⚡ 30秒でわかる答え
- 琵琶湖は約400万年前に誕生した、世界に約20しかない「古代湖」の一つで日本では唯一の存在。
- 貝類30種・魚類17種を中心に、亜種・変種を含め66種の固有種が確認されている。
- 1977年の淡水赤潮を機に県民主体の石けん運動が起き、1980年施行の琵琶湖条例につながった。
- 外来魚の推定生息量はピーク時の2,405トン(2006年度)から370トン(2023年度)まで減少した。
滋賀県の面積の約6分の1を占める琵琶湖は、日本最大の湖であると同時に、約400万年という気の遠くなるような歴史を持つ「古代湖」でもある。10万年以上の歴史を持ち固有種が生息する古代湖は世界に約20しかなく、日本では琵琶湖だけだ。
その悠久の時間の中で、琵琶湖には貝類や魚類を中心に66種もの固有種が独自の進化を遂げてきた。一方で高度経済成長期には水質悪化が深刻化し、1977年の淡水赤潮をきっかけに県民運動が起き、全国に先駆けた条例制定へとつながった歴史も持つ。
この記事では、琵琶湖の生態系がどのように形づくられ、どんな危機を経て、今どんな状態にあるのかを、行政資料や研究機関のデータをもとに整理する。
この記事で学べること
- 琵琶湖が「古代湖」と呼ばれる理由と、世界に約20しかない希少性
- 貝類・魚類を中心に66種確認されている固有種の内訳と進化の背景
- 1977年の淡水赤潮をきっかけに始まった石けん運動と琵琶湖条例の仕組み
- ブラックバス・ブルーギルの生息量が20年で激減した駆除の実態
- アユの資源量低下など、今も残る水質・生態系の課題
琵琶湖はなぜ「古代湖」と呼ばれるのか
「古代湖」とは、10万年以上にわたって水を湛え続け、その間に固有種が進化するほどの歴史を持つ湖を指す。世界的に有名な古代湖にはロシアのバイカル湖やアフリカのタンガニーカ湖があるが、日本国内でこの条件を満たすのは琵琶湖だけである。多くの湖は数千年から数万年で土砂に埋まって陸地化したり、干上がったりして姿を消すため、これほど長期間にわたって水域が存続すること自体が地質学的にきわめて珍しい。
約400万年前、伊賀盆地から始まった旅
現在の琵琶湖の起源は、約400万年前に三重県伊賀市付近にできた浅く狭い湖にさかのぼる。その後、断層運動による地盤の陥没と土砂の堆積の影響を受けながら、湖は少しずつ北へと形を変えて移動し、数十万年前に現在の位置に落ち着いたと考えられている。この移動の過程は「古琵琶湖」と呼ばれ、地層に残された堆積物から当時の気候や生物相を読み解く研究が続けられている。
移動しながら生き延びた湖という特異性
一般的な古代湖は、大地溝帯のような大規模な地殻変動の「窪み」にできた一つの盆地に留まり続けることが多い。これに対して琵琶湖は、地殻変動で古い盆地が埋まって消えるたびに、隣接する新しい窪地へと水域そのものが移動し続けてきた点が特徴的だ。この「移動しながら存続する」という形態が、結果的に琵琶湖を400万年という長寿命の湖にした要因の一つと考えられている。
古代湖の条件
- 10万年以上にわたり存在し続けていること
- その間に固有種が進化・分化していること
- 世界でも古代湖は約20湖しか確認されていない

66種の固有種を育んだ進化のゆりかご
滋賀県立琵琶湖博物館などの調査によると、琵琶湖とその周辺水域からは亜種・変種を含めて66種の固有種が確認されている。分類群別に見ると貝類が30種、魚類が17種と、両者だけで全体の約7割を占める。
| 分類群 | 固有種の割合の目安 | 代表的な種 |
|---|---|---|
| 貝類 | 最多(約30種) | セタシジミ、ビワコオオウズムシ など貝類群 |
| 魚類 | 次点(約17種) | ビワマス、ホンモロコ、ニゴロブナ など |
| その他 | 甲殻類・水生昆虫など | 琵琶湖固有の水生生物群 |
貝類の多様性がとくに際立つ理由
琵琶湖の固有種の中でも貝類の多さは際立っている。長期間にわたって安定した湖底環境が保たれてきたことに加え、水深や底質(砂・泥・礫)が場所によって大きく異なる琵琶湖の地形が、貝類にとって多様なニッチ(生態的地位)を提供してきたことが一因とされる。セタシジミのように食用として漁獲される種もあれば、研究者以外にはほとんど知られていない小型の巻貝も数多く生息しており、貝類相の豊かさは古代湖・琵琶湖を象徴する特徴の一つになっている。
