光の届かない夜の海で、あるいは砂の下に完全に姿を隠した魚を、サメはなぜ正確に探し当てられるのでしょうか。目でも鼻でもたどれないその一撃を可能にしているのが、サメやエイの仲間だけが発達させた「電気感覚(電気受容)」です。生きた動物の筋肉や心臓は、動くたびにごく弱い電流を漏らしています。サメはその1cmあたり数ナノボルトという想像を絶する微弱な電気を感じ取り、獲物の居場所を「電気の地図」として描き出します。
この感覚をになうのが、サメの鼻先に星のように散らばる小さな孔——ロレンチーニ器官です。17世紀のイタリアの解剖学者ステファノ・ロレンチーニがその存在を記録したこの器官は、長らく用途の分からない謎の穴でした。20世紀後半になってようやく、それが地球上でもっとも鋭い電気センサーであることが実験で証明されます。
この記事では、ロレンチーニ器官の構造から、砂中の獲物を暴く狩りのしくみ、嗅覚や側線といった他の感覚との連携、さらに地磁気を読むナビゲーションという最新の話題まで、サメの「第六感」を最新の研究とともに読み解いていきます。
この記事で学べること
- ロレンチーニ器官の構造と、ゼリーが担う「電気の通り道」のしくみ
- サメの電気感度がなぜ桁外れなのか、その定量的なスケール感
- 砂に隠れた獲物を見つける狩りと、それを裏づけた古典的な実験
- 嗅覚・側線・視覚と電気感覚がどう役割分担して狩りを成立させるか
- 地磁気を読むコンパスなど、電気感覚に関する最新の研究
- 電気感覚を応用したサメ避け・混獲低減という保全への活かし方
サメの「第六感」——電気を感じるとはどういうことか
私たちヒトの感覚は、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚の五つに整理されます。ところがサメやエイ、ギンザメといった軟骨魚類には、これに加えて「電気を感じる」という第六の感覚が備わっています。専門的には電気受容(electroreception)と呼ばれ、水中に生じるごくわずかな電界(電位のかたより)を検知する能力です。
なぜ電気を感じることが狩りに役立つのでしょうか。答えは、すべての生きた動物が「電気を漏らしている」からです。魚の筋肉が収縮するとき、心臓が拍動するとき、エラが水を送るとき、細胞の膜では微弱な活動電流が流れます。さらに、体表の粘膜や口・エラの内側と、海水との間には、動かなくても生じ続ける直流的な電位差があります。塩分を含む海水は電気を通しやすいので、これらの弱い電気は水中へじわりとにじみ出し、小さな「生体電界」をつくります。
見えなくても、電気は隠せない
光は濁った水や砂にさえぎられ、においは潮の流れ次第で届かず、音も出さずに息をひそめる獲物がいます。しかし、生きているかぎり電気だけは止められません。心臓を止めれば身を隠せますが、それでは獲物自身が死んでしまいます。サメの電気感覚は、獲物が「生きている」というまさにその事実を逆手に取った、逃れようのない探知法なのです。

電気感覚をもつのは軟骨魚だけではない
電気を感じる動物はサメだけではありません。デンキウナギやデンキナマズのように自ら強い電気を出す魚、南米のナイフフィッシュのように弱い電気を出して周囲を「電気で見る」魚、さらにカモノハシやハリモグラといった一部の哺乳類も電気受容を備えています。ただし、1cmあたり数ナノボルトという極限の感度で受動的に獲物の生体電界だけをとらえる能力は、サメ・エイの仲間がとりわけ突出しています。この記事では、その受動的電気受容——自分は電気を出さず、相手の電気だけを聴き取るしくみ——に焦点をあてます。
電気を感じる動物には、大きく分けて二つのタイプがあります。ひとつは能動的電気受容で、自分で弱い電気を出し、その場の乱れを読み取って周囲を「電気で見る」タイプ。濁った川にすむデンキウナギの仲間などがこれにあたります。もうひとつが受動的電気受容で、自分は電気を出さず、外から届く電気だけをじっと聴き取るタイプです。サメやエイはこの受動型の名手で、獲物や仲間が漏らす生体電界を、いわば「盗み聞き」しています。エネルギーを使って電気を出す必要がないぶん省エネで、しかも相手に気づかれずに探れるという狩りに理想的な性質をもっています。
