、この音響的な性質を利用して資源量調査が行われています。

群れの構成にも興味深い偏りがあります。若い個体だけの群れ、メスばかりの群れ、オスばかりの群れが観察されており、単なる偶然の集合ではなく、なんらかの社会的な構造がある可能性が指摘されています。ただしその仕組みはまだ解明の途上です。

項目内容
和名/学名ナンキョクオキアミ/Euphausia superba
分類節足動物門 甲殻亜門 オキアミ目
全長・体重成体で5.0〜6.5cm、平均約2g
寿命5〜7年(最長11年の報告あり)/成熟まで約2年
分布南極海(南極周極流の南側を中心に周極的に分布)
主な餌植物プランクトン、アイスアルジー(氷の裏の藻類)、小型動物プランクトン
群れの密度密集時で1万〜3万個体/立方メートル
現存量の推定約3億7900万トン(推定の幅は6000万〜5億トン)
ナンキョクオキアミの基本データ(各種公的資料・査読論文にもとづく)
ナンキョクオキアミの体の各部位(複眼・胸脚・発光器・尾扇)を示した解説図
ナンキョクオキアミの体のつくり。細かい毛の生えた胸脚で植物プランクトンをこし取る

なぜ南極海に、これほど大量にいるのか

3億トンを超える生物量が一種類の動物に集中する例は、地球上でもきわめてまれです。なぜ南極海なのか。その答えは、この海に用意された「餌の供給装置」の特殊さにあります。

海氷の裏側に広がる「アイスアルジー」の牧草地

南極の海氷は、ただの氷の板ではありません。氷の内部や裏側の細かい隙間には、アイスアルジー(氷藻)と呼ばれる珪藻類などの藻類が高密度で暮らしています。氷の裏面は褐色に染まるほどで、これが冬から早春にかけての貴重な餌場になります。

とくに生まれて間もない幼生にとって、この氷の裏の牧草地は生死を分けます。冬の南極海は光が乏しく、水中の植物プランクトンはほとんど増えません。海氷という「冷蔵庫つきの食料庫」があるからこそ、若い個体は最初の冬を越えられます。海氷の量と持続期間が、翌年以降のオキアミの数を左右するという関係の根っこはここにあります。

南極周極流と湧昇が運ぶ栄養塩

南極大陸のまわりを東向きに回り続ける南極周極流は、地球最大の海流です。この流れに沿って、深海から栄養塩に富んだ水が湧き上がってきます。夏になって日照が戻り海氷が解けると、栄養と光がそろい、植物プランクトンが一気に増殖(ブルーム)します。

この爆発的な一次生産をほぼ独占的に利用できる位置に、ナンキョクオキアミはいます。植物プランクトンが地球規模の生産を支える仕組みは 植物プランクトンが地球の酸素の半分をつくる でも解説しています。

推定3億7900万トンという桁

現存量の推定には長い研究の蓄積があります。1926年から2004年までの標準化されたネット採集データを再解析した研究では、南極海全体の平均現存量の最良推定値として3億7900万トンが示されました。ただし推定手法や年による変動が大きく、文献全体では6000万トンから5億トンまで幅があります。

現在、漁獲枠の根拠となる資源量推定には、ネット採集より音響調査(計量魚群探知機による調査)が主に用いられます。船で決められた測線をたどりながら反射強度を記録し、ネット採集の体長組成と組み合わせて量を算出する方法です。それでも南極海は広大で、氷に阻まれて入れない海域も多く、推定には避けがたい不確かさが残ります。

