⚡ 30秒でわかる答え
- 逆浸透(RO)膜は、海水に高い圧力をかけて塩分やイオンを通さない極薄の膜を通すことで、真水だけを取り出す技術である
- 東レはサウジアラビアの海水淡水化用RO膜市場で高いシェアを持ち、シュアイバ3プラントなど大型施設に膜を供給している
- 従来の蒸発法からRO膜法へ転換することで、消費エネルギーとCO2排出量を大幅に削減できる
- 世界人口の約4割が水ストレスに直面しており、2030年には半数近くに達すると予測されている
「水は無限にある」と感じがちだが、地球上の水の97%以上は海水で、そのまま飲むことも農業に使うこともできない。淡水は全体の3%弱に過ぎず、しかも多くが氷や地下深くに閉じ込められている。国連世界水開発報告書2026(UNESCO)は、世界人口の約4割が既に水ストレス下にあり、2030年には世界人口の47%が水不足に陥ると予測すると指摘している。
この課題に対し、海水を真水に変える「海水淡水化」技術が中東や島嶼国を中心に急速に広がっている。かつて主流だった蒸発法(海水を加熱して蒸発させ、蒸気を冷やして淡水を得る方法)は大量の燃料を必要としたが、近年は膜を使って塩分をろ過する「逆浸透(RO)膜」法への転換が進み、エネルギー消費とCO2排出量を大きく減らせるようになった。
この記事では、日本の素材メーカー・東レが手がけるRO膜技術を軸に、海水淡水化の仕組みと、サウジアラビアでの実例、世界の水不足の現状を解説する。
この記事で学べること
- 逆浸透(RO)膜がどのような仕組みで海水から塩分を除くのか
- 東レのRO膜がサウジアラビアの海水淡水化プラントでどう使われているか
- 蒸発法からRO膜法への転換がCO2排出削減にどう寄与するか
- 世界的な水不足の現状と今後の見通し
- 海水淡水化がもたらす環境面・エネルギー面の課題
世界で広がる水不足という課題
地球の表面の約71%は水に覆われているが、そのうち97.5%は海水であり、淡水はわずか2.5%程度に過ぎない。さらに淡水の多くは南極や氷河、地下深くに存在し、人が実際に利用できる河川・湖沼の水はごく一部である。
国連世界水開発報告書2026(UNESCO)によれば、世界人口の約4割が既に水ストレスの状態にあり、このままの状況が続けば2030年には世界人口の47%が水ストレスに直面すると予測されている。特に中東・北アフリカ地域は降水量が少なく、人口増加と経済発展による水需要の増加が重なり、慢性的な水不足に陥っている国が多い。
水ストレスとは
- 利用可能な水資源に対して、需要が高い、または季節・地域によって水が偏在している状態を指す。国連はこの状態を「水ストレス」と定義し、農業・生活・工業のすべてに影響が及ぶとしている。
中東で進む海水淡水化への依存
サウジアラビアやUAEなどの湾岸諸国は、河川や湖などの淡水資源にほとんど恵まれておらず、飲料水の大半を海水淡水化に依存している。サウジアラビアでは国内の飲料水の多くを淡水化プラントで供給しており、水の安定確保は国家の重要課題として位置づけられている。
こうした国々では、人口増加と経済発展が同時に進むため、水需要は今後も右肩上がりで拡大していくと見込まれている。都市化が進むほど、生活用水だけでなく、工業用水・農業用水の需要も同時に高まる。降水量の少ない乾燥地域では地下水の過剰採取が地盤沈下や塩水化を招くケースもあり、地下水に依存し続けることには限界がある。そのため、海水という「枯れることのない水源」から真水を作り出す海水淡水化技術への期待が、年々高まっているのが現状である。
農業用水としての需要拡大
水需要の中でも特に大きな割合を占めるのが農業用水である。世界全体で見ると、取水量の約7割が農業用途に使われているとされ、人口増加に伴う食料需要の拡大は、そのまま水需要の拡大につながる。乾燥地域では農業自体が地下水や淡水化した水に依存しており、食料安全保障と水資源確保は表裏一体の課題として扱われている。