『第六感』と呼ばれる理由
この能力がしばしば『サメの第六感』と呼ばれるのは、ヒトの五感のどれにも当てはまらないからです。私たちには電気を直接感じる器官がなく、感電したときの痛みは触覚(痛覚)を通した間接的なものにすぎません。つまり電気受容は、私たちにはそもそも想像しづらい『別の窓』から世界を見る感覚なのです。サメが泳ぐ海が、私たちの目に映る海とはまったく違う「電気の風景」として広がっている——そう考えると、同じ海でも生きものによって見えている世界が驚くほど異なることが実感できます。海の生きものの感覚の多様さは、生態系のしたたかさそのものを映し出しています。
この記事のポイント
- サメの電気感覚は、生きた獲物が漏らす微弱な電流を受動的に検知するしくみ
- 光・音・においが届かない場面でも、電気だけは隠しにくい
- 同じ電気受容でも、サメの感度は動物界で群を抜いている
ロレンチーニ器官のしくみ——ゼリーの詰まった数百の孔
サメの電気感覚をになう器官がロレンチーニ器官(ampullae of Lorenzini)です。サメの吻部(鼻先)をよく見ると、黒い点のような小さな孔がたくさん並んでいます。この一つひとつが器官の入り口で、内部はゼリー状の物質で満たされた細い管になっており、その奥のふくらんだ袋(アンプラ)に感覚細胞が詰まっています。
孔・ゼリーの管・感覚細胞という三層構造
構造をたどると、まず皮膚表面の孔があり、そこからゼリーで満たされた管が皮下を走り、末端のアンプラ(膨大部)に感覚細胞が並びます。孔の位置での海水の電位と、アンプラの奥の電位との「差」を感覚細胞が読み取る——いわば体内に張りめぐらせた微小な電圧計の集まりです。管が長いほど、離れた二点間の電位差を比べられるため、方向や距離の手がかりが得やすくなります。

ゼリーは「陽子」を運ぶ半導体だった
長らく謎だったのが、管を満たすゼリーの役割です。近年の研究で、このゼリーがケラタン硫酸を含み、約97%が水でありながら、生体物質としては最高レベルのプロトン(水素イオン)伝導性をもつことが分かりました。2016年に科学誌『サイエンス・アドバンシズ』で報告された研究では、このゼリーが電子ではなく陽子を運ぶことで効率よく電気信号を伝える、いわば天然の「陽子伝導体(半導体的な素材)」としてふるまうことが示されています。ごく弱い電気信号を減衰させずにアンプラの感覚細胞まで届ける、精巧な配線材なのです。
感覚細胞での信号変換には、細胞膜のカルシウム活性化カリウムチャネルなどが関わると考えられています。わずかな電位変化が細胞の応答を引き起こし、それが神経を通じて脳へ伝わる——この一連の増幅と変換が、後述する桁外れの感度を支えています。ゼリーの絶縁性の高い管の壁と、電気をよく通すゼリーの中身という組み合わせによって、外部のわずかな電位差が管の末端に効率よく集約される点も見逃せません。器官全体が、微弱な信号を一点に絞り込むアンテナのように設計されているのです。
温度や塩分の変化も感じている
ロレンチーニ器官は電気だけを感じているわけではありません。研究では、この器官がわずかな水温の変化にも反応することが知られています。サメが水温の境目(潮目や湧昇の縁)を手がかりに移動したり、獲物の集まりやすい場所を探ったりするうえで、こうした感覚がどこまで使われているのかは、いまも興味深い研究テーマです。塩分や圧力の変化への感受性も指摘されており、一つの器官が複数の環境情報を同時に読み取っている可能性があります。単純な『電気センサー』というより、海の物理的なコンディションを総合的に感じ取る多機能なセンサー群だと考えると、その奥深さが見えてきます。
孔の並び方は種の暮らしを映す
ロレンチーニ器官の孔の数や分布は、種によってかなり異なります。海底で待ち伏せするタイプのサメやエイは、体の下面(腹側)に孔が多く集まり、砂の中の獲物を探しやすくなっています。一方、外洋を回遊しながら泳ぐ獲物を追うタイプでは、吻部の前方に孔が集中し、前方の獲物をとらえやすい配置になっています。つまり孔の並び方そのものが、その種がどんな場所でどんな獲物を狙って暮らしてきたかという『生き方の履歴書』になっているのです。体のつくりと感覚が一体で進化してきたことがよく分かります。
