潮だまりの砂の上に、黒くて太いソーセージのようなものが転がっている。突ついてもほとんど動かず、力を入れると急にぐにゃりと柔らかくなる——ナマコです。見た目は地味で、動きは遅く、脳もありません。多くの人にとっては「食べると独特の歯ごたえがある珍味」か、せいぜい「海の中でよく分からない存在」でしょう。
ところがこの生き物、海底の生態系では掃除屋であり、耕し手であり、化学工場でもあります。ナマコは口のまわりの触手で砂や泥をかき集めて丸ごと飲み込み、その中に含まれる有機物やバクテリアだけを吸収して、残りを糞として排出します。この地味な作業が積み重なると、1つのサンゴ礁で年間6万トンを超える砂が耕され、海水の化学的な性質まで変わることが分かってきました。
一方で、ナマコは中華圏で「海の朝鮮人参」と呼ばれる高級食材でもあります。乾燥品は高値で取引され、その値段が世界中で乱獲と密漁を引き起こしてきました。日本でもナマコはアワビ・シラスウナギと並ぶ密漁の主要ターゲットで、無許可で採れば最大3,000万円の罰金が科されます。この記事では、ナマコという生き物の驚くほど多機能な生態と、それを支える資源管理の現在地を、一次情報にあたりながら整理します。
この記事で学べること
- ナマコがウニ・ヒトデと同じ棘皮動物であり、砂を食べる「堆積物食者」として海底を耕していること
- ナマコの摂食がサンゴ礁の砂の粒度・酸素・栄養塩を変え、海水のアルカリ度を上げて酸性化を局所的に和らげること
- 内臓を投げ捨てる防御(内臓放出)とキュビエ器官、そして数週間で作り直す再生能力の仕組み
- 体の硬さを自在に変える「キャッチ結合組織」など、ナマコ由来の生体材料が医療研究に使われていること
- 干しナマコの高値が世界的な乱獲を招き、CITES附属書IIへの掲載や日本の罰則強化につながった経緯
- 資源を守りながら使うために、漁業現場と消費者それぞれにできること
ナマコとは何者か——脳を持たない棘皮動物
ナマコは棘皮(きょくひ)動物門ナマコ綱に属する動物で、ウニ・ヒトデ・クモヒトデ・ウミユリと同じ仲間です。ウニのトゲやヒトデの五角形の体を思い浮かべると意外に感じますが、ナマコの体を輪切りにすると、ヒトデと同じ五放射相称の構造が隠れています。棘皮動物に共通する骨片(体を支える炭酸カルシウムの小片)も、ナマコでは皮膚の中に細かく散らばった状態で残っています。ウニのように硬い殻を作るのをやめ、その分だけ体を柔らかく引き伸ばした結果が、あの寝袋のような姿なのです。
世界に約1,500種、日本近海に約200種
ナマコの仲間は世界の海に広く分布し、種数はおよそ1,250〜1,700種と資料によって幅がありますが、一般には約1,500種とされます。日本近海だけでも200種ほどが知られ、そのうち食用として利用されるのは世界全体でも30種前後にすぎません。日本で「ナマコ」といえばほぼマナマコ(Apostichopus japonicus)を指し、体色によってアカナマコ・アオナマコ・クロナマコと呼び分けられます。青森県産業技術センターの資料によれば、マナマコの寿命は10年以上、成熟するのは6歳・体重300g前後とされ、見た目に反してかなり長生きな動物です。
生息域も浅い潮間帯から水深数千メートルの深海底まで極めて広く、砂に潜るもの、岩に張りつくもの、海中を漂って泳ぐものまでいます。共通しているのは「海底かその近くで、堆積物や漂う有機物を集めて食べる」という暮らし方です。

脳はないのに、環境をちゃんと読む
ナマコには脳と呼べる中枢がありません。口のまわりを取り巻く神経環と、体を縦に走る5本の放射神経が全身に広がっているだけです。それでも、光や水流、砂に含まれる有機物の量を感じ取り、餌の多い場所へゆっくり移動します。移動に使うのは体の下面に並ぶ管足(かんそく)と、体壁の筋肉による蠕動(ぜんどう)運動です。1日に数メートルしか進まない種も多く、この「急がない」戦略が、後述する省エネな体の仕組みと結びついています。
お尻で呼吸する動物
ナマコのもう一つの特徴が呼吸樹(こきゅうじゅ)です。体の後端にある総排出腔から海水を吸い込み、体内で枝分かれした樹木状の器官に送り込んで酸素を取り込みます。つまりナマコは、文字どおりお尻から呼吸しているわけです。この呼吸樹は、後で触れる「内臓を投げ捨てる防御」や「体内に居候する魚」の話にも深く関わってきます。