「現存量が多い=獲っても大丈夫」ではない理由

  • 現存量の推定値は年ごと・海域ごとの変動が大きく、ある年の値をそのまま将来に当てはめられない
  • オキアミは自力での移動が限られ、海流に運ばれるため、局所的に薄くなった場所がすぐには埋め合わされない
  • 捕食者(ペンギン・アザラシ)は繁殖地から数十キロの範囲でしか採餌できず、その狭い範囲での密度が生死を分ける
  • つまり「南極海全体の総量」と「あの島のペンギンが食べられる量」は別の問題である
海氷の裏に付着したアイスアルジーと、それを食べるオキアミ幼生を描いた断面図
海氷の裏面に育つアイスアルジー。冬の幼生にとって唯一に近い餌場になる

南極の食物網を支える「かなめ」としての役割

ナンキョクオキアミが「キーストーン種(要石となる種)」と呼ばれるのは、単に数が多いからではありません。南極海の食物網が、この一種にきわめて強く依存する構造になっているからです。

クジラ、アザラシ、ペンギン——オキアミに依存する動物たち

シロナガスクジラ、ナガスクジラ、ザトウクジラといったヒゲクジラ類は、夏の南極海でオキアミを大量に飲み込んで一年分の脂肪を蓄えます。クジラが数千キロを移動する理由については クジラの回遊はなぜ数千kmも続くのか で詳しく扱いました。

アザラシではカニクイアザラシが際立っています。名前に反して主食はカニではなく餌の9割以上がオキアミで、歯が複雑な突起を持つ「ふるい」の形に進化しており、海水ごと吸い込んでオキアミだけを濾し取ります。世界でもっとも個体数の多いアザラシとされるのも、この特化の成果です。

ペンギンでは、アデリー、ヒゲ、ジェンツー、マカロニなどがオキアミを主要な餌にしています。ペンギンが深く長く潜れる仕組みについては ペンギンはなぜ深く長く潜れるのか をご覧ください。ほかにも魚類、イカ類、海鳥、そしてそれらを食べるシャチやヒョウアザラシまで、南極海の主要な動物のほとんどが直接・間接にオキアミにつながっています。

数字で見る、捕食者たちの消費量

捕食者が年間にどれだけのオキアミを食べているかの推計には大きな幅がありますが、桁を知るには十分な材料があります。ヒゲクジラ類全体で年3400万〜4300万トン、アザラシ類全体では6300万〜1億3000万トンという推計が示されています。1頭のシロナガスクジラが1日に食べるオキアミは数百万個体、アデリーペンギン1羽でも1日1キログラム前後です。

捕食者オキアミへの依存度消費量の推計(年間)
ヒゲクジラ類(シロナガス・ナガス・ザトウ等)夏季の主要な餌3400万〜4300万トン
アザラシ類(カニクイアザラシが中心)カニクイアザラシは餌の9割以上6300万〜1億3000万トン
ペンギン類(アデリー・ヒゲ・ジェンツー等)繁殖期の主食1羽あたり1日約1kg
魚類・イカ類・海鳥多くの種で主要な餌推計の幅が大きい
南極海の主な捕食者とオキアミ消費量の推計。数値は研究により幅があり、桁の目安として見てほしい

回復するクジラと、オキアミをめぐる新しい競合

ここには、うれしい変化がもたらした難しい問題もあります。20世紀の商業捕鯨で激減した南極海のヒゲクジラ類は、保護によって回復しつつあります。ザトウクジラやナガスクジラが南極半島周辺に戻ってきているという報告が相次いでおり、これ自体は保全の成果です。

ただし、クジラが増えるということはオキアミを食べる口が増えるということでもあります。2024年に Nature Communications に発表された研究は、クジラの回復とオキアミ漁業の拡大が同じ海域・同じ季節に重なりつつあり、「人と野生動物の競合」という新しい局面が生まれていると指摘しました。かつては「捕鯨でクジラが減った分、余ったオキアミが他の動物を増やした」という仮説(オキアミ余剰仮説)が語られましたが、いまはその逆回しが進行しているわけです。

重要なのは、この競合が海域単位で起きるという点です。南極海全体では余裕があっても、クジラも、ペンギンも、漁船も、オキアミが濃く集まる同じ場所に来ます。管理の焦点が「総量」から「配分」へ移っている理由がここにあります。

