約100億トン
中深層(水深200〜1000m)に暮らす魚類の推定資源量。従来推定の約10倍(Irigoien et al. 2014)
約270m/時
夜明け前に深層へ戻るときの平均的な移動速度(世界の音響データ解析:7.6cm/秒)
+14%
鉛直移動する動物が押し上げる、有光層から深層への炭素輸送量(沈降粒子だけの場合との比較)

日が沈むころ、地球でいちばん大きな「引っ越し」が始まります。動物プランクトンや小型のエビ・イカ・魚が、水深数百メートルの暗がりから海面近くへ、いっせいに泳ぎ上がってくるのです。夜明けが近づくと、彼らは同じ道を逆にたどって深みへ帰っていきます。これが日周鉛直移動(にっしゅうえんちょくいどう/Diel Vertical Migration, DVM)です。ヌーの大移動やコウノトリの渡りが数万〜数百万個体の話であるのに対し、日周鉛直移動は世界中の海で、毎日、途方もない生物量が同時に動きます。米国海洋大気庁(NOAA)は、生物量・個体数・関わる種数のどれで見ても地球上で最大の組織的な動物移動だと説明しています。

しかもこの移動は、私たちの暮らしと無関係な深海の出来事ではありません。海面で植物プランクトンを食べた動物たちが、夜のうちに炭素を体内に取り込み、昼間に深層へ運んでフンや呼吸として置いていく——つまり大気の二酸化炭素を深い海へ隔離する「生物ポンプ」の運び屋として働いています。海の表層で酸素の半分近くを生み出す植物プランクトンの働きと、この上下運動はひと続きの物語なのです。

この記事では、1942年に軍用ソナーが見つけた「幻の海底」の謎から始めて、動物たちが何を合図に上下しているのか、なぜそこまでの労力をかけるのか、日本の海(富山湾のホタルイカ、駿河湾のサクラエビ)ではどう見えるのか、そして気候と資源利用にとってなぜ重要なのかを、政府機関・査読論文などの一次情報にもとづいて順を追って見ていきます。夜の海をのぞきこむような気持ちで読んでみてください。

この記事で学べること

  • 日周鉛直移動(DVM)とは何か、なぜ「地球最大の動物移動」と呼ばれるのか
  • 第二次世界大戦のソナーが見つけた「幻の海底」=深海散乱層の発見史
  • 上下運動の引き金は光の変化率で、究極の理由は視覚捕食者からの回避であること
  • 逆日周移動・真夜中の沈降・極夜の月光移動など、教科書どおりでない多様なパターン
  • 富山湾のホタルイカ、駿河湾のサクラエビ、ハダカイワシなど日本の海で起きている鉛直移動
  • 鉛直移動が海の炭素循環(生物ポンプ)と酸素環境に与える影響と、人間活動による撹乱

日周鉛直移動とは何か——毎晩くり返される地球最大の移動

日周鉛直移動とは、海の生き物が1日の明暗のリズムに合わせて水深を上下させる行動のことです。もっとも一般的なパターンは「夜に浅く、昼に深く」。日没とともに深層から浮上して海面近くで餌をとり、日の出前にまた深層へ降りていきます。移動する距離は種や海域によって数十メートルから1000メートル近くまで幅がありますが、体長1〜2cmの動物にとって数百メートルの往復は、体長の数万倍という途方もない旅です。

主役は「小さくて数が多い」生き物たち

移動の主役は、カイアシ類(コペポーダ)やオキアミ類などの動物プランクトン、ヤムシ・クラゲ類、そしてハダカイワシ科などの中深層魚や小型のイカ・エビといった「マイクロネクトン」と呼ばれる小さな遊泳動物です。1個体はどれも数ミリ〜数センチ。しかし世界の海に膨大な数が分布しているため、合計すれば他のどんな動物移動よりも大きな生物量が動くことになります。米国海洋大気庁(NOAA)は、生物量・個体数・同時に動く種数のいずれで見ても地球上で最大の組織的な動物移動であると説明しています。

移動にかかる時間は、種と距離によって数十分から数時間です。夕方に上がり始めて日没後しばらくで表層に到達し、夜のあいだ餌をとって、夜明け前に降り始める。このサイクルが、世界中の海で毎日、ほぼ同じ時刻の合図に従って進行します。しかも参加者は「相談」しているわけではありません。それぞれの個体がただ光の変化に反応しているだけなのに、結果として海全体が同じ拍で呼吸しているように見える——この自発的な同期が、日周鉛直移動のもっとも美しい性質です。