ナマコの基本プロフィール
- 分類:棘皮動物門ナマコ綱(ウニ・ヒトデの仲間)
- 種数:世界に約1,500種、日本近海に約200種、食用は約30種
- 日本の代表種:マナマコ(寿命10年以上、成熟は6歳・約300g)
- 食べ方:口の触手で砂や泥を集めて飲み込む堆積物食
- 呼吸:体の後端から海水を取り込む呼吸樹
海底の掃除屋——砂を食べるという生き方
ナマコの生態的な役割を一言でいえば「海底の堆積物食者(デポジット・フィーダー)」です。陸のミミズが土を食べて糞として出し、土壌を耕して肥やすのと同じ仕事を、ナマコは海底でやっています。実際、研究者はナマコをしばしば「海のミミズ」と呼びます。
触手で砂をかき集め、丸ごと飲み込む
楯手目(じゅんしゅもく)と呼ばれるグループのナマコは、口のまわりに葉っぱのように枝分かれした触手を10〜20本持っています。這いながら触手を砂の表面に押し当て、粘液で砂粒ごと有機物を絡め取り、それを口へ運びます。飲み込まれるのは餌だけではなく、砂や泥そのもの。腸は体の中で何度も折り返した長い管になっていて、通過する数時間のあいだに次のものを消化・吸収します。
- 死んだ海藻や海草の破片、動物の遺骸などのデトリタス(有機物粒子)
- 砂粒の表面に付着したバクテリアや微細藻類(珪藻など)
- 堆積物に含まれる有機態の窒素・リン
残った砂と泥は、体の後端から細長いひも状の糞として排出されます。潮が引いた砂底やサンゴ礁の礁原でよく見かける、うねうねとした砂のひもは、ほとんどがナマコの仕事の跡です。

「食べる前より、きれいな砂」が出てくる
ナマコが通過させた砂には、いくつもの変化が起こります。過剰な有機物が取り除かれ、微生物のバランスが変わり、細かく砕けて粒の大きさも変わります。有機物がたまりすぎた海底は酸素が乏しくなり、硫化水素が発生して生き物が住めなくなりますが、ナマコの摂食はその手前で有機物を処理し、堆積物を「呼吸できる状態」に保つ役割を果たしています。海の底層で酸素が減っていく問題については貧酸素化とデッドゾーンの記事でも扱っています。
耕すことで酸素と栄養が回る
堆積物をかき混ぜる働きは生物攪拌(バイオターベーション)と呼ばれます。ナマコが砂を飲み込み、掘り返し、糞として積み直すことで、表層の砂に酸素が入りやすくなり、堆積物中に閉じ込められていた栄養塩が水中に戻されます。さらにナマコは、代謝の結果として無機態の窒素(アンモニアなど)とリンを排出します。これは、栄養に乏しい貧栄養の海——たとえば熱帯のサンゴ礁——では、底生の微細藻類や共生藻にとって貴重な肥料になります。
商業的に利用されるナマコの生態的役割をまとめたレビュー研究(Purcell ら)は、商業利用されている70種以上のうち少なくとも12種が砂泥に潜り、生物攪拌で大きな役割を果たしていると整理しています。膨大な量の堆積物が体内を通ることで、粒径・微細藻類の生産・栄養塩循環・酸素分布・生物地球化学的な性質が変わり、生態系の機能に利益をもたらすとされます。
ナマコがしている4つの仕事
- ① 有機物の処理:たまった有機物を食べて処理し、底の環境悪化を防ぐ
- ② 堆積物の攪拌:砂を耕して酸素を通し、粒の大きさを変える
- ③ 栄養塩の再供給:窒素・リンを排出し、藻類や共生藻の生産を支える
- ④ 水質の緩衝:炭酸カルシウムを溶かして海水のアルカリ度を上げる(次章)
数字で見る「耕す力」——1つの礁で年6.4万トン
「掃除屋」という表現は比喩に聞こえますが、実際にどれくらいの量の砂が動いているのかを測った研究があります。オーストラリア・グレートバリアリーフ南部のヘロン島リーフで行われた研究(Williamson ら、Coral Reefs 誌 2021年)は、その規模を礁全体のスケールで見積もりました。
ドローンで数え、実験で測る
研究チームはまず、ドローンと衛星画像でリーフの各ゾーンを撮影し、実際に潜って数えた個体数と突き合わせて、どこにどれだけナマコがいるかの地図を作りました。次に、最も個体数の多い種を使って24時間の摂食実験を行い、1個体が処理する堆積物の量を測定。この2つを掛け合わせて、19km²におよぶリーフ全体の生物攪拌量を推定しました。