この器官の起源は非常に古く、サメの祖先が海に現れた4億年以上前までさかのぼると考えられています。長い進化の時間をかけて磨き上げられてきたからこそ、これほど精妙なしくみが完成したのでしょう。ちなみにロレンチーニ器官は、サメと同じ軟骨魚類であるエイやギンザメにも共通して備わっています。私たちがふだん目にする硬い骨をもつ魚(硬骨魚)の多くにはこの器官がなく、電気感覚は軟骨魚類が特別に発達させた『専売特許』ともいえる能力なのです。海の中で数億年を生き抜いてきた古参のグループが、その繁栄の陰でこんな精密センサーを頼りにしてきたと知ると、進化の奥行きが感じられます。
| 部位 | はたらき |
|---|---|
| 皮膚表面の孔 | 海水に開き、外部の電位を取り込む入り口 |
| ゼリーの管 | 陽子伝導により微弱な電気信号を奥へ伝える配線 |
| アンプラ(膨大部) | 感覚細胞が並び、電位差を神経信号へ変換する |
| 求心性神経 | 変換された信号を脳へ送り、獲物の位置情報に統合する |
孔の数は種によって異なり、ホホジロザメでは頭部に約1,500個あるとされます。後で見るシュモクザメ(ハンマーヘッド)のように、頭を横に広げて孔を分散させ、探索面積を稼ぐ種もいます。海の生き物がもつ精妙な感覚器の多様さは、日本の海の生物多様性を語るうえでも見逃せない切り口です。
5ナノボルトの世界——サメの電気感度はどれほど桁外れか
サメの電気感覚がどれほど鋭いのか、数字で見てみましょう。実験で確かめられているサメの検知下限は、1cmあたりおよそ5ナノボルト(5×10⁻⁹ V/cm)とされます。ナノボルトは10億分の1ボルト。私たちが日常で扱う乾電池が1.5ボルトですから、その約3億分の1というスケールの電位差を、サメは水越しに感じ分けていることになります。
「乾電池を遠く離してつなぐ」という例え
この感度はしばしば、「乾電池の両極を遠く離してつないだとき、海水中に生じるごく薄い電界すら感じ取れる」と例えられます。この種の比喩には誇張が混じることもあり、鵜呑みは禁物ですが、実測値の5ナノボルト/cmという数字だけでも、サメが動物界でもっとも鋭い電気センサーの持ち主であることは揺るぎません。人工の高感度電圧計に匹敵する精度を、ゼリーの詰まった数ミリの器官が実現しているのです。

感度が高すぎることの「引き換え」
これほど敏感だと、逆に自分の泳ぎや海流、地磁気までが「ノイズ」になりそうです。実際、電気感覚が有効に働くのはごく近距離——おおむね数十センチ以内とされます。遠くの獲物はにおいや音、側線でとらえ、最後の数十センチで電気感覚に切り替えて正確に噛みつく。この役割分担があるからこそ、超高感度が実用になっています。感度と探知距離は引き換えの関係にあり、サメはその境目を狩りの「最終照準」として使い分けているのです。
ノイズをどう乗り越えているのか
超高感度のセンサーには、ノイズとの戦いがつきものです。サメ自身の心臓の拍動や筋肉の動き、エラの呼吸もまた電気を生むため、放っておけば自分の体が発する電気で獲物の信号がかき消されかねません。サメはこうした自分由来のリズミカルな信号をうまく差し引き、外から届く獲物の信号を選び出していると考えられています。また、器官が左右の孔の電位を『比較』するしくみは、海全体に一様にかかるノイズを打ち消し、局所的な獲物の電界だけを浮かび上がらせるのにも役立ちます。桁外れの感度は、こうした巧妙なノイズ対策とセットではじめて意味をもつのです。
波や潮の流れ、遠くの雷、さらには海中の岩に含まれる鉱物が生む微弱な電位まで、海はさまざまな『電気的な雑音』に満ちています。その中から生きた獲物の信号だけを拾い出すのは、雑踏の中で一人のささやきを聞き分けるようなもの。サメの脳は、ロレンチーニ器官から届く膨大な情報を絶えず処理し、意味のあるパターンだけを抜き出しています。感覚器の鋭さと、それを支える脳の情報処理が両輪となって、はじめて『電気で獲物を見る』ことが成り立っているのです。

感度はどうやって測るのか