水不足は中東だけの問題ではない
水ストレスは中東・北アフリカに限った話ではない。南アジアやサブサハラ・アフリカの一部地域、さらには気候変動による降水パターンの変化で、これまで水資源に恵まれていた地域でも一時的な水不足が発生する例が報告されている。日本国内でも、瀬戸内地域など降水量が少なく、地形的にダムの建設が難しい地域では、慢性的な水不足に悩まされてきた歴史がある。水問題は「他国の話」ではなく、地球規模で共有すべき課題であるという理解が、近年広がりつつある。
| 地域 | 主な水不足の要因 | 対応策の例 |
|---|---|---|
| 中東・北アフリカ | 降水量が極端に少なく淡水資源に乏しい | 海水淡水化への大規模投資 |
| 南アジア | 人口密度が高く地下水の過剰採取が進行 | 地下水管理の強化、再生水利用 |
| サブサハラ・アフリカ | 水インフラ整備の遅れ | 小規模分散型の浄水・淡水化設備 |
| 日本(瀬戸内など) | 地形的にダム建設が難しい地域がある | ため池・地下水の活用、節水技術 |
気候変動が水資源に与える影響
気候変動は、降水パターンそのものを変化させることで、水不足問題をさらに複雑にしている。従来は安定した降雨が見込めていた地域で干ばつが頻発する一方、別の地域では短時間豪雨による水害リスクが高まるなど、降水の「量」だけでなく「偏り」が拡大していることが指摘されている。こうした不確実性の高まりが、天候に左右されにくい水源としての海水淡水化の重要性を、さらに押し上げている面もある。
水と食料・エネルギーのつながり
水資源の問題は、食料生産やエネルギー生産とも密接に結びついている。農業には大量の灌漑用水が必要であり、火力発電所の冷却水など、エネルギー生産にも水が欠かせない。水・食料・エネルギーは互いに影響し合う「ネクサス(結びつき)」の関係にあるとされ、水不足はドミノ倒しのように、食料生産やエネルギー供給にも波及するリスクをはらんでいる。
逆浸透(RO)膜とは何か
逆浸透(Reverse Osmosis, RO)膜法は、海水に高い圧力をかけて、塩分やミネラル、細菌などをほとんど通さない極めて微細な孔を持つ膜を通過させることで、真水だけを取り出す技術である。半透膜を挟んだ濃度の異なる水は自然には低濃度側から高濃度側へ水が移動する(浸透)が、高濃度側に強い圧力をかけることでこの流れを逆転させ、真水を分離する。
蒸発法との違い
| 方式 | 仕組み | エネルギー消費 | 主な採用地域 |
|---|---|---|---|
| 蒸発法(多段フラッシュ法など) | 海水を加熱・蒸発させ、蒸気を冷やして淡水化 | 大量の燃料を必要とし高い | 中東の一部の旧式プラント |
| 逆浸透(RO)膜法 | 高圧で膜を通過させ塩分を分離 | 蒸発法に比べて大幅に低い | 中東の新設プラント、日本、欧米など |
RO膜法は蒸発法に比べて必要なエネルギーが少なく、設備もコンパクトにできるため、近年新設される海水淡水化プラントの主流になっている。

膜の性能を左右する技術
RO膜の性能は、どれだけ塩分を通さず(塩除去率)、どれだけ効率よく水を通すか(透水性)のバランスで決まる。透水性が高いほど、同じ量の真水を作るために必要な圧力(=エネルギー)を減らせるため、素材メーカー各社は塩除去率を維持したまま透水性を高める技術開発を競っている。
浸透圧という自然現象の理解
