⚡ 30秒でわかる答え

  • 多自然川づくりとは、河川全体の自然の営みを視野に入れ、生き物の生息環境と河川景観を保全・創出する河川管理のこと。
  • 1990年の実施要領に始まり、1997年の河川法改正で環境が法の目的となり、2006年にすべての川づくりの基本になった。
  • 釧路川では約1.6kmの直線区間を約2.4kmの蛇行に戻し、魚や水生昆虫、湿原植生の回復が報告されている。
2006年
多自然川づくりがすべての川づくりの基本に
1.6→2.4km
釧路川の蛇行復元で延びた流路の長さ
約30ha
復元後に増えた釧路川周辺の湿原植生

コンクリートで固められた直線の川は、洪水から暮らしを守るために生まれました。しかし同時に、川の生き物の居場所も奪ってきました。治水と自然環境をどう両立するか。その答えとして日本の河川行政が進めてきたのが「多自然川づくり」です。

この記事では、三面張りが問題視された背景、1990年から2006年、そして2024年の改定へと続く歴史、釧路川の蛇行復元や円山川の自然再生の事例を、国土交通省などの一次情報をもとに整理します。

川は海につながっています。川づくりの変化は、河口や沿岸の環境、回遊魚、海ごみの問題とも関わっています。

この記事で学べること

  • 三面張りや直線化が川の生き物に与えた影響
  • 多自然川づくりの定義と、1990年〜2006年の歴史
  • 瀬・淵・ワンド・河畔林など具体的な工夫
  • 釧路川と円山川の事例
  • 川づくりが海の環境とつながる理由
  • これからの課題と私たちにできること

なぜ「まっすぐなコンクリートの川」が問題視されたのか

日本の川は、山地から海までの距離が短く、雨が降ると一気に水位が上がる「急流」が多いことで知られます。人口と資産が集中する低地を洪水から守るため、日本では明治以降、堤防の整備や川筋の付け替えが繰り返されてきました。とくに高度経済成長期には、川岸と川底をコンクリートで固める三面張りや、蛇行をなくして一直線にする直線化が各地で進みました。水を速く安全に海へ流すという治水の目的に照らせば、これは合理的な選択でした。

一方で、川は水の通り道であると同時に、魚・水生昆虫・鳥・植物が暮らす生き物の空間でもあります。コンクリートで固められた直線の水路では、流れの緩急も、岸辺の植物も、水中の隠れ場所も失われがちです。こうした反省から生まれたのが「多自然川づくり」という考え方です。この記事では、治水と自然環境の両立をめざす日本の河川改修の転換を、制度の歴史・技術の要点・釧路川と円山川の事例から整理します。

三面張り水路で何が失われるのか

三面張りの水路では、川底が平らで一様なため、水深や流速のバリエーションが少なくなります。魚は流れの速い場所で餌を待ち、緩い場所で休み、深い場所に逃げ込むというように、場所を使い分けます。ところが一様な水路ではこの使い分けができず、種数も個体数も減りやすくなります。岸がコンクリートだと草や木が根を張れず、水面に落ちる昆虫や日陰も失われます。

  • 流れの単調化:水深・流速が一様になり、魚の隠れ場所や産卵場所が減る
  • 岸辺の消失:植生と水際の泥や砂がなくなり、水生昆虫や両生類の生息地が失われる
  • 連続性の分断:落差工などで魚が上り下りできなくなる
  • 水と地下水の遮断:川と周囲の土壌・地下水とのつながりが弱まる

治水と環境は本当に対立するのか

重要なのは、治水を捨てて自然を取り戻す話ではないという点です。多自然川づくりは、洪水を安全に流すという河川の基本機能を守ったうえで、その方法を工夫して生き物の環境も守る考え方です。「コンクリートか自然か」の二者択一ではなく、川ごと・区間ごとの状況に合わせて設計を選ぶ、というのが現在の基本姿勢です。

この章のポイント

  • 三面張り・直線化は治水上の合理性から広まった
  • 単調な水路は流れ・岸辺・連続性が失われ、生き物の暮らしが成り立ちにくい
  • 多自然川づくりは治水の機能を守りつつ環境を両立させる考え方

多自然川づくりの歴史:1990年の実施要領から2006年の全国展開へ

多自然川づくりは、突然生まれた考え方ではありません。国土交通省の資料などによると、その源流は1990年(平成2年)に当時の建設省が取りまとめた「多自然型川づくり」実施要領にあります。ヨーロッパの近自然河川工法などに学びながら、モデル的な事業として始まりました。