規模を実感するための手がかりの一つが、中深層(水深200〜1000m。トワイライトゾーンとも呼ばれます)に暮らす魚の量です。2010年の世界周航調査「マラスピナ探検」の音響データを解析したIrigoienらの研究(2014年・Nature Communications)は、この層の魚類資源量を約100億トンと見積もりました。これは網による従来推定(約10億トン)の約10倍にあたります。網を使った調査では、素早い中深層魚が網を察知して逃げてしまうため、実際よりずっと少なく見積もられていたのです。

昼は深層、夜は表層に分布が移る日周鉛直移動の模式図
昼は深く、夜は浅く。日周鉛直移動の最も一般的なパターン

移動する生き物と、その移動範囲

生き物のグループ代表例おおよその昼間の分布深度特徴
カイアシ類(動物プランクトン)カラヌス類、ネオカラヌス類数十〜数百m海の食物網の土台。種類・海域によって移動幅が大きく異なる
オキアミ類ナンキョクオキアミ、ツノナシオキアミ100〜500m前後群れで移動し、クジラや魚の主要な餌になる
中深層魚ハダカイワシ科、ヨコエソ科200〜1000m音波を強く反射し、深海散乱層の主要な構成者
小型のイカ・エビホタルイカ、サクラエビ200〜600m/200〜300m日本近海では漁業対象。夜間に浅い層へ浮上する
日周鉛直移動を行う主なグループと昼間の分布深度(種・海域によって幅がある)

ここが要点

  • 日周鉛直移動=明暗のリズムに合わせて水深を上下させる毎日の行動
  • 「夜に浅く、昼に深く」が基本形。移動距離は数十m〜1000m近く
  • 生物量・個体数・種数のどれで見ても地球最大の組織的な動物移動(NOAA)
  • 中深層魚だけで約100億トンという推定もあり、規模は従来考えられていたより大きい

発見の物語——ソナーが見つけた「幻の海底」

これほど巨大な現象が、20世紀半ばまで知られていなかったのは不思議に思えます。しかし海の中は見通せません。人類がこの移動に気づいたきっかけは、生物学ではなく戦争のための音響技術でした。

1942年、USSジャスパー号の奇妙な反射

1942年の夏、カリフォルニア州サンディエゴ沖で、カリフォルニア大学戦時研究部門の研究者たちが、潜水艦を探知するための長距離アクティブソナーの試験を行っていました。艦はUSSジャスパー号。音波を深く送りこむと、水深およそ300ヤード(約270m)付近から、まるで海底のような強い反射が返ってきます。ところが海図によれば、そこに海底はありません。しかも反射の深さは時刻によって上下に動くのです。

この謎の層は、担当した3人の技術者エイリング(C. F. Eyring)、クリステンセン(R. J. Christensen)、レイット(R. W. Raitt)の頭文字から「ECR層」と呼ばれ、のちに深海散乱層(Deep Scattering Layer, DSL)と名づけられました。当時のソナー操作員のあいだでは、深さが変わる「幻の海底(false bottom)」として知られていました。

1945年、網が明かした正体

正体が確かめられたのは約3年後です。1945年、海洋学者マーティン・ジョンソン(Martin Johnson)が太平洋で網を入れ、この層がほとんどが指の長さにも満たない小さな海の動物たちの巨大な群れであることを突き止めました。音波を跳ね返していたのは岩や砂ではなく、魚の浮き袋や甲殻類の体で、それが毎日、深海から海面へ、また深海へと移動していたのです。「何もいない」と思われていた中深層に、想像を超える密度の生命が詰まっていたことが分かった瞬間でした。

軍艦のソナーが深海散乱層を海底のように捉える様子を示した歴史的イメージ図
海底ではなかった「海底」。ソナーの反射は生物の大群だった

音で海の生命を測る、現代の目

この「音で生き物を見る」手法は、今日の観測の主力になっています。研究船や係留ブイに取りつけた計量魚群探知機(複数の周波数で反射強度を測る装置)や、海流を測るためのADCP(音響ドップラー流速計)の副産物である後方散乱データが、鉛直移動の記録として世界中で蓄積されてきました。近年はさらに、自律型の観測機器や生物地球化学フロート、水中カメラによる粒子・生物の画像解析が加わり、種や大きさごとの動きまで見えるようになっています。

  • 計量魚探:複数周波数の反射強度から、魚類・甲殻類など群れの構成を推定する
  • ADCP後方散乱:世界の研究船が長年記録してきた副産物データ。全球的な移動パターン解析の基礎になった
  • 係留式センサー:同じ場所で1年以上連続記録でき、季節変化や極夜の挙動を追える
  • 水中イメージング:網では壊れてしまう柔らかいクラゲ類やゼラチン質の生物も、姿のまま観察できる