| 項目 | 推定値 |
|---|---|
| 対象海域 | ヘロン島リーフ(豪州グレートバリアリーフ南部)約19km² |
| リーフ全体の年間生物攪拌量 | 64,000トン超(ラグーンを除く) |
| クロナマコ Holothuria atra 1個体あたり | 年間およそ14kg の堆積物を処理 |
| 手法 | ドローン・衛星画像による密度推定+24時間摂食実験 |
1年に6万4,000トン。10トン積みの大型ダンプカーで6,400台分の砂を、脳もない動物の群れが黙々と耕している計算です。しかもこれは1つの礁での数字にすぎません。世界中の砂底・サンゴ礁・干潟で同じことが起きていると考えると、ナマコが海底の物質循環に果たしている役割の大きさが見えてきます。

水温が上がると働き方が変わる
生物攪拌の量は一定ではありません。Scientific Reports 誌に掲載された2023年の研究は、水温条件を変えてナマコの生物攪拌能力を比較し、温度によって堆積物の処理や底層の栄養状態への影響が変わることを示しました。海水温が上がり続ける状況では、ナマコの働きそのものが変質する可能性があるということです。海洋温暖化が生態系の機能を静かに書き換えていく例として、海洋熱波の記事と合わせて読むと理解が深まります。
取り除くと何が起きるか
逆の実験もあります。フィジーの浅海で、食用種であるサンドフィッシュ(Holothuria scabra)を人為的に取り除き、堆積物の性質がどう変わるかを追った研究です。乱獲によってナマコが減った海底で何が起きるのかを実験的に再現しようという試みでした。こうした研究が積み重なることで、「ナマコがいる/いない」が海底環境に与える差を定量的に語れるようになりつつあります。
礁の堆積物を攪拌することは、表層の砂に酸素を通し、有機物を底生生物群集へ解放することにつながる。
― Williamson et al. (2021) Coral Reefs(要旨の趣旨)
サンゴ礁を守る隠れた立役者——酸性化を和らげる糞
ナマコの働きの中でも、近年とくに注目されているのが海水の化学的性質を変えるという機能です。舞台となるのは、砂の多くが炭酸カルシウム(サンゴや貝の破片)でできているサンゴ礁です。
腸の中で炭酸カルシウムが溶ける
ナマコの消化管内はpHが低い(酸性寄りの)環境です。ここに炭酸カルシウムの砂粒が入ると、一部が溶解します。溶けた炭酸カルシウムは炭酸イオン・重炭酸イオンとして糞と一緒に排出されるため、ナマコの糞は周囲の海水よりpHが高く、アルカリ度(緩衝能力)が高い状態になります。ナマコの体からはアンモニアも放出され、これも周囲海水の緩衝能力を高める方向に働きます。

礁の夜間溶解の約半分を担う
この効果を定量化したのが、Schneider らがJournal of Geophysical Research: Biogeosciences 誌(2011年)に発表したワン・ツリー・リーフ(豪州)での研究です。同研究は、ナマコの摂食にともなう炭酸カルシウムの溶解が、この礁で夜間に起こる全溶解量の約半分に相当し得ると見積もりました。夜間はサンゴの光合成が止まり、呼吸によってCO₂が増えて海水が酸性側に傾きます。その時間帯にナマコがアルカリ度を供給しているという構図です。
研究者らは、このアルカリ度の追加供給が、大気中CO₂の増加にともなう海水pHの低下を局所的に部分的に打ち消し、サンゴの成長への悪影響を和らげる可能性があると論じています。海洋酸性化そのものの仕組みは海洋酸性化とサンゴ礁の記事で詳しく扱っています。
注意:ナマコは酸性化の「解決策」ではない
- ナマコが供給するアルカリ度は、あくまで礁内の局所的・一時的な緩衝にすぎない
- 同時に炭酸カルシウムを溶かしてもいるため、礁の炭酸塩収支への正味の影響は文脈によって変わる
- 大気中CO₂の削減なしに、生物の働きだけで海洋酸性化を止めることはできない
- 「ナマコを増やせば酸性化が解決する」という単純化は科学的に正しくない
サンゴの表面を掃除する