逆浸透の仕組みを理解するには、まず「浸透」という自然現象を知る必要がある。濃度の異なる2つの水溶液を半透膜で仕切ると、水は自然に低濃度側から高濃度側へと移動し、両者の濃度を均衡させようとする。この時に生じる圧力を「浸透圧」と呼ぶ。海水と真水を膜で仕切った場合、真水側から海水側へ水が移動しようとするため、海水側にこの浸透圧を上回る圧力を人為的にかけることで、水の移動方向を逆転させ、海水側から真水を絞り出すことができる。これが「逆浸透」の名前の由来である。
RO膜プラントの基本的な構成
実際の海水淡水化プラントは、RO膜だけで成り立っているわけではない。取水した海水はまず、砂やゴミ、微生物などを取り除く前処理(凝集・砂ろ過・精密ろ過膜など)を経て、RO膜に送られる。RO膜を通過させる際には高圧ポンプで加圧するが、この加圧に使うエネルギーの一部を、排出される濃縮海水から回収する「エネルギー回収装置」を組み合わせることで、プラント全体の消費電力をさらに抑える工夫がなされている。RO膜を通過した水はミネラルバランスを調整するなどの後処理を経て、飲料水として配水される。
- 前処理:海水中の砂・浮遊物・微生物を除去する
- RO膜:高圧で塩分・イオンを分離し真水を取り出す
- エネルギー回収:濃縮海水の圧力を再利用し消費電力を抑える
- 後処理:ミネラル調整や消毒を行い配水可能な水質にする
半透膜とは
- 水などの小さな分子は通すが、塩分やイオンなどの大きな分子・粒子は通さない性質を持つ膜のこと。生物の細胞膜も一種の半透膜であり、逆浸透膜はこの自然の仕組みを工業的に応用した技術といえる。
RO膜が使われるのは海水淡水化だけではない
RO膜は海水淡水化専用の技術ではなく、産業排水の処理、超純水(半導体製造などに使う極めて不純物の少ない水)の製造、家庭用浄水器など、幅広い分野で使われている。塩分やイオンだけでなく、農薬や重金属といった微量の不純物も除去できるため、飲料水の安全性向上や、工業プロセスで求められる高純度の水の製造にも応用されている。1つの膜技術がこれほど多様な分野で使われている点も、RO膜という技術の汎用性の高さを物語っている。
多段階処理によるさらなる高純度化
飲料水として使う場合、RO膜を1段階通すだけでも十分な塩除去率が得られるが、より厳しい水質基準が求められる用途では、RO膜を複数段階直列に配置し、段階的に純度を高めていく設計が採用されることもある。近年の東レの新型膜のように、1段階の塩除去率自体を高めることができれば、この多段階処理を簡略化でき、設備投資と運用コストの両方を抑えられるというメリットが生まれる。
東レのRO膜事業とサウジアラビアでの実例
東レは1968年からRO膜の研究開発に取り組んできた素材メーカーで、現在は世界のRO膜市場で30%以上のシェアを持つとされる。日本製RO膜は世界市場でも高いシェアを占め、米デュポン、東レ、日東電工、東洋紡エムシーの上位4社で世界市場の9割以上を握る寡占構造になっている。
東レのRO膜は中東の大型海水淡水化プラントに数多く採用されている。代表例が、サウジアラビア西部の「シュアイバ3」海水淡水化プラントである。同プラントは日量60万立方メートルの処理能力を持ち、メッカ、ジェッダ、タイフ、アルバハといった地域に飲料水を供給する重要な水インフラとなっている。従来の蒸発法による施設を、東レのRO膜を用いた最先端の淡水化プラントに転換したことで、環境負荷を大幅に低減したとされる。

東レは1968年にRO膜の研究を開始して以降、素材となる高分子の分子設計から膜の製膜技術、モジュール化まで一貫して自社で手がけてきた。長年にわたり蓄積してきた高分子化学の知見を、繊維事業だけでなく水処理という異なる分野に応用してきた点が、同社の水処理膜事業の強みとなっている。
サウジアラビアでの一貫生産体制
東レは2025年11月、サウジアラビアのダンマンにある子会社Toray Membrane Middle Eastで、海水淡水化用RO膜を製膜工程から組立まで一貫して生産できる工場を増設し稼働を開始した。これはサウジアラビア国内で同種の一貫生産を行う初めての企業になったとされる。現地生産体制を強化することで、中東地域の急拡大する淡水化需要に応える狙いがある。

