⚡ 30秒でわかる答え

  • コウノトリは1971年に日本の野生下で絶滅したが、2005年に豊岡で5羽が放鳥され、2025年には全国の野外個体数が500羽を超えた。
  • 鍵は鳥だけを守ることではなく、餌となる生きものが育つ水田づくり(減農薬・無農薬の「コウノトリ育む農法」)にあった。
  • 復活は完成ではなく、遺伝的多様性の乏しさや猛暑による水田環境の変化といった課題が残っている。
1971年
日本の野生コウノトリが絶滅した年(最後の生息地は豊岡)
500羽超
2025年6月に到達した全国の野外個体数
445.6ha
2022年度の豊岡市「コウノトリ育む農法」水稲作付面積

コウノトリは、いったん日本の空から完全に姿を消した鳥です。1971年、最後の野生個体が兵庫県豊岡市で死に、国内の野生のコウノトリは絶滅しました。それから半世紀余りを経た2025年、全国の野外で暮らす個体数は500羽を超えています。

この回復を支えたのは、飼育・繁殖の技術だけではありません。餌となるドジョウやカエル、昆虫が育つ水田をつくり直す農業の転換、そして人工巣塔や市民の見守りといった地域ぐるみの取り組みでした。豊岡の事例は、「ひとつの種を戻すことは、その種が暮らす環境全体を戻すこと」であると教えてくれます。

本記事では、絶滅に至る経緯、1965年から始まった保護増殖、2005年の放鳥、「コウノトリ育む農法」の仕組み、そして今も残る課題を、環境省・豊岡市・兵庫県などの公開資料にもとづいて整理します。川と海につながる水の循環の視点も添えました。

この記事で学べること

  • コウノトリが日本で絶滅した背景(開発・農薬・巣の森の消失)
  • 1965年の保護増殖から2005年の放鳥までの約40年の歩み
  • 「コウノトリ育む農法」の考え方と、水田が生きものの餌場になる仕組み
  • 2007年の野外繁殖から500羽超に至るまでの個体数の推移
  • 遺伝的多様性や猛暑・少雨など、これから向き合う課題
  • 海・川・水田のつながりから見た、野生復帰の学び

コウノトリとはどんな鳥か:日本の水辺の頂点捕食者

翼を広げると2メートル近い大型の渉禽類

コウノトリ(Ciconia boyciana)は、コウノトリ科に属する大型の水鳥です。全長は約110センチ、翼を広げると2メートルに迫ります。白い体に黒い風切羽、赤い目の周りが特徴で、浅い水辺を歩きながら魚類・両生類・昆虫などを捕らえる肉食の鳥です。日本ではかつて各地の水田や湿地で見られ、ツルとともに瑞兆の鳥として親しまれてきました。

ヨーロッパのシュバシコウが電柱や煙突に巣をかけるのに対し、日本のコウノトリは古くからマツなどの高い木の上に巣をつくる習性がありました。この「高木に巣をかける」という性質が、のちの野生復帰で人工巣塔が重要になる理由につながります。

一日に必要な餌と、水田という餌場

コウノトリは大型の鳥であるため、多くの餌を必要とします。ドジョウ、フナ、カエル、ザリガニ、バッタなど多様な小動物を食べるため、餌となる生きものが豊富な浅い水辺がなければ暮らせません。日本の里地では、水田・水路・ため池・河川がまとまってその役割を果たしてきました。

  • 餌場:浅い水田、水路、河川敷、湿地
  • 巣:高い樹木(マツなど)、現在は人工巣塔も利用
  • ねぐら・休息:水辺に近い林や河川の中州
  • 移動:東アジアの個体群は大陸と行き来するが、日本の個体群は定着型が中心

生態系での位置づけ

コウノトリは水辺の食物連鎖の上位にいる生きものです。コウノトリが暮らせる環境とは、その下にいる魚・両生類・昆虫・水草・微生物までが健全に保たれている環境だと言えます。そのため、生態系の健全さを測る「指標種」「象徴種」として扱われます。