もう一つ指摘されているのが、堆積物由来のストレスを減らす働きです。サンゴの表面に細かい堆積物や有機物がたまると、サンゴは粘液を出してそれを排除しなければならず、消耗します。有機物が滞留すれば病原微生物も増えやすくなります。ナマコがサンゴの周辺や表面で堆積物を処理することで、こうした堆積物起因のストレスや病気のリスクを下げている可能性が指摘されています。赤土流出などで堆積物が増えている海域では、この働きの意味はいっそう大きくなります(→沖縄・南西諸島のサンゴ礁を守る)。
内臓を投げ捨てる——ナマコの奇妙な防御と再生
動きが遅く、硬い殻も鋭い牙も持たないナマコは、捕食者にとって格好の獲物に見えます。ところがナマコには、脊椎動物の常識からするとぎょっとするような防御手段があります。自分の内臓を体の外へ放り出すのです。
内臓放出(エヴィセレーション)
強い刺激を受けたナマコは、体壁の筋肉を強く収縮させて内圧を高め、体の決まった場所を破って腸や呼吸樹などの内臓を外へ噴出させます。これを内臓放出(evisceration)と呼びます。捕食者は目の前に現れた栄養たっぷりの塊に気を取られ、その隙にナマコ本体は逃げる——というのが基本的な筋書きです。偶発的な事故ではなく、長い進化の中で獲得された制御された行動だと考えられています。
粘着糸を放つキュビエ器官
一部の種は、さらに専門化した装置を持っています。キュビエ器官(Cuvierian tubules)と呼ばれる細い管の束で、海水に触れると急激に伸びて強い粘着性を帯びます。放出された糸は捕食者に絡みつき、動きを封じます。Holothuria forskali などで詳しく研究されており、この器官は数が多く、使うのは限られた場面だけで、しかも効率よく再生されるため、限られたエネルギーコストでほぼ尽きることのない防衛線を維持できると評価されています。

数週間で作り直す再生能力
内臓を捨てて生きていけるのは、ナマコが驚異的な再生能力を持つからです。放出された腸や呼吸樹は、数週間のうちに作り直されます。キュビエ器官の再生では、まず既存の細胞が脱分化して未分化な状態に戻り、次に増殖し、最後に再分化して元の組織構造を復元することが確認されています。腸の再生についても、どの細胞がどの遺伝子を働かせて器官を作り直すのかを追う分子レベルの研究が進んでおり、日本国内でもマナマコの内臓放出・横切断からの再生を対象とした研究が行われています。
硬さを自在に変える「キャッチ結合組織」
ナマコを手に取ると、はじめは硬いのに、しばらくすると溶けるように柔らかくなることがあります。これはキャッチ結合組織(可変剛性結合組織)という棘皮動物特有の仕組みによるものです。ナマコの真皮は、コラーゲン線維がフェルト状に絡み合ったものがプロテオグリカンのゲルに埋まった構造をしており、軟状態・標準状態・硬状態の3つの力学的な状態を取ります。
この切り替えは神経の支配を受けています。硬化を促す神経の支配下にある神経分泌細胞から硬化タンパク質が、軟化を促す神経の支配下からは軟化タンパク質が分泌され、コラーゲンとプロテオグリカンの分子間の相互作用を変えることで硬さが変化します。特筆すべきは効率で、筋肉を収縮させて同じ姿勢を保つ場合と比べて、4分の1から5分の1という極めて少ないエネルギーで体を支えられるとされます。動かないことに徹したナマコらしい、究極の省エネ機構です。
ナマコの体は「材料」としても注目されている
- 刺激に応じて硬さが変わるキャッチ結合組織は、可変剛性材料のモデルとして研究されている
- ナマコ由来のコラーゲンは、細胞培養の基質や人工血管・人工皮膚などの生体材料研究に用いられている
- 内臓・体壁の再生機構は、再生医療の基礎研究における比較対象として価値がある
- サポニン類(ホロツリン)は抗真菌作用が知られ、生理活性物質として研究対象になっている
毒で身を守る
化学的な防御も持っています。ナマコやヒトデなど一部の棘皮動物はサポニン類を含み、ナマコのサポニンはホロツリンと総称されます。細胞膜を壊す作用があり、捕食者にとっては不快で、強い抗真菌作用も知られています。太平洋の島嶼部では、ナマコをつぶした汁を潮だまりに流して魚を弱らせる伝統的な漁法が伝わっている地域もあります。
居候と深海——ナマコをめぐる生態系のつながり
ナマコは食べる側としてだけでなく、他の生き物の住処としても生態系に組み込まれています。
お尻から出入りする魚、カクレウオ
