⚡ この記事の要点

校庭の片隅に池や湿地をつくる「学校ビオトープ」は、ドイツ発の考え方が日本の教育現場に根づいたもの。エコスクール認定制度の後押しや川崎市・武蔵野市・港区の実例をもとに、水辺が完成してから生きものが戻り、学びの場として定着するまでの道のりと、完成後の管理を続ける工夫を解説する。

382校
エコスクール・プラス認定の累計(令和8年度時点)
約40㎥
川崎市・梶ケ谷小学校のビオトープ池の水量
14回
全国学校・園庭ビオトープコンクールの開催回数(2025年時点)

コンクリートで固められた校庭の片隅に、小さな池や湿地が息づいている。「学校ビオトープ」と呼ばれるこの水辺は、子どもたちが教室を出てすぐに生きものと出会える場として、全国の小学校・中学校・高校に広がってきた。

ビオトープ(Biotop)はギリシャ語の「生物(bios)」と「場所(topos)」を組み合わせた言葉で、特定の生物が生息できるまとまった空間そのものを指す。ドイツの動物地理学者フリードリヒ・ダールが提唱したとされ、1970年代のドイツで環境問題への関心の高まりとともに広がった。日本でも20世紀末以降、校庭や屋上に水辺や草地をつくる動きが各地の教育委員会・自治体で進んだ。

しかし、池を掘って水を張っただけで生きものがすぐに集まるわけではない。水質が落ち着き、周囲から虫や鳥が飛来し、植物が根づくまでには時間がかかる。そして完成した後も、放置すれば数年で荒れてしまう。本記事では、エコスクール制度という行政の後押しから、実際に水辺へ生きものが戻ってくるまでのプロセス、そして完成後の管理の工夫までを、川崎市・武蔵野市・港区の具体的な事例とともに追う。

この記事で学べること

  • 学校ビオトープの定義と、ドイツ発の考え方が日本の教育現場に広がった経緯
  • エコスクール認定制度など、行政が学校の水辺づくりを後押しする仕組み
  • 池や湿地を造成してから生きものが定着するまでの具体的なプロセス
  • 完成後の管理を続けるための工夫と、自治体による支援の実例
  • 校庭の水辺が、地域の田んぼや湿地とつながる生態系ネットワークの一部であること

学校ビオトープとは何か

ビオトープの定義と学校での役割

ビオトープとは、特定の地域に本来生息していた動植物が生きていける、まとまりのある生息空間のことを指す。学校ビオトープは、この考え方を校庭や屋上といった学校施設の一角に応用し、池・湿地・草地・雑木林などを人工的に整備したものだ。工業化や都市化によって身近な水辺や緑地が失われていくなかで、失われた生態系の一部を学校という場所に取り戻す試みとして広がってきた。

学校ビオトープが担う役割は大きく二つある。ひとつは、地域から姿を消しつつある動植物の生息場所を確保するという生態系復元の側面。もうひとつは、子どもたちが日常的に自然と触れ合い、観察や飼育を通じて豊かな感性や探究心を育む教育・学習効果の側面だ。武蔵野市の紹介ページでも、ビオトープでの体験が「子どもたちの知的好奇心を刺激し自発的探究心を育む」「日本人が持つ『自然観』や『季節感』を醸成する」効果があると述べられている。

なぜ「校庭に水辺」なのか

校庭に水辺をつくる意義は、単に生きものを増やすことだけにとどまらない。総合的な学習の時間や理科の授業と直結させやすく、地域全体の自然環境を学ぶ入り口にもなる。

  • 教室からすぐ行ける距離にあり、日常的・継続的な観察がしやすい
  • 理科・総合学習のカリキュラムに組み込みやすく、四季の変化を教材にできる
  • 校庭という限られた空間でも、水・土・植物・生きものがそろえば小さな生態系が成立する
  • 地域の田んぼや河川、公園の緑地とつながる「生態系ネットワーク」の一部になり得る