「1cmあたり5ナノボルト」という値は、どうやって確かめられたのでしょうか。研究者は水槽の中に一対の電極を置き、その間に流す電圧を少しずつ弱めていきながら、サメの神経がいつ反応しなくなるか、あるいは行動としていつ電界に向かわなくなるかを丹念に調べます。神経に電極をあてて信号を直接記録する方法と、生きたサメが電界に向かって泳ぐかを観察する方法の両輪で、この驚くべき数値がはじき出されました。数字の裏には、こうした地道で精密な計測の積み重ねがあります。桁外れの感度という結論は、決して大げさな逸話ではなく、再現性のある実験に支えられた事実なのです。
ナノ・マイクロ・ミリの目安
- 1ボルト(V)=乾電池なら約1.5個ぶん
- 1ミリボルト(mV)=1000分の1ボルト
- 1マイクロボルト(µV)=100万分の1ボルト
- 1ナノボルト(nV)=10億分の1ボルト(サメが感じる世界)
砂に隠れた獲物を暴く——生体電流と狩りの実験
サメの電気感覚が実際の狩りで使われている証拠は、20世紀後半の一連の実験で鮮やかに示されました。もっとも有名なのが、生物学者アドリアヌス・カルミン(A. J. Kalmijn)が1971年に発表した研究です。彼はサメやエイが、砂に隠した獲物や電極が発する電界に向かって正確に噛みつくことを確かめました。
カルミンの巧みな実験デザイン
カルミンは、砂の下に生きたカレイのような獲物を埋め、サメがそれを掘り当てられるかを観察しました。決め手は対照実験です。寒天(アガー)で作った電気を通さない仕切りで獲物を覆うと、においや形はそのままでもサメは反応しにくくなりました。反対に、獲物の代わりにごく弱い電流を流すだけの電極を砂に埋めると、サメはそこへ突進して噛みつきました。獲物そのものではなく「電界」に向かっている——電気感覚が狩りを導いていることが、これで確定したのです。

動かない獲物さえ隠れきれない
重要なのは、まったく動かず砂に潜んだ動物でも探知されるという点です。エラ呼吸や粘膜と海水の電位差だけでも生体電界は生じるため、身を固めても電気的には「発光」しているに等しいのです。カリフォルニアなどに住むマルタイマイ(Urobatis halleri)では、オスが砂に潜んだメスの呼吸筋が生む微弱な電圧を頼りに相手を見つける行動も報告されており、電気感覚が狩りだけでなく繁殖にも使われていることがうかがえます。
砂や泥にひそむ獲物という点では、干潟のような柔らかい底質はまさに小動物の隠れ家です。底生生物が豊かな環境を守る意義は、干潟の保全というテーマともつながっています。捕食者の鋭い感覚は、こうした底生の生態系がにぎわっていてこそ意味をもつのです。
なぜ対照実験が『決め手』になるのか
カルミンの研究がいまも古典として語り継がれるのは、単に『サメは電気を感じる』と言っただけでなく、他の可能性をていねいに一つずつ消していったからです。においや形、動きといった別の手がかりを排除し、残ったのが電気だけ——という筋道を立てることで、はじめて『電気感覚が狩りを導いている』と言い切れます。生きた獲物と、電流だけを流す電極を並べて比べる。電気を通す仕切りと通さない仕切りを入れ替える。こうした条件を一つだけ変える対照実験の積み重ねが、思い込みを排して真実に迫る科学の王道です。サメの逸話にとどまらず、実験の考え方そのものが学びの多い題材といえます。
現在では、サメが感じ取る獲物の電界には大きく二種類あることも分かっています。ひとつは筋肉や心臓の動きに伴って時間とともに変化する交流的な電界、もうひとつは体表の粘膜や傷口と海水の間に生じるほぼ一定の直流的な電界です。動く獲物は前者で、じっと潜む獲物でも後者は消えません。だからこそ、身を固めた獲物も見つかってしまうのです。弱った魚や傷ついた魚が発する直流電界はとくに強くなりやすく、これが『弱ったものほど狙われる』という自然界の厳しさの一因にもなっています。
サメは獲物そのものではなく、獲物が水中につくる電界に向かって攻撃する。
― カルミン(1971)の実験が示した電気受容の核心
シュモクザメの「金属探知機」——頭の形と電気感覚
電気感覚と体の形が見事にかみ合っている例が、シュモクザメ(ハンマーヘッドシャーク)です。左右に平たく張り出した独特の頭——専門的にはケファロフォイル(cephalofoil)と呼ばれます——は、まるで金属探知機の平たいセンサー板のように見えます。実際、その表面にはロレンチーニ器官が広く分散して並んでいます。