網だけでは分からなかったこと

網(プランクトンネット・トロール)は今も基本の道具ですが、素早い魚は網を避け、柔らかいクラゲ類は網の中で壊れてしまいます。音響と画像を組み合わせることで、中深層の生物量が従来推定より一桁大きい可能性が見えてきました。観測手法が変わると、見える世界の大きさも変わるのです。

なぜ上下するのか——「食べたい」と「食べられたくない」のはざまで

毎晩数百メートルを泳ぐのは、小さな生き物にとって莫大なエネルギーの出費です。それでも進化がこの行動を選んだのは、それ以上に大きな見返りがあるからです。研究者は理由を「究極要因(なぜそうするのが有利なのか)」と「至近要因(何を合図に動いているのか)」に分けて考えます。ここではまず究極要因を見ていきます。

最大の理由は、目で狩る捕食者からの回避

動物プランクトンの餌である植物プランクトンは、光合成のできる表層(有光層)にしか多く存在しません。つまり食堂は明るい場所にしかないのです。ところが明るい表層は、視覚で獲物を探す魚や海鳥にとっても狩り場です。透明な体でも、明るい水中では影や眼が見つかってしまいます。そこで「食事は暗い夜のあいだに表層で済ませ、光のある昼は捕食者の目が届かない深層に隠れる」という時間差の使い分けが有利になります。

この説を支持する証拠は数多くあります。淡水のミジンコでは、魚の体表から出る化学物質(カイロモン)を感じると鉛直移動が強まることが実験で示されています。海でも、捕食者の多い海域・季節ほど移動が深く大きくなる傾向が報告されています。逆に捕食者の少ない環境では、移動が浅くなったり、ほとんど行われなくなったりします。つまり鉛直移動は固定された本能ではなく、危険の度合いに応じて調整される柔軟な戦略です。

重要なのは、これが損得の勘定だという点です。移動には泳ぐエネルギーがかかり、餌をとれる時間も夜だけに限られます。それでも深く隠れるほうを選ぶのは、「食べられて死ぬ確率」が「少し痩せる不利益」を上回るからです。餌が豊富な季節には多少のリスクを取って浅くとどまり、捕食者が増えれば深く沈む——観測される移動の変化は、この天秤がそのつど傾き直している様子だと理解できます。

紫外線から身を守る——脳の中の「紫外線センサー」

もう一つ指摘されているのが、強い紫外線からの回避です。透明で小さな体は紫外線によるダメージを受けやすく、日中の表層は危険な場所になります。2017年、分子科学研究所と生理学研究所の共同研究グループは、プランクトンとして海中を漂う多毛類(イソツルヒゲゴカイ、Platynereis dumerilii)の幼生の脳から、紫外光を感じる光センサータンパク質(オプシン)を発見し、383nmの紫外光を最も効率よく受容することを報告しました(Journal of Biological Chemistry掲載)。小さな生き物が「光の色」まで見分けて深さを選んでいる可能性を示す成果です。

明るい表層で捕食者に狙われるリスクと、暗い深層に隠れる利点を対比した図
餌があるのは明るい表層。しかし明るさは捕食者の武器でもある

冷たい深層で「燃費」を稼ぐ

第三の利点は代謝です。深層は表層より水温が低いため、そこで過ごす時間が長いほど代謝速度が下がり、消費エネルギーを抑えられます。夜のあいだに暖かい表層でたっぷり食べ、昼は冷たい深層でじっとして消化しながら消費を抑える——これは動物の成長効率の面で有利になりえます。深海の低温・高圧・暗黒という条件に生き物がどう向き合っているかは、深海生物の適応戦略の記事でも詳しく扱っています。

上下する三つの理由(究極要因)

  • 捕食回避:視覚で狩る捕食者から昼間だけ隠れる。最有力の説明
  • 紫外線回避:透明な小さな体は紫外線に弱く、日中の表層は危険
  • 代謝の節約:冷たい深層で消費を抑え、成長効率を上げる

どうやって時刻を知るのか——光の「変わり方」を読む

では、時計も暦も持たない小さな動物が、どうやって「そろそろ上がる時間だ」と知るのでしょうか。カギは光です。ただし「明るさの絶対値」ではなく「明るさの変わり方」が引き金になると考えられています。

引き金は光の相対的な変化率

日没が近づくと、水中の光は急速に弱くなります。多くの動物プランクトンは、この単位時間あたりの明るさの減少率が一定の水準を超えると浮上を始め、逆に夜明けに増加率が閾値を超えると下降を始めます。絶対的な明るさではなく変化率を使うので、曇りの日でも、濁った水でも、月の有無が変わっても、「日没・日の出」という同じタイミングを取り違えずに検出できます。これは工学的にもよくできた仕組みです。