一方で、教育目的を重視しすぎるあまり見た目のにぎやかさを優先すると、地域には本来いない生きものを持ち込んでしまうことがある。逆に生態系復元だけを厳格に追求すると、児童・生徒が気軽に近づきにくい「立入禁止の自然保護区」のようになってしまう懸念もある。学校ビオトープの多くは、この二つの目的のバランスを取りながら、それぞれの学校事情に合わせた運営方法を模索しているのが実情だ。

校庭のビオトープ池を上から見た様子。水草や石組み、観察する児童の姿
水・土・植物がそろえば、校庭の一角にも小さな生態系が生まれる

ビオトープという言葉の起源と法制度

「ビオトープ」という語自体は、ドイツの動物地理学者フリードリヒ・ダールが提唱したとされる造語で、1970年代のドイツで環境問題が深刻化するなかで広く使われるようになった。ドイツでは1976年に制定された連邦自然保護法に、ビオトープの保護・維持・発展・回復が明記され、国の法制度として生態系保全を後押しする枠組みが整えられている。

この考え方が日本に紹介され、20世紀末(1990年代)から干潟・湿地・河川などの水域や里山林を模したものまで、地域の自然を活かしたさまざまなタイプのビオトープが各地で造成されるようになった。学校ビオトープは、この流れのなかで教育施設という限られた敷地に応用された一形態と位置づけられる。

エコスクール制度という行政の後押し

エコスクール・プラスとは

学校ビオトープを含む「環境を考慮した学校施設」の整備を国が後押しする仕組みが「エコスクール・プラス」だ。文部科学省・農林水産省・国土交通省・環境省の4省庁が共同で運用しており、太陽光発電や雨水利用、緑化、そしてビオトープなどを備えた学校施設を認定している。平成29年度に始まったこの制度は、令和8年度に新たに37校が認定され、累計認定校は382校となっている。

累計382校が示す広がりと、それ以前の取り組み

エコスクール・プラスの前身にあたる「エコスクールパイロット・モデル事業」は平成9(1997)年度から平成28年度まで実施され、こちらは累計で1,663校が認定を受けている。対象範囲や認定基準の時期による違いはあるものの、1990年代後半から現在まで30年近くにわたって、環境配慮型の学校施設づくりが継続的に進められてきたことが分かる。ビオトープはこうした施設整備メニューの一つとして、多くの認定校で取り入れられてきた。

制度名実施時期運用認定累計
エコスクールパイロット・モデル事業平成9年度〜平成28年度文部科学省ほか累計1,663校
エコスクール・プラス平成29年度〜(現行制度)文部科学省・農林水産省・国土交通省・環境省の共同累計382校(令和8年度時点)
環境配慮型学校施設の認定制度(時期・基準の違いにより数値の単純比較はできない)

認定はあくまで「後押し」

エコスクール認定を受けていなくても、独自にビオトープを整備・運営している学校は数多い。認定制度は財政面・技術面での支援を受けやすくする仕組みであり、ビオトープづくりそのものに必須というわけではない。

ビオトープは施設整備メニューの一つ

エコスクール・プラスが対象とする「環境を考慮した学校施設」は、ビオトープだけを指すわけではない。太陽光発電設備、屋上・壁面緑化、雨水利用タンク、断熱性能を高めた校舎など、省エネルギーや環境教育につながる複数の要素が認定の対象に含まれる。ビオトープはこのうち、生きものとの直接的なふれあいを通じた環境教育に強みを持つメニューとして位置づけられており、太陽光発電のような設備投資型の取り組みとは異なる役割を担っている。

認定を目指す場合、学校単独で申請するのではなく、校舎の新築・改築のタイミングに合わせて自治体の教育委員会・施設担当部局を通じて計画を練るのが一般的な流れになる。ビオトープの新設・改修も、多くはこうした校舎全体の整備計画の一部として位置づけられ、単独の予算費目として扱われることは少ない。既存校でビオトープだけを後から追加したい場合は、認定制度とは別に、自治体独自の環境教育予算や、港区のような専門家派遣事業を探すほうが現実的なことも多い。