起源は100万〜300万年前にさかのぼる
京都大学などの分子遺伝学研究によれば、琵琶湖固有魚類の多くは100万〜300万年前という、現在の形の琵琶湖ができるよりずっと前の時期に起源を持つことがわかっている。一方で、多くの魚種は現在の琵琶湖が形成されて以降、急速に個体群を拡大させたことも明らかになっており、「古い起源」と「新しい繁栄」が重なり合って今の多様性を作り上げてきたと言える。
食卓にも根付く固有種たち
琵琶湖の固有種の一部は、地域の食文化にも深く組み込まれている。江戸時代から続く郷土料理「鮒ずし」は固有種ニゴロブナを使った発酵食品で、徳川家康も口にしたと伝わる歴史を持つ。ビワマスは刺身や塩焼きで親しまれる高級魚として知られ、ホンモロコは佃煮や素焼きの食材として流通する。こうした食文化の存在自体が、固有種が地域社会と長く共存してきた証でもある。
- ニゴロブナ(コイ科):鮒ずしの原料として知られる固有種
- ビワマス(サケ科):陸封型のサケの仲間で琵琶湖特有の魚
- ホンモロコ(コイ科):京料理でも使われる高級食材
- セタシジミ(貝類):漁獲量の多い固有の淡水シジミ

1977年の淡水赤潮と、市民が動かした「石けん運動」
豊かな生態系を育んできた琵琶湖だが、高度経済成長期には深刻な水質悪化にも直面した。転機となったのが1977年(昭和52年)5月に発生した大規模な淡水赤潮である。
水道水の異臭とアユ・コイの斃死
この赤潮では水道水に異臭味障害が発生したほか、養魚場のアユやコイが死ぬ被害も出た。原因の一つとして、合成洗剤に含まれるリンが富栄養化を進めたことが指摘され、県民が主体となって合成洗剤の使用をやめ粉石けんに切り替える「石けん運動」が広がった。
当時、赤潮の主な原因となった植物プランクトンは「ウログレナ」という種で、大量発生すると湖面が茶褐色に変色し、独特の生臭さを放つ。琵琶湖の水は近畿圏の水道水源にも使われているため、この異臭は滋賀県内だけでなく下流の京都・大阪の水道利用者にとっても身近な問題として受け止められ、運動が県境を越えて広がる一因にもなった。
全国初の琵琶湖条例へ
この市民運動の高まりを背景に、滋賀県は1980年(昭和55年)7月、窒素・リンの排出規制などを定めた「滋賀県琵琶湖の富栄養化の防止に関する条例」(通称:琵琶湖条例)を全国に先駆けて施行した。以降、CODや全窒素(TN)、全リン(TP)といった指標を用いた水質管理が進められている。
ヨシ群落という天然の浄化装置
水質保全のもう一つの柱が、湖岸に広がる「ヨシ群落」の保全である。ヨシ原は魚が卵を産み付ける産卵場所であり、孵化したばかりの稚魚の隠れ家であり、水鳥が営巣する場所でもある。加えてヨシ自体が水中の窒素・リンを吸収して水質を浄化するはたらきを持つため、湖岸の侵食防止と生物多様性、水質保全を同時に担う存在と言える。滋賀県は1992年(平成4年)に「滋賀県琵琶湖のヨシ群落の保全に関する条例」を公布し、埋め立てや開発からヨシ原を守る仕組みを整えた。
覚えておきたいポイント
- 1977年の淡水赤潮が水質改善運動の直接のきっかけになった
- 原因物質の一つが合成洗剤中のリン
- 1980年施行の琵琶湖条例は全国初の取り組みだった
- 1992年にはヨシ群落を守る条例も別途制定されている

外来魚問題:ブラックバス・ブルーギルは今どうなっているか
水質と並んで琵琶湖の生態系を脅かしてきたのが、オオクチバス(ブラックバス)やブルーギルといった外来魚による在来種の食害である。滋賀県はこれらを対象に長年にわたり駆除事業を続けてきた。
生息量はピーク時の約6分の1に
滋賀県の推定によると、外来魚の生息量は2006年度(平成18年度)当初の2,405トンから、2023年度(令和5年度)当初には370トンまで減少した。このうち254トンがオオクチバス、115トンがブルーギルと見られている。この10年間だけでも3,000トン以上が駆除されてきた計算になる。
駆除の現場:電気ショッカーと刺し網
主な駆除手法の一つが、専用の調査船を使った電気ショッカーによる採捕である。船から一時的に微弱な電流を流して魚を気絶させ、浮かび上がったところからオオクチバスやブルーギルだけを選んで捕獲する。このほか、産卵床の破壊や刺し網、定置網を組み合わせた駆除も並行して行われており、季節や湖の水深帯に応じて手法を使い分けているのが特徴だ。