なぜ日本のコウノトリは絶滅したのか

明治以降の乱獲と生息環境の変化

かつて各地で見られたコウノトリですが、狩猟による減少に加え、巣をかける大きなマツ林の伐採、湿地や河川の改修によって、生息地が急速に狭まりました。

豊岡盆地(円山川流域)は、最後まで繁殖が確認された日本最後の地域となりました。神戸新聞の報道でも、都市開発と農薬の使用が戦後に個体数を減らしたこと、豊岡盆地が国内最後の繁殖地になったことが紹介されています。

農薬と餌の減少:高度経済成長期の影響

決定的だったのは餌環境の悪化です。高度経済成長期に水田で農薬が広く使われるようになり、コウノトリの餌となる生きものが減りました。国土交通省の資料でも、繰り返し大量に使われた農薬が、農業の変化や森林伐採などと並んで減少の一因に挙げられています。保護増殖に取り組んだ当時、農薬の影響を受けた高齢の個体が、ひなを孵せないまま死んでいったことも報じられています。

年出来事
1955年豊岡で保護協賛会が結成される
1965年野生のつがいを捕獲し、飼育下での保護増殖を開始
1971年日本の野生コウノトリが絶滅(最後の生息地は豊岡)
1989年飼育下での繁殖に成功(開始から25年目)
2005年豊岡で5羽を初めて放鳥
2007年放鳥した個体のつがいが人工巣塔で自力でひなを孵す
コウノトリの絶滅から野生復帰までの主な年表(神戸新聞・豊岡市資料などによる)

「開発」だけが原因ではない

コウノトリの絶滅は、狩猟・森林伐採・河川改修・農薬という複数の要因が重なって起きました。一つだけを除いても回復しないことは、のちの野生復帰の設計にも反映されています。

1965年から2005年まで:保護増殖と放鳥までの約40年

野生個体の捕獲という苦渋の決断

1965年、豊岡では野生のつがいを捕獲し、飼育下で増やす保護増殖が始まりました。野生の鳥を捕らえることには批判も大きかったはずですが、「いずれ空へ戻す」という約束のもとでの選択でした。しかし、当時残っていた個体は農薬の蓄積などにより、卵を孵せないまま次々に世を去りました。

1971年に野生の最後の個体が死亡すると、日本の野生下からコウノトリは消えます。その後、旧ソ連から幼鳥が譲り受けられ、これが飼育下繁殖の基盤となりました。豊岡市が人工飼育に取り組んで25年目の1989年、ついに飼育下での繁殖に成功し、以降は毎年ひなが誕生するようになります。

兵庫県立コウノトリの郷公園と放鳥の準備

飼育下で増えた個体を自然に戻すには、個体数だけでなく「戻る先の環境」を整える必要がありました。豊岡では、兵庫県立コウノトリの郷公園が飼育・繁殖・研究・放鳥訓練の拠点となり、地域の水田・河川・巣塔の整備と並行して準備が進みました。

  • 飼育個体の遺伝的な系統管理と、放鳥個体の選定
  • 放鳥後の追跡のための足環・発信器による個体識別
  • 餌となる生きものを増やす水田・水路・湿地の再生
  • 地元農家・行政・研究者・住民による協働体制づくり

2005年、5羽の放鳥

2005年、豊岡で飼育下生まれの5羽が初めて放鳥されました。兵庫県は、この放鳥から20年で野外個体数が500羽を超えたと発表しています。放鳥当初は餌の捕り方や飛翔、危険回避を学ぶ段階であり、すべてが順調だったわけではありませんが、「野外で暮らす個体群」への第一歩となりました。

水田でドジョウを探すコウノトリ
水田は、コウノトリにとって重要な採餌場所(イメージ)

「コウノトリ育む農法」:水田を生きものの餌場に戻す

農法のねらいと基本の考え方

豊岡で生まれた「コウノトリ育む農法」は、お米をつくりながら、水田をコウノトリの餌場として機能させる農業です。農林水産省の資料では、春から秋にかけての水管理を工夫する点、冬期湛水(冬に水田へ水を張ること)を取り入れる点が、一般的な水稲栽培と異なる特徴として紹介されています。