水辺をつくる計画と設計

基本方針を決める:地域の在来種をモデルにする

学校ビオトープの実践に携わる関係者が繰り返し強調するのが「基本方針」の重要性だ。単に見た目のよい池や花壇をつくる「緑化」とは異なり、その地域に本来生育していた植生や生きものをモデルにすることが、ビオトープと呼べるかどうかの分かれ目になる。近隣の河川や田んぼ、雑木林にどんな生きものがいるかを事前に調べ、その土地らしい水辺を再現する方針を立てることが最初の一歩になる。

池のタイプと安全面の設計

池の構造にはいくつかの方式があり、敷地の広さ・予算・維持管理の体制に応じて選ばれる。児童・生徒が日常的に近づく場所であるため、水深や柵の有無など安全面の設計も欠かせない。

池のタイプ特徴留意点
コンクリート・モルタル製耐久性が高く形状の自由度が大きい初期費用が高め。無機質になりやすく、植物の根付きに工夫が必要
防水シート(遮水シート)製施工が比較的容易でコストを抑えやすいシートの経年劣化・破損に注意。定期点検が必要
自然浸透・粘土質地盤利用地域の土壌をそのまま生かせる水位が安定しにくく、渇水期の水位管理が課題になりやすい
学校ビオトープで用いられる主な池の構造(一般的な整理)

安全面の配慮

  • 水深は浅く保ち、転落・溺水のリスクを抑える設計にする
  • 縁の段差や滑りやすい石組みを避け、観察のための足場を確保する
  • 低学年が単独で近づかないよう、観察のルールを事前に決めておく

水源と植物選定の考え方

水源も設計段階で決めておく必要がある。水道水をそのまま使う場合はカルキ抜きの時間を要し、雨水タンクを併用する場合は渇水期の水位低下への備えが要る。梶ケ谷小学校のように井戸を掘って安定した水の流れを確保する事例もあり、立地条件に応じて複数の水源を組み合わせる工夫がとられている。

植える水生植物も、見た目の華やかさだけで選ぶと外来種の持ち込みにつながりかねない。近隣の河川や田んぼで実際に生育している在来の抽水植物・浮葉植物を優先し、地域の造園業者や自然観察指導員など専門家の助言を受けながら選定することが望ましい。

大事なのは『基本方針』です。

― 川北裕之「そもそも学校ビオトープとは その2」

この指摘は、造成にかかる費用や工期を検討する段階でこそ効いてくる。方針が曖昧なまま業者任せで発注すると、見た目重視の既製品的な池になりやすく、後から「地域らしさ」を足すのは難しい。設計の初期段階で、教員・保護者・地域の自然観察団体などを交え、何を目指す水辺なのかを言語化しておくことが、結果的に手戻りの少ない整備につながる。

造成から最初の1年:水を張り、生きものを迎えるまで

掘削・防水・注水の手順

設計方針が固まったら、実際の造成に入る。大まかな流れは家庭用の小さな水辺づくりと共通する部分が多い。

  1. 掘削:設計した形状・深さに合わせて土を掘る
  2. 防水処理:コンクリートや防水シートで水漏れを防ぐ層をつくる
  3. 土・砂利・石組みの配置:生きものの隠れ場所や産卵場所になる凹凸をつくる
  4. 注水:水を張り、数日〜1週間ほど置いて水質やカルキ分を落ち着かせる
  5. 水生植物の植え付け:地域の在来種を中心に、抽水植物・浮葉植物などを植える
  6. 生きものの導入・見守り:メダカなど一部の生きものを少数から入れ、自然の飛来も待つ

水を張ってすぐに多様な生きものを入れると、水質の急変やバランスの崩れで死なせてしまうことがある。まず水と植物の環境を落ち着かせ、そのうえで少しずつ生きものを迎えるという順序が、家庭向けの小規模な水辺づくりでも、学校の池づくりでも共通して重視されている。

最初にやってくる生きものたち

池が完成して水面ができると、誰も持ち込んでいないのに自然にやってくる生きものがいる。水面を滑るアメンボや、水辺の上空を飛ぶトンボの成虫がその代表だ。トンボは水面に卵を産みつけ、翌年にはヤゴ(幼虫)が確認されるようになる。こうした「自分の足(翅)で飛んでくる」生きものの存在は、校庭という限られた空間であっても、周辺の環境とつながった生態系が機能し始めている証でもある。