頭を横に広げて「探索面積」を稼ぐ
シュモクザメは海底すれすれを泳ぎながら、平たい頭を左右にゆっくり振って砂地を「スキャン」します。頭が横に広い分、一度に電界を探れる面積が大きく、砂に潜んだエイやカレイを効率よく探り当てられます。とりわけヒラシュモクザメ(Sphyrna mokarran)は、砂に身を隠すアカエイの仲間を好んで狩ることで知られています。目や噴水孔だけを砂の上に出して潜むエイでも、電気的には隠れきれないのです。

「広ければ感度も高い」わけではない
ここで一つ注意したいのが、頭が広いことは感度そのものを上げるわけではないという点です。若いシュモクザメとサンドバーシャーク(メジロザメ科)を比べた研究では、電界に対する反応の鋭さ(感度)自体は両者で大きく変わらず、ハンマーヘッドの利点はおもに探索できる幅の広さにあると示されています。つまりケファロフォイルは「よりよく感じる」ためというより、「より広く探る」ための進化だと考えられます。同じ電気感覚でも、体の形しだいで使い方が変わるわけです。
頭は舵にも目にもなる多機能パーツ
ケファロフォイルの役割は電気感覚だけではありません。平たく張り出した頭は水中で舵や翼のようにはたらき、急な方向転換を助けると考えられています。左右に大きく離れた目は視野を広げ、離れた鼻孔はにおいの方向を割り出すのに有利です。つまりハンマーヘッドの奇妙な頭は、電気・視覚・嗅覚・遊泳性能という複数の利点を一つにまとめた、進化の『多機能パーツ』なのです。奇抜に見える形にも、それぞれ理にかなった意味があることが分かってきています。
シュモクザメの仲間は世界に何種もいて、頭の幅や形は種ごとに少しずつ異なります。日本近海にもアカシュモクザメ(Sphyrna lewini)などが分布し、夏には群れをつくって回遊する姿が知られています。こうした身近な海にすむサメの生態を知ることは、私たちの海の豊かさを見つめ直すきっかけにもなります。ただしシュモクザメの多くは世界的に個体数を減らしており、保全上の関心が高い仲間でもあります。
ハンマーヘッドの頭が有利な理由
- ロレンチーニ器官を横に広く分散させ、一度に探れる面積が大きい
- 海底を左右にスキャンし、砂中のエイやカレイを効率よく探知
- 感度そのものより『探索範囲の広さ』で狩りを有利にしている
嗅覚・側線・視覚との連携——五感を束ねた狩りの流れ
電気感覚は強力ですが、有効なのはごく近距離だけ。サメが遠くの獲物を仕留められるのは、複数の感覚をリレーのようにつないでいるからです。狩りの流れを、遠い順に追ってみましょう。
遠距離は「におい」と「音」
まず働くのが嗅覚です。サメは水に溶けたごく微量の物質をかぎ分け、一部の種は血液を100億分の1という希釈でも感知するとも言われます。左右の鼻孔に届くにおいの時間差や濃度差から、発生源のおおよその方向を割り出します。同じころ、弱った魚がたてる低い周波数の音や振動も、遠くから手がかりになります。
音は水中を空気中の約4〜5倍の速さで伝わり、しかも遠くまで減衰しにくい性質があります。とりわけ弱った魚が不規則にもがくときに出る低い周波数の音は、サメを遠方から引き寄せることが古くから知られています。実際、研究者が不規則な低周波音を水中スピーカーで流すと、サメが集まってくることが確かめられています。においが『どこかに獲物がいる』ことを、音が『そのあたりで何かが弱っている』ことを教える——この二つの遠距離センサーが、狩りの最初のスイッチを入れるのです。においと音は方向の精度こそ粗いものの、広い海で獲物の『おおよそのありか』へサメを導く、かけがえのない役割を担っています。
中距離は「側線」、直前は「視覚」
獲物に近づくと、側線(そくせん)が主役になります。側線は体側と頭部に走る管状の器官で、内部の感覚細胞(神経丘)が水の微細な動きや圧力の変化をとらえる、いわば「遠くの触覚」です。もがく魚がつくる水流や、泳ぐ動物の後ろに残る渦を感じ取り、暗い海でも接近を可能にします。においの発生源を正確にたどるには側線が欠かせないことも、実験で示されています(水流の渦をたどる『渦走性』)。最後の数メートルでは視覚が加わり、獲物の姿をとらえます。