  • 農薬を使わない(無農薬)または大幅に減らす(減農薬)
  • 冬期湛水・早期湛水で、カエルやドジョウ、水生昆虫の生息場所をつくる
  • 中干し(稲の生育途中に一度水を抜く作業)を延ばし、生きものが育つ期間を確保する
  • 魚が水田と水路を行き来できる魚道の設置

作付面積の推移と実績

豊岡市の資料によれば、2017年の作付面積は407.1ヘクタール、2022年度の水稲作付面積は445.6ヘクタール(無農薬162.5ヘクタール、減農薬283.1ヘクタール)で、過去最高となりました。同市では、この農法で育てたお米を「コウノトリ育むお米」としてブランド化し、環境配慮と販売価格を両立させる仕組みも整えてきました。

年度作付面積備考
2017年407.1ha豊岡市資料
2022年度445.6ha無農薬162.5ha・減農薬283.1ha(過去最高)
コウノトリ育む農法の水稲作付面積(豊岡市資料)
この記事の要点となる3つの数字をまとめた図版
数字で見る:本文で扱う3つの指標

お米が「環境価値」を持つということ

農法の広がりは、農家の収入の面でも意味を持ちます。環境に配慮した栽培には手間がかかるため、それに見合う価格で買い取られる仕組みが欠かせません。豊岡の事例は、生物多様性の保全と農家の暮らしを両立させる「環境経済」の先行例として、各地の取り組みの参考にされています。

ここが大事

  • 生きものを増やす鍵は「水の管理」と「農薬の削減」
  • 農家が続けられる価格と販路があって初めて広がる
  • 田んぼは食料生産の場であり、同時に生物多様性の保全の場でもある

2007年の野外繁殖から500羽超へ:個体数の推移

野外で初めて自力でひなを孵した2007年

放鳥から2年後の2007年、野外のつがいが人工巣塔で自力でひなを孵しました。野生下でひなが生まれるのは約半世紀ぶりのことで、野生復帰が単なる放鳥から「自立した個体群の形成」へ進んだ転機でした。

野外個体数の増加

  • 2013年:野外で生息する個体が70羽を超える(兵庫県)
  • 2021年:繁殖可能な3歳以上の個体が、3年連続で50羽を超えたと兵庫県立コウノトリの郷公園が発表
  • 2022年7月末:全国の野外個体数が300羽を突破
  • 2025年6月:全国の野外生息数が500羽を超える
  • 2025年11月末:全国で550羽超と報じられる

豊岡周辺にとどまらず、近年は兵庫県外でも飛来や繁殖が報じられ、活動の場は全国に広がっています。一方で、広がる分布は、地域ごとの餌場づくりや見守り体制の整備を必要としています。

人工巣塔で子育てをするコウノトリの親子
人工巣塔は、野外繁殖を後押しした仕組みのひとつ(イメージ)

人工巣塔と地域の見守り

マツなどの高木が減った地域では、人工巣塔が営巣を助けます。巣塔の設置、巣材の手入れ、巣立ちの見守り、足環による個体の追跡は、研究者だけでなく地域の住民や学校が担う場面も多く、「みんなで見守る鳥」という文化を育てました。

これからの課題:遺伝的多様性・猛暑・人との共存

遺伝的多様性の乏しさ

野外の個体群は、限られた飼育個体を祖先としています。このため遺伝的多様性が低く、将来の病気や環境変化への抵抗力が弱くなるリスクが指摘されています。神戸新聞の報道でも、個体数の増加の一方で遺伝的多様性の乏しさが課題とされています。多様な系統の導入や、海外の個体群との交流の可能性が議論されています。

猛暑と少雨が水田環境を変える

気候変動の影響も見えてきました。神戸新聞によると、2025年7月の豊岡の平均気温は29.4度で、1971年7・8月の26.1度を大きく上回り、降水量は平年の約10分の1で、円山川流域の水田では一時水が消えました。水田に水がなければ、餌となる生きものも育ちません。