目に見える生きものが増えるよりも前に、水中では微生物やプランクトンが発生し、水質や酸素量が徐々に安定していく段階がある。この土台ができてはじめて、貝や水生昆虫、それを餌にする魚やカエルといった目に見える生きものが順に加わっていく。造成直後の池が数か月〜1年ほど「静かな期間」に見えるのは、こうした見えない部分での変化が先に進んでいるためでもある。

川崎市の解説ページでも紹介されているように、完成したビオトープでは毎年の生きもの調査を続けることで、種類や個体数の変化を記録として残すことができる。この記録は、外来種の侵入や希少種の増減といった管理上の判断材料になるだけでなく、児童・生徒にとっては自分たちの手で池の歴史を積み重ねていく学習成果そのものにもなる。

渇水・大雨との付き合い方

完成した池は、日々の天候にも影響を受け続ける。夏休み中の猛暑で水位が下がりすぎれば生きものが干上がるおそれがあり、逆に台風などの大雨で水があふれれば、設計時に想定した水位を超えて周囲に泥水が流れ出すこともある。長期休業中の見回り担当を決めておく、大雨の前後に水位・濁りを確認するといった季節ごとの点検項目を、造成計画の段階からあらかじめ管理マニュアルに組み込んでおくと、突発的なトラブルへの対応がしやすくなる。

造成されたばかりの学校ビオトープの池に水を張り、水草を植える作業の様子
水を張ってすぐは静かな池も、数年かけて少しずつ生きものであふれていく

生きものが定着するまでの記録:川崎市・梶ケ谷小学校の事例

「生き物ひみつきち」の再生

川崎市立梶ケ谷小学校の校舎裏には、水量約40立方メートルのビオトープ池がある。もとは2003年、開校20周年の記念事業として寄贈されたものだったが、年月とともにポンプが壊れ、水の流れが止まって老朽化が進んでいた。2009年12月、この池は児童たち自身の手で再整備されることになる。1年生が池に残っていた生きものをいったん救出し、壊れたポンプの代わりに上流側へ井戸を手掘りして、水の流れを取り戻したのだ。再生後の池は、児童の投票によって「生き物ひみつきち」と名付けられた。

一次情報を確認する学校ビオトープ紹介:梶ケ谷小学校|エコシティたかつ(川崎市高津区)「生き物ひみつきち」の再生の経緯と、確認されている生きものの一覧を紹介する行政ページ。🔗 city.kawasaki.jp

確認された生きものたち

再生後のビオトープ池では、次のような生きものが記録されている。

  • メダカ、タニシ
  • ギンヤンマ・シオカラトンボなど複数種のトンボのヤゴ
  • アズマヒキガエル、ニホントカゲ
  • チョウ類(幼虫が好む植物を探す活動も実施)
  • アメンボ

3年生の理科授業では、この池を舞台に季節ごと年4回、生きものの変化を観察する時間が設けられている。同校では、水泳プールの清掃前にプールで育ったヤゴを救出する「プールのヤゴ救出大作戦」も2017年度・2018年度と実施されており、ビオトープ池とプールの両方で、季節ごとの生きものの変化に児童が関わる機会が用意されている。一つの池が、造成・再生から10年以上にわたって、学年をまたいだ理科教育の教材であり続けている点が、この事例の特徴といえる。

梶ケ谷小学校の記録が示すのは、1本の池でも造成から10年単位で見れば、担う役割が少しずつ変化していくという点だ。開校記念の寄贈物として始まった池は、老朽化とポンプ故障という危機を経て、児童自身が救出・再整備の当事者になったことで、単なる観察対象から「自分たちで守ってきた場所」という意味合いを帯びるようになった。管理の歴史そのものが、教材の一部になっている例といえる。