「短い食物連鎖」がもたらす豊かさと、もろさ

南極海の食物網は植物プランクトン → オキアミ → 大型捕食者という、わずか3段階で完結する部分を持ちます。エネルギーは栄養段階を1つ上がるごとに大きく失われるため、段数が少ないほど効率がよい。シロナガスクジラという地球史上最大の動物が南極海に育まれたのは、この短さのおかげです。

しかし、効率のよさは裏返せばもろさでもあります。中間に代わりのきく種が少ないため、オキアミが減れば衝撃はそのまま上位へ伝わります。実際、南極半島の一部ではヒゲペンギンの個体数が大きく減少しており、海氷とオキアミの変化との関連が指摘されています。オキアミを食べる動物の側の変化から、海の状態を読み取る研究も進んでいます。

植物プランクトンからオキアミ、クジラ・ペンギン・アザラシへとつながる南極海の食物網の図
3段階で完結する南極海の食物網。効率がよい一方、中間の一種に依存する構造でもある

オキアミの一生——深海へ沈む卵と、氷の下の冬

ナンキョクオキアミの生活史は、南極という環境に合わせて独特の形をしています。とくに卵の育ち方と、冬の越し方には驚かされます。

沈みながら育つ卵——「降下発生」という戦略

夏、メスは1回の産卵で数千個の卵を産みます。産まれた卵は水面近くにとどまらず、沈みながら発生を進めます。数百メートルから1000メートル前後まで沈降する間に細胞分裂が進み、ノープリウス幼生としてふ化。今度は餌のある表層を目指して自力で上昇していきます。この一連の動きは「降下発生(developmental ascent/descent)」と呼ばれます。

なぜ沈むのか。表層は捕食者が多く、また卵が海流で好適でない海域へ流されるリスクもあります。深い層でひっそりと発生を終えるほうが生き残りやすい、という説明が有力です。ふ化した幼生は餌をまったく取らないまま数百メートルを泳ぎ上がるため、この上昇に間に合うかどうかが最初の関門になります。

海氷の下で最初の冬を越す

表層にたどり着いた幼生は、カリプトピス期、ファーシリア期と段階的に姿を変えながら夏の植物プランクトンを食べて育ちます。そして秋が来ると、彼らは海氷の裏側に集まり、アイスアルジーを食べながら冬を越します。氷の凹凸は捕食者からの隠れ場所にもなります。

この段階で海氷が少ない年、あるいは氷が張るのが遅く解けるのが早い年は、若い個体の生き残りが悪くなります。オキアミの加入量(新しい世代が個体群に加わる量)が海氷の状況と強く相関するのは、この冬の関門があるからです。

飢えると体が縮む——脱皮でサイズを下げる能力

もうひとつ、ナンキョクオキアミには珍しい能力があります。餌が乏しい冬の間、脱皮のたびに体を小さくして、必要なエネルギーを減らすのです。多くの甲殻類にとって脱皮は成長の手段ですが、オキアミはそれを「縮小」にも使います。

縮むだけではありません。飢餓に耐えるあいだ、オキアミは代謝そのものを落とし、体に蓄えた脂質を少しずつ使いながら春を待ちます。冬の南極海で数か月にわたり餌がほとんど得られない状況を、体を小さくし、燃費を下げ、氷の裏のわずかな藻類でしのぐという三段構えで乗り切っているわけです。極限環境に適応した生き物の戦略として、シンプルでありながら非常に洗練されています。

この性質は生存戦略として優秀ですが、研究には厄介な問題をもたらします。体長から年齢を推定する一般的な方法が使えなくなるためです。同じ体長の個体が2歳かもしれず、6歳かもしれない。オキアミの年齢構成や資源動態の把握が難しい理由のひとつになっています。

ナンキョクオキアミの一生(要点)