カクレウオ科(Carapidae)は世界に8属36種が知られる細長い小型魚で、多くの種がナマコ・ヒトデ・二枚貝・ホヤなどの体内に隠れて暮らします。ナマコに入るときは総排出腔(肛門)から尾を先に差し込んで潜り込むのが特徴で、1匹のナマコの中に15匹が同居していた記録もあります。体長は20cmほど、大きな個体では40cmに達することもあります。
この関係は寄生ではなく片利共生と整理されるのが一般的です。カクレウオは安全な隠れ家と、ナマコの腸内に残る食べ物のかけらを得られる一方、ナマコ側には目立った利益も害もないと考えられています(種によっては宿主の組織を食べる例も報告されており、関係の性質には幅があります)。

深海底の主役
水深数千メートルの深海平原では、ナマコの存在感はさらに大きくなります。光が届かない深海底に降ってくるのは、表層から沈む有機物の粒(マリンスノー)だけです。この乏しい餌を効率よく集められる堆積物食者として、ナマコは大型底生生物(メガベントス)のバイオマスの大きな割合を占め、しばしば優占します。太平洋のペルー海盆などではPsychropotes longicauda のような大型種がバイオマスの主要な担い手になっていることが報告されています。
つまり、深海底に沈んだ炭素や栄養がその後どう分配され、どのくらいの速さで堆積物に埋もれるかは、ナマコの働きに強く左右されるということです。深海の生き物がどのように極限環境に適応しているかは深海生物の適応戦略の記事で解説しています。近年は深海底の鉱物資源開発が議論されていますが、その海底こそがナマコたちの主要な生息地であることは、環境影響評価の重要な論点になっています。
「海の朝鮮人参」——高級食材としてのナマコ
生態系での役割とは別に、ナマコには経済的な顔があります。そしてこの経済的価値こそが、ナマコを世界で最も乱獲されやすい海洋生物の一つにしてきました。
日本の食文化の中のナマコ
日本では古くからナマコを生食し、酢の物(ナマコ酢)として楽しんできました。内臓の腸を塩辛にしたこのわたは、カラスミ・ウニと並ぶ日本三大珍味の一つに数えられます。卵巣を干したくちこも高級品です。加工しにくく歩留まりも悪い食材ですが、その独特の歯ごたえは他の食材では代えがたく、地域ごとの食文化として根づいてきました。
干しナマコが世界を動かす
国際的なナマコ市場を動かしているのは、日本国内の消費ではなく中華圏における乾燥ナマコ(海参)の需要です。中国料理では高級食材として珍重され、祝いの席に欠かせない食材と位置づけられています。日本産の干しナマコは品質が高いと評価され、香港を経由して中国本土へ流通する構造が長く続いてきました。
| 指標 | 数値・内容 |
|---|---|
| 香港のナマコ輸入額(2023年) | 約2億1,798万ドル(前年比12.1%増) |
| うち日本からの輸入額(2023年) | 約7,240万ドル(輸入相手国・地域の首位) |
| 日本から香港への輸出(2024年・なまこ調製) | 約91億円(品目別で上位) |
| 主な用途 | 乾燥ナマコ(海参)として中華圏で消費 |

高値が資源を追い詰める構図
水産物の価格が上がると、漁獲圧が高まり、資源が減り、希少になってさらに価格が上がる——この悪循環は世界中で繰り返されてきました。ナマコはとくにその条件が揃っています。浅い沿岸に生息し、動きが遅く、素潜りでも容易に採れるうえ、乾燥させれば長期保存でき、単価が高いため運びやすい。資源管理が弱い地域では、ある海域のナマコを獲り尽くしては次の海域へ移る「順次枯渇(serial depletion)」が実際に起きてきました。乱獲によって資源が崩壊する一般的なメカニズムは乱獲と資源崩壊の記事にまとめています。
乱獲・密漁と国際規制——ナマコを守るルール
高値がつく資源は、必ず違法な採捕を呼び込みます。ナマコをめぐる状況は、国際条約と国内法の両面で厳しくなってきました。
ワシントン条約(CITES)附属書IIへの掲載
国際的な取引規制の枠組みがワシントン条約(CITES)です。附属書IIに掲載されると、輸出には輸出国の許可が必要になり、その許可を出すには「その取引が種の存続を脅かさない」という科学的な判断が求められます。ナマコについては次のような掲載が進みました。