この記事の要点となる3つの数字をまとめた図版
数字で見る:本文で扱う3つの指標

完成後の管理という長い仕事

「作って終わり」にしないために

学校ビオトープの実践者が口をそろえて指摘するのが、造成そのものよりも、その後の管理の難しさだ。ビオトープは小さな空間に生態系を凝縮させたものであるため、手を入れずに放置すると、特定の植物が過剰に繁茂して池を覆い尽くしたり、外来種が侵入して在来種を圧迫したりと、短期間でバランスが崩れてしまう。除草剤や農薬を使わない方針をとる場合、繁茂した植物の間引きや外来種の除去は、基本的に人の手作業に頼らざるを得ない。

放置すると大変なことになります。

― 川北裕之「そもそも学校ビオトープとは その2」

この警句は誇張ではない。小さな池は自然の水域に比べて水量が少なく、外部からの緩衝がほとんどないため、わずかな管理の遅れが水質の悪化や特定種の異常繁殖に直結しやすい。学校という組織の性質上、年度替わりで担当者が入れ替わることは避けられない。だからこそ、個人の熱意だけに頼らず、マニュアル化された引き継ぎ資料や、複数年にわたって関わる仕組みをあらかじめ用意しておくことが、管理を継続するうえでの現実的な対策になる。

管理が途切れるリスク

  • 担当していた教員が異動すると、管理方法やノウハウが引き継がれずに荒れてしまうケースがある
  • 夏休みなど長期休業中の水位管理・水草の手入れが抜け落ちやすい
  • 「総合学習の教材」としての位置づけが薄れると、優先順位が下がり後回しにされがちになる

自治体による支援:港区の事例

こうした継続管理の負担を軽くするため、自治体が専門家派遣という形で学校ビオトープを支援する例もある。東京都港区は「学校ビオトープづくり支援事業」として、区内の公立・私立を問わず、ビオトープを管理している学校・幼稚園・保育園を対象に、環境課から専門家を派遣する仕組みを設けている。

  • 管理者向け指導:ビオトープの整備・管理方法についての指導・助言
  • 園児・児童向け観察会:ビオトープ内の生きもの調査と観察会の実施
  • 指導者向け勉強会:保育士・教員を対象にした環境教育の研修
一次情報を確認する学校ビオトープづくり支援|港区ホームページ環境課が専門家を派遣し、管理指導・観察会・教員研修の3本柱で支援する事業の詳細。🔗 city.minato.tokyo.jp

令和7年度の実績としては、管理者向け指導を3施設、児童・園児向け観察会を6施設、指導者向け勉強会を2施設で実施している。学校単独では専門知識の不足や人手不足に陥りがちな管理業務を、行政が伴走することで下支えする仕組みだ。

「地域に開かれた学校」との相性

学校ビオトープの実践に長く携わる関係者は、ビオトープが「地域に開かれた学校」というテーマと親和性が高い点も指摘している。単なる緑化ではなく、地域の自然植生をモデルにした樹木・草花を植えるという「基本方針」を丁寧に立てることが重要であり、管理を怠って放置すると池が荒れてしまう、という警鐘は繰り返し語られている。学校だけで抱え込まず、保護者や地域のボランティア、専門家とゆるやかに管理体制を共有することが、長く続けるための現実的な選択肢になる。

学びの場としてのビオトープ:授業と全国コンクール

総合学習・理科授業での活用

梶ケ谷小学校の3年生理科授業のように、ビオトープは理科や生活科、総合的な学習の時間の教材として活用される。四季を通じて同じ場所を観察することで、生きものの発生・成長・越冬といった一年間のサイクルを実体験として学べる点が、教科書だけでは得にくい価値になっている。武蔵野市では、平成17年度までに市内の全12小学校にビオトープを整備し、全校で環境教育に活用する体制を整えた。

全国学校・園庭ビオトープコンクール

こうした各校の実践を横につなげ、優れた事例を表彰する場として、公益財団法人日本生態系協会が主催する「全国学校・園庭ビオトープコンクール」がある。1999年に始まり、2年に1度開催されるこのコンクールは、2025年で14回目を数える。学校・幼稚園・保育園などが自分たちのビオトープでの取り組みを持ち寄り、環境大臣賞をはじめとする賞が贈られる。2023年度のコンクールでは、群馬県の県立藤岡北高校が最高位にあたる環境大臣賞を受賞している。