興味深いのは、においと水流が『別々ではなく一緒に』使われている点です。海中を漂うにおいは一様に広がるのではなく、水流に乗って細い筋や渦のかたまりとなって流れます。サメはにおいを感じた瞬間、その水がどちらから来たのかを側線で読み取り、流れをさかのぼるように進みます。この『渦をたどる嗅覚(渦走性)』のしくみは実験でも確かめられており、鼻と側線が協力することで、ただ濃いほうへ進むより格段に速く発生源へたどり着けます。一つの感覚だけを取り出して考えると見えてこない、感覚どうしの連携こそが狩りの本質なのです。

とどめは「電気」——目を守って噛みつく瞬間
そして噛みつく直前の数十センチ。ここで電気感覚が最終照準を担います。多くのサメは獲物に食らいつく瞬間、目を保護するために瞬膜(しゅんまく)で目をおおうか、眼球を後ろへ引き込みます。つまりその一瞬、サメは「目が見えない」状態で噛みつくのです。それでも正確に急所をとらえられるのは、視覚に頼らず獲物の電界を感じ取っているから。においで見つけ、側線で追い、目で近づき、最後は電気で仕留める——この滑らかなリレーこそがサメを海の狩人たらしめています。
この役割分担は、環境によって主役が入れ替わる柔軟なものです。澄んだ昼の海なら視覚が大きく貢献し、濁った水や真っ暗な夜、深海では側線と電気感覚の比重が増します。だからこそサメは、光のほとんど届かない深海から、にごった沿岸、外洋の表層まで、実にさまざまな海にすみ分けることができました。どれか一つの感覚に頼りきりでは、これほど幅広い環境には進出できません。複数の感覚を状況に応じて重みづけし直せる『冗長さ』が、サメという系統を4億年以上もの長きにわたって存続させてきた強さの源泉といえるでしょう。
| 距離帯 | 主に働く感覚 | とらえる情報 |
|---|---|---|
| 遠距離 | 嗅覚・聴覚 | におい物質・低周波の音や振動 |
| 中距離 | 側線 | 水流・圧力の変化・渦(遠くの触覚) |
| 近距離 | 視覚 | 獲物の姿・輪郭 |
| 至近(数十cm) | 電気感覚 | 生体電界による正確な位置と急所 |
地磁気を読むコンパス——電気感覚とナビゲーション
ロレンチーニ器官の役割は、狩りだけにとどまりません。近年注目されているのが、地磁気(地球の磁場)を使ったナビゲーションとの関わりです。サメの中には、季節ごとに何百キロ、種によっては大洋を横断するほど長距離を回遊するものがいます。目印の乏しい大海原で、彼らはどうやって進路を保つのでしょうか。
電気感覚が磁気の手がかりになりうる理由
物理の法則では、導体が磁場の中を動くと電圧が生じます(電磁誘導)。海水という導体の中を泳ぐサメは、地磁気を横切ることでごく弱い電界を体に受けます。理屈のうえでは、超高感度のロレンチーニ器官はこの電界を手がかりに、自分の進む向きや地磁気の強さを読み取れる可能性があるのです。つまり電気感覚が、そのまま「電磁的なコンパス」として働きうるわけです。

実験で示された『地図のような』磁気感覚
2021年、学術誌『カレント・バイオロジー』に発表された研究は、この考えを実験で後押ししました。研究チームは小型のハンマーヘッド類であるウチワシュモクザメ(ボンネットヘッド)を、磁場を人工的につくれるコイル(メリットコイル)を備えた水槽に入れ、捕獲地点から約600km南に相当する地磁気条件を再現しました。すると、南へ連れてこられたと『錯覚』したサメたちは、故郷へ戻ろうとするかのように北へ向かって泳ぎ出したのです。単なる方位磁石ではなく、現在地を推定する『地図のような』磁気感覚をもつことを示す結果でした。
ただし、サメがどの器官で磁気を感じているのかは、まだ完全には決着していません。ロレンチーニ器官による電磁誘導説のほか、体内に磁鉄鉱(磁性をもつ微粒子)をもつ可能性も議論されており、複数のしくみが併用されているのかもしれません。感覚の研究は今も進行中で、この分野はまさに更新され続けているフロンティアです。海の環境そのものも、海水温の上昇と漁業の変化に見られるように動き続けており、回遊する生き物の行動を理解することは資源管理の面でも重みを増しています。
なぜ『地図』が必要なのか