  • 夏、メスが数千個の卵を産む。卵は数百〜1000m沈みながら発生する(降下発生)
  • ふ化した幼生は餌を取らずに表層へ泳ぎ上がる。ここが最初の関門
  • 夏の間に植物プランクトンを食べて成長し、秋には海氷の裏に移動して越冬する
  • 成熟まで約2年、寿命は5〜7年(最長11年の報告あり)
  • 餌が乏しいと脱皮のたびに体を縮めてしのぐため、体長から年齢を推定できない
オキアミの卵が沈みながら発生し、幼生が表層へ上昇する生活史のサイクル図
沈みながら育ち、泳いで戻る。南極海の水柱を大きく縦に使う生活史

温暖化と海氷減少が、オキアミを南へ押しやっている

ここからは、いま起きている変化の話です。ナンキョクオキアミの暮らしは海氷に強く結びついているため、南極の温暖化はそのまま生活基盤の変化として現れます。

分布の中心が約440km南下した

1920年代からの長期データを解析した研究(Atkinson ら、2019年 Nature Climate Change)は、南西大西洋区においてナンキョクオキアミの分布の中心が約440キロメートル南(極方向)へ移動したことを示しました。同時に、分布域の北側の縁では群れの出現頻度が下がり、密度も低下していました。

この海域は南極でもとくに温暖化が速く進んでいる場所で、年間の海氷期間が3か月ほど短くなったと報告されています。幼若個体の加入量の低下も同時期に観測されており、環境変化と個体群の応答が結びついていることを示唆します。

2023年、観測史上最小の海氷

南極の海氷面積は2023年2月に衛星観測史上の最小を記録し、その後の冬(6〜9月)にも記録的な低水準が続きました。北極と違って南極の海氷は長らく明確な減少傾向を示していませんでしたが、2016年ごろを境に低い状態が目立つようになっています。

海氷が減ることの影響は複合的です。幼生の越冬場所とアイスアルジーが減るだけでなく、海面が露出することで海洋から大気への熱の放出や波浪の影響も変わります。氷という覆いを失った海は、風と波にさらされて表層の混ざり方まで変わり、植物プランクトンの増え方にも波及していきます。

南極半島以外の海域では何が起きているのか

変化の話の多くは南極半島から南大西洋にかけての「南西大西洋区」に集中しています。ここは世界のオキアミ研究がもっとも蓄積された海域であり、同時にもっとも温暖化が速い海域でもあるためです。オキアミ漁業もほぼこの海域に集中しています。

一方、インド洋区や太平洋区といった他のセクターについては、そもそも調査の頻度が低く、長期的な傾向を語れるだけのデータが足りません。南極海は面積が約2000万平方キロメートルにおよび、その多くが一年の大半を氷と荒天に閉ざされます。「わかっていること」と「調べられていないこと」の差が、この海ではとりわけ大きいという前提は押さえておきたいところです。

「減っている」と言い切れない難しさ

ここで正直に書いておくべきことがあります。南極海全体でオキアミが何割減ったのかは、実はまだ確定していません。「1970年代から8割減った」といった数字が引用されることがありますが、これは特定の海域・特定の手法にもとづく推定であり、研究者の間でも解釈が分かれています。

難しさの理由は複数あります。調査手法がネット採集から音響調査へ移り変わって長期比較がしにくいこと、海域や年による変動がもともと非常に大きいこと、氷に阻まれて調査できない海域があること、そして体長から年齢がわからないこと。分布が南へ移動していることと、加入量の変動が大きくなっていることは多くの研究が一致して示していますが、総量の増減については慎重な表現が必要です。