なぜ日本企業が中東の水インフラを支えるのか
- 高い塩除去率と耐久性を両立する膜素材の技術力が評価されている
- 現地生産体制を整えることで、需要拡大や物流コストに対応している
- 水インフラは国家の安全保障に直結するため、長期的な信頼関係が重視される
米国やその他地域への展開
東レは中東だけでなく、米国でも水処理膜の増産を進めている。世界的に水資源の確保が経営課題となる中、干ばつが頻発する米国西部などでも、海水淡水化や再生水(下水処理水の再利用)向けにRO膜の需要が拡大している。素材メーカーにとって、水処理膜事業は化石燃料由来の素材に依存しない、持続可能な成長分野の一つとして位置づけられている。
競合を含む世界のRO膜メーカー
RO膜市場は、米デュポン(旧ダウ・フィルムテック)、東レ、日東電工、東洋紡エムシーなど少数のメーカーによる寡占的な構造になっている。日本製RO膜は世界市場でも高いシェアを占めてきたが、近年は中国メーカーが価格競争力を武器に急速にシェアを伸ばしており、日本企業は現地生産や高付加価値品への転換で対抗している。東レのサウジアラビアでの一貫生産体制強化も、こうした競争環境の変化を踏まえた戦略の一つと見ることができる。
膜モジュールの構造
実際に使われるRO膜は、平らなシート状の膜をスパイラル状に巻き上げた「スパイラル型モジュール」という形状が一般的である。この構造により、限られた設置スペースの中に大きな膜面積を確保でき、効率よく大量の海水を処理できるようになっている。1本のモジュールは円筒形の容器に収められ、プラントにはこのモジュールが数千本から数万本単位で並べられる。東レはこのモジュールの設計・製造においても、長年のノウハウを蓄積してきた。
研究開発体制
東レは水処理膜事業を成長分野の一つと位置づけ、国内外に研究開発拠点を展開している。膜の素材そのものの改良に加え、プラント運転時のデータを活用したファウリング(膜の目詰まり)予測や、洗浄タイミングの最適化など、デジタル技術と組み合わせた運用効率化の取り組みも進めている。膜という「モノ」の技術革新と、運用データを活用した「コト」の効率化を両輪で進めることが、今後の水処理膜事業の競争力を左右すると見られている。
他の中東諸国への広がり
サウジアラビアに限らず、UAE、カタール、クウェートなど湾岸諸国の多くが、大規模な海水淡水化プラントの新設・増設を計画している。人口増加と観光需要の高まりを背景に、湾岸地域全体で水需要は今後も拡大が見込まれており、東レをはじめとする膜メーカー各社にとって、この地域は引き続き重要な市場であり続けると見られている。
RO膜法がもたらす環境面のメリット
RO膜法への転換は、単に水を作るだけでなく、CO2排出量の削減にもつながる。蒸発法は海水を加熱するために化石燃料を大量に消費するのに対し、RO膜法は圧力をかけるための電力のみで済むため、消費エネルギーを大幅に抑えられる。シュアイバ3プラントの例では、従来の蒸発法から転換したことで、CO2排出量を年間約4,500万トン、原油使用量を年間約2,200万バレル削減する効果があるとされる。
シュアイバ3プラントで示された年間約4,500万トンのCO2削減効果は、非常に大きな規模である。1つのプラントの技術転換だけでこれほど大きな削減効果が生まれる背景には、蒸発法という方式そのものが本質的に多くの燃料を必要とする仕組みだったことがある。RO膜法は、電力さえ確保できれば燃料の直接燃焼を必要としないため、電源構成の脱炭素化が進むほど、淡水化に伴う排出量もさらに下がっていく余地がある。
膜の透水性向上がさらなる省エネにつながる