方位を知るだけの単純なコンパスと、現在地を推定できる『地図』の感覚とでは、大きな違いがあります。方位磁石は『北はあちら』とは教えてくれますが、『いま自分がどこにいるか』は分かりません。ところが地磁気は、場所によって強さや向きがなだらかに変化します。その微妙な違いを読み取れれば、緯度のような『自分の位置』の手がかりが得られます。ウチワシュモクザメの実験で、南へ移されたと錯覚したサメが北へ泳ぎ出したのは、まさにこの位置推定ができている証拠でした。故郷の繁殖場や採餌場へ正確に戻る回遊には、こうした地図のような能力が欠かせないと考えられます。
地磁気ナビの研究が進むと、海洋保護区の設計や、回遊ルートを横切る海底ケーブル・洋上風力発電などの人工的な電磁場が、サメの行動にどう影響するのかという新しい問いも見えてきます。海を守るということは、目に見える生息地だけでなく、生きものが頼りにしている『見えない手がかり』まで含めて考えることでもあります。感覚の研究は、基礎科学であると同時に、これからの海洋利用を考えるうえでの実践的な土台にもなっているのです。
「電気」と「磁気」はひとつながり
電気と磁気は電磁気という同じ現象の二つの顔です。海水中を動くサメは、地磁気を横切るだけで微弱な電界を受けます。だからこそ、電気感覚の器官がそのまま方位の手がかりになりうるのです。狩りの道具が、そのまま大洋を渡る羅針盤にもなっている——ここにサメの感覚のしたたかさがあります。
人とサメ——電気感覚を活かす保全と漁業
サメの電気感覚は、私たち人間の暮らしとも意外な形でつながっています。彼らが電界に敏感だという性質は、サメと人・漁業の摩擦をやわらげる技術に応用されはじめているのです。
電気でサメを『やさしく遠ざける』
サメは強すぎる電界を不快に感じ、避ける傾向があります。この性質を利用したのが電気式のサメ避けです。サーファーやダイバーが身につける小型機器や、海水浴場の防護策として、強い電界を発してサメを近づけにくくする試みが各国で研究・実用化されています。網や柵で物理的に締め出す方法と違い、サメを傷つけずに遠ざけられる点が利点で、サメと人が共存するための一つの選択肢になっています。
混獲を減らす——漁業と生きものの両立
より大きな意義があるのが混獲(こんかく)の低減です。マグロなどをねらう延縄(はえなわ)漁では、目的外のサメがかかってしまう混獲が世界的な問題になっています。そこで釣り針や仕掛けの近くに電界や磁石を仕込み、サメの電気感覚を刺激して近寄らせない研究が進められています。効果は魚種や条件で差があり万能ではありませんが、ねらった魚は獲りつつサメの犠牲を減らす——持続可能な漁業への一歩として期待されています。海の資源を無駄にしない工夫という点では、使い終えた漁具をめぐる漁網のリサイクルの取り組みとも問題意識を共有しています。
サメが果たす役割の大きさも忘れてはなりません。多くのサメは食物連鎖の上位に位置する捕食者で、弱った個体や病気の魚を取り除き、獲物の個体数を調整することで、海の生態系全体のバランスを保っています。上位の捕食者が減ると、その下の生きものが増えすぎて藻場やサンゴが荒れるなど、思わぬところに波及することが各地で報告されています。サメを守ることは、単に一種を救うだけでなく、海という大きなシステムの健全さを守ることにつながっているのです。日本の海の生物多様性を考えるうえでも、頂点にいるサメの存在は欠かせません。
感覚を『刺激しすぎない』という発想
電気を使ったサメ避けや混獲対策には、慎重さも求められます。サメの感覚はきわめて敏感なので、強い電磁場はサメを混乱させたり、逆に興味を引いてしまったりすることもあります。効果は種や年齢、状況によってばらつき、『どんな場面でも確実に効く万能装置』はまだありません。だからこそ、サメがどんな電気をどう感じているのかという基礎研究の積み重ねが、実用的な対策の精度を高める鍵になります。生きものの感覚を正しく理解することが、そのまま人と野生動物の賢い付き合い方につながっていく——ここに基礎科学の底力があります。

感覚を知ることは、サメを守ること