変化について、確からしさの度合いを分けて考える

  • 確からしい:南西大西洋区で分布の中心が南へ移動している(長期データで一致)
  • 確からしい:南極半島周辺の海氷期間が短くなり、若い個体の加入が不安定になっている
  • 確からしい:オキアミに依存するヒゲペンギンなど一部の捕食者が減少している
  • 議論がある:南極海全体の現存量が長期的にどれだけ減ったのか(手法差と変動が大きい)
  • 未知が大きい:将来の分布と生産量が温暖化のもとでどう変わるか(モデル間の差が大きい)
南極半島周辺でオキアミの分布が南へ移動する様子を示した模式図
南西大西洋区で観測された分布の南下。温暖化の速い海域ほど変化が顕著

オキアミ漁業のいま——62万トンという「引き金」

ナンキョクオキアミは商業的に漁獲されています。そして2025年、この漁業は歴史上はじめて設定された上限に到達しました。何が起きているのかを順を追って見ていきます。

CCAMLR——生態系ごと管理することを決めた国際機関

南極海の生物資源を管理しているのは南極海洋生物資源保存委員会(CCAMLR)です。1980年に採択された条約にもとづき1982年に発足しました。設立の直接のきっかけは、1970年代にソ連などがオキアミ漁を急拡大させたことへの危機感でした。

CCAMLRが画期的だったのは、対象種だけでなく、それを食べる捕食者や生態系全体への影響を考えて漁獲を決めるという方針(生態系アプローチ)を条約に明記した点です。当時としては先進的な考え方で、いまも世界の漁業管理の参照点になっています。

管理機関の公式サイトを見るCCAMLR|オキアミ漁業と持続可能性南極海の資源管理を担う国際機関の公式解説。漁獲可能量・トリガーレベル・生態系配慮型管理の考え方が読める(英語)。🔗 ccamlr.org

予防的漁獲可能量562万トンと、トリガーレベル62万トン

オキアミ漁の中心である第48区(南極半島から南大西洋にかけての海域)には、2つの上限が設定されています。ひとつは資源評価から算出された予防的漁獲可能量561万トン(2010年設定)。もうひとつがトリガーレベル62万トンです。

なぜ2段構えなのか。561万トンという枠は広大な海域全体の合計であり、もし漁船が一か所に集中すれば、その海域のペンギンやアザラシは餌を奪われかねません。そこでCCAMLRは「漁獲を空間的に適切に配分する仕組みが合意されるまでは、62万トンを超えて操業しない」という歯止めを設けました。62万トンという数字は、各小海区の過去最大漁獲量を足し合わせて決められたものです。

この62万トンを小海区ごとに配分していたのが保存措置51-07でした。48.1小海区に25%(15.5万トン)、48.2と48.3に45%(27.9万トン)、48.4に15%(9.3万トン)という上限です(合計が100%を超えるのは、操業に柔軟性を持たせるための意図的な設計)。

2025年、初めて上限に達した漁期

この保存措置51-07が、2024年の会合で4年連続して延長の合意に至らず、2024年漁期をもって失効しました。その結果2025年漁期からは、48.1〜48.4の合計62万トンという枠だけが残り、海域ごとの配分がなくなりました。

起きたことは明確でした。2025年、漁獲は史上はじめてトリガーレベルに達して漁期が打ち切られ、48.1小海区だけで約35.8万トンが漁獲されました。それまで16年間は51-07によって15.5万トン前後に抑えられていた海域です。48.1小海区はブランズフィールド海峡やジェラーシュ海峡を含み、ペンギンの繁殖地やクジラの索餌場が集中する場所でもあります。2025年10〜11月のCCAMLR年次会合でも新たな管理措置と海洋保護区について合意に至らず、状況は続いています。

第48区の漁獲量できごと
2023年約42.4万トン48.1〜48.3小海区で42万4203トン。ノルウェーが67.2%、中国17.1%、韓国8.4%
2024年約49.8万トン保存措置51-07の延長合意が4年連続で不成立、年末で失効
2025年62万トン(上限到達)史上初めてトリガーレベルに達し漁期を打ち切り。48.1小海区だけで約35.8万トン
オキアミ漁獲量の推移と管理措置の変化(CCAMLR漁業報告書等にもとづく)