東レは近年、塩透過率を最大55%低減した新型RO膜を発売し、塩除去率99.9%以上を保ちながら、従来複数段階必要だったろ過工程を1段階で完結できる製品を開発している。透水性が高い膜ほど、同じ淡水量を得るために必要な圧力(エネルギー)を減らせるため、膜の技術革新そのものが淡水化事業の省エネ化に直結する。
RO膜法の環境メリット
- 蒸発法に比べて消費エネルギーが少ない
- CO2排出量・化石燃料使用量を大幅に削減できる
- 膜の透水性向上が続くほど、さらなる省エネが期待できる
世界規模で見たCO2削減効果
個別のプラントだけでなく、世界全体で見ても、蒸発法からRO膜法への転換はCO2排出削減に大きく寄与している。2020年に世界で新設された海水淡水化プラントに限っても、RO膜法の採用による削減効果は年間1,700万トン超のCO2に相当すると報告されている。今後も新設される淡水化プラントの大半がRO膜法を採用する見通しであり、この削減効果はさらに積み上がっていくと見込まれている。
再生可能エネルギーとの組み合わせ
RO膜法は蒸発法よりエネルギー効率が高いとはいえ、高圧ポンプを動かすための電力を必要とする点は変わらない。そのため、中東の一部プラントでは、豊富な太陽光を活用した太陽光発電と組み合わせることで、淡水化に伴うCO2排出をさらに抑える取り組みも進んでいる。膜の省エネ化と、電力そのもののクリーン化を両輪で進めることが、海水淡水化を真に持続可能な技術にする鍵になる。
ライフサイクル全体で見た環境負荷
RO膜法の環境評価は、稼働時の消費電力だけでなく、膜そのものの製造・輸送・廃棄までを含めたライフサイクル全体で考える必要がある。膜は消耗品であり数年ごとに交換されるため、耐久性を高め交換頻度を減らすことは、廃棄物削減の観点からも重要になる。東レが進める耐薬品性の向上や使用可能期間の延長は、稼働時の省エネだけでなく、こうしたライフサイクル全体の環境負荷低減にもつながっている。
日本企業の技術が世界の脱炭素に貢献する構図
日本国内では水資源に恵まれているため、海水淡水化そのものの需要は限定的である。それでも、日本の素材メーカーが開発したRO膜技術が、海外の水インフラのCO2排出削減に大きく貢献しているという構図は、直接的な排出削減とは異なる形での「間接的な脱炭素貢献」の一例といえる。自国での排出量には表れない形で、世界全体の排出削減に寄与する技術輸出のあり方として注目されている。
淡水化コストの低下がもたらす波及効果
RO膜法の普及と省エネ化が進んだことで、海水淡水化にかかるコストは長期的に低下傾向にあるとされる。コストが下がれば、これまで財政的な余裕がなく導入をためらっていた国・地域にも導入の道が開け、より多くの人々が安定した水供給を受けられるようになる。素材レベルの技術革新が、最終的には途上国を含めた世界全体の水アクセス改善につながっていく構図は、SDGs目標6の実現に向けた重要な道筋の一つといえる。
海水淡水化が抱える課題
海水淡水化はRO膜法の普及によって効率化が進んだが、依然といくつかの課題を抱えている。1つは、淡水化プロセスで発生する高濃度の塩分を含む排水(濃縮海水)の処理である。適切に処理せず海域に排出すると、周辺の海洋生態系に影響を及ぼす懸念が指摘されている。もう1つは、依然として蒸発法より少ないとはいえ相応の電力を必要とする点で、電力を化石燃料に依存する地域では、淡水化そのものが排出削減の課題を抱えたままになる。
取水そのものが生態系に与える影響
淡水化プラントの課題は排水だけではない。海水を取り込む「取水」の段階でも、プランクトンや稚魚が取水口に吸い込まれてしまう影響が懸念されている。近年は、海底に埋設した取水管(インテークパイプ)を使い、砂ろ過を経た比較的きれいな海水を緩やかに取り込む方式が採用されるケースが増えており、生態系への影響を抑える工夫が進んでいる。