「等照度線」を追いかける

移動の落ち着き先を説明する考え方が等照度線(アイソルーム)追跡です。生き物が「自分にとって安全な明るさ」を保つように深さを選ぶと、太陽高度の変化に合わせて一日中その明るさの層についていくことになります。全球の音響データを使った解析では、月ごとの平均的な移動深度が10⁻³ W/m²の等照度線の深さで表せることが示されています。つまり移動の深さは、その海の透明度(濁り・プランクトン量)と太陽の高さで大きく決まるということです。

この考え方は、海域ごとの違いをうまく説明します。プランクトンが多くて濁った沿岸や湧昇域では、光がすぐに減衰するので同じ明るさの層が浅くなり、移動幅も小さくなります。反対に、栄養が乏しく透きとおった外洋の亜熱帯海域では、光が深くまで届くため生物はより深くまで潜らなければならず、移動幅が大きくなります。同じ「安全な暗さ」を求める行動が、水の透明度というレンズを通して、海域ごとに違う深さのパターンを生み出しているのです。

日の出の21分前に沈み始める——世界のデータが示すタイミング

BianchiとMislanが世界の音響(ADCP後方散乱)データを解析した研究(2016年・Limnology and Oceanography)は、この行動の同期性を数値で示しました。音響散乱層は日の出の平均21分前(±20分)に表層を離れ、日没の平均17分後(±23分)に表層へ戻ります。移動速度は下降が平均7.6cm/秒(±3.6)、上昇が平均6.5cm/秒(±3.5)で、下降のほうが有意に速いという結果でした。7.6cm/秒は1時間あたり約270m。数ミリの体でこの速さを維持するのは驚くべきことです。

項目世界平均(音響データ解析)意味
表層を離れる時刻日の出の約21分前(±20分)明るくなる前に安全な深さへ退避している
表層へ戻る時刻日没の約17分後(±23分)暗くなるのを待って餌場へ上がる
下降速度平均7.6cm/秒(約270m/時)危険から逃れる下降のほうが急ぐ
上昇速度平均6.5cm/秒(約234m/時)上昇は比較的ゆっくり
Bianchi & Mislan(2016)による全球音響データの解析結果
日の出前に下降し日没後に上昇する散乱層の深さの一日変化を示すグラフ風の図
一日の深さの軌跡。夜明け前の下降は日没後の上昇より速い

なぜ下降のほうが速いのか

夜明けは「危険が迫ってくる時間」です。明るくなってから深みに向かうのでは手遅れになりかねません。実際、散乱層は日の出よりも前に表層を離れ始めます。一方で夕方の上昇は、暗くなりきってから安全に上がればよいので急ぐ必要が薄い——観測された速度の非対称性は、この生存戦略と整合しています。

教科書どおりではない移動——逆日周移動・真夜中の沈降・月光の移動

「夜に浅く、昼に深く」は基本形にすぎません。実際の海では、種によって、成長段階によって、季節によって、驚くほど多様なパターンが見られます。この多様さが、鉛直移動が単純な反射ではなく、状況に応じて選ばれる戦略であることを物語っています。

逆日周移動——昼に浅く、夜に深く

一部の小型の動物プランクトンは、あえて昼に浅く、夜に深くという逆のパターン(逆日周移動)をとります。理由は、自分を襲う捕食者そのものが夜に表層へ上がってくるからです。たとえばヤムシやクラゲ類のように、視覚に頼らず触覚で獲物をとらえる肉食性のプランクトンは、夜の表層で活発になります。ならば「みんなが上がってくる夜」を避けたほうが安全だ——という判断です。食う・食われるの層構造が、移動の向きまで決めているのです。

真夜中の沈降(ミッドナイト・シンキング)

夜のあいだ表層にとどまり続けるのではなく、真夜中前後に一度深く沈み、明け方近くにもう一度浅くなる二山型の動きも観察されています。満腹になった個体が消化のために沈む、月明かりが強い夜は表層が危険になる、といった説明が提案されています。同じ海域でも日によって現れ方が変わるため、餌の量と危険の量を天秤にかけた微調整だと考えられます。

太陽が昇らない冬——月がつくる24.8時間のリズム

もっとも劇的な例は北極域の極夜です。太陽が地平線の下から出てこない冬、日周移動は止まってしまうのでしょうか。Lastらの研究(2016年・Current Biology)は、北極のフィヨルド・大陸棚・陸棚斜面・外洋にわたる観測から、冬に月が地平線の上に出ると、動物プランクトンの移動リズムが24時間の太陽日から24.8時間の太陰日へ切り替わることを示しました。さらに満月の時期に合わせて、29.5日周期で水深約50mへの大規模な沈降が起きていました。ほとんど光のない世界で、動物たちは月の明るさを頼りに深さを選んでいたのです。