水田の水が消えると何が起きるか

  • ドジョウやカエルなどの餌動物の生息場所が失われる
  • 水温の上昇で、水生生物の生存が難しくなる
  • 農家の作業負担が増え、環境配慮型の栽培の継続が難しくなる

農作物被害・事故・感染症への備え

個体数が増えると、電線への衝突、事故、鳥インフルエンザなどの感染症リスクも高まります。野生復帰は「戻して終わり」ではなく、長く続く管理と対話が必要な取り組みです。

この記事のポイントを箇条書きでまとめた図版
この記事のポイント。詳しくは各章で解説している

水田・川・海のつながりから見るコウノトリ

円山川流域という水の循環

豊岡の水田は、円山川から日本海へ続く水の循環の一部です。水田で農薬や肥料を減らすことは、川や河口、沿岸の水質にも良い影響を及ぼします。川と海のつながりについては、森・川・海のつながりとは|流域が育てる豊かな海も参考になります。

水田と里地の生物多様性

水田や水路、ため池は、人の営みが長い時間をかけてつくった二次的な自然です。水田の生物多様性については水田の生物多様性、里地里山の仕組みは里山とは?雑木林・田んぼ・ため池の循環と放棄の危機で詳しく解説しています。

山、水田、川、海へと続く流域の俯瞰図
山・水田・川・海は水でつながっている(イメージ)

もう一つの野生復帰:トキとの比較

新潟県の佐渡では、トキの野生復帰が進んでいます。詳しくはトキの野生復帰の記事をご覧ください。コウノトリもトキも、水田を含む里地の環境を整えることが共通の鍵となっています。

私たちにできること:学びを暮らしに生かす

環境に配慮したお米を選ぶ

無農薬・減農薬で栽培されたお米や、生きものを育む農法の産品を選ぶことは、生産者の取り組みを支える具体的な行動になります。「コウノトリ育むお米」のように、環境配慮が認証・表示されている商品を探してみましょう。

見守りのマナーを守る

  • 巣や親鳥に近づきすぎない(遠くから観察する)
  • 餌を与えない・ドローンを近づけない
  • 足環や発信器の付いた個体を見つけたら、地域の窓口や郷公園へ情報提供する
  • 水田や水路にごみを捨てない

地域の取り組みに参加する

観察会、田んぼの生きもの調査、冬期湛水の見学など、豊岡をはじめ各地で参加できる催しがあります。身近な水辺の環境を知り、変化に気づくことが、次の野生復帰を支える力になります。

まとめ

  • コウノトリは1971年に野生絶滅したが、2005年の放鳥から20年で野外500羽超に回復
  • 回復の鍵は、餌の生きものを育む水田(減農薬・無農薬、冬期湛水)の再生
  • 遺伝的多様性や猛暑・少雨が今後の課題
  • 水田・川・海のつながりの中で、私たちの選択が生きものの暮らしを支える

参考文献・出典

  1. 神戸新聞NEXT「コウノトリ放鳥から20年、野生復帰着々」(2025年6月) – 放鳥20年の経緯・年表
  2. 神戸新聞NEXT 但馬版(2025年12月) – 個体数550羽超・猛暑と水田
  3. 神戸新聞NEXT「野外生息のコウノトリ300羽突破」(2022年10月) – 300羽突破と課題
  4. 兵庫県「県民だより」コウノトリ特集 – 放鳥20年・野外500羽超
  5. 豊岡市 コウノトリ育む農法 作付実績資料(2023年) – 作付面積の推移
  6. 農林水産省 オーガニックビレッジ事例(豊岡市) – 冬期湛水・中干し延期の説明
  7. 環境省 森里川海 事例:豊岡のコウノトリ – 野生復帰と地域づくり
  8. 国土交通省 多言語資料(コウノトリと農薬) – 減少要因の整理

※ 信頼性の高い順に配列:政府機関・学術機関 > 査読済み論文 > 専門機関 > 信頼できるメディア