1997年の河川法改正:法の目的に「環境」が加わる

大きな転機が1997年(平成9年)の河川法改正です。従来の治水・利水に加えて「河川環境の整備と保全」が法の目的に位置づけられ、計画制度も河川整備基本方針と河川整備計画の二段階に改められ、整備計画の策定では住民意見を反映する手続きが導入されました。この改正の背景には、長良川河口堰をめぐる議論など、河川開発と環境の関係への社会的な関心の高まりがありました。この改正によって、多自然型川づくりの取り組みは本格化していきます。

課題の顕在化:型にはめた川づくり

制度が整い実績が増える一方で、いくつかの課題も見えてきました。国土交通省の解説によると、画一的な標準断面による川づくりや、現場ごとの条件への配慮不足、川全体の生態系を見ずに一部の区間だけを工夫したために期待した効果が得られなかった例などが指摘されました。「型」という言葉が付くことで、決まった工法を当てはめれば良いという誤解を招きやすい面もありました。

2006年の基本指針:「型」を外し、すべての川づくりの基本に

こうした反省を踏まえ、国土交通省は2006年(平成18年)10月に「多自然川づくり基本指針」を関係機関に通知しました。名称から「型」が外れたことが象徴的です。多自然川づくりは、モデル事業や特別な区間だけでなく、すべての一級河川・二級河川・準用河川における調査・計画・設計・施工・維持管理のあらゆる段階で適用されるべき川づくりの基本と位置づけられました。この指針は令和6年(2024年)6月に改定され、現在も見直しが続いています。

年出来事意味
1990年(平成2年)「多自然型川づくり」実施要領モデル事業として開始
1997年(平成9年)河川法改正法の目的に河川環境の整備と保全を追加
2006年(平成18年)多自然川づくり基本指針を通知「型」を外し、すべての川づくりの基本に
2024年(令和6年)基本指針の改定最新の知見を反映
多自然川づくりに関わる主な経緯(国土交通省の資料より)
コンクリート三面張りの直線水路と、蛇行して瀬と淵のある自然に近い川を並べて比較した断面イラスト
三面張りの直線水路(左)と、瀬と淵をもつ多自然な川(右)のイメージ

山地渓流の生態系の記事でも触れたように、川の生き物は、流れの多様性に支えられて暮らしています。多自然川づくりは、その多様性をできるだけ守り、取り戻そうとする取り組みです。

多自然川づくりの考え方:定義と基本のポイント

国土交通省は多自然川づくりを、「河川全体の自然の営みを視野に入れ、地域の暮らしや歴史・文化との調和にも配慮し、河川が本来有している生物の生息・生育・繁殖環境及び多様な河川景観を保全・創出するために、河川管理を行うこと」と定義しています。この一文には、大切な要素がいくつも含まれています。

「河川全体の自然の営み」を見る

川は上流から下流、そして河口・海までつながった一つのシステムです。ある区間だけを整えても、上流からの土砂供給が途絶えていたり、下流に魚が上れない段差があったりすれば、期待した効果は出ません。そのため、川づくりでは局所ではなく流域全体の視点が求められます。たとえばダムと土砂供給の問題も、川と海をつなぐ自然の営みの一部です。

「地域の暮らし・歴史・文化との調和」

川は、祭り、漁、舟運、洗い場、水遊びといった地域の暮らしと結びついてきました。景観や親水性、歴史的な護岸などを含めて考えることも多自然川づくりの一部です。自然環境だけでなく、人と川の関係の再生が視野に入っています。

現存する良好な環境を保全する

国土交通省の基本指針が示す実施上のポイントの一つに、瀬と淵、ワンド、河畔林など、現在残っている良好な環境資源をできるだけ保全することが挙げられています。ゼロから作り直すよりも、残っている環境を壊さないことが、費用面でも生態系の面でも効率的だという考え方です。

瀬・淵・ワンドとは

  • 瀬:浅くて流れが速く、水面が波立つ場所。酸素が多く、水生昆虫や産卵場所になる
  • 淵:深くて流れが緩やかな場所。大きな魚の隠れ家や休息場所になる
  • ワンド:本流と繋がった入り江状の水たまり。稚魚や小魚の避難場所になる