誰が獲り、何に使われているのか

現在の主要な漁業国はノルウェー、中国、韓国で、2013〜2023年の累計ではノルウェーが63.6%、中国が17.1%、韓国が11.4%を占めます。ほかにウクライナ、チリが操業しています。

用途は大きく3つ。養殖魚の飼料(サーモンなどの餌に配合され、身の色づきにも寄与する)、釣り餌、そしてクリルオイルなどの健康食品です。オキアミにはEPA・DHAといったオメガ3脂肪酸に加え、赤い色素のアスタキサンチンが含まれるため、サプリメント原料としての需要が伸びています。この需要の拡大が、漁獲圧の増加の背景にあります。

日本はどうかというと、1974年に日本水産(現ニッスイ)が民間企業として世界で初めてオキアミ漁を事業化した歴史を持ちますが、2012年に漁船を売却して以降、操業していません。国内で「オキアミ」として流通する釣り餌や食品の多くは、三陸沖などで獲れるツノナシオキアミ(イサダ)です。

日本語の一次資料を読む国際漁業資源の現況「ナンキョクオキアミ 南極海」水産庁・水産研究・教育機構がまとめた日本語の公式資源評価。生物学的特徴から漁獲統計、管理の経緯までを網羅している(PDF)。🔗 kokushi.fra.go.jp

認証と、業界の自主的な取り組み

オキアミ漁業をめぐっては、国際的な管理措置とは別に、認証制度と業界の自主規制という2つの層があります。ノルウェーを中心とする一部のオキアミ漁業はMSC(海洋管理協議会)の認証を取得しており、資源状態・生態系影響・管理体制の3つの原則で第三者審査を受けています。

さらに、主要な操業企業が参加する業界団体は、ペンギンの繁殖期にコロニー周辺で操業を控える自主的な緩衝地帯を設定してきました。法的拘束力はありませんが、捕食者との空間的な競合を避けようとする実務的な取り組みです。

こうした自主的措置は評価に値する一方、限界も指摘されています。参加は任意であり、対象海域や期間の設定が科学的な検討を経た公式の管理措置ほど厳密ではないためです。2025年に48.1小海区で漁獲が例年の倍以上に増えた事実は、国際合意による空間配分の枠組みが、自主的措置では置き換えられないことを示したとも言えます。

南極海でオキアミを漁獲するトロール漁船と、周囲で採餌するペンギン・クジラの構図
漁業と捕食者が同じ海域に集中する構図。空間的な配分が管理上の焦点になっている
オキアミの用途を示す図。養殖飼料・釣り餌・クリルオイルサプリメントの3分野
漁獲されたオキアミの主な行き先。健康食品需要の伸びが漁獲圧を押し上げている

オキアミが運ぶ炭素——もうひとつのブルーカーボン

近年の研究で、ナンキョクオキアミにはもうひとつ大きな役割があることがわかってきました。大気の炭素を深海へ運ぶポンプとしての働きです。

沈む糞粒が炭素を深海へ運ぶ

仕組みはこうです。植物プランクトンは光合成によって大気中のCO₂に由来する炭素を体に取り込みます。それをオキアミが食べ、糞として排出する。オキアミの糞粒は大きくて密度が高いため、ばらばらの植物プランクトンよりもはるかに速く沈みます。途中で分解されきる前に深い層まで届くのです。

一度深層に達した炭素は、数十年から数百年のあいだ大気に戻りません。オキアミはさらに、日中は深く潜り夜に表層へ上がる日周鉛直移動を行うため、深いところで排泄・呼吸することでも炭素を下方へ運んでいます。