膜の劣化と維持管理
RO膜は使用を続けると、微生物の付着(ファウリング)や薬品洗浄による劣化が進むため、定期的な洗浄・交換が必要になる。東レは耐薬品性を高め使用可能期間を延ばす膜の開発を進めており、維持コストの低減とプラント全体の稼働率向上を図っている。
覚えておきたい注意点
- 淡水化は「水を作る」技術であり、水の使い方そのものを見直す節水努力と並行して進める必要がある
- 濃縮排水の処理方法は地域や施設によって差があり、環境影響評価が欠かせない
建設・運用コストの高さ
海水淡水化プラントは、前処理施設・RO膜・高圧ポンプ・エネルギー回収装置など多くの設備を必要とするため、建設に大きな初期投資がかかる。運用開始後も、膜の定期交換や薬品洗浄、電力費用など継続的なコストが発生する。淡水資源に恵まれた地域では、河川水や地下水を利用する従来の水供給に比べて割高になりやすく、淡水化への依存度をどこまで高めるかは、各国・各地域のエネルギー事情や財政状況によって判断が分かれる。
地域社会との合意形成
大規模な淡水化プラントの建設は、取水口・排水口周辺の漁業関係者など、地域社会との合意形成も必要になる。濃縮排水の拡散状況を事前にシミュレーションし、漁場への影響を最小化する設計や、稀釈してから排出するなどの対策が求められる。技術面の効率化だけでなく、こうした社会的な調整プロセスも、持続可能な淡水化事業を進める上で欠かせない要素である。
エネルギー源の地域差という課題
RO膜法は蒸発法よりエネルギー効率が高いとはいえ、そのエネルギー源が化石燃料由来の電力である場合、CO2排出量を完全にゼロにすることはできない。中東の産油国では、淡水化用の電力を自国の天然ガスや石油でまかなっているケースも多く、淡水化技術の省エネ化と、電源構成の脱炭素化は、切り離せない課題として同時に取り組む必要がある。
人材・技術の維持継承
淡水化プラントは一度建設すれば数十年単位で稼働し続ける長期インフラである。そのため、膜の交換や設備の保守を担う技術者の育成・確保も長期的な課題になる。特に現地生産・現地雇用を進める場合、膜製造や運転管理のノウハウを、進出先の国の人材にどう継承していくかが、事業の持続可能性を左右する重要な要素となる。
災害・停電時のリスク
RO膜法は電力に依存するため、大規模な停電や災害時にプラントが停止すると、飲料水の供給が途絶えるリスクがある。淡水化への依存度が高い国・地域では、非常用電源の確保や、複数のプラントを分散配置することによるリスク分散が、防災上の重要な検討課題になっている。
世界の水不足解決に向けた今後の展望
国連の予測によれば、水ストレスに直面する人口は今後も増加していく見通しであり、海水淡水化は中東だけでなく、アフリカやアジアの一部地域でも導入が広がりつつある。東レをはじめとする日本企業は、RO膜という素材技術によって、水インフラという社会基盤を裏側から支える存在になっている。

アフリカやアジアの新興国においても、都市化の進展と気候変動の影響により、これまで水資源に余裕があった地域で渇水が頻発するようになっている。国際機関や各国政府は、大規模なインフラ投資が難しい地域向けに、小規模・分散型の淡水化装置の開発にも力を入れており、素材メーカーの技術は大規模プラントだけでなく、こうした中小規模の設備にも応用範囲を広げつつある。
日本国内でも進む技術転用
日本国内は比較的水資源に恵まれているが、離島や災害時の非常用水源としてRO膜を用いた小型淡水化装置が活用されている例もある。海外向けに開発された大型プラント用の技術が、国内の防災・離島インフラにも応用される流れが今後広がる可能性がある。水資源をめぐる課題は、海だけでなく湖沼の生態系や水質再生とも密接に関わっている。