駆除しにくくなるという新たな課題
一方で生息量が減るほど1個体あたりの捕獲効率は下がり、電気ショッカーを使った駆除などの効率的な手法をどう維持するかが新たな課題になっている。特に魚食性が強く在来種への影響が大きいオオクチバスは、ブルーギルに比べて減少幅が小さく、引き続き重点的な対策が求められている。近年は、卵を産まない不妊化した個体を放流して繁殖を抑える研究など、次世代の駆除手法の検討も進められている。
外来魚を見つけたら
- 釣った外来魚を琵琶湖に再放流(リリース)することは滋賀県の条例で禁止されている
- 県内各所に設置された外来魚回収ボックス・いけすへ持ち込むことができる

アユの資源量低下など、今も残る課題
琵琶湖漁業においてアユは漁獲量全体の4〜5割を占める最重要種だが、その資源量は1990年代以降、全体として減少傾向にある。2005年(平成17年)以降は推定資源量が2,000トンを下回る年もたびたび生じており、アユの成長不良やセタシジミの肥満度低下といった現象もみられ、湖の生産力そのものの低下が懸念されている。
背景には、水質改善が進んだことで栄養塩(窒素・リン)が不足気味になる「貧栄養化」の側面も指摘されており、「きれいにしすぎた」ことが生態系に与える影響という、水質汚濁とは逆方向の新しい課題も浮上している。かつては「いかに汚さないか」が最大のテーマだったが、現在は「生態系が必要とする栄養バランスをどう保つか」という、より繊細な水質管理が求められる段階に入っている。
| 時期 | 主な課題 | 対応 |
|---|---|---|
| 1970〜80年代 | 富栄養化・淡水赤潮 | 石けん運動、琵琶湖条例(窒素・リン規制) |
| 1990〜2000年代 | 外来魚による食害 | 電気ショッカーなどによる駆除事業の本格化 |
| 2010年代以降 | 栄養塩不足・アユ資源量の低下 | 栄養塩管理のあり方を見直す新たな検討 |
琵琶湖の生態系、今の到達点
- 富栄養化は改善されたが、逆に栄養塩不足という新課題も
- 外来魚は大幅減少も根絶には至らず継続対策が必要
- 固有種の多様性を守るには水質と生態系のバランス管理が鍵

「琵琶湖の深呼吸」と気候変動の影響
近年、研究者や行政が特に注視しているのが「琵琶湖の深呼吸」と呼ばれる現象の異変である。冬に表層の水が冷やされて重くなり、湖底まで沈み込むことで上層から下層まで酸素と水温が一様になる自然現象を「全層循環」と呼び、これが琵琶湖の湖底に酸素を届ける唯一の機会になっている。
暖冬で「深呼吸」が止まる
全層循環が起きるには、表層の水温が十分に下がって湖底の水より重くなる必要がある。しかし暖冬が続くと表層の水が十分冷えず、循環が不完全なまま春を迎えてしまう。実際、2019年(令和元年)から2年連続で、湖底付近の溶存酸素濃度が底生生物の生息に不適とされる1リットルあたり2ミリグラム以下まで低下する事例が確認された。
継続する観測体制
滋賀県琵琶湖環境科学研究センターなどは、2024年4月から2025年3月にかけて北湖の水深90m地点に観測点を設け、多項目水質計を用いて水温と溶存酸素濃度を水面から湖底まで連続的に測定するプロジェクトを実施した。こうした継続的なモニタリングは、全層循環の停止が一時的な異常気象によるものか、気候変動による構造的な変化なのかを見極めるうえで欠かせない基礎データとなっている。
湖底の貧酸素化は、セタシジミなど湖底で暮らす底生生物や、深場に生息する固有種の生存に直接影響しかねない問題であり、水質改善や外来魚対策とは異なる「気候変動由来」の新しいリスクとして、今後の琵琶湖の生態系を考えるうえで重要な観測対象になっている。
「深呼吸」異変が意味すること
- 全層循環は湖底に酸素を届ける唯一の自然な機会
- 暖冬が続くと表層の水が十分冷えず循環が不完全になる
- 2019年から2年連続で湖底の貧酸素状態が確認された
- 底生生物や深場に住む固有種への影響が懸念されている
京阪神の水がめであり、人々の憩いの場でもある
琵琶湖は生態系の宝庫であると同時に、近畿圏約1,450万人の暮らしを支える水源でもある。琵琶湖流域には460本もの河川が流れ込む一方、湖から流れ出す河川は瀬田川ただ1本で、下流の宇治川、淀川を経て大阪湾に注ぐ。「近畿の水がめ」と呼ばれるゆえんはここにある。
環境学習船「うみのこ」と次世代への継承