マングローブ林や海草藻場に匹敵する隔離量

2024年に Nature Communications に発表された研究(Cavan らによる)は、ナンキョクオキアミの糞粒が1生産シーズン(春から初秋)あたり少なくとも2000万トンの炭素を深海へ隔離していると推定しました。隔離とみなされる平均深度は381メートルで、100年以上にわたって貯留されると評価されています。

この量は、塩性湿地・マングローブ林・海草藻場といった沿岸ブルーカーボン生態系の隔離量に匹敵します。炭素価格に応じて40億〜460億ドルの経済価値に相当するという試算も示されました。ブルーカーボンの基本的な考え方は ブルーカーボンとは? で解説しています。

獲ることは、炭素の流れにも影響するのか

自然と浮かぶ問いがあります。オキアミを漁獲すれば、その分だけ深海へ運ばれる炭素が減るのではないか、というものです。研究者もこの点を指摘し始めています。年間50万トン前後という漁獲量は現存量の推定値に比べれば小さな割合ですが、漁業はオキアミが濃く集まる場所に集中するため、単純な割合計算では影響を測れません。

現時点で「漁獲によって炭素隔離が何トン減った」と定量的に示せる段階ではありません。ただ、水産資源としての価値だけを見て管理を決めてきた枠組みに、気候の観点からの評価軸が加わりつつあることは確かです。海の生き物が果たす機能を、漁獲量以外の物差しでも測る——その研究がいま急速に進んでいます。

「資源」としてだけ見ない、という視点

この発見が投げかけるのは、価値の測り方の問題です。オキアミはこれまで「何トン獲れるか」という水産資源の枠組みで語られてきました。しかし実際には、南極の動物たちを養い、炭素を深海へ運び、海の生産構造そのものを成り立たせています。獲って売る以外の働きのほうが、金額に換算しても大きいかもしれない——そういう可能性が見えてきたということです。

沿岸の藻場や干潟については日本でもブルーカーボンの評価と取引の仕組みづくりが進んでいますが、外洋の生き物が担う炭素輸送は、まだ制度の外にあります。オキアミの研究は、その空白を可視化しつつあります。

オキアミの糞粒が海面から深海へ沈み、炭素を運ぶ仕組みを示した図
速く沈む糞粒が炭素を深海へ届ける。平均381mが隔離の目安とされる

私たちにできること、そしてオキアミを楽しむ視点

南極は遠い場所です。それでも、私たちの暮らしはオキアミと確かにつながっています。最後に、日常でできることと、この生き物をもっと面白がるための視点を書いておきます。

サプリメントや養殖魚を選ぶときの視点

クリルオイルのサプリメントを選ぶとき、原料がどこで、どのような管理のもとで獲られたものかを確認してみてください。ナンキョクオキアミ漁業のうち一部はMSC(海洋管理協議会)の認証を取得しており、パッケージや企業サイトに記載があります。認証は万能ではなく、空間的な漁獲集中の問題まで解決するものではありませんが、情報を開示している事業者かどうかを見分ける手がかりにはなります。

養殖サーモンを買うときも同じです。飼料に何を使っているかを公開している企業は増えています。水産物の認証ラベルの読み方は MSC海のエコラベル認証とは? にまとめました。

認証制度を確認するMSC「海のエコラベル」日本語サイト持続可能な漁業の国際認証制度。認証を受けた漁業の一覧や、ラベルの意味・審査の仕組みを日本語で確認できる。🔗 msc.org

「量があるから大丈夫」で止まらずに見る

オキアミの話題では「3億トンもあるのだから、50万トン獲っても0.2%にすぎない」という説明をよく見かけます。数字としては正しいのですが、この記事で見てきたように、問題は総量ではなくどこで獲るかにあります。ペンギンが子育て中に往復できる距離はせいぜい数十キロ。その範囲の密度が下がれば、全体の0.2%であってもコロニーには重大な影響が出ます。

ニュースや広告で「持続可能」という言葉を見たときに、総量の話をしているのか、場所と時期の話までしているのかを区別して読む。それだけで、受け取れる情報の質はかなり変わります。