下水再利用(再生水)という選択肢
水不足対策として、海水淡水化と並んで注目されているのが、下水処理水を高度に処理して再利用する「再生水」技術である。RO膜は海水淡水化だけでなく、この再生水の製造にも応用されており、水資源に乏しい国・地域では、再生水と海水淡水化を組み合わせた複数水源戦略が採用されている。1つの技術(RO膜)が、複数の水源確保手段に応用できる点も、素材技術としての汎用性の高さを示している。
素材メーカーが担う社会的な役割
東レのRO膜事業は、単なる一企業の事業活動というだけでなく、水という生命に不可欠な資源を、世界の乾燥地域に届ける社会基盤の一部を担っている。素材メーカーの技術革新が、直接的に人々の生活を支える例として、海水淡水化は分かりやすい事例の一つである。今後、気候変動によって降水パターンの変化がさらに進めば、こうした素材技術への依存度は一段と高まっていく可能性がある。

個人にできる水資源との向き合い方
海水淡水化は国家規模のインフラ事業だが、水資源の問題は個人の生活とも無縁ではない。日常生活における節水はもちろん、食料生産に大量の水(バーチャルウォーター)が使われていることを意識し、食品ロスを減らすことも、間接的に世界の水資源への負荷を減らすことにつながる。素材メーカーの技術革新と、一人ひとりの水の使い方の両方が、水不足という課題の解決には欠かせない。
技術革新が続く膜素材の研究
RO膜の性能向上は今も続く研究テーマである。分子レベルで膜の構造を制御し、塩除去率を維持しながらさらに透水性を高める素材開発や、微生物が付着しにくい表面加工技術の開発が各社で進められている。こうした基礎素材研究の積み重ねが、数年後、数十年後の淡水化コストをさらに引き下げ、これまで淡水化が経済的に見合わなかった地域にも技術を広げていく原動力になる。
まとめ
世界人口の約4割が水ストレスに直面する中、東レのRO膜技術は中東の水インフラを裏側から支えている。逆浸透膜という素材技術の革新が、蒸発法からの転換によるCO2削減、そして水不足という地球規模課題の解決に直結している点は、SDGs目標14「海の豊かさを守ろう」とも通じる、素材メーカーの貢献例として注目に値する。
この記事のポイント
- 逆浸透膜は圧力で塩分を分離し、海水から真水を取り出す技術
- 東レはサウジアラビアで高いシェアを持ち、現地生産体制も強化している
- RO膜法は蒸発法に比べて省エネで、CO2排出削減効果が大きい
- 濃縮排水処理や膜の維持管理など、解決すべき課題も残る
参考文献・出典
- 東レ | サウジアラビア西部の次世代型海水淡水化プラント「シュアイバ3」に逆浸透膜を供給 – シュアイバ3プラントの処理能力・CO2削減効果
- 東レ | サウジアラビアRO膜一貫生産体制 – Toray Membrane Middle Eastの一貫生産工場稼働
- 日本経済新聞 | 東レ、サウジアラビアで水処理膜一貫生産 – サウジアラビア初の一貫生産体制に関する報道
- 日本経済新聞 | 東レ、水処理膜の塩透過率55%低減 – 新型RO膜の塩透過率低減・省エネ性能
- UNESCO | The United Nations World Water Development Report 2026 – 世界の水ストレス人口・将来予測
- チャレンジ・ゼロ | RO膜法での海水淡水化によるCO2排出削減貢献 – RO膜法による世界のCO2削減効果
- 東レ水処理装置 | 海水淡水化とは – 淡水化の基本的な仕組みの解説
- 日本経済新聞 | 世界シェア過半の日の丸「淡水化膜」を中国が猛追 – 日本企業のRO膜世界シェアに関する分析
※ 信頼性の高い順に配列:政府機関・学術機関 > 査読済み論文 > 専門機関 > 信頼できるメディア