滋賀県では、県内の小学5年生全員が乗船して琵琶湖を航行しながら学ぶ環境学習船「うみのこ」の取り組みを長年続けている。船上での水質観測や生物観察を通じて、子どもたちが自分たちの暮らす地域の水環境を直接体験する機会となっており、1983年の就航以来、世代を超えて多くの県民が経験してきた環境教育プログラムである。
「ビワイチ」に見る観光との両立
近年は琵琶湖一周(約200km)を自転車で走る「ビワイチ」も人気を集めており、体験者数は2015年(平成27年)の約5.2万人から2023年(令和5年)には約12.8万人へと増加した。こうした観光需要の高まりは地域経済にとって歓迎される一方、湖岸のヨシ原や生物の生息環境への配慮と両立させることが、今後の課題としても意識されている。
滋賀県は「滋賀にしかないエコツーリズム」として、湖上体験や漁業体験、里山散策などを組み合わせたプログラムを推進しており、単なる観光地としてではなく、湖と流域の暮らしを丸ごと体験する場としての価値づけを進めている。ビワイチのサイクリストが湖岸のヨシ原や漁港の風景に触れることも、間接的に琵琶湖の生態系への理解を広げる機会になっている。
流域全体で支える水循環
琵琶湖流域の年間降水量は約1,700ミリとされ、460本の河川がこの湖に水を注ぎ込む。一方で湖から流れ出る河川は瀬田川ただ1本しかなく、そこから宇治川、淀川へと名前を変えながら大阪湾まで流れ下る。つまり琵琶湖は、周辺の山々に降った雨をいったん受け止め、ゆっくりと京阪神へ送り出す「巨大な調整池」のような役割も果たしている。この一方向の水循環の構造が、上流域の環境変化が琵琶湖、さらには下流の淀川水系全体に波及しやすい理由でもある。
訪れる人にできること
- 湖岸のヨシ原や砂浜には立ち入りルールがある場所もあるため、案内表示に従う
- 釣った外来魚は絶対に再放流せず回収ボックスへ
- ビワイチなど観光を楽しみつつ、ゴミの持ち帰りを徹底する
私たちにできること
琵琶湖の生態系は、行政の規制や研究機関の調査だけでなく、1977年の石けん運動のように県民一人ひとりの行動によって支えられてきた歴史がある。旅行や日常生活の中でできる関わり方を知っておくことも、遠く離れた場所に暮らす人にとって意味のある一歩になる。
環境DNA調査という新しい手法
近年は、水を一杯汲むだけで生息する生物の種類を推定できる「環境DNA」という調査手法が、湖沼や河川の生態系モニタリングにも応用されつつある。琵琶湖のような広大な水域でも、固有種や外来種の分布を効率よく把握する手段として注目されている(詳しくは環境DNAとは|水一杯で海の生き物がわかる仕組みを参照)。捕獲を伴わないため魚や貝への負担が少なく、広い湖面を効率よく調査できる点で、今後の琵琶湖モニタリングにも活用が期待される手法だ。
また、外来種問題は琵琶湖に限った話ではない。淡水域で近年問題になっているアメリカザリガニのように、身近な水辺でも同様の課題が起きている(アメリカザリガニが条件付特定外来生物になった理由)。琵琶湖のメダカをはじめとする在来淡水魚の状況についてはメダカが絶滅危惧種になった本当の理由も参考になる。全国の湖沼・河川に共通する課題を知ることで、琵琶湖という一つの湖の物語が、日本各地の水辺の未来を考えるヒントにもなる。
約400万年という時間をかけて固有の生態系を育んできた琵琶湖は、一度失われれば元に戻せない歴史そのものでもある。水質改善の成功体験と、外来種・気候変動という現在進行形の課題の両方を知ることが、この湖と長く付き合っていくための第一歩になる。
参考文献・出典
- 滋賀県立琵琶湖博物館「琵琶湖の概要」 – 琵琶湖の地史・固有種に関する解説
- 滋賀県「琵琶湖はどんな湖か?」 – 琵琶湖の基本情報
- 滋賀県 固有種資料(PDF) – 固有種66種・分類群別の内訳
- 京都大学「古代湖・琵琶湖の固有魚類相の起源」 – 分子遺伝学による固有種起源の研究紹介
- 碧いびわ湖「琵琶湖のせっけん運動」 – 1977年淡水赤潮と石けん運動の経緯
- 滋賀県「びわ湖の日とは?」 – 琵琶湖条例と水質保全の歴史
- 滋賀県 外来魚対策事業 – 外来魚生息量の推移データ
- 滋賀県 アユ資源に関する報告(PDF) – アユ資源量の推移と課題
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