世界のサメ・エイ類の多くは乱獲や混獲、生息地の劣化によって数を減らし、絶滅が心配される種も少なくありません。日本近海にも多様なサメが暮らし、その生態はまだ分かっていないことだらけです。サメがどう世界を感じ、どう行動しているのかを知ることは、無用な衝突を避け、彼らを守るための土台になります。恐ろしい捕食者という一面の裏に、地球でもっとも繊細な電気センサーを備えた精妙な生きものがいる——その理解こそが、海の生態系全体を守る第一歩なのです。

私たちにできること
- サメを一律に『危険な悪者』とみなさず、その役割と感覚を正しく知る
- 混獲を減らす漁法や、持続可能な水産物を選ぶ動きに関心をもつ
- 水族館や研究発信を通じて、サメ・エイ類の保全に目を向ける
まとめ——地球でもっとも繊細な電気センサー
サメの電気感覚は、単なる『第六感』という言葉では言い尽くせない、物理と生物の精巧な合わせ技です。生きているかぎり止められない生体電界を、陽子を運ぶゼリーと数百の感覚器で読み取り、砂に隠れた獲物さえ暴き出す。嗅覚・側線・視覚と役割を分担し、最後の数十センチで電気に切り替えて仕留める。さらに同じ器官が、大洋を渡る羅針盤にもなりうる——サメは、水という導体の性質を極限まで使いこなした生きものだといえます。
そしてこの繊細な感覚を知ることは、サメ避けや混獲低減といった共存の技術を生み、彼らを守る土台にもなります。海の生き物の感覚を学ぶことは、海そのものを深く知り、大切にすることにつながっているのです。
この記事のまとめ
- サメの電気感覚(電気受容)は、生きた獲物が漏らす微弱な生体電界を受動的に検知するしくみ
- ロレンチーニ器官は『孔→陽子を運ぶゼリーの管→感覚細胞』の三層構造で、下限は約5ナノボルト/cmと動物界随一の感度
- 電気感覚が有効なのはごく近距離。カルミンの実験は、砂中の獲物や電極への攻撃で電気受容が狩りを導くことを証明した
- シュモクザメの平たい頭は探索面積を広げる工夫で、感度そのものを高めるわけではない
- におい→音→側線→視覚→電気のリレーで狩りが成立し、噛みつく瞬間は目を守って電気で照準する
- 2021年のウチワシュモクザメの実験は『地図のような』地磁気ナビの可能性を示し、電気感覚は回遊の羅針盤にもなりうる
- 電気感覚の理解は、サメ避けや混獲低減など、サメと人が共存するための技術と保全につながる
参考文献・出典
- 日経サイエンス – R.D.フィールズ「サメの第六感 獲物をとらえる電気感覚」(2007年11月号)
- Journal of Experimental Biology – Kalmijn, A. J.「The electric sense of sharks and rays」(1971)
- Science Advances – Josberger et al.「Proton conductivity in ampullae of Lorenzini jelly」(2016)
- Journal of Experimental Biology – Gardiner & Atema「Sharks need the lateral line to locate odor sources: rheotaxis and eddy chemotaxis」(2007)
- Journal of Experimental Biology – Kajiura & Holland「Electroreception in juvenile scalloped hammerhead and sandbar sharks」(2002)
- Current Biology – Keller et al.「Map-Like Use of Earth's Magnetic Field in Sharks」(2021)
- Scientific Reports (Nature) – Anderson et al.「Insight into shark magnetic field perception from empirical observations」(2017)
- NOAA Fisheries – Sharks(サメの生態・感覚に関する解説)
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