一次情報を確認する全国学校・園庭ビオトープコンクール|公益財団法人日本生態系協会1999年開始・2年に1度開催のコンクール公式サイト。過去の受賞校一覧も掲載。🔗 biotopcon.org

コンクールという「発表の場」があることは、日々の地道な観察や管理作業を続けるモチベーションにもつながる。他校の取り組みを知ることで、造成や管理の工夫を学び合う機会にもなっている。

全国学校・園庭ビオトープコンクールは、もともと小学校の総合学習でビオトープが扱われ始めた時期に「優れた事例を紹介してほしい」という現場からの要望を受けて始まったという経緯を持つ。学校単位の閉じた取り組みになりがちなビオトープ活動を、全国的な発表・共有の場につなげてきた点に、このコンクールが長く続いている理由がある。

コンクールへの応募資料をまとめる過程そのものが、児童・生徒にとっての学習機会にもなる。何年何月にどんな生きものを確認したか、どんな管理作業をいつ行ったかを振り返って整理する作業は、単発の観察会よりも長い時間軸で自分たちの活動をとらえ直すきっかけになる。表彰されるかどうかにかかわらず、応募のために記録を見直すプロセス自体に価値があるといえる。

理科の授業で校庭のビオトープを観察する児童たちのイラスト
同じ池を1年を通じて観察することが、教科書だけでは学べない気づきを生む

校庭の水辺と地域の生態系のつながり

武蔵野市:全校整備という選択

多くの自治体では、特定の学校が先行してビオトープを整備し、その実践が他校へ徐々に広がっていくパターンが一般的だ。これに対し武蔵野市は、平成17年度までに市内の全12小学校にビオトープを整備し終えるという方針をとった。1校ずつの実践にとどめず、市全体で環境教育の基盤を底上げしようとする姿勢がうかがえる。

田んぼ・湿地とのネットワークという視点

校庭のビオトープは、それ単体で完結する施設ではない。トンボやチョウが自然に飛来することからも分かるように、周辺の田んぼ・湿地・河川と行き来する生きものたちの「中継地」としての役割も担っている。全国にはすでに、水田を人工的な湿地として生きものを育む場ととらえる田んぼの生きもの図鑑のような取り組みや、ラムサール条約に登録された湿地のように水を浄化し命を育む湿地の力を活かした場所がある。校庭の小さな池も、こうした地域の水辺ネットワークの末端に位置づけて考えることができる。

たとえば日本には200種を超えるトンボが生息しているとされ、田んぼやため池がヤゴの暮らしを支えていることが知られている。学校ビオトープに飛来するトンボも、こうした地域全体の生息環境があってこそ校庭にたどり着く。逆にいえば、校庭の池が増えることは、地域のトンボやチョウにとっての「飛び石」のような生息地が一つ増えることでもある。佐渡でトキを支えてきた田んぼの事例のように、人の生活圏の中に生きものの居場所を意識的に残していく発想は、規模の大小を問わず共通している。

校庭ビオトープを「点」でなく「面」で見る

1校の池だけを見れば小さな存在でも、地域の田んぼ・湿地・河川と合わせて「面」でとらえると、都市の中に残された生態系ネットワークの一部として意味を持つ。学校ビオトープの価値を語るときは、この地域とのつながりも視野に入れたい。

都市化が進む地域だからこその役割

武蔵野市や港区のように市街地化が進んだ自治体ほど、学校の敷地は地域に残された数少ないまとまった緑地・水辺の一つになりやすい。宅地開発が進んで身近な田んぼや雑木林が減った地域では、学校ビオトープが子どもたちにとって最初に出会う「本物の水辺」になっている場合も少なくない。校庭という限られた場所であっても、都市の中に生きものの居場所を確保するという意味では、干潟や湿地の保全と同じ方向を向いた取り組みだといえる。