満月の光を避けて沈む極夜の動物プランクトンを描いたイメージ
太陽が昇らない極夜。それでも動物たちは月の光で深さを決めていた

成長にともなう季節的な鉛直移動

毎日の移動とは別に、生涯や季節の単位で深さを変える個体発生的(季節的)鉛直移動もあります。北太平洋のネオカラヌス類や北大西洋のカラヌス類などの大型カイアシ類は、春に表層で植物プランクトンを食べて脂質を蓄え、その後は深層に降りて休眠(ダイアポーズ)状態で過ごし、翌シーズンに再び表層へ戻ります。日周移動が「毎日の通勤」なら、こちらは「季節ごとの引っ越し」です。どちらも表層と深層をつなぐ物質の流れを生み出します。

移動パターンの多様性

  • 通常型:夜に浅く、昼に深く(最も一般的)
  • 逆日周移動:昼に浅く、夜に深く。夜に上がってくる捕食者を避ける
  • 真夜中の沈降:夜のあいだに一度沈み、明け方に再び浅くなる二山型
  • 月光移動:極夜では24.8時間の太陰日リズムに切り替わる
  • 季節的鉛直移動:大型カイアシ類が深層で休眠して冬を越す

日本の海で見る鉛直移動——ホタルイカ、サクラエビ、ハダカイワシ

日周鉛直移動は、遠い外洋だけの話ではありません。日本の食卓にのぼる魚介のいくつかは、この上下運動そのものを利用して漁が成り立っています。日本列島の周りには深い海溝や急峻な海底谷が海岸のすぐ近くまで迫っている場所があり、深い層の生き物が沿岸で観察できるという幸運があります。富山湾は水深1000mを超える海底谷(藍瓶と呼ばれる急斜面)が岸のすぐ近くまで入り込み、駿河湾は日本一深い湾として湾内に水深2500mを抱えています。外洋なら遠く沖まで出なければ出会えない中深層の生き物が、日本では湾の中で漁の対象になるのです。

富山湾のホタルイカ——深海から浮上する光の帯

ホタルイカ(Watasenia scintillans)は、水深200〜600mの深海にすむ回遊性の一年生のイカです。日中は水深200m前後にいて、夜になると浮上します。産卵期の3月から5月には、富山湾に集団でやってきて、夜のうちに海底谷から浅い沿岸へ上がり、未明には沖へ帰っていきます。体長は雌で5〜7cm、雄で4〜5cmほど。体にはおよそ1,000個ものごく小さな発光器があり、青白く光ります。この光は敵を威嚇したり、下から見上げる捕食者に対して自分の影を消したり、仲間を見分けたりするのに使われていると考えられています。生物発光の仕組みについては深海の生物発光の記事も参考にしてください。

富山湾でホタルイカが大群で押し寄せる「ホタルイカ群遊海面」は、国の特別天然記念物に指定されています。春の夜、定置網に入ったホタルイカが青白く光る光景を見る観光船も運航されており、日周鉛直移動と産卵回遊が生み出す景観が地域の文化と観光の資源になっています。

駿河湾のサクラエビ——夜に浮上するから夜に漁をする

サクラエビも顕著な鉛直移動をします。昼間は水深200〜300mの深い層にいますが、夜には水深20〜50mあたりまで浮上します。だからサクラエビ漁は夜間に行われます。「エビが上がってくる時間に、上がってくる深さで待つ」——漁法そのものが生態の知識に支えられているのです。駿河湾では2018年ごろから資源の低迷が続き、漁業者による自主的な休漁や網目の見直しなどの資源管理が進められ、静岡大学などによる資源再生の研究プロジェクトも取り組まれています。

夜の富山湾で青白く光りながら浮上するホタルイカの群れ
春の富山湾。深海から浮上するホタルイカの群れ(イメージ)

ハダカイワシ——深海散乱層をつくる無名の主役

ハダカイワシ科は、体の側面や腹面に発光器を並べた小型の中深層魚で、世界の海に約250種、日本周辺でも80種以上が知られています。北極域を除く世界中の中深層でもっとも優占するグループとされ、深海散乱層をつくる主要な構成者です。多くの種が日周鉛直移動を行い、昼は中深層に、夜は表層近くに上がって甲殻類の動物プランクトンを食べます。腹面の発光器で下からの見え方を薄暗い背景に合わせ、影を消す(カウンターイルミネーション)と考えられています。