- 2019年・第18回締約国会議(CoP18、スイス):イシナマコ類(Holothuria 属の3種)の附属書II掲載が採択
- 2022年・第19回締約国会議(CoP19、パナマ):バイカナマコ類(Thelenota 属の3種)の附属書II掲載が採択
商業的に利用されているナマコは世界で70種を超えるとされ、そのうち規制対象になっているのはまだ一部です。しかし、海洋生物のCITES掲載が相次いでいること自体が、沿岸の水産資源が国際的な保全課題として認識されるようになったことを示しています。
日本の漁獲量は5,000トン台で推移
日本国内のナマコ類の漁獲量は、農林水産省の海面漁業生産統計調査によると次のように推移しています。北海道が全国の3割前後を占める最大の産地で、青森県・山口県などが続きます。
| 年 | 全国計 | 北海道(シェア) |
|---|---|---|
| 2021年(令和3年) | 5,564トン | 2,143トン(38.5%) |
| 2022年(令和4年) | 5,349トン | 1,743トン(32.6%) |
| 2023年(令和5年) | 5,777トン | 1,690トン(29.3%) |
全国計は横ばいに見えますが、内訳を見ると北海道の漁獲量とシェアが下がり続けていることが分かります。北海道では2003年ごろからナマコ価格が高騰し、乱獲によって資源が目減りしたとみられる事例が各地で報告されました。現在は漁業者と研究機関が協力して資源量を調査し、漁獲枠の配分やルールの厳格化に取り組んでいます。

罰金3,000万円——改正漁業法による罰則強化
日本ではナマコは密漁の主要ターゲットです。水産庁も「アワビ、ナマコ等は沿岸域に生息し、容易に採捕できることから、密漁の対象とされやすく、組織的かつ広域的な密漁が横行している」と明記しています。2018年の漁業法改正では罰則が大幅に強化されました。
特定水産動植物の採捕罪(改正漁業法)
- 対象はアワビ・ナマコ・シラスウナギの3種(特定水産動植物)
- 許可や漁業権に基づかずに採捕すると、3年以下の拘禁刑または3,000万円以下の罰金
- 3,000万円は個人に対する罰金としては最高額の水準
- 密漁品と知りながら運搬・保管・取得・処分の媒介やあっせんをした者にも、同じ重さの罰則
- 「自分で食べるだけ」「レジャーのつもり」でも処罰の対象になる
水産庁によれば、令和6年(2024年)の漁業関係法令違反の検挙件数は全国で1,661件。内訳は漁業者によるものが131件、漁業者以外によるものが1,465件、その他65件です。近年は漁業者の違反操業が減る一方で、漁業者以外による密漁が増える傾向にあります。海岸で見かけたナマコを軽い気持ちで持ち帰る行為が、重い刑事罰の対象になりうることは知っておくべきです。
アワビ、ナマコ等は、沿岸域に生息し、容易に採捕できることから、密漁の対象とされやすく、組織的かつ広域的な密漁が横行しています。
― 水産庁「密漁を許さない ~水産庁の密漁対策」
守りながら使う——資源管理と、私たちにできること
ナマコは、生態系の機能を支える存在であると同時に、沿岸漁業者の重要な収入源でもあります。「獲るな」でも「獲り放題」でもない道を探すことが、この資源の課題です。
漁獲のルールをつくる
各地の漁業協同組合では、資源を守るために独自のルールが積み重ねられてきました。代表的なものは次のとおりです。
- 漁期の設定:産卵期を避け、身入りのよい時期に限定して操業する
- 体長・体重制限:小型個体は採らずに残し、産卵まで育てる
- 漁獲枠(数量管理):資源調査に基づいて総量と個々の配分を決める
- 禁漁区の設定:親個体を残す海域を確保し、幼生の供給源にする
- 操業時間・漁具の制限:一度に獲りすぎない仕組みをつくる
国の水産研究・教育機構は、マナマコについて海域ごとに資源評価調査報告書を公表しており、漁獲量や資源動向を継続的にモニタリングしています。資源評価と現場のルールを結びつけることが、持続的な利用の前提になります。
つくって増やす——種苗生産と放流