これから学校ビオトープに関わる人へ

学校・地域でできること

すでにビオトープがある学校であれば、まずは現状の管理体制を確認し、担当者が異動しても引き継げる記録(造成時期、植えた植物、確認された生きものの一覧など)を残しておくことが有効だ。これから新たにつくる場合は、次のような点から始めるとよい。

  • 近隣の河川・田んぼ・公園緑地にどんな生きものがいるかを事前に調べ、地域らしい水辺の姿を方針として決める
  • エコスクール・プラスなど活用できる制度や、自治体の専門家派遣制度がないか確認する
  • 造成後すぐに多様な生きものを持ち込まず、水質と植物の環境が落ち着くのを待つ
  • 理科・総合学習のカリキュラムに組み込み、継続的な観察の機会をつくる
  • 全国学校・園庭ビオトープコンクールなど、他校の実践を知る機会に触れる

記録を残すことの意味

梶ケ谷小学校や武蔵野市の事例が今日まで参照できるのは、造成の経緯や確認された生きものが、行政のページや学校の記録として文章に残されてきたからだ。日々の観察をノートに書き留める、写真を撮っておく、といった地道な記録の積み重ねが、10年後・20年後にその場所の価値を語る材料になる。これから関わる人にとっても、派手な設備投資よりも、まず記録を残す習慣を作ることが、長く続けるための土台になる。

本記事で紹介した川崎市・武蔵野市・港区の事例に共通するのは、いずれも一度きりの整備で終わらせず、何年もかけて記録を積み重ね、時には児童・生徒自身の手で再整備を行ってきたという点だ。校庭という限られた空間であっても、地域の自然を映した水辺を長く維持していく営みは、地球全体の生態系を大きく変えるものではないかもしれない。しかし、身近な一つの池を通じて自然とのつながりを実感した経験は、その子どもたちが大人になってからの環境への向き合い方に、静かに影響を与え続けるはずだ。

家庭でもできる小さな水辺

学校規模のビオトープでなくても、プランターや睡蓮鉢を使った小さな水辺を家庭でつくることは可能だ。水を張ってから数日〜1週間ほど置いて水質を落ち着かせ、まずは少数のメダカなどから始めるという手順は、学校の池づくりと共通している。ベランダの小さな鉢にも、時間が経てばアメンボや野鳥が訪れることがある。校庭の水辺と同じように、身近な場所に小さな生態系を育てる体験は、家庭でも始められる。

学校ビオトープは、造成した瞬間に完成するものではない。水を張ってから静かな期間を経て、少しずつ生きものが定着し、時に管理の担い手が変わりながらも、10年、20年という単位で校庭の風景の一部になっていく。川崎市や武蔵野市、港区の事例が示すのは、その長い時間を支えるのが、児童・生徒の日々の観察と、学校・自治体・地域が分担して担う地道な管理だということだ。

この記事のポイントを箇条書きでまとめた図版
この記事のポイント。詳しくは各章で解説している

まず一歩

  • 近所の田んぼ・池・河川を観察し、どんな生きものがいるか記録してみる
  • 学校や地域のビオトープがあれば、管理の担い手やコンクールなどの活動を調べてみる
  • ベランダや庭に小さな水辺を試作し、生きものが訪れるまでの変化を記録してみる

参考文献・出典

  1. 文部科学省・農林水産省・国土交通省・環境省 – エコスクールの認定実績
  2. 教育家庭新聞 – エコスクール・プラス認定343校に~教材や地域のモデル的役割を担う
  3. 武蔵野市 – 第4回 ビオトープのある学校
  4. 川崎市(エコシティたかつ) – 学校ビオトープ紹介:梶ケ谷小学校
  5. 川崎市(エコシティたかつ) – ビオトープとは?
  6. 港区 – 学校ビオトープづくり支援
  7. 公益財団法人 日本生態系協会 – 全国学校・園庭ビオトープコンクール
  8. 上毛新聞電子版 – 群馬・藤岡北高校が最高の環境大臣賞「全国学校・園庭ビオトープコンクール」
  9. 国立環境研究所 環境展望台 – ビオトープ-環境技術解説
  10. note(川北裕之) – そもそも学校ビオトープとは その2

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