資源量は膨大なのに、ハダカイワシ類を狙う商業漁業は世界的にほとんど行われていません。小さく、水っぽく、傷みやすいためです。しかし彼らはマグロやカツオ、クジラ、イカ類の重要な餌であり、同時に炭素を深層へ運ぶ運び屋でもあります。「まだ獲られていない巨大な資源」に見えるこの層をどう扱うかは、後述するように現在の国際的な論点になっています。

種類海域昼間の深度夜間の深度漁業との関係
ホタルイカ富山湾など日本海200m前後(生息域200〜600m)沿岸の浅い層まで浮上春の定置網漁。群遊海面は国の特別天然記念物
サクラエビ駿河湾200〜300m20〜50m夜間の船曳網漁。近年は資源管理が課題
ハダカイワシ類日本周辺〜世界の外洋200〜1000m表層近く商業漁業はほぼ無い。マグロ等の重要な餌
日本近海で見られる日周鉛直移動の代表例

気候を動かす移動——「泳ぐ炭素輸送」と生物ポンプ

ここからは、日周鉛直移動が地球規模でもつ意味に話を移します。海は人類が排出した二酸化炭素のかなりの部分を吸収してきましたが、それを支えている仕組みの一つが生物ポンプ——生物の働きによって表層の炭素を深層へ運ぶ流れです。鉛直移動する動物たちは、このポンプの重要な部品として働いています。

沈む炭素と、泳いで運ばれる炭素

生物ポンプにはいくつかの経路があります。もっとも古くから知られているのは、死んだプランクトンやフンの粒子が重力でゆっくり沈む「重力沈降」です。しかしこの経路だけでは説明のつかない量の炭素が深層に届いていることが分かってきました。そこで注目されたのが能動輸送、つまり生き物が自分で泳いで炭素を持ち運ぶ経路です。

しくみは単純です。動物プランクトンや中深層魚は、夜のあいだに表層で植物プランクトンや小さな動物を食べます。そして夜明け前に深層へ移動し、そこでフンをし、呼吸によって二酸化炭素を出し、ときには捕食されて体そのものが深層に残ります。表層で取り込んだ炭素が、粒子の沈降を待たずに数時間で数百メートル下へショートカット輸送されるのです。深いところで放出された炭素は、表層に戻るまでに数十年から数百年かかることがあり、その間は大気から隔離されたことになります。

有光層からの炭素輸送を約14%押し上げる

この能動輸送はどれくらいの規模なのでしょうか。Archibaldらのモデル研究(2019年・Global Biogeochemical Cycles)は、動物プランクトンの日周鉛直移動を全球の輸送モデルに組み込み、有光層から外へ出ていく炭素輸送量が、沈降粒子だけを考えた場合に比べて約14%増えると見積もりました。世界の海全体で見れば、大気の炭素収支に影響しうる大きさです。海の炭素隔離という観点では、沿岸の藻場や干潟が担うブルーカーボンと並んで、外洋の中深層が果たす役割にも目を向ける必要があります。

この経路の効率を左右するのが「どの深さで出すか」です。表層近くで放出された炭素は、湧昇や冬の混合によってすぐに大気へ戻ってしまいます。一方、水温躍層より深く、混合層の底より下で放出された炭素は、長期間表層に戻りません。だから移動が深い動物ほど、1匹あたりの気候への貢献が大きいことになります。中深層の下部(水深500〜1000m)まで潜る魚類やエビ類の役割が近年とくに注目されているのは、この深さの効果によるものです。

夜に表層で摂餌し昼に深層でフンと呼吸により炭素を放出する能動輸送の模式図
夜に表層で食べ、昼に深層で出す。生き物自身が炭素を運ぶ「能動輸送」

酸素を使う場所を変えてしまう

運ばれるのは炭素だけではありません。鉛直移動する動物は、昼のあいだ深層で呼吸します。つまり酸素を消費する場所を、表層から中層へ移していることになります。Bianchiらは2013年にNature Geoscience誌で「鉛直移動する動物が外洋の酸素消耗を強めている」ことを示す研究を発表しており、鉛直移動が中層の貧酸素化に関わる可能性が指摘されています。逆に、酸素の少ない層(酸素極小層)が浅くまで広がっている海域では、動物が深く潜れずに移動範囲が圧縮されることも観測されています。移動と酸素環境は互いに影響し合っているのです。