獲るだけでなく、増やす取り組みも各地で進んでいます。マナマコは人工的に採卵・種苗生産が可能で、育てた稚ナマコを海に放流する栽培漁業が北海道や本州各地で行われています。近年は、稚ナマコが隠れて育つ場所を人工的に用意する増殖礁の設置や、養殖魚の排せつ物・残餌をナマコに食べさせて環境負荷を減らす複合養殖(IMTA)の研究も進んでいます。ナマコの「掃除屋」としての性質を、養殖場の環境改善に活かそうという発想です。

密漁を止めるのは流通の側でもある
密漁対策で重要なのは、売れなくすることです。改正漁業法が密漁品の運搬・保管・取得・あっせんまで処罰対象にしたのは、この考え方に基づいています。産地証明やトレーサビリティの整備が進めば、出所の分からないナマコは市場に入りにくくなります。消費者としては、正規のルートで流通している商品を選ぶことが、そのまま密漁を減らす力になります。
私たちにできること
今日からできる5つのこと
- 磯や潮だまりでナマコ・アワビを見つけても絶対に持ち帰らない(無許可の採捕は犯罪)
- 遊漁のルールは都道府県ごとに違うため、行く前に県のウェブサイトで確認する
- ナマコ製品は出所の分かる正規の販売ルートで購入する
- ダイビングや磯観察では、ナマコを不用意に持ち上げたり刺激したりしない(内臓放出は大きな消耗になる)
- 地元の海の資源管理の取り組みを知り、応援する
ナマコの一生は、砂を食べ、砂を出し、ゆっくり移動するだけの繰り返しに見えます。しかしその積み重ねが、海底に酸素を通し、栄養を回し、サンゴ礁の水の性質まで変えている。派手さのない生き物が支えている土台の広さは、失ってから気づくには大きすぎます。
この記事のまとめ
- ナマコはウニ・ヒトデと同じ棘皮動物で、砂を食べる堆積物食者。世界に約1,500種、日本近海に約200種
- 有機物を処理し、砂を耕して酸素と栄養を回す「海のミミズ」。ヘロン島リーフでは年6.4万トン超の堆積物を攪拌
- 消化管で炭酸カルシウムを溶かし、アルカリ度の高い糞を出すことで、礁内の酸性化を局所的に和らげうる
- 内臓放出とキュビエ器官で身を守り、数週間で再生。硬さを変えるキャッチ結合組織は筋肉の4分の1〜5分の1の省エネ
- 干しナマコの高値が世界的な乱獲を招き、CITES附属書IIへの掲載が進行。日本では密漁に最大3,000万円の罰金
- 漁期・体長制限・漁獲枠・種苗放流・流通規制を組み合わせ、守りながら使う仕組みづくりが進んでいる
参考文献・出典
- 水産庁 – 密漁を許さない ~水産庁の密漁対策(特定水産動植物・罰則・検挙件数)
- 農林水産省 – 海面漁業生産統計調査(ナマコ類の漁獲量統計)
- 北海道 水産林務部 – 密漁を許さない~漁業法改正に伴う罰則の強化について
- 水産研究・教育機構 – 令和6年度 資源評価調査報告書(拡大種)マナマコ 太平洋中・南部
- 青森県産業技術センター – マナマコ(Apostichopus japonicus)の生態・寿命・成熟に関する資料
- Coral Reefs (Springer) – Williamson et al. (2021) Putting sea cucumbers on the map: projected holothurian bioturbation rates on a coral reef scale
- Journal of Geophysical Research: Biogeosciences – Schneider et al. (2011) Potential influence of sea cucumbers on coral reef CaCO3 budget: A case study at One Tree Reef
- Scientific Reports (Nature) – Sea cucumbers bioturbation potential outcomes on marine benthic trophic status under different temperature regimes (2023)
- 外務省 – ワシントン条約(CITES)の概要と附属書の仕組み
- 日本水産学会誌 – ミニシンポジウム記録「マナマコの持続的利用に向けた最新研究」
※ 信頼性の高い順に配列:政府機関・学術機関 > 査読済み論文 > 専門機関 > 信頼できるメディア