知って、面白がることも保全につながる

ここまで危機の話が多くなりましたが、ナンキョクオキアミはまず単純に、驚くほど面白い生き物です。卵が1000メートル沈みながら育つこと。飢えると体を縮めること。青く光ること。数兆匹の群れが宇宙から見えること。地球最大の動物を養っていること。どれも、知らなければ一生気づかない話です。

環境問題は「守らなければ」という義務感だけでは長続きしません。海や地球のことを心から面白がる人が増えることが、結局はいちばん強い保全の力になります。水族館でオキアミの展示を見かけたら足を止めてみる、南極のドキュメンタリーを一本観てみる——そんな入口で十分だと思います。

今日からできる5つのこと

  • クリルオイルや養殖魚を買うとき、原料の産地と管理・認証の情報を一度確認してみる
  • 「持続可能」という言葉を見たら、総量の話か、場所と時期まで踏まえた話かを区別して読む
  • 南極やオキアミのニュースに触れたら、一次情報(CCAMLRや水産庁の資料)を1つのぞいてみる
  • 水族館や科学館でプランクトン・南極の展示があれば立ち止まってみる
  • 面白いと思った話を誰かに一つ話す。関心の広がりが、めぐりめぐって保全を支える
水族館の水槽越しにオキアミの群れを眺める子どもと大人の後ろ姿
知ることが関心を生み、関心が保全を支える。入口はどこにあってもいい

この記事のまとめ

  • ナンキョクオキアミは全長6cm・寿命5〜7年の甲殻類で、南極海の推定現存量は約3億7900万トン
  • 海氷裏のアイスアルジーと夏のブルームという特殊な餌供給が、この巨大な生物量を支えている
  • クジラ・アザラシ・ペンギンなど南極海の主要動物がオキアミに依存し、食物網はわずか3段階で完結する
  • 南西大西洋区では分布の中心が約440km南下し、海氷減少にともなう加入量の不安定化が進む
  • 漁業はCCAMLRが管理するが、保存措置51-07の失効により2025年に初めて上限に到達した
  • 糞粒による炭素隔離は年2000万トンで、沿岸ブルーカーボン生態系に匹敵する規模

参考文献・出典

  1. CCAMLR(南極海洋生物資源保存委員会) – オキアミ漁業と持続可能性——漁獲可能量・トリガーレベル・生態系アプローチの公式解説
  2. CCAMLR Fishery Report 2025: Euphausia superba in Area 48 – 第48区のオキアミ漁業の最新公式報告。漁獲量・国別内訳・管理措置の変遷
  3. 水産庁・水産研究・教育機構「国際漁業資源の現況」 – 令和6年度版「ナンキョクオキアミ 南極海」。日本語による公式の資源評価資料
  4. Atkinson et al. (2019) Nature Climate Change – 「Krill (Euphausia superba) distribution contracts southward during rapid regional warming」分布の南下を示した論文
  5. Cavan et al. (2024) Nature Communications – 「Antarctic krill sequester similar amounts of carbon to key coastal blue carbon habitats」糞粒による炭素隔離量の推定
  6. Atkinson et al. (2009) Deep-Sea Research I – 「A re-appraisal of the total biomass and annual production of Antarctic krill」現存量3億7900万トンの推定根拠
  7. Australian Antarctic Program – オーストラリア南極局によるナンキョクオキアミの生物学解説。体長・寿命・群れの密度など
  8. SCAR Krill Expert Group – 南極研究科学委員会のオキアミ専門家グループによる気候変動影響のレビュー
  9. PNAS (2025) – 「Adjusting the management of the Antarctic krill fishery to meet the challenges of the 21st century」管理見直しの議論
  10. Nature Communications (2024) – 「Whale recovery and the emerging human-wildlife conflict over Antarctic krill」クジラの回復と漁業の競合

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