具体的な工夫:蛇行・瀬と淵・河畔林・護岸の見直し

多自然川づくりの具体的な手法は、川の規模、地形、周辺の土地利用によって大きく異なります。ここでは代表的な工夫の考え方を整理します。

蛇行と河床の起伏を活かす

自然な川は、水が曲がりながら流れる中で、外側が深く削られて淵となり、内側に土砂がたまって瀬や砂州ができます。直線化した川ではこの仕組みが働きにくくなります。可能な範囲で元の蛇行を復元したり、川幅に余裕をもたせて水の流れによる自然な地形変化を許容したりすることで、生き物の生息場所が生まれます。

河畔林と水際の植生を残す

岸辺の樹木や草は、日陰をつくって水温の上昇を抑え、昆虫などの落下物を通じて魚の餌を供給し、根で岸を守ります。川の中の環境と陸の環境の境目である水際は、生き物にとって特に重要な場所です。

護岸の工夫:全面コンクリートを避ける

洪水時の安全を確保するために護岸が必要な場所でも、表面に凹凸のある材料や、石・木を活かした工法、植生の根が入る空隙のある構造を選ぶことがあります。ただし、そうした素材が必ず自然の代わりになるわけではなく、設計では流速、河床の状態、維持管理のしやすさとの兼ね合いが重要です。

魚の通り道をつなぐ

堰や落差工で川が分断されると、魚は上流に上れません。魚道の設置や、段差の緩和によって、川の縦方向の連続性を確保する工夫も重要です。サケの母川回帰のように、川を上り下りして暮らす魚にとっては、連続性が生命線です。

この記事の要点となる3つの数字をまとめた図版
数字で見る:本文で扱う3つの指標
  • 蛇行・瀬と淵・砂州といった地形の多様性を確保する
  • 河畔林・水際植生といった岸辺の環境を残す
  • 護岸は必要最小限とし、素材や構造を工夫する
  • 縦断方向の連続性(魚道・段差の解消)を確保する
  • 洪水時の安全性(流下能力)を確認したうえで設計する

事例1:釧路川の蛇行復元(北海道)

多自然川づくりの実践例として広く知られるのが、北海道の釧路湿原を流れる釧路川の蛇行復元です。茅沼(かやぬま)地区では、1970年代に周辺の農地開発などを目的として河道の直線化工事が行われました。その結果、以前は見られた浅い場所(瀬)と深い場所(淵)が失われ、洪水の際に土砂や栄養塩が湿原へ流れ込むといった問題が指摘されるようになりました。

事業の概要

釧路湿原自然再生事業の一環として、2007年から2011年にかけて、河口から約32km上流にある約1.6kmの直線区間を、約2.4kmの蛇行する流路に復元する工事が行われました。事業費は約9億円と報じられています。これは、河川の蛇行復元としてはアジアで初めての事例と紹介されています。

復元後に確認された変化

科学技術振興機構(JST)のサイエンスポータルによると、研究者らの調査では、蛇行復元の目標がおおむね達成されていたと報告されています。具体的には、復元した区間では直線区間よりも多くの種類の魚が確認され、個体数も増加したこと、水生昆虫の種数が増えたこと、氾濫の頻度が高まったことで湿原植生が約30ヘクタール増加したことが挙げられています。下流の湿原への土砂・栄養塩の流出を抑える効果や、自然に近い河川景観の復元も、目標に含まれていました。

直線化された川を蛇行する流路へ復元した釧路川のイメージ。旧流路と新しい蛇行流路、湿原が広がる俯瞰図
直線区間を蛇行流路に戻す蛇行復元のイメージ(釧路川)

事例から学べること

  • 川の形を戻すだけでなく、水と土砂の動きを取り戻すことが鍵
  • 事業後の調査(モニタリング)で効果を検証している
  • 釧路湿原とのつながりは釧路湿原の生態系の記事でも解説

事例2:円山川とコウノトリの野生復帰(兵庫県)

もう一つの代表例が、兵庫県豊岡市を流れる円山川です。国土交通省近畿地方整備局の円山川水系自然再生事業では、河川改修による河道のショートカットや拡幅などで湿地環境や瀬・淵を形成する多様な流れが減少したことを背景に、「コウノトリと人が共生する環境の再生」を目標に掲げています。