「計算とモデルはあるが、まだ測られていない」フラックス

ただし正直に付け加えるべき点があります。能動輸送の量は、実は直接測定されたことがほとんどありません。Annual Review of Marine Scienceに掲載されたレビュー論文は、その題名自体が「計算され、モデル化されてきたが、いまだ測定されていない」と述べています。動物の数、体の大きさ、消化のタイミング、深さごとの呼吸量、捕食による損失——それぞれに大きな不確かさがあり、船で追いかけて測るのは技術的にきわめて困難です。だからこの14%という数字も「もっとも確からしい見積もり」であり、確定値ではありません。気候モデルの不確実性を減らすうえで、鉛直移動の観測は今もフロンティアです。

生物ポンプにおける鉛直移動の役割

  • 表層で食べた炭素を、数時間で数百メートル下へ運ぶ「ショートカット」経路
  • 有光層からの炭素輸送量を約14%増やすとモデルで推定(Archibald et al. 2019)
  • 酸素を消費する場所も表層から中層へ移し、貧酸素化に関わる可能性
  • ただし直接測定は極めて難しく、量の見積もりには大きな不確かさが残る

人が変えてしまう夜——光害・温暖化・中深層漁業

日周鉛直移動は光という自然の合図に完全に依存した行動です。だからこそ、人間が海の光・水温・生物量を変えてしまうことは、この巨大な移動を直接乱すことにつながります。ここでは現在議論されている三つの撹乱を整理します。

船の作業灯が、水深200mの行動を変える

もっとも直接的なのは人工光(ALAN:Artificial Light At Night)です。Ludvigsenらの研究(2020年・Communications Biology)は、極夜の北極で調査船の通常の作業灯が、少なくとも水深200mまで、船の周囲0.125km²以上の範囲で魚と動物プランクトンの行動を乱すことを示しました。灯りを点けると生物は数秒のうちに位置と泳ぎ方を変えます。皮肉なことに、これは「調査船が近づくだけで、測りたい自然の姿が壊れてしまう」という研究上の難問も意味します。沿岸の街明かり、養殖施設、船舶の灯りが増えるほど、夜の海の暗さという資源は削られていきます。

温暖化と透明度の変化が「深さ」を変える

移動の深さは、その海の透明度と太陽の高さで決まる等照度線の深さに強く支配されます。ということは、温暖化によって表層の水が暖まって成層が強まり、植物プランクトンの分布や量が変わると、光の届き方も変わり、移動の深さや到達時刻もずれていくことになります。移動先の水温が上がれば「冷たい深層で代謝を節約する」という利点も薄まります。捕食者と餌の出会う時間・深さがずれれば、食物網のつながり方そのものが変わりかねません。魚の分布が北へずれる現象と同じように、温暖化は生き物の居場所の座標を縦方向にも書き換えていきます。

変化は時間のずれとしても現れます。生物どうしの関係は「同じ場所にいる」だけでは成立せず、「同じ時刻にいる」ことが必要です。餌のプランクトンが上がってくる時刻と、それを待つ稚魚が表層にいる時刻がずれてしまえば、餌はあるのに食べられないという事態が起こります。陸の生態学で「フェノロジー(生物季節)のミスマッチ」と呼ばれるこの問題は、海では日単位の時刻のずれとしても起こりうるのです。

「未利用の巨大資源」に手をつけるべきか

中深層に約100億トンという資源量の推定が出たことで、この層を魚粉・魚油・養殖飼料の原料として漁獲する構想が世界で検討されるようになりました。しかし懸念は大きく、少なくとも次の点が指摘されています。第一に、中深層魚はマグロ・カツオ・クジラ・海鳥といった上位捕食者の主要な餌であり、大量に獲れば外洋の食物網全体に影響が及びます。第二に、彼らは炭素を深層へ運ぶ担い手であり、資源を減らすことは気候調節サービスそのものを削ることになりえます。第三に、これらの魚の資源動態や寿命・成長についての知識は、資源管理を設計するにはまだ不十分です。

中深層漁業をめぐる主な懸念

  • マグロ・クジラ・海鳥など上位捕食者の餌を直接奪う可能性
  • 炭素を深層へ運ぶ働き(気候調節サービス)を損なうおそれ
  • 資源量・成長・寿命の科学的知見が乏しく、漁獲枠の設計が難しい
  • 採算性も未確立で、燃料と労力に見合う利用法が確立していない
船の作業灯が夜の海中を照らし、生物の分布が乱れている様子のイメージ
灯りの届く範囲では、生物は数秒で逃げていく。夜の暗さも守るべき環境である

夜の海を楽しむために——観察のヒントと私たちにできること

最後に、この現象を「守るべき対象」としてだけでなく「楽しめる対象」として見る視点を紹介します。日周鉛直移動は、望遠鏡がなくても、専門の船がなくても、条件が合えば身近な港で片鱗をのぞける現象です。

春の富山湾へ、あるいは近所の港へ

もっとも分かりやすい体験は、富山湾のホタルイカです。産卵期の春の夜、定置網に入ったホタルイカが青白く光るのを見る観光船が運航されています。遠出をしなくても、夜の港や桟橋で水面をのぞくと、光に集まってくるプランクトンや小魚が見えることがあります。海水を透明なコップにすくって明かりに透かすと、ゆらゆら動く小さな点として動物プランクトンが確認できることもあります。「夜の海には昼と違う顔がある」と実感できれば十分です。

観察するときのマナー

ここで思い出したいのが、前章の人工光の話です。強い光を長時間水面に当てると、生き物は本来の行動をやめてしまいます。観察はできるだけ弱い光で、短時間で。赤色系の光は多くの生物への影響が比較的小さいとされます。夜間の海辺は転落や高波の危険があるため、明るい足元灯・ライフジャケット・複数人での行動といった安全対策も忘れないでください。

暗さを守るという発想

私たちが海のためにできることとして、「ごみを出さない」「持続可能な魚を選ぶ」はよく知られています。そこにもう一つ、「必要のない明かりを減らす」を加えてみてください。沿岸の照明を海側に向けない、上向きの投光を控える、夜間に不要な照明を消す——これは省エネにもなり、渡り鳥やウミガメの上陸・孵化にも良い影響を与えます。夜の暗さは、海の生き物にとって水温や酸素と同じくらい大切な環境条件です。

夜の港で弱い明かりを使い水面のプランクトンを観察する人のイメージ
強い光は控えめに。弱い明かりでも、夜の海の賑わいは感じられる

今日からできること

  • 春の夜、富山湾のホタルイカや、近所の港の夜の水面をのぞいてみる
  • 観察は弱い光で短時間。強い光を当て続けない(赤色系の光が比較的やさしい)
  • 屋外照明は海側・上向きに向けない。不要な夜間照明は消す
  • 中深層資源の利用に関するニュースに関心を持つ。「未利用だから獲ってよい」とは限らない
  • 海の炭素や食物網の話として、家族や友人に「夜の大移動」の話をしてみる

指の長さにも満たない生き物たちが、毎晩、暗い海を数百メートルも上下している——その総量は地球上のどの動物移動よりも大きく、大気の炭素の行き先にまで影響しています。海の豊かさは、目立つ大型動物だけが支えているのではありません。小さく、名前も知られず、しかし数えきれないほど多い生き物たちの毎日の営みが、地球の呼吸を静かに調律しているのです。夜の海を見る目が少し変われば、この星の見え方も少し変わるかもしれません。

参考文献・出典

  1. NOAA Ocean Exploration – What is the deep scattering layer?(深海散乱層の解説・DVMが地球最大の組織的移動である説明)
  2. Nature Communications – Irigoien et al. (2014) Large mesopelagic fishes biomass and trophic efficiency in the open ocean(中深層魚の資源量を約100億トンと推定)
  3. Limnology and Oceanography – Bianchi & Mislan (2016) Global patterns of diel vertical migration times and velocities from acoustic data(世界の音響データによる移動タイミングと速度)
  4. Global Biogeochemical Cycles – Archibald, Siegel & Doney (2019) Modeling the Impact of Zooplankton Diel Vertical Migration on the Carbon Export Flux of the Biological Pump(炭素輸送量が約14%増)
  5. Current Biology – Last et al. (2016) Moonlight Drives Ocean-Scale Mass Vertical Migration of Zooplankton during the Arctic Winter(極夜の月光による鉛直移動)
  6. Communications Biology – Ludvigsen et al. (2020) Artificial light during the polar night disrupts Arctic fish and zooplankton behaviour down to 200 m depth(船の灯りによる撹乱)
  7. 生理学研究所・分子科学研究所 – 動物プランクトンの脳ではたらく、紫外線センサータンパク質(2017年6月・Journal of Biological Chemistry掲載)
  8. Annual Review of Marine Science – Active Carbon Transport by Diel Vertical Migrating Zooplankton: Calculated and Modeled, but Never Measured(能動輸送量の測定の難しさをまとめたレビュー)
  9. 富山県ほたるいか協会 – 富山湾の神秘 ホタルイカ(生息深度・産卵期の浮上・発光器)
  10. 静岡大学 – 駿河湾サクラエビ資源再生研究プロジェクト(駿河湾のサクラエビ資源と環境の研究)

※ 信頼性の高い順に配列:政府機関・学術機関 > 査読済み論文 > 専門機関 > 信頼できるメディア