自然再生事業の主なメニュー

  • 特徴的な自然環境の保全・再生・創出
  • 湿地環境の再生・創出
  • 河川の連続性の確保
  • 人と河川との関わりの保全・再生・創出

コウノトリの野生復帰との関係

豊岡市ではコウノトリの野生復帰が進められてきました。兵庫県立コウノトリの郷公園などの情報によると、2005年に5羽の試験放鳥が行われ、2007年には放鳥後初めて野外での繁殖に成功しています。野外でのヒナの孵化は国内で43年ぶり、巣立ちは46年ぶりとされています。円山川に沿った湿地、水田、中洲などの環境が餌場として重要であり、農家・市民・専門家・行政が協力して環境づくりを進めてきたことが知られています。

コウノトリの復活は河川改修だけの成果ではなく、水田の管理など地域全体の取り組みの結果です。それでも、川と周辺の湿地環境を再生する事業が、大型の鳥が暮らせる環境づくりの一部を担っている点は、多自然川づくりの考え方をよく表しています。

この記事のポイントを箇条書きでまとめた図版
この記事のポイント。詳しくは各章で解説している

川づくりと海のつながり:多自然川づくりは海の環境にも関わる

海LABの視点で見逃せないのは、川づくりが海の環境とも深くつながっている点です。川は、水だけでなく、土砂・栄養塩・有機物・そして生き物を海へ運ぶ「動脈」だからです。

土砂と栄養塩の流れ

川が運ぶ土砂は、河口の干潟や砂浜をつくる材料でもあります。上流の環境改変や河道の固定化は、土砂の量や粒径を変え、海岸の地形にも影響を与えます。ダムと海岸への土砂供給の記事のように、川と海は一体で考える必要があります。また、河口域は淡水と海水が混ざる特別な環境で、多くの魚の稚魚が育つ場所でもあります。感潮域の環境もあわせて読んでみてください。

回遊魚の通り道

サケ、アユ、ウナギなど、川と海を行き来する魚にとって、川の連続性や河口付近の環境は生活史そのものです。川の段差を解消することや、産卵・成育に適した瀬や淵を残すことは、漁業資源や海の生物多様性にも関わってきます。

川から海へ運ばれるごみ

川づくりでは、洪水時の流下能力に加え、ごみの流出・堆積への対策や清掃活動も欠かせません。海に流れ込むプラスチックごみの多くが川を経由するとされることから、川からのプラスチックごみへの対策と、川の環境づくりは両輪の関係です。

山から川、河口、海へと水・土砂・魚がつながるイメージ図。上流の森、中流の蛇行、河口の干潟と海が一枚に描かれている
山・川・海をつなぐ流域のイメージ

これからの課題と、私たちにできること

多自然川づくりは、2006年に基本方針が示されて以降、すべての川づくりの基本となりました。しかし、現場での実践には課題も残ります。気候変動により豪雨が激甚化する中で、治水安全度の確保と環境配慮をどう両立するかは、今も問われ続けています。

課題1:治水と環境のバランス

近年は、豪雨による河川氾濫のリスクが社会的に強く意識されています。流下能力の確保や堤防強化が必要な場面では、環境への配慮の余地が限られることもあります。現場では、川幅、河道断面、河床材料の設計を工夫しながら両立を探ることになります。

課題2:維持管理とモニタリング

自然に近い川は、洪水のたびに形が変わります。植生の繁茂や土砂の堆積が起こるため、維持管理には手間がかかります。整備後の効果を調査し、順応的に管理していく体制が欠かせません。釧路川のように事後調査で成果を確認する事例は、その手本といえます。

課題3:地域の合意と関わり

川づくりは、住民の意見を反映して進めることが河川法でも位置づけられています。地域の人が川に親しみ、清掃や観察に参加することで、環境の変化に早く気づけます。市民科学への参加もその一つの形です。

私たちにできること

  • 近くの川の様子を観察し、瀬と淵、岸辺の植物、魚や鳥を見てみる
  • 河川の清掃活動や生き物調査に参加する
  • 自治体の河川整備計画の意見募集をのぞいてみる
  • 川の水質や環境を守るため、家庭からの排水やごみの出し方を見直す

まとめ

  • 三面張り・直線化は治水上の合理性から広まったが、川の生き物の環境を損ねる面があった
  • 1990年の実施要領、1997年の河川法改正を経て、2006年に多自然川づくりが全ての川づくりの基本になった
  • 釧路川の蛇行復元や円山川の自然再生など、事後調査で効果を確認する事例が出てきている
  • 川は海とつながる一つのシステムで、川づくりは海の環境にも関わる